―3―禁書「うわぁ! すごく高いんだよ!」と、感嘆の声をあげるのは、スキルアウトのリーダーである大男の肩に乗り、いつもと違う視点から世界を楽しむインデックスだ。その少女を乗せる大男、駒場利得は「こまばはおっきいね」なんて笑顔で言われ、その顔に似合わず(本当に似合わない)頬を綻ばせにやにやと笑っている。そして、その駒場に背負われてる不良少年、浜面仕上も禁書「しあげしあげー」なんて、頭上で楽しそうに笑う少女に名前を呼ばれ、まんざらでもない笑みを浮かべていた。半蔵「……つかさー。よく無事に生きて帰れたよな、俺ら」そう呟いたのは浜面を背負い、インデックスを乗せた駒場の後ろを歩く半蔵だ。その彼の着ている服は所々が焼け焦げている。駒場「……ああ、今回ばかりはダメかと思った」そう言葉を吐き出す駒場利得も、同じように服が焼け焦げており、その背に背負っている浜面に至っては体の至る所に火傷の痕が見え隠れしている。浜面「……まぁ、そうだな」その3人のボロボロの姿は、先程繰り広げた戦いの激しさを物語っていた。浜面「でもお前らがいなきゃ確実に死んでたよ」禁書「本当なんだよ。まさかあの魔術師を倒しちゃうなんて正直まだ信じられないくらいかも」半蔵「つっても俺は逃げてただけだしさー」半蔵「駒場のリーダーに至っては壁の紙ビリビリ剥がしてるだけだし」駒場「……それは、お前の言うとおりにしただけだが」浜面「あーまぁ助かったんだしいいじゃねぇの?」インデックスも守りきった事だし、というのは口には出さない。浜面(だってなぁ……ちくしょう)
魔術師を撃破し、インデックスに泣きつかれたあの後、事態から置いてけぼりを食らった半蔵と駒場に説明を求められるのは、まぁ自然の流れとも言えなくもない。しかし考えてもみると、2人の目に映るのは小さな少女に抱きつかれた大の男だ。嗚咽を漏らし涙を流す少女に胸を貸し、頭を撫でている大の男だ。禁書『うっ……ひっく……うぅぅぅ』駒場『……浜面』浜面『あ、いや……これは』半蔵『お前も駒場のリーダーと同類だったのか』浜面『ちげぇよ!?』駒場『……浜面』浜面『テメェもなんか優しい目で見てんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!』半蔵『ろr』浜面『やめてぇぇぇぇ!!? 俺の好みはむちむちのお姉ちゃんだからそれ以上言わないでぇぇぇぇ!?』禁書『……しあげ?』浜面『うっ……な、なんだよインデックス、さん?』禁書『仮にも抱きついてる女の子の目の前でそういう事いうのもどうかと思うんだよ』浜面『へっ? いやいやお前一体俺に何を期待してんうぎゃあああああああああああ』禁書『ぐるるるるるる』駒場『……浜面』半蔵『やっぱろr』浜面『だから言うなぁぁぁぁぁぁってあっちぃぃぃぃもうなんか痛いし熱いから噛むのもやめろぉぉぉぉぉ!!?』と、当然そんな事になり(噛まれたのは予想外だったが)浜面は、インデックスの事情を説明する前に、まず自分の今の事態を解決する事になった。
それが数十分の出来事だ。今現在、浜面は自分の住む寮に向かっている。帰っている、という方が正しいか。駒場に背負われているのは、あまりにもその体がズタボロだった為、それと半蔵「やっぱ信じられねー」駒場「……魔術師、か」事情の説明。浜面「事実だよ。さっきの炎みたろ。超能力じゃ説明がつかない事もあった」禁書「…………」インデックスは嫌な顔をしたが、この2人にはある程度の事情は説明した。魔術、魔術師の存在。それに追われるインデックス。本来なら、なんとか誤魔化して巻き込む事を避けたいところだが、浜面はそうしなかった。先程の魔術師と対峙した事で嫌と言うほど身に染みた事だが、インデックスを追う魔術師という存在はあまりにも強大だ。今日、インデックスを守りきり、魔術師を倒せたのは浜面が強かったわけでもステイルと名乗った魔術師が弱かったわけでもない。ただ、運がよかった。それだけ。だから、これからの事を考えるとどうしても必要になってくる。浜面「で、そういう訳で俺はそいつを助けた」もし自分が倒れた時に、インデックスを助けてくれるような、インデックスが頼れるような人間が。
半蔵「そういう事って朝ばったり会ったって事ぐらいしか接点なくね?どんだけだよお前」浜面「うっせぇ」駒場「……それで、この子はこれからどうするんだ……?」浜面「…………」禁書「わ、わたしは」浜面「俺が匿う」禁書「!!」インデックスが聞いてないと言いたげな目でこちらを見つめる。どうせ本人的にはこのあとおさらばするつもりだったんだろうが、そうはいかない。駒場「……浜面」駒場が重たい声を吐く。背中越しに響くその声は、続け様にこういった。駒場「……お前がその子を助けようと思った理由はなんだ?」浜面「…………」駒場「……死ぬかもしれないのに、どうして助けた」浜面「…………」それは、もう何度も何度も浜面自身が繰り返した問いだった。インデックスを助けようと思った理由。助けた理由。体を張って守った理由。浜面「…………」浜面「……スキルアウトだからな」ぼそりと、駒場にしか、自分達のリーダーにしか聞こえないようにそう呟く。その一言で浜面の言いたい事はちゃんと伝わったようで、駒場は何かを決めたような笑みを浮かべ駒場「そうか」と、笑った。
半蔵「そういやさ。インデックス、だっけ?」半蔵「お前どうやってこの学園都市に入りこんだんだ?」ふぇっ?、と駒場の頭に張り付くインデックスが半蔵の方に振り向く。禁書「私がここにたどり着いた時はおっきい門が開きっぱなしだったんだよ」半蔵「はぁ?ったくどうなってんのさここのセキュリティー……って、そうか、昨日の落雷か」浜面「あぁ、すげぇ雷だったもんな」深夜の逃走劇中に落ちた雷。そういえばあの時、絹旗がとてつもなく面白い悲鳴をあげていた事を思い出す。浜面(……今度あったらからかおう)と、そう決意したのと駒場が呟いたのは同時だった。駒場「……おかしい」半蔵「はっ?なんか言ったか?」駒場「……落雷による被害が大きすぎる」半蔵「つーってもセキュリティーやら都市機能の麻痺、ぐらいじゃなかったっけか?」駒場「……落雷程度でメインゲートに関するセキュリティーまで……被害が及ぶわけがない……学園都市は機密の塊だぞ」駒場「……もしかしたら、俺達が思っている以上に……今の学園都市には大穴が空いているかもしれない」半蔵「…………」浜面「…………」インデックスが不思議そうに3人の顔を見回していくなか、神妙な空気が流れていく。
その空気をぶち壊したのはグギュルギュギュギュルルルル~という動物の呻き声のような音。それは浜面の頭上から聞こえる、禁書「おなかすいた」インデックスの腹が空腹を訴える音だった。半蔵「……締まんねー」浜面「はははっ、こんなもんだろ?昔ATM掻払った時とかよ」駒場「……あの巨乳か」半蔵「あ~黄泉川さん何してんのかな~」禁書「おなかぺこぺこなんだよ……」と、なかなか経験のない和やかな雰囲気が4人を包んだところで、そろそろ浜面が住む学生寮に近付いて来た。背負われていた浜面がここからは歩いて帰るといい、背中から降りる。浜面「いつつ」着いた足から全身の至る所に静電気が走るような痛み。それはインデックスが残した肘の下辺りの噛み跡にも伝わった。浜面(腕丸呑みしやがって……)半蔵「大丈夫かよ浜面、やっぱ駒場のリーダーに背負って貰ったほうがよくね?」浜面「いいっての、もう近いしさ。歩いて帰るよ」駒場「……無理はするなよ」ああ、と返事をした所で半蔵が思い出したように口を開く。半蔵「あー……そういやキャパシティダウンぶっこわされちまったんだった」浜面「あぁ……車吹っ飛ばされたな」駒場「……もう一台、初期の試作品があったはずだが」駒場「……当分は、抜きでやっていくしかないな」半蔵「まじかよー……なぁやっぱ演算銃器改造しようぜー超電磁砲撃てるくらいにさー」駒場「……しつこい」ではな。解散の合図となるその言葉と共に、駒場と半蔵は去っていく。
