ステイル「最大主教ゥゥーーーッ!!!」 > イギリス清教編 > 05


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「それで、どうします? 本当に一杯付き合っても構いませんよ」

「ふふ……気持ちだけ受け取っておくさ。まだ気を抜いて良いわけじゃあない」


心に淀んでいたモノを少しだけ吐き出し、ステイルは笑う。

気分が楽になると、身体の疲れが否応なしに表面に浮上してくる。


「ほう、多少は視野が広がったようでなによりだ」

「ま、一応礼を言っておくかな。…………ありがとう。神裂、土御門」


滅多に聞けない素直な礼を受け、二人の表情も自然と綻ぶ。


「どう致しまして。次は更に遠慮なくかかって来なさい、ステイル」

「君は酒癖が悪いからな……。お手柔らかに頼むよ」

「おおおお、思わず鳥肌が立っちまったぜい。明日は火の雨だにゃー」

「君の頭上だけ局地豪雨にしてやろうか?」

「こわいこわい。じゃ、そろそろ退散するぜい」


そう言うと土御門は、蝋燭の灯のみで照らされた礼拝堂の入口を見やった。


「新しいお客さんも、来たことだしな」



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時は少し遡る。



土御門たちが去った後のテラスは静寂に包まれていた。

慈愛とも憐憫ともとれる刀夜の――『彼』そっくりの――面立ちに

インデックスもまた、正対することが出来ないでいた。

彼女は視線を手の内の水面に落とし、次に放つべき言葉を求め彷徨う。



しかし上条刀夜は、彼女を待ちはしない。彼にも、確固たる目的があった。



其れを果たすべく――









「……インデックス。君は――――当麻をまだ、愛しているんだね?」









――核心に、切り込んだ。









グラスがか細い指から離れ、床に吸い込まれる。






「………………あ……………………」






蒼白な表情は、千の言葉より雄弁な解答だった。









「…………そうか」


硝子の破片を拾い集めながら、刀夜が一言呟く。

焦点の合わない目で彼に視線だけ向けるインデックスは、混乱の極致にあった。


――どうして、なんで? 誰から、いつから?


疑問が次々に浮かんでは消える。

しかしどの一つとして明白な答えを得たくないと思う自分が居ることに、彼女は気がついた。


「そもそも今日私がここに来たのは――当麻や美琴ちゃんに話を聞いたからなんだよ」


そしていよいよ、身体の震えがおさまらなくなる。


――ああ、駄目だ。それだけは。他の誰に知られても、あの二人にだけは。


「……私は二人から君の様子が少し心配だ、という話を一週間ほど前に聞いた。
 推測でしか言えないが……当麻はもちろん、美琴ちゃんもあれで結構鈍感な部分がある。
 私だって詩菜に言われなければ、ね。君の一番の心配事は杞憂だと思う」

「あ…………う、うん……」


――全て、見透かされている。この、父の如き人には。


「先ほども言ったがこの事に最初に気がついたのは詩菜なんだ。
 私は半信半疑という程度だったが……。
 君とステイル君のお互いへの態度、そして当麻の名前を出した時の反応。
 …………女の勘とはつくづく恐ろしいものだね」


確かに、恐るべき直感である。

インデックスはこの事実をもちろん自分以外の誰にも話していないし、

感付いているとしたらごく身近な――例えば土御門のような――数人だけだと考えていた。


「……そもそもどうしてとうま達は、私が変だって思ったのかな?」


僅かばかり心が軽くなったインデックスだが、

最大の不安について自ら切り出すのはやはり勇気の要ることだった。


「同じ事を言っていた。…………君からの電話やメールが減った、とね。それだけさ」


たった、それだけ。

刀夜にとっては然程深刻にも思えなかったが、

当麻と美琴は彼女の懊悩を漠然とだが感じ取ったのかもしれなかった。


「そっ、か…………変わってないね。とうまもみことも」


そして遥か東の国から『家族』の温かい想いを受け取ったインデックスは――


「じゃあ…………聴いてくれるかな、とうや」

「もちろん」


礼拝堂の想い人同様、心の澱をかき混ぜることに決めた。



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十年前。彼女は間違いなく、世界にも恥じることなく宣言できた。


