「─っくしゅん!」「あ、」上条はくしゃみのしたほうを見て声を上げた。「え?」上条の声に振り向いた少女も声を上げる。さっき上条が別れた少女と同じ服装、同じ色の髪、同じ顔。ただし睨みつけるような目は絶対に見間違えない。「御坂…何してんだこんな時間に?」「え、あ…いや、アンタこそ何してんのよ?」「う…ほら買い物ですよ。閉店間際の安売りを狙った」ふぅんと興味無さげに頷く美琴。と、上条が既に歩き出しているのを見て慌てる。「ちょ、ちょっと。もう帰るの?」「当たり前だろ。もう夜も遅いから危ないし、話は歩きながらでもできるだろ」「え、それって…」「いくらレベル5でも、女の子を一人で帰らせるほど上条は腐っていませんよ」「そ、そう…」素っ気なく返事する美琴、だが彼女の頬は紅く染まっている。あたりが暗いので上条には見えることは無かったが…「どうした?帰らないのか?」なかなか来ない美琴を上条は不思議そうに見て言う。「い、今行くわよ」美琴が上条の横に着くと、二人揃って歩き出した。美琴のほうは、風紀委員のレクチャーが終わり、バスで最寄りの停留所まで帰ってきた後、寮までの道を何も考えずに歩いてところ上条に出会った。(油断してたら現れるんだから…)「それで、御坂は何でこんな時間に出歩いてるんだ?門限とかあるだろ?」「あ、あぁ…それはね」ごそごそと鞄の中をあさる美琴。「じゃじゃーん」どうよ、とばかりに見せてきたのは風紀委員がいつも付けている腕章。「何だ?白井のを探しててこんな時間までかかったのか?」「違うわよバカ!」バチン、と軽い電撃が走る。「臨時のジャッジメントよ!」「臨時ジャッジメント…」「そ、最近能力者の暴走事件が多いじゃない?それの補充員らしいわ。内容は雑務処理ってなってたけど、大能力者以上を採用する時点でその事件に充てるのはまる分かり」「それで、今日は何で遅くなったんだ?」もちろん上条はその訳を知っている。内心では第二学区内で遭遇しなかったことに安堵しつつ、わざと質問をなげかけた。「採用試験よ、その後に簡単なレクチャーがあって遅くなったの」「それで見事合格か…さすがですねー美琴先生」なによそれ、と言いながら美琴はくすりと笑う。 しばらくするといつもの公園に来た。「あ、ちょっと待って」美琴は上条の腕を引いて立ち止まる。止まったのはいつもの自動販売機の前だった。「ま、せっかく送ってくれたしね」そう言いながら美琴は鞄を置き、トントントンと軽やかにステップする。上条は何だか嫌な予感がした。そして「常盤台中学内伝!おばーちゃん式ナナメ四五度からの打撃による故障機械再生法」「─ばッ!御坂!やめろ!」「ちぇい──キャッ」完全に回し蹴りを繰り出す体勢の美琴だったが、上条に腕を引かれたためバランスを崩す。どさり、と人の倒れる鈍い音が、静かな夜の公園に響いた。 「ちょっ…ななな、何すんのよ」今の体勢は美琴が上で上条が下。倒れた時は上条が受け止めてくれたので痛くも何とも無かった。だが、今の状況を冷静に考えると顔から火が出そうだ。「馬鹿野郎、お前臨時でもジャッジメントになったのに、そんなことしていいと思ってんのか?」はっと気付く。「そ…それは、その…」「ったく…白井だって、本当のところは注意しないといけないのを黙認してるようなものだろ?もう少し自分の行動に責任を持たないといけないんじゃないのか?」「ご…ごめんなさい…」俯く美琴。しかし、俯いたところで上条は下にいる。結果真剣な眼差しの上条と目が合ったところで、美琴は真っ赤になりながら目を逸らした。「わかればいいんだ」上条は微笑む。(その笑顔は反則よ…バカ!) 「で、美琴サン」「ふぇ?」「いつまでも上にいられると起き上がれないんでせうが…」「な、あああ…」今まで紅かった顔がもっと紅く染まっていく。とはいえ上条も焦っていないわけではない。(ちょっと当たってるんですよ)美琴の柔らかいお尻がいつまでも腹の上にあるのは一般男子として少し耐えられなかった。美琴がどいて、遠慮がちに上条に手を差し伸べる。上条はその手を引いて立ち上がった。「もう、バカなことするからアンタの服汚れたじゃない」そう言って上条の背中に付いた砂を、ぱんぱんとはたいて落とす美琴。「いやいや、いつものことですよ」と、美琴が何かに気付く。「あれ?さっき倒れた時も思ったんだけど」ここで上条は自分のミスに気付いた。