浜面「帰るぞ、インデックス」禁書「……うん」浜面「…………」コツン、とインデックスの頭を軽く殴った。理由はその表情。未だに迷っている顔をした、その表情。禁書「いたいんだよ?」浜面「痛いんだよ。じゃねーよ。こっちはお前に噛まれたり火傷と打撲で痛いどころじゃねーんですけど?」禁書「……ごめ」浜面「あー!あー!違う違う。俺が言いたいことはそういう事じゃなくてだな!!?」禁書「むー……じゃあなんなのかな?」浜面「…………」今更なんだよ。と、浜面は心の中でそう思う。謝るのも、そんな顔するのも、自分にとっちゃ今更だ。浜面「寮に着いたら教えてやるよ」そして、こんな事を口に出すのも、きっと今更だ。禁書「な、なんなのかな!?そんな事言われたら気になっちゃうかもー!!」浜面「ハッハーじゃあ着いてこい!!つか歩くの手伝え!正直つれぇ!!」禁書「……本当に格好つかないんだよ」そう言って、インデックスは浜面の手を引き、先へ先へと歩き出す。浜面「ちょっ!もっとゆっくり歩けよ!!つかお前寮の場所なんてわかんのか!?」禁書「舐めないで欲しいかも。ここら辺の地理ぐらいなら完璧に頭に叩き込んでいるんだよ」浜面「マジですか……」そういえばあのステイルと名乗った魔術師が完全記憶能力がどうたらと呟いていた気がする。どうやらそれは本当のようで……本当のようだが、浜面「ちょっ!まてこらぁインデックスッ!ゆっくり歩けって言ってんだろうが!!」なぜかとてつもなく嬉しそうに笑顔で走りだしたインデックスを見ていたら、そんな事はどうでもよくなった。浜面「だぁーっ!!マジでいてぇ!!いてぇんだよーッ!!」今は、体中に伝わる痛みと、手にこもる小さな温もりだけを気にしておこう。
寮の前まで着いたインデックスと浜面を出迎えてくれたのは、一匹の猫だった。禁書「む、むむむ!?」猫「にゃー」見つめあう猫と猫のように体を丸めたインデックス。どこか通じ合う所でもあったのだろう。禁書「し、しあげ!!この猫がなんだかすごく潤んだ目でこっちを見てるんだよ!」と、猫を拾いあげ、何かを期待するような声で浜面の方を振り返る。禁書「是非この子は教会で保護……しあげ?」浜面「…………」禁書「しあげ?……生きてる?」浜面「……死んでマス」そうか細い声でつぶやくのは地面に倒れ伏す浜面。ただでさえ魔術師との一戦で体力も底を尽きていたというのに、先程からインデックスに引っ張られまくりの走らされまくりだった浜面は既に足で立つ力さえも残っていなかった。禁書「しあげは本当に格好がつかないね?」浜面「テメェちょっと遠慮なさすぎだろう……」まったく何が嬉しくてあんなに走りまわったんだか。溜め息を吐き、なんとか起き上がる。立つのも辛いので、その場で腰を下ろした。浜面「で、猫がなんだって?」禁書「うちで保護したいんだよ!!」浜面「本当に遠慮ねぇなテメェ!!」インデックスと抱きかかえられた猫が浜面を見下ろす。そのインデックスの顔は先程魔術師から助けた時のような満面の笑みだった。しかし浜面「ダメだ」禁書「な、なんでなのかな!?」浜面「その猫にはもう飼い主がいるんだよ」脳裏に浮かぶのは常盤台の少女。御坂美琴の妹。朝はいなかった(かどうかは覚えてないが)この猫が寮にいるという事はあの後ミサカがここに来たのだろう。もしかしたらいない猫を探してさっきまで歩き回っていたのかもしれない。浜面「とにかくダメなもんは」ミサカ「ミサカは別にこの猫の飼い主ではありませんが。とミサカはあなたの認識を改めます」浜面「うおおおおお!?」後ろから降ってきた声に驚きズザザァァァと横に滑り込む。擦り傷が増えた。ミサカ「なかなか大げさな反応ですね。とミサカは芸人も真っ青な……おや」ミサカ「……ずいぶんボロボロですね。と、ミサカは先程のあなたの姿と目の前のあなたを思い比べます」浜面「お、おぅ……ちょっと色々あってな」禁書「そ、それより! えー……と、どちらさまかな?」ミサカ「ミサカはミサカですが。とミサカはうさんくさいシスターに自己紹介をします」禁書「む、むっきー! 誰がうさんくさいんだよ!!」ミサカ「一度自分の姿を鏡で見たほうがいいかも知れませんね。とミサカは暗にその格好が場違いである事を諭します」お前の軍用ゴーグルも充分場違いだ。という言葉を浜面はぐっと飲み込む。とりあえずこの二人を止めないと延々と続きそうだ。浜面「あー!あー!でよ、ミサカ。猫はいたのか?」インデックスと向き合っていたミサカの注意をこちらにそらす。相変わらず波のない、無表情で感情を感じさせない眼が浜面を捉えた。ミサカ「ああ、そうです。その事でお話がありました。とミサカは本来の目的を思い出します」浜面「はい?」ミサカ「このシスターが抱いている猫の飼い主になってくれませんか。とミサカはあなたに頭をさげて頼みます」浜面「…………」ちなみに頭は下げていない。視界の端では、猫を高く持ち上げたインデックスの眩しい笑顔が輝いている。浜面「……あー、ちなみに理由は?」そういうと同時にミサカは平坦な声でペラペラと喋りだす。先程ミサカが寮にきた時、やはり猫はいなかったという事、先程まで猫を探し回っていた事。見知らぬ人が手伝ってくれた事、路地裏にいるのを見つけてなんとか連れ帰った事、こういう事が今後起こらないように対策を考えていた事。ミサカ「そこであなたの顔が思い浮かびました。とミサカは」浜面「いやいやいやそれ別に俺じゃなくてもよくね!?」ミサカ「ミサカの住む場所はとても猫が住んで行ける環境ではありませんし、ミサカの体からは微弱な電磁波が常に出ていて動物に触れる事が出来ません。とミサカは己の境遇を呪います。ああ恨めしい」浜面「ぐぎぎ」その顔はとても恨めしいなどと思っている表情ではない。むしろ見ようによっては口角が少し上がっている感じもした。視界の端では猫一緒に戯れるもう一匹の白い猫が見える。一生戯れていて欲しいものだ。その一匹の白猫がむくりと起き上がり、とてとてとこちらに向かってくる。禁書「しあげ?」浜面「……なんだよ」禁書「私が着ているこの服はね?歩く教会って言うんだよ」浜面「そんで……?」禁書「教会は迷える子羊を保護する務めがあります」浜面「チェンジでぇ」禁書「むむっ!しあげは私を助けたいと思ってどうしてスフィンクスは助けてあげられないのかな!?」浜面「さりげなく名前まで決めてんじゃねぇぇぇ!!」ミサカ「ミサカもその壊滅的な名前は承伏しかねます。とミサカは猛反論します」ミサカ「そもそも飼う事は認めても世話をしていたのはミサカです。命名権はミサカにあります。と、ミサカは自分の権利を主張します」禁書「じゃあクールビューティはスフィンクス以上に立派な名前があるとでもいうのかな?あれば言ってみるといいかも!」ミサカ「そうですね……ならば」禁書「…………」ミサカ「いぬ、というのはどうでしょう。ミサカは提案します」禁書「ス、スフィンクスは猫なんだよ!?」ミサカ「猫なのに犬……ふふふ」禁書「き、聞いてないんだよ……」ダメだこいつら。と、既に止めようともしない浜面は溜め息を吐く。この分じゃどう転んでも飼うのは免れないだろう。浜面(一気に同居人が増えたな……)禁書「もっと立派な名前がいいかも!」ミサカ「ならば徳川家康というのはどうでしょう」禁書「誰なんだよ……」どちらにしろ、このままでは終わりがみえない。日が暮れるまで延々とやってそうだ。浜面「おい、お前ら……ん?」そろそろ止めに入ろうかと思った浜面が、ミサカとインデックスの方に歩いてくる女性に気付いたのはその時だった。
