それから7年の月日が過ぎて――。某県某市の閑静な街の公園。そこで………「いいぜ……」1人の泣き叫ぶ小さな男の子を傍らに、「これ以上、この子をいじめようってんなら……」3人の憎たらしそうな顔をした少年たちに、啖呵を切る1人の女の子が………「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」………いた。麻琴「弱いものいじめすんなああああああああ!!!!!!!!」上条麻琴・7歳。近所でも有名な正義感溢れるお転婆な女の子だった――。
ガチャッ!麻琴「ただいまー」夕方。自宅に帰ってきた麻琴は玄関のドアを開けると元気良く叫んでいた。「……ううっ……グスン……クスン」その背中には、先程、公園で彼女の傍らで泣いていた男の子がおぶられている。麻琴「ほら泣かないの。男の子でしょ?」「ううっ……だってぇ……」麻琴「……はぁ…何であんたはそんな弱虫なの?」と、肩越しに男の子に話しかける麻琴の耳に、1人の若い女性の声が聞こえてきた。「お帰りー」麻琴「!」「って、ちょっとどうしたのその傷!?」麻琴「えへへ、またやっちゃった!」「………はぁ」呆れたように溜息を吐く若い女性。「ほら、上がりなさい」彼女こそ麻琴の母親にして、かつて学園都市で第3位のレベル5として君臨していた超能力者・御坂美琴だった。美琴「手当て、してあげるわ」麻琴「はーい!」
麻琴「いてて……」美琴「ほら、じっとしてなさい」綺麗でサッパリとした普通の家にあるようなリビング。壁には『パパ』、『ママ』と題された、明らかに子供が描いたと思われる絵が2枚ずつ、計4枚飾られている。そのリビングで麻琴の顔に出来た傷を手当てする美琴。麻琴「染みるー」美琴「あんたまた、男の子と喧嘩なんかして。お転婆にもほどがあるんじゃない?」麻琴「ママに言われたくないもん」美琴「う、うるさいわね。昔の話よ昔!」チラッそう言いつつ、美琴は部屋の隅に設置された棚を見る。そこには、彼女の幼い頃の姿が写された写真が何枚か、写真立てに収められて並べられていた。美琴「(昔、か……。懐かしいわね)」写真の中の美琴はどれも可愛らしく、最近写されたものであればあるほど、その分彼女の美貌が増しているのがよく分かった。が、中でも目を引いたのは、タキシードと純白のウェディングドレスを着込んだ幸せそうな若い男女が教会の前で寄り添って映っている1枚の写真だった。美琴「………………」フッ麻琴「…………何ニヤニヤしてんのママ?」小悪魔のような顔で美琴を覗き込む麻琴。美琴「えっ!? はっ!? えええっ!!??」アタフタ麻琴「いきなり笑い出すなんて……何かおかしいことでもあったの?」美琴「べ、別に!? な、何でもないわよ!?」お転婆な子供に少々手を焼くことがある美琴だったが、今の生活は満更でもなかった。寧ろ、これ以上の贅沢があるのか、と思えるほど彼女は日々に充実感を覚えていた。麻琴「どうせパパと知り合った時のこととか思い出してるんでしょ?」ニヤニヤ美琴「ななななななわけないでしょ!//////」麻琴「ママ顔真っ赤ー! あはははは」美琴「も、もう! この子ったら!//////」
学園都市最後の刺客―― 一方通行による奇襲から7年。辛いことも嬉しいことも色々あったが、美琴は今、幸福に満ちた家庭を築いていた。念願の愛する人と結婚し、2人の子供にも恵まれた彼女は現在、凛々しくも、どこか幼い時の面影を僅かに残しながらも、1人の美しい大人の女性へと成長していたのだった。麻琴「パパとママってホント、いつも仲良しだよね? 妬けちゃうなー」ニヤニヤ美琴「ど、どこが仲良くしてるって言うのよ! あ、あんなのあのバカがいつもくっついてくるから仕方なく相手してやってるだけで……」ブツブツブツ麻琴「ママ面白ーい!」美琴「…………っ//////」失ったものは多かったが、手に入れたものはどれも、美琴にとっては値をつけられないほど価値のあるものだった。夫、娘、息子、イギリスにいる友人たち、この地で知り合った人々、苦労して手に入れたこの家、そして多くの思い出。それら全てが彼女の過去の苦い経験を浄化し、代わりに安らぎと幸せを与えてくれるのだった。美琴「………………」だからこそ彼女は思う。もし………美琴「(もし……学園都市であいつと出会ってなかったら、私は今頃どうなっていたんだろう……)」麻琴「ママ」美琴「………………」ボーッ麻琴「ママ!」美琴「……………………」ボーッ麻琴「ママ!!」美琴「えっ!? あっ!? な、何っ!!??」
