英国 聖ジョージ大聖堂「はぁ…」煙草を咥え、煙と共にステイルは溜め息をついた。溜め息の理由は「おなかすいた…」「…」「おなかすいたって言ってるんだよ!」服の裾をぐいぐいと引っ張るのは、暴食シスターインデックス。彼女は霊装を運ぶステイルの後ろを歩きながら「せっかくお手伝いで来たっていうのに、大したおもてなしもされないまま、すぐに掃除なんて酷いかも」「君は元々イギリス清教のシスターなんだから、掃除を手伝うのは当然だろう。それに、さっき昼食を食べたばかりじゃないか」「もうおやつの時間なんだよ!」はぁ、とまた溜め息をつく。しばらく地下通路を歩いていると少し開けた広場へ出た。あちらこちらに霊装やら書物が置いてあり、それを整理する人員もちらほらといる。今、ステイル達は地下の霊装保管庫から霊装を運び出しているところだ。聖ジョージ大聖堂はとある一戦により地下まで崩落しており、復旧作業が行われているが地下はとても使える状態ではない。しかし、地下保管庫には普段使う霊装から貴重な物まであるので、復旧するまでそのまま…というわけにはいかない。そして霊装の中には配置を覚えとかなければならないとか、厄介な物もある。そんなわけでステイルはインデックスと霊装を運び出しているのだが「これが運び終わったらおやつにしてほしいかも!」「はいはい、わかったよ」途端にインデックスの表情が明るくなる。「やった!それじゃぁさっさとするんだよ!」今まで後ろを歩いていたインデックスだが、ステイルの服を引っ張りながら前を走る。両手に霊装を抱える彼からすれば正直迷惑な話だが、実際は満更でも無いようだった。「これはここで、その箱はこっちなんだよ!」霊装を並べる広場に、インデックスの元気な声が響いた。
そんな元気な声の響く広場の一角。「う~ん」男たちが何かを考えているのか、難しそうな呻き声を上げていた。「この服…どう考えても、考案者と俺たちには同じ血が流れていると思うんよな」建宮斎字は、静かに呟く。「これはやっぱり、着てもらうしかないんよな」周りの男たちもうんうんと頷く。彼らは天草式十字凄教(の男衆)である。イギリス清教の傘下に入った彼らもまた、例外なくこの大掃除に参加させられていた。そして今、彼らが円形に立つ中心にあるのは…「どう見てもメイド服よな」そう、いつの時代のものか、古ぼけたメイド服があった。しかもどこかの義妹が着ているような由緒正しきメイド服とは違う。胸の辺りは大きくひらけていて、付属品では頭の上に着けるわっかのような物がある。それは…「これこそ堕天使エロメイドの元祖だったのよな!」おぉ…と、その場にいる男衆がざわめく。「でも、どうやって女教皇様に着てもらうんすか?」男衆の中でも小柄な少年、香焼が尋ねる。「それを今から考えるんよ。よし、班をわけるぞ」おぉ!と無駄な団結力を示す男衆を対馬は遠巻きに見ていた。「ったく…くだらないことで時間を…って五和?」隣に目線をやると、対馬の隣にいた五和はなにやらモジモジと胸のあたりを見ていた。「はっ…そうですね!さっさと片付けましょう!」そそくさと去っていく五和。対馬は小さく溜め息を付いた後…「…」チラリと、自分の胸に視線を動かした。「はぁ…」こちらの一角では金髪碧眼の少女が溜め息をついていた。彼女の格好は、別に運動をするわけでもないのにラクロスで使うような服を着ている。「なーんで私たちがこんなことしないといけないかなぁ」「仕方ないわ、むしろこれくらいで済むのなら安いものでしょ」銀髪の少女は荷物を抱えながら言う。彼女たち『新たなる光』のメンバーは、ある年齢詐欺女から「あれほどの騒ぎを起こしけるのだから、これくらいは手伝いべくものよ」と、笑顔の威圧を受け今に至っている。「あんの女狐め…」「それよりフロリス、ランシスは?」「ん、くすぐったさと戦ってる」フロリスの指差す方向では、ランシスがピクピク肩を震わせながら他の修道女と荷物の整理をしていた。「危なっかしくて荷物を運べないからねぇ」「困ったものね…レッサーは?」あれ?とフロリスは首を傾げる。「さっきベイロープと一緒にいたじゃない」「見失ったの。まったく…あんまり仕事しないくせにすぐどこか行くんだから…ま、後ででいっか」ベイロープは溜め息をついて、荷物運びを再開した。
