「んー、予定外に早く出てきちまったけど、一体これからどうしような」「当麻君は。どうしたい?」姫神に振った質問をそのまま返された。さっきの出来事のせいで、あまり街中ではしゃぐ気分じゃなくなっているのも確かだった。まさか、御坂のヤツがねえ。今まで突っかかってきたのも、愛情の裏返しというやつなのだろうか。子供だなーと思って相手していた上条に、一体美琴は何を思っていたのか。「当麻君」「ん?」「さっきのところに。戻りたいの?」「別に、そんなことは思ってないけど」「あの子の事。慰めたいって思ったりはしてない?」それが筋違いだということは分かっているが、そういう思いは、無いでもなかった。美琴は大切な知り合いだ。そういう相手が、悲しい目にあっているのを全く気にならないのだって変なことだと上条は思った。ただ。「俺が行っても仕方ないだろ」「仕方ないなんてことがなかったら。あの子のところに行くの?」「……なんだよ秋沙。そんな突っかかり方しなくてもいいだろ?」「だって当麻君。私と一緒に歩いてるのに。ずっとあの子の事考えてる」その一言で、自分が確かに美琴のことばかりに気がいっていたのを、気づかされた。それこそ、姫神に失礼なことだろう。「ごめん」「謝るってことは。やっぱりそうなんだね」チクチクと、姫神がいつにも増して陰のある言い回しで上条を責める。「デートの途中で、良くない考え事だったのは確かだけどさ。だけど、やっぱり泣かしちまったら、気になるだろ」「当麻君が気にする必要なんてない。あの子が今まで躊躇ってたのが悪いだけ。大覇星祭なんてあんなに当麻君と遊んでたのに。それでも告白できなかったのは。あの子が悪い。なのに当麻君は気にするの?」「今更俺には何も言う資格がないことくらい、分かってる。ほらこの先どうするか、考えようぜ」「……当麻君の知り合いの女の子に会わない場所がいい」「え?」「街中を歩いてたら。またあの子みたいな子に会いそうだから」「いや、そんな女友達ほかにいないから」「当麻君のその言葉。説得力ないよ」「そう言われても。で、知り合いに合わない場所っていうと……」上条の自宅ですら、そんな都合の良い場所ではない。「秋沙。知り合いに会わない場所なら、どこでも良いんだな?」「えっ……うん。ゆっくり出来るところなら」「わかった。そういう場所、知ってるから。そこにしよう」上条が、行き先を教えてくれない。姫神は緊張を押さえ切れなかった。今揺られているバスの行き先から、あれこれ想像してしまう。「当麻君。あまり遠くは。帰るのに時間がかかるから」「大丈夫だ。もうじき着くからさ」上条たちの家からそう遠くない、地下に深く発達した学区。向かっているのはそこらしかった。学園都市最小の学区だが、最深の学区でもある。浅い階層はそうでもないが、学区の底、日の光の到底届かない所は、どちらかと夜向きな、つまり大人向きな施設の多い場所だ。酒を振舞うなどの理由で学生が入ることの出来ない店も多いし、男性向けのいかがわしい店なども林立している。その中には、もちろん、ホテル街もあった。もちろん学生の出入りは禁じられているから使えないことにはなっているが、そこは蛇の道は蛇だ。三次元的に複雑な構造をしていることもあり、穴場な店も多かった。「二二学区って。遊ぶ所あるの?」努めて、素っ気無く言った。意識しているとは思われたくなかった。恥ずかしい。「二人っきりになれる所に、行くんだろ?」意地悪そうに、上条はそんなことを言う。バスの揺れにあわせて、何気ない風に上条の表情を盗み見る。気負った風もなく、薄く笑っていた。分からない。本当に当麻君は。私と……その。ホテルに行くつもりなのかな。心の準備は、まだなかった。そもそも付き合い始めて数日で、さらに言えばキスもまだなのだ。まさか上条にラブホテルの心得はない、と信じたいし、この落ち着いた態度は、初めてホテルに行くカップルの彼氏の態度ではないと思うのだ。だが、姫神とて男性の心理が分かるほど、男慣れしてはいない。そもそも転校前は女子校の学生だったのだ。もし。当麻君がホテルに行こうって言ってるんだったら。私は。どうしよう。まだ早いよって断りたいけど。でも。二人っきりが良いって言ったのは私のほうだったし。それなりに混んだバスの中を見渡せば、周りはほとんどが大人だった。仕事終わりなのか少しはしゃいだ空気を見せながらも、遊ぶと表現するよりはプライベートを楽しむと言った方がしっくりくるような、自分たち高校生が背伸びをしているような気持ちになった。上条は、まだ、降りようとは言わない。外の世界は夕方かもしれないが、もう姫神がいるそこは、夜の世界だった。「当麻君。ここって」「おう。なあ姫神さんや、さっきまでどこに連れて行かれると思ってたんだ?」「どこ……って。私は別に」「随分とあっちこっちきょろきょろしてたにゃー」「土御門君の真似。似てないよ」「まあ似せる気ないしな。で、どこに行くと思ってたんだ?」「意地悪だね。当麻君」からかう上条に少しむすっとしながらも、内心で姫神は安心していた。さすがに、ホテルではなかったからだ。だが、見せる肌の面積で言えば、ここはそうホテルと変わらないと思う。決定的なところは見せないが。スパリゾート安泰泉。目の前にある施設の名は、それだった。ボウリング場やゲームセンターなどもある総合アミューズメント施設。確かに上条たちのクラスで話題になっていたのを、姫神も耳にしたことがあった。曰く。ここの個人用の貸切風呂は、管理が甘くて『二人用』の貸切風呂に出来る。「じゃあ、カウンターで場所予約してくるから。ちょっと待っててくれな」「うん。でも当麻君。こういう所に来るときは次から言ってね。いろいろと。準備っていうものがあるし」「あ……そうだな。ごめん。女の子をこういうところに連れてくるときは、色々気をつけなきゃいけないよな」「私をこういうところに連れてくるときは。だよ。他の女の子とはだめ」「こんな所秋沙とじゃないと来ないって」ふっと笑って、くしゃりと姫神の頭を撫でて行った。上条にしてみれば何気ないであろうその仕草に、姫神は嬉しくなった。上条に大切にしてもらえるのは嬉しいことだが、こういう気安くい触れ合いも好きだった。