麻琴「次、この子の手当てお願い」美琴「あ、ごめん!」美琴が我に返ると、麻琴が1人の男の子を目の前にズイッと差し出してきた。「ママ……」美琴「じゃ、ちょっと痛いけど我慢してね? 男の子だから大丈夫よね?」顔にいくつか傷を作っている麻琴とは対称的に、足に出来た小さなかすり傷1つだけで目尻に涙を溜めているこの男の子。彼こそが、美琴のもう1人の子供、上条琴麻だった。まだ、5歳である。琴麻「………うん」グスッ美琴「はい、これで終わり」手当てを終え、美琴はポンポンと琴麻の頭を叩く。琴麻「うう……グスッ…」落ち着いていた琴麻の顔が僅かに歪む。美琴「だから泣かないの。男の子でしょ? じゃ、ママは夕飯の続き作るからね」琴麻「ううう………」ダキッ『男の子』という単語に自分の中の感情を不器用にも抑える琴麻。これで終われば男として問題はなかったが、彼もまだ5歳。甘えたい盛りの琴麻は美琴に抱きついていた。美琴「もう……パパに見られたら笑われるわよ?」琴麻「ううう……」美琴「よしよし」ナデナデ麻琴「我が弟ながら情けないわね。パパとは大違い」テーブルに着き、宿題をしていた麻琴が溜息混じりに愚痴を吐く。そんな彼女に美琴は、琴麻を抱き締め慰めつつ訊ねた。美琴「そう言えばまだ聞いてなかったけど、何があったの? また喧嘩?」麻琴「………うん。公園にいた男の子たちに絡まれて……」1秒ほど間があったが、麻琴は話し始めた。美琴「あらまた? そういうところはパパに似てるのね」麻琴「で、そこで逃げればいいのにその子、挑発しちゃうんだもん」美琴「挑発?」眉をひそめる美琴。と言うのも、いつもはいじめられて逃げ帰る琴麻では珍しい対応だったからだ。麻琴「そ。『僕のママは昔学園都市で第3位の超能力者だったから怖くない』って」美琴「!」麻琴「でも、『嘘だ』って言われて殴られて。しかもそこで逃げればいいのにムキになって我慢しようとするから……」呆れたように麻琴は言う。
美琴「そうなんだ。でもママのこと自慢したって意味ないでしょ? そういう時は逃げないと」麻琴「……………………」琴麻「ううう………」麻琴「きっと……」美琴「え?」と、そこで麻琴が僅かに俯きながら呟いた。麻琴「きっと、琴麻はママのことが……“ほこり”だったんだと思う」美琴「……ほこり?」麻琴「だから…『嘘だ』って言われたのが我慢出来なくて……逃げなかったんだと思う」美琴「へー……」感心したような声を上げ、美琴は抱いている琴麻を横目で見る。麻琴「へぇじゃないよ、ママ」美琴「ん?」麻琴「あたしもずっと不思議に思ってたけど、どうしてママはレベル5で第3位の超能力者だったのに、学園都市をやめてきたの?」美琴「!」子供らしい、純粋な目で麻琴は美琴に訊ねてきた。対して、美琴はすぐには何も答えない。美琴「……………………」麻琴「今だってたまに能力使うのに」美琴「……たまに、ね。さすがに学園都市の『外』と『中』じゃ事情が違うからそんな頻繁には使えない……って言うか使う必要は無いのかな?」麻琴「………あたしも……」美琴「?」麻琴「あたしもクラスの友達によく言われるの。『本当に麻琴ちゃんのお母さんって学園都市の超能力者だったの?』って」美琴「…………ふむ」いつも学校のことは帰宅してすぐ報告する麻琴だったが、それは初耳だった。
麻琴「ママとパパは学園都市で知り合ったんでしょ?」美琴「……そうだけど?」麻琴「なら、わざわざ学園都市から出てくる必要なかったんじゃないの?」美琴「どういう意味?」麻琴「だって……だって! 学園都市にいたら、ママはレベル5の超能力者のままだったんだよ? パパとだって学園都市にいた頃に知り合ってたなら、そのままそこで暮らせば良かったのに……」何かを訴えるように麻琴は考えを口にする。ずっと心の中で秘めていただろうことを。美琴「もしかして貴女も学園都市に住みたかったの?」麻琴「!」麻琴「……そんなんじゃなくて!」美琴「そんなんじゃなくて?」麻琴「ただ……ちょっと聞いてみただけ………」気まずそうに、麻琴は顔を逸らした。麻琴「ごめんなさい」美琴「………………」美琴は麻琴を見つめ何かを考え込む。ややあって、彼女は口を開いた。美琴「聞きたい? ママが学園都市を離れた理由」麻琴「え!?」笑顔で、美琴は麻琴に質していた。美琴「本当は、麻琴がもうちょっと大きくなった時に話そうかな、って思ってたんだけど……そんなに今聞きたいなら、教えてあげよっか」
麻琴「ええっ!? あ、う……で、でも!」美琴「ん?」麻琴「あ、その……えっと……」美琴「どうしたの?」麻琴「………やっぱり、いいや」それまでの態度とは対称に、麻琴は何故か美琴の申し出を拒否していた。もしかしたら、本当の理由を聞くのが怖いのかもしれない。美琴「あら? 聞きたかったんじゃないの?」麻琴「い、いいの! やっぱりいい! ごめんママ! あたし宿題の続きするから!」身体の前で手を振り、必死に断る麻琴。美琴「そう、なら、ママは夕飯の続き作るわね?」麻琴「う、うん!」返事をしつつ、既に麻琴は学校から貰った宿題のプリントに目を通していた。と、その時である。美琴「あら?」麻琴「え?」美琴「この子、寝ちゃってるわ」クスッ、と小さく笑った美琴は、抱えていた琴麻を麻琴に見えるように後ろを向いた。琴麻「スー……スー……」眠っていた。琴麻が、美琴の胸の中で。気持ち良さそうに。
麻琴「はぁー…もう、甘えん坊なんだから」美琴「クスッ……貴女だって、たまにはママに甘えてもいいのよ?」言って、美琴は琴麻をソファの上に寝かし、箪笥から取り出したシーツを被せてやる。美琴「でも麻琴はお姉ちゃんだもんね。さすがに失礼かな?」琴麻の寝顔を確認し、キッチンに戻ろうとする美琴。ガシッ!美琴「!」と、そんな彼女のエプロンの紐を後ろから掴む感覚があった。美琴「………どうしたの?」振り返り、微笑みつつ美琴は訊ねる。麻琴「……………抱っこ」恥ずかしそうに顔を俯けながら、麻琴が呟いた。
