『至急!至急!本部から各隊へ。学園都市上空において未確認飛行物体を確認。』
あの電撃使いの暴走事件から数日、警備員支部内の食堂で昼食を取っていると、そんな一報が入った。
何でも上空レーダーに一瞬の反応があったらしく、誤作動の可能性はあるが警戒態勢を敷けとのこと。
事件の復旧作業でも全て業者任せとはいかず、何かと忙しい警備員としては迷惑な話だった。
上条も報告書などの作成を手伝い、空き時間には課題に手を付ける。
まわりが教師だけというのは、環境としてはベストだし実際進むペースも早い(と思う)。
しかし普段から机に向かわない上条は見事に頭痛を起こし、支部内では常におデコ冷却材を付けている。
「仕方ないじゃん。昼から警邏するか」
上条の向かいで既に食事を終えた黄泉川が言う。
ここ数日間ずっとデスクワークをしていたわけではない。
午前の警邏を1時間に短縮し、支部内で書類の作成。
午後は最終下校時刻前の夕方から警邏をする。
帰宅が最終下校時刻を過ぎてしまうが仕方がなかった。
ちなみに風紀委員はこれに関しては許されていない。
事件が起こるなどの特別な理由があれば許されるが、共同戦線を張っているとはいえ大人と子供の境界線は健在だ。
つまり上条は少しだけ大人の待遇を受けているのだが、嬉しいものでも無い。
とにかく昼からは体を動かせるということで、心の中でガッツポーズ。
「ほら、さっさと食べるじゃん」
黄泉川に急かされたので、手早く食事を終えて食堂を後にした。
「え?侵入者ですの?」
携帯に向かって意外そうに話す黒子に、美琴も反応する。
それに気付いた黒子は通話をスピーカーモードに切り替える。
『そうなんです。
今アンチスキルのほうから連絡があって、上空レーダーに一瞬未確認の物体が映ったとかで…』
携帯から聞こえる初春の声も困惑気味だ。
「一瞬なら誤作動じゃありませんの?」
『アンチスキルもそう考えていましたが、念のためしっかり見回りして下さいということです』
「面倒ですわね…」
「いいでしょ黒子、見回りするのに変わりは無いんだし」
『御坂さんの言う通りです。
詳しいことがわかり次第、また連絡しますねー』
ブツリと切れる通話。
切れる直前に遠くから「ココア入ったよー」という声を2人は聞き逃さなかった。
ビル風の突き刺すような寒さに身体を縮ませる。
「わたくしも温かい支部でゆっくりしたいですわー」
「それは同感するわね」
仲良く溜め息をつく2人。
「にしても…手掛かりゼロとは、どうしようもありませんわね」
「まぁ、怪しい行動してる奴がいたら引っ張っていけばいいでしょ」
「そうですわね…侵入者であれ、スキルアウトであれ、厄介事を起こさせなければいいのですわ」
「よし、そうと決まれば手分けして探すわよ」
「はいですの!」
警邏を始めてはや数時間。
侵入者らしき人物を見かけることもなく、それらしい事件も起こっていない。
短くなった日は既に沈みかけていて、そろそろ街灯の光が欲しいところだ。
「結局それらしい事件は起こってないか…こちら黄泉川、異常無し」
黄泉川と上条はやれやれとベンチに座り込む。
黄泉川はしばらくイヤホンを付けた耳に手を当てる。
「他の地域でも、特に異常は無いらしいじゃん」
「無駄足でしたかね…」
ぽかり、と軽い拳骨をくらう。
「そんなことないじゃん。警備を強化したから、事件が起きなかったかもしれないじゃん」
「そうかもしれないですが…」
しかし、学園都市の防衛網を突破したにも関わらず、警備強化程度で怖気つくだろうか。
その程度のやる気なら、とっくに防衛網で捕まっていただろう。