「ダメだな、やはり見つからない」女性は浜面の少し隣に立ち止まり、頭を掻き困った顔でそう呟く。ミサカ「やはり見つかりませんでしたか。ミサカに付き合っていただいたばかりに、申し訳ございません。とミサカは頭をさげて謝ります」名付け抗争は一度休戦になったらしい。先程と違いしっかり頭を下げているミサカの横では、インデックスが不満そうな顔をして猫を抱いている。「いや、いいんだ。気にする事はない。それより、君が言ってた飼い主は……あのシスターさんかい?」女性が何故だか訝しむ眼でインデックスを見つめる。気持ちは分からなくはないが。ミサカ「いえ、ミサカが言っていたのはそこで尻餅をついている悪人面の男です。と、ミサカは密かにあなたをバカにしてみます」浜面「テメェ……」言い返そうとしたところでこちらを向いた女性と目が合う。印象としてはまだ若い。が、眼の下に大きな隈を作り、どこか疲れている感じのするその女性は、気だるそうに口角を吊りあげ浜面にむかってこう言った。木山「やぁ……こんにちは。私の名前は木山春生という」ミサカ「この方が先程ミサカの猫を探すのを手伝っていただきました。とミサカは木山春生があの猫の恩人だと言うことを証明します」「にゃー」木山「ふふ……」ミサカ曰わく、この木山春生という女性と知り合ったのは、猫を探して街を歩いている最中、どうしたんだ。と声をかけられたのがきっかけだそうだ。そして事情を説明し、わざわざスフィンクス(確定かどうかはしらないが)を探すのを手伝ってもらった。ただ、木山春生としては若干意図が違ったようで、木山「最初は御坂美琴さんだと思って声をかけたんだが……」ミサカ「…………」木山「どうやら妹さんだったようでね」木山「しかし、困っている学生を見捨てるのも忍びないし……彼女の姉には少し世話にもなっているから、手伝ったというわけさ」そう言った木山春生は、猫を抱くインデックスを見て、何かを懐かしむように微笑んだ。ミサカ「が、少しトラブルも発生してしまいました。と、ミサカは次なる問題に頭を抱えます」浜面「問題?猫は見つかったんじゃ……」ミサカ「いえ、猫は見つかったのですが……」そう呟き、先を促すような視線をミサカに向けられた木山春生は「あー……」やら「ふむ……」やらと、中々要領を得ない呻き声を出す。そしてまいったと言わんばかりに両の手を肩の位置まで持ち上げこう言った。木山「車をどこに停めたか忘れてしまってね」
困っているんだよ。と、そう呟いた木山春生は肩を落とし、溜めた疲れと一緒に深く息を吐く。どうやら猫を探し終えた後に自分の車も探し回っていたのだろう、彼女が着る白いシャツは汗で張り付き、見えたのはうっすらうつると肌の色と、肩にかかる黒いライン。浜面「あー……」なんとなく、目を逸らす。どうやらミサカとインデックスは自分の今の挙動不審に動く目には気付いていないらしい、心の中でホッと胸をなで下ろし、木山春生に言葉を投げかける。浜面「まったく覚えてないのかよ。つかミサカはどこで声をかけられたか覚えてないのか?」どうせ声をかけた時には車に乗っていたのだから、そこを把握できていれば探すのも楽だろう。と、考えたのだが、ミサカ「いえ、ミサカが声をかけられた時は木山春生は徒歩でした。と、ミサカは数時間前の出来事を遡ります」どうやら読みは外れたようだ。浜面「お前に声をかける前から車探してたのかよ……」木山「どうやらそうらしい」額に幾筋かの汗を流し、既に気だるさを隠そうとしない木山春生は、熱を照らす太陽を恨むようかのように空を仰ぎ、シャツのボタンに手をかける。胸元を少し広げ「暑いな……」と呟いた彼女の手は何故か止まら浜面「ってぶふぉっ!!」禁書「な、なんでいきなり脱いでるのかな!!?」目を逸らしていたはずの浜面が吹き出し(つまりばっちり見ていた)会話に参加する素振りさえ見せず猫とゴロゴロしていたインデックスが飛び起きた。ボタンを外す彼女の手は何故だか止まらず、あまつさえそのシャツを脱ぎ捨て下着一枚になろうとしている。全力で目を逸らす振りをしながらも、浜面の網膜には先程うっすらと見えた肩からかかる黒のラインや起伏に乏しい胸部を包む小さなフリルの付いた――浜面「へっ?」ガブッと。頭に何かが噛みついた。浜面「いだぁぁぁぁぁぁ何すんだてめぇぇぇぇ!!!」禁書「ひぃあげはみひゃだめなんらひょ~!!」言葉になっていない。噛みついているのだから当たり前だろう、インデックスの言った事を理解する間もなく、浜面は噛みつかれたままゴロゴロと、まるで先程猫と戯れていたインデックスの様に、砂埃をたて地面を転げ回る。ただし、戯れているのは猫ではない。白いシスターだ。浜面「離せてめぇぇぇぇこれ以上俺に傷増やすんじゃ」禁書「やっはぁりひぃあげはおふぇしゃんのひょうがしゅひなにょかにゃ~~!!」浜面「口にモノいれたまま喋んじゃねぇぇぇぇ!!」視界の端では地面と交互に、ミサカと木山春生が映り、ミサカが服を着る事、男性の前では服を脱がないほうがいい、などの事をやんわりと促している。浜面(ちくしょうっ!)浜面が何故だかそう心の中で叫びたくなったのは、誰にも責められやしないだろう。禁書「その車なら見覚えがあるんだよ。場所もはっきりわかるかも」事態を収束させたのは、インデックスのその一言だった。地面を転げ回り、更にボロボロになった浜面は既に座ろうともせず、仰向けになり寝転がっている。決して先程偶然チラリと見えたミサカのスカートの奥の小さな逆三角形を覗き見る為ではない。決してない。木山「本当かい?車の特徴を言っただけなんだが……」禁書「うん。らんぼるぎーに? っていうのはよくわからないんだけど、きやまの言った青い二人乗りの車なら逃げてる時にそっくりなのを見たんだよ」木山「…………」木山春生が困惑という言葉がぴったりの表情を作り、浜面を見下ろす。説明を求めているのであろう事を察した浜面は、誰に言われるでもなく口を開いた。浜面「完全記憶能力ってのがあるらしいんだ。ソイツ」それがどういうモノなのかはよく知らないけど、と口にだす前に木山春生は「なるほど」と呟き、インデックスに目線を合わせ向かい合う。木山「なら、君は……私の車の場所がわかるのか?」禁書「それぐらい楽勝かも。見てないモノはわからないけど、一度みたモノなら忘れる事なんてないんだよ!」そう言い切り、ない胸を張るインデックスに対して木山春生は優しく笑う。浜面の通う学校の担任がよく浮かべる、まるで生徒を見守る先生のような笑みだった。
