とある魔術と木原数多 > 31


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8月20日午前10時00分、第7学区の地下街 
 
 
迫る『エッジ・ビー』を叩き落としながら、建宮は自分の計算が甘かったことを思い知った。 
 
 
(迂闊……隠密行動に長けた我らの居所を、ここまで把握されているとは!) 
 
(それだけじゃない。天草式独特の戦闘方法についても調べ上げられているのよな!) 
 
 
天草式が鋼糸を使うことを予測した上での、『エッジ・ビー』の同時自爆作戦。 
 
人の目では発見出来ない紛れ方をしたにも関わらず、機械によって居場所を索敵された事。 
 
 
(敵さんは、想像以上に魔術サイド(こちらがわ)について詳しいようだが……) 
 
 
彼らのうち、誰が想像出来るだろう。 
 
今の学園都市には、イギリス清教の誇る『禁書目録』が居ることを。 
 
木原数多という狂人が、その知識の全てをコピーして手中に収めていることを。 
 
そして――自分達の女教皇が、死して尚彼の悪意に利用され続けていることを。 
 
傷ついた仲間を助けながら、建宮は考える。 
 
 
(この科学の街が、どうやって魔術の知識を手に入れた?) 
 
(それだけじゃない。その知識を魔術師との戦闘に利用する事に慣れているのはどうしてだ?) 
 
(イギリス清教の話では……) 
 
 
そこまで思い至ると建宮はハッとし、次いで痛恨の表情を隠すことなく露わにした。 
 
 
(そういう事か、あの女!) 
 
 
女教皇殺害に関する情報を提供した、イギリス清教の最大主教ローラ・スチュアート。 
 
彼女が提供した情報を元に、今回の侵入は行われている。 
 
イギリス清教は天草式よりも先に魔術師を派遣していたからだ。 
 
 
(考えてみりゃ、明らかにあちらさんは“学園都市の高い対魔術能力”を知っていたはずなのよ) 
 
 
神裂の死についても、ローラは詳しいことは分からないと言っていたがそれも怪しい。 
 
 
(情報の意図的な封鎖……我ら天草式を嵌めやがったって事よな!) 
 
 
ローラの思惑に気づいたところで、現状打破には繋がらない。 
 
建宮は激怒しながらも、その熱を一旦放置するしかなかった。 
 
彼は高速で通信術式を作り上げると、今生きている仲間に撤退を呼びかける。 
 
 
「全員逃げろ! この作戦は失敗だ! こっちの情報が相手に漏れているのよな!」 
 
『そんな……もう間もなく探査結界が完成するのに!?』 
 
 
牛深の反論を、建宮が無念さを滲ませた声で否定する。 
 
 
「無駄なのよ。こちらの情報が知られている以上、ヤツは安全な場所へ逃げた後だ」 
 
『……』 
 
 
皮肉な事に、地下街にいない仲間によって探査結界が完成したのはその直後。 
 
木原数多のいる場所は――。 
 
地下街の“真上”。 
 
急行すれば、数分で手が届く場所だった。 
 
もしかして、今ならいけるかもしれない。 
 
天草式の誰もがそう思ってそこへ向かおうとする。 
 
だが、教皇代理の建宮だけは判断を間違えなかった。 
 
彼は溢れる激情を抑え込み、歯を食いしばって繰り返す。 
 
 
「撤退しろ! さっきも言ったが、ヤツが都合よくその身を晒すなんてありえねえってのよ!」 
 
「ここは各自で逃げ延びて、 薄明座で合流するのよな!」 
 
 
それは、女教皇のためにここまで来た彼らにとっては極めて厳しい決断だった。 
 
だが建宮は即断する。 
 
 
「惨めだろうが何だろうが、今は次の機会を待つべきなのよ」 
 
「ここで俺達が全滅したら、誰が女教皇の敵を取る!! そいつが分かってんのか!!」 
 
 
こうして彼ら天草式は、自らの誇る隠密術式を駆使して全力で逃走した。 
 
木原が自らの作戦の失敗を悟ったのは、モニター越しで相手の撤退を見たその瞬間。 
 
『エッジ・ビー』がしつこく追いすがるが、天草式は巧みに隠れて逃げ切った。 
 
 
(こりゃー駄目だな) 
 
