とある魔術と木原数多 > 34


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8月20日午後1時30分、『猟犬部隊』32番待機所 
 
 
冥土帰しと寮監が帰り、残ったのはいつものメンバー。 
 
天草式との戦いを終えた残留組が、全員揃って遅い昼食をとる。 
 
インデックス。 
 
ステイル。 
 
ヴェーラ。 
 
管理個体。 
 
テレスティーナ。 
 
木山春生。 
 
そして――木原数多。 
 
一見するといつもと変わらぬ光景。 
 
だが、それは錯覚だった。 
 
 
変質、変化、変異、あるいは変貌か。 
 
それまでと変わらぬ者がいる中で、人知れず大きく変わった者がいる。 
 
この日、長い序章は終わりを告げた。 
 
歪んだ世界は、さらにおびただしい量の鮮血と涙を求めて静かに蠢く。 
 
 
「…………」 
 
 
渦巻く策謀は未だその姿を見せず、各人が胸に隠した思いは密かに成長を続け――。 
 
 
やがて終焉の時を迎える。 
 
 
 
 
 
それから2日間、世界は不気味なほど穏やかに回っていった。 
 
 
 
 
8月22日午前9時30分、学園都市統括理事会 
 
 
――『ワシリーサ……?』 
 
――『ロシア成教の修道女、ね。美人なら大歓迎なんだが』 
 
――『言ってる場合かね。我々の対応姿勢をどうするかは重要な問題だ』 
 
――『……面倒はキライ……』 
 
――『無視できる類のものではなさそうですし、わたくし達のスタンスは歓迎でよろしいでしょう』 
 
――『けどよ、そうなるとイギリス清教が反発するんじゃねェか?』 
 
――『ああ、だが仕方あるまい。現状がすでに険悪な関係なのだから』 
 
――『そうそう。今更ご機嫌取りは無意味だって。何かあったら全部木原数多に対応させりゃーいいじゃん』 
 
――『意見は賜りました。が、新参者にしては少々慎みが足りないようですね』 
 
――『そりゃースイマセンでした、何分新入りは礼儀だの慣習だのに疎くて』 
 
――『いいじゃねーの、これぐらい元気な方が頼りがいがあるってもんだ――イザとなりゃ前任者と同じく交換するし』 
 
――『っ……』 
 
 
特に声色が変わったわけでも、威圧感を感じたわけでもない。 
 
その逆。 
 
あまりにも平然と他者を潰そうとする異様さにこそ、新たな統括理事は怯んだ。 
 
 
――『議題は終わってねェぞ、続けようぜ?』 
 
――『では、続いて木原数多の……』 
 
 
歯車は変わり、されど動き出した道筋に変化はない。 
 
深く、深く、さらに深く。 
 
 
8月22日午後1時00分、第23学区の国際空港 
 
 
統括理事会の承認を経て数時間。 
 
小型のチャーター機が、学園都市の空港へ降り立った。 
 
中から現れたのは2人の修道女。 
 
ワシリーサとサーシャである。 
 
 
「もーう。こんなに手間がかかるなんてー!」 
 
「第一の私見ですが、むしろ総大主教やニコライ司教がこの訪問を許した事が奇跡的です」 
 
 
そして相手側がそれを受け入れた事も、とサーシャは心の中で付け足した。 
 
 
「言うじゃないのサーシャちゃん。ま、イギリス清教もローマ正教も、どうやら1本取られたみたいだしね」 
 
「第一の質問ですが、その一筋縄ではいかない学園都市相手にあなたは何をするつもりですか?」 
 
 
禁書目録の離脱、『必要悪の教会』の魔術師の敗北、そして聖人の肉体の奪取。 
 
屈辱的なバチカン会議、『C文書』の破壊、そして結ばれた密約。 
 
学園都市は、イギリス清教とローマ正教の両者に数々の痛撃を与えている。 
 
もちろんロシア成教もそれらを全て把握しているわけではないが、ある程度は現在の力関係を読み取れた。 
 
その二の舞になることだけは、避けなくてはならない。 
 
 
しかし、ワシリーサにはプレッシャーを感じている様子は見受けられなかった。 
 
文字通り、ロシア成教の命運を背負っているにも関わらず。 
 
だから彼女は、質問したミーシャにこう答えた。 
 
 
「何をするって……お話かな。それって結構大事じゃない?」 
 
「第一の解答ですが、対話の重要性は理解しているつもりです。ですが……」 
 
 
そもそも、この状況で何を話し合うのだろうか。 
 
魔術サイドと科学サイドの溝は、極めて深い。 
 
ましてや両者が手を結ぶことなど、非現実的だ。 
 
そんな風に思うサーシャだが、ワシリーサは違った考えを持っているらしく、自信ありげに笑って見せた。 
 
 
「もー、心配性なサーシャちゃんもカワユイなあ。大丈夫大丈夫、任せなさいって」 
 
 
すたすたと先を歩くワシリーサを、小柄なサーシャが早歩きで追いかける。 
 
彼女が追いつく直前、上司が漏らした言葉には気づかなかった。 
 
 
 
「木原数多……あなたは不実で醜い大人なのかしらん?」 
 
 
 
