とある魔術と木原数多 > 22


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8月20日午後5時40分、アビニョン『教皇庁宮殿』近くの庭園 
 
 
左方のテッラ。 
 
神の右席の1人。 
 
対峙しただけでも、魔術師としての格の違いが感じられる。 
 
そんな相手に勝つには、油断している今のうちにケリを付けるほかない。 
 
だからエツァリは迷わず攻撃した。 
 
『トラウィスカルパンテクウトリの槍』と呼ばれる、金星の光を利用した攻撃魔術。 
 
すでに日没から時間が経っており、金星はほとんど沈んでしまっているが――まだ光は届く。 
 
 
(見たところ、彼の服には『歩く教会』のような防御機構は備わっていない) 
 
(ならばこれで……!) 
 
 
あらゆるものを分解する滅びの光が、テッラの体へ直撃しようとした。 
 
だが。 
 
 
「――優先する」 
 
 
確かに当たったはずの魔術は、何の効果ももたらさない。 
 
むしろ、必殺の魔術を馬鹿にするようにテッラが嘲笑する。 
 
 
「この私に、“その程度の魔術”が通用するとでも?」 
 
「……そんな」 
 
 
あの一瞬で、どんな魔術障壁を構築したと言うのか。 
 
エツァリがこの現象を分析しようと試みる。 
 
ところがそれよりも早く、後ろに居たはずのショチトルがテッラに接近した。 
 
『マクアフティル』というアステカの剣を、両手で掴んで振り下ろす。 
 
エツァリを守ろうとする彼女の行動は、しかし無意味なものとなった。 
 
 
「優先する。――剣の動きを下位に、空気を上位に」 
 
 
テッラがそう言うと、ショチトルの持っていた『マクアフティル』が縫いとめられたかのように動かなくなる。 
 
 
「優先する。――人肉を下位に、小麦粉を上位に」 
 
 
そして唖然としている彼女目がけて、小麦粉のギロチンが襲いかかった。 
 
 
「ショチトル!?」 
 
 
エツァリが叫ぶ。 
 
彼が、所属していた組織を抜け、イギリス清教に追われ、学園都市の闇に飲み込まれた理由。 
 
 
(死なせて、たまるか……) 
 
 
褐色の少女を助けるため。 
 
エツァリはそのまま庇うように彼女を抱きしめて――。 
 
 
 
瞬間、彼は背中を縦に切り裂かれた。 
 
 
 
