「おっせェ」 デート当日、一方通行は美琴に指定された場所に時間通りに来ていた。ほぼ強制的に参加が決まったとはいえ、丸一日潰れるのだから、それなら真面目にやった方がいいと踏み、ちゃんと時間にも遅れずに集合場所である昨日の公園に来たのだ。 それなのに、それなのに約束の時間からほぼ一時間過ぎた今でさえ誰も来ない。一体これはどういう事なのかと美琴に問いただそうとしたのが三十分前。その時は美琴が電源を入れてない様で、結局連絡が取れなかった。他の二人の連絡先は知らない。 かくして一方通行は朝の八時から待ちぼうけを食らっているのだ。「最初に来たやつは先ずぶっ殺す。その次に来たやつもぶっ殺す。そんで最後に来たやつァ、超ぶっ殺す」 結局全員、ぶっ殺す事に決定した訳だがそれにしても遅い。まさか自分が間違えているのではないかと美琴のメールをチェックするが間違いなく日付けは今日で、場所はココで、時間は一時間前だった。 バチンと乱暴に携帯を折りたたみポケットに突っ込む。そして公園の入り口を睨み続ける作業を再開してから十秒。ツンツン頭の少年が息を切らしながら公園に入ってきた。「さァァァァァン下ァァァアァァァァ!!」 一瞬で公園の入り口まで移動する。一秒前に一方通行がいた場所には足形だけが残っていた。「あっ、おはよう一方通行」「おはようじゃねェンだよォ!」「えっ? なに怒ってんの?」 意味が分からないと当麻は首を傾げる。一時間近く遅れといてなんという言い草だろうか。一方通行のこめかみにビキビキと筋が走る。「三下三下三下ァァ」 歌うように呼ぶ。一方通行の怒りのボルテージはMAXまで達しようとしていた。
「今、何時ですかァ?」「九時五十分だな」「待ち合わせ時間は何時だったっけなァ?」「十時だろ? どうしたんだよ一体」「そうだろうが! 十時だろうがァ!! それなのにてめェは一体何時にっ……」 言葉が詰まる。十時? 待ち合わせは九時ではなかったのか? 一気に頭が混乱する。行き場を失った怒りのボルテージは急速に落ちて行く。「十時じゃ……ねェのか?」 メールにはそう書いてあった。さっきも確認したし間違いはないはずだ。「何言ってんだよ。ほら」 当麻が美琴からの送信メールを開いて一方通行の目の前に表示した。そこには確かに九時に公園に集合と書かれていた。 もう一度、自分の携帯を取りメールを開く。そこには九時に公園集合と書いてあった。「御ィィィィ坂ァァァァァアアァァァ!!」 行き場を取り戻した怒りが大爆発する。口から火でも出しそうな勢いだった。携帯を真上にブン投げる。ギラギラと光る赤目を最大限見開き、どうしてやろうか、ぶっ殺してやろうか。うんそうだ、ぶっ殺そう。これはもうぶっ殺しても問題ないレベルだ。などと物騒な事を考えていると、ぶち殺しが確定した美琴が佐天を引き連れてノコノコと公園に入ってきていた。「なによ、人の名前大声で叫んじゃって」「これみろォ!」 地面に転がっていた自分の携帯を拾い、例のメールを付き付ける。一方通行のあまりにも凄い勢いに、佐天は思わず美琴の背中に隠れた。
「あー、打ち間違えちゃってたんだ」「俺はなァ……このメールのせいで朝っぱらから一時間も待たせれたンだぞォ!」「そっか。ごめん! それじゃあ佐天さんもいる事だしさっそくみんな自己紹介しましょう」「いやいやいやいや、御坂さン」 自然すぎる進行に一瞬流されそうになるが、そこは食らいつく。ごめん!ってそれだけで済まそうなんて一方通行はこれっぽっちも思ってないのだ。「なによ、謝ったでしょ。もう一回言えばいいの? なら言ってあげるわよ。ごめん!」「いや……あの、うン」 あまりの美琴のキレの良さにたじろぐ。しかしやっぱり何か納得いかない一方通行はしゃがんでいじけてしまった。隣では初めまして、佐天涙子です。こちらこそ初めまして上条当麻です。と普通に自己紹介が始まっていた。 「それで、あそこでいじけてるのが一方通行よ」 美琴が、砂に人差し指で小さい三角形をグルグルなぞっている一方通行を指差す。佐天はあはは、と少し困ったように笑いながらしゃがんでちっちゃくなっている一方通行に近寄った。「いや、確かにィごめんは合ってンだけどよォ。それはなンか違うっつーか……」 佐天が近づいた事にも気付かない一方通行は小声でグチグチごちっていた。佐天は身体を曲げ、一方通行を覗き込むような体勢になる。佐天の長くてツヤのある綺麗な黒髪が一方通行の顔を軽く撫ぜた。「初めまして、一方通行さん。私、佐天涙子っていいます」 その声に一方通行が上を見上げると、そこにはひまわりの様な明るい笑顔があった。「お、おゥ」 顔をくすぐる髪からはシャンプーの匂いだろうか、柔らかくて仄かに甘い香りが漂っていて何ともこっ恥ずかしい気持ちになる。中学一年生にしてはな大きく布地を押し出した胸が近い。一方通行は周りには分からない程度に赤面する。家には幼女とお姉さんが常駐しているというエロゲ的な生活を送っている一方通行だが、そういう風な目で見た事はなかったし、なにより生のピチピチ中学生に対する免疫なんてものは持っていないのだ。
