一瞬で情報だけを伝えてくる無線機。上条はそれを聞きながら緊張した表情をしていたが、黄泉川はそれを解すように優しく言った。「何緊張した顔してるじゃん。ここは遠いんだから私たちが向かう必要は無いじゃん。幸い、警戒態勢はコードイエローだし、私たちは私たちの仕事を…」と、黄泉川が言い終わる前にもう一度無線機がノイズと共に鳴る。『なお七十三支部所属、黄泉川及び上条は至急現場に急行せよ。以上』驚きの表情をもらしたのは上条だけでは無い。「なっ…!こちら七十三支部の黄泉川!どういうことじゃん!私はまだ別として、コイツはまだなりたての新兵だっていうのに」しばらくして返事がくる。『命令は上層部の決定だ。こちらに言われても困る…』相手のオペレーターも悔しそうに言う。「くそっ!上条!今から現場に行くけど、私の後ろから絶対離れるなよ!」「は…はいっ!」現場に向かう黄泉川の車で、上条は状況の整理をする。第七学区、電撃使いと聞いて少し嫌な予感がした。
(まさか…御坂がとは思うけど…)不幸体質の上条からすれば、大抵このような予感はいつもあたってしまうのだが、『本部から各隊へ、暴走者は女子中学生、レベル4大能力者。現場の民間人避難率は60%』大能力者と聞いて上条はひとまず安堵の溜め息をついた。しかし仮に美琴が暴走していないとしても、臨時風紀委員になった彼女が関わってくるのは眼に見えている。(無茶はしないでくれよ…御坂!)
「各隊急いで配置に!俺達は一番先頭を固めるぞ、続け!」才郷は早くも現場で指揮を取っていた。しかしそこまで階級の高くない自分ができるのはごく少人数だ。自分の指揮を聞く人間を連れて自分が前に出るしかない。分隊を連れて現場の中心地へ進むにつれ、街の状態がどんどんと荒れていく。飛び散ったガラスに、倒れてショートした警備ロボット。そして、その荒地の真ん中に立っているのは。「たすけて…ください…」まただ…と才郷は思う。(また泣いている…)ここ最近増えた能力者の暴走事故。何度も起こる事故、その度に出動している才郷はあることに気付いていた。自身は能力者ではないので、暴走と聞いてもいまいち理解ができない。話によると能力者が気を抜いた瞬間に能力が出てしまうらしいが、それは意識して止めることはできるという。そうだとすれば暴走とは言っても、仮に今回のこの電撃使いなら漏電程度で済む話なのだ。にも関わらず、街の物を壊す、他の生徒や警備員、風紀委員にまで危害をもたらす。最初才郷も能力者が適当に暴れた後の言い訳だと思っていた。しかし、ある事故でいち速く現場に駆けつけると、件の能力者は泣いて自分達に助けを求めてきた。
それ以来才郷は危険を冒してでも現場中心地に駆けつけ、暴走者を確認しているわけだが。「私の意志じゃ無いんです…本当に、身体が勝手に…操られているみたいで…」(これも他の能力者と同じ、身体が勝手に、操られているみたい…どうやら…暴走、の一言で片付けられる事件じゃ無いな)見れば女子中学生の腕には緑の腕章が着いていた。「君は…ジャッジメントか」少女に向かって叫ぶ。民間人の避難が完了し、がらんどうとした街に自分の声がやけに響く。「そうです…でも、臨時のジャッジメントで、今日が初めてだったのに…どうしてこんな…」うわぁぁ─と少女の泣き声が響く。才郷は銃を下ろすように指示し、「シールドを持った奴を前にゆっくり進もう」そう言いながらも、自分はシールドの前に出る。才郷一人を先頭にシールドを持った隊員が横一列に並ぶ。応援の部隊も到着したようで、人数もかなりのものになっていた。(俺の出しゃばりとは言え、このカリスマ的なとこ、黄泉川さんに見せてやりたいぜ)くだらね、と才郷は自嘲し鼻で笑った。「今からそっちに行くから、できるなら能力を抑えてくれ」「はっ…はいっ!」少女のほうも泣き止み、少し落ち着いたようでしっかりとした返事が聞こえた。
