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「クシュン! ……失礼。あなた今、自分の噂しませんでしたか?」
「目と耳はどこに付いてるんだ貴様!?」
「話を続けようぜい」
エツァリの事情はおおむね説明が済んだ。
ではいったい何故、今回イギリス清教が彼らを保護するに至ったのであろうか。
答えは明快、現在のイギリス清教の『敵』が中米の魔術結社くずれだからである。
「敵の敵は味方。はっ、なるほど単純明快だ」
「だろ?」
「……皮肉を言ったつもりだったんだがね、『背中刺す刃』」
「心配するな、自覚はある」
年月をかけて緩やかに異常に蝕まれた『第三世界』は一年ほど前、ついに一線を越えて暴走を開始した。
各魔術結社が科学兵器を併用したゲリラ活動に踏み切ったのである。
主な標的はいまなお最大勢力たるローマでも、極寒という地の利を持つロシアでもなく――
科学の総本山学園都市と、その友好勢力イギリス清教であった。
大半は内乱などで崩壊した組織のなれの果てである。
所詮は科学や魔術に正面きって戦う力などあるはずもない。
しかし科学にも魔術にもなりきれない半端者どもの抵抗は、
大方の予想をはるかに越えて長期化の様相を呈していた。
烏合の衆ですらなかったゲリラ組織だが、この場合はそれが功を奏するという結果になった。
ただでさえ数だけはいるのに潰すべき頭が存在せず、一網打尽になどしようがないのである。
「なるほど、ようやく話が見えてきたね……」
「お察しいただけて幸いです」
そこで土御門はその卓越したスパイとしての能力を生かし、大胆にも敵の巣窟メキシコに潜入した。
彼はイギリス清教が魔導師(エツァリ)を手中に収めようとしている、
という噂を中米全域に流し――ほぼ事実ではあったが――組織の危機感を煽った。
「そして見事、連中を誰もが待ち望んでいた『烏合の衆』に仕立て上げたってわけだ」
「自分で見事とか言うな」
「あとはオレたちの……いやお前の陣地に引きずり込んで一網打尽、だ」
「……その割には僕も含めてみな、作戦の全容を知らないんだが」
「『さっき』皆には伝えた。準備万端なんてそぶりで
一月も二月も手ぐすね引いてたら敵さんも警戒が強まるだろう。
あくまでこれは向こう側の奇襲作戦なのさ。……対応できないとは、言わせないぜ」
「……本当に、好き勝手言うよ」
危険な賭けだが、土御門が胴元なのだ。すなわち十分に成算がある、ということである。
「まあ、そういうわけでお世話になる、ということです」
「これは双方の利害が一致した話だ。そうでもなきゃ受け入れられなかったんでな」
「よく言うねまったく。かたや魔術三大勢力、かたや三人の男女。
『利』だけで成り立つ取引ではありえないな」
「……ま。そのへんが私情ってやつさ」
極めて珍しいことに、土御門が言いにくそうに口ごもった。
よほどの事情があると言うのだろうか。
それともやはりこの優男に友情のひとつも感じていて、それが気恥ずかしいだけなのか。
ステイルが思考の末、これ以上の追及は止そうかと考えていた矢先――
「やはり、ショチトルの『おねがいお兄ちゃん♪』作戦の戦果は計り知れないものでしたねぇ」
待ちに待った、と言わんばかりにエツァリが大型焼夷弾を投下した。
「…………おい」
「~~♪」
「兄妹……もとい夫婦そろって同じようなリアクションを取るな!」
「……まあ、むかし舞夏が誰彼かまわず、それこそカミやんにまで
『お兄ちゃん』呼ばわりしてたことへの……ささやかな意趣返しぜよ」
「なんでそれが今、廻り廻って僕に精神的ダメージを与えてるんだっ…………!!」
「人の世のつながりとは数奇なものですねえ」
「元はといえば貴様のせいだぁーーーーっ!!!」
寂しい路地裏にお決まりの絶叫が反響した。
人払いをしてなければ野次馬が集まってもおかしくはなかった……
……やっぱ集まんないかも。いつもの事だし。
「しかしやはり、自分としてはあなたに奇妙な繋がりを感じずにはいられませんよ」
焼夷弾の延焼被害に遭ってしまったステイルが落ち着くのを見計らって、
エツァリが神妙な顔で新たな話題を切り出す。
「……ぜぇ……はぁ…………何の話だい?」
「…………少々、愚痴っぽくなるのですが」
ステイルの疑問に構わず、彼は微笑を苦笑に変えて続ける。
「報われない恋……というのはなかなかに、と言う話です」
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「あなたの方こそどうなんだ、インデックス?」
悪意など微塵もない言葉が、インデックスの胸に突き刺さる。
「…………駄目なんだよ。私の愛した人は、他の女の子を選んだの。
