学園都市の闇の底、名も無い研究所垣根が“保管”されている部屋に到着した心理掌握は、部屋の扉を急いで封鎖した。研究所の異変を察知した、重武装型警備ロボが追いかけてきたからだ。閉じられた扉に対し、警備ロボはガトリング砲を連射。たちまち凄まじい音が研究所に響くが、頑丈に作られた扉は警備ロボの攻撃にも持ちこたえる。(けどそれも、時間の問題ね)まもなく応援のロボットが到着し、扉は破壊されてしまうだろう。心理掌握は落ち着くため一つ呼吸を落とすと、常盤台ネットワークの稼働準備を始めた。
研究所の外「超邪魔です!」「結局、そこが隙な訳よ!」絹旗が『窒素装甲』で敵陣に突入し、正面の敵を薙ぎ倒す。慌てて避けた敵は、フレンダが爆弾を使って吹っ飛ばした。元アイテムの仲間だからこそ出来る、息の合った連携プレイで猟犬部隊を駆逐していく。「薄汚い犬どもが、私の視界に入るんじゃないわよっこいつときたらー!」すぐ近くでは、心理定規がマシンガンを容赦なく撃ち続けて高笑い。絹旗とフレンダは、はははははー!!という心理定規の大きな笑い声を聞いて、(案外、『電話の声』の時も超素のままだったのでは…?)(今までのストレスが爆発してる訳よ…)彼女の名誉のため、あの姿は誰にも言わないでおこうと密かに決意した。
第2学区、潮岸のシェルター最深部杉谷。駆動鎧。テクパトル。幾人もの強敵を倒して、グループの4人はついに潮岸から『ドラゴン』について聞き出していた。だが、質問を受けた潮岸は嘲笑って答えた。「何を言っている。『ドラゴン』はどこにでもいる」「ほら、今は君の後ろにいるだろう」それを聞いて振り返った『一方通行』の目の前には「――『ドラゴン』か。その呼び名も間違いではない」『ドラゴン』、いや、その名を『エイワス』と名乗る絶望が顕現していた。垣根帝督のいる部屋心理掌握の意思にあわせて、常盤台ネットワークは徐々に出力を上げていく。演算能力が爆発的に高まり、全能感すら覚えるほどだ。だが、それでも心理掌握は悔しそうに歯を食いしばる。(足りない。これでは“あの日の帝督”には届かない)かつて一方通行と戦ったあの日、彼は『未元物質』を完全に掌握していた。その遥かなる高みまではまだ足りない。アレイスターにとって、代わりの利かないほど重要な1位と2位の超能力。たかが第5位の心理掌握では、代償なしには手が届かない。故に彼女は、戸惑う事無く代償を支払う。「あああああああァァ!!」体晶。意図的に拒絶反応を起こさせ、能力を暴走状態にする物質。彼女は自分の『心理掌握』という能力をさらに高めるため体晶を使い、それをネットワークを経由して抑え込んだ。そしてゆっくりと垣根の体を抱きしめた。
――…心理掌握、テメェいつから暗部について知ってやがった?――なのにどうしてお前は“俺たちの世界”に来てねぇんだ?――俺の…演算領域に…直接干渉する…って…ハハ…褒めて…やるよ…!――おい、何を…『私、心理定規―これからヨロシク』――何だってこんな真似してんだ、常盤台のお嬢さんは?――だから…お前はこの俺の手元にいろ――今のお前じゃ、色々と“足りなすぎる”――お前の趣味ってイマイチだからな、俺が選んでやるよ――この大事な時期に、厄介事に巻き込まれた馬鹿にはムカついたがな――何だ、どうやら思った以上にゴールは近そうだぜ――クソムカついた。とんだゲス野郎がいたもんだ。これは俺が始末する必要があるな、間違いねえ――本気で欲しくなっちまった――だから、お前は俺のモンだ――ベタで悪いが…お前がいたらきっと最後に“すがっちまう”からな
