―――突入前日『……ねぇ』『ん?なにかな、お姉様』『アンタは、第三次製造計画ってので生まれたって言ったわよね』『……うん、そーだよ』『じゃあ、施設の場所とかわかる?』『一応、ね。まだ初期段階だから潰してもワラワラ湧くこともないし…叩くなら今、かな?』『……そう、ありがとう』『……ねえ』『ん?』『ひとつ、聞いてもいい?』『ええ、なんでもいいわよ』『どうして、ミサカ達のためにここまですんの?ミサカ達は確かにお姉様を元に作られた、だけど―――』『そういうの、もういい加減聞き飽きたわよ』『へ?』『私がそうしたいからしてるだけ。罪滅ぼしとかそういうのじゃないのよそれに……』『……それに?』『妹に姉が世話を焼いて、何がいけないの?ってことよ』
そして、現在。5人は、それぞれの共通の敵、アレイスターを討つべく『窓のないビル』まで走って移動していた。正確には、ベクトルや磁力を操作してビルの外壁を蹴って飛んでいるようなものだが。ちなみに、上条と打ち止めは、二人とも一方通行の小脇に抱えられていたりする。ふと、御坂美琴と番外個体が立ち止まる――磁力でブレーキをかけた、というのが正しいだろうか。「オイ、どォした?」「先に行ってなさいよ」美琴は、ぶっきらぼうにそれだけ答えた。納得のいかない一方通行が理由を聞こうとする。だが、「行こうぜ、一方通行」上条が、何かを察したようにそう告げる。一方通行は、彼が言うなら大丈夫だろうと考え、あァ、とだけ答えた。「ミサカもミサカも、一緒に――」「駄目だよ上位個体、あなたはそこの問題児の保護者なんだし」「オイ、誰が問題児だとォ?」「あなたに決まってるじゃん」いつもの調子。だが、むしろそうである方が今はいいのだろう。「御坂」「…なに?」「……約束だ、絶対に全員で日常に帰ろう」「……うん」コツン、と握りこぶしをお互いぶつける。上条が抱えられていなければ、もう少し様になっていただろうか。
ガコン、と金属製の扉が開く。
「ここが第三次製造計画の、試験的な生産プラントだよ」「……ここが」広い部屋に、地下への階段と、壁と天井にはむき出しの配管や鉄骨。主要な設備や、妹達の培養器は地下にあるらしく、他に目立つ物は無い。「行くわよ、ここでもうこんなことは終わりに―――ッ!?」途端、美琴が何かを感じ取る。遅れて、番外個体もソレに気付く。「――上ッ!」叫んだ途端、天井からソレが落ちてくる。まとうモノは、紫電。そして、それがゆっくりと顔をこちらに向ける。
「妹、達…?」だが、何かが違う。彼女たちよりも自分に近い気がするし、遠くも感じる、と美琴が思う。そして、答えが出る前に返事が来る。「はじめまして、お姉様」やはり、妹達。しかし、番外個体がミサカネットワークに繋いでも、こんな個体の情報は出てこない。「ミサカは、『00000号(フルチューニング)』。早速ですが、お二人には死んでいただきます」バチィン!と雷がはじける。近距離で放たれたそれに二人とも掠りはしたが、ダメージは見られない。「―――行きなさい!」美琴が、叫ぶ。番外個体は理解できない、という風に美琴の方を見る。「妹のやんちゃを叱るのも姉の仕事よ!それに、アンタはまだ眠ってる子達に言いたいことがあるでしょ!」そう諭され、ぎゅっと拳を握りしめ、番外個体は地下への道を一気に駆け抜けた。
「……あら、追いかけないのね」「必要がありません、ミサカの目標はここの防衛ではなくあなた方の戦力を削る事です」無感情に、そう言い放つ。実験中の妹達の方が、この子よりも感情豊かじゃなかったか、と思いながら、「随分な自信ね、言っとくけどオネーサマ、妹に簡単にしてやられる程ヤワじゃないわよ」「ええ、ただの妹達なら無理でしょう」その物言いにどこか引っかかり、聞き出そうとする前に答えは返ってきた。「ですが、『暴走した特別仕様の妹達』なら話は別です」「―――暴、走?」ス、と00000号が粉末の入ったケースを取り出し、中身を口に放り込んだ。アレは何だ。暴走。RSPK症候群。置き去り。木山春生の生徒。――――能力体、結晶。
