とある魔術と木原数多 > 29


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8月20日午10時00分、胤河製薬学園都市支店近くのとある公園 

 
 
精神的に疲れ果てた木山が、公園のベンチに座っている。 
 
意識ははっきりしているのに、彼女の感覚からは現実感が失われていった。 
 
公園の喧騒はその耳に届かず、楽しげな光景もその目には映らない。 
 
代わりに彼女の脳を埋め尽くすのは、“既視感”のある幻想。 
 
 
――「木山せんせい、お誕生日おめでとう」 
 
 
かつて教室で、教え子からお祝いされた声――ではない。 
 
大きくなった子供達からの、飛行船を使ったサプライズ。 
 
悪夢のような事件はすべて解決した。 
 
黒幕たる科学者を、レベル5の女子中学生が打ち倒して。 
 
そう、木山は教え子を助けることが出来たのだ。 
 
 
(ああ、自分は今入院しているのだったな) 
 
 
瞬間、公園の風景は消えて病院へと変貌した。 
 
変化は木山自身にも及ぶ。 
 
やつれていた表情は明るく、トレードマークだった隈も消えている。 
 
そんな彼女に。 
 
目を覚ました教え子達の、優しい言葉が次々と投げかけられた。 
 
 
――「先生、早く良くなってね」 
 
――「私たちも頑張るから!!」 
 
――「待ってるからね先生」 
 
――「僕も!」 
 
 
そして。 
 
飛行船を利用した巨大モニターに、枝先絆理(えださきばんり)の笑顔が大きく映る。 
 
 
――「ありがとう、木山せんせい。……大好きだよ!」 
 
 
思わず零れる涙。 
 
それは、確かに存在した光景。 
 
 
「…………っ」 
 
 
夏の眩しい太陽が、強引に木山を覚醒させる。 
 
病院も、飛行船も、教え子の笑顔もみな消えた。 
 
儚い幻想を留めようとして、木山はベンチから立ち上がる。 
 
だが、何度目を凝らしても現実は変わらない。 
 
 
(夢……いや妄想や幻覚の類か?) 
 
(なのにこんなにも既視感があるなんて、酷い話だ) 
 
 
一度覚醒すれば、彼女の優秀な頭脳は即座に現状把握を開始する。 
 
今の自分が木原数多に捕らわれた人間であり、魔術という得体の知れない存在と戦っていること。 
 
行方不明の幻生が生きており、彼を殺そうとして失敗したこと。 
 
 
(そうだ、私は――) 
 
 
今から少し前、幻生が姿を消した後。 
 
鍵のかかった室内に入ることが出来なかった木山は、諦めてその場から出てきた。 
 
途中で会社の人間とすれ違ったりもしたのだが、一切喋ることなく。 
 
 
(製薬会社の職員に報告したところで、彼らは何も知らされていないだろう) 
 
 
仮にこの事を報告するとして、その対象となるような人物は1人だけ。 
 
忌々しい部隊のリーダー。 
 
 
(あの男には、伝えておくべきなのか……?) 
 
(馬鹿な) 
 
 
一瞬浮かんだ考えを、木山は心の中で一笑した。 
 
 
(私が無断で幻生と接触した理由を、どう説明するつもりなのだ) 
 
(まさか、殺しにいったところ逃げられました、など言えるわけがない) 
 
(それに……) 
 
 
あの時、幻生は木山に向かってこう言った。 
 
 
――「また会いに来なさい、待っているから」 
 
 
嘘とは思えない。 
 
かつての研究の師である彼は、純粋に木山との再会を待ち望んでいるように見えた。 
 
ならば、こちらが望まなくてもまた会うことになる。 
 
そこまで考えた木山は、再びベンチに倒れこむように腰を下ろした。 
 
途端に先ほどの自分の様子を思い返して憂鬱になる。 
 
 
(いったい、私はどうしたんだ?) 
 
