美琴は油断していたのかもしれない。いや、油断していた。コンクリートの煙幕を張ってからしばらく少女からの攻撃が無かったこと、そして黒子が警備員達を下げることに成功して戻って来たこと。少女からは本当に見えていないと思っていた、黒子と2人なら大丈夫だと思っていた。黒子が空へテレポートして、煙幕の先にいる少女を確認後、少女の元へテレポートして確保。完璧な計画。少女が本当に手も足も出ない状況だと思い込んでいたのだから。だからこそ思いもしなかった無数の電撃が美琴達に向かってくるとは。「お姉さま!」「え──あっ!」電撃を放って打ち消すが間に合わない。数が多すぎる。黒子は電撃に対して為す術無く、テレポートで避けるしかできない。いつも美琴が遊びで放っている電撃とは違う。当たれば無傷では済まない。
美琴も電撃を放っては打ち消し、横をすり抜けた電撃には追撃するように電撃を放ちなんとかやり過ごす。しかし、次々と放たれる大量の電撃。彼女にここまでの能力は使えるはずが…は─と美琴はあることに気付いた。煙幕として放ったコンクリートの粉。それらの摩擦電気を利用して、威力は小さいながらも大量の電撃を放つ。なぜ電撃使いの頂点に立つ自分がこんな簡単なことに気付かなかったのだろう、もし自分が同じように煙幕を張られていたら利用していたに違いないのに。後悔したところですでに遅い。間髪無く電撃は放たれているのだ、今は後悔よりも先にすることがある。目の前の電撃を打ち消し、時には身体を捻って避けた電撃を追撃する。秘策を返された悔しさからか、次第に焦りと苛立ちが出てくる。「あー!もう!」ふと、電撃の嵐が止まった。相手の次の手を考え、攻撃の間隔を掴み、その間隔に合わせて電撃を放っていた美琴は拍子抜けする。立ち相撲で相手を勢い良く押そうとしたが、相手が手を引いて空回りしたように、美琴の力は一瞬ふっと行き場を失う。
その瞬間、またも無数の電撃が向かってきた。空回りをした状態から元に戻るのには時間を要する。電撃の準備が完了した時、既に美琴の目の前に光があった。「──」間一髪で黒子がテレポートで現れ、横から突き飛ばしてくれた。黒子と一緒に倒れこむ、痛いなんて言っている暇は無い。倒れたままの体勢で電撃を放ち、次々と撃墜していく。だが、最後の1つだけが追いつかなかった。よりによって、一番大きな電撃だなんて。「あ……」既に彼方にある青白い光は、ある所で四方に弾けた。きっとそこは…考えたくも無かった。「くっ─」悔しさのあまり道路に拳を叩きつける。痛みが走り、血が滲み出るが今はどうでもよかった。
「お姉さま!能力者が!」黒子に呼ばれてはっと意識を戻す。まだ戦いは終わってはいない。とにかく少女を─と振り返ると、少女が力無く倒れる瞬間だった。警戒しながらも近寄ると、少女は気を失っているようだった。呼吸は浅く早い。じっとりとした汗で前髪が額に貼りついているのを見ると、少女がいかに無理を「させられた」のかがわかる。「黒子!アンチスキルの本隊までお願い!」この少女の容態も気になるが、なにより気になるのはさっきの電撃。「お安い御用ですの!」美琴と少女の肩に黒子が触れる。程無くして3人は消えた。
荒れたビル街に静けさが走る。背の高いビルに人影が一つ。手にはゲームのコントローラーのような物が握られていて、口元の端は釣り上がっていた。
時間が止まった。という表現が正しいだろうか。黄泉川達の後ろから青白い光が迫った瞬間、誰もが息をのんだ。そして迫る強烈な光に、目を塞いだ。――おかしい、何ともない…不思議に思いながら黄泉川はゆっくりと目を開く。まず目に入ったのは静けさから変わって、騒然とした本隊。眩しさのため、光の方向から顔を背けたようだ。本隊の隊員達も、黄泉川と同じことを思っているのだろう、自分の身体を動かしたり怪訝な表情で見ている者ばかりだ。ふと、ある一角がどこかを指差しながらざわめいている。周りの隊員達もそれにつられて、つられて、黄泉川もつられてそちらを見た。だが、すぐ目の前に人影があり、黄泉川は思わず顔だけ後ろにずらす。少し顔を離して見ると徐々に焦点があってくる、その人影は右手を突き出した状態で立っていた。