「で、今日ってどこ行くんだ?」 集合場所と集合時間しか知らない当麻が美琴に尋ねる。昨日の晩にこういうのは普通男が考えるものじゃないのか? とバスタブの中で考えたりもしていたが、結局何も思いつかないまま眠りについていしまい、今朝はあんな事になってしまったため当麻的にはこの後はノープランなのだ。「実は何にも決めてないのよねー。佐天さんは行きたいとことかないの?」 まさかのノープラン発言に当麻は新喜劇バリのズッコケをみせる。笑いの一つでも起きると思ったが「えっ、なにそれ」と美琴が予想外の方向へ食いついてきてしまい、ただの変なテンションの人間となってしまった。「んー。私も特にないんですよね。地下街でも行ってみますか? あそこなら遊びに関しては大体のものは揃ってますし」「よし、じゃあ地下街行こうぜ」 言いながら当麻は右手で美琴の左手を取る。凄く自然に、それが然も当然かのように。「えっ……ちょっ、なんで手を繋ぐのよ!」 美琴は突然の当麻の行動に顔を赤らめて慌てるが、当麻は「え? これデートなんだろ?」と素の顔で答える。当麻の脳内ではデート=手を繋ぐの構図が一ミリの迷いもなく構築されているようだ。たとえ相手が本当の恋人でなくても。「んなっ」 当麻の言葉に、そう言えばこれはデートなんだと再確認させられ首まで赤くなった美琴は、下を向きブツブツと呪文を唱えている。それでも決して自ら手を離すことはなかった。 そんな二人を見て、「どうしましょうか?」 と、佐天は眉を下げて困り顔。あの二人は普段から仲がいいし手を繋いでも違和感はあまりないが自分たちは今日初めて会ったのだ。初対面の人と手を繋ぐ。それは少し勇気のいる事だが、自分としては折角のデートだし繋いでみたい気もする。一方通行は嫌がるかもしれないが。
「ン」「へ? あっ……」 当麻たちの行動を見て、一方通行はぶっきら棒に右手を差し出す。つられて佐天はその上に左手を置いた。佐天の手を一方通行の手が優しく包む。朝から一時間も外で待ちぼうけを食らっていたせいだろうか、一方通行の手は、酷く冷たかった。「おーい、行こうぜー」「そンな慌てンじゃねェよ」 呼ばれて一方通行が佐天より先に足を踏み出す。佐天は自分と繋がっている冷たい手を見ていたため少し反応が遅れる。必然的に一方通行に一歩分引かれて歩く形となった。(私いま、男の人と手を繋いでるんだ。これからデートなんだっ) 歩調に合わせて揺れる白髪を見ながら改めて実感する。今まで全くと言っていい程、男っ気のなかった自分がデートするのだ。そう意識しだすと色々と考えてしまう。今日の服は大丈夫なんだろうか。髪は崩れてないだろうか。ちゃんと綺麗だろうか。自分はこの人にどういう風に見られてるのだろうか。 いまだ冬の気配を残した風が吹き抜ける。普段なら首をすくめる所だろうが、不思議な熱を持った身体には、心地よい春風となっていた。
適当な所から地下街に降りるために階段を降る。暦の上ではもう春とはいえ未だ外気は冷たいためだろう、地下街全体に強めの暖房が入っていて階段を降りて行くとムアッとした空気に襲われる。 二組が手を繋いでから十数分。最初はテンパっていた美琴もなんとか落ち着き今はいつも通りに当麻と会話している。時折二人の間にこぼれる笑みから察するに、結構楽しめているのだろう。問題は、もう一組だ。(どうしよう……なんか重い) 一応、手を繋いで並んで歩いてはいるのだが、佐天と一方通行の間に会話はない。初めのうちは高校はどこだ、中学はどこだ、こうやって男の人と遊ぶのは初めてだ。など当たり障りのない会話で場を繋いでいたが、一方通行が返事しかしないため長くは持たない。佐天だって、初対面の人間相手に色々話せるほど器用ではない。かくして数分前から二人の間には沈黙が流れているのだ。 最初は美琴と上条の話に割り込もうとも考えたがすぐに止めた。あまりにも二人が楽しそうなのだ。特に美琴が。何も知らない人間が見ればなんの疑いもなく二人をカップル認定するだろう。その位前を歩いている二人の間にはアマアマな空気が流れていた。(私といるの、つまんないのかな……) 集合場所に行く前に美琴から聞いた話によると、手を繋いでいる男はどうやら強制召喚らしい。本当はココにいるのも手を繋ぐのも嫌々なのかも知れない。そう考えるとなんだか一方通行に悪い気がして佐天は俯いてしまった。 行き先も決めてないくせに、前の二人はズンズン進んでいく。(少しぐらいこっちの事を気にしてくれてもいいのに……)「つまんねェか?」 いきなりの質問に佐天は驚き、思わず握っていた手を離してしまった。「そ、そんな事ないですよっ」「そォか。ならいいンだけどよ」 それだけ言って、一方通行はまた佐天の手を取り歩き出す。
