上条当麻の足取りは重かった。雲ひとつない晴天で、どこらかしから小鳥の囀る音が聞こえてくるという爽やかな朝だというのに、彼の表情はどんよりと曇っていて、どこらかしらから深く不快な溜息の音が聞こえてくる。相も変わらず、彼の不幸は健在なようだ。朝から居候のシスターに理不尽な理由(朝食の量について)で咬みつかれ、一歩外に出れば鳥のフンが靴に落下、カラスの群れは此方をじっと睨み、黒猫の親子が目の前を縦断する。(これであのビリビリ中学生に絡まれてもしたら……不幸だなぁ)思い浮かべるのは一人の少女。出会いたての頃は街でエンカウントする度にポケモントレーナーよろしく勝負を挑まれていたのだが、最近はめっきりその回数が減っている。ただし、少し会話を交わすだけで放電をしかけてくるのはやはり自分は彼女に嫌われているのだろうかと肩を落とす。「だいたいピカチュウかっての。いつもいつもビリビリと……」「そういえばアイツもピカチュウと同じでトキワ……」「誰がトキワの電気タイプですって?」「そうそう。我ながら上手いたと……え?」突如後ろから投げかけられる声。その声はとても聞き覚えのある声だった。ギギギと軋む音を鳴らすようにゆっくりと後ろを振り向くと……常盤台中学の最強の電気タイプ。超電磁砲の異名を持つ御坂美琴が引きつった笑顔で立っていた。
「すいませんすみません申し訳ありません!」御坂の顔を見た瞬間に慌てふためきながら怒涛の謝罪を繰り出す上条。しかし電撃がいつでも飛んで来てもいいように、右手だけ突き出している辺り、攻撃をくらうことがもはや条件反射になっているのだろう。だが、いつまで経っても電撃は飛んでこない。彼女は首を傾げる上条を爪先から特徴的なウニ頭の天辺まで見回した。「あの……御坂さん?」明らかに今までの彼女とは様子が違うことに気がついたのか、恐る恐る名前を呼んでみる。「ああ、ゴメンね今日はアンタにかまってる暇はないのよ」とても失礼なことをさらっと言ってみせる御坂。しかし上条はそんな事に構わず、彼女の機嫌が変わらないうちに退散しようと再び学校を目指して歩き出そうとした。「ちょっと待ちなさいよ!」かまっている暇はないと言われたにもかかわらず、思い切り肩を掴まれてしまった。「なんだよ!お前さっき暇じゃないって言ってただろうが!」「暇は無くても用があるのよ!いちいち叫ばないでよね!」ギャーギャーと往来で口喧嘩を始める二人。いつまでも終わりの来ない喧嘩になると思ったが道行く学生の、朝からあのカップルは痴話喧嘩ですか、という声で幕を閉じた。「……で一体なんの用なんだよ。上条さんは学校に向かってるから手短にな」やれやれと首を横に振りながら、なぜか顔面を赤く染めた御坂に尋ねる。「えっと…アンタの高校に最近転校してきた男っている?」「なんだそりゃ?いや、少なくとも一年生には居ないと思うぜ。あ、でもなんか上級生に転校生が来たって噂を聞いた気がする」頭の片隅に引っ掛かっていた情報を何とか思い出そうとする。確かこないだ小萌先生がなんか言ってたような……
「レベル5の転校生ですか?」HRの最中にそんな質問が担任である月詠小萌に投げかけられていた。「そうですよ~皆さんとは歳が1つ違いますけどね~レベル5の第8位ですよ」そう言って満面の笑みで教壇からクラス全体を見渡す少女。とても教師の出来る年齢にはみえないその姿は、不老不死実験の被検体などと比喩される事もあるそうだが、実際には煙草もお酒も窘める年齢である。(学園都市内の屋台で頻繁に酒盛りをしているらしい)担任の言葉に教室がざわめき立つ。無理もないレベル5といえば学園都市に数えるほどのいない存在である。いわばエリート中のエリート。そんな存在がなぜこのような高校に転入してくるのか?普通なら長点上機学園等のエリート校に行くのが普通だろう?そんな疑問も合い交わって、教室のざわめきは一層強くなったのだ。そしてこの時クラスの問題児である上条当麻は、机に突っ伏して夢と現実の狭間を彷徨っていたのである。