さすがにこの人数がシールドを持って向かってきたら怖いだろうと思い、才郷は後ろの2人にバックアップを頼み残りは待機してもらう。じりじりと、少女との距離を詰めていく3人。「何とも無いか?」近付きながら少女に声を掛ける。「はい…今のところはさっきみたいな感じは無いです」不安そうに答える少女。距離はあと15m程。(しかし保護した後はどうしようか)また暴走しないとは限らない。しかし、保護しない限りはこの事件を解決できなければ、この少女を救うこともできない。とにかく保護が最優先だと、才郷は思い直した。しかしあと10mとなったところで、少女の表情が変わった。「─ッ!ダメです!離れて!」そう言うや否や、少女の身体から青白い光がバチンと弾けた。
光は槍のように噴出され、3人に向かった。咄嗟に才郷の後ろにいた2人が、シールドに身体を傾けて前に出る。電撃はシールドに当たったが、それを持っていた2人は身体だけ10m程吹き飛ばされる。「くそっ!」才郷は残されたシールドに手を伸ばす。「─ッ!」しかし、シールドに触れるとバチンと音がして腕が跳ね返された。自分の腕が奇妙に震えているのに気付くと同時に、しびれるような痛みが走った。「やだ…いやだ…ごめんなさい、ごめんなさい」少女が怯えるように呟きながら、それでも身体からバチンバチンと火花を散らせて近付いてくる。言葉や表情と行動が矛盾するのが、ここまで恐ろしいとは思わなかった。少女が涙を流すが彼女の手はそれを拭うことも許さず、その手を才郷にまっすぐに向けた。ここで、才郷はもう一度あることを確認できた。やはり、暴走ではなく意図として攻撃をしているということ。能力だけでなく、身体の自由もきかないということ。(わかったはいいけど。これじゃぁ…まずい…)自分の生命がでは無い、今のこの状況だ。警備員3人が能力者に向かったところ能力者が警備員を攻撃、そして警備員へさらに危害を加えようとしている状況。誰かが発砲してもおかしくない。判断基準はわからないが、実弾の使用だって考えられる。しかし、流石に頭が回らない。もし名案が思いついても今の自分には行動できる力が無い。少女の手が青白い光を帯びる。「いやだっ!イヤだイヤだイヤだ!やめて、もう殺して!拳銃くらい持ってるでしょ!もう片方の腕は使えるでしょ!」少女の悲痛な叫びが響く。それでも才郷は自分が攻撃されても誰も発砲しないことだけを祈りながらその時を待った。しかし、少女の腕はガクンと別の方向に向けられると、そのまま電撃を放った。才郷の後ろで電撃のバチバチという音が聞こえる。少女は身体だけが慌てるようにバックステップを取り、才郷から離れた。才郷が呆気に取られてあたりを見回すと、倒れている警備員の他に二つの人影があった。小柄な人影、目をこらしてよく見ると、見覚えのあるブレザーの制服に腕には緑の腕章。2人とも見覚えがあった。ツインテールの少女は確か、風紀委員なのにことあるごとに事件に首を突っ込んでは始末書を提出しに第二学区へ来ていた。そしてもう1人のショートヘアの少女は、よく学園都市内のモニターにも映る少女。確か超能力者で、常盤台中学校の第三位。「御坂美琴…」
「大丈夫ですか!?」才郷の呟きは彼女達には聞こえていないようだった。「あ、あぁ…俺は大丈夫だ」他の隊員を…と才郷が言いかけたところで、美琴が驚いた表情で電撃を飛ばした。電撃の飛ばしたほうを見ると、道路の中心で雷のように電気が散っていた。その先にはさっきの少女。「ちょっとアンタ!」美琴は少女に向かって叫ぶが、あることに気付く。「あれ…アンタ試験の時の…」「御坂…さん」少女も驚いた表情で美琴を見る。「どういうつもりよ!臨時のジャッジメントにもなって」美琴は勘違いしているためか、声を荒げ、髪の毛の先からバチンと電流をはしらせる。
咄嗟に才郷が止めに入った。「待て、彼女の意志じゃ無いみたいだ。君だって見ただろう?さっき君と彼女が距離を取った時、彼女は俺のほうを見たままだった」あっ─と美琴はこの前黒子が言っていたことを思い出す。風紀委員や警備員を狙っていて、暴走とは言い難い。「確かに、あなたの方に手を向けていて、私を見て無いのに突然私の方に手を向けた…」「とにかく、彼女の本望じゃない。彼女を止めるなら、彼女に怪我をさせないようにしてくれ」我ながら無茶な注文だと思う。「わかりました」それでも美琴は、才郷の眼をしっかりと見ながら力強く返事をした。「下がっていて下さい。あと、後ろでシールド持っている警備員の人達も下げて下さい。できるだけ相殺させるようにはしますが、もし電撃が飛んでしまった時、電撃をシールドで防いでもさっきの人のように身体に電気が流れて感電します」「あぁ、了解した」