(嫌では、ないのかな……?) 嫌ならまた手を握り直すなんてしないだろうし、なによりさっきみたいな質問は来ないだろう。何考えてるかよく分からない男・一方通行に手を引かれながら佐天は思う。 このヒョロイ白髪は悪い人ではないんだろうと。「なぁ、これからゲーセン行くのでいいかな?」 第三者的にはイチャイチャしていた当麻が振り返る。なんだ、ちゃんと次の事考えてたんだ。と、佐天は少し意外に思った。「いいですよ。一方通行さんもいいですよね?」「あァ。俺ァなンでもかまわねェ」「なら決定ね! 確かそこの角を曲がった所に二つぐらいあったと思うんだけど……」 そんな会話をしながら四つ角を曲がると、美琴の言う通り二つのゲームセンターが併設されていた。 「どっちに入る?」 二つのゲームセンターの入り口のちょうど中央まで来たところで当麻が振り返る。つられて美琴も振り返る。二組は久々に向かい合う形となった。学園都市のゲームセンターには二種類のものが存在する。一つは学園都市の最先端技術を集めた未来型のもの。もう一つは学園都市外と同じレベルの一般的なものだ。「どうせならこっちに入りませんか? 折角、学園都市に住んでる訳ですし」 佐天が前者のゲームセンターを指差す。入口の遮音機能のあるガラス製の自動ドアには所狭しと新作ゲームのポスターが貼られていて、中の様子はドアが開かない限りはほとんど見えない。「そうね。私もココ来るのご無沙汰だから新機種もいっぱい入ってるでしょうし」 当麻を引っ張りながら美琴は未来型ゲームセンターの入口へ向かう。強い力で引っ張られたのだろう。美琴と手を繋いでいる当麻は前のめりになり、こけまいと必死にケンケンで体勢を整えていた。
「一方通行さんってこういうとこ来たりするんですか?」「今日が初め……」「きゃっ!」 自動ドアが開くと電子の爆音が四人を襲った。あまりの音量に佐天は思わず身体をビクつかせてしまう。春休みという事もあるのだろう。ゲームセンターの中は混雑、とまではいかないが中々の客入りだった。「どれやるー?」「あれとか面白そうじゃない?」 当麻と美琴は慣れているのか、爆音を物ともせずズンズン奥へ入って行く。二人を見失わないようにと佐天も歩き出すが、なぜか一歩踏み出した所から体が進まない。「あれ?」 不思議に思って横を見ると、一方通行が空いている左手で耳を押さえてしゃがみ込み、小さく丸まっていた。「やっべーだろこの音は。人体への影響そっちのけですかァ?」 生まれて初めてのゲームセンターで奇襲を受けた一方通行は完全に腰が引けていた。昨日から、何故だか無生物に良く負ける。「あははっ、大丈夫ですか?」「お、おゥ」 そんな一方通行の手を引いて立ち上がらせると、四方から飛んでくる電子音にまざり美琴の自分たちを呼ぶ声が聞こえた。
美琴たちの所まで行くと、そこには格闘技で使うような大きさのリングが透明のプラスチックで囲まれるそうにして設置されていた。そしてそのリングをゲームの画面に見立てるようにゲームセンターでよく見かける、レバーと四つのボタンで構成されているコントローラーと簡易な椅子が鎮座している。そしてその一角だけ、やけに天井が高い。「これなんですか?」 ゲームセンターには不釣り合いなリングを見ながら佐天はレバーを適当にガチャガチャ動かす。「なんかねー、擬似体験型格闘ゲーム? らしいわ」 美琴が近くに立てられている恐らくこのゲームのであろう幟を見ながら答えた。佐天はコントローラーの台に紐で括り付けてある小冊子を見つけるとパラパラとめくり始めた。 それによるとこのゲームはどうやら二人一組、計四人で行うらしい。リングに上がる人間は専用のヘッドギア、ベスト、グローブ、足にはレガースと靴を付ける。そしてペアになった人間がコンローラーでリング上の人間を操作して戦う。そんなゲームだ。「へー、面白そうじゃない」「一方通行、対戦しようぜ」「俺らがリングに上がンのか?」「そりゃお前、女の子殴り合わせる訳にはいかないだろ」 当麻は着ていたダウンを脱いで着々と準備を進めていた。「これ、幾らなンだ?」「えーと、一ゲーム……千円!?」「千円!? ゲームするだけで千円もかかるんですか!?」 佐天と当麻の一般人コンビは目が飛び出るんじゃないかというぐらいのリアクションを見せる。しかし少なくともそういう面では一般人でないLEVEL5コンビは……