それから小1時間ほど後。
美琴「ふふふん♪ ふんふん♪ ふんふーん♪」麻琴「えっと……10と20がこうだから……」琴麻「………zzzzz」美琴がキッチンで夕飯を作り、リビングで麻琴が宿題をし、琴麻がソファで寝ている時だった。「ただいまー!」この家の主人の帰宅を知らせる声が玄関から響き渡った。麻琴「あ!」琴麻「!」パチッ美琴「帰ってきたわね」宿題を放り出し駆けていく麻琴。いつもの癖なのか、ドアが開く音で起きた琴麻もその後に続く。
琴麻「パパー!」麻琴「パパ、お帰りー!」上条「おーう、麻琴に琴麻! ただいまー!」嬉しそうに飛び掛ってきた2人の子供を抱き締める彼こそ、美琴の夫にして麻琴と琴麻の父親、上条当麻だった。上条「今日も良い子にしてたかー?」美琴「………………」そんな子供たちの後ろからゆっくりと笑顔で近付く美琴。上条「!」彼女を見て、上条が笑みを浮かべる。美琴「お帰り、当麻」ニコッ上条「ただいま、美琴」ニコッ
上条と美琴の部屋にて。上条「ふぅー……今日の夕飯は何だろうな」コンコン!美琴「当麻ー入っていーい?」上条が着替えていると、ノックの音と共に部屋の外から美琴の声が聞こえてきた。上条「おうどうした」美琴「……お疲れ様。もうすぐ夕飯出来るからね」ガチャッ上条「いつもありがとな、美琴」美琴「ううん。それより、ちょっと子供たちのことで話があるんだけど……」上条「話? 何かあったのか?」少し真剣な顔をした美琴に、上条は眉をひそめた。美琴「うん。何かあの子たち、公園で近所の子供たちと喧嘩したみたいで……」上条「え? ……あ、そう言えばあいつら、顔に絆創膏貼ってあったな……。でも、麻琴が理由無しに他の子と喧嘩はしないだろうし、琴麻もそんな性格じゃないだろ」美琴「それが……ね……」上条「ん?」意味深に苦笑いを浮かべつつ、美琴は事の顛末を語り始めた。
上条「なるほどなぁ……そんなことが」美琴から話を聞き終え、上条は腕組みをして呟く。美琴「どうしよう?」上条「何がだ?」美琴「あの子に打ち明けるのはもっと大きくなってからの方が良いと思ってたけど……今、話してあげるべきかな?」上条「………………」表情からは窺えなかったが、美琴は真剣に悩んでいるようだった。しばらく考え込んでいた上条だったが、美琴が何らかの答えを求めてきている以上、いつまでも黙ってるわけにはいかなかった。上条「まあ、俺も……」美琴「?」上条「俺も、ずっと隠し通すわけにもいかないと思う」美琴「そっか……」上条の意見に、美琴はそれだけ口にする。上条「ただ、麻琴もまだ子供だ。学園都市で自分の母親がどんな目に遭ったのか。それら全てを聞いてまともな反応でいられるほど、あの子もそこまで精神が成長しきってるとも思えない」美琴「うん……」上条「逆に心に深いトラウマを植えつけちまう場合もある」美琴「………………」上条「だから、今は時期早尚かもなぁ……」と、1拍置いて上条は腕組を解き、美琴に顔を戻した。上条「ただ、似たようなことはまた起こるだろう。その時に、今回みたいに麻琴がお前の過去に疑問を持つようなら………」美琴「……なら?」上条「………話したほうがいいかもな」美琴「……でも、あの子はまだ7歳だよ?」困惑したような表情を浮かべ美琴は上条に訊ねる。
上条「分かってる。だけど、いつまでも黙っていられるようなことでもないだろう」美琴「…………むー…」上条「ま、とにかく今は様子を見守ろうぜ。な?」と言って、上条はなるべく美琴に元気を出すように笑顔を見せてみた。美琴「…………分かったわ。私も、覚悟決めとく」頷きつつ、美琴はそう答えた。上条「よし、じゃあ決まりだ」美琴「………………」頷き返し、部屋から出ると、上条は振り向きざまに美琴に声を掛けた。上条「どうしたんだ? 夕飯の時間なんだろ? “ママ”?」美琴「………うん」『ママ』と呼ばれ、元気のなかった顔をしていた美琴は、僅かに口元を綻ばせた。上条「おーい麻琴ー! 琴麻ー!」麻琴「パパー! 宿題見てー!」上条「おう、いいぞいいぞ!」美琴「………………」台所から聞こえてくる夫と娘の会話を、美琴は耳を澄まして聞き入れる。上条「そうだ、今度の祝日みんなで遊園地行こうかー」麻琴「やったー!」琴麻「わーい!」美琴「………………」クスッ小さく笑い、美琴も部屋を出ると台所に向かって歩きながら叫んでいた。美琴「ほら、夕飯の時間よー!」
