天草式十字凄教のとある拠点見た目高校生ぐらいの少女が、まるで赤ん坊のようにキョロキョロと辺りを見回す。意識を取り戻したフルチューニングに、建宮が笑顔で話しかけた。「まあ、混乱するのも無理は無いのよな。お前さんは誘拐されかかっていたんだぜ?」「…誘拐?」「はい。とある魔術結社によって、船で外国まで連れて行かれるところだったんです」五和も笑顔で説明するが、フルチューニングは意味不明な事を聞いたように困り顔をした。
「『魔術結社』とやらはよく分かりませんが…ミサカは確か先方に売却されたはずでは?」「え…」「すでに代金も受け取っていたという情報も、インプットされています」「様子を見る限り、あなたたちはその取引先相手ではないのですね。…むしろ誘拐犯は、この場合あなたたち…」「ちょ、ちょっと待つのよな!」平然として自分が売られたと語るフルチューニングに、建宮が慌てて詰めよった。「お前さん、自分から売られたのかよ!?」「いえ。ミサカを作った研究者、天井が売買契約を結んだという事ですが」「…作った?どういう意味ですか?あなたは一体…?」困惑気味に尋ねる五和に、フルチューニングは平然と答えた。「ミサカは『量産型能力者計画』の試作型クローン、検体番号00000号です」計画は凍結されているので、符丁(パス)の確認は要りませんね、とフルチューニングは呟いて話し続ける。
「『量産型能力者計画』のため、試作されたのがこのミサカです」「ところが『量産型能力者計画』は実現不可能と判断され、ミサカが作られた後中止になりました」「そのためそれを主導していた天井は金策に困り、廃棄されたこのミサカを売却した」「だから相手先の指示に従え」「という情報を、売却前に彼から直接インプットされています」「ますます意味が分からんな」難しい顔をして建宮が座り込んだ。「つまり、その、お前さんは実験の為に作られたクローン…なのよな?」「はい。ちなみにミサカの素体となったのは、レベル5の第3位『超電磁砲』御坂美琴です」「なんでその人のクローンを作ったんですか?」「レベル5を人工的に作り出し、量産するためです。それが計画の目的ですから」「そりゃまたスゴい話なのよな」「ですが、試作型のこのミサカが製造された直後、レベル5をクローンから作りだすのは不可能だと分かりました」
フルチューニングは淡々と話を続ける。徐々に険しい顔をしていく五和には気づかなかった。「責任者の天井は、あれこれ弄ってミサカをレベル5にしようとしましたが、結局能力の上昇はレベル4止まりでした」「実験中止で借金だけが残った天井は、必要無くなったこのミサカを外部の人間に売ってお金にすることに…」「そんなの、間違ってますよ!」突然五和が怒って大声をあげたので、フルチューニングはキョトンとして話を止めた。「例えあなたを作った人だからと言って、勝手に売り払っちゃうなんて酷いです!」「五和、落ち着け」「建宮さんは落ち着いていられるんですか!?」五和の迫力に、思わず建宮が後ずさった。
「何故、あなたは怒っているのですか?」「どうしてあなたは怒らないんですか!?」質問を質問で返されて、フルチューニングは無言になった。「良いですか、あなたはもう少しで非道な魔術結社に連れて行かれるところだったんですよ!?」「あのままだったら、きっと体をバラバラにされたり、危険な魔術を掛けられたりしていたんです!」「どうしてもっと自分の身を考えないんですか!?」ハーハー、と息が荒い五和に、冷静にフルチューニングが答えた。「ですが、ミサカはただのクローンです」「!」「しかもすでに存在意義を無くしている以上、売却されるのは仕方ありません」「!…そんなこと、言わないで下さい!」五和は目に涙を浮かべて、その場を走って後にした。
「やれやれ、こいつはどうにも厄介な話になりそうなのよな」頭を抱える建宮に対し、今まで無言だった対馬が声をかけた。「で、結局この子どうするの?」「取りあえず、我らで保護するしかないのよ」「?」「いいかいお前さん」建宮がフルチューニングにズイ、と顔を近づけた。「まだ状況が全部分かった訳じゃないが、これだけはハッキリしている」「我ら天草式十字凄教は、お前さんをあの連中に渡すつもりはないのよのな」「ついでに言うと、その天井っていう大バカ者の所へ返す気も無い。そんな事をしたらまた売られちまうだろう」「ですが、ミサカはクローン…」フルチューニングの言葉を遮って、建宮が稲妻のように断言した。「これはお前さんがクローンだなんだ、っていう話とは無関係なのよ!」
「意味が分かりませんが…」「簡単な話よ。地獄へ行くお前さんを、みすみす見捨てるわけにはいかないっていう意味よな」「何故ですか?」「“理由なんてねえのよ”」その真っ直ぐな意思に、フルチューニングは思わず目を見張る。「我らは、昔からそうやってきた。その生き方を女教皇様が先頭に立って教えてくれた」「人はどこまでも強く、優しくなれるとその身をもって示された」「…だから、我らも救われぬ者に救いの手を差し伸べる」建宮の語る言葉には、誇りと悲哀が込められていた。そこに偽りは全く無い。