「これ電子クレジット使えンのか?」「んー……ver.2までなら使えるみたい」「マジかよ。俺のver.3なンだが。札なンざここ数年持った事ねェし」「電子マネーは?」「全部クレジットにしてっからなァ」「それぐらい持っときなさいよ。結構便利よ? 電車もコレだけで乗れるし」「移動は基本歩きかタクシーなンだよ」「そんなんじゃ世間から置いてかれるんじゃない?」「でもカード増えっと請求書とか面倒くせェしなァ」「電子マネーは請求書とかないわよ。取り敢えずココは私が出しとくわね」「悪ィな。今日のメシは奢ってやンよ」「楽しみにしとくわ」 千円を払ってまでこのゲームをするか否かではなく、どうやって千円というはした金を払うかで盛り上がっていた。「LEVEL5恐るべしですね」「ああ。俺らとは住む世界が違うな」 普段はLEVEL5だという事を感じさせない様な二人だが、こういう時は自然とレベルの違いを見せつけるのであった。「おィ、佐天。コレ持っとけ」 一方通行が着ていた真っ黒なコートを乱暴に投げる。急に飛んできたコートに対処しきれず、佐天はソレを取り落としてしまう。
「あっ、すみません」 地面に落ちてしまったコートを慌てて拾う。しかし真っ黒なコートには目立つ埃が付いてしまっていた。おそらくこのコートも高いんだろうな、怒られちゃうかな。とおっかなびっくり一方通行の方を見るが、コートを落とした事に気付いてないのか、それともどうでもいいのか、すでにリングの上に上がっていた。「チーム分けどうするんだ?」 専用の靴を履きながら、当麻はプラスチック越しに美琴と佐天に尋ねる。「さっきのでいいんじゃない?」 さっきの、とはもちろん手を繋いでいたコンビで。という事だろう。「絶対負けないぞ! 一方通行!!」「ンなこと言っても操作すンのはあっちだからなァ」 言いながらグローブをギュッと引っ張る。言動には出さないが、静かに対抗意識を燃やしているのだろう。一応デートなのだ。女の子にカッコ悪い所を見せたいはずはない。「二人とも準備はいいー?」 美琴の掛け声に当麻、一方通行とも反応する。それを確認してから、美琴は電子マネーを読み取り器にかざす。 佐天は慌ててコントローラーの前に立つが、一方通行から預かったコートをどうしようかと思案していた。小脇に抱えるのはゲームをするのに邪魔だろうし、コントローラーの台の上に置くとまた床に落としてしまいそうだ。何気なしに美琴の方を見ると、美琴は当麻のダウンを自分のコートの上から着ていた。ソレをみてハッとしたように佐天も一方通行のコートを着る。当り前だが、袖が長く指は第二関節までしか覗かなくなってしまった。 袖の端を指でイジイジしていると前方から、ゲームのオープニングであろう軽快な音楽が流れて来た。用途不明だったプラスチックに映像が流れる。「さーて、佐天さんどこのステージでやりたい?」 美琴がカチョカチョとレバーを引く。それに合わせて背景が変わっていく。キャラが自分自身のため、いきなりステージ選択からゲームは始まっているのだ。ちなみに必殺技などはゲームが始まった時点でコンピュータが自動で決めるらしい。ステージを一通り見ると、道路、雪山、川、草原、中には宇宙なんてものもあった。なるほど、これは凄い。と佐天は学園都市の技術に感心する。まるで自分がその場所にいる様な臨場感が味わえるのだ。それはリング上の二人も同じ、というかそれ以上にリアルに感じられるようで、画面が変わるたびリングの方から「すげー!」「なンだこりゃ。川の流れに足取られてンのか?」などとテンションの上がった二人の男の声が聞こえてくる。
「初めてだしオーソドックスな場所でやりませんか? 道路とか」 さっきの一方通行の言葉を聞くと、どうやら川や雪山などのステージでは、足場の感覚もソレに合わせて変化するらしい。そうなると操作は難しくなるだろう。「そうね。先ずは様子見ってことで」 美琴がカーソルを道路に合わせてボタンを押す。すると画面にはNOW LODINGの表示とともに簡単な操作説明が表示された。それによると、どうやら昇竜拳とか出せるゲームと操作性はほとんど同じらしい。違うのは現実世界で戦うため奥行きまである事と、超必殺技が地上戦と空中戦で違うことぐらいだろう。(これなら何とか大丈夫そう) 構えながら佐天は適当に技の練習をする。美琴はジッと画面を見ているだけだった。「一応言っとくけど能力とか使うなよ?」「これに使ってなンか意味あンのか?」 リング上では今まさに闘わんとしている二人がゆるい会話をしていた。 画面が切り替わり舞台である道路が表示される。体力ゲージや超必殺技を放つためのゲージの位置も例のゲームとさほど変わらない。もっとも当麻と一方通行にゲージは見えていないのだが。「美琴ー頑張れー」「ヘマすンじゃねェぞ」 戦う二人から声援が送られるという可笑しな構図だが、これもこのゲームの売りなのだろうか。佐天がそんなことを考えていると戦闘開始のカウントダウンが始まった。 3 それと同時にリング上の二人の身体の自由が奪われ、格闘ゲームのキャラのように身体を揺らしながら、構えを取った。 2「全然身体動かねェな」「動いたら意味ないもんな」 1