夜。上条と美琴の寝室。上条「結局子供たち、お前のこと追及してこなかったじゃん」Tシャツ姿になった上条が、部屋の電気を消しながら言う。美琴「そうね」ベッドの上で、下半身だけ布団をかけたパジャマ姿の美琴が同意の声を上げる。上条「やっぱり、心配する必要はなかったな」美琴「ならいいけど……」上条「にしても麻琴はホントお転婆だな。誰に似たんだか」美琴「あんたでしょ?」上条「お前だろ」互いにクスリと微笑み合いながら上条と美琴は2人だけの時間を楽しむ。上条「琴麻はもうちょっと男っぽくなってくれないもんかな」美琴「5歳ならあんなもんでしょ。きっと10年後には昔のあんたみたいに手をつけられないようになってるわよ」上条「おいおいまさか『不幸だー』が口癖になってないだろうな」美琴「ちょっと、それは洒落にならないでしょ」上条「うーむ」腕組をし、2人は悩むように唸る。親としては切実な問題だった。特に、頻繁に不幸な目に遭う上条の血を引いているのならば。が、今はその話もそこまで重要でもないのか、美琴は話題を切り替えてきた。美琴「…って、あ! そう言えば思い出したけど、今日イギリスのインデックスから電話があったわよ?」上条「本当か?」美琴「うん」上条「また魔術師が暴れてるとか?」訊ねながら、上条はベッドに乗る。ちなみにこの夫婦、いつもダブルベッドで一緒に寝ていた。美琴「あ、そうじゃなくて久しぶりにみんなに会いたいってさ」上条「そっかー。1年ぐらいあいつらと会ってないもんなー」
美琴「それに『イギリス清教』には毎月援助金も貰ってるもんね。お礼言わなくちゃ」上条「たまに助っ人として呼ばれるからな」実は、上条家は毎月、『必要悪の教会(ネセサリウス)』から援助金を貰っていた。これまで様々な魔術事件を解決してきたことに対するお礼である。また現在は、昔のような凶悪な魔術師の暗躍は減っていたものの、時折上条がイギリスに呼ばれることがあった。その時も、上条は援助金とは別に協力費を貰っていたのである。上条「この間は学園都市の一方通行から手紙来たっけなあ」美琴「そうね。相変わらず素直じゃなかったけど」上条「でもあいつのお陰で学園都市も大分平和になったようだしな」美琴「打ち止めも元気そうで何よりだしね」枕の上で組んだ腕に頭を乗せ、上条は隣に座る美琴と共に、今は遥か遠くにある学園都市に思いを馳せる。美琴「さすがに黒子が結婚したってのは驚いたけど……」上条「ああ、あれか。最初は何の冗談かと思ったけどな」美琴「……………………」上条「?」と、急に黙り込んだ美琴を不審に思い、上条は彼女の顔を見上げてみた。美琴「……………………」上条「…………また、戻りたくなったのか?」美琴「………ううん、ちょっと昔を思い出してただけ。大丈夫」上条「………美琴」起き上がり、上条は美琴の顔をジッと見る。もしかしたら彼女は楽しかった学生時代のことを考えているのかもしれない。辛い経験があった場所とは言え、やはり彼女の心のどこかには、今となっては戻れない昔に戻りたい気持ちがあるのだろう。上条「美琴」美琴「!」ヒシッ、と上条は美琴を抱き締める。上条「………………」美琴「………………」やがて彼は身体を離すと、美琴の肩に両手を置き、彼女の顔を見つめた。
上条「いつも言ってるけど……寂しくなったらいつでも俺に言うんだぞ? 俺が、その寂しさを補えるぐらい、お前を幸せにしてやるからな!」美琴「………………」上条「美琴?」美琴「……………………」キョトンと聞いていた美琴だったが、やがてその顔に笑みを作った。美琴「ふふ……やっぱり当麻は頼りになるね……」上条「当たり前だ! 何たって、俺は美琴の夫だからな!」美琴「…………私、改めて思うけど、当麻と結婚出来てよかった……」上条「………それは、俺もだ」上条美琴「「――――――――」」顔を近付け、2人は口付けを交わす。美琴「…………ん」目をトロンとさせた美琴を見、上条は至近距離で呟く。上条「…………3人目、そろそろ作っておくか?」美琴「………………バカ//////」再び、2人は互いの唇を近付ける。麻琴「3人目って何?」上条美琴「「!!!!!!!!」」ビクゥッ!!!と、その時である。出し抜けに第三者の声が聞こえた。
上条「ま、ま、ま、麻琴!!!???」見ると、ベッドの先に麻琴が寝ぼけ眼の琴麻の手を引いて立っていた。上条「こ、琴麻まで!!??」美琴「あ、あんたたち寝たんじゃなかったの!!??」麻琴「うーんと……琴麻が怖い夢見ちゃったみたいで」何故か慌てふためく両親の様子に首を傾げながらも、麻琴は何故ここに来たのかを説明した。美琴「そ、そうだったんだ」琴麻「ママー!」美琴と目が合うなり、琴麻が泣きべそをかきながらも美琴に抱きついてきた。美琴「もう……男の子でしょ」琴麻「今日はママと寝るー!」美琴「あらら……」上条「(息子よ……父親と母親のイヤーンタイム直前に突入してくるとは成長したもんだ)」ホロッグイグイ上条「ん?」と、シャツの袖が引っ張られた感覚を覚え、上条は振り向いた。麻琴「あたしも、今日はパパとママと一緒に寝たい……えへへ」麻琴が、恥ずかしそうにそう言っていた。上条「………………」美琴「………………」互いの顔を見合う上条と美琴。上条「………………」フッ美琴「………………」クスッ2人はやれやれ、と言うように苦笑いを浮かべた。