「思い出した!一学年上のクラスにレベル5の転校生が来たって話だ。でもなんでお前がそんな話を聞きたがるんだ?」自分と同じレベル5が新たに加わったと聞いてその力を試しに来たんじゃないんだろうな、と上条は不安になる。しかし目の前の第3位はその言葉を聞くなり黙ったまま俯き、こちらを見ようともしない。上条はその表情に見覚えがあった。それはあのどうしようもない計画を前にたった一人で抗っていた時と同じ顔だった。「……何かあったのか?」その言葉に御坂の肩がピクリと揺れる。そして両手で顔を覆いワナワナと震え始めた。(泣いてるのか?)なんと声をかけていいのか分からない上条は、とりあえず彼女を落ち着かせようと頭を撫でてやることにした。(こうやってやると少しは気が楽になるってテレビでやってたような気がする)ゆっくりと左手を彼女の頭に伸ばし、柔らかそうな髪に触れる瞬間。電撃がそれを拒絶した。「あはははは!アンタ私が泣いてるとでも思ったの?馬鹿みたい」いきなり顔を上げて大声で笑い出す御坂。「何かあったのか?じゃないわよ。ただ単に新しいレベル5と私、どっちが格上か勝負しようと思っただけよ~」「な!?」「あ、もうこんな時間じゃない。それじゃ私も学校に行くわ」御坂はそう一方的に会話を切ると、自分が向かう反対方向へと走り出す。そして少し距離を置いた後、立ち止まり、唖然としている上条に向かって何かを伝えた。それはちょうど通りがかった学生達の騒音に呑まれ聞く事が出来なかったが、それは別れの言葉を言っているようだった。―――さよなら
「それでは今日はここまでなのです」
チャイムと同時に小萌がその言葉をいった途端、教室はざわめきだす。「さぁて、上条さんはこのまま特売へとひた走りますか」そう呟いて教室を後にしようとする上条に立ち塞がる一つの影。「おっと、カミやん逃がさんで」ただでさえ目立つほどの長身にさらに青髪ピアスという風貌で異様な存在感を放つ。そして胡散臭い関西弁が特徴である男は、クラスが恥じる3バカの一角。すなわち上条の悪友である。「じゃあな」「華麗にスル―!?ちょっとカミやんそれは冷たすぎん?」「上条さんは忙しいんです。ロリコン会議なら土御門とでもやってくれ」「それが気が付いたら帰ってるんよ。って今日は会議の日じゃないんやけど」本当にそんな会議が定期的に行われてるのかよ、と目の前の友人に引いてしまう。「露骨に引かんといてや、傷つくわ。」頭をガシガシと掻いて、苦笑いをする青髪ピアス。そしてまあいいけどな、と呟いて再び口を開く。「いや、昨日レベル5が転校してきたって話聞いたやろ?」「あぁ、聞いたけど……」正直今はそんな事より特売の方が重要である。家で今日も腹を鳴らしているだろう穀つぶしの大食いシスター(レベル5の胃袋)にまた頭をかじられてしまう。
「気になるやん?気になるやん?レベル5に会える機会なんてそうそうないで」心なしかテンションが上がってきている友人。確かにレベル5が自分の通う高校にいるとなれば興奮してしまうのは無理もないだろう。だが、結構な確率でそのレベル5の第三位と遭遇し、追いかけまわされている身としては、レベル5にあまり関りを持たない方がよいと思ってしまう。そして第三位と同時に思い浮かぶ第一位の姿。(アイツは今なにしてんだろうな)あの実験が中止となった今、あの最強は何を思って日々を過ごしているのだろうか?何をして日々を生きているのだろうか?そんな事を考えると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ自分の行ってきた事への疑問が浮かぶ。上条当麻はある日以降の記憶が無い。しかしそれでも彼は人を救い、助けてきた。そうすることが当然だと思っていたし、なにより見て見ぬふりは絶対に出来なかった。右手に宿る不思議な力。幻想殺し。異能の力は全て打ち消すその右手。能力だろうと、魔術だろうと。奇跡だろうと、気運だろうと。幻想であろうと、夢であろうと。その右手は殺してしまう。
