とある魔術と木原数多 > 15


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8月19日午前10時00分、『猟犬部隊』32番待機所 
 
 
マイクを始めとする『猟犬部隊』が、敵対した木原一族を抹殺している頃。 
 
木山と寮監、そして『管理個体』は待機所へ戻っていた。 
 
木原は別の用事があるので出かけている。 
 
寮監が依頼されたのは、木原が待機所を留守にしている間だけ『管理個体』の家庭教師を行う事だ。 
 
当然最初は断固拒否していた寮監だったが、『管理個体』の事情を説明されると渋々ながら同意した。 
 
このまま木原に預けておいては、どんな事をされるか分かったものではない。 
 
それに彼女の目から見ても、『管理個体』の身体能力は異常だった。 
 
このまま放置しておけば、いずれ大きな事故をまねく事になる。 
 
そう判断しての家庭教師役だ。 
 
そして今、寮監と『管理個体』は戦闘訓練所で肉体の制御方法を特訓している。 
 
身体トレーニングが畑違いの分野だと自覚している木山は、現在別室で研究データを整理していた。 
 
 
(……ふう。ようやくあの子達を治す目処が立ったというのに……) 
 
(肝心かなめの、その居場所が分からないのではどうしようもないな) 
 
 
7月の終わりに『樹形図の設計者』でシュミレートを行った結果、木山は教え子を助ける方法をすでにほとんど確立している。 
 
しかし今も昏睡状態に陥っている教え子は、木原の手で彼女の知らない場所へ移された。 
 
木山を『猟犬部隊』の一員とし、また命令に従わせる為の『首輪』となったのだ。 
 
 
(実に滑稽じゃないか) 
 
(この街の全てを敵に回しても止まる訳にはいかない、と) 
 
(そう自分に誓ったはずなのに) 
 
(この学園都市は、私の想像を超えるやり方で対処してきた) 
 
 
木山が脱力して肩を落とす。 
 
それに応じて、腰かけていた椅子がギィ……と嫌な響きを奏でた。 
 
テーブルに置かれた空っぽのコップに、虚ろな表情の木山が映り込む。 
 
 
(何が刑務所の中だろうと、世界の果てだろうと、だ。……私の想像は甘すぎる) 
 
(ひょっとすると) 
 
 
その時木山の脳裏に浮かんだのは、花飾りが特徴的なとある少女の姿だ。 
 
頭に銃を押し付け、その引き金を引こうとした自分を止めた優しい彼女。 
 
 
(あの時、死んでいたほうが良かったのかもしれないな) 
 
(これから先、私は何度命を奪う事になるのだろう) 
 
 
今となっては、自分を止めた少女達の姿が果てしなく遠い。 
 
 
(それでも、もう私には……) 
 
(あの子達を絶対に救うという目標。それに縋るしか道は無い) 
 
 
憂鬱な気分を無視して、今度は今まで戦った魔術師のデータを分析していく。 
 
ところがそれは、彼女にとって意外な人物によって中断する事になった。 
 
 
「忙しそうなトコ悪いんだけど、少しお話しても良いかしら?」 
 
「……構わないよ。コーヒーぐらいならすぐ用意するが?」 
 
「じゃあお願いしようかな」 
 
 
テーブルの向かいに座ったのは、ヴェーラだ。 
 
昨日の木原との会話にも関わらず、不安は消えなかったらしい。 
 
そして数分もしない内に、木山がコーヒーの入ったマグカップを2つ持ってくる。 
 
 
「ミルクと砂糖は、セルフでお願いするよ」 
 
「ありがと」 
 
 
そういいながらも、ヴェーラは砂糖もミルクも入れなかった。 
 
顔に似合わず、普段からブラックを愛飲しているのだ。 
 
 
「それで、用件は何かね?」 
 
「……そのー、えと、あの……」 
 
「?」 
 
「き、木原さんの事なんだけど」 
 
 
要領を得ない返答に、木山が首を傾げる。 
 
やがて覚悟を決めた様子のヴェーラが、決然とこう聞いた。 
 
 
「あなたは、木原さんの事をどう思っているのかなって……」 
 
「無論、一刻も早く消えて欲しいと思っているが?」 
 
「あ、そりゃそうよね……変な事聞いたわ。あは、あはは」 
 
「ふむ。どうにも妙な態度だが、大丈夫なのかね?」 
 
 
明らかにおかしい様子のヴェーラを見て、木山は鈍い警戒心を働かせた。 
 
 
(まさかあの男に頼まれて、部隊の調査をしている訳でも有るまい) 
 