上条「よーし、じゃあ今日は家族揃って寝るとすっかー!」美琴「ほら、2人とも、真ん中に来なさい」琴麻「わーい!」麻琴「わーい!」ドスッ上条「ぐふっ!」嬉しそうに麻琴と琴麻がベッドの中に潜り込んできた。麻琴「ほっかほかー」琴麻「ほっかほかー」上条と美琴に挟まれて横たわった麻琴と琴麻が、キャッキャッとはしゃぐ。上条「こらー、一緒に寝てもいいけど早く寝なきゃ駄目だぞー」麻琴「はーい!」琴麻「はーい!」美琴「ほら、ちゃんと布団被って」上条「じゃ、誰が一番早く寝れるか競争なー」麻琴琴麻「「おー!!」」美琴「もう、貴方たちってば……」一家揃って仲良く1つのベッドで眠る上条たち。彼らを見て呆れたように呟く美琴だったが、その顔は満更そうでもなかった。
次の日。美琴「じゃ、これお財布だから。落とさないように気を付けてね」琴麻「うん!」上条「頑張って来いよー」この日は日曜日と言うこともあり、上条も朝から家にいた。美琴「知らない人に声掛けられてもついていっちゃ駄目よ?」琴麻「うん!」玄関で、元気良く返事をする琴麻。実は彼は今から始めてのおつかいに出かけるところだったのだ。琴麻「じゃ、行ってきます!」上条「行ってらっしゃい」美琴「行ってらっしゃい……」バタン!笑顔で見送る上条とは対称に、美琴はどこか不安げだった。美琴「…………あの子、大丈夫かしら?」思わず美琴は心の中で考えていたことを口にする。上条「なーに、すぐそこだ。大丈夫さ。それに男なら小さいうちからこういうことも経験してなきゃ」麻琴「そうだよママ。あたしも心配だけど、あの子はあたしの弟だもん。ちゃんと買い物して帰ってくるよ」美琴「うん……」上条「さ、麻琴。ゲームの続きでもすっか」麻琴「おー! 今度こそ負けないからねー!」上条「何だとこのー」手を繋ぎ、リビングに戻っていく上条と麻琴。美琴「……………………」美琴はしばらくの間、琴麻が出て行った玄関のドアを心配そうに見つめていた。
それから30分後のことである。上条「あー負けたっ! 強くなったなぁ」麻琴「えっへへー! パパ、パターン化し過ぎ! 本当に昔は魔術師や超能力者たちとガチでバトってたの?」上条「ほ、本当だよ! 何だよその疑いの目は!?」麻琴「だってー」クスクスクス美琴「………………」上条と麻琴がテレビゲームに興じ、その側で美琴が洗濯物を畳んでいる時のことだった。麻琴が不意に言った。麻琴「ねえ、そう言えば琴麻、ちょっと遅くない?」上条「え?」訊ねられ、壁に掛けられた時計を見る上条。上条「確かに……ちょっとそこまで買い物に行くにしては時間が掛かってるな」美琴「!」美琴の手が止まり、一気に顔が蒼くなった。美琴「ま、まさかあの子に何かあったんじゃ……」麻琴「えええっ!?」上条「……い、いや待てよ。初めてのおつかいなんだ。少し時間かかってんだよきっと」美琴「でも!」麻琴「…………、」今すぐにでも立ち上がり、外に出て行きそうな勢いの美琴。横では麻琴が上条と美琴の会話を交互に聞き入っている。上条「とにかく落ち着け。俺がちょっとすぐそこまで見てくるからさ」美琴「なら私が行くわ!」麻琴「あ、あたしも!」上条「あーもう、じゃあ全員で行くぞ!」頭を軽くクシャっとかき、上条は2人にそう告げる。頷き、美琴と麻琴が立ち上がった。
その時だった。ガチャッ!玄関からドアが開く音が聞こえた。次いで、琴麻「ママー!」と言う叫び声と共に、琴麻が走りながらリビングに入ってきた。上条「琴麻!」美琴「ど、どうしたの?」ガシッ、と琴麻は立っていた美琴に抱きつく。琴麻「ううう……」どうやら泣いているようである。美琴「何かあったの? 泣いてちゃ分からないわよ?」麻琴「あんた、買い物はどうしたの? 袋も何も持ってないけど」琴麻「うう……グスッ」母と姉に訊ねられ、琴麻は1度目を拭うとボソボソと話し始めた。琴麻「公園で……グスン」美琴「公園で?」琴麻「昨日のいじめっ子に会って……」麻琴「!!!!」躊躇いつつも喋った琴麻の言葉に、上条と美琴は顔を見合わせる。美琴「そう……じゃあまだ買い物は済んでないのね?」琴麻「…………」コクッ上条「まさか財布を取られたりしてないだろうな?」琴麻「…………」ゴソゴソとポケットを探る琴麻。彼が取り出したのは、デフォルメされたキャラクターが刺繍された子供用の財布だった。
美琴の手作りの財布だった。よっぽど大事な物だったのか、琴麻はそれだけは守り通したようである。美琴「そう……良かった。……じゃあ、今日は残念だけど、お買い物は次の機会にしよっか」琴麻「…………うん」慰めるように美琴は琴麻の頭を撫でる。上条「ジュースでも飲むか?」琴麻「………うん」上条と美琴は優しい口調で琴麻に話しかける。が、しかし、この状況に納得出来ない者が1人いた。麻琴「待ってよ」上条美琴「「え?」」ボソッ、と麻琴が呟いた。麻琴「琴麻、あんたまた殴られたんでしょ? 隠してもあんたの顔見てれば分かるわよ?」琴麻「!」上条美琴「「ええっ!?」」思わず、上条と美琴は琴麻の顔を見る。美琴「そうなの琴麻?」琴麻「う………」上条「琴麻?」美琴に抱きつきながら、琴麻は涙を浮かべた顔で麻琴を見返す。彼は、麻琴の問いに肯定も否定もしない。だが、麻琴「やっぱり……」麻琴は見破っていた。麻琴「琴麻、あんた何か言われたんでしょ? それでそこで逃げればいいのに、また意地張って我慢し続けたんでしょ?」ズイッと麻琴が琴麻に近付く。