GO!!の合図と共に当麻は天井スレスレ、床から5メートルの高さまで飛翔した。所謂ハイジャンプである。やけに高い天井はこのモーションのためだった。「ぎぃやぁぁああぁぁぁぁあ!!」 なんの打合せもなく体験した事のないような高さまで飛んだ当麻は思わず悲鳴を上げる。そして両手をバッと広げた。その手には青白い光が宿っている。「さぁ! 食らいなさい! 佐天さんもとい一方通行!!」 戦闘開始わずか一秒での超必殺技発動。超必殺技のゲージは1から0となる。それと同じタイミングで真横に広げていた当麻の両手から、連射砲のごとく十五の青白い光球が放たれる。「すげぇ!俺能力使ってるみたいだ!!」 自らの手から放たれた光球を見て、当麻のテンションは急上昇だ。擬似とはいえ、自分の手から何かが放出されるというのはLEVEL0としてはかなり嬉しい。「一方通行さん! 動きますよ!!」「おォ!」 頭上から降り注ぐ攻撃に合わせて一方通行の腕が伸びる。このゲームに単純にガードするという概念はなく、その場に応じて避けるなり弾くなりしなければならないのだ。 身体に当たる前に一方通行の手が光球を弾く。手に若干の衝撃が走った。怪我をする事はないが、攻撃に合わせそれに見合った衝撃が来るようにプログラミングされているのだろう。 十、十一と次々襲ってくる光球を弾く。それに合わせて一方通行側の超必殺技のゲージは溜まっていく。しかし……「っつ!」 全てに対処しきれず十二発目が一方通行の頭に直撃する。超必殺技という事もあり、まともに食らった場合の衝撃は強いのだろう。足と地面が離れ、一方通行は伸身のまま宙に浮く。そこに十三、十四、十五発目が追撃する。一方通行の身体が地面に叩きつけられた。体力ゲージが削られる。「大丈夫ですか!?」 その佐天の言葉を聞く前に一方通行は跳ねるように起き上がった。ゲームによる起き上がりのプログラミングだろう。
「問題ねェ! 問題ねェからさっさと攻撃しやがれ!!」「させないわ! このまま一気に型を付けてあげる!」「ちょぉぉぉおおぉぉぉ! 御坂さぁああぁぁぁぁん!!」 再び当麻は飛翔し、右足を真上に突き出す。それを見た佐天はレバーを素早く手前に二度引く。すると一方通行からすると右側、佐天からすると手前に一方通行は移動した。 当麻が踵落としの要領で足を真下に振り抜く。しかし、すでにそこに一方通行はおらず、リングをガンッと鳴らすだけだった。「御坂さんは大振りすぎるんですよ」 佐天の言葉と共に、一方通行は左から右へと右手を振り抜く。強攻撃での裏拳が当麻の側頭にクリーンヒットした。さらに……「コンボ繋げさせてもらいますね」 裏拳の勢いそのままに左脚でミドルをお見舞いする。当麻の身体がくの字に折れ曲がる。二歩ほど当麻が後ずさる。しかし佐天は追撃をやめない。一方通行が左手を伸ばし、当麻の胸倉近くのベストを握る。美琴は慌ててその手を外そうとするがもう遅い。 目にも止まらぬ速さで、一方通行の右拳の弾幕が当麻の全身を貫いた。「ハハハハッ! いい! いいぜ佐天!!」「ちょっとー! アンタ早く動きなさいよ!!」「そんな事言われても……」 拳の弾幕が止んだ後も、当麻の身体は美琴の言う事をきかない。所謂ダウン状態なのだろう。フラフラと身体を揺らしながら立っているのがやっとという状態で、当麻の体力ゲージの残りはもう半分を切っていた。「一方通行さん! 決めますよ!!」 当麻の放った超必殺技を弾いた分と先ほどのコンボで、ゲージはMAXまで達していた。佐天が必殺のコマンドを入れる。
「終わりだぜ三下ァ!」 一方通行は腕を組むようにして両手を脇で挟んだ。そして力強く腕を引く。すると有ろう事か肘から先が抜け、露わになった上腕の断面には砲門が備わっていた。「ちょっ?はァ!?」 予期せぬ出来事に一方通行は混乱する。しかしそれでも佐天は……「ヘルズフラ――――ッシュ!!」「腕もげたァァァアァァァ!!」 二人の歓喜と悲痛の咆哮とともに、一方通行の両肘から極太の深紅のレーザーが発射された。「いやー、佐天さん強かったわ」「我ながら上手くコンボを繋げれましたよ。でも、二回戦の御坂さんの奇襲には驚きました」 激戦を演じた四人は、現在少し休憩しようと言う事でゲームセンターの隅に設けられている休憩コーナーでジュースを飲んで一服していた。ちなみにココでの支払いは一勝二敗で惜敗してしまった当麻・美琴チームの奢りとなっている。「なァ、マジで大丈夫か? 切れ目とかねェよな?」「大丈夫だってば。アレはゲームの演出だって」 先ほどプレイした擬似体験型格闘ゲームの感想で盛り上がっている女子二人の横で、男子二人は自分の腕をマジマジと見ていた。「でもアレ凄かったな。あれだけ殴り殴られしたのに傷どころか痛み一つ無いなんて」 当麻の問いかけには一切反応せず、一方通行は色々と角度を変えて自分の腕を確認する。当麻の言う通り、先ほどのアレはただの演出な訳だが、なまじ精巧に出来ていたため一方通行は仮想世界から帰りきれずにいた。一方通行には演出だと言ったが当麻も同じなのだろう。時折手をジッと見つめた後、勢いよく手を前にかざし、何か手から出ないかな……などと呟いていた。