一応、上条が独りで入るための風呂を借りることになっているので、姫神はカウンターから見えないところで上条を待った。安泰泉はフロアによっては男女が別れているが、水着着用の上で混浴というか普通のプールみたいな感じになっているフロアがある。個室は長い時間借りると高い。満足したら広い温水プールで遊んで帰ろうかと姫神は思案した。問題は、貸し水着に、良いのがあるかどうかだった。それにしても、と姫神は嘆息する。どういうデートに誘われても良いようにと入念な準備をしたおかげで特に反対はしなかったが、色々と、肌を人前に晒すには準備が必要なのだ。それは男性には見せないのが嗜みだし、だからこそ、そういう気遣いを上条にもして欲しいのだが。そういうところに気が回らないのは上条も女慣れしていないということだろうか。「お待たせ。ちゃんとすぐ取れた」「どれくらいの時間借りたの?」「一時間半。満足は出来ないかもしれないけど、完全下校時刻までしか借りられないからな」「そっか。じゃあ。ギリギリまで遊ぼう」「だな。……じゃあお互い水着借りて着替えて、入り口で待ち合わせな」「うん。当麻君よりは時間がかかるかもしれないけど。あんまり怒らないでね」「怒るってなんだよ。ちゃんとぼんやり待ってるから」「女の子に声をかけられちゃ駄目だよ」そんな無茶を言われながら、上条は姫神と一緒に水着を選びに行った。外の時間を意識しているのだろうか、温水プールのある広いフロアは壁一面の映像素子が夕日を写していた。学園都市のありふれた夕方ではなく水平線の綺麗などこか海沿いの映像だった。ここに出てきて15分、幸いまだ知り合いには会わない。「おまたせ。当麻君」「お、来た来た……って秋沙」「おかしくない……かな?」姫神が着ているのは、オーソドックスなビキニ。特に紐がないとか布地が少ないとか、そういうことはない。強いてあげれば、白と鮮やかな紫のコントラストが眩しい、ちょっと大胆な色使いが上条をドキッとさせる。だが真に強調すべきは姫神自身だろう。体つきは女性らしい丸みを帯びたラインを描いていて、それだけで上条の口の中をカラカラにするくらいのインパクトがある。肌は傷一つなく、健康的な程度に白くて、どんな感触がするのか触ってみたくなった。胸にはケルト十字。外れることを危惧したのか、いつもよりチェーンを短くして、胸元というより首の根元辺りでクロスが揺れていた。「その。いつも思ってるけど。……綺麗だ」「本当に?」「お世辞じゃないって」「でも。当麻君には綺麗な女の子の知り合い一杯いるし。幻滅されたら嫌だなって」「ないないない。これだけ綺麗なのに、それはない」「綺麗って。言いすぎだよ。あの……痕とか。わからないよね?」お腹につけられたいつかの傷を姫神の指がなぞる。カエル顔のあの医者は腕だけは間違いなくて、傷跡なんてさっぱり見当たらない。それよりも白くて柔らかそうなお腹に釘付けになった。「大丈夫。それに綺麗ってのは全然言い過ぎじゃない」「あんまり褒めても何もでないよ」上条は少し不安になった。これだけ綺麗な姫神と今から個室に入って、はたして自分の理性はきちんともつのだろうか、と。「じゃあ、先に俺が入るから。少し間を空けて秋沙が入るってことでいいか?」「うん」普通は逆なのだ。ナンパな奴がフラフラしてるのに姫神が引っかからないよう、姫神を先に入れる。上条は当然そうするよう進言したのだが、姫神は頑なに聞き入れなかった。自分が声をかけられる確率より、上条が女性とトラブルを起こす可能性のほうが高いと姫神は確信していた。個室の並ぶエリアから少し離れたベンチから、上条の姿を見送る。二分くらい待てば充分だろう。その時間を、姫神は覚悟に使う。もしかしたら。キスされるのかな。……それは嫌じゃない。これだけ場所をセッティングしてくれたんだから。たぶん当麻君は。抱きしめられるのも。この格好じゃ恥ずかしいけど嫌じゃない。髪を撫でられるのもいい。お尻を触られるのも。当麻君になら大丈夫。胸は……どうしよう。少し怖いけど。でも当麻君が望んだら。でもあんまり流されるのも良くないよね。脱がされるのは絶対駄目。下を触られるのも。まだ。駄目。一つ一つのケースを吟味して、有りか無しかを判定していく。すぐに体を許す女は安く見られるのだと、ものの本に書いてあった。付き合って間もないのだから、確かに全てを上条にさらけ出すのは抵抗もあるし、おかしいと思う。しかしクロスを下げたチェーンを短くしたのは、上条に触られても大丈夫なようにという配慮だった。心のどこかで、期待もある。乙女心は複雑だった。たぶん、二分くらい。姫神はタオルを持って、上条の入った個室へ向かう。一瞬の逡巡の後、引き戸を横にカラリと開けると、少しほっとした顔の上条が立っていた。「秋沙」「当麻君。どうしたの?」「いやー、なんかこういうタイミングで待つの不安になるな。もしかしてナンパとかされてないかとか、いきなり秋沙は帰ったりしてないよな、とか」「ふふ。変なの。当麻君を置いて帰ったりなんてしないよ」「分かってはいるけどな。さて、秋沙」「?」引き戸を閉めると、上条がカチリと鍵を下ろした。もう誰も、ここには入って来られない。その意味を悟ると、覚悟を決めてきたはずの心臓が、ドキドキと早鐘を打った。「好きだ、秋沙」「あっ……」何よりまず、抱きしめられた。もしかして、興奮しているのだろうか。上条の抱きしめ方がいつもより力強い気がする。「と。当麻君! お風呂。入ろう?」「あ、ああ。悪い。そうだよな」「気にしないで。私も、ちょっとびっくりしただけだから」やっぱり、抱きしめてもらうのには心の準備が必要だ。お湯に入って、少し時間を稼ぎたかった。「それにしてもここ。不思議な作りだね」「だなあ。まあ壁に映像を映せばどうとでもなるってことだろうけど」部屋は高さが上条の身長ギリギリくらいで、奥行きも2メートルくらい。。横幅は1.5メートルくらいの真っ白い部屋だった。海岸のように奥に向かうにつれなだらかに床が下がっていき、その途中からお湯が波打っている。上条が壁に触れるとコンソールが出現し、簡単に設定すると真っ白だった壁前面が真夏の砂浜を映し出した。床は、さすがに砂の質感を出すことはないが適度に柔らかくて、寝そべるのにちょうど良かった。