が、遅すぎた。「アンタ…火薬臭くない?」上条の表情が固まった。同時に体の動きも止まる。美琴はそんなことを気にせず上条の服に顔を近づけ、すんすんと臭いを嗅ぐ。「やっぱり…少しだけど火薬の臭いがする」そして体勢を元に戻し、上条を睨みつけた。「アンタ…本当は何してたの?」上条は必死に頭を回転させる。(この場面にピッタリの言い訳は…)「ねぇってば!」なかなか答えない上条に美琴が怒鳴る。 「あ、く…クラッカーですよ、御坂さん」「へ?クラッカー?」「そう、あのパーンって鳴る。今日は友達の家で少し早いクリスマスパーティーだったんです」美琴が何か突っ込もうとするが、上条はその隙を与えない。「クラッカー程度の火薬に気付くなんて凄いな。あれってそんなに火薬入ってないだろ」「べ、別に大したこと無いわよ」「いやいや、恐れ入ります」上条が褒め続けたためか、それ以上美琴は踏み込んで来なかった。心の中で安堵の溜め息をつく上条。「さて、と。何が飲みたいんだ?」「え?」自販機の前に向き直る上条を見て美琴が驚きの声を上げる。「何驚いてんだ?もともと何か飲みたかったんじゃねーのかよ」「い、いいわよ、自分で…」と言うものの今日は財布にはバスに乗るためのカードしか入れてない。上条は既に小銭を入れているようで、自販機のボタンが赤く点灯していた。「じゃぁ…」そう言って美琴はボタンを押す。「うわっ寒いのにヤシの実サイダーかよ!」美琴の選んだ商品を見て上条は引きつった声を上げる。「い、いいでしょ別に」照れ隠しに適当に押したボタンがヤシの実サイダーだったとは言えない。とは言え、ガラナ青汁やイチゴおでんよりマシだとは思った。それでも寒さでかじかんだ手に冷たい飲み物を持つのは憂鬱と感じながら、取り出し口に手を伸ばした。 だが「あっつ!」「?何してんだ?」突然取り出し口から手を出した美琴を、上条は怪訝な表情で見る。「ヤシの実サイダーが…熱い…」取り出し口を指さしながら言う美琴。「はぁ?」上条は取り出し口に手を入れる。確かに缶は熱く、上条も一瞬手を引く。指先でつまむように缶を取り出すと『ホットおしるこ』が出てきた。「おぉ、御坂。お前のおかげでこの自販機、気遣いができるようになったみたいだぞ」「何で私のおかげなのよ!」美琴から来る電撃を右手ではらい、上条はホットおしるこを渡した。「さ、帰るとしますか」「え?アンタのは?」「残念ながら上条さんの持ちあわせはさっきので最後なのです。あぁ悲しき貧乏学生」「何か悪いじゃない」「気にすんなって。そんなこと気にする間柄でもないし。それとも、お嬢様な美琴さんが貧乏学生の上条さんに奢られるのが気に入りませんか?」「そういう訳じゃ…」ごにょごにょと言って、なかなか缶を開けない美琴。見かねた上条が美琴から缶を取り上げ、プルタブを引く。開ける時の独特の音が響き、缶から湯気が上がった。上条はそれを一口飲み、美琴に手渡した。「ほら、これでいいだろ」「え、えぇ…!」缶を受け取った美琴は黙ったまま飲み口を見つめている。(こここ…これって、これってかかか…かんせつキ─)「っと、口付けたのはまずかったか。悪い御坂、気になるなら口付けないように飲んでくれ」「なっ!ななな!」意味のわからない言葉を発する美琴。「あ、アンタ!私がこんな間接キスを気にするような、器の小さい女だと思ってたの!?」「いやいや、間接キスに器の大きい小さい関係無いだろ」「うるさい!子供扱いすんな!」顔を真っ赤にしながら、美琴は缶に口を付け一気に缶を傾け、「あっつ!」見事に吹き出した。「あーもう何やってんだよ」上条が持っていた鞄からタオルを取り出し、美琴の口周りを拭く。「汗臭いかもしれないけど我慢してくださいよー」「じ、自分で拭くわよ!」上条から強引にタオルを奪い、口周りを拭く美琴。(…コイツの匂い)知らず知らずのうちにタオルに顔をうずめて、軽いふにゃー状態になる美琴。しかし、朴念仁上条当麻はまったく気付かない。「ほら、だいぶ時間くっちまったから、早く帰ろうぜ」「ふぇ?あ、うん!」タオルから顔を上げて、慌てて上条を追う美琴。「いつまでタオル持ってるんだ?」いつまでも美琴が持っているタオルに手を伸ばす上条。「バカ、洗って返す常識くらい持ってるわよ」美琴は慌てて上条がいるのとは逆のほうへタオルをやる。「そんな大層な…」「いいから!