(……あの男なら、私の敵愾心など調べるまでも無く承知しているはずだ) 
 
(とすると、この話の目的は何だ?) 
 
 
再度沈黙するヴェーラを、木山が睨みつける。 
 
しかしそれも10秒程で終わりを告げた。 
 
 
「……誰にも話してないんだけど……実は私、元は只の公務員だったのよ」 
 
「この学園都市で?」 
 
「ええ。文部科学省の命令で、第1学区に出向してきたペーペーの国家公務員」 
 
「なるほど。『独立行政区視察制度』か」 
 
 
学園都市は、日本国内にありながら独自の法や軍隊を所有している。 
 
それは行政についても同じだ。 
 
統括理事会が任命した人間が、公務員の代わりに道路開発や消防、各種監査機関等を取り仕切っていく。 
 
ただしそれは完全に放任されたという訳ではない。 
 
学園都市の行政が問題無く行われているか、公務員によって厳しいチェックを受けなくてはならないのだ。 
 
その為の『独立行政区視察制度』である。 
 
 
「問題が起きたのは、私が来てから2ヶ月後なの」 
 
「……」 
 
「教育施設の運用状況を確認している中で、私はある事に気がついた」 
 
「待て。教育施設だと?」 
 
 
とある予感を感じた木山が、顔を青ざめて言葉を発する。 
 
その意味を感じ取ったヴェーラが、コクリと頷いた。 
 
 
「政府内でも、『置き去り(チャイルドエラー)』の問題がある事は当たり前だけど知られているわ」 
 
「それでも学園都市側の報告はいつも、研究による余剰利益で十分に扶養出来るというものだった」 
 
「ところが……私の把握したデータによれば、教育施設にいるはずの子供の人数が明らかに足りていない」 
 
 
当然だろう、と木山は思った。 
 
あの実験があるまで彼女も知らなかった事だが、学園都市は『置き去り』をまるでモルモット同然に使い捨てる。 
 
幾つものおぞましい実験が行われ、多くの子供がその尊い命を失った。 
 
 
「まだ怖いもの知らずだった私は、それを見過ごせなかったの」 
 
「だから……特に疑わしかった研究所に、半ば強引に査察を執行したわ」 
 
 
2年前、第13学区のとある研究所 
 
 
研究者達の鬱陶しそうな視線を感じながら、それでも彼女は足早に歩く。 
 
 
「先ほども申しましたが、この研究施設の報告は明らかに誤りがあります」 
 
「すぐに、施設内にいる『置き去り』全員と会わせてください」 
 
 
明らかに動揺した様子で、研究者の1人が前に進み出た。 
 
 
「突然そのような事を言われても……こ、困りますよ」 
 
「報告が正しいなら、問題無いはずです」 
 
 
立ちはだかる研究者を無視して、さらに彼女は奥へと進む。 
 
 
「……どうしますか、所長?」 
 
「仕方ありませんなぁ。丁重に、ご案内しましょうかねぇ」 
 
 
笑ってそう言ったのは、この研究所の所長を務める男だ。 
 
年齢は50代後半。 
 
見事なまでにツルツルの頭に、趣味の悪いちょび髭。 
 
オマケにそのバランスの崩れた顔には、片眼鏡(モノクル)が冷たく光っている。 
 
嫌でも生理的嫌悪感を起こさせるその男が、自ら研究所を案内した。 
 
ただし、それは間違っても子供達の所へではない。 
 
 
「……ここは何です?」 
 
「まあまあ、奥へどうぞぉ?」 
 
 
彼女が連れてこられたのは、とりわけ頑丈な扉に隔てられた1室だ。 
 
12畳ほどの狭い室内に、子供たちの姿は見当たらない。 
 