最新鋭の対能力者兵器を揃えた警備員が、女子中学生に指図されるのに納得できない者もいるかもしれない。しかし、才郷の中では今は警備員の下手なプライドよりも事件解決が最優先だ。プライドのためにここに残っても彼女の邪魔になるだけだろう。仕方が無い、いくら教師とは言っても所詮は無能力者だ。ゆっくりと立ち上がって歩き出す、だがさっきシールドに触れて感電したのが全身に回ったためか、足がおぼつかない。ふらふらと歩いていると、本隊のほうから2人の警備員が走ってきた。1人は自分の分隊の者で、もう1人は「才郷!えらく無茶するじゃん」「黄泉川さんには言われたく無いです」「とにかく、安全なところまで行こう。肩貸すじゃん」言う事の聞かない腕を黄泉川へ回す。「本隊を下げて下さい。今第三位の御坂美琴がなんとか抑え込もうとしてくれてますが、流れ弾があるかもしれません」
「なに!?」黄泉川が顔を上げて後ろを振り返る。「おい、才郷を頼む…」「黄泉川さん!」慌てた様子で現場に戻ろうとした黄泉川を才郷は止めた。「黄泉川さんの気持ちはわかります。でも待って下さい。今回の事件ばかりは、俺たちにはどうすることもできません」「何を根拠に言ってるじゃん!」「今まで能力者の暴走で片付けられてましたが、事件を見ていくうちにどうも暴走だけでは片付けられない事がいくつもあります。簡単に説明すると、能力者は本当に操られているかもしれません」「操られている…?」「とにかく、自分の意志でも無いのに暴れて、大量のアンチスキルに囲まれて攻撃されるなんて、生徒にとって理不尽極まりないです。かと言って、俺たちが攻撃しないでただただ能力者が静まるのを待つのも危険です」ぎりぎりと黄泉川は奥歯を噛み締める。黄泉川だって変なプライドの為にここで悩んでいるのでは無い。子供を戦場に向かわせる。この行為が今の黄泉川を悩ませていた。「とにかく能力者に任せるしかありません。俺たちがいても、邪魔になるだけです」くそ─と呟いて、黄泉川は才郷を支え直す。無線で本隊に下がるように指示して、のろのろと本隊のほうへ向かった。歩き出したのと同時くらいに、3人の後ろでバチバチと電気の走る音が聞こえ始めた。
美琴は珍しく苦戦していた。いくら超能力者とは言え、相手の出す電撃を周りに飛ばないように打ち消しながら、そして相手へのダメージを最小限にするよう戦えば苦戦するに決まっている。「黒子!アンチスキルの位置が近過ぎるわ!もう少し下がるように言って来て欲しいんだけど!」近くでサポートしてくれている黒子に向かって、電撃を放ちながら叫ぶ。「了解しましたの!」短い返事と共に黒子が消えた。倒すだけなら楽なのに…(何かを守りながら戦うってこんなに難しいことなのね…)とにかく相手に隙があれば軽い電流を流して身体を動けなくする。これが基本方針だ。(操られても身体が動かないなら操りようがないでしょ!)とは言え、もし相手の身体の状態が関係なく動いたら、例え痙攣した身体でも操れるとしたら…そんなことを考えるのはとにかく相手に一撃を当ててからだ。そう言い聞かせるように電撃を放つ。相手の少女は身体を捻って回避する。身体の動きは一流だが、その表情にあるのは恐怖と絶望。それでも容赦なく美琴に向かって、そして警備員の本隊のいる方向へ電撃を放つ。「ねぇ!少しは能力抑え込めないの!?」淡い期待を寄せて叫ぶ。しかし少女のほうは涙を流すだけ、美琴の声は届いていない。仮に抑え込めても、今の彼女では到底できないだろう。「こうなったら…」美琴はポケットからコインを取り出し、近くの道路工事現場に置いてある紙袋に放った。超電磁砲ではあるが、威力は抑えてある。それでもコインは工具をまき散らしながら紙袋を貫いた。紙袋の中身はコンクリートの粉、美琴と少女の間に粉塵が舞い上がる。少女を包み込めるほどの煙幕ではないが少なくとも目の前、つまり少女からは自分とその後ろの警備員本隊は見えないだろう。見えなければ電撃は狙いを定められない。仮に闇雲に撃たれても自分と本隊に向かうのを打ち消せばいいだけだ。(これなら…いけるっ!)