おおよそ、風呂場というよりは波打ち際というべき、部屋の作りだった。「ここに横になれってことなのかな?」「みたいだな。肩までざぶんと漬かりたければ奥に行けってことみたいだな」「そうする?」「いや、別に寒くないし、適当に腰まで浸せば良いんじゃないか」「うん。そうしよっか」二人で寝転ぶと、少し窮屈だった。肩を二つ並べて足りないほどの幅ではないが、大の字にはなれない。必然的に、腕と腕が触れ合うことになる。「お湯、結構ぬるめの設定だけど、大丈夫か?」「うん。これくらいだったらのぼせないね」「なあ秋沙。結構強引に、ここに連れてきちまったけど、怒ってないか?」「えっと。こういうところに来るときにはちゃんと事前に言って欲しいけど。でも今日は大丈夫だったから。怒ってないよ」「ん。なら良かった。それで、今から何したい? 映画とかも見れるみたいだけど」あれこれ出来ることを調べる上条の仕草が、演技なのがバレバレだった。こんなところに来て、したいことが映画鑑賞なんて。そんなことあるはずないのに。「当麻君」「あ、秋沙……」姫神は、上条の腕を抱きこんだ。体を横に向けた姫神の足が踊って、パシャパシャと水が軽快な音を立てる。姫神は何をしたいとも、別段言わなかった。多分、これだけで伝わると思ったから。上条が、BGMを自然音に設定した。これで、誰もいない二人っきりの浜辺に寝そべっているような、そんな気分になった。「好きだよ。秋沙。その格好がすげえ綺麗で、ドキドキしてる」「恥ずかしいよ」「恥ずかしがってるところも可愛い」「当麻君の馬鹿」上条の手が伸びてきて、姫神の髪を撫でた。その感触が気持ちいい。髪と髪の間に指が入り込んで、しっかりと髪の質感を堪能するような、そんな撫で方だった。「綺麗な髪だよな」「ありがとう。一応。長くても駄目にならないように気はつけているから」髪は目立たない自分の数少ない自慢だ。褒められるのは、気持ちよかった。「当麻君の体、結構締まってるね」「う。なんかそういうこと改めて言われると恥ずかしいな」「私もおんなじこと思ったよ。……腹筋とか、鍛えてるの?」「鍛えるってほどのことはしてないぞ。べつにほら、はっきり割れるほどじゃないし」「そうなのかな。他の男の子のお腹なんて見たことないし。分からないけど」姫神の指が、つつうっと腹筋の辺りをなぞる。くすぐったさに上条は身をよじった。「ちょ、秋沙。それやめてくれ!」「ふふふ。止めてあげない」姫神がわき腹なんかにも手を出して、露骨にくすぐり始めた。攻撃は最大の防御。上条はすぐさま反撃に打って出た。「あっ。だめっ! ……ふふ、あはは。駄目だよ当麻君」「なん、でだよっ。こら秋沙。止めないとこっちも止めないぞ」「負けないもん……っ! ふふっ! 駄目。駄目。あはは! 駄目当麻君」姫神はくすぐりにかなり弱かった。あっという間に上条は形勢逆転に成功した。だがそれで許す上条ではない。わき腹から脇の下へと人差し指を中指を歩くように這い上がらせて――ぷにゅん、と体をよじった姫神の胸に、手の甲が触れた。「あっ」「え? あ……」その感触にはっと上条が我に返った瞬間。姫神は胸に手が当たったことに気づかなかったらしいが、二人の顔がすぐ傍にあって、よくよく見れば上条に覆いかぶさられている状態なのに気がついた。「その、秋沙……」「うん」「抱きしめても良いか?」「……そういう事。聞かれるの恥ずかしいよ」「じゃあどうすれば、って。抱きしめるから、嫌なら言ってくれよ」「言わないよ」今ので、二人の距離が縮まった気がする。姫神はえいっとばかりに上条の胸に抱かれにいった。「ふふ。当麻君の腕枕」上条は胸の中に姫神を抱きこんだ。枕になっていないほうの空いた手で、秋沙の背中を撫でる。押すともっちりした感触の肌なのに、撫でるとさらさらとなめらかに滑る。「紐を解いたりしたら。駄目だからね?」「えー」「えーじゃないよ。そんなことするんだったら私も当麻君の水着の紐緩めちゃうよ?」「いや、ちょっとそれは」「ほら。当麻君だって恥ずかしいでしょ?」「……まあそうだけど。なあ秋沙。さっきから俺の体結構見てるだろ。代わりに俺も秋沙の体、見ても良いよな?」上条が、そんなよくわからない理屈を捏ねて、お願いをしてきた。「見るって。えっと……駄目」「駄目じゃない。見たい」「見たいって。もう、色々見てるでしょ?」「そりゃそうだけど……こうなんというか、少し離れて鑑賞したい」「駄目。絶対駄目。そんなの恥ずかしすぎて死んじゃう」「こういうのはおあいこだろ。ほら」拒もうとする姫神の肩を押す。元から姫神は寝そべっているから何も姿勢は変わらないのだが、隣に寝ていた上条が体を起こして、姫神から距離をとった。水に漬かった足先から、すらりとした肢体、物凄く大きいことはないもののしっかりと重みを主張する胸元、寝乱れた髪、そして恥ずかしげにうつむく顔までが、全て上条の視界に納まった。ゴクリ、と自分の喉から唾液を嚥下する音がした。それで自分が興奮していることに気づいた。「当麻君。目がいやらしい」「……これは、全面的に秋沙が悪い」「悪いのは当麻君だよ。もう。飽きたらすぐやめて」「すぐには飽きないよ。……手、どけてくれよ」「無理だよ」秋沙は横向きに寝て、きゅっと縮こまるように自分の胸を抱いている。足も曲げて、前を隠すようにしながら恥ずかしそうな顔で上条を睨みつける。姫神には分からないらしい。隠されたほうが、上条は燃えるのだった。胸元を見ることはこの体勢からでは難しいが、腕を前に交差している分、谷間が強調されている。足の付け根だって、影で隠れているのがむしろ興奮するくらいだった。それに、露わになっている白い太ももの眩しさも、色っぽかった。つまりは。どんな姿勢になっても姫神の魅力を隠すことは出来ないということだ。「当麻君。ほんとにもう。駄目……」羞恥に耐えてか細くなった、泣きそうな姫神の声。上条はつい、欲望に突き動かされて、姫神の腕を握った。「あっ……!」姫神の声に、おびえが混じる。それで正気になった。「ごめん。ちょっと、乱暴だった」「当麻君の馬鹿。ちょっとじゃないよ……」手首をつかんだ手を解いて、そのまま、姫神の指に絡める。ぎゅっと握ってやると、少しほっとした顔になった。だが、手首を握っても指を絡めても、姫神の自由を奪う目的は果たせる。