木山「ならさっそく案内をして……いや、今日はやめておこう」木山「彼もボロボロのようだしね、明日なんてどうだい?」わかったんだよ!と安請け合いするインデックスはきっとついさっきまで魔術師に追われていた事なんて忘れているに違いない。と、言いつつ、実際浜面も心のどこかでは炎の魔術師を倒した事で安心していた。インデックスは無事に助けだしたし、あの魔術師も15m程の高さから引きずり落としただけだが、生身の人間にとっては重傷だろう。当分は追ってこれないはずだ。浜面(……まぁいいか)仰向けに倒れている浜面の視界には空が広がってる。明日は雨が降るらしいその夏空には雲が緩やかに流れており、その雲の隙間から降ってくる目を焼く程の太陽光が浜面の体に熱を持たせる。あまりの眩しさに目を瞑った。ふっ、と自身の体を影が覆った事に気付き、瞼を開く。視界に映ったのは、太陽でも空でもなく。それを背景にしたミサカ。一様でない風がミサカの髪とスカートを揺らしており、ついつい目線が揺らいでしまう。ミサカ「これを」と、言ったミサカが差し出してきた手に握られていたのは、いくつかの封筒。浜面は腕を伸ばして、それを受け取る。かすかに触れた手の感触は、ゴツゴツした自分の手とは違い、温かく、柔らかい女の子の肌。浜面「なんだよこれ」ミサカ「最近巷を騒がしているマネーカードというものです。と、ミサカは無知なあなたに説明します」
猫を探している時に路地裏でいくつか見つけたらしいその封筒の中には多すぎると言える程の現金。そう言えば都市伝説か何かでそんなものがあった気がする。浜面(脱ぎ女ってのもあったけど……まさかな)今もインデックスと楽しそうに話をしている木山春生の奇行を思い出す。うすらぼんやりと黒い下着を思い浮かべ、少し口角がつり上がってる浜面をよそにミサカは言葉を続けた。ミサカ「猫の餌にでも使ってください、とミサカはその封筒をあなたに託します」浜面「お、おお。でもいいのかよ?お前が見つけたんだろ?」ミサカ「…………」どうせミサカが持っていても使い道はありませんから。浜面「…………」今、ミサカが少し寂しそうに感じたのは、多分そのぽつりと呟いた言葉のせいだろう。向かい合うミサカは、いつも通りの無表情、いつも通り抑揚のない声、いつも通り(かは知らないが)の青と白のストライプの下着。いつも通り。浜面(……何言ってんだ俺は)いつも通りのミサカなんて、自分は知らない。超能力者の妹という立場にいるミサカの事を、浜面仕上は何一つ知らない。知っているのは、浜面「なぁ、結局猫の名前はどうするんだよ」ミサカ「そうですね……シュレディンガーというのは」浜面「……それは猫に対して禁句だ」どうやら動物が好きなのかも怪しくなってきた。
そういえば、と呟いたミサカによって話題が変わる。視線は木山春生と楽しそうに話すインデックスに向いていた。ミサカ「あの少女とシスターのコスプレはあなたの趣味ですか?ミサカは一歩引きつつあなたの歪んだ性癖を確かめます」浜面「ねぇよ」別に誘拐してきたわけでもないからな。と、釘を刺す。ミサカ「そうですか」ミサカ「……なら用の済んだミサカはそろそろ帰るとしましょう。と、ミサカは今後の予定が詰まっている事を思い出します」浜面「ん……たまには猫の様子も見にこいよ」禁書「ん? くーるびゅーてぃは帰るのかな?」雰囲気を察したのだろう、シュレディンガー(もうどうにでもなれ)を抱いたインデックスがミサカの側に寄ってくる。ミサカ「はい、いぬの事はよろしくお願いします。と、ミサカは頑なにシスターが付けた名前を否定します」禁書「むむ!スフィンクスはスフィンクスなんだよ!」どうやら名付け抗争はまだつづくらしい。インデックスの後ろでは木山春生がどこか懐かしいものを見る目で微笑んでいた。ミサカ「今日は手伝っていただきありがとうございました。と、ミサカは頭を下げます」木山「いや、いいんだよ……」それに、と木山春生が続ける。 ・・木山「妹達にも興味があったからね」
ピクリとミサカの肩が震えたのは、その場にいた誰も気付かなかった。横たわる浜面仕上も、猫を抱くインデックスも、木山春生とミサカを覆う雰囲気がガラリと変わった事には、気付かない。木山春生の表情は浜面やインデックスが知らない本職のそれになっていたし、ミサカの表情も――ミサカ「関係者ですか、とミサカは義務としてコード提示を促します」木山「いや、私は関わっていないよ。ただ」御坂美琴や君達の存在はたくさんのヒントをくれたんだ。そう言った木山春生の口元は、インデックスと向かいあっていた時のものとは明らかに違う。木山「しかし驚いたよ。話かけてみたものの……まさか猫探しとはね」ミサカ「ミサカが猫を探していたら、おかしいですか?」木山「いや……そういう事じゃないんだ。噂では人形のように感情もないと聞いていたからね」小さく呟いて進むその会話は、浜面達には聞こえない。聞こえたとしても理解できない類いの会話だ。木山「猫を探し、名付けに必死になる君はまるで人間のようだったよ」まるで何かを否定するかのような言葉が。静かに投げかけられる。ミサカ「……ミサカは」木山「ああ、そうだ」ふと、本当にそれはなんとでもないと言う風に木山春生は目の前の何かに訪ねた。木山「君の番はいつなんだい?」ミサカ「…………」ミサカの虚ろな目が揺れる事はない。それはまっすぐ木山春生に向かっている。会話のない、視線の応酬にようやく違和感を感じた浜面が体を起こした。インデックスもぼんやりとミサカを見つめている。ミサカ「……失礼します。とミサカは足早にこの場を去ります」浜面「あ、おい………いっちまった」
木山「……私も帰るとしよう。明日の昼にでもまたくるよ」ミサカがこの場から去ったのを不思議そう見つめていた木山春生も、続いて歩き出す。浜面「つうか車ないのに帰れんのか?」そもそもの疑問だ。探していた車がない以上、どうやって帰るのか。木山「ああ、電車でも使うさ……車も明日戻ってくれば充分間に合う」では、また会おう。そう言って木山春生も寮を去る。残ったのは、二人と一匹。浜面「はぁ……」なんだか魔術師との一戦より、家に帰るまでがどっと疲れた気がする。さっさと部屋に戻りたいところだが、こうボロボロになってはたどり着けるかどうかも怪しい。浜面「…………」禁書「……しあげ? どうしたの?」浜面「……あ、いや」ふと、感じた違和感を頭の隅に追いやる。とにかく今は部屋に戻ろう。禁書「しあげ。はい、手」浜面「……ん」当たり前のように差し出されたインデックスの小さな手を握り、立ち上がる。引っ張ってしまわないように足に力を込め、浜面「おっとと……」よろけた。禁書「しあげは本当にかっこつかないんだよ」浜面「お前にガジガジ噛まれたからな。たっく、手を丸ごと飲むなよ」禁書「それはしあげのじごーじとく!」朝にも聞いた。というのは言わないでおこう。ああいえばこういいそうだ。今はとにかく、浜面「帰るか」禁書「うん!」「にゃー」