だとしたらやっぱり誤作動の可能性が高い。
「さてと…もうすぐ最終下校時刻じゃん。
まだ遊んでる生徒達に注意しながらもう一回まわるじゃん」
「了解です…」
昼から外に出たまでは良かった。
しかし、侵入者を探すために第一五学区をひたすら歩きまわっただけ。
結局例の侵入者も見つからず、何度も一五学区をまわるのにも飽きてきた。
服屋や雑貨屋、初めは物珍しかったものの、今日一日でその新鮮さも失われた。
今ならバイトで一五学区案内ができるかもしれない。
くだらない事を考えながら、上条は重い腰を上げて黄泉川の後に続いた。
見慣れてしまった繁華街を歩く。
街灯が点いて、街路樹のイルミネーションも輝き始めた。
「もうすぐクリスマスじゃんよ」
「そういえばそうですね…」
「そういえばって…学生からすれば一大イベントじゃないのか?」
黄泉川の意外そうな反応に、上条は大袈裟に溜め息をつく。
「それは恋人のいる学生にとってです!寂しい上条さんには関係ございません…」
「そんな奴らで集まってワイワイやるのが楽しいじゃん?」
「とは言っても、この仕事があるんじゃないですか?」
もっともな上条の意見に、珍しく黄泉川は押され気味だ。
「う…だ、だからこそ!今の能力者事件を早く解決して、それで特別休暇貰って、楽しいクリスマスを過ごすじゃん!」
楽しいと決まったわけじゃないクリスマスを目標には出来ませんよ
と言いたい上条だったが、そろそろ本気で殴られそうなので心のなかに留める。
「───ってミサカはミサカは反論してみる」
ふと聞こえた声に、2人は顔をそちらへ向ける。
そこにはアホ毛を揺らした少女が、杖をついた白髪の少年の周りをくるくるとまわっていた。
「だァ!うぜェって言ってンだろォ!だいたい、この人混みの中でちょこまかするンじゃ…」
少年のほうが、自分達に気付いたようだ。
少女も気付いたようで表情をより明るくして走ってきた。
「ヨミカワー!ってミサカはミサカは思わぬ出会いに心踊らせてみる」
「打ち止め、こんな所で何してるじゃん」
黄泉川は勢い良く走ってきた打ち止めを抱き上げる。
「あの人とデートだよ、ってミサカはミサカは頬を染めてみたり」
「へぇ…一方通行と?」
黄泉川が一方通行へ視線を向けると、心底鬱陶しそうな表情のままカツカツと杖をついて歩いて来た。
「ただの買い物だっつーの。クソガキも変なこと言ってンじゃねェ」
打ち止めにゴスゴスとチョップを入れる一方通行。
「痛い!どうしていつも乱暴するの?ってミサカはミサカはアナタの行動を非難してみる」
「お前が余計なことしてるからだよ」
「あの時はいつも優しいのに…ってミサカはミサカは意味深に頬を染めてみる」
「は?なんのことじゃん?」
「なンでもねェよ」
そンなことより─と呟いて、一方通行は上条に視線を向ける。
「あ…久しぶりだな、一方通行」
「久しぶり!ってミサカはミサカは本当に久しぶりの出会いに感動してみる」
「あぁ、打ち止めも久しぶりだな」
上条は打ち止めのアホ毛をツンツンと突付く。
「何やってンだお前…」
怪訝な表情をしながらも上条を睨む一方通行。
そんな一方通行を見て、変わったなと思う。
初めて一方通行を見た時、彼の眼にあったのは悪意、憎悪、殺意、そして戸惑い。
ロシアで会った時、戸惑いと共に何か信念があった。絶対に譲れない、彼なりの決意があったのだろう。
それを彼に与えてくれたのは、彼を変えてくれたのは、目の前でアホ毛を揺らしている彼女なのだろう。
「見ての通りアンチスキルです」
その答えに、一方通行はハッと鼻で笑った後口の端を上げた。
「オマエがアンチスキルですかァ?
