あの事件から一週間経ったとある平日。学生であるあたしは当然の如く学校へと通いいつもの様に授業を受けていた。
だが、内心は正直穏やかではない。なぜなら今日は身体検査(システムスキャン)があるのだ。
学園都市の学生なら誰もが行うこの身体検査は能力のレベルを測るもので、定期的に行われるのだが
あたしの様な無能力者には期末テストよりも酷な行事でしかない。
はっきりと第三者から才能がないと決断を下されるのだ。
無能、という言葉がどれだけ人を傷つけるのかは学園都市にやって来て初めてあたしは知った。
無能力者、レベル0、欠陥品、才能欠如。
検査結果が渡された後は、どんどんマイナスの思考に陥ってしまい例えどれだけ気丈に振る舞ったとしても、
胸の奥に蓄積する感情は膨れていくだけで、偶然見かけた能力者に嫉妬してしまうほど落ち込んでしまう。
そんな弱いあたしはその感情を言い訳にし二回とある事件に関わってしまった事がある。
幻想御手事件と、先述したあの事件である。
幻想御手事件の場合は能力に憧れ、ある種ドラッグのような幻想御手に手を出し一時的ではあるが能力を手に入れた。
ただ意識不明になるというおまけ付だったが。
そして二回目のあの事件。ちょっとも成長してないあたしは今度は能力者を痛めつけるという行動をとってしまった。
これは単純に嫉妬や願望に押し負けてしまった結果で、そこにあったのは能力への憧れという前向きな理由
(幻想御手に手を出した時点で前向きではないかもしれないが)ではなく、どこまでも負の理由しかなかった。
それによって友人との仲も深まったし、負能力というあたしにピッタリなマイナスの力も手に入れることができたのだが、それでも、だ。
それでもあたしの罪は消えることはないし、今こうやって身体検査を前に憂鬱になっているあたり、やっぱり成長できていない。
まぁ今度はこの感情が爆発する前にきっと友人たちが相談に乗ってくれるだろうし、
あたしも一人で抱え込むことはしないようにしているので二度したことを三度することはないと思う。多分。
「よし!頑張れ佐天涙子!」
自分を奮い立たせるように言い、勢いよく立ち上がる。
「そぉか、じゃあ頑張ってこの問題を解いてくれ」
ただ、ひたすらそんなことを考えていたので、今が授業中だということを忘れてしまっていた。
立ち上がったあたしに数学の担当教諭がにこやかな笑みを浮かべながらそういうと同時に、クスクスと笑う声が教室のいたる所から聞こえてきた。
当然、そんな問題が解けるわけもなく廊下に立たされるという時代錯誤もはなはだしい罰を受けることになり、
あたしはこのやり場のない気持ちは休み時間に初春のスカートを捲って晴らす事をしっかりと心に誓った。
きっと上条さんなら「不幸だー」と叫ぶのだろうが、残念ながらあたしにはこれ以上クラスメイトに笑われる勇気は持ち合わせていない。
廊下に立つという拷問の様な罰を終えた後、授業をまじめに受けたり、
休み時間には初春のスカートを捲ったりして過ごしているうちに身体検査の時間がやってきた。やってきてしまった。
「それじゃ行こっか」
「そうですねぇ」
あたしは初春を連れて指定の検査場所に移動しようと教室の出口へと向かう。
「あ、佐天はちょっと残ってくれ」
引き戸の取っ手に手を掛けた瞬間、担任の教師に呼び止められる。
はて、いったい何か粗相をしてしまったのだろうか。必死に記憶を辿るが思い当たる節が多すぎてすぐに検索を中止して担任の下へ向かうことにした。
初春が心配そうな表情を浮かべていたので、またスカートを捲ってやろうかと思ったが体操着だったので諦めた。非常に残念だ。
初春にとっては迷惑もいいところだろうけど。
先に検査場所へ向かってくれと初春に促し、教室から全ての生徒が出て行ったのを見計らって担任が口を開いた。