麻琴「どうなの?」琴麻「…………あぅ……」上条「………………」美琴「………………」上条と美琴が2人の様子を見守る。やがて琴麻は、嗚咽を漏らし、喉をヒクヒクさせながら答えた。琴麻「………ママのこと……ヒグッ」美琴「?」琴麻「……ママが……学園都市の……グスッ……第3位だったってこと……嘘だって言われたから………」美琴「!!!」琴麻「ああああああああああああああん!!!!!!」それだけ言い終えると、琴麻はまた美琴に抱きつき泣き始めた。上条「そっか。そんなことがあったんだな……」美琴「………でも、大丈夫よ? ママはそんなこと気にしてないから。だからほら、泣き止んで……」琴麻「ううっ……グスン」落ち着かせるように、美琴は琴麻の頭を撫でる。麻琴「………せない」上条美琴「「えっ?」」麻琴「許せない!」麻琴がそう叫んだ瞬間だった。彼女は踵を返し、リビングから出て行こうとしていた。上条「ちょっと待て! どこへ行く気だ!?」が、その前に何かを察したのか、上条が彼女の腕を掴んでいた。
麻琴「放してよパパ!!」上条「何するつもりだ!?」麻琴「決まってるでしょ!! いじめっ子たちに謝ってもらうのよ!! 琴麻を殴ったことを、ママをバカにしたことを!!」美琴「!!」顔だけ後ろに振り向かせつつ、麻琴は叫ぶ。上条が腕を掴んでいなければ今にも暴走しそうな勢いだった。上条「………やめるんだ! そんなこと、ママは望んじゃいない!!」美琴「………………」麻琴「どうして!?」上条「!」上条の腕を振り払い、麻琴は美琴に向き直る。麻琴「だって本当なんでしょ!? ママが学園都市で第3位の超能力者だったって!」美琴「………………」麻琴「なら何で言い返さないの!? おかしいよ!!」上条「麻琴」麻琴「それとも嘘なの!? ママが超能力者だったのは!?」美琴「……………………」麻琴「違うでしょ!? ママがあたしに嘘つかないって知ってるもん!!」上条「麻琴!」麻琴「だったら、何で言い返しちゃいけないの!? ……そもそもママもおかしいよ!!」美琴「!」麻琴「嘘じゃないなら、どうして周りの人に超能力者だったことを隠そうとするの!? どうして学園都市を辞めてきた理由について何も話してくれないの!!??」上条「麻琴、いい加減にするんだ!」麻琴「あたしはママがバカにされてるのを、黙って見過ごすことなんて出来ないの!!!!」ダッ!上条「あっ!」
文字通り、あっという間に、麻琴は走り出していた。
上条「麻琴!!」上条が追いかけようとした時には、既に玄関のドアは閉まった後だった。上条「……あいつ……」溜息を吐く上条。上条「………やれやれ……昔のお前にそっくりだな」美琴「………ごめんなさい」上条「何でお前が謝るんだ?」美琴「だって………」上条「………………」俯き、黙り込む美琴。上条「とにかく、俺はあいつを追いかけるから、お前はここで琴麻と一緒にいろ。いいな?」美琴「……………うん」上条「じゃ、すぐ戻るから」小さく頷いた美琴を見、上条はリビングを出て行った。ガチャッ…バタン!玄関のドアが閉まる音が後に続く。美琴「……………………」琴麻「ママ………」急に口を閉じた美琴を、心配するように琴麻が見上げてきた。美琴「………大丈夫よ。ママは……」琴麻「………………」笑顔を見せる美琴。だが、その笑顔にはどこか辛い表情が混じっていた。
上条「ハァ……ゼェ!」一方上条は、家を飛び出した麻琴を見つけるため、近所を走り回っていた。上条「どこだ……どこにいる麻琴……?」 ――「嘘じゃないなら、どうして周りの人に超能力者だったことを隠そうとするの!? どうして学園都市を辞めてきた理由について何も話してくれないの!!??」――上条「(違うんだ麻琴! お前のママは……美琴は昔……っ!)」と、その瞬間である。キィ上条「!」僅かに、甲高い音が聞こえた。咄嗟に上条がその音がした方を見る。上条「公園……」近所でも大き目の公園が目の前に広がっていた。上条「(そういや琴麻が公園でいじめっ子に会ったって言ってたっけ)」キィ……上条「………………」ザッゆっくりと、公園に入っていく上条。すると……キィーコ…麻琴「………………」と、音を鳴らせながら、ブランコに座る麻琴の姿があった。
麻琴「………………」
上条「麻琴!」麻琴「!」不意に聞こえた上条の声に、麻琴が顔を上げる。上条「………駄目じゃないか、勝手に家を出て行ったら」麻琴「パパ……」上条が近付いてきても麻琴は逃げようとしない。心なしか、彼女はどこか落ち込んでいるように見えた。上条「………いじめっ子たちは?」腰を降ろし、上条は麻琴と同じ目線になってなるべく優しく話しかける。麻琴「………逃げられちゃった……」上条「………そっか」麻琴「ごめんパパ……。あいつらに謝れって言っても何も聞いてくれなかった……。それどころか、地面に倒されてそのままどこかに行っちゃって……」上条「………………」ギュッ、と麻琴のブランコのチェーンを握る力が強まる。麻琴「あたし……! あたしはただ……ママが……! ママがバカにされたことが……許せなかったの!!」上条「……………………」麻琴「ママがあたしに嘘をつくはずないから……。だから、ママが昔、学園都市第3位の超能力者だったってことも……信じてる!!」上条「うん………」麻琴「なのに!」上条「!」と、そこで俯いていた麻琴が上条に視線を据えて叫んでいた。麻琴「なのにどうして!? どうしてママはそのことになるといつも口を閉ざしちゃうの!? どうしてもっと自分が超能力者だったってこと自慢しないの!!??」子供らしい純粋な疑問がつまった『どうして』。彼女は目にうっすらと涙を溜めながら、上条に問い詰めていた。