バチバチと、制御しきれていない紫電が00000号の周囲で音を立てる。「ミサカの通常時でのレベルは4……一応、これでお姉様と互角でしょうか」「……アン、タ」美琴が目を見開き、目の前の自分そっくりの少女を凝視する。目が血走り、息も荒くいかにも苦しそうな少女を。「御覚悟を、お姉様―――」「こんの……馬鹿妹ッ!!!」美琴が地を蹴り、一気に00000号の元に駆ける。妹の姿に、涙さえ流しそうになりながら。「―――なんとでもどうぞ、ミサカは、姉も自分も必要ありませんので」
雷を纏ったまま、美琴は00000号の懐に突っ込んでいく。対して、00000号は懐に手を入れる。出てきたものは、釘。「ッ!!」瞬時に打ち出されるソレを、とっさに横に飛んでかわす。細かい演算はできていないのか、超電磁砲ほどの威力は見受けられない。だが、当たれば致命傷となることは間違いない。次の手を打たせる前に、脇から美琴が磁力を使った高速移動で肉迫する。体晶の副作用によって、00000号がそのタイミングの攻撃に反応するのは困難だった。だが、防御は必要無い。「――――お姉様」「ッ!?」そう、少し苦しげに言葉を紡げばそこに隙ができる。相手は、自分のことを救うために向かってきているのだから。そんなことを考えながら、00000号は美琴に向かって紫電を放つ。だが、いくら隙があろうとレベル5。迎撃程度の雷撃などが、御坂美琴にはダメージを与えることは無い。体勢を立て直すために、美琴は数メートル後ろまで跳ぶ。「……どうして」「?」「どうしてよ!どうしてそんなボロボロになってるのに戦おうとするの!?そんなことしたって、アンタが傷つくだけじゃない!」美琴は、必死に叫ぶ。しかし、言葉は届かない。「ミサカが傷つけば、貴方の心を傷つけることができる……目標達成に近付きます」「なっ……!」言いながら、再び釘が打ち出される。不意打ちながらも、美琴はそれを即座に磁力で弾く。「目標って……そのためなら死んでもいいって言うの?」「……質問を理解しかねます。ミサカは目標達成のために生きています。その過程で何があろうと結果さえ残せればかまいません」
その言葉に、美琴は妹達の言葉を思い出す。かつて彼女らは、実験動物として必要な知識しか持っていなかった。それと同じ。彼女もまた、死への恐怖すら持っていないのだ。だが、絶対に救える。否、救ってみせる。妹達に生を望ませた少年のことを想いながら、美琴は00000号に向かっていく。言葉は届かないかもしれない。だが、拳は届くかもしれない。殺し合うのではなく、殴り合うことで学ぶこともあるかもしれない。それが駄目なら、また違う手段で想いをぶつける。もう二度と、諦めなくてもいいように。
やっと無意味な会話は終わりか、と00000号は向かってくる美琴に対し攻撃をはじめる。まずは、釘。だが、かわすこともなく弾き飛ばされる。ならば、雷撃。だが、有効なダメージを与えられない。そもそも電撃使いに雷撃は効果が薄いのだが。そして、そのまま美琴が目の前まで近付いてくる。ならば。「―――缶バッジ、嬉しかったですよ」「ッ!!!」動きが、止まる。その隙に、00000号は美琴の腕を掴む。至近距離で最大出力の電気を流せば、感電はしなくとも、熱で皮膚を焼くことはできるだろうから。