疑問を感じて振り返り――そこで初めて彼女は戦慄した。 
 
所長以下、研究者全員が自分に笑みを向けていたのだ。 
 
 
「あ…………」 
 
「さ、扉を閉めなさいねぇ」 
 
 
ガチャン!と大きな音を立てて頑丈な扉がロックされる。 
 
逃げられないと彼女が悟った時、すでに事態は手遅れだった。 
 
 
「さてさて、どうしましょうかぁ?」 
 
「こんな事をして……正気ですか!?」 
 
「黙りなさいねぇ!」 
 
 
所長の掌が、彼女の頬を張り飛ばす。 
 
想像以上の力で引っぱたかれた彼女は、壁に寄りかかるまでフラフラと後退した。 
 
 
「私達の邪魔をするなら、それなりの報いを受けてもらわねばねぇ?」 
 
「ひっ……」 
 
 
逃げられない密室の中。 
 
恐怖に震える彼女を、所長は楽しそうに壁に押し付けて。 
 
彼女が流す涙を舌でベロリと舐め取った。 
 
 
「成人女性のサンプルは、この街ではそれなりに貴重ですしぃ」 
 
「いや、いや」 
 
「体中をバラバラにしてあげましょうかねぇ」 
 
「ああ、でも彼女は出向した役人でした……隠蔽はどうしましょうかぁ」 
 
 
彼女は愕然とした。 
 
ここで死ぬのか。 
 
彼女は絶望のあまり声も出ない。 
 
目を堅く閉じ、これが現実ではない事を祈るだけだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ぎゃはは! そうだな、研究所が丸ごと焼失しましたってのはどーよ?」 
 
 
 
 
 
 
 
ザワリ、と一瞬で空気が変わった。 
 
この場にいるはずの研究者とは明らかに異なる声色に、彼女がそっと目を開ける。 
 
そこにいたのは――派手な刺青を顔に施した白衣の男。 
 
閉じられたはずの扉が、何故か音も無く解放されていた。 
 
 
「中にいる職員共々、真っ黒焦げになりゃーイイだろ?」 
 
「お前……木原数多!?」 
 
「ハイ正解。ご褒美にテメェは、焼殺から銃殺へランクアップだぜ」 
 
 
誰も反応できなかった。 
 
パシュ、と信じられないほど小さい音がして、白衣の男の名を当てた研究者が崩れ落ちる。 
 
突然の惨劇に、所長が泡を食って怒鳴った。 
 
 
「な、何故お前のような人間がここにいるのだぁ!」 
 
「んな事も分かんねーのか無能。じゃあそのまま死ね」 
 
 
パシュ、パシュ、パシュ。 
 
連続して銃弾を撃ち込まれた所長は、そのまま何も分からず死亡した。 
 
それだけではない。 
 
周りにいた研究者全員が、流れに沿うかのごとく次々と額を撃ち抜かれた。 
 
 
「あーあーあー。ついつい全員サービスしちまったじゃねーかよオイ」 
 
 
弾もったいねーなー、と頭を掻く木原。 
 
やがて木原は、唯一生きている彼女に目を留めるとキョトンとした。 
 
 
「おや、気ぃ失ってなかったか。面倒が1つ減った」 
 
「え、え、え?」 
 
 
彼女の脳の情報処理能力が限界を軽く超えて、状況把握が不可能なだけなのだが、木原は全く気にしない。 
 
 
『木原さん、施設内の制圧完了です』 
 
「遅ーよ間抜け。死ね。とっとと研究所に火を点けろ」 
 
『了解』 
 
 
部下との通信を終えた木原が、彼女に声をかける。 
 
 
「おい。死にたくないなら歩け。それとも愉快な焼死体になるか?」 
 
 
それが、ヴェーラと木原数多の最初の出会いだった。 
 

 
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