同時刻、アビニョン『教皇庁宮殿』 
 
 
遺伝子を調整されて、オリジナルの15%しか力を持たないクローン。 
 
その欠点を解決する為に、木原が用意したのは『発条包帯(ハードテーピング)』だ。 
 
超音波伸縮性の軍用特殊テーピングであるそれは、人間を軽く粉砕するほどの筋力を与える。 
 
通常なら、使用者への負担が大きいので実用は出来ない代物なのだが。 
 
劣化したとはいえ『聖人』の身体能力を保持している事と、『学習装置』で負担の少ない運用方法を教え込まれた事。 
 
クローンはこの2点をもって、『発条包帯』を実戦で扱う事に成功した。 
 
 
――だがしかし、二重聖人のアックアにはその小細工が通用しない。 
 
 
「ふん!!」 
 
 
マイクとナンシーへ迫るアックアに、クローンが6人ほど抵抗しようとして弾き飛ばされた。 
 
 
「クソ、何なんだよあれは!」 
 
 
クローンが相手した事で僅かに生じた時間。 
 
その隙にマイクが、自分の周囲に鉄粉を撒き散らす。 
 
 
「む……?」 
 
 
その粒子に直撃したメイスが、動きを止めた。 
 
『絶対等速』の能力を応用した、鉄粉の障壁である。 
 
以前砂皿には攻撃として利用したが、元々この使い方は防御用なのだ。 
 
マイクの能力の特徴は、等速直線運動が遅い事。 
 
それは攻撃の観点からは欠点となるが、見方を変えれば遅さを用いた“絶対の壁”を作れることを意味する。 
 
絶対に一定の方向へゆっくりと進む鉄粉は、その間どんなものも通さないのだから。 
 
 
聖人のチカラを受け止める謎の能力に、アックアは僅かに口を緩ませる。 
 
 
「ほう、面白いな。学園都市の能力であるか」 
 
「だが、こっちの方は簡単には止められないのである」 
 
 
対照的に、マイクは顔色を青くする。 
 
 
「舐めやがって……こんな化物どうしろってんだよ」 
 
 
何故なら、アックアの背後で“あるもの”が唸りを上げてマイク達を狙っていたのだ。 
 
 
「ちょっと、アレはまずいんじゃないの!?」 
 
「分かってんだよ!」 
 
 
ナンシーが指差した先にあるのは、水だ。 
 
アックアが何よりも得意とする、水の魔術である。 
 
宮殿の地下を通るパイプが破壊され、凄まじい量の水が溢れ出ていた。 
 
いかに鉄粉の障壁が絶対でも、水はその隙間を通り抜けてマイク達を襲うだろう。 
 
要するに、相性が最悪なのだ。 
 
 
「神の右席が通常の魔術を使えぬ事、そして私は例外的にその縛りを受けていない事など、説明する必要もあるまい」 
 
「ナンシー!」 
 
 
マイクの焦った声をかき消すように、濁流と化した水がゴボゴボと接近する。 
 
 
「貴様らも兵士なら、死ぬ覚悟は出来ていて当然である」 
 
 
そして宮殿内に、この場に似つかわしくない異様な音が響き渡った。 
 
操られた水が全てを飲み込んだ音――ではない。 
 
メイスによって肉体が砕かれる音――でもない。 
 
もっと“人工的”で、どこかおぞましい音だ。 
 
その音を聞いた途端、アックアは魔術の制御を失って片膝をついた。 
 
 
「……ぬ、あぁぁぁぁ!?」 
 
 
しかも、今までと打って変わって苦悶の表情を浮かべている。 
 
 
「……良くやった、ナンシー」 
 
「死ぬかと思ったわよ」 
 
 
文句を言うナンシーの手にあるのは、小さなリモコン。 
 
宮殿を包囲している本隊が設置した、とある音響兵器のスイッチだ。 
 
音の正体は、テレスティーナが開発した『対魔術師用キャパシティダウン』である。 
 
“十字教を根幹とする魔術師相手なら5分程度の無力化が見込める”という音が、アックアを跪かせた。 
 
このテレスティーナが開発した装置は、インデックスの『魔滅の声』を下地にしているが、オリジナルとは少々異なっている。 
 
『魔滅の声』は集団心理を利用する技術なので、同じ思想を持つ人間がある程度集まった状況でしか大きな効果を発揮しない。 
 
対しこの『対魔術師用キャパシティダウン』は、個人相手にも攻撃力を持つ。 
 
インデックスと違って、より直接的に脳の構造にダメージを与える事が出来るからだ。 
 
この辺は機械の面目躍如と言ったところか。 
 
効果時間が短かったり、細かなチューニングが必要だったりと欠点もあるのだが。 
 
 
(……思ったよりも、効果が高いな) 
 
 
マイクがそう思うのも当然だ。 
 
彼らが幸運だったのは、相手が後方のアックアだった事。 
 
神の子と聖母の両方の身体的特徴をもつ彼は、ある意味で十字教の象徴のような魔術師だ。 
 
さらに、二重の加護を得ている彼の力は莫大で、その分制御が困難でもある。 
 
対十字教用のキャパシティダウンは、そのコントロールも乱してしまう。 
 
要するに、相性が最高なのだ。 
 
ここに来て形勢は逆転した。 
 
音を苦に感じないクローンが、まとめてアックアに飛びかかる。 
 
 
「……この程度で、勝てると思ったのであるか!」 
 
 
だがしかし、メイスを振るうアックアは明らかに精彩を欠いていた。 
 
再度クローンを薙ぎ払おうとするものの、何人かがしがみ付いて離れない。 
 
コピーとはいえ、クローンも聖人なのだ。 
 
 
「よし、あの人の計画通りだ。このまま任務を遂行するぞ」 
 
「分かってるわよ」 
 
 
猟犬部隊の2人がアックアに背を向ける。 
 
彼らの目的は、アックアの撃破ではなく『C文書』なのだ。 
 
 
(後はこのまま、撤退すれば……) 
 
 
ドン!!という音が宮殿一帯を振るわせたのは、その時だった。 
 
 
8月20日午後5時50分、アビニョン『教皇庁宮殿』近くの庭園 
 
 
血飛沫を上げて崩れ落ちるエツァリを見て、テッラはフンと鼻を鳴らす。 
 
 
「所詮この程度ですか。まあ一介の魔術師風情が、私に勝てるはずも無いんですがねー」 
 
「エツァリお兄ちゃん!?」 
 
 
ショチトルの悲鳴に、エツァリは答えない。 
 
泣き叫ぶ彼女へテッラが1歩近づく。 
 
 
「おやおや、嘆く必要はありません。あなたも、すぐに同じ場所へ送って上げますからねー」 
 
「あ……あ……あ……」 
 
「やれやれ、異教の猿はこれだから困るんです。さ、首を出しなさい」 
 
 
小麦粉のギロチンが、今度こそショチトルを狙う。 
 
パシィ!! 
 
 
「はあ?」 
 
 
思わずテッラが呆けた声を漏らした。 
 
彼の刃が、何かによって止められたのだ。 
 
止めたのは、能力者でも、魔術師でも、それどころか人間でもない。 
 
エツァリの着ていた装甲服から飛び出た、“巻物”だった。 
 
 
「……ふ。流石は『原典』……そう簡単に死なせてはくれませんか」 
 
「貴様、どういう事だ!?」 
 
 
倒れていたエツァリが、何事も無かったかのように立ち上がる。 
 
確かに致命傷となった背中の傷が、完全に癒えていた。 
 
 
「大したことではありませんよ。不甲斐ない自分に、『原典』側から補助があったようです」 
 
 
周りに広がった巻物を、エツァリが受け止める。 
 
その表面がザラついて、粉末が嵐のように舞った。 
 
粉塵の中、デニスの仮面を剥がした魔術師がテッラを見据えて二度目の宣告。 
 
 
「もう一度、あなたの力を見せて戴きましょうか」 
 
「何……?」 
 
「死ねない『原典保持者』と、ローマ正教トップの魔術師。最後に立っているのはどちらでしょうね?」 
 

 
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