だが、電気を流す前に、掴んだ腕から00000号に何かが流れ込んでくる。それは記憶。今まさに00000号が美琴に思い出させた、9982号との記憶。『アンタ……何者?』『ミャー』『これはなかなか…』『なんで私が奢るハメに…』『うん!こうしてみると結構アリかも――』『いやいやねーだろ、とミサカはミサカの素体のお子様センスに愕然とします』『一緒に猫とじゃれて、一緒にアイス食べて、缶バッジ取り合って、これじゃあまるで本当に…』どこにでもいそうな手のかかる妹と、世話焼きな姉のような時間。そして。
『アハハ…何よコレ…私の代わりにクローンを殺すとか絶対能力者とか…』『今の時刻は21:05、実験の開始時刻は―――!』『誰もいない……そうよね、あんなバカげた計画……』『……え?この、ゴーグル、は』そして、目の当たりにする実験と、絶望。その記憶には、悲しみと、後悔と、そして、不器用な愛情が確かに存在していた。
「―――あ」そして、一瞬で現実へと戻される。目の前には、今見た記憶の中で、突然現れた9982号に対して困惑しながらも、拒絶などしなかった少女がいる。記憶の中で、美琴の妹達への思いの暖かさと、彼女自身の苦しみを知ることで、00000号は、新たに感情を得た。それは、後悔。自分たちをここまで思っている人に、自分は何をしているのだろう、という後悔。その感情は、彼女が機械によって打ちこまれた生きる理由を、ことごとく消し去った。そして。「ミ、サ――ミサササミミミサカカカカサミサカミサ――――ッ!!」自分を見失い、暴走する。金属製の床へと電気が流れていき、壁の配管が磁力に引かれてギチギチと音を立てる。
「……大丈夫よ」美琴は、ぎゅっと00000号を抱きしめる。大丈夫。妹に少しトラウマを掘り返されたくらいで、怒ったりはしない。そして、絶対にあんなことにはさせない。配管のボルトが弾け飛び、壁から離れだす。それに続くように、大量の金属が全方位から00000号に向かってくる。数百、いや、小さいものも合わせればもう一桁上だろうか。雷撃では、威力が足りない。磁力で弾き飛ばそうにも、この勢いと数では難しい。超電磁砲も、こんな状況ではまともに扱えない。だが、そこでおかしなことに気付く。そして、そのことに笑みを浮かべながら呟く。「……良かった、やっと姉らしいことができそうだわ」
コツン、という靴音と共に番外個体は立ち止まった。培養器と、機材の立ち並ぶ部屋。彼女はここで造られ、そうしてロシアに送られた。(人の気配は無し……逃げやがったのかな?)つまらない。一人でも居れば散々に罵って痛めつけてやったのに。少し不機嫌になりながら、彼女はソレを探す。「見ぃつけたっ……と」ソレは、すぐに見つかった。培養器内の状態を一括で調整できるように作られた、無駄に大きな機材。番外個体はそれに近付き、コンソールに手を伸ばす。ここで2、3の操作を行えば、第三次製造計画で造られたミサカを一挙に処分できる。だが、自分はそんなことの為にここに来たわけではない。
そっと機材に触れたまま、番外個体は能力を行使する。コレは全ての培養器と繋がっている。そして、培養器の中身は、自分と同じ脳波を持つ御坂美琴のクローン達。ミサカネットワークのようにはいかないまでも、自分と彼女たちの脳を繋ぐには十分だった。『―――ねえ、聞こえてる?』届かないかもしれない。自分の言葉で、どうにかできると考えるのは間違いかもしれない。だが、それでも語りかけるのをやめたりしない。『アンタ誰よ、お人形に話しかける痛い趣味のヒト?』声が、返ってくる。自分たちは遺伝子レベルでめんどくさい性格なんだろうか、と苦笑しながら、『違うってーの、簡易的なネットワーク構築して話してるんだし、あなたたちと同じに決まってるじゃん』『あー、そう。で、第一位は殺せたの?』今度は、別のミサカが質問を投げかけてくる。『いーや、めんどくさいからやめちゃった』『やめちゃった、って……じゃあ何でここにいんの?』『……生きてるからでしょ』直感的に、言葉が出た。別に、台本を用意しているわけでもないのに。『何それ、ふざけてんの?』『そーでもないよ。ミサカは、ロシアで一方通行に負けてから、やっと生まれることができた』『……ますます意味わかんない』『勝手に決められた生き方での人生なんて、生きてるなんて言わない。それだけだよ』『………』全てのミサカが、口を開かない。迷っているのだ。紛れもなく本心から想いを語る番外個体に。