そのまま押し上げるように、横に寝て体を隠す姫神を、仰向けにする。重力で形を変えた乳房が、その大きさを主張しながら揺れた。「秋沙……」「あの、当麻君」腕の自由を奪われていることが気がかりなのだろう。姫神は戸惑いに目線を揺らしている。……さすがに上条も罪悪感が沸いてきた。「ライト……」「ん?」「ライトを。消して欲しい。明るいところでは恥ずかしいよ」姫神の真意を上条は探る。ライトを消すというのは、どういう意味だろう。単純に明るいのが恥ずかしいだけの意味なのか。それとも――「いいのか?」あえてそう問う。それで、姫神も自分の言った言葉の意味に思い当たった。「……変なことは。したら駄目だよ」「暗くするってそういうことだろ」「駄目だからね。当麻君のこと。信じてるのにな」拗ねたような調子で、念を押された。その可愛らしさについ苦笑する。ここは自分の負けにしておこうと上条は思った。「じゃ、明かり落とすから」「……」映像を切り替える。真昼の砂浜が、日が沈んで真っ暗になる直前の、黄昏色になった。ぼうっと見つめる姫神の目が、いつもより潤んで見えた。「これで恥ずかしくないか?」「さっきよりは。当麻君……」誘うような呼びかけに、上条は応えた。隣に寝転んで、頭の下に腕を入れてやる。そうしてもう一度、胸元に抱きしめた。「ああ……」安心するような嗚咽と、深いため息が漏れる。それだけで、上条は満たされるような気持ちになった。姫神秋沙という女の子を、たまらなく可愛いと思う。乱れた髪を整えるように梳いてやって、耳の裏へと掻き上げる。露わになった耳に、囁く。「秋沙、愛してる。秋沙が可愛すぎてどうしていいかわからない」「当麻君……。囁かれると、私もどうなっちゃうかわからないよ」耳が弱いのだろうか。軽く囁いただけで、体がピクリとなって、はっと声にならない浅いため息を漏らした。耳の外周に触れて、そっとその形を指でなぞっていく。「あっ……あ……ぁ……」ぴくり、ぴくりと姫神が体を震わせる。初めて覚えた快感に、振り回されているようだった。耳を触るのを止めて、再び髪を梳く。戸惑いを感じていたせいなのか、ため息をついて姫神がくたりとなった。「力、抜けちゃってるな」「うん。私。もしかしたら耳弱いのかも」「噛んだらどうなると思う?」「死んじゃう」「そりゃ困ったな」それは後に取っておくつもりだった。上条とてその行為には心惹かれるものがあるが、初めに姫神の体に口付ける場所、それは唇だろうと思うのだ。と、上条が身を引いた瞬間に、姫神がカウンターを仕掛けた。「おほぅあっ!」「……ふふ。当麻君の反応。可愛い」姫神に、耳を噛まれた。はぁっと口からこぼれる吐息と、硬い歯の感触、そして僅かに当たった舌のぬるりとした質感。耳を噛まれるのは、こういう感じなのかと背筋がこそばゆいような感覚を覚えながら上条は理解した。「秋沙がその気なら。仕返しするぞ?」「負けないよ?」「どこ噛まれたい?」「リクエストはおかしいよ」クスクスと姫神が笑う。「リクエストがないんだら。とりあえず唇にしようかな」「あ……」その一言で、姫神のはしゃいだ笑い声が止まった。唇がきゅっとすぼめられたのは、期待の表れに見えた。キスして良いかと、尋ねたくなる気持ちを上条は押さえつけた。そういうことは聞かないで欲しいと言われたのを覚えていたからだ。嫌なら、拒まれるだろうし、拒まれないような気がしている。上条はぐっと体を起こして、上半身だけ姫神に覆いかぶさった。薄明かりの下、自分を見つめてくれる姫神の瞳の色が揺れながら、自分を待っている。顔にかかった髪の一房一房を摘んで取り除いてやる。ヴェールをそっと開く新郎の仕草に似ていた。ここまで来たら、もう、紛れはない。そっと上条は、自分の唇を姫神のそれに近づけた。目の前にある上条の顔を見ていると、ドキドキが止まらない。目をいつ瞑るかが、問題だった。開きっぱなしも不自然だが、早めに目を瞑って待ちに入るのも恥ずかしい。それに、まだ、上条が何かを言ってくれるかもしれない。好きだとか。真剣で、緊張した面持ちで乱れた自分の髪を上条が整えてくれる。その仕草は慣れていないように見えて、やっぱり初めてなのかな、なんて、変に心の中に出来た余裕で姫神はそんなことを考えたりした。意外と、逡巡の時間は短かった。上条が息を整えたのが分かる。いよいよ口付けをされるのだとわかって、上条に合わせて姫神も息を止めた。心の中から、言い表せないくらいのドキドキと、幸せがあふれ出てくる。出会ったその日のうちに好きになって。その気持ちはそれからもずっと変わらなくて。転校して傍にいられることが、嬉しくも切ない日々を過ごして、ふとしたきっかけから、この上条当麻という人に愛してもらえる立場を手に入れた。自分を見てもらえること、大切にしてもらえることが、たまらなく嬉しい。唇が近づいてくるのが見えて、姫神はそっと目を閉じた。タイミングなんて、自然に分かるものだった。きっかけだとか成り行きだとか、そういうのは陳腐だったかもしれない。上条当麻のおかしな日常のような、ドラマティックなものはなかった。だが、それでも。その一瞬を、上条も、姫神も生涯忘れられないような幸せな気持ちで過ごした。なんてことはないレジャー温泉の貸切風呂で。上条と姫神は、初めてのキスをした。同じ柔らかさを持った、相手の唇で、自分の唇の形が変わる。それは唇以外の何かに唇を押し当てたときとは全く違う、柔らかくて暖かい感触だった。自分と姫神の鼻が僅かに擦れあう。たぶん、5秒くらいだろう。それくらいで一度、上条は唇を離して、息を吐いた。「……」「……」一瞬、互いに交わすべき言葉を見つけられなかった。ふわりと姫神が笑う。その顔が可愛らしくて、上条はもう一度姫神に惚れ直した。「秋沙。愛してる」「私もだよ。……キス。しちゃったんだね」「だな。上手く出来たかどうかはわからないけど」「上手くとか。そういうのじゃないよ。幸せだったからいいの」「そっか。秋沙」「あ」姫神の頬に手を添える。親指を僅かに唇に触れさせると、姫神が目を閉じた。もう一度、その唇に口付けをした。「……ふふ」「秋沙?」「二回もキスされた」「もう止めようか?」「もっとしたいよ。ずっとずっと。