涙が枯れるという表現があるが、実際そう簡単には枯れてくれない。どれくらい時間が経ったのか、御坂美琴は泣き止んだ。今の私は、きっとみじめな顔をしているだろう。真っ赤に腫らした目をしているだろう。そう考えると、ますます個室から出難くなった。「はぁ……ついてないわね」ズルズルと鼻をすすり、溜息をつく。インデックスは、どうしているだろうか。もしかしたら、自分を探しているかもしれない。「…………」もしかしたら、また絡まれているかもしれない。「…………………」
もしかしたら、悪い人について行ってしまってるかもしれない。そしてその悪い人に騙され、監禁され、脱がされ、体をすみずみまで舐め回され「いやー、みことー、たすけてー」と悲痛な叫びをあ「させるもんですかっ!」バン!と勢い良く個室のドアを開く。洗面台までダッシュし、洗顔。その後すぐにロビーに舞い戻り、純白の修道服を捜す。「うわぁぁぁぁぁ!」彼女の声がした。ロビーの奥の方、『休憩所』と書かれたプレートのぶら下がった場所のさらに奥。そこから、彼女の叫びが聞こえた。「インデックス!?………くっ!」少数の客の目も気にせず、一心に駆け抜ける。「遅かったか!」という後悔が焦りと共に背中を這い上がってくる。休憩所の古びた木製のドア。そのノブをつかみ、思い切り回して「インデックス!!」休憩所に飛び込んだ。
禁書「すごーい!何これー!」キラキラキラ??「ふふふ、これはですね、1960年に公開された時に特定の映画館のみで配布された主演俳優の………」ペラペラ美琴「でえぇぇぇぇ!」ズガシャーン!禁書「うわっ!み、みこと、どうしたの?」??「関西を彷彿とさせる見事な超ズッコケですね。周りの机も巻き込むっていうところが超グッドです」美琴「な、なに、してるの?」ボロッ絹旗「!」禁書「えっとね、さいあいに『映画の超素晴らしさ』を教えてもらってたんだよ!」美琴「あ、ああそうなの。心配して損したわ」禁書「心配?」美琴「なんでもない。こっちの話よ」絹旗「……………」
美琴「えーっと、はじめまして?」絹旗「ハ、ハジメマシテ。キ、絹旗最愛デス」カチコチ美琴「あはは、そんなかしこまらなくてもいいのに」絹旗「イ、イエ」絹旗(なんで超電磁砲が超ここにいるんですか!?)禁書「さいあい、どうしたの?」絹旗「い、いや超なんといいますか、その」美琴「まぁ、いきなり年上に話しかけられたら怖いわよね」絹旗「い、いえ、そうではなくて」美琴「ところで絹旗さんは何年生?」絹旗「超中学生ですー!」ウガー!禁書「ええっ!?そうだったの!?」ビクッ
絹旗「………何歳だと思ってたんですか」禁書「11歳くらいかなーと」美琴「同じく」絹旗「もうそれでいいですよぅ……」ガクッ美琴「いやー、ごめんね」タハハ禁書「……ねぇ、みこと」美琴「ん?」禁書「なんでそんなに眼が真っ赤なの?大丈夫?」美琴「うえっ!?えーっと、それはー…あの………あのね!その………」絹旗「…………超こすってたんでしょう?乾燥、してますから」美琴「そ、そう!それよ」禁書「なんだ。超こすってただけかー」ホッ美琴「インデックス、『超』がうつってるわよ」
禁書「うっ……」ブルッ美琴「?」禁書「ち、ちょっとおしっこ!」ダッ!美琴「女の子がおしっこなんて言っちゃダメって何回……………行っちゃった……」絹旗「…………」美琴「あ、そういや自己紹介してなかったわね。アタシは」絹旗「常盤台中学2年、御坂美琴。通称『超電磁砲』」美琴「!!」絹旗「ですよね?」美琴「い、いやー、びっくりびっくり。読心系能力者かー」アハハ…絹旗「『第四位』」美琴「!!!」絹旗「『麦野沈利』『布束砥信』『クローン』『妹達』」美琴「アンタ………何者?」バチバチッ!絹旗「私ですか?」絹旗「『アイテム』元構成員、絹旗最愛です」美琴「ッ!!」バチッ!