『……さっさと、その殻を破りなよ』『…え?』『ミサカが決めちゃ、意味が無い。あなた達が自分自身で生まれることに、意味があるんだから』『―――さあ、行こう』そして、多くのミサカを包んでいた殻が雛によって砕かれ、その部屋に、意思を持った命が溢れた。
そして、上階。美琴が感じた違和感は、二つあった。一つは、壁のありとあらゆる金属が引き寄せられる前に00000号が床に電気を流したこと。そして、もう一つ。自分の服の金属部分と、懐に忍ばせてあるコインが、何の反応も示さなかったことだ。つまり、引き寄せられているのは壁の金属だけであって、他には影響が無いのならば。そこで美琴が取った行動は、数十のコインを空中に撒き散らすこと。そして目を瞑り、コインの位置、射出角を調節する。かっ、と美琴が目を見開いた。「―――行けっ!!」全方位に、絶対的な破壊をもたらす弾丸が、衝撃波と共に打ち出された。その弾丸の数は、撃ち落とすべき目標に対し、あまりにも少ない。しかし、ソレが伴う暴風によって、全ての飛来物を吹き飛ばすには十分だった。「っぐ、ひぐ…」脅威の払われた場所に、泣き声が木霊する。「ごめんなさい…ごめんなさい…」ただ、謝り続ける。まるで、それしかしらない子供のように。「……いいのよ、もう、大丈夫」「でも、ミサ、カはあなた、に―――」「姉って、呼んでくれないの?」困ったような顔で、美琴が告げる。00000号は、ただ、きょとんとして、言われるがままに返した。「……お姉様?」「よくできました」そう言って姉は、世話の焼ける妹を、ただ優しく抱きしめた。
「―――ひとまず、私は番外個体とこの子たちを病院に連れてくから」『おう、こっちはこっちでどうにかするから、気を付けてな』ピ、という電子音と共に通話が切れる。少し名残惜しそうにしながらも携帯を閉じ、美琴は番外個体に向き直る。「それじゃ、行くわよ。妹達がお世話になってる病院があるし、ひとまずそこに―――」「お姉様」「ん、なに?」「そんなに気になるなら、先に合流しててもいいんだけど?」その言葉に、美琴はぽかんと口を開けたまま石像のように固まった。数秒後、その顔はみるみる紅潮していき、ポフン!という擬音と共に沸騰した。「にゃ、にゃにをいってんのよ!べべべべべ別に私はアイツのことなんか」「誰とは言ってないんだけどなー」「~~~~~っ!!」先ほどまでの頼れる姉はどこへやら、興奮し、混乱し、自爆する美琴。その姿に、妹である00000号と第三次製造計画のメンバーは孫を見ている気分になったそうだった。
「……終わったかァ?」「おう、もう大丈夫だ」そう言って、携帯をポケットの中にしまう。ふと、打ち止めが気付いて声をかける。「ねえ、ヒーローさんはゲコ太が好きなのかなってミサカはミサカは意外性に突っ込みをいれてみたり」「んー?ああ、コイツはみさ――美琴と携帯のペア契約した時にもらったヤツなんだけどな……」うーん、と上条が首を傾げれば、すかさず打ち止めがどうしたの、と質問する。「いや、あの宿で起きた時には無くなっちまってたはずなんだよ」それがどういうわけかくっついている。あと、心なしか紐の部分が綺麗になっている気がしないでもない。「……オリジナルが付け直したンじゃねェのか、他にいねェだろォがよ」「んー、ああ、そうだな。部屋も一緒だったし、アイツ家事できるしな」「そォいうことだ……見えたぞ」言われるままに前を見れば、そこには窓のないビルが佇んでいた。