『わたしはとうまを、愛してるよ』


それこそ、恋敵の友人にでも。

其れが、美琴の背中をもしかすると押したのかもしれなかった。

今となっては、もうわからない。





結果として、インデックスは恋に破れた。


『おめでとう。とうま、みこと。……幸せになってね』


緊張した面持ちで自らを呼び出し、事実を余すことなく告げた男女に、彼女は祝福の言葉をかけた。

無理をしていなかったと言えば、嘘になる。



――そんなの、もう、どうでも良いよ。いつものとうまが帰ってきてくれたら、何でも良いよ――



しかしインデックスは、いつの日か彼にそんな懇願をしたことを思い出した。

彼女はただ幸せそうな二人を――上条当麻を見て、これでいい、と思い定める事にしたのだ。



自暴自棄になった、というわけではない。

事実インデックスは遂に学園都市を去るその日にも

大勢の見送りの先頭に立つ彼らを拒みはせず、笑いかけた。


急な帰国をした彼女を慌てて出迎えたのはもちろん、神裂火織と――ステイル=マグヌスであった。

彼らは所用で日本まで迎えに行けなかった事を詫びたが、それ以上に、どこか複雑そうな面持ちだった。

インデックスは改めて『必要悪の教会』の一員として、彼らの同僚になった。



そうして、三人の日々が『再び』始まった。

食卓を共に囲んで騒いだ事は数えきれない。

土御門に引っ張り出されて、魔術事件を解決すべく力を合わせた事もある。

アニェーゼ達とミサを執り行い、オルソラやシェリーと暗号談義に花を咲かせた。

ローラとは唯一、二人を交えず対話したし、王室に招かれた宮殿の晩餐会は忘れられない美味ばかりで。

火織が騎士団長からの求愛を受けた日には、ヤケなのか祝いなのか判然としない酒宴を天草式と共に張った。








そんなある日、ステイルがフラッと姿をくらましたと思うと、顔に青痣をつくって帰って来た。



それは当麻と美琴から結婚式の招待状が届いた、翌日のことだった。



思い起こせば、その日、その時からだったのかも知れない。

手当てをするインデックスに一言も発さず、

ただ悲しげな瞳で咥えた煙草を上下に揺らす彼を見て、何故だか切ない懐かしさを感じ。




――心臓が一度、大きく跳ねた。




記憶を失う前の二人がどのような関係だったのか。

彼女の問いにステイルは頑として回答を拒み続けた。


そもそも十年前、インデックスと彼がまともに顔を合わせたのは

『法の書』の一件と、第三次世界大戦の騒乱時ぐらいのものだ。


月詠小萌と姫神秋沙、そして上条当麻の言葉の端からステイルが

しばしば学園都市に訪れていたらしいことは感じとっていた。

しかしそれは即ち、彼が当麻を事件に巻き込みに来ている、という事実に繋がる。

決して好意的に解釈できるような事実ではなかったし――


――『卑怯者』と、そう詰ったことさえあった。


火織も彼女自身とのことは語っても、ステイルの話題になると力なく言葉を濁すのみ。

しかしただ一つだけ、懇願するインデックスに根負けして、


ある『誓い』の存在を教えてくれた。


その時に脳裏を過ぎったのは、彼女と彼の数少ないやりとりの一つ。

『法の書』を廻る攻防の最中の事だった。



――駄目だッ!! そうなれば、今以上に大勢の魔術師に狙われる羽目になる!

――? 心配、してくれるの?