 
ステイル達が14人、地下街で10人、待機所で1人。 
 
都合25人――侵入した天草式の半数だ――を倒しておきながら、木原は今回の戦いは失敗したと判断した。 
 
 
(地図を奪うどころか、連中を仕留めきることすら出来なかっただと?) 
 
(無様にもほどがあるだろオイ) 
 
 
天草式は知らなかったことだが、木原のいる車の近くにはクローン部隊が展開している。 
 
彼は、侵入者が自分の命を狙いに来た所で叩き潰すつもりだった。 
 
地下街のメンバーを捕まえて人質にし、隠れた仲間をおびき寄せる算段だった。 
 
天草式の持つ『大日本沿海與地全図』を奪い、その術式を手に入れるはずだった。 
 
教皇代理建宮の判断は、それらの目論見を悉く覆したことになる。 
 
 
(……あー失敗だ。あっはっは、何やってんだかなあ俺) 
 
 
今までの魔術師戦闘の中で、初めて倒しきれなかった相手。 
 
木原は素直に賞賛し、また興味を抱いた。 
 
 
(天草式十字凄教。今までの魔術師とは違うタイプだ。チェックメイトかけた盤上をひっくり返しやがった) 
 
(悔しいなぁ、うざってえなぁ、そして何より面白えなぁ!) 
 
 
木原はシルバークロースに撤退の指示を出すと、速やかに“今後”に目を向けた。 
 
 
(連中の狙いが俺の命である以上、いずれまた相手をする時が来るはず) 
 
(……ゾクゾクするじゃねーか) 
 
 
計算外の相手を見つけた木原は、飢えた獣のように舌なめずりをする。 
 
その表情は恍惚としており、見る者を心から震え上がらせるほど。 
 
 
「……」 
 
 
1,2分ほど経過して。 
 
彼は隣に座る『人材派遣』に唐突に話しかけた。 
 
 
「おい働きアリ君、さっき頼んだ取引はどうなった?」 
 
「まだ結果は出てないです。いくら何でも、統括理事会相手じゃ厳しいですよ」 
 
「じゃあ後で報告しろ」 
 
 
そう言って、木原は強引に『人材派遣』を車から放り出し、そのままアジトへ帰還した。 
 
これが、天草式十字凄教との“最初の戦い”の結末である。 
 
 
8月20日午後6時35分、アビニョン『教皇庁宮殿』近くの庭園 
 
 
ローマ正教の切り札たる霊装を失って、それでもアックアから戦意は消えない。 
 
 
「見事である」 
 
 
ただ一言そう述べて、巨大なメイスをマイクへ向ける。 
 
アックアはかなり酷い火傷を負っているのだが、そんな様子は微塵も感じられなかった。 
 
 
「私の負けを認めよう。だが、だからと言ってこのまま見逃すわけにもいかんのでな」 
 
 
その言葉を聞いたマイクとナンシーが、忌々しそうに舌打ちをする。 
 
敵との実力差を考えれば、ここから無事に離脱できる可能性は極めて低い。 
 
例えクローン部隊を犠牲にしても、アックアからは逃げ切れないだろう。 
 
 
 
 
 
『いいや、今回は引いておけアックア』 
 
 
 
 
 