「実は、佐天には特別教室で検査を受けてもらう」
「はい?」
意味が分からなかった。これまで何度も検査を受けて、その度に結果が出ていないあたしを何で特別に検査する必要があるのか。
別に能力に目覚めた訳でもないというのに……あ。
そこで一つの事に思い当たる。負能力だ。
あの日以来もあたしは変わらずに負能力を使用できる。
ただ一つだけ変わったことがあると言えば『負能力のオンオフができるようになった』ことだ。
心境の変化か、それとも全く別の要因なのか分からないが、
それまで常時発動しっぱなしだったあたしの“公平構成”が自らの意思で使用できるようになった。
公平構成。マイナスレベル4の負能力。
効果範囲内の人物のレベルをあたし基準にするという何とも使い道のないマイナスの能力。平等を願ったあたしを象徴する負能力。
正直なところ、この能力が消えなくて少しほっとした。それは決してこの能力に未練があったわけではない。
そう、未練があるとすればその人が発現させてくれたというところだろう。
「そんな顔をするなよ。俺だって校長に言われて動いているだけなんだから。んじゃ案内するぞ」
「はぁ……」
きっと真剣な表情を浮かべていたのだろう。担任があたしを気遣うようにそう言った。
どうやら担任はあたしの事情などは知らないようで、疑問を覚えつつもあたしを特別教室へ案内してくれた。
この様子だと、おそらく指示を出した校長も深くは事情を知らないのだろうなぁ、とぼんやり考える。
「それじゃ、この中にいる人の指示に従ってくれ。終わったら帰っていいそうだから頑張れよ」
そういい残しさっさと廊下を歩いていってしまった担任を見送り、あたしは教室のドアを開ける。
その中に居たのは――
「やっほう佐天さん」
陽気な挨拶をする、御坂さんだった。
「ええええええええ!?何で御坂さんが!?」
「落ち着きなさいっての」
目の前に現れた友人に、あたしの思考は大パニックを起こしていた。
「い、いや普通驚きますよ!?いきなり特別教室連れてかれて、御坂さんが居て……」
「まぁ、私も今朝知らされた時は驚いたけどね……」
思い切り慌てふためくあたしに、どこか照れくさそうに頬を掻く御坂さん。なるほど、事前に知っていたから落ち着いているのか。
そこであたしは一つの疑問を抱く。この机も椅子もない教室にはあたしと御坂さんだけ。
「あれ?御坂さん一人って事は……」
この中にいる人の指示に従ってくれ、と先ほど担任が言ったことを思い出す。
「そうよ。私が貴女の能力を測る試験官」
どうやらあたしが思い至った結論は正しかったようで、御坂さんは少し不適な笑みを浮かべながらそう言った。
「登校したら突然の呼び出しをくらってね、ウチの理事長からこんな紙を貰ったのよ」
御坂さんは言いながら、ポケットから一枚のプリントを取り出しあたしへと渡す。
あたしはプリントと御坂さんを交互に見つめた後、ゆっくりと内容を読み上げることにした。
「えっと、第七学区立柵川中学に通う佐天涙子に希少価値の能力が発現した可能性があり……」
「能力内容及び強度を測定する為の試験官を貴校の生徒である御坂美琴へ依頼する……」
ポツリと一行だけ書いてあった文を読み上げ、あたしは再び御坂さんとプリントを交互に見る。
そして差出人の欄を見て驚愕することになった。
「差出人……学園都市統括理事長ぉぉ!?」
そこには学園都市最高責任者の肩書きが記載されており、
全く関わることのないであろう人種があたしの為だけにこの書類を送ってきた事実に思わず声を荒げてしまう。
「そう、統括理事長」
とんでもない人物から送られてきた書類だというのに御坂さんは落ち着いた様子のままだ。
やっぱりレベル5ともなるとこの程度では驚かないの!?それともすでに面識があるの!?
