とある魔術と木原数多 > 16


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8月19日午前10時30分、『猟犬部隊』32番待機所 

 
 
「その後本来なら、私は記憶を消された上で帰される予定だったみたい」 
 
「……それが、何故『猟犬部隊』に?」 
 
 
ヴェーラの過去を聞いた木山が、心底不思議そうに問いかけた。 
 
 
「護送中の車内から見た景色が、違うのよ」 
 
「?」 
 
「それまでまともな生活をしてきた私は、正義ってヤツを無邪気に信じてきた」 
 
 
まるで脈絡のない言葉を並べるヴェーラに、木山は無言で続きを促す。 
 
 
「正しい事をしている自分が、理不尽な目に遭うはずが無いって考えていたの」 
 
「でも、それは大きな間違い」 
 
 
残っていたコーヒーを一気に飲み干し、ヴェーラは淡々と述べる。 
 
 
「あの研究所で、私の正しさは無力でしかなかった」 
 
「そう。あの場を征服したのは、木原さんの鮮烈で圧倒的な悪意。私の正しさなんてゴミ以下の価値しかなかったわ」 
 
「……そう思ったら、今までの世界が急に色褪せて見えて」 
 
 
窓の外を見て愕然としたわ、とヴェーラは笑う。 
 
そんな彼女に対し、木山はかける言葉を見つけられなかった。 
 
 
「それ以来私は、世界がモノクロでしか見えない。唯一色鮮やかのは……あの人だけ」 
 
「……」 
 
 
何を馬鹿な。詩人のつもりか。あの男の本性を知っているはずだろう。 
 
頭に浮かんだそんな言葉を、木山は最後まで口に出せなかった。 
 
代わりにたった一言。 
 
 
「それで……君は全てを捨てたのか?」 
 
「ええ。木原さんに頼みこんで、『猟犬部隊』の一員にしてもらったわ」 
 
「あの人は、すぐに研究所に偽の焼死体を用意したの。だから私は、書類上とっくに死んでるって訳」 
 
「……」 
 
「随分話が長くなっちゃったけど、これが木原さんについて質問をした理由よ」 
 
「……その……君は……今も?」 
 
 
不器用な木山の質問の意図を、ヴェーラは正確に把握した。 
 
 
「ええ。今も、そしてこれからもずっと」 
 
「――私は木原さんが好き。あの人の為に生きているの」 
 
 
それは、今まで木山には見せた事のない笑顔だった。 
 
無邪気で、なのにどこか妖艶な。 
 
恋する女性のソレだ。 
 
 
「しかしあの男は……」 
 
 
あの木原が、他人に恋をしたり……ましてや愛したりするだろうか。 
 
絶望的な未来しか想像できない木山が、ヴェーラに待ったをかけようとする。 
 
しかしそれは、突然の轟音により阻まれた。 
 
 
ゴキ、メキャ、ズン!! 
 