(こんな人は、初めて見ました)(理由もなしに、廃棄されたクローンを助けようとするなんて…)初めて自分に向けられた『感情』に圧倒され、フルチューニングは返事が出来なかった。そしてそれ故、建宮の言葉に隠された後悔の念までは感じ取ることは出来なかったのだ。かつてその女教皇の居場所を、自分たちの未熟さゆえに失ったという懺悔の思いまでは。「…ミサカは、どう判断していいか分かりません…」「だって、廃棄されたクローンに居場所などないのですから…」「お前さんは、五和…さっきの女の子の話を聞いていたのかよ?」「えっと…」建宮はフルチューニングの顔を両手でガシッと挟み込み、目を合わせた。
「俺もあいつと同じでな、そのクローンとやらに用は無いのよ」「…」「助けたいのは、クローンじゃなくてここにいるお前さんという1人の人間なのよな」「!」「安心しろ。ここに居場所を作ってやる」「あ、え…」混乱するフルチューニングに、建宮はニッ、と歯を見せて笑いかけた。「とりあえず、お前さんをみんなに紹介しないとな」「…紹、介?」「あ。大事な事を忘れていたのよな」そう言うと、建宮はフルチューニングに手を差し出した。「俺の名前は建宮斎字って言うのよ。一応この天草式十字凄教の教皇代理なのよな」そして返事も聞かずに、他のメンバーのいる場所に手を引っ張って連れていく。
当然ながら、フルチューニングが一度にこんなに大勢の人間から自己紹介をされたのは初めてだった。先ほど真剣に怒って泣いてくれた「五和」、説明を受けるなり、なんてひどい話だ!と歯噛みした初老の「諫早」、よしよし、と頭を撫でてくれた金髪女性の「対馬」、既に結婚していて、指輪を自慢げに見せてくる「野母崎」、大柄な割にとても優しげな笑顔の「牛深」、小柄な割に生意気そうな少年の「香焼」、50人以上の紹介が終わるころには、フルチューニングの体調もすっかり回復していた。そして段々とフルチューニングがその空気に慣れてきたとき、建宮が突然あ!と声を上げた。
「お前さんの名前を、教えてもらわなくちゃいけないのを忘れてた」「ミサカの名前は、検体番号00000号ですが?」と言っても、結局ミサカ以外にクローンは作られませんでしたが。という呟きと一緒に当たり前のように返答。ところが、それを聞いて全員が渋い顔をした。「そんな長ったらしく呼べるわけないのよな」「じゃあ、新しく名前を考えましょうか」「対馬先輩は、センスがないすから辞めた方が…」「如何にも。ここは俺が…」「待て待て。貴様らよりもこのわしが…」途端に賑やかになる天草式のメンバーたち。
「皆さん、私に任せてください!」その場を静まらせたのは、握りこぶしの五和だった。「検体番号00000号なら、ゼロちゃんでどうでしょうか!」全員が「えー、それは無いわー」という感じで黙り、一気にシーンとなった。フルチューニングも、どう反応していいか分からずにオロオロする。「五和、ゼロじゃ外国人みたいだろう。――レイ、で良いと思うのよな」その空気を戻そうとして、建宮がフルチューニングの頭をポンポン、と叩きながら宣言。(ゼロよりはマシでしょうか)「分かりました。これからレイでお願いします」「おう、ヨロシクなのよレイ」
名前が決まって再び場が盛り上がり、一気にフルチューニングの歓迎パーティーへとなだれ込むことに。パーティー用のジュースやお菓子をみんなが用意している間に、フルチューニングはそっと建宮に近づいた。「…ところで、ミサ…レイは疑問に思っていたのですが」「疑問?なんなのよ?」「天草式十字凄教とは、一体何のグループなのですか?」建宮はなんだそんなことか、と笑って説明。「ああ、我らは十字教宗教団体の魔術結社なのよ」「なるほど」あっさり頷こうとして、フルチューニングはピシリと固まった。「…十字教?魔術結社?」「おうよ」「…良く分かりました。どうやら新興宗教の信徒たちが、このミサ…レイを生贄にしようとしているのですね?」「何でそうなる!?」「今時、魔術なんて堂々と言い張るとはナンセンスです」ジリジリと後ずさりし、逃げようとするフルチューニング。結局、天草式十字凄教の説明はそれから3時間以上もかかる事になった。
ここでちょっとフルチューニングについて説明を外見は番外個体(ミサカワースト)の目つきが普通バージョンを想像してください他の妹達と目的が違い、レベル5を目指して作成されたため、無理な改造が施されてレベル4になっています『絶対能力進化計画』の実行前に廃棄されたので、他の妹達や一方通行の存在を知りませんミサカネットワークについても同様です(接続も不可能ですが、その理由はそのうち本編で)
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