ところが、そんな両者の間に割って入る声があった。 
 
その声を聞いたアックアが、渋面を浮かべてメイスを影へ仕舞う。 
 
 
「どういう事であるか、フィアンマ?」 
 
 
アックアの聴覚を無視して、彼に直接届けられた『声』。 
 
それは『神の右席』のリーダー、右方のフィアンマからのものだった。 
 
 
『これまでの戦いで、学園都市の耐久性チェックは十分だよ』 
 
「耐久性、だと……?」 
 
『ああ。テッラを殺せたんだ、俺様と組む相手としてはまあ合格点をやれるレベルになる』 
 
 
かつて、フィアンマと木原が電話で交わした密約。 
 
テッラの策をマイク達が破綻させたという事は、正式に両者が手を組むという意味だ。 
 
これ以上の人的被害は無意味で無価値なものになる。 
 
 
『それに、そろそろ学園都市の爆撃機が到着するぞ。流石のお前でもそれには太刀打ちできまい』 
 
「……謀ったのであるか?」 
 
『いいや、俺様としてはどちらが勝っても問題無い、というそれだけのこと』 
 
 
僅か4人しかいない同僚の1人を失って、それでもフィアンマは気楽に告げた。 
 
 
「つまり、『C文書』も最初から当てにしていなかったのであるな」 
 
『何度も言わせるな。上手くいこうが阻止されようがどちらでも良かったんだよ』 
 
「……」 
 
『まあ、詳しいことは帰ってから説明してやる』 
 
 
それで会話は終了したので、アックアは釈然としないながらも指示に従わざるをえない。 
 
 
「……二度と戦わずに済むことを祈るのだな」 
 
 
最後にそう言い残すと、アックアは地面を蹴り上げ飛翔した。 
 
残された学園都市の兵士は唖然とするが、やがて彼らを指揮するマイクが静かに呟く。 
 
 
「作戦終了。学園都市へ帰るぞ」 
 
 
それから30分後には、彼らはあらゆる後処理を終えてアビニョンを飛び立った。 
 
これが、後方のアックアとの“最初の戦い”の結末である。 
 
 
8月20日午前10時20分、第7学区のとある大通り 
 
 
とある男が賑わう人ごみの中を歩いていた。 
 
衣服はどこかのブランドが出しているスーツで、ネクタイをせず、ボタンを3つほど外して胸板が見えるほど開けて着ている。 
 
軽薄そうな顔立ちの大学生ぐらいの男で、首からは携帯電話を4つも5つもぶら下げているのが特徴的だ。 
 
『人材派遣』と呼ばれる彼は、木原と別れた後徒歩で隠れ家へ向かっていた。 
 
そして今、彼は大量の携帯の1つを耳に当てて会話している。 
 
 
「いやー、本気で殺されるかと思ったよ。マジであの男はヤバいって」 
 
『……そうか』 
 
 
低い男の声が、言葉少なくそう応じた。 
 
一見すると、どこにでもある通話に見える。 
 
だが、誰かが注意深くその姿を見れば違和感を感じたかもしれない。 
 
その声は、携帯から聞こえるものではなかった。 
 
携帯に付いているストラップ――そのお守りを模した“霊装”から、声は届いている。 
 
 
「なにせ、木原数多は化物染みた勘の良さと思考速度を持ってるからな」 
 
『ふむ。まさか気づかれた可能性が?』 
 
「いや、幾らなんでもまだ大丈夫だろうけど……」 
 
 
自信なさげに『人材派遣』が否定すると、相手の男が、分かった、と何かを決断した。 
 
 
『私も学園都市へ行こう』 
 
「はあ!?」 
 
『外部調査では埒が明かない。そろそろこちらから動く時だ』 
 
「え、いや、“闇咲先輩”!?」 
 
 
通信相手――闇咲逢魔(やみさかおうま)からの連絡は、それで断ち切れた。 
 
『人材派遣』は、結局諦めて携帯を首に掛けなおす。 
 
 
(こりゃー、また荒れるんじゃねーか?) 
 
 
先ほど話していた闇咲は、学園都市とは縁遠い警察の人間だ。 
 
それもただの警官ではない。 
 
 
 
彼が所属している部署は、警視庁霊能専門部門――通称『捜査零課』と言った。 
 
 

 
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