往時のステイルは一瞬肩を震わせたかと思うと彼女から顔を背け、

すぐに当麻に凄まじい剣幕で食ってかかり、インデックスを守るよう迫った。

そのあと彼女は、疑問を抱きながらも差し迫る危機に頭を切り替えたのであったが。


今にしてみれば、なんと残酷な問いだったのだろうか。

こんな薄情な女を、何故ステイルは身を削ってまで守ってくれるのだろうか。

どうして彼は、そこまで己を殺してしまうのだろうか。



ステイル=マグヌスのことを、もっと『記憶』したい。

自らの『図書館』にのみ価値を見出して日々を過ごしていたインデックス。

彼女に、新たな標が生まれた。



意識して彼に特別な笑顔を向け始めたインデックスに、だがステイルは徐々に頑なになっていく。

彼への思慕が募る一方で、インデックスはある日唐突に、一つの事実に気づいてしまう。


『とうま』


ロンドンでは珍しい、茹だるような寝苦しい夜だった。

誰かの苦しげな呻きで彼女は目を覚ました。しかし辺りには誰もいない。

夢だったのかと再び眠りの海に身を浮かべようとして、インデックスは愕然とした。



『とうまぁ……』



声は再び、驚くほどすぐ近くから――自らの喉から漏れ出てきた。



すすり泣くような声は、彼女自身のものであった。




そうしてインデックスは皮肉にも、


ステイルに心を寄せれば寄せるほど、


恋という情動の中で焦がれれば焦がれるほど、




――――上条当麻を未だに愛している自分がいることを、知覚した。


「……苦しかったかい?」


語り終えて、インデックスは刀夜の問いに大粒の涙を零しながら頷いた。


「すているが、本当に、好きなの……! ……なのに、なのに!」


自らの『能力』など言い訳にはできない。

『完全記憶』は、感情を記録する異能ではないのだから。


しかし。

自分を地獄から引きずり出してくれた少年が。

約束を守って帰って来てくれた男性(ひと)が。


「とうまの事が、どうしても『忘れられない』の…………!」




――どうして、誰も幸せにしないこんな『熱』を記録してしまったのだろう。




「なんで、わたしは、こんなに汚いの……?」




――――どうして、素直に彼の目を見て、このキモチを伝えられないのだろう。




「やめるんだ」


力強い、怒気を孕んだ声がインデックスの自傷を咎める。


「でも現に、私はすているを傷つけてる! ……『不幸』に、してるんだよ!」


『それ』が原因の一つであると、彼女は考えていた。

ステイルも知っているからこそ、自分に踏み込まないのだ、と。

このままでは彼は、『幸せ』になどなれは







              「 違 う ッ ッ ! ! ! 」






――裂帛の大喝が、彼女の苦悶を断ち切るべく放たれた。



「思い出すんだ。この五年、君の側に居た彼の事を。

 ああ、私は知らないさ。だから君の記憶に訊こう。

 ……ステイル君は悲しんでいたか? 苦しんでいたか?

 君の側に一分一秒とて在りたくはないという顔を、していたのかッ!!」



『君は……貴女は、神を愛し、神に愛される高潔な聖職者だ。
 多くの人が疑いようもなく、貴女に救われているのだから』



(――そうなの? 私は、あなたも救えているの?)



「彼は、笑っていなかったか? 安らいでいなかったか? 喜んでいなかったのか?

 君の側に居られて幸せだという表情を、一度たりとも見せたことがないのか!?」



『――Sleep then my prince, oh sleep 』

『お、おい……!』



(――――ひとときでも、あなたの拠り所になれているの?)



インデックスの瞳に生気が蘇りつつあるのを見てとり、刀夜は立ち上がった。


「さあ行こう、彼のところに」

「え、え…………!?」


突如の提案、いや命令に狼狽するインデックス。

しかし上条刀夜は止まらない。


「……私は当麻じゃないから、これ以上の事は出来そうにもない」


「この問題がすぐに解決するものでないことも承知の上さ」


「だが一度、君の今の想いをぶつけてみるべきだ」


「何、言葉にしなくても良い。言葉で全てが伝わるとも限らないしね」


「……君たちがもし記憶ではなく、心で繋がってるなら」



そして微笑み、手を差し伸べる。







        くのう
「いつか君の幻想を、彼が壊してくれるよ」





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立ち去る土御門たち――火織は別れを告げた直後の邂逅で気まずそうであった――と

入れ替わりで現れたのは、上条刀夜と、インデックスだ。


十年前の心情に向き合ったばかりのステイルだが、『現在』の事はまた話が別である。

飽きもせず沈黙に身を委ねる男女を気にも留めず、刀夜は用件を告げた。



「ステイル君、来たばかりで申し訳ないが私はそろそろお暇しようと思う。
 もともとここには近くで商談が在ったから寄ったんだ。
 明日からも仕事があるし、スーツケースも探さなければならないんでね」