上条は自分の右手を握り絞め、眺めていると青髪ピアスはその右手を両手で掴み、懇願した。「だからなカミやん。一緒に身にいこレベル5を。一人じゃ寂しいんよ」「わかったよ。お前がそんなに頼むなら……」観念したように溜息をつき、首を横に振る上条に、おお一緒に行ってくれるんかとその細い目を輝かして、一層右手を握るその両手に力を込める。そしてそんな友人に向かって笑みを浮かべ、頷いた上条は「断る」両手を払い拒絶した。それも真顔で。「上条さんは特売に行く日なのです!そんなレベル5なんかにかまっている暇があったらひとつでも多くの特売を入手する!」「だいたいレベル5に絡んで下手に気に入られたらどうするんだよ!」「もう事あるごとに攻撃を受けるのはこりごりなんですよ!」そんな人間は第三位だけで十分である。それは上条当麻、魂の叫びであった。そして結局、小学生のように駄々をこねる青髪ピアスに、俺、特売、急がないと、売り切れ、と何故か片言で捨て台詞を吐き、全力疾走で教室からスーパーへと駆けていった。急ぐ上条の背中に、廊下は走っちゃいけないのです~という担任の叫びは空しく響くだけだった。
とある公園には、ご満悦の表情をした上条当麻がベンチに腰掛けていた。お目当ての商品が何の障害もなく購入できたばかりか、まさに棚ぼたともいえる僥倖に見舞われ予想以上の戦果を得たのである。そんな上機嫌の彼には、世界は希望の光が満ち溢れ、鳥の囀りも愛しく聞こえ、走り回る子供たちには慈愛の眼差しを向けていた。まぁ傍から見ればどこか別の世界にトリップしている怪しい頭がメルヘンでお花畑な男子高校生にしか見れないが。アンチスキルに見つかれば即刻連行モノの気持ち悪さである。しかし両手に余るほどの買い物袋を携える彼には、周囲から寄せられるまるで電動工具から発射される釘のような鋭い目線には気がつかない。むしろ気が付かないことによってよりぶっ飛んでいると思われたのか、いつの間にやらその公園には誰も居なくなっていた。上条は自身の知らないところで見事に黒歴史を作り上げたのだ。『とっても幸せそうだね』「うおゎっ」と、そんな全方位ATフィールドを展開していた上条に躊躇う事無く声をかける少年が居た。その言葉で此方の世界に戻ってきた彼は、奇声を発した後、突然声をかけて来た少年を驚いた目で見つめる。何かトラブルの気配を感じ取ったのか、幸せ(食材)の詰まったビニール袋をベンチの下に非難をさせる。服装は制服、それも自身が通う高校の指定品。特徴を挙げろと言われれば、きっと首を捻って考えて一日ディスカッションをしなければ発見することの出来ないであろう、中性的な顔。黒い黒い髪。どこにでも居そうで、どこにも居ない様な少年である。
「えっと、どちら様?」(初めて見る顔だな)目の前の少年に見覚えはない。ひょっとしたら記憶喪失(破壊)以前には面識のあった人物だったかもしれないが、今の上条には会ったことのない人間の為、自然とこういった聞き方になってしまった。もし顔見知りであったら大変失礼である。『そりゃあ初めて会ったんだもの。僕のことは知っているはずはないよね。でも特徴のない顔ってのさすがに傷つくなぁ』「え?字の文読まれてた?」『いやいやこっちの話。それよりメタ発言には気をつけなよ』『そこから壮絶愉快痛快抱腹絶倒な掛け合いで、読者の笑いを誘うことが出来るのなら話は別だけどさ』『陳腐な言葉遊びと劣化コピーの掛け合いしか喋らさせてもらえない僕達には、ただただハードルを上げるだけだよ』「いや、アンタが気をつけたほうがいい」三人称であの展開は難しいんだよ、と付け加える上条。