「ねぇ、次どうするー?」 仮想空間から戻ってこない二人に美琴が声をかける。まだ昼食には早いが、やりたいゲームもこれと言ってない。こんな時はみんなで考えるのが一番なのだ。「なんでもいいぞ」「三下と同じだな」「アンタら……」 自分の意見のない二人に少しばかり呆れる。これではデート開始一時間で手詰まりだ。かと言ってならお前は何か考えているのか、と聞かれると別に何もなかったりする。四人の間に、けして悪いものではないがなんとも言えない空気が流れる。「あのー」 オレンジジュースをチビチビと飲んでいた佐天が控えめに手をあげた。一斉に三人の目が佐天に集まる。「なになに? なにかやりたいゲーム見つけた!?」 この変な空気を打開してくれるのか!? そんな期待を含んだ、いつもと比べると少し高い声を持って美琴は佐天の方に身を乗り出す。男子二人は背もたれに身を預けたままだ。「プリクラ……みんなで撮りませんか?」「プリクラかー、こっちのゲーセンにあったかな?」「?」「いいわね! ナイスアイデアよ佐天さん!!」 佐天の提案に三者三様のリアクションを返す。一番拒否しそうだと踏んでいた一方通行が何故だか無表情で押し黙った事に佐天は安心し、同時に不安にも思う。もしかしてだが、万に一つ、この瞬間太陽が爆発するぐらいの可能性ではあるが……
「……一方通行さん、プリクラってなんだか分かりますか?」 佐天は少し戸惑ったが一応、聞いておく。もし一般人にこんな質問をすれば、ちょっとしたジョークだと思われるかもしくはバカにしてるのかと思われるかのどちらかだろう。しかし今、目の前でこちらを見たままボーッとしている御方は学園都市の第一位。それだけでもアレだが先ほどのゲーム代のやり取りを見て、少なくとも自分や当麻と同じ種類の人間でない事はわかった。だからというか何と言うか、とにかくこの御方は本当にもしかするともしかしちゃう可能性を秘めている気がするのだ。「お前、いい質問するじゃねェか」 腕を組み、舐めるように佐天へ視点をやる。長い前髪の隙間から赤目が覗き、キラリと光る。無表情ではあるが何かを感じさせるその赤目で佐天の瞳を真っ直ぐ見据え口を開いた。「わかンねェから、教えてください」 手を膝に着き軽く頭を下げる。佐天が考えていた以上に一方通行のもしかしちゃう率は高かった。結局、四人がいた方のゲームセンターのは『動物になりきろう!』や『心霊写真風プリクラ』などと言った色物しか置いていなかったため併設されている一般的なレベルのゲームセンターへ移動する事になった。その道中、三人がかりで一方通行にプリクラとは何たるかを説明したが、「分かった。ようするに写真撮ンだな?」と分かったのか分かってないのか微妙なラインの返事が返ってきた。「うわっプリクラだらけじゃない。プリクラってこんなに種類あるのね」「見ろよ、このプリクラで撮ったら目が大きくなるらしいぞ」「上条さん、それは止めといた方がいいですよ。前に友達と撮った時は目じゃなくて鼻の穴が大きくなっちゃった子がいたんで」「化けもンじゃねェか」
一般的レベルのゲームセンターに入ると、この店の売り上げはプリクラのみなのだろうかと、余計な詮索をしてしまいたくなるほど充実したプリクラコーナーが広がっていた。その広大なプリクラコーナーを物色しながらうろつく。当麻と一方通行にはどれも同じようなものに見えるが、女子二人にはそうでもないらしい。顔がくっ付きそうなほど接近してこの機種は美白がとか、これは書きこむ時のスタンプの種類とかペンの色が少ないとか色々と判別するのに忙しそうにしていた。「アイツら何基準で迷ってンだ?」「俺もよく分からん」 蚊帳の外で並んでいると、どうやらどの機種にするか決まったらしい。美琴と佐天が手招きをして二人を呼んだ。「正直どれがいいか良く分かんないんでこれにしましょう」 佐天が指差した機種は『美白のお姫様』。このネーミングセンスはどうにかならなかったのかと当麻が軽く突っ込みを入れながら中に入ると、そこには二畳ほどの空間が広がっていた。「せっめェ」「こんなもんですよ」 言いながら佐天は早速機械に三百円を入れた。支払いは俺にまかせろー! と勢いよく財布をポケットから取り出して天高く構えていた当麻はそれを誤魔化すように「御坂、お魚さんですよ~」と財布を宙に泳がす。美琴はそれを無視して佐天とフレームを選んでいた。「まァ、お前はさっき飲み物代払ったしな」 一方通行の優しいフォローが、やけに心にしみる当麻だった。「はい、出来た!」 フレーム選択が終わったのだろう。少しあわてながら美琴と佐天は、並んで立っていた当麻と一方通行の両脇に駆け寄る。当麻の左に美琴、一方通行の右に佐天という構図だ。全員意識せずともこのカップリングで決定しているのであろう。 ウィーンという、いかにもな機械音を発しながらカメラが移動を始める。慣れたように佐天は右手でピースサインを作る。いつも初春たちと撮る時は肩を組んだりスカートをめくったりしている左手は、今日は一方通行のコートの脇腹あたりを握っていた。