ズン、という音と共に着地し、一方通行は上条と打ち止めを降ろす。「ここが、ねえ……本当に窓がねーや」「どうするの?やっぱり正面突破かなってミサカはミサカは荒っぽい手段を提案してみる」確かに、それが一番簡単だろう。だがしかし、一方通行がその考えを否定する。「残念ながら、地球の自転のエネルギーをぶち込んでもビクともしねェよ……ンで、思い当たったのが『魔術』だ」「んー確かに、アレイスターってのはとんでもない魔術師らしいし、そのくらいできても不思議じゃねーよな」入り口でも無いか、と上条はぺたぺたとビルの壁面に触れる。だが、特におかしな所も無い。「魔術の専門家がいるわけでもねーし……とりあえず、殴ってみっか」上条はその場から2歩下がり、深呼吸をする。そして、大きく振りかぶり、足で一気に踏み込み、右手を、振り下ろした。
だが、その拳が当たる直前、ビルの壁面に、風穴が空いた。「―――は?」するとどうなるだろう。本来なら、壁とぶつかり、そこで止まるはずだった体が、支えを失えば。上条当麻は、その勢いのままゴロゴロと穴の中に転がっていった。「うおわぁぁああああああああああああっ!?」「ヒィィィロォォォォオオオオオオオオオオッ!!」そしてそのまま、シュン、という音と共に穴は閉じた。警戒していた反面、これは少しシュールである。「ど、どうしよう!一人だけ中に入っちゃったってミサカはミサカはパニック状態!」「落ち着けェ!チッ……どォにかして中に―――」安心したまえ、彼は招かれただけで別に取って食われるわけではない。
「―――ッ!!」背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。バッ、と一方通行は勢いよく声の方向に振り向く。そこに居たのは。「またか…」長い髪を持ち、淡い光を放ち、人ならざるモノ。「またオマエか、『エイワス』ッ!!」「ふふ、そう怒ることは無いだろう、今の私はミサカネットワークに負荷をかけて顕wq現sy――ここにいるわけではない」そうだとしても、腹立たしいものは腹立たしい。一方通行は、打ち止めに下がるように言うと、チョーカーの電源を入れなおした。「まあ、このビルの防御術式が私と連動するタイプになっているのだから、戦うのも間違いではないか」「は、そりゃ良い情報アリガトウ!そのまま死ンどけェッ!!」ズドン、と爆発的な衝撃を地面に与えながら、一方通行はエイワスに向かって飛んだ。「つぅ……いてて……」上条が、床にぶつけた体をさすりながら立ち上がる。「にしても、なんだココ?壁のアレは術式、か?」「―――儀式場だよ」背後から声を聞き、振り返る。そこには、液体に満たされた巨大な水槽。そして、男のような、女のような、人のような人ではないような者。「……アンタが、アレイスターか」「そうだとも」あっさりと、認める。そして、空間が、否、そこにある何かが歪んでいく。「……ふむ、『本体』が出るのは何年ぶりだったか」水槽が、跡形も無く消える。まるで、最初から何も無かったかのように。そこに立っている者が、持っているのは杖。「さて、前菜とはいえ、久方ぶりのショータイムだ、楽しもうじゃないか」
一方通行がエイワスへと飛ぶ直前、その距離は十数メートル。そして、一方通行が風のベクトルを操作し、竜巻を背負ってエイワスに到達したのは1秒にも満たなかった。その勢いのまま、一方通行は右手をエイワスへと叩きこむ。衝突。だがしかし、音も、手ごたえも無かった。ただ、彼の拳は目の前の目標に触れる直前で、静止していた。「お、おォォォォォおおおおおおおおおおッ!!」すかさず、左手も叩きこむ。しかし、結果は変わらない。そして。エイワスが、一方通行に向かって含みのある笑みを浮かべた。一瞬で、二人の距離が数十メートルまで広がった。どちらかが逃げたわけではない。一方通行の体が、圧倒的な『力』によって吹き飛ばされたのだ。