「…………そうですか。最大主教とは、もう良いのですか?」

「ああ。目的は果たした。…………あとは、私の出る幕ではない」



ステイルは立ち上がると黙ったままの彼女を一瞥した後、刀夜に一礼をおくる。



「……では、お元気で」

「私の娘を、よろしく頼むよ」

「…………命にかえても」


(……そういうことではないのだが)

刀夜は思ったが、高望みしてもしょうがない。


「とうや…………」

「……わかってるね? じゃあ、またいつか」


『娘』はいまだ、縋りつく子犬のような瞳で刀夜の袖を引く。

しかし、このままでは彼女の為にはならないのだ。


「最後にこれだけは言っておこうか」


その手をゆっくりと引き剥がし、別れの言葉に代えて彼は告げる。


「インデックスという慈愛深く、優しい娘を持てた事は、私の誇りだ」


溢れんばかりの情愛を残し、『父親』は聖堂を――ロンドンの街を後にした。


そして礼拝堂は、一組の男女のためだけの舞台と化す。

二人は通路を挟んで隣の長椅子に、どちらからともなく腰を下ろした。



「…………どうしようもないな、僕らは」

「……………………そうかも」



先に口を開いたのは、煙草を切らしたのか口寂しそうなステイルであった。

応じるインデックスの声はか細い。



「まったく、問題はまさに山積みだ」

「なんでこうなんだろうね。私たち」



いったいどれだけの人々に見守られ、心を砕かせているのか。

続くやりとりは、どこか諦観を伴って交わされた。



「…………僕は」

「私は…………」



――やがて二人は、想いを言葉に変えた。




「僕が愛したのは、貴女ではなく『あの子』だ」     「あなたが愛したのは、私じゃない『私』だよね」






 「貴女はまだ、上条当麻を忘れられない」       「私の心には、いまだに上条当麻がいるの」






          「それでも」                         「それでも」 









                    『――それでもあなたが――』





                       ――――――――



想いの最後のひとかけらは結局、言葉にはならなかった。


「まだまだ……時間はかかりそうだね」

「はぁ……臆病者なんだよ、お互いに」


しかし二人には、時間も機会も有り余っている。

一年のタイムリミットも、一万キロの距離も、とうに融けて消えた。

ならば残る障壁は、心の遠さ、それだけだ。


一歩縮めるべく先に踏み込んだのは、インデックスであった。


「…………名前」

「……え?」

「インデックスって呼んでくれたら…………嬉しいな」


ステイルは押し黙る。

彼女を最後にそう呼んだのは、果たしていつのことであっただろうか。

そして今の自分に、その資格があるのか。


「…………どうかな?」


一瞬の逡巡。

二人にとっては無限に等しく感じられた刹那の後。




降ってきた言葉は、誰も幸せに出来ない一片であった。



「…………………………すまない、『最大主教』」

「……………………そっか。うん、無理しなくていいよ」

「本当に、すまない」




――結局自分は、ただの臆病者であった。


忸怩たる思いを噛みしめながら、しかしステイルも、一歩だけ。




「今日は…………疲れた。その、出来れば…………」


「…………なに、かな?」




――――ただ一歩だけ、勇気を出すことにした。





「膝を借りても、いいかな」





聖女の綻んだかんばせに、赤みが差した。


そこに在るだけで誰かを幸せに出来る、彼女の真の『才能』の顕れ。



「……どうぞ、私ので良ければ。…………子守唄も、いる?」



守護神はその瞬間、たとえ天使にだろうが悪魔にだろうが――


――『アイツ』にだろうが、胸を張って誇ることが出来る、と感じた。



「…………ありがとう。……お願いするよ」





                      僕は今、幸せだ――と。





白銀の聖女が、黒衣の守護神を温かく包みこんだ。



天から降りそそぐ陽のような唄声が、光に乏しかった聖堂を照らし出す。



安らかに微睡む男と、ふわりと微笑む女を、ステンドグラスの聖母が優しく見守っていた――――





続くんだよ!


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