ざわついた空気が肌を舐めまわし、皮膚がピリピリと叫んでいる。Lサイズのポップコーン2つの影に忍ぶ少女は、笑っていた。不敵な笑みでは無く、あざけるような笑みでも無く、ただ「お久しぶりです」というような、友好的な笑み。それは逆に言いようの無い不安や焦燥につながった。何故そんな笑みを見せるのか。何を考えているのか。疑念が疑念を呼ぶ連鎖。それがじゃらじゃら音をたてて私を縛りつけてゆく。「アンタ……………今さらなんの用?」紫電をまとわず、迎撃体制をとる。空気は依然、弦のように張り詰めたままだ。
「ふっ………そんなあからさまに、超構えないでくださいよ」木製のイスに身をゆだねている少女。身構えるのでもなくうろたえるのでもなく、ただ憮然に泰然に、超然と座っている。どっしりとした様子でくつろぐ少女からは、なんとも形容しがたい、言うなれば『オーラ』のようなものが感じられた。「……………」ゴクリ、とのどが鳴る摂氏8℃下の環境で流れる汗が、緊迫し、切迫した心理状態を表している。一触即発。そんな空気が御坂美琴を支配した。
「何しに来たのかって聞いてるのよ」鋭い眼光はポップコーンの林を貫通し、彼女の眼光と衝突する。互いに眼を逸らさず、ジッとした、冷戦が展開された。約5秒の沈黙。永久凍土の中に放り込まれたかのようなこの時間は、「別に。超偶然ですけど?」彼女の一言で融解した。
美琴「偶然なら、なんで正体を明かしたのよ?このままの、初対面の関係で良かったんじゃないの?」絹旗「…………まぁ、超そう言われればそうですね」美琴「まさかアンタ、インデックスに接触したのもアタシと話すのが目的?」絹旗「いえ、超違います」美琴「なら、インデックスが目的なのね……………!」ギリッ!絹旗「いや、そんなわけ無美琴「あの子に何をしたの?勧誘?洗脳?それとも『何かをしようとしてた』のかしら?」絹旗「いえ、ですから違美琴「はっ!もしかして……誘拐………っ!?」絹旗「あの、超電磁砲?話を美琴「あーあー、そーゆーことか。……………アンタ、」ーーーー「覚悟は………できてるんでしょうね?」バチバチバチッ!!!絹旗「だから私の話を超聞いてください!」ガタッ!
美琴「何? あの子を狙ってるなら辞世の句すら言わせないわよ?」バチッ!絹旗「………はぁ。そんな気、さらさらありませんよ」美琴「じゃあ何?さっさと言いなさいよ」絹旗「自分が超言わせなかったんじゃないですか……」ボソッ美琴「なに?」ギロッ絹旗「い、いえ、なんでも」絹旗「簡単に言うと、近況報告です」美琴「はい?近況報告?」絹旗「ええ。私たち、『アイテム』の」
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美琴「へぇ。アンタたちも大変だったのね」絹旗「ええ、まぁ」美琴「でさ、原子崩しを倒した無能力者って、黒髪のツンツンで、身長170㎝くらいの男子高校生?」絹旗「いえ、超茶髪のボサボサで、身長180㎝くらいの元スキルアウトです」美琴「なんだ、聞いて損したわ」絹旗「今の時間を超返還を要求します」美琴「たった数秒じゃない。チマチマしてると、身長もチマチマしてくるわよ」絹旗「それは超関係ないでしょう!」ウガー!美琴「あはは……疑って悪かったわね?」絹旗「いえ、こちらこそ、超説明不足でした」
美琴「で、あの子………誰だっけ?欧米人の………」絹旗「……………フレンダ、ですか?」美琴「ああ、それそれ。あの子はどうなったの?」絹旗「いえ…………まぁ…………」美琴「?」絹旗「………あいつ、私たちを敵に超売ったんです」美琴「………さしずめ、保身のため、ってとこかしら?」絹旗「鋭いですね。それで、麦野に超粛清されました」美琴「……………え?」絹旗「殺されたんですよ。上半身と下半身が超真っ二つ」美琴「いや、そんな………」絹旗「内臓がね、切断面から超出てるんですよ。なんとも滑稽な死に様でしょう?」美琴「………………」
絹旗「あはははっ!ホント、超いい気味ですよ」アハハハハ美琴「……………ねぇ」絹旗「なんですか?『そんなのダメっ!』とでも言いたいんですか?だから表の世界の人間は……」美琴「もう、やめなさいよ」絹旗「何がですか?『死者を冒涜するな!』とでも?」アハハ美琴「違うわよ」絹旗「じゃあなんですか?」アハハハ美琴「もうさ、自分を傷つけるのはやめなさいよ」絹旗「ッ!!」