禁書「汚いんだよ……」と遠慮もなく言い放ったインデックスの目の前に広がるのは、洗い終わっていない食器や脱ぎ散らかした服、魔術側の自分には用途がわからない機械類や書物が積み重なっている――つまりは汚い一人暮らしの、つまりは浜面仕上の部屋だ。朝の時点ではすぐに出て行くつもりだった故にあまりそこら辺は気にしなかった(食べ物ももらったし)インデックスだが、戻ってきて、なおかつ(図々しい話だが)居座るとなると話は別になってくる。やれ魔導図書館や10万3000冊などと言われようが、インデックスは年頃の女の子なのだ。気にしたとして、それは何の違和感もない。禁書「汚いんだよ……」浜面「聞こえてるっつうの……」禁書「~しあげ!! これは驚異の汚さなんだよ!? もしかしたらこの散らかりっぷりのせいでなんらかの魔術的要素が重なって大魔術が発動しちゃったらどうするつもりなのかな!?」浜面「安心しろ。今年は虫が湧いてない」そ、掃除すべきかもっー!と喚くインデックスをはいはいとあしらって腰を落ち着ける。一人暮らしの寮生活などこんなものだ。どうしたって散らかってしまう。禁書「あっ、スフィンクス!」「にゃー」と、インデックスの懐を飛び出した猫(結局名前は決まっていない)は部屋中を彷徨いて安住の地を定めたようで、今はベッドで丸くなっている。主人(暫定)に似てなかなか図々しいようだ。禁書「ダメなんだよスフィンクス! そんなところで寝たらしあげの臭いが移っちゃうかも!」浜面「おい」「にゃー」強情な所はどっちに似ているのだろう。猫は布団の上から動こうとせず、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。浜面(なんかすげー平和……)今日1日の事が過ぎ去った台風のように思えるぐらいに、のほほんとした日常が部屋を覆っていた。実際問題それは過ぎ去っておらず、言うならば今は台風の目の中にいるという状態なのだが、それに気付かない浜面はほんのささやかな気持ちに浸りながら、服を禁書「ってひゃぁぁぁ!? な、なんでしあげまで脱いでるのかな!? ま、まさかきやまのあれが移ったのかも!?」浜面「ばーか、傷の手当するんだよ。お前も手伝え」
禁書「うぅ……」ついさっき、もろに下着が丸見えだった木山春生をさりげなく凝視しようとしていた自分の事を思い出す。あの時の自分は目の前にいるインデックスと同じ様にチラチラと目を動かしていたのだろうか。浜面(……なんで俺噛みつかれたんだ?)ぼんやりとした頭で考えつつ手を動かす、ベッドの下に突っ込んでいた薬箱の中から取り出したのは、霧吹き消毒液、ガーゼに包帯。禁書「しあげ……なんだかふらふらしてるのかな?」浜面「ん、あぁ……そうか? わりぃ――ふわぁぁあ」消毒液をインデックスに渡し、そう言いかけた所で出る欠伸。そういえば、絹旗に付き合わされたおかげで、昨日から一睡もしていない事を今思い出した。浜面(ほんと、こんな状態でよく倒せた――ッ!?)浜面「ッいってぇぇぇぇぇぇ!!!」走る激痛、消し飛ぶ眠気、響いた声に跳び驚く猫と、浜面の端できょとんとしているインデックス、その手に持つのは霧吹きタイプの消毒液。ちなみに薄めてガーゼに当てて使う学園都市製。浜面「ばッッッッかかテメェェェいきなり原液吹きかけてんじゃねぇぇぇ!」禁書「む、むむ!? いきなりこんなもの渡されちゃったら勢い余っても仕方ないんだよ」浜面「わかんねぇもん人に向けて吹きかけんなぁ!!」やいややいやと、猫の鳴き声を挟みながら一気に騒がしくなる学生寮の一室。こんなのもいいかもな、とふと思った浜面が静かになったのはインデックスが投げた消毒液が傷を直撃したせい。中身が飛び出さなかっただけ上等だろう、と思う事にする。が、浜面「殺す気かテメェェェ……」恨み事の一つは吐いておく。流石のインデックスもピクピクとうずくまる浜面には、申し訳ないと感じたようで一言「ごめんなんだよ」と呟き、数分後には傷の手当を手伝ってもらう浜面、傷の手当を手伝うインデックス、二人の姿がそこにあった。
浜面「にしてもさ……いや、勘違いかもしれないんだけどよ」手当を終え、比喩でもなく指先から体の至る所まで包帯を巻いた浜面がそう呟いたのは、手当の際に感じた違和感が原因だった。考えてみれば今日1日違和感だらけだな、と心の中で苦くわらう。禁書「んー?なんなのかな?」浜面「能力で生み出した炎と魔術で生み出した炎ってのは違いみたいなのはあるのか?」禁書「ん……私はここでの能力っていうのがどういうものなのか知らないから厳密には答えられないかも」浜面「あー……そうだな」本当に今更ながらの説明、この学園都市がどういう場所でどんな場所なのか、学生の頭を開発している事、230万の能力者がいてその6割が無能力者だという事、開発をする事で発現する能力、自分だけの現実、思い込む事で異能の力を発現させる事、それら順を追って説明していく。浜面「まぁそんなとこか」禁書「ふぅん……つまり、ここでの能力っていうのは全部が全部科学で説明できちゃうわけなんだね?」浜面「そういうこった」まぁ、こんな事は学園都市に住む自分には常識であって、常識であるにも関わらず関係の無いことだ。禁書「あ、しあげはどんな能力があるの?」浜面「…………」無能力者の自分には関係ない。
禁書「ま、まさかなんの能力もないのに魔術師を倒しちゃったなんて馬鹿げた事はいわないんだよね!?」浜面「おぉ。あんな奴能力なんざ無くても楽勝だったぜ?」能力なんてなくても、自分は、この少女をたすける事が出来たんだから。禁書「…………」インデックスのその顔は驚きのそれ、気のせいか猫も目を見開いて同じ表情をしている。やはり主人に似るようだ。す、すごいんだよ……とインデックスが小さく呟いたのは数十秒後、信じられないんだよ、バケモノ?などと猫とひそひそ話をしているあたりどうやら自分はよほど凄い事を成し遂げたらしい。浜面「まぁすげー奴なんていくらでもいるけどさ、この街の頂点に立つlevel5とか」禁書「れべる……ふぁいぶ?それってすごいのかな?」浜面「すげーなんてもんじゃねぇさ、なんせ38万分の1の天才だからな」禁書「……?」浜面「ようはそう何人もいないんだよ……っていうか科学側の話はどうでもよくてだな。」話を戻す。禁書「う、ん……魔術っていうのは簡単に言うと、異世界の法則を無理矢理この世界に適用して能力を発現するんだよ」浜面「…………」全然わからねぇ、とは言わずに黙って聞いていたのだが、どうやら顔に出たらしい。
禁書「つまり、炎は炎でもそれを発現するまでの道筋が違うっていうのかな?」禁書「同じような炎でもこの現実世界で作れる炎とは全くプロセスや基が違うんだよ」浜面「あー……つまり魔術で創られた炎と燃焼の原理で燃える炎は同じ炎でも全く違う炎……ってわけでいいのか?」禁書「ちょっと違うけどまぁ間違ってはないかも……けどどうして?」浜面「…………」違和感。指先から体まで、至る所に包帯を巻かれた浜面の体は、違和感を感じていた。浜面は今日炎の魔術師と対峙した。辛くも勝利を収めたが、その傷は体中に残っている。服はボロボロだし、髪の一部は焼け焦げた。頬や、炎が掠った脇腹は裂傷や火傷の痕が痛々しい。しかし、傷はそれだけではない。浜面は魔術師と邂逅するほんの数時間前にも、別の能力者と戦っていた。炎を操る能力者と。浜面「なんつうかさ、違うんだよな。超能力の炎で受けた傷と、魔術の炎で受けた傷のさ、感触っていうか」じわじわする。とでも言えば正しいか、とても奇妙な感覚が浜面を襲っていた。それは今まで自分が路地裏の喧嘩と言えど能力者達と泥臭い戦いを繰り広げ、傷を負ってきた経験があってこその感覚。気持ち悪い。禁書「な――ッ」浜面「へっ?」しまった。口に出していた。と、気付いた時にはもう遅い。