「─上条!」なぜこの名前が出たのかわからない。その人影は、自分達に背を向けていて表情はおろか横顔も見えないのに…それでも、反射的に出た言葉は間違ってはいなかった。「あ…えと、大丈夫ですか?黄泉川先生…」「お前…いったい…」この場にいる全ての警備員が上条に注目し、上条の返答を待った。妙な静けさが漂う。「えっと…詳しいことは後ほどお話します!とにかく、お願いがあります。今ここで起きたことを、他に漏らさないでください!」ざわざわと、隊員達が静かに騒ぎ出す。上条の頼みが通じたかどうかはわからないが、しばらくすると隊員達は各々の仕事に戻りだした。上条の近くにも、才郷を運ぶための担架が持って来られる。「あとは頼んだじゃん」黄泉川は担架が遠ざかって行くのをしばらく見て、上条に向き直った。「とにかく、車のほうに戻るじゃん」車はちょうど本隊の真ん中あたりになっていて、そこに行くまでに多くの隊員達が慌ただしく動いていた。しかし上条が通ると、仕事の手を止めて声をかけてくる。「さっきのどうやったんだ?すげーよ!」「それなんて能力だ?聞いたことないぜ」「上条だっけ?高校生なのに臨時で雇われた理由がわかったよ」労いの言葉の中を、上条は会釈しながら歩いて行く。車まで戻ると、黄泉川はまずカーラジオの下に付けてある無線機のマイクに手を伸ばした。「本部、こちら黄泉川。本隊にいる隊員全部に向けて、今この場で起こったことの口止めを頼むじゃん」本部からの応答はなかったが、しばらくしてその旨を伝える命令が上条の無線機からも聞こえた。「それで、その右手はどういうことじゃん?お前、無能力者じゃないのか?」黄泉川が車のボンネットに手を付きながら訪ねてくる。表情は険しいが、上条の右手をまじまじと見つめている。「俺は無能力者です…それでも、この右手は能力者の能力を打ち消すことができます」上条は握りしめた右手を見つめる。「俺はこれを幻想殺しと呼んでいます」「幻想殺し…ねぇ…」黄泉川は腕を組んで俯きながら考え込む。今日まで無理矢理に自分を納得させてきた。上層部が選んだのが、なぜウチの学校だったのか、なぜ無能力者なのか、なぜ彼だったのか。いろいろな仮説を組み立ててきた。新米警備員に対して自分の研修が悪いからそのための訓練とか、上条が実は超問題児でその戒めとか、その逆で実は超重要人物で警備員の保護下に置くためとか。その仮説が無駄になると共に全ての疑問が解けた。結局、上層部は上条を道具としてしか見ていなかった。「それで、お前がアンチスキルの話が持ちかけられた時に、上層部の企みも分かっていたのか?」「えぇ…まぁ薄々は…そうでないと、俺が呼ばれる筈も無いですし」バツが悪そうに頬を掻く上条。黄泉川は小さく溜め息をついて「小萌先生は、その能力を知っているのか?」「はい…」とは言っても上条自身は小萌が右手について知った時を体験していない。あくまで人に聞いた話だ。「そうか…」もしかしたら、おでん屋で小萌の言った言葉『黄泉川先生がいるので安心なのです!』この事件に限って言ったのではなく、上層部の企みも見越して言ったのかもしれない。上層部は本当にこの能力者暴走事件を早急に解決したくて上条を呼び込んだのか、それとももっと裏の計画があるのか。黄泉川には分からない。分かるはずもない。自分は本当にこの上条当麻を守ることができるのか。逆ではないか、ついさっき電撃から守られたのはどこのどいつだ。己の無力さを実感しながら、黄泉川はバンとボンネットに両手を付いた。「くそっ!」黄泉川の行動に、怒らせてしまったのかと焦る上条だが、表情を見るかぎりそうは思えない。「あ、あの…黄泉川先生」恐る恐る声を掛けると、黄泉川は俯いたままだったが視線を自分へ向けてくれた。「そんなに自分を責めないでください。むしろ責められるのは俺のほうです。わざわざ隠すようなことをして、すいませんでした。隠すつもりは無かったのですが、言うタイミングが無くて…最初から言っていれば黄泉川先生が悩むことなんて無かったのに…」黄泉川と同じように俯く上条。