『いやいや、僕はキャラ設定的に問題ないよ。それに僕は口の躾には厳しいほうなんだ。無門題、無門題』「厳しすぎて口が家出してるじゃねえか!分かりにくい仕掛けを仕掛けるなよ!」『失礼噛みました』「分かりやすいじゃ無くてパクリじゃないか……まぁ一応言っておくよ。違う、わざとだ」『神はシナ』「やめてぇぇぇ!危ないネタはやめてぇぇぇ!」自己紹介すらしていないのに話が脱線しすぎた挙句、公園で絶叫をしている少年の姿がそこにあった。上条当麻、その人だった。
閑話休題。
「なんだか迷走している気がする……不幸だ」『しょうがないよ、せっかくの年越しを大雪の影響で通行止めになった名神高速の上で過ごしたんだから、迷うのも当然さ』「……」閑話休題の意味が成されていなかった。『何で黙ってるんだい?』「あぁ、いえ気にしないでください。それで何の話でしたっけ?」『えっと上条ちゃんはエロ本を買う時に参考書、エロ本、参考書のサンドイッチでレジに出すのか』『僕見たくエロ本、参考書、エロ本で攻めるのかどっち?っていう話だったよ』「ちげぇよ!頼むから話を進めてくれ!せっかくの閑話休題が意味を成さない!!」『え?上条ちゃんはエロ本、エロ本、エロ本なのかい?いやはやこれは蛭間妖一も形無しの長攻撃型だねぇ』「そんなことは一言も言ってませんが!?それにまた分かりにくいネタを仕込むのはやめろ!!」いい加減限界である。上条だけでなく色々な意味でもう限界だった。これ以上黒歴史を広める必要も無いだろうに、と少年も少し哀れんだ表情を見せた。閑話休題。こんどこそ、それはさておき、だ。『上条ちゃんとは初対面だよ!改めましてこんにちはー球磨川禊っでーす』『10日前位に学園都市に引っ越して来て、昨日上条ちゃんと同じ高校に引っ越してきたんだ』『まぁ僕は2年生だから、知るはずも無いよね』やたらハイテンションで自己紹介を済ませる球磨川。
「昨日入った転校生で2年生って、貴方が噂のレベル5!?っていうか上条って連呼してたけど何で知ってるんですか!?」『質問は一つにしてほしいなぁ。まっ、どうでもいいけど』慌てる上条に対して、どこか冷めたような口調な球磨川はそういった後に質問に対する回答を口にした。『一つ目の質問に対して答えよう―――イエスだよ。能力は自己再生?空間転移?まぁ忘れちゃったけどレベル5って奴らしい』『まぁ分類は分かりやすく言うと化け物ってことだろうねレベル5は。うわー悲しいなーそれだけで孤立しちゃうなー』なぜか回答をしきった跡に、かなりわざとらしい演技をした。『面白いよね学園都市って。外の社会じゃ人間に―――特に学生に順位を決めることなんて有り得ないよ』『レベル0なら落ちこぼれと罵られ、レベル1なら才能が無いと葛藤し』『レベル2ならレベル1の追い上げとレベル3の壁に苦しみ』『レベル3なら中途半端な位置に息を詰まらせ』『レベル4はレベル5とのすべての違いに打ちのめされ』『レベル5はすべての人間に化け物と恐れられる。まったく、皆が皆“マイナス”になれるとっても素晴らしいシステムだよね』捲くし立てる球磨川に、上条は何も喋らない。『あぁ気にしなくていいよ唯の独り言だから。じゃあ第二の質問の答え』『お前は上条当麻を知っているのか―――これもイエス。肯定だね』『おっと別に君を付け回したとかそんなことはしてないよ。だって君は有名人なんだ。自覚は無いかもしれないけれどね』『さっきの能力のレベルの話にも繋がるんだけど、どのレベルにもある不の感情を君はどんどん打ち壊していくんだからね』だから。だからこそ、興味を持って当然じゃないか、と球磨川は言った。
上条は喋らない。
