とある魔術と木原数多 > 18


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8月19日午後6時10分、胤河製薬学園都市支店 
 
 
以前も記した事ではあるが、ここでもう一度言及しておこう。 
 
かつて学園都市において、1つの実験が行われた。 
 
置き去りに『能力体結晶』を投与するという、統括理事会肝入りの実験である。 
 
結論から言うと、その実験は失敗した。 
 
被験者である子供達の能力が暴走を起こし、彼らは意識不明の重体に陥ったのだ。 
 
その悪名高き実験を主導していたのが、木原幻生。 
 
木山の直属の上司だった彼は、実験の失敗後行方が分からなくなっていた。 
 
木原数多率いる『猟犬部隊』によって捕えられ、ここに監禁されている事など誰も知らない。 
 
 
「懐かしい……本当に懐かしいよ木山君。それに噂では、随分と興味深いシステムを開発したそうじゃないか」 
 
「確か『幻想御手』と言ったかな?」 
 
 
そう確認する幻生の顔は、ニコニコと楽しげだ。 
 
だがしかし、それは木山にとって警戒心を高めるだけである。 
 
なにしろ彼はその笑顔を、あの実験直後の惨劇を目の当たりにしても浮かべていたのだから。 
 
 
「よくもそんな顔をしていられる……!」 
 
「落ち着けよ木山ちゃん。そんなにムカつくなら後で殺していーからさ」 
 
 
激昂する木山を、木原がダルそうに押しとどめた。 
 
 
「だからちょっと待ってろ。まずは、このじーさんに会いに来た用件を済ませねーとな」 
 
「おやおや。随分と偉くなったようだねえ、数多?」 
 
「黙ろうかクソジジイ。いい加減自分の立場を把握しろや」 
 
 
幻生は、『木原一族』の中でも中心的な人物だった。 
 
数々の輝かしい功績を手中に収め、多くの役職を兼任している、言わば学園都市の重鎮である。 
 
 
「ほほう、立場ね。確かに、今となっては私の生死を握っているのは君だろう」 
 
「いやはや……まさかこの私が、一族の異端児に裏切られるとは思ってもみなかったよ」 
 
 
笑顔は変わらないのに、幻生の声だけがどこか毒を含むものへと変貌した。 
 
それを正面から受け止めた木原は。 
 
 
「そーかい。そりゃ残念だったなぁ」 
 
 
淡々とそう言い返して、相手にしなかった。 
 
 
「手っ取り早く用件だけ言うか。テメェの肩書が必要だ――U.E.G.F特殊客員教授の肩書がな」 
 
 
U.E.G.Fは、その正式名称を『United European Gastroenterology Federation』と言う医療専門家の非営利組織だ。 
 
名前の通り、ヨーロッパ各地で消化器系疾患の治療研究を行っている。 
 
そして幻生は、学園都市代表としてその臨床研究に参加していた事があった。 
 
 
「テメェの肩書を使えば、フランスへ“研究設備や医療物資”を怪しまれずに輸送する事が出来る」 
 
「大規模な暴動が起きているあそこにアイツらを送り込むなら、この方法が一番確実だ」 
 
 
つまりは、偽装。 
 
いかにローマ正教がネットワークを張り巡らそうと、畑違いの医療組織にまで目を届かせる事は不可能である。 
 
そして万が一偽装工作に気付いたとしても、表だって攻撃をする事が出来ない。 
 
救援に来た医療チームに手を出せば、ローマ正教以外の人間が敵に回るからだ。 
 
これが木原の策である。 
 
 
「ま、その無駄に集めた肩書を、精々有効に使わせてもらおうか」 
 
 
返事を聞かず、木原は幻生に書類を差し出した。 
 
本人による直筆の署名が必要だからだ。 
 
それをチラリと横目で見ると、幻生はしばし逡巡する。 
 
そして何故か、一瞬木山の事を見て――納得したかのように頷いた。 
 
 
「好きにすると良い。私の興味を引く結果が出る事を期待しているからね」 
 
「うぜぇ」 
 
 
かくしてその日の夜のうちに。 
 
『C文書』が眠るアビニョンを目指し、マイク率いる遠征部隊が出発した。 
 
 
メンバー:マイク、ナンシー、エツァリ、ショチトル、クローン20体 
 
 
8月20日午前4時30分、『猟犬部隊』32番待機所 
 
 
翌日早朝、新たな侵入者が現れたという報告が木原の元に届けられた。 
 
その人数は約50名の大所帯。 
 
これまでにない侵入規模である。 
 
しかも不可解な事に、侵入者はこの学園都市内に広く散らばり、その行方を眩ませたのだ。 
 
人工衛星による監視は続けられているが、現在居場所を把握している侵入者は半分にも満たない。 
 
 
(恐らくは、下水道を始めとする地下ブロックへ身を隠して移動しているんだろうが……) 
 
(少しばかり面倒な事になったな) 
 
 
木原が厳しい顔をするのは理由がある。 
 
彼は基本的に、相手の情報を出来る限り入手し分析してからでなければ戦おうとしない。 
 
インデックス、シェリー、エツァリ、神裂、そしてバチカン訪問。 
 
全ての戦いにおいて、彼は事前の準備をしてから事に当たった。 
 
その用意周到さがあったからこそ、これまでの作戦が思い通りに成功している。 
 
だがしかし、侵入者の情報が得られないのでは適切な準備が行えない。 
 
 
(あの聖人と戦った時のように、警備員に通報するか?) 
 