本日何度か目のパニックを巻き起こすあたしに、御坂さんは冷静に声をかける。
「いい、佐天さん……落ち着いて聞いてね?はっきり言ってこの書類は怪しすぎるのよ」
その言葉にあたしは一瞬で冷静になることができた。
よく考えれば確かにこの書類はおかしいのだ。
あたしが負能力に目覚めたというのはあの事件に関わった人間しか知らないはずだし、あの中の誰かが情報を漏らすとも考えられない。
あたしが傷つけた人物からのリークかとも考えるが、彼らはあたしが能力をもっていたなど思ってもいないのでその線も消える。
残る可能性は一つ。
「監視、されてたのでしょうか……」
「それか、垣根帝督……第二位からの情報かもしれないわね」
御坂さんが提示した可能性を含めても、今のあたしの気分は気持ちの良いものではなかった。
いわばこの書類は『佐天涙子は統括理事会の監視下にある』と言っているようなものだから。
きっと学園都市が研究を進めている能力とは全く別のこの力を解析し我が物にしたいのだろう。
「拒否権は無いんでしょうか……」
「わざわざ私を試験官にしているあたり、それは意味がないと思うわ」
「そうですよね……」
多分あたしが拒否をしたところで次は無理やり研究所へ連れて行かれ、無理やり能力を解析されるのだろう。それは絶対に嫌だ。
「なら、御坂さんに測定をしてもらいます」
覚悟を決め、そう言った。
「分かったわ」
その言葉と共にバチバチと御坂さんの周りに無数の雷が走る。
現在あたしは能力をオフにしているので自由に電撃を操れるのだろう。
あの時の続きよ、とでも言いたげな表情を浮かべる御坂さんにあたしも幾らか興奮をしていた。
そうだ、あたし達の喧嘩はまだ決着がついていなかったんだ。
「ちょうどいい機会だから言わせて貰いますけど、御坂さんいい加減ゲコ太は卒業しましょうよ」
あたしは能力をオンにする。この教室内ではどれだけ離れようと御坂さんは効果対象になるので、幾らか帯電する雷が小さくなった。
御坂さんはそれを確認すると、ニィと楽しげな笑みを浮かべこう言った。
「佐天さんこそ、初春さんのスカート捲り止めたら?見てるこっちが恥ずかしくなるから」
あたしの言葉に御坂さんも言いたいことを伝える。
これでいい。
これであたし達は言いたいことを素直に言えるようになるだろう。
あたし達の間に静寂が流れる。
超能力者の御坂さんと無能力者のあたし。
きっとその間にはとてつもなく深い溝があるし、とてつもない壁がある。
本当の意味で分かり合えるのはきっととてつもなく時間がかかるだろう。
でも、時間をかければいつかはそれを飛び越えることができる。
飛んだ先ではきっと御坂さんは手を差し伸べているだろうし、初春や白井さんも応援してくれるだろう。
だから、これから始まる喧嘩はその為の助走。他人を理解するための助走。もっと仲良くなるための助走。
あたしは他人は理解できないかもしれない。他人はあたしを理解してくれないかもしれない。
あの人――球磨川さんにこんなことを言ったら呆れられてしまうかも知れない。
でもきっと。
「さっさと終わらせて、初春や白井さんとクレープでも食べに行きましょう」
「そうね。それじゃ行くわよ」
でもきっと、親友なら理解し合えるかも知れない。
「身体検査が終わってから数日が経ったとある日曜日。あたしの元へ結果表が届いた。あたしはそれを確認するとすぐに皆へ報告をした。」
初春の発案で風紀委員の支部でパーティーを開くことが決定し、あたしは普段よりもうんとおめかしをして出かけることにした。
なんと言っても主役はあたしなのだ。
準備を済まして部屋を出る。既に夏が過ぎ秋がひょっこりと顔を出しているこの季節でも日光が照っていればまだ少し汗ばむくらいだ。
支部へ向かう途中いろいろな人とすれ違う。
楽しそうにはしゃぐ子供。
幸せそうに手を繋ぐカップル。
仲良く談笑をする男子高校生。
陽気でのんびりとした表情を浮かべるスキルアウト風の集団。
そんな人達を見てあたしは思う。
この現実は思い通りにいかない。しょうがないだけでは割り切れない出来事も多い。
どうしようもない世界にマイナス思考になってしまうかも知れない。
でも、決して良い事が無いわけでもない。
人生はプラスマイナスゼロだという人がいるけれど、それはきっと間違いだ。
だって世界はこんなにも眩しいのだから。
だって世界にはこんなにもプラスが溢れているのだから。
だから、人生はプラスなんじゃないかな?
その時、優しい風が頬を撫でる。
幻想御手であたしが得た能力も風を起こす力だった。
あたしはその風に身体検査の結果用紙を乗せて飛ばす。
さぁ、これであたしの後日談はおしまい。明日からまた日常が始まる。
優しくて、大事な友人達と過ごすことができる、とても大事な日常が。
身体検査結果表
氏名:佐天涙子
所属:第七学区立柵川中学校
能力名:公平公正(フェアプレイ)
総合結果:レベル4
最終更新:2011年06月11日 15:32