『無能力者や低能力者にはある種希望のような存在だよ上条ちゃんは。というよりその右手が、都市伝説の【幻想殺し】が』『レベル5第一位(最強)を負かしたレベル0(最弱)っていう都市伝説もあるよね』『そういった都市伝説なんて、弱い存在が作り上げる希望なんだよ。すがりつきたい幻想なんだよね』上条は喋れない。『ただ同時に高位能力者には恐怖を与える。だってそうだろう?自慢の能力がまったく聞かない存在なんて不気味だよ』『はっきり言って気持ち悪い。あ、これは別に僕の気持ちって訳じゃないからね、気にしないであくまで皆の気持ちだから』『そして、それまで希望の存在として崇めていた無能力者や低能力者も恐れていく』上条は答えない。『最強を負かした存在はまるっきりの無能力者じゃなくて、能力を打ち消す能力を持ってましたー、なんて』『そうなったら、彼らの幻想は崩れる。結局は“特別”じゃないかと嫉妬する』上条は答えれない。『本当に面白いよ上条ちゃん。君は不の感情も壊して、正の感情も壊して、まるで感情の破壊臣だね!』『さらに自分が抱かした幻想でさえも、いずれぶっ殺しちゃうんだよ。ひょっとして上条ちゃんってドS?』『知ってる?君が今まで殺してきた幻想ってのは、その人の夢、その人の正義、その人の信念、そして何より―――』喋れない、喋らない、答えない、答えられない。『その人、そのものなんだよ』
「遅いんだよ、とうま!」上条当麻が帰宅するなり、そんな怒号と共になにやら白い物体が彼の頭上に飛来する。そしてそのまま白い物体は彼のウニの様なツンツン頭に齧り付いた。「どれだけお腹を空かしてると思ってるの?私は生命の危機っていう声明を表明するんだよ!」なおも齧り続けながら文句を垂れ流す白い物体の正体は、安全ピンで繫ぎ止められた修道服を着た少女だった。シスターなのだろうが、現在の彼女の素行を見る限り、その答えを肯定することはできないだろう。神に仕える存在が、こんなにも俗物なはずがない、と。「離してくれ、インデックス。ご飯ならすぐ作ってやるから」インデックスと呼ばれた少女は彼のいつもとは違う様子に何かを察したのか、すぐさま彼を解放する。「とうま、また何かあったの?」また、と付けるくらい彼がトラブルを引き付ける体質な事や、困った人を見過ごせない事を知っているインデックスは、彼がなにか事件か、それに匹敵する人物と関係を持ってしまったのではないかと思ったのだ。「いや、大丈夫だよインデックス。さて特売も無事に買えたから今日くらいは豪華な食卓にしような!」上条は、そんな彼女の心配を感じ取り、萎みきった元気を無理やり膨らませ、笑顔でそういった。そんな彼の様子に腑に落ちない、といった表情を浮かべるインデックスだったが、それも自分に気を使っての事だろうと思い、彼の意思を尊重し、素直にうんと頷くしかなかった。それと同時に彼が自発的に話してくれるまで、自分は無理に首を突っ込まないようにしようと心に決めた。
やけに聞き分けのよい同居人を不思議に思いつつ、上条は少し早い時間であったが、夕食の準備に取り掛かる。(インデックスに気を使わせちゃったな)恐らく気落ちしてしまっているのが伝わってしまったのだろう。彼が玄関ドアを開く前に作った笑顔は自分でも分かる位不自然だったし。上条は夕飯に使用する食材以外を空になっている冷蔵庫にしまい、台所へと向かったところで、先ほどの公園での出来事を思い返していた。いきなり現れては悪気もなく罵倒し、幸せ真っ只中だった気分を台無しにしてくれたと思えば、その後すぐに『なーんて全部冗談だよ。ごめんね』とすまし顔で謝罪をした、球磨川と名乗る転校生。そして、ベンチの下に置いて(非難さして)いたレジ袋の中にあった、本日の戦利品の中でも貴重な栄養の源である卵数パックを手に持ってなにやら思案した後、それを戻し『また明日』と球磨川はさっさと帰っていってしまったのだ。「レベル5には変な奴が多いとは思ったけど、あの人は飛びぬけていたなぁ」熟練されたプロの傭兵と対峙したような恐怖を持つのが第一位だとしたら、先ほど対峙した第八位はなんというか、使い方を覚えた幼稚園児が、拳銃を振り回す、というような恐怖を覚えた。悪意も、善意も持たないが故の恐怖。腹が空いたなら飯を食う。眠たくなければ目を閉じる―――そして殺したくなれば、躊躇もなく殺す。球磨川はそんな存在だった。そんなことを考えながら、卵の中身をボウルに入れようと殻を割った上条は目を疑った。卵の中身が入っていなかったのだ。