少しくらい気を使わせなさい!」「はいはい…」美琴はいい温度になったおしるこを、ちびちび飲みながら歩く。しばらくは沈黙が続いたが、微妙な空気に耐えられなくなったのか、美琴が口を開く。「今回の事件…アンタは首突っ込んでないんでしょうね?」美琴の質問に上条はドキッとしたが、あくまで平静を装う。「今回の事件…?」「さっき言ったじゃない、能力者が暴走してるってやつ。アンタその右手でなんとかできるとか思って、また危ないことしてるんじゃないかって…その様子じゃ、何もないみたいだけど」「…」「今までアンタにたくさん助けられてきた。アンタが助けるところを何度も見た。でもその度に、アンタはボロボロになって、リアルゲコ太のところに入院して…」上条は美琴を見るが、その表情は俯いているので見えない。「私、アンタ見てたら何で自分がレベル5でアンタがレベル0なんだろうって思う。おかしなこと言うけど、もしこの学園都市のレベルが活躍による歩合制なら、私はレベル0でアンタはレベル5だと思う」何言ってるんだろ…と自嘲的に笑う美琴。「でもね…」しばらくの沈黙。「私だって、悔しいんだよ…?」「…」「悔しいって言うのはね、アンタが活躍してることに関してじゃなくて、アンタの力になってあげられないこと」超能力者、学園都市第3位、電撃使いの頂点、常盤台中学のエース。周囲からは憧れと期待の目を向けられ、常にスポットライトを浴びる美琴。しかし、彼女自身はそれだけの能力を持ちながらも、とあるお節介少年の力になれないことに歯噛みしていた。「だから…今回ジャッジメントの募集を聞いた時に、やろうって思ったの。もしかしたらアンタが首を突っ込んでるかもしれない、それなら力になりたい」美琴は目線をゆっくりとあげる。「結局アンタはまだ何もしていなかったけど」そう言って微笑む。「ちょっと…安心した」「─ッ」普段なら上条には絶対に見せないような笑顔。それを見て、突然大きな罪悪感にとらわれる上条。「どうかしたの?」少し苛立ったような表情を浮かべる上条を見て、美琴は不安そうに声をかける。「い、いや…とにかく、頑張ってくれよな」「アンタこそ…首突っ込んでくるんじゃないわよ。怪我してほしくないんだから…」「ん?今日の御坂さんはやけにお優しいですね。いつもこうなら助かります」「う、うっさい!人がせっかく心配してるのに!」顔を真っ赤にしながら叫ぶ美琴。「冗談だよ、ありがとな。お、あれ寮だよな」話しているうちに、街に似合わない西洋の建物が見えてきた。寮の前で二人は立ち止まる。「じゃぁ…ありがとね」「いやいや、これくらい当然ですことよ」 美琴が寮に入ろうとしないので、上条も立ち去ることができない。無言のまま微妙な空気が流れる。「…気をつけてくれよ」先に口を開いたのは上条だった。「俺だって御坂と一緒で、御坂の傷付くところなんて見たくない。本当ならこの事件に首突っ込んで、少しでも御坂に危険が及ばないようにしたいくらいだ」そう言って右手を見つめる上条。「だ、大丈夫よ。私だってまったくの戦闘初心者ってわけじゃないんだし、自慢するわけじゃないけど一応はレベル5よ」「そうか…そうだったな」上条は安心したように笑い、美琴の頭に右手を乗せる。美琴は顔を真っ赤にして、ふにゃー状態になるが、上条の右手のおかげで漏電はしない。「頑張れ、御坂」ぽんぽんと頭を軽く撫でて、上条は踵を返す。「あ…う、うん。私頑張るから!」「おう、じゃあな」上条が歩き出すが、美琴は寮には入らない。そんな美琴を振り返って見た上条は、軽く笑ってまた歩き出す。そして曲がり角でもう一度振り返り、美琴に手を振ってから上条は消えた。「…頑張らないとね」まだ少し頬の紅い美琴は、足取り軽く寮の中に入っていった。 上条は歩きながら大きな溜め息をついた。(気をつけろ、か…よくもまぁそんな事が言えたもんだ…)空を見上げると星が綺麗だ。雲一つない夜空だが、今の上条には美しいと思えない。おもむろに、ポケットから携帯を取り出し操作する。日常の通話では聞かない断続的なビープ音。しばらくして、ブツリと音が聞こえ『と、とうま!?こんにちは…いや、こんばんはなんだよ!』少女の少し慌てた声が聞こえた。「おぅ、昼飯時に悪いなインデックス」『なな、どうしていつも私を食いしん坊扱いするのかな?むぐっ』ごくん、と電話越しにも彼女の喉の音が聞こえる。