(これはつっ立てるだけでいいのか?) プリクラというかこうやって仲良く映る写真自体ほぼ初体験な一方通行は迷っていた。右に居る佐天はピースしてるし、左に居る当麻は暑苦しく肩を組んできている。美琴は……この位置からは見えないが、どうせ何かしらはしているんだろう。 プリクラの機械の天井に埋め込まれたスピーカーから、子供の様な高い声で「いくよ~」とシャッターを切るカウントダウンが始まる。美琴は一人で焦っていた。(どうしよう、無難にピースするか、それともデートだし! 今日はデートだし!) 両手を緊張と恥ずかしさで震わす。当麻の袖を握っちゃおうかどうしようか。当麻ならビックリはしても笑って許してくれる気はする。でも、単純にそんなことする自分が恥ずかしい。そんな美琴の迷いなどお構いなしに3,2,1と機械的にカウントダウンは進む。(えーい! もぅどうにでもなりなさい!!) 両腕で当麻の左腕をがっちり絡め取る。顔は少し赤くなっているがとびっきりの笑顔。勢い余って胸まで当麻の肘に押しつける。その瞬間、カシャッとシャッターのおりる音が無言の空間に響く。(やっちゃった……袖を握るどころか絡みついちゃった……勢いで胸まで押しつけちゃったし下品だと思われたかなーっ) 腕を絡めた時よりもさらに顔を赤くする。そこまでするつもりはなかった。軽く袖を握ってちょっと仲良し感を出したいだけだった。無意識に当麻のダウンの裾をキュッと握る。「だ、大丈夫か?」 当麻は焦っていた。シャッターの下りる瞬間、左から軽い衝撃があり、シャッターがおりてすぐに何事かと目を向けるとダウンの裾を掴んで俯いている美琴がいたからだ。それにあの時、「肘、骨に当たっちゃっただろ?」 肘に硬い衝撃があった。もしかしたら鳩尾に入ってしまったのかもしれない。もしそうならかなり苦しいだろう。当麻も何度か経験したことがあるがあの苦しみはどうにもならない。空気を吸う事も吐く事も出来ず、ただ耐えるしかない痛み。美琴が苦しんでいるのを見るのは、なんだか辛いものがある。そんな訳で少しでも痛みが和らげばと背中を擦ろうとすると、その手を美琴に払われた。
「はぁ?」 なぜ? 当麻の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。もしかして鳩尾じゃなかったのだろうか。もっと違う所に当たっていたのだろうか。「アンタの肘が当たったのは……」 美琴が当麻を見上げ、睨みつける。その目は少し潤っていた。それがさらに当麻を焦らせる。もう意味が分かんない。 「私のむ、むむむ胸だぁあぁぁ!!」 恥ずかしさと怒りで全身に十億ボルトもの電気を帯びる。スピーカーからは「はい、チーズ」ってそんな場合ではない。学園都市最強の電撃使いが本気で能力を使おうとしているのだ。「落ち着け御坂! ここで電撃なんか飛ばしたら機械の弁償代とかバカにならないぞ!?」「うっさぁあぁぁぁい!! 女の子の胸触っといて鳩尾とはどういう了見だこらぁあぁあぁぁ!! 普通ドギマギしたりするでしょうがぁぁぁあぁ!!」「だって硬かったんですもの! ふんわりとした感覚なんてなかったんですもの!」「ばかぁぁああぁぁぁぁぁあああぁ!!」 落ち着かせるどころかなぜか当麻は火に油を注ぐ。美琴はまだ電撃を飛ばしてこそいないが身体に纏っている電気は明らかに強力なものになって来ている。いつ電撃を飛ばしても不思議ではない。「御坂さんおおお、落ち着いてくださいぃぃぃぃ」 初めて見るLEVEL5の本気にビビりながらも必死で友達を止めようとする。そんな佐天を一応電気が飛んできても大丈夫なように背中に隠しながら、一方通行は右足をあげた。