「ク、ソッ……!」背中の竜巻で、体制を整える。やはり、通じない。ロシアで見た大天使とは違う。外見こそ似た物に見えるが、扱うベクトルが全く違う。学園都市第一位の頭脳を持ってして、片鱗すら掴めないほどに。「どうしたのかな、顔色が悪いが」くつくつと、エイワスが嘲笑しているように見える。打ち止めに負担をかけてまで生まれた、少し前には、完膚無きまでに叩きのめされ、見下されたも同然な、その存在が、自分を嘲笑っている。一方通行に、感情の制御は不可能だった。
ゴパァ!と、空気が爆発する。白髪の少年が、纏うのは黒。木原数多を、垣根帝督を蹂躙した黒い翼。グン、と凄まじい速度で距離を詰める。衝撃波によって、周りの地面が抉られていく。衝突。手ごたえは無いのは分かっている。だからこそ、黒の翼をエイワスへと向ける。エイワスが、それに動じることはない。だが、それでも、一方通行は翼を振り下ろした。「………やはり、こんなものか」その場にはそぐわない、穏やかな声。エイワスは、翼すら用いていない。ただ、素手で翼は受け止められていた。「私にオシリスの法則で対応しようとするのが間違いだよ。既存の物理法則なら尚更無謀というものだ」ぐぐ、と言葉の間にも、一方通行は翼をエイワスに押し付ける。だが、それが動くことは無い。「君にホルスの時代の力を期待するのは間違いだろうが……ただ、まあせめてこのくらいでなくては」言葉と共に、エイワスの手に掴まれている所から翼が変色していく。その色は、黒とは真逆。ロシアで手に入れた、天使のような、白の翼。
わざわざハンデを与えた。否、違う。完全に、遊んでいる。
それほどまでに、圧倒的な壁がある。だが、一方通行が諦めるようなことは絶対に無い。彼の望む未来には、あのやかましい少女と、憎たらしい女の笑顔が必要なのだ。そして、そこに目の前の敵のような存在があってはならない。だからこそ、再び一方通行はエイワスに向かっていく。たとえ無謀でも、無理でも、無茶でも、その先には、自分の夢があるから。
上条当麻には、幻想殺しだけで説明できない部分がある。
一つは、未来予測にも感じられる程の感知能力。一方通行がロシアで対峙した時に確信した前兆の感知。正確には、前兆がなかろうと反応しているのだが。上条は、自分の意識しないところで、無意識的にそれを行う。それが、あらゆる異能を打ち消す右手を最大限に活かしている。誰かの危機に、タイミングよく駆けつけることができるのもこれが関係しているだろう。二つ目は、その再生能力。そもそも、冥土帰しがいくら名医とはいえ、上条の治癒のスピードはおかしいのだ。『実験』で一方通行に暴風で吹き飛ばされた時でも、立ちあがってみせた。ロシアではフィアンマに切断された右腕を、自分で『生やして』みせた。そう、異常なのだ。彼の力は、世界の騒乱などというレベルでも、収まりがつかない程に。
ぎしぎしと、右手と『力』が拮抗する。打ち消すには、相手の出力が高すぎる。ならば、とそのまま右へとなぎ払う。「……ほう」そのまま、力の塊は壁に激突する。そして、吸い込まれるように消えていった。おそらく、根本的には同じものなのだろう。「やはり、な……素晴らしい。その力、人の身には余るものだ」「そうかよ、けど、アンタの力も見に余るんじゃねぇか?」くく、とアレイスターは笑う。全てが思い通りだ、と言わんばかりに。「私には理由がある、大義がある。そのための力だよ」だが、とアレイスターは上条を指差す。「君は違う。戦乱を招きかねないその力で、目先のことしか考えず闘うだけだ」