禁書「い、いいいくらしあげでも今のは聞き捨てならないかも!!!仮にも魔導書の禁書目録である私を目の前にして気持ち悪いとかどういう事なんだよ!!?」見たことのないような剣幕、先程じゃれてた時のそれとは違い、本気でインデックスの底の底にある何かに触れてしまったのだろう。そう思うくらいの怒鳴りっぷり。浜面「い、いやいやいや魔術を否定してるわけじゃなくてだなッ!!!」禁書「な、なに!? 超能力ってそんな万能なの? 超能力は黄金練成みたいに世界を歪め、御使堕しみたいに世界を壊し、天体制御みたいに世界を滅ぼす力があるっていうのかな!?」浜面「い……いや、そんなすごい力は聞いた事ないけど」ていうかそんな事できんのかよ魔術。すげーな魔術。禁書「歩く教会みたいに物理、魔術……きっと超能力だって触れたら吸収して無効化しちゃう霊装や、世界に20人もいない聖人を一撃で殺しちゃう霊装や、対象の魔力を糧にして条件付け束縛なんて呪いのよう事ができる霊装だって! 超能力なんかでなんとかなったりするっていうのかな!?」浜面「い、いや……」禁書「そんなッ!!」と、インデックスの言葉が止まる。まさに噛みつかれる瞬間、と思い身構えていた浜面は浜面(……あれ、なにもこない)うっすらと目を開け――浜面「…………」目の前にいたのはインデックスだった。自分が必死に助けようとした、助けてくれようとしたインデックスだった。今にも泣きそうなのを堪え、唇を噛み締めるインデックスだった。浜面「……おまえ」禁書「そんな魔術を……10万3000の魔術を抱える私にたいして……しあげは」ひっ……ひっうぅほんの数時間前に聞いた嗚咽とはまったく違う種類のその声が、インデックスの小さな体から漏れる。同じように歩く教会の袖で涙をゴシゴシとこするこの少女の姿は、あまりにも小さい。浜面「……わりぃ」向かい合っていたインデックスの肩に腕を回し、引き寄せる。浜面「別に魔術がどうこう言いたいわけじゃないんだ。その……なんつうのかな」禁書「……ひっ、うぅ」嗚咽は止まらない。腕に抱く少女は嗚咽を少しでも堪えようと俯き、肩を揺らす。浜面「すまねぇ」考えてみれば浜面はインデックスの事情を何も知らなかった。知っている事と言えば、魔術師なんてオカルトな連中に追われ、頭の中にある10万3000の魔導書を狙われ、大食らいで、図々しい、そして、禁書『私の名前はね、インデックスって言うんだよ』名前ぐらいだ。知らなかったとは言え、浜面はそんな少女のタブーに触れた。多分、心の中を土足で入った。浜面(テメーは馬鹿か浜面仕上。助けようと思ったんじゃねぇのかよ)この腕に抱く少女を、自分みたいなクズを、自分みたいな無能力者を助けようとしてくれたこの少女を、当たり前のように手を差し出してくれたこの少女を、浜面「――ッ」まだ足りなかったんだ。と、浜面は思い直す。たかが魔術師一人相手にして、何かが変わった気になっただけじゃ、全然足りない。この少女を助けようとするなら、なんとなくじゃだめだ。抱えようとするなら曖昧じゃだめだ。浜面「なぁ」禁書「っひ……ふぇ?」顔をあげたインデックスの瞳はとても濡れていて、鼻も赤い。浜面「おまえが抱えてるもん俺にも寄越せ」禁書「……え?」そこから先は、インデックスの独白。魔術師を倒した時には吐き足りなかったらしい、溜めに溜まったその言葉と嗚咽は、まるで自分の罪を告白するかのように、まるで自分を吐き出すように、淡々と、そして延々と続く。一年前からの記憶がない事、イギリス清教、必要悪の教会、魔術、汚れ、魔導図書館の存在理由、インデックスを追う魔術師の目的、魔神。そして浜面「チョップ」禁書「あうっ」痛いんだよ……と頭をさするインデックスに浜面は言う。浜面「おまえの事情は大体わかった」禁書「むー……じゃあ今のチョップはなんなのかな?」浜面「あほ、言う事聞かなかった罰だ」きょとんと、何をいってるんだろうこいつはと、そんな顔。魔導図書館とか謳いながらもやはりまだまだガキのようで、言葉の意味もよく理解できてないらしいと判断した浜面は、もう一度、まっすぐに濡れた瞳を見て言い放つ。浜面「おまえの抱えてるものを俺にも寄越せ」禁書「…………」浜面「…………」禁書「ひっ……ぅ」またも、嗚咽。比べものにならない程小さな声で呟いたのは、一言。禁書「こわかったよ」
路地裏で目を覚まして、自分のこともわからなくて、にげなくちゃって、昨日の晩御飯も思い出せなくて、なんで記憶がないのかもわからないし、なのに魔術師とか禁書目録とか必要悪の教会とかそんな知識がぐるぐる回って、変な2人組に何度も何度も何度も襲われて、ずっとずっと、ひとりで逃げて、逃げて逃げて逃げて、味方なんて誰もいない毎日ひとりで走って走って走って、なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども禁書「こわかったよぉ!!」その叫びは少女のこの一年間だった。浜面に出会った今日までの、一年間の全てだった。そう叫んで涙を流す小さな少女をそっと腕に包む。言葉はいらない。インデックスの吐いた荷物は全てとまでは行かないが自分も抱える事ができた。この少女の背にのしかかっているとんでもない量の何かを少しでも肩代わりできただけで。今はそれだけで充分かな、なんて浜面「…………」そう思った。
ピンポーン。浜面「……ん?」チャイムが鳴ったのは、泣き疲れたインデックスが眠りについた後だった。どうやら今は空腹より睡眠が優先されたらしい。頬に涙の流れた後が残っているも、どこか幸せそうな顔で眠るインデックスに布団をかけ、立ち上がる。ピンポーン。と、またチャイムが鳴った。浜面「へいへーい」ドアに向かい扉を開ける。「ったく、遅い! 一度チャイムを鳴らしたらさっさと出なさい浜面仕上!」開けたそばから飛んできたのは、甲高い女の怒声。浜面「あー……」目の前の女には見覚えがある。着ている制服は浜面が通う学校指定の制服だし、クラスも同じだ。どこの学校にも絶対にいるムードメーカー的存在、たしかデルタフォースなんて呼ばれている3バカとやたら連んでいる女委員長。名前は――浜面「あー……吹寄、だっけ?なにしにきたの?」
吹寄「~~ッ!」浜面「うおっと」ドサッ、と腕に押し付けられたのプリント類。どうやら長らくサボっていた補習やなんやらで溜まったプリントを届けてくれたようで、腰に手を当てた吹寄は「どうしてあたしがこんな事を……」などと、ぶつぶつ呟いている。吹寄「大体、貴様もサボってばかりではなくて補習ぐらいきなさい!」浜面「あー……すまんです」浜面は武装無能力集団などと呼ばれている組織に属してはいるが、そもそもスキルアウトと呼ばれる者の多くは、寮に住んではいるが学校には通わない者や、学校には通っているが夜になると行動を開始する者が大半だ。浜面もその一人で(学校はサボリがちだが)簡単に言えば不良やチンピラという表現が近い。吹寄「本当に、小萌先生も嘆いているわよ。貴様が来ないせいでクラス全員が揃わないとね」浜面「それはちょっとキツいな。良心的に」なんとなく流しつつ渡されたプリントを捲っていく。AIM拡散力場やらパーソナルリアリティ等げんなりする単語ばかりのプリントに早くも頭痛がしてきた。浜面「発火能力専攻の補習プリント……燃焼の原理なんて中学でならっただろ」吹寄「あら、貴様は中学レベルの教養すらないと思ってたけど。見た目からして」浜面「どんだけ下に見てんだテメェ!!!」よく見ると火の危険性や爆発の原理まで載っている。どう見ても化学のプリントだ。吹寄「まぁ小萌先生は発火能力専攻だから、その補習課題をクリアしたら単位はくれるわよ」