幻想殺しと大嘘憑きの強制力は、今回の卵の話で何となく匂わすつもりですが、一応あらかじめ説明しときます。・上条さん相手に大嘘憑きは発動しない(VS善吉のように視力を消したり、上条さんの怪我を戻すのも不可能)。・大嘘憑きで幻想殺しを無かったことにはできない。・右手で球磨川に触っている間も大嘘憑きの発動はできない。・螺子も消えちゃいます。・螺子での殺害は球磨川の任意で蘇生可能(普通に死人を戻すことも可能)。・なかった事になった事柄は幻想殺しで消せない。こんな感じの力関係で考えています。さらに詳しい説明は作中で明らかにする予定ですのでー
そんな異様な光景に残りの卵達の無事を案じた上条は、冷蔵庫に入れたばかりのパックを全て取り出し、片っ端から割っていった。「わわわ、とうまどうしたの!?」親の敵を見るような形相で卵を割り続ける上条の姿にただならぬ圧力を感じたインデックスが、ぱたぱたと台所に現れた。「ぜ、全滅だ……」「え?」足元に大量の割れた殻が散乱している中、呆然と立ち竦み瞳に涙を溜めながら上条は天井を見つめていた。「今回の特売の目玉であり、上条家のこれからを担うはずだった卵様たちが、全滅していたんですよ……」ふふふ、と虚ろな目で笑い声を漏らす上条だったが、その表情はまったく笑っていなかった。「と、とうま今すぐこの殻と空パックを持ってスーパーに行くんだよ!取り替えてもらえばきっと……」「いや、インデックスさん。確かに上条さんが購入した時はその圧倒的質量をもっていたんですよ」慌てて彼を宥めようとインデックスが話しかけるが、どうやら意味が無いようだ。「それにですね、こんな空の殻を持っていった所で、ただ使っちゃっただけでしょうと言われるのが関の山」「そ…それじゃあ……」その言葉に彼女も絶望をする。卵が、万能食材である卵様が無くなるとなれば今後の食卓事情に大きな打撃を与える。つまり、それは彼女にとって余命宣告をされたようなものだった。よろよろと壁にもたれ掛かり崩れ落ちるインデックスをそのままに、上条は大きく息を吸った後、近隣住民の迷惑など省みず叫んだ。「不幸だぁぁぁああああああ!!」
結局。今回上条家の食卓に並んだのは野菜炒めと炒飯だった。それまでの食事からしてみれば豪勢なものだったが、なんにせよ主役不在の食卓である。その野菜炒めにも、その炒飯にも抜群の相性を誇る卵の姿が無いのである。こと炒飯に関しては卵の不在はあってはならない事であり、もはや黄金色に染まっていない炒飯など炒飯では無いのだ。つまるところ、炒飯とは卵であり、卵とは炒飯なのだ。「戯言なんですけどね……」「ふぁにあいっあお?おーあ?」「口いっぱいに炒飯を詰め込んだまま喋るんじゃありませんよ……インデックスさん」上条はとてもシスターとは思えないほど行儀の悪い同居人に注意をし、はぁと深い溜息を吐き出してから目の前の料理に箸を伸ばす。(いや、ポジティブに考えるんだ。駄目になった食材は卵だけなんだ)(それでも通常の倍近くの備蓄を蓄えられたことに感謝するべきだ!)逃がした魚は大きいというか、一度目の前に差し出された希望を取り上げられた事に対するショックは大きいが、考えたようにそれを差し引いた現在の幸せを噛み締めることにした上条だった。既に三分の二近くが無くなっている野菜炒めを掴み、口に入れて今度は別の事を考える。それは当然、球磨川禊についてだった。