あっという間に垣根の記憶が流れ込み、心理掌握は彼と“繋がった”。…自分と同じような気持ちを、彼も持っていてくれた。それを言葉ではなく、感覚として知ることが出来る喜び。彼女が流れる涙を拭く間もなく、限界を迎えた扉が破壊され、警備ロボが何台も雪崩れ込んできた。だが、もう心理掌握は欠片も恐怖を感じていなかった。「せっかく2人っきりなのに…」「“ムカついた”」尚も垣根から離れない心理掌握に対し、無数の銃弾が発射される。だが…「“私”の『未元物質』に、常識は通用しない」心理掌握の背中から生まれた真っ白な翼が、銃弾を警備ロボごと叩き潰した。そして今度こそ2人きりになった部屋で、心理掌握は『未元物質』を使って目的を果たす。ゴバッ!という音と共に、『未元物質』が垣根帝督と部屋の機械を繭のように覆い尽くした。
第2学区、潮岸のシェルター最深部「…どうやら、私には変形機能があるらしいぞ?」あのグループを、最強の第1位『一方通行』を、エイワスは容赦なく潰した。それとて大したことではないかのように。そしてエイワスは、とある研究所の方へ目を向ける。次いで気軽に呟いた。「…垣根帝督の方も気になるし、行ってみるか」
研究所の外「ク!どうやら応援を超呼んでいたみたいです!」「…結局これはマズいって訳よ」「あの女に帝督を盗られたまま死ぬんじゃ、成仏できそうにないわね」猟犬部隊の数が、一向に減らない。いや、それどころか増えてきている。無線で応援を呼ばれたらしい。数で攻め落とす作戦のようだ。それに対し弾薬が無くなりかけている3人は、徐々に包囲されてきていた。思わず研究所に目を向ける絹旗。(…超まだですか…?)(そろそろタイムリミットな訳よ…!)それでも、ここから先は通さない。もはや只の意地で戦い続ける3人が、不敵に笑った。
垣根帝督のいる部屋心理掌握は、背後に突然現れた謎の“存在”から笑みを向けられた。「これはこれは。アレイスターが焦るのも無理は無い」「…」「私の正体が気になるのか?」「いいえ。“今の私”には分かる。あなたがアレイスターの計画の中心」「AIM拡散力場を利用した結晶体のような存在」「そこまで。たかが人間の感情が、このような興味深い結果をもたらしたか」まるで自分の恋愛感情を馬鹿にするかのような口調に、心理掌握はその存在を睨みつけた。「それで君はどうしたい?」「もう“長くは持たない”その身で、何を望む?」「…分かっているでしょ」「アレイスターと交渉すれば、あるいは違った道が開けるかも知れないぞ?」その時。部屋にある『未元物質』の繭が、笑うように震えだした。「うるせえな」そして繭を中から破り、1人の男が現れた。その体の半分以上を、心理掌握の『未元物質』で再構成された第2位。「そしてムカついた。人の女を口説いてるんじゃねーよ」垣根帝督が彼女を庇うように抱きしめる。
垣根帝督のいる部屋「…帝、督…」久しぶりに聞いた彼の声に、再び涙腺が緩む心理掌握。「馬鹿が。こんな無茶しやがって」「…心配しないで。自覚はあるもの」「ハ、つくづくお前はとんでもない作戦を実行しやがるな」その様子を見ていたエイワスが、楽しそうに問いかける。「垣根帝督。君はどうする?」「…」「君も、全能力をかけて私を殺してみるかね?」「ダメ」得体のしれない感情が交差する2人の間に、心理掌握が割って入る。「所詮、私の『未元物質』は紛い物、長くは持たないわ。…帝督は早く第7学区の病院へ行って」「病院だと?」「そこであなたの肉体を復元するの。もう準備は出来ているから」それだけ告げると、心理掌握は力を失って垣根に倒れかかった。「ふむ。良いのかな?」エイワスは、心理掌握にはすでに興味を失ったかのように目を向けない。「君の最終目的であるアレイスターとの直接交渉権」「この私をどうにかできれば、間違いなくそれが手に入るぞ?」