「いいからその右手で止めてこいってェの」 一方通行が当麻の尻をガツンと蹴る。自分なら攻撃こそ食らいはしないが、ソレ自体を止める事は出来ない。そこで当麻の出番だと考えたのだ。当麻の右手が触りさえすれば美琴の電気は強制的にキャンセルされる。確かに下手な説得よりは一番確実な選択ではあるが、やり方があまりにも雑だ。「うぉおぉぉ!?」 いきなりの後方からの攻撃に対処出来るはずもなく、当麻の身体は美琴めがけて一直線だ。それでも何とか右手を前に突き出す。いくら身体が頑丈だからといってもこの電圧に触れるのは洒落にならない。当麻が必死で突き出した手は空を切ることはなく、美琴の肩に触れた。 その瞬間、美琴の放電が納まる。しかし、一方通行の蹴りの勢いを止める事は出来ず当麻と美琴は抱き合うような姿勢になってしまった。 わぁ、とその状況に佐天は羨望の声をあげた。プリクラがパパラッチよろしくシャッターを切る。「っと大丈夫か?」 訳:もう右手を離しても放電しませんか? 「まだ」 訳:もうちょっとギュッとしてて 予期せぬ出来事に、美琴の身体は小刻みに振動する。当麻はその振動を怒りによるものと勘違いしたのか、はぁ……とため息を吐きながら落ち着かせようと右手で頭を撫でた。 「御坂さんいいなぁ」 一方通行のコートの背中と腕の部分を掴みながら佐天は小声で呟く。プリクラ内で突如発生したイチャイチャ空間。そう言う事になじみの薄い佐天には夢のような光景だった。一方、この状態を作り出した一方通行は、いつまでも人前でイチャついている二人に悪態をつく訳でもなく、何を考えてるか分からない目で静かに見ているだけだった。 なんの抵抗もなく男の腕に大人しく納まっている女、その女の頭を撫でながら抱きしめる男、一歩後ろからそんな二人を羨望の眼差しで見る女とただつっ立ている男。世にも奇妙な構図をバッチリと機械はフレームに収め、「また遊んでね! お絵かきコーナーは出て右側だよ!」 明るい声で四人に撮影終了のアナウンスを伝えた。その言葉に当麻の腕の中でポワーンとしていた美琴は我に帰る。
「ちょっと! いつまで抱きしめてんのよこの変態!!私出るから退きなさいよ!」 両腕を突っ張って当麻の腕から逃れる。顔がめちゃくちゃ熱い。自分はいったい今、なにをやらかしちゃってたのだろうか。三人の目から逃れるようにそそくさと外へ出て行く。(御坂さんかわいぃー) 佐天は頬に手を当てて顔が溶けそうなほどニマニマする。いいものが見れたといった感じか。(危なかった……死ぬかと思った) 当麻は佐天が溶けてる事も美琴が首までTHE☆REDになっている事にも気付かず、今はただ、自分の命が無事だった事に胸を撫で下ろす。(お絵かきコーナーってなンだ?) プリクラを撮る前に三人から説明されたはずだが、一方通行はやっぱりプリクラを理解していなかった。 それぞれの想いを胸に外へ出ると、美琴がお絵かきコーナーの前で茫然としていた。不思議に思った佐天が駆け寄る。「どうしたんですか?」「まともなのが……」 お絵かきコーナーのディスプレイを覗き込む。お絵かきコーナーとは、先ほど撮った写真をディスプレイに表示し、その中から数枚を選んで専用のペンで写真に落書きする云わばプリクラとして印刷する前段階なのだが、「あらら」 いわゆるプリクラとして体をなしている写真は最初に撮った一枚だけ。他の写真は謎の人型発光物体が写っていたり、一方通行が当麻に蹴りを入れる瞬間だったり、画面の端で抱き合う二人と画面中央でそれを見守る二人だったりと奇抜なものばかりだった。
「あっでもこの御坂さん可愛いですよ」 佐天が指差したのは美琴が当麻の腕に絡んだ一枚目、仏頂面の一方通行以外はみんな笑顔の写真だ。指差されたその写真を見て、折角戻りかけていた美琴の顔はまた赤くなる。(あぁ~~っ! 何であんな事したのかしら!! 数分前の自分を殴ってやりたいわ!!) 恥ずかしさと後悔でその場にいられなくなった美琴は超速足で何も言わずに化粧室に入っていった。去り際に「なんだアイツ? すっごい我慢する派なのか?」と当麻がデリカシーのかけらもない事を言い佐天に脇を小突かれるが、幸か不幸か美琴自身には聞こえなかったようだ。「どうします? 時間制限ありますし適当に書いちゃっていいですかね?」「別にいいんじゃないか?」「なら、一方通行さん書いてみてくださいよ」「なンで俺がンな事しなきゃなンねェンだよ」「お前初めてなんだろ? 何事も経験だって」「そうですよ。それに私、一方通行さんがどんな事書くのか見たいです」 当麻と佐天にグイグイと押され、一方通行はお絵かきコーナーの前に立つ羽目になった。「いや、コレどう操作すンのかわかンねェし」 何を書けばいいのか全く皆目つかない一方通行はそれっぽい言い訳をして逃れようとする。「適当でいいんだよ。適当で」「私と上条さんは外で出来あがるの楽しみに待ってますね!」 言い訳は軽く流され、間仕切りのカーテンが勢いよくシャッと引かれた。「適当ねェ」 ご丁寧にディスプレイの横に貼り付けられている、ガイドラインを見ながら一方通行は指でクルクルとペンを回す。選ぶ写真は最低でも三枚。一枚は良いとしてあと二枚をどうするか。選んだとして落書きは何を書いたらいいのか。少し悩んだ後、一方通行はゆっくりとディスプレイを操作し始めた。
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