上条「……………………」麻琴「………………グスッ」
しばしの沈黙の後、上条は口を開いた。上条「分かった」麻琴「えっ?」上条「本当は……もっとお前が大きくなった時に話そうとしてたんだが……これ以上、お前に隠しておくのも限界だな」麻琴「……………?」上条の言葉に、麻琴が首を傾げる。上条「話してやるよ……。ママに……美琴に昔、何が起こったのか………」麻琴「!!」言って上条は麻琴の横のブランコに腰を降ろす。上条「今思うと、あれが無かったら俺も美琴と一緒になれず、お前たちもこの世に生まれてなかったのかもしれない」麻琴「…………」ゴクリ遂に父親の口から語られる母親の真実。麻琴は、事の顛末を話し始めた上条の言葉に、深く耳を傾けた。
その頃、美琴は………
美琴「(あの2人、確かこの付近にいるはずだけど……)」琴麻「………………」家を飛び出した上条と麻琴が気がかりだったのか、琴麻を連れて家を出てきていた。美琴「………………」 ――「嘘じゃないなら、どうして周りの人に超能力者だったことを隠そうとするの!? どうして学園都市を辞めてきた理由について何も話してくれないの!!??」――美琴「………っ」ズキッ、と胸に痛みを感じる美琴。美琴「(……ごめんね、麻琴……私、怖かったのよ……本当のことを打ち明けたら、貴女にも嫌われるんじゃないかって………)」目を閉じ、胸に腕を添え、美琴は胸中に思う。琴麻「…………」グイグイ美琴「ん?」ふと、手を繋いでいた琴麻が腕を引っ張ってきた。美琴「どうしたの?」琴麻「………あれ」前方を指差す琴麻。美琴「あ……」
数m先の公園。その奥に設置されたブランコに、上条と麻琴が横に並んで座っているのが見えた。
上条「以上が、美琴……ママに起こったことの全てだ」麻琴「そ……そんな……ママに……そんなことが……」目を丸くし、上条の顔を驚いたように見る麻琴。上条「………全て、事実だ」何故、学園都市第3位の超能力者だった美琴が上条と共に学園都市を去ったのか。上条は、自分が美琴と共に見た全てを、経験した全てを、余すことなく麻琴に語った。麻琴「………じゃ、じゃあ……学園都市に住む人全員が……ママを……殺そうとしたの?」上条「……そうだ」手を震わせながら訊ねる麻琴に、上条は嘘偽りなくはっきりと答える。上条「だからもう、ママは二度と学園都市には戻れないんだよ……」麻琴「……そんなっ……」上条「学園都市でできた後輩も、友達も、知人も……そして思い出も、今のママには取り戻したくても絶対に取り戻すことが出来ないんだ……」麻琴「………ママが………」上条「ママが普段からあまり能力を使わないのも、その嫌な過去を思い出しちゃうからなんだよ………」麻琴「ママ………」ショックを受けたように、麻琴は顔を俯かせる。その時である。美琴「当麻……? 麻琴……?」上条麻琴「「!」」声がした方に顔を向ける上条と麻琴。美琴「ここにいたのね……」そこには、琴麻の手を引いた美琴が心配そうな表情を浮かべて立っていた。
上条「美琴……」麻琴「ママ………」現れた母親の姿を見、麻琴がボソッと呟く。美琴「…………」チラッ上条「…………」チラッ美琴は上条と視線を交わす。それだけで彼女は理解した。美琴「(全部……話したのね)」上条「(ああ……)」コクッ麻琴「ママ……!」美琴「麻琴……」麻琴「ママ! ママ! ママっ!!」麻琴の目尻に涙が溜まっていき、彼女の口がへの字に結ばれる。そして………麻琴「ママああああああああああっ!!!!!!!!!!」限界だった。麻琴「ママぁっ!!!」美琴「!」気付くと、麻琴はブランコから降り、思いっきり美琴に抱きついていた。麻琴「ママああああああっ!!!! ごめんなさい!!! ううっ……あんな酷いこと言っちゃって!!!」美琴「麻琴……」涙で顔をクシャクシャにしながら、麻琴は美琴にしがみつき、謝罪の言葉を搾り出す。麻琴「あたし! あたしっ!! ママのこと『おかしい』とか言っちゃった!! ママにきつく当たっちゃった!! ママは……ママはただ……酷い目に遭って……昔のことを思い出したくなかっただけなのにっ……!! うわああああああん!!!!」美琴「………………」琴麻「…………?」自分の腰に手を回しひたすら泣き叫ぶ麻琴をジッと見つめる美琴。側では美琴の手を握っている琴麻がその様子をキョトンと眺めている。