形容しがたい破壊音が、隣の戦闘訓練所から響いたのだ。 
 
 
「一体何が……!?」 
 
「行ってみましょうか」 
 
 
急いで2人が訓練所へ向かう。 
 
微妙に歪んだ扉を開けると、そこにはぺこぺこと頭を下げる『管理個体』がいた。 
 
その顔は真っ赤で、良く見ると涙目になっている。 
 
 
「申し訳ありません。べーしっくがご迷惑をお掛けしました」 
 
「いや、気にしなくていいよ。それより怪我は?」 
 
「ありません」 
 
 
木山が怒らなかったので、少しほっとしたように答える『管理個体』。 
 
その元気そうな様子を見て本当に怪我は無いと判断した木山が、寮監に何があったのか尋ねる。 
 
 
「それで、何事かね?」 
 
「はい。一通りの肉体制御訓練を終えたので、ちょっと遊具で遊ぶ事にしたのですが……」 
 
 
ちらりと寮監が横に目をやる。 
 
そこには、原形を留めないほど粉砕された積み木が散らばっていた。 
 
 
「この子が悪い訳ではない。すこし興奮した所為で、有り余る力を制御できずに積み木を握りつぶしてしまったんです」 
 
「……ああ、なるほど」 
 
 
ここに来て早一ヶ月近く。非常識にも慣れた木山が、静かに頷いてみせる。 
 
 
「それでショックを受けたこの子が、癇癪を起して積み木セットを……扉へぶん投げたんです」 
 
「あの轟音の正体は、それだったのか」 
 
 
納得した木山が、気遣うような目を少女に向けた。 
 
幾らクローンとは言え、『管理個体』はまだ幼い。 
 
思うように遊ぶ事すら無理という状況では、イライラの1つや2つは仕方ないだろう。 
 
 
「迷惑をかけてすまないね……」 
 
「仕方ありません。事情はともかく、この子を放置するのは確かに危険です」 
 
「……力の御し方を学ばなければ、遠からず“この子が”壊れてしまうでしょう」 
 
 
頭を下げた木山に、寮監が柔らかな声でそう告げた。 
 
 
「乗りかかった船です。大丈夫、遠からず制御方法は……」 
 
「あの」 
 
 
寮監の言葉を遮ったのは、他でもない『管理個体』だった。 
 
 
「ますたーはどこですか?」 
 
「……木原数多の事を言ってるのかね?」 
 
「はい。べーしっくは、ますたーに会いたいです」 
 
「…………」 
 
 
何とも言えない沈黙が、室内を包み込んだ。 
 
それを破ったのは、寮監の特大の溜息である。 
 
 
「……はあ。そう言えばあの男、何故か昔から子供に好かれやすい性質だったな」 
 
「まさか」 
 
「本当ですよ木山先生。あれが顔に刺青をした理由を知っていますか?」 
 
「いいや」 
 
「懐いてくる子供が鬱陶しいから、だそうです」 
 
 
一般的な子供(某第1位含む)には効果があった刺青も、特殊な成り立ちの『管理個体』には通用しなかったらしい。 
 
 
「それで、ますたーはいつごろ帰りますか?」 
 
「確かあの人は、統括理事会や他のお偉いさんと会談があるって言ってたけど……まあお昼には帰るんじゃないのかな」 
 
 
ヴェーラのセリフを聞いた『管理個体』は、にぱあ、と笑顔を見せる。 
 
 
「ではべーしっくは、それまで良い子で待ちます」 
 
「……ああ」 
 
 
一体、あの男のどの辺に子供が懐く要素があるのか。 
 
ある意味では魔術よりも遥かに難しい問題に直面した木山は、頭を疑問符で埋め尽くす事になった。 
 
 
同時刻、とある場所 
 
 
その時木原がいた“とある場所”では。 
 
この学園都市には似つかわしくない、レトロな黒電話が使用されていた。 
 
当然ながら、使用者は木原数多その人だ。 
 
 
「――なるほどな。本気で言ってんのか?」 
 
『ああ。“俺様と組め”木原数多』 
 
「交渉するなら、メリットを提示しろよ」 
 
『やれやれ、俺様を試そうとしてるのか?――ローマ正教最暗部、神の右席のトップたるこの俺様を?』 
 
 
電話の相手は、先の会談において書記官の仮面を被っていた男。 
 
ローマ正教の実質的なナンバーワン、『右方のフィアンマ』だ。 
 
 
「……」 
 
『なあ木原数多。この俺様が、お前の仕掛けた策を見抜けていないとでも?』 
 
「……」 
 
『お前の計画に必要なモノを、俺様は用意出来る。そして俺様の計画には、お前達が役に立つ』 
 
「……ローマ正教を裏切る気か?」 
 
『ローマ正教などどうでも良い。まぁ、もっと広い意味での十字教社会の事を考えていないと言えば嘘にはなるが』 
 
 
一瞬の、奇妙な空白。 
 
 
『基本的には俺様の行動は俺様のためのものだよ』 
 