飽きるまで」「じゃあ、お言葉に甘えて」胸の中に姫神を抱いて、三度目のキスをする。今度は、息が持たなくなるくらい長く、するつもりだった。「ん。ふ……」僅かに唇を唇で噛むように、ぴたりと柔らかい肉を押し当てて、留める。空いた手で長い髪を梳き、背中を撫ぜる。姫神の腕が上条の首に回される。それでかなり密着度が高くなった。「ふあ……」時折、遠慮がちに姫神が息をする。唇を離さないから、相手の吐息が頬にかかってくすぐったかった。……だがそれも、あっという間に気にならなくなる。唇の感触しかなくなっていく。唾液を絡めるほどのキスではないから、ピチャピチャとはいわない。時々ごく小さくクチクチといった音が漏れる程度。だがその控えめな音が、もっともっとと、二人をもっと深いキスへと誘っていく。「んっ……」上条は、押し当てるだけの唇を、動かすようにした。要は唇を使った甘噛みだ。のろのろとではあるが、姫神も合わせてくれる。上唇と下唇で姫神の下唇を挟むと、軽く姫神の歯が触れた。姫神も息が荒くなっていくのが分かる。きっと自分もそうなのだろう。それに構わず、姫神の唇を蹂躙する。上条は、背中を撫でていた手が姫神の水着の、ボトムに触れたことに気づいた。その手を、そのまま下へと滑らせる。水着の上から、姫神のお尻を手のひらでつかんだ。「ん……」「秋沙。嫌じゃ、ないか?」「え……? あ。当麻君。お尻触ってる……」「嫌って言わないと止めないぞ」そう言いながら、返事を聞く前に上条はキスを再会した。姫神はキスが途切れないように僅かに首を横に振って、構わないと伝えた。言質を取って上条は、無遠慮に姫神のお尻を撫でた。触って比べたことはないのでなんともいえないが、姫神のお尻は、どちらかというと薄いほうな気がする。もちろん女の子なんだなあと分かる感触だが、あまり大きくない感じはした。あまり指を食い込ませないように気をつけながら、さすさすと布の上から撫で付ける。時々アクシデントで、指が深いところまで沈みそうになると、さすがに警戒しているのか姫神の体がきゅっと緊張に固まるのだった。「ふぁ。ん」そろそろ息が苦しくなってきた。同じ気持ちだったのか、引く素振りを見せると姫神も唇を離した。「……キス、どうだ?」「体が溶けちゃいそう」「溶けるって。なんだそりゃ」「体に力が入らなくなって。当麻君のことしか考えられなくなるの」確かに、姫神がいつもよりぼうっとしているように見えた。普段の表情も、たぶんぼうっとした感じと言い表すのが正しいのだろうが、それとは違う。夢見心地なぼんやり顔で、思考もいつものようなキレがない。甘えた言葉が姫神らしくなくて、可愛らしい。「もっとキスしたら、どうなる?」「わからないよ。私。どこに行っちゃうんだろ」もう一度キスを、と姫神がねだる顔になった。「秋沙の体、ホントに綺麗だよな」「恥ずかしいよ……あっ。当麻君。今の……」姫神の鎖骨に、上条はキスをした。その行為に姫神の顔が驚きで一杯になり、すぐにはにかんだ。次は、お腹にキスをした。「当麻君。駄目だよそんなの……」「なんで?」「だって。汗とかかいたし」「風呂に入ってるだろ?」「そこはまだ。濡れてないよ」風呂に来たくせに個室に入って早々睦み始めた二人は、まだ膝上くらいまでしか湯につけていない。上条は、ちゃぷりと手でお湯をすくって、塗り広げるように姫神の太ももにかけた。「あっ……」その上で、太ももにキスをする。「当麻君って。……エッチだね」「秋沙に言われるのは心外だな。秋沙だってこういうの嫌じゃないって思ってるくせに」「私そんなこと。言ってないよ」「嫌なら言うんだろ? 嫌だって言わないって事は、秋沙もしたいってことだ」「それ屁理屈だよ……。ふあ。あん」くすぐったそうに姫神が身をよじった。「普通のキスが良いな……」「普通の?」「唇に。して欲しい」「おねだりなんてやっぱり秋沙もエッチじゃないか」「……意地悪」上条は太ももを撫でるのを止めて、再び姫神の上半身に体を向けた。薄く微笑んで、上条の唇をねだっている。軽く髪を撫でて再び姫神の唇に向けて顔を近づけると、姫神が目を瞑った。上条はその唇を無視して、姫神の首筋に、キスした。「えっ? あっ。ふぁぁぁぁ」鼻にかかった、甘い声が漏れた。そのあまりに本能的な姫神の喘ぎに、上条は理性をやられそうになった。ここが個室なのは危険だ。ここが個室でよかったと喜ぶ自分の心が危険だ。キスマークって、強めに吸ったらつくのかね?興味本位が、半分あったことは否めない。鎖骨の少し上を、上条は強めに吸った。「痛……」「痛かったか。ごめん」「ちょっとだけだけど。もしかして。当麻君」「あ、痕になってる」「嘘。当麻君。明日まで残ったらどうしよう」「見せれば良いんじゃないのか?」「無理だよ。そんな恥ずかしいこと。……恥ずかしいよ」吸われたところを指で触れる姫神。戸惑う表情が、つい苛めたくさせるのだった。「痕とか、残るほうか?」「そんなことはないと思うけど……。当麻君。もうやっちゃ駄目だよ」「残らないなら、いいだろ?」「駄目だよ。駄目……あっ。あ。あ。あ」制止を聞かずに、上条は首筋に連続でキスをしていく。少しずつうなじを上へと進んで、最後に耳をまた噛んだ。「ふぅぅんっ!」姫神の甘い声が、悪いのだ。そんな声を聞いたら、あれもこれもしたくなる。「秋沙。可愛いよ」「素直に嬉しいって言えないよ。もう」拗ねた顔も可愛いが、そろそろ機嫌を取ったほうが良いと思えた。「秋沙」「あ、当麻君。んちゅ……」再び腰を落ち着けて、髪を撫でながらのキスを再開する。今日がファーストキスだと思えないくらい、随分二人ともキスに慣れてきた。啄ばむようなキスにも積極的に応えてくれる。そこで上条は、アクシデントを装った。自分の唇の間に割り込んできた姫神の唇を、舌で舐めた。キスをしたまま、姫神と目が合った。何を言い合ったわけでもない。だが、それだけで、舌を絡めても嫌じゃないと分かった。「んんん……」加減はよく分からないが、姫神の歯に触れるところまで、上条は舌を差し入れた。自分の熱さとは違う他人の体温を感じる。何度目か分からないが、これはまずい、と上条は思った。気持ちが良過ぎる。そしてこのキスは、親愛の情を伝える目的に留まらない。もっと、深い体の関係への入り口になるキスだった。