私から見てもお似合いというか、似た者同士の二人で…………。
だからその恋はもう、終わってる……はずなの」
本当に、よく似た二人であった。
誰かが、いや誰だったとしても苦しんでいるのを見れば放ってはおけず、
自らが傷つくことを顧みずに手を差し伸べてしまう。
……言葉にすればいやに薄っぺらく聞こえてしまうものだ。
しかし彼と彼女にとって、
その他人が鼻で笑うような感情こそが、
時に独善と呼ばれる行動こそが、
自分だけの現実(パーソナルリアリティ)など、軽く凌駕する――
――自分だけの信念(アイデンティティー)なのである。
だからこそかつてインデックスは、自らの敗北をあっさり認める事ができたのだ。
認めて、しまったのだ。
「…………大した経験のない私が言うのもなんだが、恋は一生涯に一度きりではないだろう」
「……そうだね。確かにいま、他に気になってる人はいるんだよ」
煙と焔の匂いを常に纏う、同僚の――今は部下という事になっているが――赤髪の魔術師。
彼は自分の記憶の外側で、更には意識の外側でも、変わらずに自分を守り続けてくれていた。
そのことを、情報としてインデックスは既に知っている。
「でもね……。それも、駄目なの」
そして今なお、昔と『なにも変わらず』自分を守ってくれる。
「……いったい、何故なんだ?」
だからこそ、無理なのだ。
「あの人が、すているが好きなのは……私じゃないから」
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「僕が愛したのは、彼女じゃあない」
ステイルが煙と共に吐き出した呟きに、エツァリはおろか土御門でさえ驚きを隠しきれなかった。
「おいステイル、お前…………」
「――そんなことは、大した問題じゃあないんだ。……『僕にとっては』ね」
続いた言葉に、二人は押し黙る。
口調は軽いが、言葉に籠る重さがどうしようもなく圧し掛かってきた。
「…………なるほど。自分もこういう事に関しては一家言持っているつもりでしたが」
「別に僕のそれだって、大それたものではないよ」
そう、ステイルにとって自分の想いなど何ほどのこともない。
今までさんざん、封をして閉じ込めてきたモノなのだから。
だから、ステイル=マグヌスにとっての『問題』とは『そこ』ではないのだ。
気まずい沈黙の中、突如としてステイルが目を瞑り、僅かののち見開く。
「無駄話をしてるうちに、来たようだね」
「……! 早すぎやしませんか……!!」
「そうか? オレは今日迎え撃つ腹積もりだったがな……どこだ?」
「テムズ川沿い上流から……八人か」
「……自分が行きます」
「ふざけるな。何のためにお前をロンドンに連れてきたと思ってるんだ」
「………………」
エツァリは俯いて歯噛みする。本来ならそこまで義理堅い男ではないのだが、
これが大きな『借り』であるという感覚は拭い去りがたい。
「お前は寮に行って、大事な女を側で守れ。なあに、心配しなくても……」
土御門がそんな彼を見かねて叱咤する。
そのとき、こともなげにステイルが放った一言は、エツァリをして驚愕させるに十分であった。
「そいつらは、大したことがなかった。……七人、片付いたよ」
「な…………」
「数が合わないが、あと一人はどうした?」
「どうも、一般人と一緒に居るようで手が出しづらい」
「人質でも取ったか? それは少し厄介だな……」
「僕が直接行って対処したほうがよさそうだね」
「いやいや、お前は最大主教とランベスに戻って指揮を取れ」
「………………はあ?」
露骨に顔をしかめるステイルだが、すぐに土御門の言わんとするところに思い当たる。
「そんな顔色で戦場に出てこられても足手まといだ、と言ってるんだ」
「……チッ」
今回の襲撃の前触れだったのかはわからないが、
彼は小規模な魔術師集団への対処のため、深夜に意識を張っていた。
そのせいでここ三日ほど、ステイルは満足な睡眠を――ほんの一時間ほどを除いて――取っていない。
「……ギリギリまで情報を伏せていたのはオレだ。全面的に信頼しろとは言わないがな」
……それも、納得できないことではない。
土御門を越える頭脳が他に『必要悪の教会』に存在しない以上、
リスクを見越して情報の分散を最低限に抑えることはすこぶる合理的であった。
「…………わかったよ」
「では、行きましょうか」
この場は、土御門が正しいことを認めざるを得ない。
既にすっかり落ち着きを取り戻しているエツァリを伴い、ステイルは路地裏から去っていく。
その背中に向けてどこかおどけた、しかし喜色を隠しきれない声がかかった。
「ステイル、『オレ』を信じろとは言わん」
「ただ、テメエの築いた『要塞』と……」
「――必要悪の教会(オレら)を信じて、待ってろ」
最終更新:2011年06月11日 19:59