「そうか、なら問題はねぇ。これでようやく“良好な関係”が築けそうだな?」 
 
 
科学と魔術。 
 
彼らは互いに正反対の世界にいるにも拘らず、どこか似通った精神構造をしている。 
 
 
『ああ。とりあえず10件ほど、適当な魔術結社の人数と拠点を教えておこう。好きにすると良い』 
 
「……策を見抜いているというのは、ブラフじゃないらしいな」 
 
『愚問だ。“収穫”を楽しみにしている』 
 
「ああ、精々カミサマに成功を祈っておくんだな」 
 
 
話は終わったと判断して、木原が電話を切ろうとした。 
 
 
『ああ、一つだけ伝え忘れていた』 
 
「へー?」 
 
『俺様と電話していて、満足にニュースも見てないんじゃないか?」 
 
「……」 
 
『――この時間の“トップニュースを見ておけ”よ。ローマ正教の強硬派は、すでに行動を開始している』 
 
「……わざわざ丁寧に警告か」 
 
『何しろ学園都市と言うせっかくのオモチャだ、耐久性はチェックしないとな?』 
 
 
会談の時とは真逆の状況。 
 
不穏な言葉を手土産に、今度こそ通話が終了した。 
 
 
「…………」 
 
 
無言になった木原が、部屋にあるやはりレトロなブラウン管のTVを点ける。 
 
 
「……世界規模のデモ、ね」 
 
 
そこに映し出されていたのは、科学サイドへの歩み寄りに抗議する群衆だった。 
 
それも小さなものではない。フランスやドイツを始めとする、ヨーロッパ各国で行われている大規模な抗議活動だ。 
 
 
(これをローマ正教が引き起こした?) 
 
(つまり、人々の思想を操る魔術、あるいは霊装が存在すると?) 
 
 
学園都市の人口は、およそ230万人。 
 
ローマ正教の信徒は、およそ20億人。 
 
単純な数で言えば、戦力差は比較にならないだろう。 
 
だが、話はそう簡単ではないのだ。 
 
そもそも木原が相手にしているのは、『魔術師』であって『十字教徒』ではない。 
 
だからこそ彼は、先の会談を報じる事でローマ正教という『十字教組織』を抑え込んだ。 
 
魔術と宗教を明確に分離させることで、敵を絞る為に。 
 
 
(連中は、その逆を狙った) 
 
(十字教徒を戦力として取り込むことで、学園都市を追い詰める気だ) 
 
 
そしてその目論見は、大規模なデモ活動という形で実現しつつある。 
 
この状態が続くなら、いずれは学園都市の経済活動が成り立たなくなるだろう。 
 
そこまで考えた木原は。 
 
 
「はっ、間抜けのアイディアはこんなもんかよ!」 
 
「……クソ下らねェ」 
 
 
心の底から、相手を嘲笑った。 
 
 
(魔術サイドは“裏側”にいてこそ意味がある) 
 
(それなのに、こうやって“表側”へ大々的に干渉しちまった) 
 
(その時点ですでに半分負けてんじゃねーか、ゴミ共が) 
 
 
十字教との戦争すら考慮してある木原にとって、この事態は予測の範疇だ。 
 
すでに統括理事会も、超音速ステルス爆撃機等の各種兵装を準備している。 
 
 
(さて、どーするべきか) 
 
 
この事態に対処するには、まず相手がどのようにこの状況を作ったのか見破る必要がある。 
 
しかしそれも、“彼女”なら問題はないはずだ。 
 
 
(いっそこのまま、統括理事会がビビるほど追いつめてくれると嬉しいんだけどなぁ) 
 
(その方が研究が捗りそうだし) 
 
 
そんな事を考えながら、木原は宇宙に浮かぶ“とある衛星”に思いを馳せた。 
 
 
同時刻、『才人工房』 
 
 
学園都市内で、物資の運送を請け負っている業者は数少ない。 
 
何故なら、学園都市の性質上“外に漏れてはいけない重要物品”を頻繁に扱うからだ。 
 
厳しい審査や監視があるので、必然的に業者は限られてくる。 
 
そんな業者の中でも、とりわけ機密度の高い仕事ばかりを請け負う会社。 
 
運搬があった事実すら隠蔽するようなとある業者が、大量の荷物をこの研究所に搬入していた。 
 
彼らはその荷物の中身も、届け先の事情も、決して知ろうとはしない。 
 
極めて機械的な動きで荷物を倉庫に積むと、そのまま無言で立ち去った。 
 
そして。 
 
業者が姿を消してからピッタリ1分後。 
 
 
「……」 
 
ぞろぞろと現れた神裂のクローンが、荷物を開けて確認作業を開始する。 
 
彼女達が開封した荷物の空き箱には、取扱注意の文字と共に。 
 
 
 
 
――『発条包帯(ハードテーピング)』 と、書かれていた。 
 

 
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