それをもう、自分も姫神も、拒む術がない。溺れかけていた。足元で、お湯がパシャパシャと音を立てている。そしてそれより熱っぽい水音が、唇と唇の間からこぼれている。抵抗があるのか、閉じがちな姫神の歯と歯の間に舌をねじ込んでいく。上条の舌を噛まない様にと、姫神は口を少し開いてくれた。「ん! ん……」姫神に息をつかせないくらい強引に舌を吸う。戸惑う姫神を振り回す感じが、上条の心に火をつける。前歯を撫ぜて、舌で舌を撫ぜて、時々姫神の唇を軽く噛んで、そして姫神の唾液を啜る。お返しといわんばかりに、姫神の口の中に、自分と姫神の唾液の混ざったものをとろりと口移しで流し込む。上条の目を見つめたまま、姫神はコクリとそれを飲み込んだ。それがアルコールだったかのように、薄赤く頬を染めて軽いため息をついた。姫神も、『出来上がって』いた。上条は言うまでもなかった。「秋沙が、可愛いから悪い」「え……? あ、ああっ……ふああああぁぁぁぁ」耳たぶを、噛んでやった。そしてそのままかすれ声で囁く。効果は劇的で、それだけで姫神はかわいらしい声で鳴いた。首筋をつつっと舐めるように、キスをするようになぞり上げて、耳を攻める。上条は口でそれを繰り返しながら、手では姫神の体中を撫でた。触っていいかがわからないから、きわどくはあっても、決定的なところには触れない。それがむしろ、姫神の中に切ない気持ちを膨れ上がらせるように作用していた。膝から、太ももを撫で上げて、水着に触れないギリギリで手を止める。水着を避けてお腹、子宮のある辺りからおへそを経由して、みぞおちの辺りを撫でる。胸を避けて鎖骨と肩に触れて、二の腕から手の先へと撫でていく。上条にとっても姫神にとっても、もどかしかった。姫神の体は、どこをとっても柔らかかった。だからやっぱり、そこを触りたい。好きな人に愛撫されるのは、姫神にとって初めての経験だ。それ以上をおねだりすることを、姫神はまだ考えられない。だから、先にじれたのは上条のほう。「嫌なら。止めるから」「え……あっ」お腹を撫でていた手を上に滑らせて、そっと、水着の上から、姫神の胸に触れた。マシュマロみたい、と聞いたことはある。成る程、そう表現したくなる理由は分かるが、上条はこんなにも大きなマシュマロを握ったことがない。「すげ……」弾力の瑞々しい感じは、マシュマロとは全然違う。その感触になぜか感動した。愛撫の意味を半分忘れて、手のひらの上でくにゅりくにゅりと形を変えて楽しんだ。「秋沙のここ、すげえな」「当麻君の馬鹿。……すごく恥ずかしいんだから」「ごめん。嫌か?」「嫌じゃないけど。でも。今日そんなことまでされるって私思ってなかったもん」姫神が涙目だった。本当に恥ずかしいのだろう。「気持ち、良いのか?」「……わかんないよ。ちょっとくすぐったい」キスほど、悦んでいる風には見えなかった。それに体を大きく撫ぜた方が嬉しそうな顔をしていた。胸を揉むだけでは、余り気持ちよくないものなのだろうか。女性の水着なんて触るのは初めてだったが、胸の前を覆う部分には薄手のパッドみたいなものが入っていて、姫神の胸の先端の形を、はっきりとは悟らせない。軽く引っかくようにしながら指でこすっても、そこの変化が全く分からなくて、もどかしかった。姫神の様子を窺いながら、そっと、上条は水着と胸の間に、指を滑り込ませようとした。「だめっ」「あ……ごめん」「それは。駄目なの。まだ心の準備が出来てなくて……」「いや、俺こそ強引に触ろうとして、ごめんな」「うん。当麻君。怒った……?」「え? なんで怒るんだよ。……愛してる、秋沙」「うん!」一番大事なところを触るのと胸をじかに触るのはまだ駄目だ、ということだった。内心ではそれはそれは上条は残念に思っているが、姫神の嫌がることはしたくない。謝る意味を込めて、キスをしてやった。それだけで姫神がふわりと笑う。そんな可愛い顔を見せられるとますます体に触れたくなるので、困りものだった。再び姫神を抱いて、今度は胸を触りながら、舌で姫神の舌を愛撫する。もう恥らったり躊躇ったりせず、姫神は上条を受け入れることに悦びを感じていた。時々漏れる嗚咽にも、自身の戸惑いが現れることは減って、自然な感じになってきている。自分が姫神を女にしているのだという実感が、上条の男心をくすぐった。「もっと、触りながらキスしたいな」「はぁん……。え。当麻君?」上条を見上げた顔がもう出来上がっている。先ほど胸を触られそうになって我に返ったばかりのはずなのに。上条は姫神の体を優しく起こして、お湯の深いほうへといざなった。「当麻君……どうするの?」気だるげに、姫神はちゃぷりと胸の辺りまでお湯に浸かる。倒れてしまえば息の出来なくなるこの状態が、少ししんどいらしかった。「こうする」「え。きゃっ!」姫神のお尻に触って、そのまま腰を持ち上げる。そして、座っている自分の上へ、姫神を座らせる。姫神が上条にまたがって、お互いに顔を向け合う、対面座位の状態になった。「当麻君。これ……」「こうしたら、俺が両手で秋沙を触りながらキスできるだろ?」「それはそうだけど。でも。こんなの恥ずかしいよ……」「なんで?」「だって。その……」ちらりと、下半身を気にするような仕草を姫神が見せた。理由は分かる。この体位は、裸で抱き合うときにこそ意味のある姿勢だ。あまり上条が姫神の下半身を引き寄せていないから今はあまり意識しないが、ぎゅっと抱き寄せれば、お互いの体の最も恥ずかしいところが、擦れあう。姫神もそれを意識しているらしかった。「秋沙のエッチ」「!? 馬鹿。当麻君の馬鹿。エッチなのは当麻君なのに」「秋沙も充分エッチだろ」「そんなことない!」「でもキスしたらすげえ嬉しそうだったじゃないか」「キスが好きなのは。いいの」「俺に体を触られるのも好きだろ?」「だけど。私はエッチな子じゃない」埒が明かない。クスリと笑って、上条は姫神の首筋を吸った。姫神は自分にまたがっているから、目線は姫神のほうが上だ。だから首筋は狙いやすかった。そして、ぎゅっと両手を背中に回して、全身で姫神を抱きしめた。「あっ。ああ……」やばい、と上条ですら思った。この体位は、お互いの体の密着面積がものすごく大きい。