ハッ!黄泉川!こンな三下雇うなンてアンチスキルも最近の能力者暴走の事件とかでほぼ壊滅状態ですってかァ?」
「仕方が無いじゃん。人員不足じゃなくて、大人の事情ってのがあるじゃんよ。それに上層部が決めた事だし」
上層部と聞いて、一方通行の顔から笑みが消える。
「…どうかしたのか?」
上条が声をかけると、元の不気味な笑みを戻した。
「なンでもねェよ。せいぜい頑張って死なねェことだな三下ァ」
「う…何かお前に言われると妙にリアルに感じるのですが」
「ねー!ミサカは早くケーキを予約しに行きたい、ってミサカはミサカは自分の欲望を丸出しにしてみる」
「あァ、オマエさっきからそれしか言って無いじゃねェか」
「じゃぁミサカたちは行くね、ってミサカはミサカは手を振ってみる」
一方通行のズボンの裾を引っ張る打ち止め。
「だァ!歩きづれェンだから引っ張るんじゃねェよ」
「早く早く!予約したら番外個体のお見舞いにも行くんでしょ、ってミサカはミサカはアナタを急かしてみる」
打ち止めはズボンの裾は放したが、人混みの中をさっさと走り抜ける。
「それじゃ一方通行。もうすぐ最終下校時刻だし、あんまり遅くならないようにするじゃん」
「わかってるっつーの」
一方通行は面倒くさそうに答えて、カツカツと杖をついて人混みの中に消えた。
「さ、私たちも警邏再開するじゃん」
「あー足がダルい…」
美琴はベンチでぐったりとしていた。
黒子と別れて侵入者の捜索に最初は熱心だったものの、見つからなければ疲労と苛立ちが溜まるばかりだ。
ふと、ゲコゲコと携帯が鳴る。
『お姉さまぁ捜索のほうはいかがですの?』
相手は疲労困憊の黒子だった。
「こっちは全然。その様子だと黒子も駄目みたいね」
『えぇ…騒ぎを起こしているスキルアウトを注意したくらいで、あとは何も…』
「こっちは歩きまわっただけだったわ、やっぱり誤作動だったのかしら?」
『その可能性が高いですわね。
どのみちもうすぐ最終下校時刻ですし、あとはアンチスキルに任せてわたくしたちは支部に戻りましょう』
「わかった、了解」
電話を切って、ふう─と一つ溜め息。
「何も起きないに越した事は無いんだけどね…」
それに対して退屈だと思ってしまう自分に自己嫌悪する。
レベル5の肩書きを誇示する気は無いし、特別扱いもされたくは無い。
それでもどこかで、自分の力を最大限に使って事件に関わりたい、誰かに見せつけたいと思っている。
そんな本音があると同時に、自分がレベル5だという責任。
しかし、下位能力者を守るのが上位能力者の義務と自分が考えていても、下位能力者からすれば見下されているように感じるのだろうか。
「さて、と」
考えていてもしょうがない。
この寒空の下物思いに耽っていると行く末は見えている。
立ち上がると、歩き疲れた足の裏がじんじんと響く。
「私も佐天さんにココア入れてもらおうかな」
暖かい部屋で温かいココアを飲むと考えただけで思わず頬が緩んでしまうが、帰るまでが見回りなので顔を引き締め直す。
早速ゲームセンターで遊びに没頭している学生の集団を見つけた。
黒子がもうすぐで最終下校時刻と言っていたのでここは注意したほうがいいだろうと思って近寄る。
「ちょろっとーもうすぐ最終下校時刻だからそろそろ帰りなさいよ」
「あぁ?」
鬱陶しそうな、いかにもな反応をする学生たち。
美琴と同じ年か一つ上くらいだろう。
「ジャッジメントがアンチスキル気取りですか?」
挑発するように言う学生に、美琴のイライラは募るばかりだがここで爆発させるわけにはいかない。
「お、おい。コイツ御坂美琴じゃね?」
「え、嘘だろ?」
学生の1人が気付いたようで、次々と美琴のことに気付いていく。
そんなことはどうでもいいから、さっさと帰ってくれるのが美琴としては有り難いのだが、信じられない言葉が聞こえた。
「おい、離れようぜ。いつ暴走されるかわかんねーから」
え─と固まる美琴に対し、学生たちはそそくさと距離を取る。
「最近ホントに能力者怖い、今回ばかりは俺無能力者でよかったわ」
「学校でも高能力者は…な…」
「今回の事件でも能力の低い奴らは、自分の身すら守ることができないからな」
美琴に投げられる視線は拒絶、憎悪。
「ちょ、ちょっと待ってよ…私別に暴走なんか…」
「100%言えることかよ?だいたいアンタレベル5だろ?