黄泉川はしばらく横目でそれを見ていたが「っぷ…はははっ!」突然笑い出した。「な、なんですか!今のシリアスな場面じゃなかったんでせうか!?」「いやっ!はははっ悪い!お前でもそんな顔するんだなって…はははっ!」「どういうことですか!俺にはシリアスキャラは似合わないってことですか!?」「うん」「即答!?ふ…不幸だ…」案外その空気に溶け込んでいた上条は心の底から思った。「冗談…かな。とにかくお前はいつも明るくしていればいい。そうやって悩まなくていいじゃん」「そ、そうですか…」なんだか無理矢理納得させられた感じだが、何だか少し傷ついた上条にはどうでも良かった。とにかく自分が元気ならいいのだろう。そう言い聞かせる。「あー…なんか笑ったら難しく考えるのも馬鹿らしくなってきた。いや、どうでも良いってわけじゃ無いじゃん」わかってますよ、と上条が薄く笑うと、黄泉川はボンネットに座って小さな溜め息と共に鼻で笑う。どうやら今日は部屋を片付けなくていいようだ。
「ジャッジメントが戻ってきたぞ!」黄泉川に促されて上条も車のボンネットに腰掛けた頃、本隊の誰かが叫んだ。急いでヘルメットを深く被り、下ろしていたフェイスマスクを鼻まで上げる。救護班が慌ただしく動き始め、その中で2人の少女が心配そうに救護用のストレッチャーを見つめている。自分を見るときは闘争心をあらわにする瞳も、今は不安の色でいっぱいだ。しかし、救護車がストレッチャーを乗せて走りだすと、美琴は周りの隊員達に立てつくような勢いで話しかけた。文句を言っているわけでは無いようで、隊員が美琴の威圧感に押されながらも何かを答えると、美琴はすんなりと下がった。しかし美琴は次々と隊員達に話しかけていく、美琴ほどの勢いは無いものの黒子も何やら隊員に話を聞いていた。もちろん手当たり次第に聞いて回っているわけで、自然と上条達の所にも美琴が向かってくる。一瞬席を外そうとしたが、それも不自然だし1人でいるときに話しかけられたら声で完全にバレてしまう。それなら質問には黄泉川に全部答えてもらって、自分は黙っているのが吉だろう。そう考えているうちに美琴は目の前に立っていた。その表情は不安からなのか少し強張っていた。「お手柄じゃん御坂美琴」黄泉川が笑いながら言う。「え、あ…どうして」「常盤台の超電磁砲…教師の中では知らない奴のほうが少ないじゃん。今回はありがとう、君のおかげで事件を早急かつ安全に解決できたじゃん」「あ…いえ、私は何もやってないです。あの能力者だって、勝手に気を失っただけで…」もじもじしながら、フラフラと彷徨う美琴の手が真っ赤になっているのに上条は気付く。手だけではない、いつも綺麗な制服もボロボロに傷んでいて、ところどころ赤く滲んでいる。(御坂…)そして思わず。──ぱしり、と。「え?」手を取ってしまった。さっきから一言も話さないうえに、この行動だ。美琴のほうは怪訝な表情で上条を見つめる。「あ、あの…」手当を、の一言を発せばそれでおさまる。しかしそれをする訳にはいかなかった。自分の行動に後悔しつつ、上条は黄泉川へ視線をおくる。「これは…酷い傷じゃん。すぐ救護班に見てもらったほうがいい」黄泉川も美琴の怪我に少し驚きながら言う。「い、いえ…大したこと無いので…」美琴自身、悔し紛れに地面殴って怪我しましたなんて言えない。「あの!それより、こっちに電撃が一つ飛んできた筈なんですが…」それをさっきから隊員達に聞いていたのか、と2人は納得する。「それをさっきから聞いて回ってるじゃん?」「はい…でも、皆さんよく見ていなかったとしか答えてくれなくて…」「私たちだってよく分からないじゃん。眩しくて目を逸らしたら、電撃が消えていた」「そう…ですか…」本当にがっかりしたように、美琴は肩を落とす。「とにかくまずは手当てじゃん。おい!救護班!」黄泉川が呼ぶと、赤十字の腕章を付けた隊員が来た。事情を説明すると、隊員は美琴に手当てをするため、救護車のほうへ向かうように言う。「あの、ありがとうございました」美琴は黄泉川達に一礼して救護車へ向かうが、しばらくは上条から視線を外さなかった。