「まぁ、この時間に掛けた俺も悪かったな」携帯をいったん耳から離して時間を見ると、午後10時をまわったところ。時差を考えると、向こうはちょうど昼食時だ。『そうなんだよ、私もお昼ご飯が終わったら電話しようと思ってたのに』「それを待ってたらまた遅くなるだろ」『なっ!やっぱり私を食いしん坊扱いしてるんだね!』ガルルルと唸るインデックス。電話越しでなければ噛まれていたな、と上条は少し笑う。『それにしてもとうま。今外にいるの?風の音が凄いんだよ』「ん?まぁちょっとな」『また何かに巻き込まれたの!?大丈夫!?怪我は!?』「あ…い、いや…別に何も異常はない」上条が慌てて答えると、安堵の溜め息が聞こえた。『そうなの?よかった…』やっぱり、と上条は思う。知らず知らずのうちに心配かけている。自分が誰かを不安から救おうとしている隣で、誰かが不安になっている。『何かあったの?とうま』「なぁ…インデックス…」『…なに?とうま』「俺が記憶喪失を隠していたことを知った時…どう思った?」電話の向こうでカチャリと音が聞こえた。インデックスが皿にフォークか何かを置いたのだろう。むしろ今まで持っていたことに笑いたい上条だったが今は堪える。とにかくインデックスも真剣に話をする体勢になったようだ。『私は…嬉しかったよ』ゆっくりと、話しだすインデックス。『どんなに遅くても、とうまが本当のことを言ってくれて私は嬉しかった』インデックスの優しい声色に、上条は少し救われた気がする。『でもね…不安にもなったんだよ?』小さく言うインデックス、そこには不安の色があった。『とうまがまだ隠し事していないかって…これからも隠し事をしないかって…たしかに、後からでも打ち明けてくれるのは嬉しいことなんだよ、でも…』「…」『とうまの身に何かあってからじゃ遅いこともあるんだよ?』インデックスの消えそうな声を聞いて、上条は今すぐにでも頭を下げて謝りたかった。「それは…やっぱり俺に関わる奴全員が思っているのか?例えばその…御坂とか…」『もちろんだよ、短髪なんて私ほど優しくないから、とうまが隠し事してたらすぐにビリビリってしちゃうかも』言い終えたインデックスが、ふと疑問を抱く。『ってとうま、どうしてそこで短髪の名前が出てくるのかな?もしかして、私という足枷が無くなったからって、一夜の間違いを起こしたりしてないよね?』バンバンと机を叩く音が聞こえ、シリアスモードに入っていた上条は呼び戻された。「いっいえ!インデックスさん!そんないけない事情ではなくて、昨日お話したように今上条さんは人助けをしようとしているのですが、やっぱり他の人には隠しているんです」『それで今日短髪に会ってちょっとマズイ雰囲気になったってことなの?』「いや…なんというか…御坂も同じような人助けをしていて、俺に首を突っ込むなとかなんとか…」『それで既に突っ込んじゃってるとうまは、短髪に嘘をついたってことなんだね?』「まぁ…そんなところです」『そう…』何かを考えているのか、それとも躊躇しているのか、インデックスはしばらく黙り込んだ。「あの…」上条が聞き直そうとしたところで、インデックスが話しだした。『さっき言ったように、短髪だって私と同じでとうまのことを心配してるんだよ。でもね、短髪のは少し特殊かな?』「特殊って…」上条は言われた意味が全くわからない。普通の人間ならこのあたりで変な期待を持つが、この朴念仁には通じない。『少し言いにくいし、どこまで言っていいのかわからないけど、きっと私以上にとうまのことを心配してるのかもしれない』「え?アイツが?何でだよ…」さすがにここまでとなると、温厚(自称)な少女インデックスでも噛み付きたくなる。『それはとうまが自力で気付かないといけないことじゃないのかな?それじゃ、私はお掃除があるからもう切るんだよ』「え、あ…おい!」ブツリと音がして、続いてツーツーと無機質な音が寂しく響く。「なんだよ…インデックスの奴…」しばらく携帯のディスプレイを見つめていたが、諦めたようにポケットに突っ込んだ。「はぁ…なんとなく、不幸だ…」結局心のもやも晴れぬまま、むしろ考えることが増えてしまった。上条は頭をガシガシと掻きながら、家路についた。
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