絹旗「あはは……超何を言ってるんですか。私は何も傷ついてなんか美琴「じゃあ、なんでそんな辛そうな顔してんのよ」絹旗「…………」ギリッ美琴「アンタ本当はさ、悲しいんじゃないの?その、フレンダさんが亡くなって」絹旗「………レベル5の超推測ですか?それとも事件大好き乙女の超妄想ですか?」美琴「さぁね。アタシには、なんにもわからないわ」フゥ絹旗「…………」美琴「でもね、なんだろうな。なんかさ、アンタがフレンダさんの話する時、なんか痛そうだった」絹旗「…………」美琴「ま、それだけよ。根拠もなにも無い、ただの妄想。忘れて」
絹旗「……………なんでですか」美琴「ん?」絹旗「あのシスターも、あなたも、なんでそんなに超鋭いんですか…………っ!」美琴「………顔にでてんのよ、アンタ」絹旗「くっ………………そうですよ」美琴「うんうん」絹旗「私は、フレンダが、あの裏切り者の超クソヤロウが、」美琴「うん」絹旗「大、好きだったんです………!」美琴「!」絹旗「あぁ、友達うんぬんの好きじゃありませんよ。…………性の超対象としての、好きです」美琴「ッ!!」絹旗「ハハッ………超、キモいですよね。…………笑って、下さいよ」絹旗「女が女を好きになるって………どこの超D級映画ですか。ホント、気持ち悪い」ハハッ
絹旗「ま、超そーゆーことです。さ、笑って下さい」美琴「……………ホント、滑稽よね」絹旗「………ッ!」ギリッ美琴「女が女を好きになるなんて、ホントに気持ち悪い。ありえないわ」絹旗「……………」美琴「ホント、ありえ、ない………わよ」ポロポロ絹旗「………え?」美琴「気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い!」ポロポロ絹旗「えっ?あ、あの……」オロオロ美琴「ホントになんで………」美琴「好きになんて、なっちゃったんだろうねぇ…………」グスッ絹旗「! …………まさか」美琴「…………………どう?自分と同じ性癖を客観視した感想は?」グスッ絹旗「!!」美琴「気持ち悪いでしょ?おかしいでしょ?アンタもこんな感じ。気持ち悪いよ。アタシも、アンタも」絹旗「……………」
美琴「アンタこそさ、笑いなさいよ。指差して、腹かかえて、笑いなさいよ」絹旗「…………できません」美琴「そうよね。アンタもアタシも同じ異端だもんね。アタシのことを笑ったら、自分のことを笑ってることになっちゃうんだもんね」絹旗「……………超、違います」美琴「何が違うの?同情?偽善?やめてよそんなの。ヘドが出るわ」絹旗「私たちは………私たちは、」「同じ痛みを、知ってるじゃありませんか」美琴「ッ………!」
絹旗「あなた、さっき泣いてたんでしょう?」美琴「…………」絹旗「実は私も、泣いてたんですよ。さっき」美琴「!」絹旗「そこに、インデックスが超来たんです」美琴「…………」絹旗「『君は泣いてもいいんだよ』って超言われちゃいました」美琴「…………」絹旗「それと、こんなことも言われましたよ」絹旗「『誰かを好きになった気持ちを大切にすることは、とってもとっても素敵なことなんだよ』って」美琴「……………あの子が?」絹旗「はい。私も超一瞬見失ってましたけど」タハハ…絹旗「だからあなた……御坂も、好きになった気持ちを、大事にして下さい」絹旗「それがたった一つのプライドに変わる日だって、来るかもしれないんですから」美琴「…………くっ…」ウルッ絹旗「御坂、超大丈夫ですよ」美琴「絹旗……さん?隣に座っ、て、くれる……かな?」絹旗「はい」チョコン美琴「う………ううぅぅぅ」ダキッ絹旗「……………」ナデナデ美琴「うええっ……ううぅっ……うえぇぇ……」絹旗「大丈夫です。大丈夫、ですよ」ナデナデ