恐らく今回の卵事件は彼の仕業だろう。なにせこの卵達を手に取ったのは上条と彼以外に居ないのである。この卵自体は上条が右手で触っても変化は無かったので、偽者だとか仕掛けがしてある訳ではない。ならば球磨川はあの瞬間に卵の中身をどうにかしたのだ。中身だけを転移させたのか、それとも全く別の方法で消滅させたのか、その方法までに推理は至らないが、恐らく中身を消したことは間違いないだろう。まったく気が付かないあたりさすがはレベル5といったところだ。(というか、嫌がらせ以外のなにものでもないぞ)やっぱり超能力者様には変わった人間しかいないなぁと今度は炒飯を頬張りながら思う上条。ちなみに大皿に乗っていた野菜炒めは既に目の前の少女の胃袋の中だった。今度は炒飯をものすごい勢いで口に詰め込んでいる少女を眺めながら、上条はひとつ質問を投げかけてみた。「なぁ、魔術の中には物体を消しちまうってのがあったりするか?」突然そんなことを聞かれた少女は、そのまま喋ろうとしたが、先ほど注意を受けたばかりなので慌てて口の中の炒飯を飲み込もうとしている。このリスみたいに頬を膨らましているシスターの頭の中には10万3千冊の魔道書が記憶されている。「うーん、あるにはあるんだけどそれを使用するにはかなり複雑な術式と大人数の魔術師が必要になんだよ」だから現代では使われていないかも、と付け加える。
「そっか」ひょっとしたら、と思ったがそんな大掛かりな魔術ならば球磨川魔術師説は無いだろう。しかし、空間移動能力でどこかに飛ばしてしまう以外には卵の中身を消した方法が思い浮かばなかった。(明日小萌先生にでも聞いてみるか)幸い?なことに球磨川は上条と同じ高校に通っているので担任に聞いてみればどんな能力かは教えてもらえるだろうし、友人も球磨川のことを調べている様子だったので、そちらに聞くこともできる。別に能力が分かったところでどうするといった話ではないが、卵の件だけでなくあの暴言について謝罪をしてもらうために彼を尋ねようと思ったのだ。(思い出しただけでもモヤモヤしちまうな)そんな事を考えていたら、ふと脳裏に浮かぶ球磨川の言葉。―――君が今まで殺してきた幻想ってのは、その人の夢、その人の正義、その人の信念、そして何より、その人そのものなんだよ。それは、たまに上条が考えていることだった。
上条はこれまで数々の事件に関わっては解決をしてきた。そしてその数に比例するように諸悪の根源である人間を倒している。それを間違っているとも思わないし、窮地に立たされた人を助けるためにはしょうがないことでもあった。目の前の少女、インデックスや、御坂美琴もそうだった。どうしようもない現実に、抗いようの無い運命に、救いを求めていた彼女達に手を差し伸べたのは上条だけだった。それはとても立派で、素敵で、正しい行いだろう。まさしく正義のヒーローだろう。事実、彼女達だけでなく様々な人間がその問題の大小を問わず彼に助けられている。しかし。果たして相手側から見ても尚、彼は正義といえるのだろうか。例えば敵に恋をした魔術師。例えば全てを司る錬金術師。例えば友人の為に悪に徹した魔術師。例えば絶対的な力を欲した超能力者。彼らには事件を起こす理由があった、信念があった、夢があった。そして彼らだけでなく、その背景には様々な人間が居るのだ。その全てを打ち砕いて尚。その幻想を殺しておいて尚。上条当麻は正義のヒーローだと言えるのだろうか。
球磨川の言葉は、上条の心の中を駆け巡っていた。ぐるぐると。くるくると。自分は正しいのか、間違っていないのか。そんなことを考えながら、上条は夕食を終えた。
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