ステイル「最大主教ゥゥーーーッ!!!」 > イギリス清教編 > 04


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寒さも薄らいできた早春、午後六時をそろそろ回る霧の街は未だ幽かに明るんでいる。

逃避したくなる幻想(げんじつ)にすんでのところで回帰したステイル=マグヌス二十四歳。

……とりあえずは、仕事に取り掛かることとした。


「…………申し訳ありません、ミスター上条。まずは、身体検査をさせていただきたい」

「ん、ああ……それはそうか。
 ここは教皇の、いや言い方が違うのか? とにかく官邸だものな。
 それにしてもあのインデックスちゃんがねぇ……」

「………………はぁぁ」


正直もう、この段階で本人同定も必要ないくらいである。

敵側の変装魔術の可能性も捨てきれないが、最大主教をちゃん付けで呼ぶような男である、

というぶっとんだ事実まで把握しているとは考え難い。

が、しかし。


「…………おいお前、女装趣味でもあるのか?」

「あ、あれ!?」


刀夜が所持していた黒のスーツケースから出てきたのは、

明らかに女物の下着や香水、必需品のたぐい。

更にそれと知れないようカモフラージュされた儀式用具であった。

その隙間に挟まった、一枚の術札。


「…………あった、術式だ……」


とあるロリ教師の平野に負けず劣らず凹凸のない声で、ステイルは札の向こうの人物を検めた。


「…………モシモシ、ツチミカドクン?」

『!? どうしてこれにお前が……既に刺客を撃退したのか!?』

「……もう来なくてもいいよ。オーバー」

『おい、どういうことだ説明し』


ブツッ。電話でもないのにそんな幻聴がステイルの鼓膜を打った。


「……キャーリサ殿下。申し訳ありませんが…………」

「お、おう。後は任せるの」


甚大な気力の萎えを感じたステイルは、なんと仕事を英国王妹に投げ出す。

キャーリサが同情するほどの死相が今の彼には浮かんでいるらしかった。


「おい、トーヤだったか? 貴様、このスーツケースはなんだし?」

「おかしいな……よく見たら外観は似てるが、これは私の物ではない。
 どこかで取り違えたのか…………?」


誤魔化してるつもりならあまりにもお粗末であるし、何より中身を見せるはずが無い。

と言う事は、出まかせの虚言という可能性は低いと見てよさそうだった。


「どこで間違えたか、心当たりは?」

「むむむ…………」


ステイルの脳裏に、一つの情景が浮かぶ。


「……今日の正午過ぎ。どちらで、何をなさってたか覚えていますか?」

「正午……? 確か川沿いの公園で、って…………ああ!!」

「なにか思い出したか?」


『数が合わないが、あと一人はどうした?』

『どうも、一般人と一緒に居るようで手が出しづらい』


「ベンチで女性が一人、苦しそうにしていたんだ。
 声をかけようとして近づいたんだが、急に暴れ出して。
 なんやかんやで取っ組みあってるうちに、その…………」

「……その?」

「いやー実は、その女性の胸を鷲掴みにしてしまって。
 そしたら、顔が真っ赤になってキューバタン!と」


『熱』暴走でも起こしたのだろうか。術者のステイルも予想してるわけがない事態である。


「………………」

「………………」

「ははは、お恥ずかしい!」



「……なるほど、間違いなく親子だし」

英国王妹も納得の元祖フラグメイカーであった。



「救急車を呼んだんだが、ロンドン市内には戒厳令が出ているというじゃないか。
 仕方なく、市街の病院まで付き添ったのさ。その時に間違えたのかな……」

「その女は、結局どうなった?」

「それが少ししたら快復してね、何度もお礼と謝罪をもらったよ。
 なんかスッキリした顔で、故郷に帰ってやり直すとか言ってたなぁ」