ジャーーーーーーゴボゴボゴボ…禁書「ふぅ」ガチャ禁書「いやー、大量大量だったんだよ」禁書「『おしっこ』って言ったのに、遅くなっちゃったかも」ジャバシャバ禁書「………ん?」ゴソゴソ禁書「あ、ハンカチ忘れた」禁書「う~~~、冷たいんだよ……」禁書「…………」チラッ禁書「温風の出る箱………『ジェットタオル』………」禁書「つ、使っても大丈夫なのかな…?」禁書「いきなり熱風が吹き荒れたり………しないかな?」禁書「……て、手を入れてみるくらいなら………」ソ~~~…ウゥ…フォーーーーン!!禁書「ひゃわぁっ!」バッ!禁書「あ、あったかい風が!フォーンって!フォーンって出てきたんだよ!」ビクビク禁書「恐ろしきかな科学都市、なんだよ………!」
この街に来てから結構になるが、『機械』というものには まだ少々抵抗がある。爆発する機械、『電子レンジ』。指を挟んでくる冷たい機械、『冷蔵庫』。目が回る機械、『洗濯機』。私の唯一の味方は、喋る箱、『テレビ』のみだ。そんなことを考えながら、どんどんと冷えてゆく手を合わせ、息を吹きかけた。ふわりとした温風。先ほどのびっくりさせる機械、『ジェットタオル』と比べて、幾分も優しく、思いやりのある風。だが、思いやりと風勢は比例するようで、そよ風程度の温風は、私の手にまた冬を輸入した。「みことにハンカチ借りよっかな………」びちゃびちゃの手をブンブンと降ると、冷えた手が棒きれの様に硬くなった気がした。
『冷えた手』。それから、いたずらを思いついた。氷のように冷たい手を、誰かの暖かい背中に押し付けるという悪魔の計画。標的はすでに決まっていた。御坂美琴である。「むっふっふ、わたしの怖さ、思い知るといいんだよ」そう一人でつぶやき、猫のような足運びでトイレを出る。休憩室の木製のドア。それをそっと開けた。
(さぁ、覚悟を………………あれ?)なんだか、空気がおかしい。あの2人しかいない休憩室全体の空気が、なんだか『重み』のようなものを孕んでいるような気がする。磨りガラスすら はめこまれていない、薄い木製のドア。それを薄っすらと開き中を伺うも、2人いる席は見えない。もう少し開かなければならないようだが、なんだか、開いてはいけないような、そんな感じがする。本当に漠然とした、言うなれば『女のカン』。それがドアを開けることを阻害していた。
(なんだろう………?)恐る恐るドアを、少しずつだが開いていく。キィィという音。それと共に、見える2人の姿。「ーーーー!」さっき見た、映画を思い出した。同性愛者のA子、ノーマルのB子。私はもちろん後者で、前者は異端だと思う。おそらく日本国の大体数の人間が前者であろう。そう思うのは、私が、私が所属する環境が、『A子的性癖』とはあまり関係の無いところにいるからなのだろうか。まぁとにかく、前者は異端である。が、
(……え?なんで?)見えるのは、泣きながら抱き合う2人。さっきの映画で聞いたレズビアンを指す言葉、『百合』という言葉がポップアップしてきた。(え………?みことってもしかして……)ざわり。胸の奥、心の隙間、そこに釘が打ち込まれた様に身動きが取れなくなる。(い、いやいや、わたしだって、さいあいを抱きしめたんだよ。そうだよ。あれは、みこと なりの慈悲なんだよ)必死に自身を洗脳するも、なかなか上手くいかない。『友達がレズビアンかもしれない』。そんな疑念が浮かんでは消え、大きくなってまた浮かぶ。
『泣いている絹旗最愛を慰めていた』という理由なら、美琴が抱きつき、泣く必要は無い。『絹旗がせがんできた』という理由なら、応じた美琴も同類だ。(違うよね?そうだよ、違う違う。みことがレズビアンなワケが)そこまで思考した時、御坂美琴が絹旗最愛を強く、深く抱きしめた。絹旗最愛もそれに応じる。その姿はまさに思い人同士だった。(みことは………)(みことは、レズビアンなのかな?)(だったら、ちょっと汚らわしいかも………)踵を返し、もう一度、トイレへ向かう。寒い個室の中、考えることは一つ。友人、御坂美琴のことだ。
(ねぇみこと、どうして?)返答は、返ってこない。(どうして?)胸の中、頭の中、音が反響し、私の孤独を浮き彫りにする。(どうして?)冷えた身体に鞭を打つような洋式便器の非情さが、私を凍えさせた。(どうして?)ねぇ、みこと、「どうして…………どうして、わたしじゃないの?」不意に、頬を冷たい液体が撫でた。インデックスには、その正体が分からなかった。
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