相手の温かみで得られる安心感が今までよりずっと深くて、そして姫神は分からないが、上条にとっては、こう、興奮する体位だった。「はぁ……っ。ん。ん。あっ」姫神の息のリズムははぁはぁ、というよりは、はぁーっ、に近い。息を吸うときは体が快感でピクリと痙攣するような感じで、息を吐くときは体が快感に弛緩していくような感じ。姫神の腕が上条の首に回され、落ち着ける場所を探した姫神の頭は、上条の肩にもたれかかって耳元で甘い吐息をついている。「気持ちいいか? 秋沙」「うん。これ。良すぎておかしくなっちゃう……」自由になった両手で、上条は大きく背中全体を撫でる。時には髪の毛を撫でたり、お尻を撫でたりもする。姫神の手が何かを握りたそうにわなないているときには、手を繋いでやったりもする。キスで心に火がついたのは見て分かっていたが、今ではすっかり、体のほうも上条に手にやられているらしかった。「キス。しよう……?」「ん。起きれるか?」「無理かも。当麻君。起こして欲しいな」あっさりと無理といった声に、たっぷりと甘えが入っていた。ちょっといつもより幼い感じのするそれが可愛くて、遠慮なく姫神を甘やかす。だらりと上条にもたれかかった姫神の背中に手を添えて、軽く自分から引きはなす。胸より上を密着させるとキスができないから、前に倒れこまないように胸を触って支えにした。「エッチ」「悪いかよ」「あ。認めた」「秋沙が死ぬほど可愛いから、したくなるんだ」「ふふ。当麻君はやっぱりエッチなんだ」胸をクニクニと弄ばれて恥ずかしがりながらも、もう恥ずかしがって顔を背けることはなかった。「秋沙」「ぁ……当麻君」一瞬。真剣な目で見詰め合った。そして堰を切ったように、キスをはじめる。「ん。んんんんんんん……」舌を離さない。口で呼吸をする余地を与えないくらい、激しく吸い上げる。両手で体の前と後ろを執拗に撫でる。胸とお尻を同時に撫でたりする。もう、お尻のどの辺りまで触っているのかよく分からない。お尻というよりかなり前に近いところまで撫でている気がするが、抗議の声は上がらない。上条だって健全な男子だ。これだけやって、興奮しないわけがない。むしろここまで姫神の意思を無視して暴走したりしていないだけで理性があるほうだといえるだろう。……だがそれも、そろそろ限界だった。「あっ……。当麻君。あの。その」「なんだよ」「あの……」はっとキスをするのを止めて、姫神が戸惑いを隠しきれずに目線をうろうろさせた。上条が姫神の腰をぐっと引き寄せて、下半身を密着させたからだった。「当たって。るよ……」それを言うのが姫神の精一杯だった。姫神は、自分の体の、誰にも触らせたことのない部分に、上条の体が触れているのが分かった。硬い骨が当たっているような感触。だが、人体の構造上、そこに骨なんてない。骨格が違うとはいえ、それは男女でも一緒のはずだ。だから、それは。「秋沙が可愛いのが悪い」「んっ! や。駄目。駄目」姫神の肺が軽くつぶれて苦しそうな息を吐いた。それくらい、強く抱きしめた。何かを言おうとする姫神の唇をキスでふさぐ。そして姫神の腰を抱いた手に、さらに力を込める。二人の足の付け根が、ぎゅっと密着して擦れあう。「あんっ! あっ! んぁ……ふぅんんん」姫神の声のトーンが跳ね上がる。明らかに、キス以外の何かが原因だった。女の子の可愛らしい反応は、男の側の理性を激しく奪う。上条ももう、自分を押しとどめるものがほとんどなかった。「秋沙。愛してる」「私。も。ひゃんっ!」愛してるという言葉は、言い訳にも使える言葉だ。上条はビキニのトップスの下から、そっと指を差し込んだ。「あ。駄目だよ……。当麻君。あっ! お願い。もう……んっんっ」姫神の胸に、じかに触れる。柔らかさはそのままに、布ではない姫神の肌の感触とダイレクトに伝わる温かみが心地良い。それに、トップスの上からいくら引っかいても得られなかった、その感触が味わえた。姫神が感じている証拠。ぷっくりとした突起の感触。人差し指と中指の間にあったそれを、上条は指でこねくり回した。「あっ! あっあっあっあっあっ」断続的な悲鳴。駄目だよという言葉より、その嗚咽のほうが何より雄弁だった。姫神が、自分の愛撫で感じている。それはたまらない充足感だった。「秋沙。気持ち良いか?」「うんっ……気持ち。いいよ……っ! あっ」このまま続けるのが、そろそろ生殺しで辛くなってきていた。愛撫しあうことの恐ろしさを上条は理解し始めていた。とめどなく、もっと先を望んでしまうこと。今欲している快感を得てしまえば、さらに強い快感が欲しくなる。それはたぶん、姫神も同じだと思うのだ。「ふあっ」姫神の胸の尖りを軽くひねるようにして摘む。すると、ぴくんぴくんと姫神の体は痙攣して、そして、太ももをぎゅっと閉じようとするのだ。太ももの間には上条の体が差し込まれているから、姫神はもっと上条を受け入れたいように見える。「このまま、続き、してもいいか?」「えっ……?」「もっと秋沙を感じたい」「あの。当麻君。それって」「秋沙と。その……一つになりたい」姫神は息を呑んで、顔を隠すように上条に倒れ掛かった。髪のこすれる感覚で、首が横に振られたのが分かった。「嫌、か?」これも首を横に振る。「怖い。よ……」「優しくする」「うん。当麻君が怖いんじゃないの」「じゃあ、何?」「私。はじめてなんだよ」「そりゃ俺もだよ」「キスしたのも。お尻を触られたもの。胸を触られたのも。今日が初めてなんだよ。全部嫌じゃなかったけど、ちょっと怖かった……あん」姫神の耳を噛んだ。そのまま、囁く。「秋沙が欲しい」「うん」「嫌ならすぐ止める。痛くてもすぐ止める。秋沙につらい思いは絶対にさせないから」「うん。でも……あぁぁ」姫神のビキニのボトムスに、指をかける。駄目だという割りに抵抗は薄く、はっきりと拒まれることはない。腰骨の感触を感じながら、そこまでボトムスを下ろしたところで。――――ピリリリリ、と退出まで残り15分のお知らせが、控えめに鳴った。「当麻君。あん。可愛い」「秋沙のおっぱいも可愛い」「もう。……ふふ」ちゅぱちゅぱという音がする。時間のこともあって最後までは、出来なかった。代わりに、姫神は胸を吸うことまでは上条に許したのだった。姫神の胸に顔をうずめて、先端を吸う。姫神が幼子を抱くように上条の頭を抱きしめていて、やけに上条は安心するのだった。