同時刻、胤河製薬学園都市支店 
 
 
研究棟地下3階の一番奥で、とある老人が虚空を見つめている。 
 
その表情は優しげで、かつて多くの子供を犠牲にしたマッドサイエンティストとは思えないほど。 
 
 
「学園都市のモノとはまるで異なる法則……かつて私も、君と同じように魅了されたものだ」 
 
「那由多をはじめ、多くの被験者を使ってそれに近づこうとした」 
 
 
そこまで述べて、彼の言葉が一瞬詰まった。 
 
優しげな表情が徐々に曇り、続く独白からは力が感じられない。 
 
 
「……だがやがて悟ったよ」 
 
「科学者では、立ち入れない一線があるのだと」 
 
「数多、君はそれにいつ気が付くのかな?」 
 
 
嘲笑と、悔恨と、ほんの少しの期待。 
 
それっきり、彼は何も喋ろうとしなかった。 
 
 
同時刻、『猟犬部隊』32番待機所 
 
 
アビニョンから戻ってきたマイクは、木原に事の顛末を報告していた。 
 
 
「――これらの点を踏まえ、『C文書』の奪還は不可能と判断し、焼却することにしました」 
 
「なるほど。馬鹿かテメェは?」 
 
 
そう言いながら、木原からはそれほど怒りは感じられない。 
 
 
「だったら最初から爆撃機で事足りたろーがよぉ。部隊の派遣に幾ら掛かったと思ってんだ間抜け」 
 
「申し訳ありません」 
 
「……戦闘記録と、新型兵器の実戦データ。その2つに免じて殺しはしねぇ」 
 
「ありがとうございます」 
 
 
なんだ、それぐらいは予想できてたか、と木原がつまらなさそうに褒める。 
 
内心綱渡りの心境だったマイクも、死なずに済んでホッと深呼吸した。 
 
 
「つーかよぉ、すぐに忙しくなるんだ。正直無駄に殺してる余裕もねえ。これから挽回しろ」 
 
「了解」 
 
 
それから幾つかの伝達事項を確認すると、マイクはトレーニングルームへ向かった。 
 
トレーニングルームには、ヴェーラとナンシー、エツァリとショチトル、そしてステイルが集まっていた。 
 
 
「どうにか命は長らえた。ナンシーも安心していいぞ」 
 
「……ふう、冷や冷やしたわ」 
 
 
マイクの言葉でようやく安心したナンシーに、ヴェーラが飲み物を手渡す。 
 
 
「良かったわねナンシー」 
 
「ホント。木原さんの怒りは、何度経験しても慣れないのよ」 
 
「まあ、何人も部下を殺すの見てきたもんね」 
 
 
木原を好いているヴェーラがどこか平然と答えるのを聞いて、ナンシーは話す相手を間違ったと苦い顔をした。 
 
 
「なにはともかく、まずは互いの無事を喜ぶことにしましょう」 
 
「あ、そう言えば義手の調子はどうなのデニス?」 
 
 
エツァリの言葉に反応したヴェーラが、彼の右腕を見ながら問いかける。 
 
 
「問題ありません、良く馴染んでいます」 
 
 
そう言いつつ、エツァリが右手をヒラヒラと振って見せた。 
 
今回の戦いで、最も傷ついたのはエツァリである。 
 
何しろ右腕を失ったのだ。 
 
代わりの義手がすぐに用意されたとはいえ、復帰にはしばらく時間が掛かるだろう。 
 
 
「『神の右席』を倒せたのですから、腕1本ぐらい安い買い物ですよ」 
 
「エツァリ……すまない……」 
 
 
それでも明るい彼とは対照的に、ショチトルが暗く沈んだ声で謝罪した。 
 
 
「私がもっと役に立っていれば、こんなことには……!」 
 
「自分を責めないでくださいショチトル。2人とも生きているんですから」 
 
 
そんな2人を横目で見ながら、ステイルが煙草の煙をフーッと吐き出す。 
 
 
「傷を舐め合うなら、話が終わってからにしてもらいたいね」 
 
「どうせまた、ロクでもない仕事が待っているんだろう?」 
 
 
ステイルの投げやりなセリフに、マイクが首肯して資料を取り出した。 
 
 
同時刻、学園都市第11『門(ゲート)』管理室 
 
 
普段なら有り得ない出来事に、門を警備する2人のアンチスキルが揃って困惑した。 
 
 
「警察……?」 
 
「何だってまた、警察が学園都市に?」 
 
 
学園都市の警察業務は、アンチスキルやジャッジメントが代行している。 
 
故に本職の警察が来ることはまず考えられなかった。 
 
しかし今、闇咲と名乗る警官が、捜査のため立入許可を求めてきたのだ。 
 
おまけに後ろには、短いスカートの修道服を着た少女までいる。 
 
 
「君らで判断が出来ぬのなら、上層部に取り次いでもらいたい」 
 
「――2年前の“文科省職員焼死事件”の捜査だと言えば通じるはずだ」 
 
「はあ……少々お待ちを」 
 
 
それから15分ほどして、闇咲とアニェーゼは中へ入る許可を得た。 
 
学園都市に新たな火種が持ち込まれた瞬間である。 
 

 
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