せいぜい頑張りなさい、と終始高圧的な委員長様が背を向ける。吹寄「あ、そうだ」浜面「あぁ?」吹寄「3日後の補習の話は聞いているかしら」補習、補習、と頭を巡らせ半蔵との会話を思い出す。そういえば数日前にもロリ先生、もとい小萌先生から連絡があった。浜面「あぁ……そういえば」吹寄「その補習は来なさいよ。私達無能力者は強制参加だから」ちなみに学校のセキュリティー端末が落雷の影響で壊れているので個人用のIDカードを持って来ること、らしいが行くつもりはない。意味のない補習なんて行ってたまるか。吹寄「来なさいよ?」浜面「へいへーい」と、またもや軽く流し、今度こそ帰るのかと思いきや、吹寄「ねぇ」浜面「ん? まだなんかあんのかよ」吹寄「どうして貴様はそんなにボロボロで包帯ぐるぐるなのかしら」浜面「ん、あー……ちょっと喧嘩してな」吹寄「……まったく。あまり危ない事はやめなさい浜面仕上! あたしも小萌先生もクラスメイトが減る事を望んでいないわ」そう言った委員長は手に持つ鞄をごそごそとかき回し、小さな布袋を投げつけた。浜面「と、重たッ!? なんだよこれ。……もってるだけで傷の治りが早くなる魔法の鉄塊?」鉄から出る謎の電波は疲労や肩凝りにも効くらしい。胡散臭さの塊という言葉がぴったりすぎる鉄塊が入った袋だった。浜面「……なにこれ」吹寄「貴様は字も読めないの?中学以下の教養しかないみたいね」浜面「…………」こんな怪しさ100点満点の商品を買うような女に中学以下と言われても悔しさの欠片も感じない浜面である。
浜面「つうか何?おまえこういう怪しい商品好き好んで買っちゃう人?レベルアッパーとかに手だしてねぇだろうな」その言葉を聞いてのけぞる吹寄制理を見る限り、自分は相当露骨に胡散臭さを見るような顔をしていたらしい。吹寄「そ、それは都市伝説でしょう!?」ちょっとは興味があるけど……なんてぼそぼそと囁く声が聞こえる。おい。吹寄「な、何よ。あたしの部屋が怪しいアイデア調理器具や埃が被った通販商品でいっぱいになってようが貴様には何も関係ないじゃない!」とにかくそれはあげるから! さっさと傷を治して補習は来なさい!!と、顔を赤くしてそう叫んだ吹寄はやっとの事帰っていった。いつもは固いと噂されるあの女の取り乱した姿が見れた事でも儲け者か、と。そう思い、ズシリと質量を感じる鉄塊を握りしめる。浜面「まぁ、貰えるんなら貰っとくか」補習は行かないけど。受け取ったプリント類と通販商品(多分)をもって部屋に戻る。先ほどより落ち着いたインデックスと、その側には猫が丸くなって静かに寝ていた。結果、がら空きになったベッドに体を沈め、目を瞑る。やっと落ち着けた気がした。浜面「……ん」と、同時に襲いかかる眠気。密度の濃い今日1日の事を振り返り、この部屋に戻る前に浜面の頭に浮かんだ違和感の正体に気付いたのはその瞬間。浜面「あー……」浜面(俺、あいつと普通に喋ってた、よな?)ミサカ。常盤台の能力者で、超能力者の妹。対して自分はレベル0で、スキルアウトのおちこぼれ。ずっと感じていた壁は――浜面「…………」顔を横に動かし、猫のように丸まって眠るインデックスを見つめる。浜面「…………」禁書『ダメなんだよ!見ての通り私はシスターさんなんだから迷える子羊はちゃんと正しい生き方に導いてあげないと!』浜面「……ははっ」この少女と出会いは、この謎の銀髪シスターとの出会いは、どうやら1日も経たないうちに自分の根本的な部分を変えてしまったらしい。浜面はそれをうすらぼんやりと理解する。浜面「すげぇな……ほんと」ただ、それを理解しても、浜面仕上はわかっていなかった。この少女と関わる事でこの先自分の何が変わるのか、どう自分が変わらなければならないのかを浜面「……明日起きたら掃除するか」この少女に魔術の世界に引き込まれ、この少女を科学の世界にねじ込む事が何を意味するのか、浜面仕上は気付かない。浜面(……せめて、顔の側に脱ぎ散らかしたパンツが落ちてる事態は避けたい。くせぇ)微睡みの中では、気付けない。浜面「ふわぁあ……」浜面「……おやすみぃ」
目が覚めた頃には既に空には星がのぼっていた。ステイル「…………」意識を取り戻した魔術師、ステイル=マグヌスは、自分が負けた事、足を掴まれ引きずり落とされた事、今まで気絶していた事、そしてステイル「……また、無様に負けたものだね」生きている事を再確認して、夜に融けるような漆黒の修道服に包まれた体を起こした。ステイル「――ッ」全身に走る痛み。当然だ、あんな高い位置から落ちて無事なわけがない。ステイルは魔術師であってバケモノでも人外でもない。普通の人間なのだから。ステイル「ふ、ふふふ」体が小刻みに揺れる。ステイルの脳裏に浮かんだのは、自身の必殺を打ち砕き、引きずり落としたあの少年の言葉。『テメェにどんな事情があるのかしらねえがよ』『それでもテメェには地獄の底がお似合いだッ!!』それが、頭の中で何度も何度も反芻される。ステイル「……ふふ、確かにね」ステイル「――――」それは、独白。星空の下での罪の告白。ステイル「何度も何度もあの子の記憶を殺し尽くしてきた僕らには、地獄こそ相応しい」そして、誓い。ステイル「しかし僕は決めたのさ」ステイル「彼女の為に、生きて死ぬとね」無数の星が輝く空を仰ぐ。その独白であり、罪の告白であり、誓いを聞いていた星空はそれを優しく、静かに、すんなりと受け入れ、垣根「ハッ、なんだそりゃあ。自己満に浸ってんじゃねえぞコラ」垣根帝督は斬って捨てた。
ステイル「……どちらさまかな?」幾つもの死線をくぐり抜けてきた魔術師のその鋭い眼光が、軽薄そうに笑う少年を捉えた。垣根「それはこっちの台詞だコスプレ野郎。一応確認の為に聞いとくが、テメェは何者だ?」しかし、幾つもの地獄と闇を抱えた少年は、その魔術師に恐れすら抱かず向かい合う。ステイル「答える義理は――」垣根「魔術師」ステイル「――ッ」僅かにステイルの眉が動く。垣根「……くっくっくっ」それだけで十分だとでも言うかのように、垣根が笑った。ステイル「まいったね。これで君を生きて帰す事はできなくなった」垣根「ムカつくな。誰に口聞いてんだ噛ませ犬」構えるステイルに対して、垣根は微動だにもしない。笑っていた顔を不機嫌そうにしかめ、そこに立つ。ステイルの手に炎が灯る。ステイル「灰は灰に――」目の前に立つ少年が何者なのかを、ステイルは知らない。ステイル「塵は塵に――」230万人の頂点に立つ38万分の1の天才、そしてその天才の更に頂点、他の能力者の追随を一切許さず、決して超えられず、越えられない双璧に立つ学園都市の第2位。それが未元物質。それが垣根帝督。ステイル「吸血殺しの紅十字ぃッ!!」魔術師が切った十字の炎が真っ直ぐその少年に向かい――垣根「魔術、ね……さてどんなモンかな」少年は微動だにせずそれを掻き消した。ステイル「なッ!?」魔術師の顔には、今日2度目の驚愕。垣根はやはりそこを動いておらず、何も動かしてはいない。掻き消したのは純白。垣根の背から広がる、純白の翼。ステイル「なん……だと……!?」
ステイルの驚愕に対し、垣根は眉を潜め何かを思案する。噛み締めるように、味わうように、自身が今掻き消した『魔術』というモノを、逆算し、反芻し――垣根「ふぅん……これが魔術、か」解析した。ステイル「…………」その天使を想像させる少年の前に、魔術師は言葉もでない。ステイル「!!」ステイルの視界を覆ったのは、白。垣根の翼が捉えられない程の速さで漆黒を纏うステイルを白く塗り潰した。振り払い、撃ち貫く。ステイル「かッ……はッ!!」無様にも地に膝をつき、這いつくばるステイルが、目の前にいる少年をようやく桁違いだと気付いた時には最悪だった。この場に仕掛けていた何万枚ものルーンは自身で焼き払ってしまい、既に千枚も残っていないだろう。全身に痛みが走り、思い通りにも動けない。ステイル「こんな状況で……勝てるわけが」しかし、例えこの場に何億枚のルーンがあったとしても、例え魔術師の体が万全であったとしても、決して勝敗は揺るぎ得ない。垣根「どう足掻いてもテメェじゃ勝てねぇよ。そういう風に出来ちまってるんだ」ザッ、と、魔術師の眼前に立った垣根帝督は不敵に笑い、這いつくばるステイル=マグヌスに言い放つ。垣根「俺の未元物質に常識は通用しねぇ」