……その女は土御門の見立てでは相当の実力者で、かつ組織の中心に近いはずなのだが。



「つまるところ、
 『実力者→美形or美人→フラグ→再利用→メインキャラ昇格』
 ……の流れで善玉になったという事だし」

「全然さりげなくないですが、勝手に自分をメインキャラに含めないでください」

「ってああ! じゃあ私の荷物はあの人が持って行ってしまったのか!?」


お間抜けなやりとりがこれでもかと繰り広げられる。

どう収拾つけんだコレ。


駄菓子菓子、キャーリサが何ごとか思いあたったのか再び表情を引き締める。


「……いや、待つし。貴様いま、戒厳令のことは知っている、と言ったな?
 だというなら何故、こんな危険地帯までのこのこやってきた?」


戒厳令とは非常事態において、政府が市民の権限を制限することである。

今回はテロリストの襲撃予告が出たとして正午前に発令したが、

そこは「ブリテン・ザ・ハロウィン」を経験済みのロンドン市民、手慣れたものであった。

しかし目の前の男はそれを知っていながら人気のまるでないロンドンの異様な街並みを、

一人で、しかも己の足以外の手段を使わずはるばるやって来たというのだ。


そんなことがあり得てたまるか。

『軍事』を象徴する戦乙女は、疑念の色濃い眼光で男をにらみつける。



「……そんなこと、決まっているさ」

「なに?」



しかし上条刀夜は憶さない。

息子によく似た、強い意志の宿る眼でキャーリサを正面から見据えた。



「家族が心配だった。父親が娘を訪ねるのに、これ以上の理由がいるのか?」


大切な人を慈しむ、迷いなき言葉。表情。眼差し。

ステイルにはその全てが、途轍もなく眩ゆく感じられた。


「っ…………ミスター上条、あなたという人は……!」

「娘だと? 誰のことを言っているの?」


ステイルの口から、呻きに似た声が漏れる。


「決まっているだろう、君たちの最大主教のことだよ」

「な、何を言ってるんだし、貴様……?」



――遠くにあって、こんなにも彼女の事を想っている人がいるというのに。



「あの子は、当麻の家族なんだ。つまり、私にとってもかけがえのない家族だ」



――この五年間、最も近くに居て、彼女を見ていたはずの自分は。



「だから何かあったなら、世界中いつでも、何処からでも駆け付けるさ」



――――自分はいったい、彼女に何をしてやれたのだろう。



夜の帳が下りた。



敵が再び侵攻を始めることはなく、現在ロンドン周囲は騎士団が警戒に当たっている。

最終的に内部への侵入を果たした『半端者』は七百人ほどになった。

そのほとんどがステイルの『守護神』によって減衰した戦力であり、

無傷の精鋭およそ三百名で構成されたイギリス清教サイドに負けの目など出るはずもなかった。

大した怪我人も出さず引き上げてきた彼らは、後を出番のほとんどなかった騎士団に任せ

普段通りの、ただし決して明るいばかりではない日常に戻っていく。



インデックスはエリザード達(とついでにローラ)に礼と別れを告げると

エツァリ、ショチトル、トチトリの三人を念のため『ランベスの宮』に残し、

『家族』である上条刀夜との旧交を温めるべく聖ジョージ大聖堂に場を移したのであった。



「大したおもてなしもできないけど、改めて久しぶり、とうや!」

「はっはっは! インデックスちゃんにもてなされる日がくるなんてな」

「はぁ……まったく、酷いオチがついたものですね」

「まあまあねーちん、今は腹にモノ入れることにしようぜい。舞夏ーお酌してくれにゃー」

「お客様が優先だぞ馬鹿兄貴♪」



聖堂上階のテラスからは、美しい街並みと天蓋の灯のコントラストが実によく映える。

息せき切って駆け付けた結果、盛大にずっこけた火織と土御門を加えた四人は

丹精込められたメイドの手料理がところ狭しと並ぶテーブルを囲んでいた。