(覚悟を決めていたはずなのに、ああも臆する事になるなんて) 
 
(復讐の気持ちは、所詮口先だけのモノでしか無かったのか) 
 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 
 
 
思考を投げ出した木山の脳を、強烈な違和感が支配する。 
 
そんなはずがない、そこで逃げるようならあんな事件を起こすはずがない。 
 
無関係の学生1万人を巻き込んだ、『幻想御手(レベルアッパー)』事件など。 
 
少なくとも、幻生を許せないという気持ちは今も変わらず彼女の胸にある。 
 
では、なぜあの時怯んだのか。 
 
 
(自問するまでもない。私はあの質問に恐怖した) 
 
 
彼女が恐れたのものは、幻生から問われた研究者としては当然の質問。 
 
 
「脳波のネットワークを利用した演算機器――そのアイディアを教えたのは、一体誰かね?」 
 
 
そのアイディアの出所を聞かれた事だ。 
 
何故なら、彼女は――。 
 
 
(私は、どうやってあの悪魔的なヒラメキを得たのか“全く分からない”) 
 
(複数の脳を繋ぐ電磁的ネットワーク) 
 
(『学習装置』を使って整頓された脳構造) 
 
(私は、どうやってこの発想を形にした?) 
 
(そして何より) 
 
(何故私は、幻生から聞かれるまでそれを疑問に思っていなかった?) 
 
 
とある世界の9月30日、第7学区の窓の無いビル 
 
 
木山の状態をモニタリングしていた『人間』が、ほんのわずかに興味を示す。 
 
 
「ふむ、ようやく違和感に気づいたようだ」 
 
 
そう呟くのは、とある世界の学園都市統括理事長、『人間』アレイスター。 
 
生命維持槽のビーカーに逆さまで浮きながら、アレイスターはとある歪んだ世界をモニター越しに見つめている。 
 
 
「気づいたところで、どうすることも出来ないのだが」 
 
 
彼が監視しているのは、何十年も前に“統括理事長アレイスター”が行方をくらました世界。 
 
最も近い概念でいえば、平行世界(パラレルワールド)がそれに該当する。 
 
通常なら観測も関与も不可能な別次元の空間だ。 
 
ならば何故、今こうしてアレイスターは別世界を監視できるのか。 
 
事の発端は、およそ1か月前の8月28日。 
 
とある世界規模の魔術が展開された事から始まった。 
 
 
その日、上条刀夜という1人の父親が。 
 
理由もなく、原因もなく、理屈もなく、理論もなく、因果もなく、目的もなく、意味もなく、価値もなく。 
 
“運悪く”完成させた大規模魔術。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その名を、『異界反転(ファントムハウンド)』と言う。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
全く別のとある魔術(エンゼルフォール)が“同時”に展開された所為で、アレイスター以外の人間は気づかなかった。 
 
その場にいた神裂も、土御門ですらも。 
 
だがそれも無理はない。 
 
この世界において、『異界反転』は1人の人間にしか影響を与えなかったのだから。 
 
 
(人類でたった1人、木山春生がそれに該当した) 
 
(彼女にしてみれば、堪ったものではないのだろうが……) 
 
(こちらのプランにとっては僥倖と言わざるを得ないな) 
 
 
『異界反転』の魔術は、この世界の8月28日にいる木山春生を、別世界の7月27日へと弾き飛ばした。 
 
アレイスターがいない代わりに、木原数多を始めとする人材が魔術と戦っている世界へと。 
 
すなわち、教え子を助けたという事実が存在しない世界だ。 
 
それだけではない。 
 
木山の脳からは、こちらの世界での記憶が都合よく一部消滅している。 
 
7月27日以降の記憶と、アレイスターのプランに関わる記憶――例えば『妹達』についてだ。 
 
前者は世界を渡った時に自動的に消えたが、後者は違う。 
 
姿を変えて存在している“あちらのアレイスター”が、意図的にその記憶を抹消した。 
 
 
(実に興味深い) 
 
 
そして“こちらのアレイスター”は、自分のプランを進めながら別世界の監視を行った。 
 
 
(木山春生を通じて観測したあちらの世界は、実に突拍子もない状況を見せてくれる) 
 
(あの『猟犬部隊』が、禁書目録を有して魔術サイドと戦っているとは) 
 
 
また、アレイスターにとっては世界間の時間差も好奇心を刺激した。 
 
 
(この世界と、あちらの世界では半月から1か月ほどのズレが生じている) 
 
(その時間の差が不安定に変化しているのは、この魔術が中途半端に完成したからだろう) 
 
 
観測した瞬間ごとに、あちらの世界との時間差は異なっている。 
 
ただし、こちらがより先の時間軸を経過していることは間違いない。 
 
そして今、向こうの世界での重要人物がこちら側で死亡したところだ。 
 
 
(さて、こちらでは君の死が確定したぞ木原数多) 
 
(あちらにいる君は、どんな結果を見せるのかな?) 
 
(この『異界反転』に、あちらで気づけるものがいるとしたら) 
 
(それは君以外に考えられないのだがね) 
 

 
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