(―――来る!)とっさに横に飛び、攻撃を回避する。アレイスターは攻撃に動きも詠唱も必要としていない。だが、それでも上条には分かる。目の前の相手が、どこに何をしてくるのか。「―――君はどれほど自分を知っている?」その質問に上条は返答できない。自分は、知らない。この身に宿る力どころか、数か月前までの自分ですら。自分は、『上条当麻』を何も知らない。「理由も無く、ただそこにある力を振るっているだけで人を救ったつもりか?」「……それは」「それは人にとって、世界にとって危険なことだ。現に争いは起こったのだから」
「力は正しき知識によって制御されてこそ、人を救うことができる」例えば、御坂美琴の電気や一方通行のベクトル変換。それは、確かに使い方次第で、人を殺すことも生かすこともできる。上条の力も、それと同じ。「君の手より、私の手にある方がより多くの人を救える。君の守りたいものも守りきることができる」確かに、そうだ。この力に知識が合わされば、もっと多くの人を助けることができるかもしれない。「……ああ、そうかもな」けどな、と上条は噛みしめるように言う。「その力のために、沢山の人を泣かせるような奴の救いなんて誰も必要としてねぇんだよ!」
そして、ビルの外。一方通行の翼に対して、エイワスも翼を具現させる。ゴッギィィ!!という音を立て、翼が激突した。ギリギリと、そのまま鍔迫り合いのごとく互いに押し合う。「―――クソったれがァッ!!」「そう力まないことだ、いや、それもまた君たちの面白い部分ではあるが」ガギィン!!と音を立て、互いをはじく。そして、一方通行はまたエイワスへと一直線に向かっていく。「……さすがにそれは、馬鹿の一つ覚えというものだろう」一方通行の耳には、それは届かない。彼の頭には、目の前の敵を倒すということだけしかない。1度で駄目なら2度、駄目なら3度4度と、それだけが渦巻いていた。「それでは、一度思い知るしかないかな」
打ち止めは、戦いを少し離れたところで見ていた。戦いの余波が、近くの地面を抉り、突風や破片なども飛んできていた。だが、彼女はそこを動かない。ここで逃げれば、もう会えないような気がしたから。彼はいつも、自分を放ってどこかへと行ってしまう。だから、ここを動くことは無い。だが、それでもまだ不安があった。どこかに行くことが無くても、彼が戦いの中で倒れ、そのまま帰ってこないかもしれない、ということ。だからこそ、彼女は目の前の戦いを見続ける。どんなに心が折れそうでも、どんなに絶望的でも。帰る場所があれば、彼はきっと強くあれるから。『―――大丈夫』頭に、声が響く。どこかで聞いたことがある気がする。だが、思い出せない。『話すのは初めてかな、私、風斬氷華』「ミサカは打ち止めだよ、ってミサカはミサカは自己紹介してみる」優しい声。敵意は無い。むしろ、こちらを労るように話す。『―――祈ろう』「え?ってミサカはミサカの頭上に疑問符を浮かべてみる」『祈りは届く、それで人は救われる……多分、私の友達がそう言ってた気がする』「――うん、そうだね、ってミサカはミサカはあの人への想いを精一杯祈ってみる」
一方通行が、再びエイワスと衝突する。ガギィィン!!と音を立て、翼はまた拮抗する。だが。エイワスの翼によって、一方通行のそれが弾かれる。強大な力に、バランスを崩す。そして、遊びでなく戦いなら、体勢を立て直す機会など与えられるはずが無い。瞬時に、エイワスが一方通行の頭上へと出現する。とっさに、翼で身を守る。だが、無意味。エイワスの翼は振るわれ、一方通行の体はその勢いのまま地面に叩きつけられ、そのまま、動くことはなかった。ただ、衝突で散った羽が周辺を舞うだけ。打ち止めの悲鳴が、その場に木霊した。
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