学園都市には窓のないビルが存在する。 いや、窓だけではない。ドアや階段はおろか、廊下すらない、建物として機能しないビル。大能力である空間移動能力者でもないと入ることすら許されない、まさに鉄壁の要塞。 そのビルの中心に、巨大なガラスの円筒器が鎮座している。赤い液体に満たされた円筒の中に、緑色の手術服を着た人間が逆さまで浮かんでいた。 男にも女にも見え、大人にも子供にも見え、聖人にも囚人にも見える『人間』。 学園都市統括理事長、アレイスター。 自分の生命活動を全て機械に預け、理論上およそ1700年もの寿命をもつ『人間』。 そんな『人間』の前に、クラシックなスーツをまとい、手にはステッキをもつ、まさに老紳士という言葉がよく似合う『人あらざるもの』がたたずんでいる。 その老紳士は、アレイスターとは違う異質な雰囲気を漂わせている。 正体は、"紅世の徒"。この世の "歩いて行けない隣"の住人である。
「ひさしぶりだな、アレイスター」 老紳士がアレイスターに話しかける。その口調は、古い友人に話しかけているように聞こえた。「そうだな、"螺旋の風琴"。いや、今は"屍拾い"と呼ぶべきかね?」「まあ呼び方などはどうでもいいことだ。そうだろう?」 アレイスターの問いに、"螺旋の風琴"とも、"屍拾い"とも呼ばれた老紳士が答える。 その通りだ、とアレイスターは同意し、さらに新たな言葉を紡ぐ。「ところで、"零時迷子"はどうなっていた?」「……まあ概ね良好だろう。まだ"仮面舞踏会"達は見つけていないようではあるが、彼らの"大命"は滞りなく進むだろうさ」 老紳士が答える。その答えを聞いたアレイスターは、淡く淡く笑う。
「そうでなければ困る。こちらにも色々"プラン"があるのでね」「"プラン"……か。そちらのほうはどうなっているのだね?」「予定通り進んでいるよ。全て、ね」 喜怒哀楽の全ての表情を浮かべる『人間』が、少し楽しそうな表情を浮かべるのを老紳士は見た。 ――それから、少しの間が空き、老紳士が言った。「ふむ。……そろそろ行くとするか。さらばだ、世界最高の魔術師にして、世界最高の科学者、"アレイスター=クロウリー"」 言葉とともに、老紳士は一瞬にして消えた。この、空間移動能力者しか入れず出れないはずの鉄壁の要塞から。「相変わらずの"自在法"だな」 アレイスターは、目の前にあるモニターを見る。そこには、先ほどまでここに居たはずの老紳士が写っていた。 アレイスターが少し目を動かすと、モニターが移り変わる。そこには白い修道服を着た少女の姿が映っていた。「"禁書目録"……か。」 『人間』は、一人そう呟く。その声を聞いたものはいない。
七月十九日 今日は、上条当麻の退院日である。しかし、怪我をしてから三日間フルに寝込んでいた上条にとっては、一日しか病院の記憶がない訳で、あまりピンとこなかった。上条「えーと、今までありがとうございました、先生」 上条が目の前にいる医者に話しかける。医者の顔は、某カエルキャラクターに似ていた。カエル顔「まぁ、君にとっての『今まで』、は昨日だけだろうけどね? まったく、こんなにやっかいな怪我を持ってくる患者なんて、なかなかいないよ? 一体なにをしたんだい?」 医者が少し愚痴るように言った。まぁ無理もないかもしれない。数日前の上条は、全身打撲に、内蔵破壊、あげくのはてには右腕をすっぱりと切られている状態だったからだ。 ははは、と上条は笑って誤魔化した。なにがあったかを言うわけにはないからだ。
七月十五日。その日、上条はとある"紅世の王"と戦った。これは、その時に負った怪我なのである。 当然、その事を他人に話すわけにはいかなかった。上条「それじゃあ、そろそろ行きますね」 上条は話ながら立ち上がる。カエル医者「それじゃあ、もう来ないことを祈るよ?」上条「はい……。ありがとうございました、さようなら」 上条はそう言うと、荷物をとり、部屋を出ていった。カエル顔「もう来ないことを祈る……、か。本当にそうなるといいんだけどね」 一人、残されたカエル顔の医者がポツリと呟きながら、窓の外をみる。 そちらの方角には、窓の無いビルがあった……。
―――
長い黒髪をたなびかせる少女、シャナは一人苛立っていた。 ここは、とある少年が入院している病院の前である。本日は、入院していた少年の退院日だ。アラストール「……だから病室に迎えに行けばよかったのだ」 シャナの胸元のペンダントから、重く低い男の声が響いた。 彼の名前は、"天壌の劫火"アラストール。"紅世"に名前を轟かす"紅世の王"である。シャナ「……」 アラストールの言葉に、シャナは答えない。ただ一人苛々を募らせるばかりである。アラストール(ふむ、昔はこんなことなかったのだがな……) アラストールが一人思う。彼の言う『昔』とは、この街に来る前の話である。 そう、たった一人で"紅世の王"に立ち向かった、た一人の少年と出会う前のことだ。 少年との出逢いは、確実に少女を変えていた。しかし、その変化に少女自身は気づいていない。