「当麻君。大好きだよ。ぁん……。やだ。ちょっと痛いよ。噛んじゃ駄目」「ん。ごめん」もう、理性がとろけていくほどの愛撫はしない。そのときの熱の残りで、軽い快感を楽しむのだった。「私って母性本能強いのかな。なんか当麻君が子供みたいに見えてきた」「子供って。子供と秋沙はこんなことしないだろ」「こら。いけません」お尻を触ろうとした手をはたかれた。もうそういうのは駄目らしかった。この雰囲気を上条は好きだった。恋人に甘えるのも、悪くない。「秋沙に抱いてもらうと、安心するな」「本当? 嬉しい」「でも、逆もやりたいってのが本音かな」「逆?」胸から脱出して、体の位置を動かす。今度は姫神を自分の胸元に抱き込んでやった。「あぁ……」深いため息。背中を撫でてやると、姫神がくたりとなった。「いつも当麻君にしてもらってるけど。これ。すごく安心するの」「ん。これからもずっとしてやるから」「うん。当麻君もまた抱いてあげるからね」「なんかそれ誘ってるように聞こえる」「そういう意味じゃないもん」もう一度。ピリリリリと音がした。「あと五分だな」「……嫌だよ」「うん。まあ。俺もだ」「ずっと二人でこうしてたいよ。すごく。今の時間は幸せだったのに」「でもこれ以上は止まらなくなるしな」「……怖いけど。でも。それでもいいからずっと二人がいいのにな」仕方なく、のろのろと二人は体を起こした。扉を開けると、元気にはしゃぎまわる子供の声が聞こえる。ポップなBGMもあいまって、そこは完全に、日常の世界だった。それに比べて、あまりに自分達の体は気だるい。二人きりの時間を過ごしたらここで遊ぼうかといっていたのに、もうそれは億劫な気持ちになっていた。「……どうする? 秋沙」「うん。ちょっと、疲れちゃったね」「『ご休憩』したからな」「もう」それでもまあ、足をプールにつけて喋るくらいは良いかと思ったところで。小学生の群れに目をつけられた。「あー! あのカップル一人用の風呂から出てきた!」「うわー! えっち! えっち! えっち! カップルがエッチしてたー!!」ざわ……ざわ……視線が、上条と姫神に集まる。えっちの具体的な意味も分からないような小学生のだけじゃなくて、自分達と同年代の怨念のこもった目や、さらに年上の人たちの非難するような目もあった。もうここで遊ぶどころではなかった。姫神を隠すようにして、そそくさと二人はスパリゾート安泰泉を後にした。「お待たせ。当麻君」「ん。それじゃあ、帰るか」「うん」ロビーで姫神と合流して、バス停に向かう。お風呂で乱れたせいで濡れていた髪もすっかり乾いて、見かけはもう、いつもどおりに見えた。それがすこし寂しくもある。また、上条以外が見えなくなるくらい、姫神を乱れさせてやりたくなった。「どれくらい待った……?」「ん。ええと、20分くらいかな」本当は30分に近かった。「ごめんね」「いいって。髪の毛、乾かしてたんだろ?」「あ。うん……」「……? 違うのか?」姫神がなぜか言い淀んだ。まあいくら髪が長いとはいえ、それだけじゃ上条と30分も差はつかないだろう。化粧っ気の薄い姫神のことだから、そちらにもそこまで時間は掛からないような気もする。「水着を洗ってたら。その……」「水着? レンタルだし普通に返せばいいんじゃ」「だ。駄目だよ。あんなの見られたら」「え?」「なんでもない。なんでもないの」水着は濡れたって何の問題もない。水着なんだから。……いや、水に濡れるのが問題ないだけで、その。「秋沙。もしかして」「帰ろう当麻君!」ちょうどバスが来ている。照れ隠しに怒るような感じで、足早に姫神はステップを登った。バスの中の、最後部の座席の端に二人は座った。この夕方の早い時間に繁華街から帰る方向のバスに乗る人は少ない。近い席に人はおらず、声さえ静かにしていればほぼ二人っきりの空気を楽しめる場所だった。ぎゅっと上条の腕を抱いて、姫神はうつらうつらと眠りに落ちかけていた。先ほどまであれだけ激しいことをしたのだ。体力的には上条にとってはそうでもなかったが、女の子の姫神はどうか分からない。それに精神的には、女の子のほうが疲れるのだろうと思う。だって、あれほど乱れるのだから。……『果て』まで行かないと快楽を得られない男の上条としては、ちょっと悶々とする結末だった。寝顔が見たくて、髪を僅かに掻き分けた。それで姫神が覚醒する。「あ……。ごめんね。寝ちゃってた」「いいって。着いたら起こすから、寝てていいぞ」「うん。当麻君とくっついたまま寝るのすっごく幸せなんだけど。おしゃべりできる時間が減っちゃうのは残念かな」「寝ながら喋るのは無理だからなあ」「ふふ。そうだね。当麻君……撫でて欲しいな」「ん」さわさわと、おでこの少し上辺りを撫でてやる。普段の物静かな雰囲気に加えて、眠そうなせいかおっとりした微笑が姫神の頬に浮かぶ。一人起きてるのも寂しくて、上条も軽く目を瞑ろうかと思った。「当麻君。今日のお夕飯。どうするの?」「え? 秋沙を送ったら、買い物に行って適当に考える気だったけど」「ってことは。外食とかはする予定ないんだよね?」「まあな。うちは食費がハンパない生き物を二匹も飼ってるからな。まあ片方は常識的な量しか食わないけど」スフィンクスの名誉のために、上条はフォローをしておいた。ふむ、と姫神が何かを決意したような息を漏らす。「じゃあ。作りに行ってもいい?」「え?」「私も帰ったら一人のご飯だし。せっかくこんなにいちゃいちゃしたのに。それは寂しいから」「……そうだな、俺も秋沙とあっさり別れるのは寂しいって思ってた。でも、いいのか? うちじゃ二人っきりにはなれないけど」「うん。それは分かってるから。皆でご飯を食べよう」「姫神がそれで良いって言ってくれるんなら、俺は大歓迎だ。二人で作ればすぐだしさ」「うん。それに早目が良いって。思ってたから。」「え?」眠そうだったはずの姫神の目は、何か、固い意志を感じさせるものに変わっていた。その雰囲気を少しも崩さず、姫神は上条に笑いかけた。「あの子に。私と当麻君がお付き合いを始めたって。ちゃんと報告しておかなくちゃね」
その5へ
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: