とある魔術と木原数多 > 26


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8月20日午前9時50分、第7学区のとある病院 
 
 
かつて木原が、『竜王の殺息』で傷ついた右手を治療するために訪れた診察室。 
 
その完璧に隠蔽された部屋に、『管理個体』と寮監はいた。 
 
『冥土帰し』による健診のためである。 
 
本来なら今日はその日ではなかったものの、“20分ほど前”に突然木原から連絡が入ったのだ。 
 
常盤台の寮にいた2人は、どのような理由で予定を早めたのか詳しい理由を知らされていない。 
 
 
「詳しい検査はこれからだけど、少なくともこれまでの診察でこれといった異常はなさそうだね」 
 
 
木原による急な診察の指示に、てっきり何か問題でも生じたのかと警戒した『冥土帰し』だが、それも違うと分かった。 
 
 
「突然お時間を取らせてしまって、申し訳ありません先生」 
 
「なに、君が気にすることじゃないよ。あの彼が絡んでいる事案にしては、ずいぶんと大人しいぐらいだ」 
 
 
頭を下げる寮監に、『冥土帰し』は本心からそう答えた。 
 
 
――「これから一両日中に、重症の患者を連れてくる」 
 
――「だからベッドを空けて、準備万端整えておかねーとヤバイかもなぁ」 
 
 
今から3週間ほど前、木原はこんな予告をしている。 
 
だが医者にとっては幸いなことに、それは現実にならなかった。 
 
その代わりに持ち込まれた患者が『管理個体』。 
 
聖人であり、かつ『聖痕』を常時開放するための特別な処置を受けている彼女は定期的なメディカルチェックが欠かせない。 
 
彼女の身に何か起きれば、クローン部隊の統制も難しくなるのだから。 
 
だが今のところ、彼女はいたって健康だった。 
 
 
「じゃあ、詳しい検査を始めるね?」 
 
「はい、ヘぶんきゃんせらー。よろしくお願いします」 
 
 
生真面目に頭を下げた『管理個体』は、医者の浮かべた微かな悲しみの表情に気づかない。 
 
 
「では、私は待合室で待たせていただきます」 
 
「分かった。……けど、後で君も僕の診察を受けるんだ。肩をかばっているね?」 
 
 
医者の言葉に、寮監が苦笑いをしつつ白旗を上げる。 
 
 
「お見通しでしたか。ですが大したことでは……」 
 
「それは医者である僕が決める事だよ。君も僕の患者の1人なんだからね?」 
 
「分かりました。あの子共々お世話になります」 
 
 
寮監はそう言って、この部屋を後にした。 
 
 
同時刻、『猟犬部隊』専用車 
 
 
真っ黒にコーティングされた大型車の中で、木原は状況にそぐわずのんびりと休憩している。 
 
この車はいざというときの移動基地にもなるのだが、部下に対し必要な指示はすでに終えてあった。 
 
 
(やれやれ、コイツもただ働きごくろーなことだぜ) 
 
 
その木原の隣では、先ほどまで死に物狂いで取引していた『人材派遣』がコーラを飲んでいる。 
 
さすがに名の知れた『人材派遣』だけあって、彼は状況にピッタリの人員を暗部の中から用意する事に成功した。 
 
興味のない木原は、雇った相手の名前すら記憶していないが。 
 
何でも、状況に応じて『駆動鎧』を取り換える男らしい。 
 
とはいえ、今回彼が雇われたのはそれが理由ではない。 
 
彼の持つ別の装備が役立つからだ。 
 
 
(この第7学区で、衛星の目が届かないポイントは限られてくる) 
 
(後はそこを町の映像監視網と無人偵察機で分析すれば) 
 
(人間の目は誤魔化せても、機械的に発見頻度の高い侵入者(エラー)をピックアップ出来るって事だ) 
 
 
その高性能の無人偵察機を持っている人間を、『人材派遣』は紹介した。 
 
 
少し話を戻す。 
 
侵入者の目的が木原である以上、遅かれ早かれ彼らはこの第7学区にやってくる。 
 
要はどちらが先に見つけられるかの勝負なのだ。 
 
その点からいえば、天草式は“侵入したという事実”を知られた時点で半分負けていた。 
 
尤も、この科学の支配する『学園都市』内部で勝負を挑もうとしたのだから仕方がない。 
 
 
(まあ、コイツの売り文句が事実なら、侵入者を刈り尽くすまでに30分と掛からねーらしいし) 
 
(このまま終わっちまうのかね? せめて連中が持ってる“アレ”ぐらいは奪取しておきたいんだがなぁ) 
 
 
10分ほど前に、侵入者を見つけたという報告が男から木原にもたらされた。 
 
おそらく今は交戦中のはずだ。 
 
万が一雇った男が敗北した場合、今度は代わりにクローン部隊を動かせば事足りる。 
 
ステイルとヴェーラも戦闘を続けているが、間もなく片が付くだろう。 
 
 
(あるいは) 
 
(何か逆転を可能にする、トッテオキでも見せてくれるのか) 
 
 
そこまで考えて、木原は頭を切り替えた。 
 
予想に予想を重ねたところで正答が出るはずもない。 
 
新しい事実が出てくるまでは、別の問題を考えていたほうが有意義だ。 
 
そう。 
 
木原には、もう1つ別の問題が生じていた。 
 
すでに“対策を講じた”とはいえ、厄介さでいえばこちらの方が面倒なことになる。 
 
 
(この状況で、“連中”が動き出した理由はなんだ?) 
 
(『樹形図の設計者』か、『聖人のクローン』か、あるいは『バチカンでの対談』か) 
 
(候補が絞りきれねぇな。ひょっとするとその全部って事も有り得る) 
 
 
それからさらに5分ほど黙考した木原は。 
 
 
「うし、もう1つ仕事を頼まれてくれねーかな、働きアリ君?」 
 
「え」 
 
 
『人材派遣』に、さらに取引を持ちかけた。 
 
 
8月20日午前10時00分、第7学区のとある病院 
 
 
MRI(核磁気共鳴画像)の操作室。 
 
『管理個体』の検査のため、『冥土帰し』はこの部屋で機材を動かしている。 
 
奥のMRI室で検査を受けている彼女には、やはり異常は見受けられない。 
 
 
(……これはどういう事だろうね) 
 
(あの彼に限って、気まぐれで検診日をずらすとも思えない) 
 
(もしかすると、目的はあの子じゃないのか……?) 
 
 
カシュン、と扉が許可なく開いたのはその時だ。 
 
 
「ここは関係者以外立ち入り禁止なんだけどね?」 
 
「『冥土帰し』だな。同行を願おう」 
 
「……ここは病院だよ。物騒なものはしまうんだ」 
 
 
現れたのは、漆黒の装甲服で身を固めた男5人。 
 
その全員が銃を持ち、あまつさえ医者に銃口を向けている。 
 
 
「言う事を聞いてもらえないのは残念だ」 
 
 
緊迫した状況下にあって、医者の態度は冷静だった。 
 
むやみに騒いだり逃げたりせず、相手に静かに向き合っている。 
 
 
「一緒に行く行かない以前に、君達はどこの誰だい?」 
 
「来れば分かる。我々は交渉をしに来たわけではない。これは命令だ」 
 
「断ると言ったら?」 
 
「この病院にいる患者の安全を保障しない」 
 
 
患者を人質にされて、初めて医者の顔に嫌悪の色が浮かび上がった。 
 
 
「馬鹿な真似をする。それでこの僕が動くはずがないだろう」 
 
「いいや、貴方は従わざるを得ない。患者思いだからな」 
 
 
典型的な悪役の手口。 
 
この手の趣味の悪さに、医者は心当たりがあった。 
 
 
 
 
「なるほど。僕を呼んでいるのは“統括理事会”の人間だね?」 
 
 
 
 
正体を見破られても、男たちには動揺の色はない。 
 
だが、それこそ自らの正体を明らかにしたも同然である。 
 
統括理事会の指示を受けた兵隊が、さらに1歩近づいた。 
 
 
「さあ来るんだ!」 
 
「生憎だが、君達では役者が足りていない」 
 
「おい、いい加減に……!」 
 
 
今こそ医者は理解した。 
 
何故、木原が『管理個体』の健診を突然早めたのか。 
 
その目的は、彼女のためではない。 
 
つまり――。 
 
 
「分からないのか、すでに木原数多はこの事を予測していたと言っているんだ」 
 
「戯言を」 
 
「装甲服ではなく、せめて駆動鎧を着てくるべきだったね?」 
 
 
ゴ、ガッシャァァァァァァン!!という爆音と同時。 
 
奥のMRI室から、窓を突き破って寝台が投げ込まれた。 
 
訳の分からないまま、寝台の直撃を受けた2人が吹っ飛ぶ。 
 
残った3人が警戒して奥へ銃を向けるが、その時にはすでに遅かった。 
 
 
「むう、悪い人ですね。へぶんきゃんせらーはべーしっくの友達です!」 
 
 
文字通り疾風の速さで奥から出てきた『管理個体』が、一瞬で男達の背後に回る。 
 
そのまま1人の男の右脚にしがみつき。 
 
そして相手が振り返るより先に、聖人の膂力で膝の関節を逆側にメキャリと折り曲げてみせた。 
 
 
「――ッ!? ア、オ、ガァァァァァァァァ!!」 
 
 
男が断末魔の叫びをあげる中、『管理個体』は別の男の腕を蹴り上げる。 
 
ボグン! 
 
冗談みたいな音をして跳ね上がった腕が、そのまま男ごと後ろの壁へと激突した。 
 
 
「ギャアア、い、痛ェェェェェェ。誰かぁ! 死ぬ、殺される!」 
 
 
ダラリと垂れ下がったそれは、明らかに全ての骨が粉砕しているのが見て取れる。 
 
 
「なんだよこれ!?」 
 
 
最後の1人が、我を忘れて『管理個体』へ発砲した。 
 
だが、破れかぶれの銃弾は掠りもしない。 
 
完全に弾道を目で見て避けると、彼女はそのまま男の顔面へ拳を叩き込んだ。 
 
 
「ゥ……」 
 
 
形容しがたい音が漏れて。 
 
相手が完璧に沈黙すると、ようやく『管理個体』はその手をズリュ……と引き出した。 
 
男の顔面、というより頭蓋骨が、6,7センチほど陥没している。 
 
 
「……重症患者が5名。ここで治療をするが構わないね?」 
 
 
足を砕かれた痛みに喚く男が、汗を垂らしながら必死で首を縦に振った。 
 
 
「ご無事ですか、先生!?」 
 
 
寮監が駆け込んできたのは、その時だ。 
 
目の前に広がる惨状に、寮監は表情一つ変えなかった。 
 
ただ、わずかに眼光を鋭くしただけである。 
 
 
「病院内に侵入してきた連中は、全員“折り畳んで”おきましたが……」 
 
「やはり外にもいたんだね? 患者を守ってくれてありがとう」 
 
「当然の事です。それより、数多についてですが」 
 
 
寮監の言葉を聞いた医者が、分かってる、と言葉を遮った。 
 
 
「健診を今日にしたのは、君らが病院を守ると思ったからだろうね?」 
 
「では、やはり」 
 
「まずは彼に連絡を取ろう。何が起きているのか確認するべきだ」 
 
 
そう話す2人の陰では、『管理個体』が赤く染まった自分の手を無表情で見つめている。 
 
この瞬間。 
 
彼女のスイッチが入ったことに気づいたものは、“この場には”誰もいなかった。 
 

 
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