「そちらの三人も、当麻のご友人で良かったかな? 式で会ったと思うんだが」

「何度か食事を用意したこともございます、お客様ー」

「は、ははは……その、当麻さんには大変お世話に……」

「確かにカミやんには筆舌に尽くしがたいほど世話になったぜい」

「そんな、ウチのバカ息子で良ければドンドン使ってやってください。
 そういうのが性に合っているんだから」

「…………そ、そうだとうや! ちょっと聞きたい事があるし!」


上条当麻の話題になったとたん、インデックスの表情が曇る。

刀夜もそれを察知して、慌てて話題を変えた彼女に追従した。


「なんだい? フフ、もしかして恋の悩みだったり……」


が、あと一歩空気を読みきれていない。本人は渾身のドヤ顔であるが。


「……それだったらとうやには相談しないかも」

「どういう意味なのかな!?」


そういう意味である。


「その、このあたりに来るまで誰かに止められたりしなかったにゃー?」

「誰かって誰だい?」

「あー…………」


言葉に詰まったインデックスを見かねて、土御門が助け船を出した。

真に空気を読むとはこういうことである。


「戒厳令のことを聞いてるのなら予想がつくんじゃないかにゃー。
 街のあちこちに特殊部隊が潜んでいたって噂だぜい」

「そうなのか……私は適当に中心に向かっていたらここに着いたんだがね」

(外周に注力してたとはいえ、天草式とアニェーゼ部隊の
 防衛網を潜り抜けるなど一般人の所業とは思えませんね……)

「ま、偶然だろう! 私は昔から意外と運が強くてね。良いか悪いかは別として」


土御門も火織もそのことは実体験を通して痛いほどよく知っている。

なにせ『偶然』大天使をこの世に墜とした男なのだ。

『偶然』彼らの敵と接触してフラグを建て、

『偶然』二重三重の警戒をスルーし、

『偶然』ドンピシャのタイミングで姿を現したとしても、

「まあ無い事もないか」で済ませられる。

それが上条刀夜だった。


その後も和やかな談笑が続いていたが、あるとき刀夜が疑問を投げかける。


「……ところで、ステイル君はどうしたのかな? 姿が見えないが」

「あ…………」

「どうも、ここの所仕事を無理していたようでして」

「ちょっと一人になりたい、なんて格好つけて出ていったにゃー」

「そうか、それは心配だね」


再び押し黙ってしまったインデックスを見やった刀夜は

ふむ、と口元に手を当てて何事かを考え出した。

卓上を賑やかに行き来していた言の葉が、しばしの間途切れる。

食器が擦れ、舞夏が給仕する音のみが場を包んで一分ほどだったであろうか。

口火を切ったのは、やはり刀夜だった。


「土御門君。それに舞夏さん、火織さん。すまないが……」


刀夜は少し語尾を濁したが、二人は顔を見合わせ、さほど間を置かず立ち上がる。


「……それでは時間も遅いので、私たちはこれで失礼しようと思います、上条さん。
 またいつの日か、食卓を共に囲めれば幸いです」

「本当にオレは、貴方の息子のような友人を持てて幸せだ。
 ……カミやんにも、よろしくお願いします」


二人は『ヒーロー』の父親に敬愛の念をこめて別れを告げ、

また舞夏は優雅に一礼だけし、そして立ち去っていく。



そうしてガランとしたテラスには、刀夜とインデックスだけが残された。




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ステイルは礼拝堂の長椅子に腰かけ、紫煙を燻らせるでもなく虚空を眺めていた。

考えるのはもちろん、上条刀夜ら『親子』のことだった。


(――堪えられなかった)


ステイルには刀夜の眼差しを、正面から受け止めるだけの勇気がなかった。


(理屈抜きであの子を愛してくれる、あの人のつよいつよい想い)