シールド隊を横一列に並ばせた本隊は困惑した空気が流れていた。その中上条は、知り合いのいない不安感とピリピリと緊張した雰囲気で居心地が悪かった。現場に着くなり、近くの隊員に状況を聞いた黄泉川は焦った顔で走り出し、自分にはここで待機しておけとしか言わなかった。待機している途中、50m程先にいた警備員のシールドを持った部隊が、なぜかぞろぞろと後退し始め、今は上条のすぐ目の前まで来ている。どうやら怪我人が出たらしく、ついさっき担架で2人の隊員が運ばれてきた。応急手当をしている一角は救護班が慌ただしく動いている。自分は本当にここにいていいものなのか、そう思った時、自分達のいる道路のかなり奥から、聞き慣れたビリビリ音が聞こえた。「おい、どこかの部隊が戦っているのか」「いや、それはないだろ。例の暴走者に向かったのは3人。うち2人は戦闘不能でさっき運ばれてきたし、残りの1人も今運ばれている途中らしい」「なら…ジャッジメントか?最近共同捜査とかでかなり介入してきてたが」「かもしれん…くそっ!俺たちは所詮無能力者だよ」近くの隊員達の会話が耳に入った。ジャッジメントとなれば、この地域なら美琴たちの可能性が高い。そしてそれを裏付けるかのタイミングで聞き慣れた声が響いた。「アンチスキルの皆さん!ジャッジメントですの!今、この先でおね…わたくしの支部の者が戦っていますの。同じ電撃使いですので飛ばす電撃を相殺できるようですが、流れ弾があるかもしれませんのでもっと下がって下さい」それを聞いた警備員達はお互いに顔を見合わせた。上条は急いでヘルメットとフェイスマスク。さらにゴーグルを付け、近くの隊員に紛れる。隊員達の隙間から様子を伺うと、見慣れた制服に身を包んだツインテールの少女が、シールド隊の前に立っていた。さっきまでざわざわと騒がしかったが、咳払い一つでも響きそうなくらいの静けさがはしる。険悪な空気ではない、どちらかと言うと困惑の空気が本隊に流れていた。「お願いします。事件の被害を最小限にするためですの…」少女が頭を下げる。
それでも本隊は動かない。しかし、子供のように駄々をこねて動かないのではない。張り詰めた空気の中、少女の後ろから声がかかった。「その子の言う通りじゃん!本隊を下げろ!」え─と少女が驚き、後ろを振り返る。上条も目を凝らして見ると、3人の警備員が立っていた。間の隊員は身体が動かないらしく、両脇から支えられている。「とにかく!今私たちが行ってもコイツみたいになるだけじゃん。そうだからって、むやみに発砲もしたくない。被害を最小限にするためにも、私たちにできることをやるじゃん!」黄泉川が言い終えてからもしばらくは膠着状態だったが、1人の隊員が叫んだ。「戦闘地域に誰も入れないように東側の道路を固める、分隊は俺に続け」それに続くように、次々と指示が飛ばされる。「我々は西側を固める、行くぞ」「民間人の救護にまわるぞ」「逃げ遅れが無いか調べる」「戦闘後の能力者、及び戦っているジャッジメントの保護の準備急げ!」次々と散っていく隊員達を見て、少女は黄泉川達に頭を下げた。「ありがとうございます」「当然のことじゃん。それよりも、君もサポートに向かったら?」「はっ…はい!本当に、ありがとうございます」少女はもう一度頭を下げてから消えた。どうやら空間移動系の能力者だったようだ。「さ、とにかく才郷の手当てを…」そう言いかけたところで、黄泉川の身体にぞわりと悪寒がはしった。人間の第六感。くわえて警備員で培った勘が赤信号を灯している。危険だ──しかし何が…何処に…その時一際大きな電撃の音が後ろから聞こえた。慌てて振り返ると、その先からは青白い光が迫ってきていて──
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