麻琴「ごめん……なさいっ……グスッ」上条「………………」麻琴「ううっ……グスッ……ヒグッ……」美琴「いいのよ、麻琴」麻琴「!」ポンと、麻琴の頭に美琴の優しくて柔らかい手が置かれた。麻琴「………えっ?」顔を上げる麻琴。美琴「………ママは……そんなことは気にしてないから……」麻琴「でもっ……!」琴麻「?」美琴「………………」フルフルと、そこで美琴は首を横に振り、静かに琴麻の手を離すと、麻琴と目線が合うように腰を降ろした。美琴「それに、ママは今が幸せだからいいの……」麻琴「今が……幸せ?」美琴「うん。……パパがいて、琴麻がいて、そして麻琴がいて、4人一緒で仲良く暮らしてる……。これだけでもう、ママは幸せなの」麻琴「……………、」美琴「麻琴や琴麻がこれからどんな風に成長していくのかも、とても楽しみ……」琴麻を、次いで美琴を順に見てニコッと微笑む美琴。美琴「だから……貴女たちに泣かれるのが一番、辛いのよ」麻琴「!」言いつつ、美琴は麻琴の髪をかき分けるように優しく撫でた。
美琴「寧ろ今まで、ママの昔のこと、隠しててごめんね」麻琴「ママ……」美琴「ほら、泣いてちゃ駄目でしょ? いつもみたいに、可愛い笑顔を見せてちょうだい」麻琴「ママああああああああああ!!!!!!」ガバッと麻琴が美琴に抱きついた。美琴「あらあら……お姉ちゃんでしょ? 琴麻が見てるわよ?」琴麻「…………」ポケー麻琴「ママああああああああ!!!! うわああああああん!!!!」美琴「よしよし……」優しく、自分に抱きつく麻琴の背中を撫でてやる美琴。麻琴「ううっ……グスッ……」美琴「………………」やがて麻琴は1分もしない内に泣き止んだ。美琴「落ち着いた?」麻琴「………グスッ…うん……」美琴「そう……じゃあ笑顔は?」麻琴「…………グスッ……」ニコッ涙を拭い、満面とは言えないものの、麻琴はその小さな顔に笑みを浮かべた。美琴「おりこうさん」優しく、細い、柔らかい手で麻琴の頭を撫で、美琴も笑みで返した。ポンッ!麻琴「!」と、今度は麻琴の頭を、優しく、大きい、力強い手で叩く感触があった。振り返る麻琴。上条「………………」小さく頷き、美琴と同じく笑顔を見せる上条の姿があった。
麻琴「パパ……」上条「………………」美琴「………………」目が合う上条と美琴。2人は無言で見つめ合う。もう、これ以上の心配はいらない、と言うように。美琴「さて………」立ち上がる美琴。美琴「麻琴」麻琴「はーい」美琴「琴麻」琴麻「なぁにママ?」自分の家族の顔を順に見、美琴は彼らの名前を呼ぶ。美琴「当麻」上条「何だ、美琴?」美琴「帰ろっか!」上条麻琴琴麻「「「うん!!!」」」美琴の言葉に、3人は同時に答えていた。
上条、琴麻、麻琴、美琴と仲良く手を繋ぎ家路に着く親子4人。麻琴「今日の晩御飯なにー?」美琴「何がいい?」麻琴「あたしシチュー!」琴麻「僕カレー!」上条「俺肉じゃがー!」美琴「もう、みんなバラバラじゃないの」麻琴「じゃあママは何がいいの?」美琴「うーんと……お肉とか?」麻琴「それじゃ、全部混ぜちゃおうよー!」琴麻「まぜまぜー!」上条「お、それは名案だな! 面白そうだし!」美琴「ええー!? ……まあ、工夫してみるけど」上条麻琴琴麻「「「やったー!!!」」」夕日に照らされた彼らの姿が、1つに連結した長い影を道路に作り出す。
麻琴「あ、そうだ! パパ! ママ! あの話聞かせてよ!」上条「あの話?」麻琴「パパとママの“なれそめ”話ー」上条「ブッ! またそれかよ!」美琴「もう、ホントそういう話が好きねー」
――これで、私の話は取り敢えずここでおしまい――麻琴「聞かせてー!」琴麻「聞かせてー!」上条「ハァ……どうしますか美琴さん?」美琴「ま、拒否する理由もないでしょ」――『弧絶術式』を掛けられたことが結果的に良かったのか悪かったのか、それは分からない――
麻琴「やったー!」琴麻「やったー!」美琴「えっと……あれはね……私が14歳の頃…学園都市の常盤台中学にいた時のことね」麻琴琴麻「「おー!!」」――麻琴に真実を全て話した夜、当麻は私に言った…『弧絶術式を発動した魔術師は、こうなることを予測して魔術を発動したのかな』って――美琴「ある日、不良に絡まれてた時に、そこのバカが無謀にも割り込んできて……」上条「ちょっ! バ、バカってなんすかバカって! ――私は『まさか、そんなわけないでしょ』って笑って返したけど、当麻はどこか有り得ないとは言い切れないって顔をしてた――上条「あー上条さんの黒歴史が暴かれていくー!」美琴「何が黒歴史よバカ」上条「冗談ですって! 黒歴史っつーか俺と美琴のラブラブストーリーだもんな?」美琴「なななななななな//////」麻琴琴麻「「………………」」ニヤニヤ美琴「ちょっ、ちょっとあんたたち! 何ニヤついてるの!?//////」
――今となっては真相は分からない。だけど、これだけは断言出来る。私は……当麻、麻琴、琴麻の3人と共にこれからも未来に向かってずっと一緒に暮らしていくことが。そして………――上条「………………」ニヤニヤ美琴「あんたも何笑ってんのよ!!//////」麻琴「それでそれで?」琴麻「それでそれで?」上条「それでそれで?」美琴「ハァ……ったく…まあ、それでね……」――今の私は、間違いなく幸せだってことが―――美琴「それが、私と当麻の初めての出会いだったのよ……」 ~終わり~
作者あとがき
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