アラストール(まったく、この事を"万条の仕手"が知ったら大変なことになるぞ……) アラストールは思い出す。給仕服を着て、能面のごとき表情を浮かべる一人の女性を。彼にとっては古き友であり、また、シャナにとって親のような存在である女性を。 そんなアラストールの心配を知らず、シャナはただただ少年を待ち続けていた。シャナ「あっ!! 来た!」 シャナが嬉しそうに言ったその声を聞き、アラストールはため息を吐く。アラストール(まぁ今更考えても遅いな……)
――― 上条は病室をでた。するとすぐに聞き覚えのある声が聞こえてきた。シャナ「当麻!! 遅いわよ!!」 声の主、シャナが叫ぶ。上条はシャナに近づき声を掛ける。上条「あれ? シャナ迎えに来てくれたのか。病室に来ないから来てくれないかと思ったぜ。ありがとな」シャナ「な……うるさいうるさいうるさい!! 偶然思い出しただけよ!! 別に待ってなんかいなかったんだから!!」 何故か真っ赤になるシャナ。フレイムヘイズでも風邪を引くのかな、て上条は思った。シャナ「とにかく、帰るわよ当麻」 冷静に戻ったらしいシャナが上条に言った。上条「あぁ、そうだな」 そして、上条とシャナは並んで歩きだした。 上条が入院している間、シャナは元平井ゆかりの家に住んでいた。 平井ゆかりの家は、偶然上条の学生寮の隣の寮だったのである。 そういうわけで、二人は同じ方角へと向かった。
シャナ「当麻退院するの遅いのよ!! あれくらい一日で治しなさい」上条「あのなぁ……。右腕切り落とされて次の日退院できるほど上条さんは丈夫じゃないですよ!?」シャナ「いや、当麻なら余裕で自販機でジュースとか買ってそうよ」上条「なんの話だよ……」 と、そう軽口をたたいていた二人だったが、その内、だんだん会話が無くなっていく。 空は、すでに夕暮れ色に染まっていた。そのまま、何故か無言のまま歩く二人。当然アラストールもなにも言わない。上条(あーぁ、たしか明日から補修だっけ……。不幸だ) そんなことを考えながら歩いていた上条に、シャナが意を決したように話掛ける。シャナ「当麻。これから…「あら、上条当麻。ひさしぶりね」 しかし、その声は別の声に遮られた。 目の前には、クラスメイトの吹寄制理がいた。吹寄「貴様たしか入院してたのよね」上条「あぁ……。今日退院だよ」吹寄「そう……。補修、忘れちゃだめよ。ただでさえ小萌先生に迷惑かけているのに」上条「……あぁ」シャナ「……」
吹寄と別れた二人は、また歩きだした。そこに、シャナが再び話掛けようとする。シャナ「当麻……「あっ、上条君。久しぶりです……」 しかし、またもやシャナの声は届かなかった。声の主は、クラスメイトの白いカチューシャがチャームポイントの少女だ。白カチュ「上条君……。入院してたって……。大丈夫ですか?」 少女が上条に話掛ける。上条「ああ! 今日で退院だぜ」白カチュ「よかった……。上条君が元気で……。あっ、平井さんもこんにちは」 少女の言葉に、シャナは答えずどこかむすっとしていた。上条「シャナ?」 上条がシャナの名を呼ぶ。シャナ「なんでもない……」白カチュ「それじゃあ、私は用事があるので……。失礼します。さよなら、上条君、平井さん」上条「じゃーなぁ」シャナ「……」
そして二人はまた歩き始めた。 シャナが、辺りを見渡す。誰も知ってい顔が無いことを確認すると、上条に話掛けた。シャナ「と……「見つけたわよー!!」上条「げ!? ビリビリ!!」 しかし、どこからか跳んできたらしい御坂美琴によって、三度シャナ声が被される。その声に、上条は嫌そうに答えた。御坂「だから! 私には!! 御坂美琴って名前があるって言ってんでしょコラッー!!」 御坂の頭から雷撃の槍がほとばしる。上条はいつも通り右手で打ち消した。上条「あぶねぇだろうがビリビリ中学生!! 下手したら死ぬぞいまの!!」御坂「それでも怪我一つ無いでしょあんたは!! なんなのよその右腕は!?」上条「怪我しなきゃ10億V人に打ち込んでいいってか!? こっちは今日退院したばっかだぞ!!」御坂「えっ!? 退院って一体なんの話よ!?」 二人の話(叫び)を聞き、ついにシャナがキレた。シャナ「もういい!! 当麻のバカ!!」 シャナが突然走り出すの驚き見た見た上条が叫ぶ。上条「シャナ!? どうしたんだ?」シャナ「うるさいうるさいうるさい!!」 あっと言う間にシャナは見えなくなっていった。 上条と御坂は、ただただ唖然とするだけだった。
つづく
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