「…」垣根帝督は答えない。そのまま心理掌握を抱き上げると、無言で『未元物質』の翼を展開。そして天井を翼で破壊すると、空へ飛び立ちながらこう述べた。「あの『第1位』の役割を、俺はすでに知っている」「あいつは、アレイスターにとってただの『ベクトル変換装置』って訳じゃねえ」今度はエイワスが答えなかった。「だからあいつが『第一候補』だった。…恐らく、アレイスターが学園都市を作った理由の1つがそれだ」「そしてそれと同様に、アレイスターの計画にはまだ俺の『未元物質』が必要だってのも予測できる」「体を張ってこいつが教えてくれた」そして垣根は、エイワスに冷たい目を向けて宣言した。「どうせアレイスターの計画は、俺が自由になったことですでに大幅な修正が必要になっている」「意味分かるか?“今”は、お前と戦うより大事な事があるんだよ」エイワスは、空にいる2人に微笑んだ。すでに価値と興味を失ったと言わんばかりに。「その死にかけのレベル5は、すでに重要性を失ったも同然だぞ?」「分かってねえな、テメェ」垣根もエイワスに薄く笑いかけた。「重要性で言えば、惚れた女とのデートが最重要項目に決まってんだろ」そして、答えを聞かずに研究所内部を後にした。「汝の欲する所を為せ。それが汝の法とならん」「なるほど。ならば示してみたまえ、汝の法を」そして金髪の怪物は、歌うように呟いて自らも消えた。
研究所の外絹旗が轟音に気づいて後ろを振り返るのと、猟犬部隊が一斉に吹き飛ばされるのは同時だった。心理掌握をお姫様だっこしながら現れた垣根が、『未元物質』の翼で一気に邪魔者を視界から消したらしい。「…ようやくですか。超待たせすぎです」「結局、あんな無茶な計画を成功させる執念が恐ろしい訳よ」「…あ、はは」心理定規が、残弾の無いマシンガンを捨てて垣根に駆け寄った。「久しぶりね。…死んだと思ってたけど、結構元気そうじゃない」「確かに久しぶりだな、心理定規。お前が来ているとは予想外だ」その言葉を聞いて、心理定規は急に慌てだした。「いや、あの、別にあなたを助けたかったわけじゃなくてね!?」「ちょっとそこの女に復讐してやろうと思っただけよ!」「…何でそれが猟犬部隊を足止めする事に繋がるんだ…?」垣根は思わず疑問を口にするが、当然心理定規は答える事が出来ない。(言えない…帝督が好きだから協力してたなんて、絶対言えない…)結局、知らないわよバカー!と叫んで、心理定規はその場を走り去った。キョトンとする垣根だが、間髪いれずに絹旗が話しかけた。「超久しぶりですね第2位。第1位にやられたと聞いて思わずガッツポーズしたというのに、超しぶといです」「うるせーよ。…まあお礼ぐらいは言っておくか。こいつに協力してくれて助かった」既に意識の無い心理掌握を大切そうに撫でてから、垣根は頭を下げた。その態度に驚く絹旗は無言になるが、今度はフレンダが笑顔で話しかける。「そういう契約だったんだから、当然の事だし。そんなことより、さっさと2人は病院に行った方がいい訳よ」絹旗もその言葉に同意した。「じゃあここにいても超意味無いですし、全員で病院に行きましょうか」「ああ。そうするか」(…)(…結局、最後の最後まで俺は弱かったままだ)(姉さんと同じように、大切な人間に頼る事をしなかった)(そんな俺に、こいつは無茶な真似して手を差し伸べてきた)(…闇と絶望の広がる果て、か)(こいつとなら、その先の光景を見れるかも知れねえな)そして、学園都市に1つの夜明けが訪れた。
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