それは、ステイルが長い歳月の中で失ったものだった。




 ――禁書目録があるから――



                              ――最大主教になったのだから――






        ――――――■■■■■った、償いだから――――――





そんな理屈を並べなければ彼女を守れなくなっていた自分が、途方もなく醜く思えて。



ステイルは、彼ら『親子』から逃げ出したのだった。



ギ、とかすかに背後から音がした。

『守護神』は既に停止している。ステイルには誰が来たのか知る術はない。

しかし彼は振り向かなかった。


「調子はどうだ、ステイル?」

「私たちはそろそろ帰宅します。…………大丈夫ですか」


土御門と火織が気遣う色を表情に滲ませ現れた。

ステイルは、なにも答えない。


「精神的に、という心持ちなのでしょうが……
 実際問題今日のあなたは大量に魔力を消費しているはずです。
 無理にでも休息を取るべきですよ」

「ま、その様子じゃ身体なんてどうとでもなれ、って感じだが」


確かにその通りである。

『魔女狩りの王』のような大量に魔力を要求される術式を使用しなかったとはいえ、

今日一日でステイルが起動させたルーンは軽く万を超えるだろう。

加えて敵の位置特定を行っては休みなく連絡、そして『守護神』の維持。

矢面に一度も立たなかったとはいえ、疲労は限界をとうに超えていた。


「……休むとも。ここで寝てるさ」

しかしこの男と来たらその身を案じる声にロクに耳を貸さず、

でかい図体を丸めて長椅子に寝ころんでしまった。

火織は常にないステイルの子供じみた仕草に溜め息をつきつつも、同時に笑みも洩らした。


「あーあー、まるっきりガキの不貞寝ですたい。
 …………ま、そんなお前を見てると嬉しくなるのも事実だが」

「………………はぁ?」


それは土御門とて同様だった。彼は昼間のアニェーゼとのやりとりを思い出す。


「惚れた女のことでうじうじしやがるなんて、十年前のお前にはあり得なかった事だ。
 …………正直言えばオレはあの頃、お前が気味悪く見えることがあった」

「…………なんだと…………」

「土御門、少しでいいから言葉を選んでくださいよ……」


剣呑な顔をしたステイルがむくりと身を起こす。

火織が苦笑いして容赦のない男をたしなめるが、土御門はそんな彼女にも問うた。


「ねーちんだって、同じこと考えてたんじゃないのかにゃー?」

「…………まあ、否定はしません」

「かっ、神裂! 君まで何を!?」

「あなたがもっと未練がましく、微かな希望に縋りついたところで……
 ……少なくとも私たちは、それを責めたりはしなかったでしょう」




「…………っ!! ふざけるな!!!

 仮に君たちが肯んじたところで、他の全てがそれを許しはしなかった!

 状況が、時期が、政治が! 科学も魔術もそいつらの思惑も!」





「そしてなにより、彼女がそれを許さなかったんだよ!!!」



自分ではない別の男の傍で、彼女が笑っている光景。

まさしく煉獄に身を焼かれるようだったあの日々。

しかし彼は、自らを律した。当然のことだ。

それが嫉妬だろうが何だろうが『火』である以上、御せずしてなにが焔の魔術師か。

にも拘らず、十年前のステイル=マグヌスを知っているこの二人が、そんな己を否定するというのか。


――何故だ。彼らなら、理解してくれるはずなのに――







「だから、そういうのをぶちまけりゃあ良かった、って言ってんだよオレらは」


「な…………?」


冷や水を浴びせ掛けられたように気勢を失ったステイルを見て、土御門はくつくつと喉を鳴らす。


「確かにお前は正しい。お前の言ってることは間違いなく正論だ。
 インデックスの保護をカミやんに委ねたババアの目論見をオレ達は静観するほかなかったし、
 当の本人はお前のことなんざちょっと顔を知ってる同僚、としか認識してなかった」

「だっ、だったら!!」

「……正しければ、それで良いのですか?」


混乱する彼に、横から静かに声がかかる。


「辛い、悲しい、苦しい…………。感情は、理屈とは別のところで動きます。
 そういった心の澱を、あなたに溜めこませてしまった自分が、私は許せない」


「世の中のサラリーマン連中だって、気に入らないことは酒に吐き出して明日には持ち込まない。
 そういうポーズすら見せようとしなかったあの頃のお前より、今は百倍マシだな。
 …………だから、そういう隙間が見れて嬉しい、と言ってるんだ」



無茶苦茶だ。ステイルはそう思った。

あの頃の彼にとって土御門元春と神裂火織は、単なる仕事仲間に過ぎない。

それは逆から見ても、また真であったはずなのだ。



「だーかーらー。ただの同僚でも酒ぐらいは付きあうもんだぜい。
 まあ、オレら全員未成年だったけどにゃー」

「あの時点で、それなりの付き合いだったと思うのですが。
 …………そんなに信用が無かったのでしょうか?」


呆れたような笑みを浮かべて好き勝手を言う『仲間』に、ステイルは顔を俯ける。


「はは……ははは…………まったく、何なんだい君たちは…………」


視界が、ぼやける。


「まったまたー、素直になるにゃーツンデレ神父ー」


顔が、熱い。


「……ふふ、別に今からでも一杯、いいですよ?」


躰が、震える。




「あぁ、まずいな…………目からイノケンティウスが」

「「そのボケはない」」

「やかましい!!」





礼拝堂に反響する自らの笑い声は、ひどく久しぶりのものだとステイルには思えた。


続くんだし


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