(いや、見つけ出す事は出来ねーだろうなぁ) 
 
(ゴーレム使いやステイルの時とは違って、奴らは自分の力を誇示しない) 
 
(つまり各個人にそれだけの戦闘能力は無え) 
 
(そしてその事を、奴らはしっかりと認識していやがる) 
 
 
自分の力を正しく理解し、かつ冷静に行動できる敵は脅威だ。 
 
挑発が通じず、驕りによる隙も見せない。 
 
 
(……待てよ) 
 
(そんな魔術師らしからぬ連中が、何故この時期にわざわざ侵入してきた?) 
 
(ローマ正教とのニュースを見ているのなら、今学園都市と敵対する事がどれだけヤバイか分かっているはずだ) 
 
 
本当に冷静に行動しているのなら、彼らは今ここに来るはずが無い。 
 
その事に気付いた木原が、連鎖的に思考を働かせる。 
 
 
(『C文書』を現在進行形で使っている以上、ローマ正教の差し金じゃない) 
 
(イギリス清教……?) 
 
(いや、それも妙だ。聖人を殺されたというのに、明らかにそれより劣る人材を派遣するとは考えにくい) 
 
(そうなると残る可能性は) 
 
(……この状況下でも、学園都市と敵対する理由がある第三勢力) 
 
 
様々な可能性が、木原の脳裏に現れては消えていく。 
 
インデックスの魔道書を狙った魔術結社――有り得るが、これだけ注目を浴びている今のタイミングで事を起こすとは考えにくい。 
 
魔術サイドと科学サイドを引き裂こうとする工作員――すでに『C文書』が発動している以上、工作の意味が無い。 
 
漁夫の利を狙う、学園都市の敵対研究機関――本当にその気なら、もっと事態が悪化するのを待ってから行動するはず。 
 
 
(少しばかり脱線したか) 
 
(にしても……コソコソとネズミみてぇに隠れながら、連中は何を狙っている?) 
 
 
その時。 
 
パチリ、と木原が驚いたように瞬きをした。 
 
 
(狙い。そうか、狙いか!) 
 
 
侵入者の目的。 
 
インデックスの知識以外で、学園都市に来た理由とは何か。 
 
 
(そもそも工作だの技術漏えいだのを狙うなら、人数がおかしい) 
 
(これだけ慎重に姿を消すのなら、もっと目立たぬよう少人数で来るはず) 
 
(つまり連中が目的を達するには、それなりに人数が必要って事だ) 
 
 
それだけの人数を集めて、彼らは何を狙っているのか。 
 
 
(さっき自分で考えた事ばかりだ。今までの魔術師よりも、こいつら1人1人の戦闘能力は劣ると) 
 
(なら結論は明快だ。この大人数はそのまま、戦力の増加が目的だろう) 
 
 
では、それだけの戦力で何をしたいのか。 
 
 
(決まってる。ここまで慎重に行動する連中が、漠然とした目標で動くはずが無い) 
 
(そう、ガキの知識以外で狙う価値が有り、戦力を必要とするのものは1つだけ) 
 
(科学サイドにおいて、現状敵が標的とする人間は1人だけ) 
 
(こいつらの目的は――) 
 
 
(――この俺の命だ) 
 
 
ならば、それに相応しい歓迎の準備が必要になる。 
 
まるで友人が遊びに来たかのような気軽さで、木原は部屋を後にした。 
 
 
同時刻、ロシア成教『現象管理縮小再現施設』 
 
 
「……」 
 
 
ローマ正教と学園都市の会合を報じるニュースを、無言で眺める1人の修道女。 
 
いや、修道女と言うにはかなり個性的な格好をしているのだが。 
 
ワンピース型の下着にも似たスケスケの素材と黒いベルトで構成された拘束服を着用し、その上から赤い外套を羽織り、リード付きの首輪をしている。 
 
ハッキリ言って変態チックだ。 
 
しかしこの服装は、彼女――サーシャ・クロイツェフの意思によるものではない。 
 
 
「……」 
 
「あれー、サーシャちゃんったらまたこのニュースを見てるの?」 
 
「第一の解答ですが、その通りです。分かったら邪魔をしないで立ち去ってください」 
 
「いやん、そんな冷たいサーシャちゃんもス・テ・キ」 
 
「……」 
 
「あ、相手にされていない!? くぅぅ……もう、こうしちゃうゾ☆」 
 
「!?」 
 
 
突然サーシャの背後に抱きついて、彼女の胸を容赦なく揉んだ女性。 
 
その名をワシリーサと言う赤服の修道女は、サーシャの所属する『殲滅白書』のリーダーを務めている。 
 
サーシャが拘束服を着ているのも、全てワシリーサの指示だ。 
 
常日頃よりこの上司にセクハラをされているサーシャは、問答無用で金槌を振りまわした。 
 
それで2,3発ほどワシリーサの頭を打ちすえて、彼女はため息交じりに問いかける。 
 
 
「第一の質問ですが、あなたはニコライ・トルストイ司教様に呼び出されていたはずでは?」 
 
「あんなジジィよりも、サーシャちゃんとお喋りする方がいいもーん」 
 
「……第二の質問ですが、責務という言葉の意味を理解していますか?」 
 
「むいーん」 
 
 
答えになっていない返事をするワシリーサ。 
 
さらに問いただそうとして、サーシャが口を開こうとする。 
 
しかし、それよりも一瞬早くワシリーサがこう述べた。 
 
 
 
 
「そんなことよりさー、一緒に日本へ“旅行”しに行かない?」 
 
 
 
混迷する世界の流れは、未だその道すら見えていなかった。 
 

 
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