垣根「さぁて、吐いて貰うぜ魔術師さんよ。テメェら一体何が目的でこの学園都市に入り込んだ」降ってくる言葉に、しかし這いつくばるステイルはそれには答えない。答えは沈黙。垣根「…………」ステイル「ぶッ、ぐぁ!!」蹴り上げた垣根の靴が這いつくばる魔術師の顔面を貫く。派手に吹き飛び、鼻や口からは夜の月明かりに照らされる赤。垣根「もう一度聞くぞ。何が目的でこの学園都市に入り込んだ」ステイル「…………」回答は、先ほどと同じ沈黙。垣根「そうかよ」垣根が何かを諦めたようにため息をつく、仕方ねぇなと夜空を見上げ、垣根「じゃああのガキに聞く事にするわ」ステイル「――ッ!!」明らかな動揺。それを誘いだし『何も知らない』垣根は心の中で静かに笑う。
そう、垣根は何もしらない。ステイルの目的も、何と戦っていたのかも、どうしてここに倒れていたのかも、何も知らない。昼の時点で魔術師を存在を確認した垣根が、星空が輝く夜にこの場所に立っているのにはいるのには事情があった。垣根(仲間がいる、子供。学園都市なら当たり前か。目的は……物、者、どっちだ)掴みは良好。あとはどう情報を引き出すか。垣根「そうだな、テメェらが相手していたあのガキ狙う方が手間も省ける」ステイル「待てッ……あの子には」垣根(否定しない、つまり敵。目的はガキか。それに『あの子』ね……)学園都市第2位を誇る頭脳が回転する、少しずつ、かつ高速に可能性を振り分け、潰し、詰めていく。垣根(あの子、つまり親密、魔術関連、目的はガキ。守る? 違うな、追っていた。仲間を? 理由はなんだ、モノじゃねぇな。それ以外……情報?)垣根「とにかく逃げてったそのガキ捕まえて……そうだな。学習装置でも使って頭の中を覗くか」ステイル「……なッ!?」相手の反応を、表情を観察し、言葉を捉え、必要な情報を取り出し、整理。垣根(この反応。やっぱ狙ってんのは『魔術の情報』。目的はそれを掴む事か、消す事か? いや『何度も殺した』って事は定期的に接触していて……)垣根(まて、コイツらは定期的に何の記憶を消してるんだ?)垣根帝督が、登り詰める。物語の馬鹿らしいまでの解答に。垣根「……当たり前だろうが、こちとら急いでんだ」垣根「うかうかしてるとテメェがガキの記憶を『全部』消しちまうんだろう?」ステイル「…………」魔術師の顔が歪んだ。辻褄が合ってないとでもいいたげな、そんな顔。垣根「…………」ああ、そういう事か。と、結論を導き出した垣根帝督は静かに理解する。垣根(コイツらの目的は追っかけている対象の記憶を消す事。魔術の情報とは別の記憶を)垣根(大方、消さなきゃ死ぬみたいな誓約でもつけられてんのか。ハッ、万能だな。魔術ってのは)魔術以外の記憶を消して自分達の事も忘れた対象が逃げ、それを追い掛け、ここまでやってきた。そんなところだろう、と結論付けた垣根帝督のその解は、全てが全て一致していた。垣根「なかなかえげつねぇじゃねえか。そちら側もよ」そう呟いた垣根は、ステイルに背を向ける。ステイル「なっ……行かせて――ッ!!」ステイルが吠える。行かせてなるものか、と。自ら誓いをたてた少女を守るためにも、行かせるものか。しかし、垣根にしてはもはやこの魔術師に用なんてなかった。目的があるなら好きにすればいい。垣根(ただし、その後はどうなろうがしったこっちゃねぇがな)垣根のその醜悪な笑みは、魔術師には映らない。垣根「ああ、そうだ」ステイル「……ッ」垣根「テメェもしかしてその追い掛けてるガキにやられたの?」その言葉は、挑発。垣根「ならソイツはとんでもねぇ『バケモノ』だな」ステイル「――ッ!!」最後の情報を引き出す為の、安い挑発。ステイルが立ち上がり、再び構える。黒衣の魔術師の周辺に熱が走ったかと思えば、爆発。炎と共に揺れる魔術師の顔には怒り。決して鎮まる事のない炎のような、怒り。ステイル「インデックスを……あの子を、バケモノと呼んだのは君が今日2人目だよ」垣根「そうかよ。ごくろーさん」瞬間。怒りに染まった魔術師の顎を翼が打ち抜いた。ステイル「――――」一撃で意識を刈られた魔術師が、膝から崩れ落ちる。相変わらず垣根は背を向けたまま。その背から広がる一対の純白の翼だけが闇の中で輝きを放っていた。垣根「ふぅん……インデックス、ね。目次? 変な名前だな」ドサッと、地に倒れた魔術師の音だけがその場に響く。垣根「あ、2人目ってどういうこった。他に誰かいたのか……?」一瞥すらせず、垣根帝督はその場を去った。
心理定規「それで、収穫はあったのかしら」昼間にもその言葉を聞いた気がする。そう思い出し、垣根は電話から聞こえてくるその声に「おぉ」と返事をした。垣根「テメェの方こそちゃんと撒けたのかよ」心理定規「えぇ、爆弾使って車ぶっ飛ばしてみたり、色々やってみた結果なんとかね。これで少しは保てばいいけど」垣根「ああそう。で、今どこよ」心理定規「ホテル」垣根「…………」心理定規「…………」垣根「……あー、事後?」心理定規「このやり取りも飽きたわね」緊張感のない会話に、溜め息と少しの安心感。しかしこうもしてはいられない。垣根「で、どいつが動いてんだ」現在、垣根帝督率いる暗部組織『スクール』は学園都市から離反、つまり理事会を裏切り、逃走を続けていた。そして学園都市の闇は、裏切り者を許さない。追っ手は当然やってくる。垣根「昼間は散々追いかけ回されたしな」予想外だったのはこの学園都市の情報伝達方法。まさか滞空回線なんて物で死角を埋め尽くしているのは想像もつかず、学園都市の隙を突いたかと思えばこちらが追われる有り様だ。ただし、それももうすぐ終わる。垣根「まぁ一週間の我慢だ。7日間逃げ切ったら――」垣根「学園都市は死ぬ」心理定規「…………」電話口の向こうから聞こえるのは、小さな溜め息。心理定規「一体その根拠はなんなのかしら」垣根「……樹系図の設計者ってのはよ。地球上に存在する分子一つ一つを計算して次の動きを予想してるんだ」心理定規「…………」垣根「それと同じ事だ。小さな情報一つ一つを計算して、次の動きを予想する」垣根「まぁ不確定因子が心配なんだけどな。そう簡単には起こらねえ」心理定規「……そう、第二位のあなたがそう言うなら信用するわ」心理定規「それで私達を追いかけている組織なんだけど――」
心理定規との電話を終える。必要な情報は揃えた。後は自身の練ったプラン通りに動くだけだ。垣根「さて、と……」携帯を直し、歩き出す。垣根「待ってろよアレイスター」目的までの鍵は手に入れた。だがまだ早い、今動くのはまだ早い。せめて、馬鹿なスキルアウト共が自分達の計画を完遂するまで。せめて、あの炎の魔術師がインデックスと呼ばれる少女の記憶を消し去るまで。せめて、この学園都市が死に絶えるまで。垣根「それまでは遊んでやるよ『アイテム』」誰にでもなく呟き、垣根帝督は不敵に笑う。
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