美琴が救護車に入ったのを見届けると、2人は車に乗った。「上条…」「はい…」黄泉川の真剣な声色に、上条は背筋を伸ばす。叱られるだろうか、そう思ったが黄泉川は予想外に明るくなり。「お前って以外と大胆じゃん」「はぁ…?」「いやぁ、バレるかもしれないってのにあんなに気遣っちゃって。いや、悪いことじゃないじゃん」クスクスと笑う黄泉川に上条は嫌悪の視線を向けるが、黄泉川は気に留めず車を発進させる。「さ、一旦支部に戻るじゃん」流れる風景を眺めながら上条は物思いに更ける。美琴の手を取った時、正直怒鳴ってやりたかった。どうしてこんな無理をしたんだよ、と。そんな心配が混じった怒りと共に、全く別の怒りも湧いた。前者は無茶をした美琴に対して、後者は何もできなかった自分に対して。何もできなかったわけではない、確かに自分の右手のおかげで警備員本隊は損害を受けずに済んだ。(それでも、俺がのんびり待機してる間に御坂は…)無力な自分のせいで美琴が怪我をしたことへの絶望。それでも自分の正体が明かせない、自分が行っても戦力にはならなかったかもしれないという合理化。戦うことのできる美琴への憧れと嫉妬。そして珍しくそんな感情を抱いた自分への嫌悪。はぁ─と、身体の底からの溜め息。いろいろな感情が混ざりに混ざって、さっきの行動、そして今の憂鬱に繋がっていた。
「あと包帯巻くので、ちょっと取ってきますね」「はい…」警備員の救護車の中で、美琴は手当てを受けながらさっきの事を思い出す。(さっきの人…)勢いよく握られたが何故か優しさを感じた。自分を見る瞳は澄んでいて綺麗だったが、そこには不安と動揺が見られた。そして、(初めて会った感じじゃない…)なんとなくだが、そう感じた。とは言え、相手は警備員。つまり教師になるのだが、思い当たる教師はいない。(ってか、常盤台でアンチスキルの先生なんていたっけ?)ぼんやりと考えているとさっきの警備員の顔が出てくる。フェイスマスクはしていたが、整った顔つきをしていた。自分をしっかりと見つめた澄んだ瞳。(って!私ったら何考えているのよ!相手は教師なんだから)ぶんぶんと頭を振って心を落ち着かせる。生徒と教師、それだけで何か不穏な響きがする、何より自分には意中の人が…ぼん─という効果音が似合いそうなほど、美琴は一瞬で顔を真っ赤にする。(って!何でアイツのこと考えるのよ!私のばかぁっ)ぶんぶんと、さっきと違い顔を真っ赤にしながら、横に振る速度も早い。御坂美琴、いつもより多く回しております。包帯を取ってきてくれた救護の隊員も、苦笑いしながら美琴を眺めている。(あれ?)と、美琴はあることに気付いて静止する。隊員はここぞと言わんばかりに美琴の元へ寄り手早く包帯を巻いていく。(そういえばあれ…)1つだけ撃墜できなかった電撃。それは倒れている美琴のはるか遠くで四方に散った。(あの散り方…)ちょっとアンタ!無視このっ…無視すんな!うぉわっ!あぶねーだろ、ビリビリ不思議なことだった。今までほとんど敵無しだった自分の能力。そのご自慢の電撃を放っても弾かれる。無能力者のはずなのに、彼の右手に触れた瞬間、自分の自信は四方へ消え失せる。(まさか…ね)そんな筈が無い。そう自分に言い聞かせるが、気になり始めたら気にしてしまうのが人間である。手当てを受けていないほうの手で、ポケットから携帯電話を取り出す。隊員に一言断りを入れて、美琴は電話を耳へやった。(お願い…)コール音の前のピッピッピッという音がやけに長く感じる。(お願いだから…)音が止んだ。コール音が来るのかと、息をのむ。“─お掛けになった電話は、現在電波の届かない所にあるか───”はぁ─と小さく息を吐き、肩を落とした。ゆっくりと耳から電話を遠ざけ、鬱陶しい音声案内を切る。「お願いだから、置いてかないでよ…」救護車の天井を見ながら、美琴は小さく呟いた。
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