暴走したら、他の能力者より比べ物にならないくらい被害出るんじゃないのか?」
「そ…んなこと」
なんとかして歩み寄ろうとするが、できない。
さっき受けた拒絶があまりにも強烈すぎて、今の美琴の足を固めていた。
両者の間、というよりさっきから周りで見ていた野次馬たちも、美琴を中心に円形に距離を取っていた。その間に流れる、嫌な空気。
息苦しい、目眩がする。自分にはこの空気を取り繕うことは───。
「アンチスキルだ!何している!」
突如聞こえた声に、周りの生徒たちは慌てて美琴から目を逸らす。
「もうすぐ最終下校時刻だ!さっさと帰れ!」
ざわざわと騒ぎながらも、帰路につく生徒たち。
口々に「先生が言うなら仕方ないか」と言いながら。
「くだらない奴らだ。大丈夫か?」
立ち尽くす美琴に警備員の男が話しかける。
その顔には見覚えがあった、確か…前の事件の時に。
しかしぼんやりと美琴は頭が回らず、無言のまま首を縦に振る。
「そうか…もう帰ったほうがいい。このあたりの支部だろ?一人で帰れるか?」
「大丈夫です…」
力無く答える美琴。
「そんなに気にすることは無い。
アイツらはアイツらで苦労しているだろうが、君の苦労なんて全く知らない。
知らないうえに知ろうともしない奴らのことを気にするだけ無駄だ」
「あなただって…私の苦労を知らない…」
口に出してから後悔した。せっかく心配してくれているのに。
呆れられたのではと、恐る恐る男のほうを見るとあまり気にした様子は無く、むしろ申し訳なさそうな表情でいた。
「そうだな、確かに俺は君じゃないし、能力開発も受けてないんだからそのへんの学生より君の苦労を知らない」
でもな、と続ける。
「能力開発を受けていないからこそ、能力での優劣を付けられていないからこそ、生徒と対等の気持ちで接することができる」
それを生徒も知っているから、教師の言う事なら聞ける。
どれほど自分が別け隔てなく接しようとも、他の能力者は劣等感からの壁を感じるに違いない。
そして自分が厚意のつもりでした行動も、他の能力者は見下されたように感じているのかもしれない。
「そして俺たちは何があろうと生徒の味方だ」
目の前の人物が羨ましい。
自分より遙か遠くにいて、どれほど努力しようと決して届かない。
いや、努力をしたからこそ超えてしまった存在で、決してそれに戻ることだできないのだ。
そんな大切な存在を、正直に言うと今さっきまで見下している自分がいた。
だからこそ、さっきの言葉が出たのだろう。
申し訳ない気持ちと、伝えきれない感謝の気持ちが溢れてくる。
「ご…ごめんなさい。私、生意気なこと言って…」
「いや、こっちだって無責任な発言だったよ」
「あの、この前のアンチスキルの方ですよね?怪我のほうはもう…」
「あぁ?覚えてくれてたのか、ちょっと電気流れただけだから大した事無いよ。他の奴らだってもう前線復帰している」
男は腕をぐるぐると回して、健康をアピールする。
「そうですか…」
「あの時はホントに助かったよ。君がいないと俺はここにいなかっただろうし」
「そんな大袈裟な…」
「本気だよ。君が来た時、俺は彼女に電撃を撃たれる直前だった。
電撃使いについては詳しく知らないけど、あれは撃たれたらやばかったなー」
笑いながら言うので、美琴には軽口にしか聞こえない。
「君が戦ってくれたおかげで、被害も少なかった」
「…」
「生徒を前線に出すのは気が引けるが、アンチスキルが大量に集まったところでレベル5の足元にも及ばない」
男の顔に一瞬、悔しさがうつる。
瞬きをすると元の表情に戻っていたが、見逃さなかった。
「だからこそ、俺たちはバックアップに全力を尽くす。
戦う君たちが、暴走した生徒が、何の関係も無い生徒が傷付かないようにな。
こんな事態だからこそ、それぞれができることを全力でやるべきなんだ」
だからこそ、と男は美琴の目を見る。
男の目には何らかの決意が見えて、どこかの野郎と同じ目をしていた。
「君も、君にできることを全力でやってほしい。
他の奴らが何と言おうと、能力者を止めれるのはやっぱり能力者なんだ。辛いこともあるだろうが、やってくれるか?」
答えを出すのに時間はかからなかった。
「はい!」
男は美琴の返事を聞いて、優しく笑う。
「それじゃ、気を付けてな」
男が立ち去ろうとするが、美琴は慌てて止める。
「あのっ!まだ名前を…」
「あぁ、そういえばそうだった。アンチスキル八四支部の才郷良太だ、これから先現場でもよろしく頼むよ」
「はい、ジャッジメント一七七支部の御坂美琴です。改めてよろしくお願いします!」
最終更新:2012年02月13日 21:12