「それじゃぁよろしく頼むよ」「はい。よろしくお願いします」上条は差し出された手を強く握った。黄泉川の車で警備員の支部に到着した後、ふらふらな足取りのまま連れられたのは支部長室という部屋。そして、さっきの校長室と同じようにソファーに座らせられ、いくつかの書類を記入させられた。初めはここの支部長の男性からいくらかの謝罪を受けたが上条はむしろ感謝していると言うと、困ったように笑われ黄泉川からは拳骨を食らった。「ったく…そう思ってるのはアンタぐらいじゃん」ともあれ、書類を記入した後簡単ながら規則などの説明を受けて今に至る。「まぁ習うより慣れろです。以後のことは黄泉川に従ってください」支部長は言いながら黄泉川のほうを見た。「さ、それじゃさっさと行くじゃん。失礼しました」「あ、失礼しました」何やら書類を見ながら歩く黄泉川の後ろを上条は付いて行く。「っと…まずはココじゃん」黄泉川が立ち止まる。自動扉には「男子更衣室」と書かれていた。「さて…と」黄泉川は上条に視線で何かを促す。「?」何かを求められているようだが、何をすればいいのか分からない上条は首を傾げた。「私は女だから男子更衣室のIDは無いじゃん。さっさと手出して」「あ、あぁはい」上条が扉の横に付いていたパネルに手を触れるとロックが解除される音がして扉が開く。「誰もいないか見てきて欲しいじゃん」中に入るとロッカーがいくつも並んでいて、人は誰もいなかった。誰もいませんよーと入り口に声を掛けると黄泉川も入ってきた。
「アンタのロッカーは…ここじゃん」黄泉川はロッカーの一つを指差した。上条が手を掛けると、ここでも指紋か何かを読み取っているのか自動的にロックが解除される音がした。ロッカーの中には警備員が普段の警邏活動で使用しているジャケットと、有事の際に着ている戦闘服が入っていた。「へー手際がいいじゃん。サイズ合ってるか、着てみるじゃん」「はい…」と、上条が着替えようとして止まる。「どうかしたじゃん?」「あのー黄泉川先生は出るか、少なくともむこうを向いてくれないのでせうか?」「なんでじゃん?今の男子はそんなに人目を気にする程デリケートだったっけ?ウチのクラスの奴でも女子がいるところで堂々と着替えてるじゃんか」「それは他の男子もいるし、女の子だってまじまじと見ないからいいんです!」上条は叫びながら黄泉川を回れ右させた。黄泉川は納得がいかないようで、何やらぶつぶつ言っていたが聞かないことにした。「着替えました」「お、まぁまぁ似合ってるじゃん」上条は近くにあった鏡を見る。警備員の戦闘服。「重い…」「何言ってるじゃん?今は装備付けてないからいいけど、作戦時はそれより更に重くなるじゃん。あとアンタにはあまり持たせたく無いけど、場合によってはライフルだって装備するし…」あぁそれと…と黄泉川は言って。「これ、現場に行く時は付けるじゃん」「フェイスマスク…」「警邏活動の時は第七学区から離れるから付ける必要は無いじゃん。でも緊急の時はそうはいかない、第七学区かもしれないし、カメラだってある」
要するに、知り合いに警備員をしているのを知られないための措置らしい。とはいえ、別学区で知り合いに会わないとも限らない。御坂美琴が22学区の温泉へ通っていたように、土御門元春が諜報員として様々な学区を駆け巡っているように、学区の移動は自由だ。加えて、上条は知らないが風紀委員は都市内のカメラを自由に見れる。頭に花畑を営む少女が所属する風紀委員の支部でも例外は無い。むしろ一般の支部よりも深部の情報を手にしている。「でも俺だけコレ付けてたら不自然じゃ…」「隊員の中には付けてる奴もいるからそうでもないじゃん」ま、いざと言う時は何とか言い包めるから安心するじゃん。という答えを聞いて、案外知られたくないのは一部の警備員だけで、上層部はそうではないのかもしれないという適当な予想をする。気休め程度だろう。「サイズが大丈夫なら次行くじゃん。着替えて」「…」この後、上条はもう一度突っ込みを入れることになった。
更衣室を出た後もいろいろな所に案内された。広い施設だったので、少し歩き疲れたなーとか上条が思っていると。「ま、だいたい案内するところはしたじゃん。あとは使う時に教えるじゃん」黄泉川は腕時計で時間を確認しながら言う。「今日は以上、もう帰るじゃん」上条も携帯電話で時間を確認する。気がつけばここに着いてから2時間以上も経っていた。「明日から訓練所でみっちり鍛えてやるじゃん。だから今日は早く帰って明日に備えて寝る!」「は…はい」あ、それと。と黄泉川は何かを思い出し、手元の書類をあさる。「これ、IDカードじゃん。この支部やアンチスキル関連施設に入るのに指紋と声紋とこれが必要だから、無くさないように。あと身分証明証にもなるじゃん」IDカードと言われたが、定期入れのような物を渡された。つまりはドラマのように相手に、警備員だ!と言って見せる物にもなるらしい。IDカードには書庫に登録されていた写真を使われたのか、やる気のない目でレンズを見る自分に、さっきの警備員の制服が合成されていた。「明日からは学校終わったら第二学区の訓練所に来ること。あ、明日は学校休みか…とにかく、電車ならそのIDでタダじゃん」「わかりました」「まぁ…学校のある日なら私が送ってやったほうがいいんだけど、どうする?」「えっと…」上条はしばし考える。毎日のように黄泉川の車に乗るところを青髪や土御門が黙って見ているわけがない。「電車にします…」本当なら黄泉川に車で送ってもらったほうが楽なのだが、ここは泣く泣く電車を選んだ。(不幸だ…)上条がいつもの言葉を心で呟いていると、ピピピピピと無機質な電子音が鳴った。音のするほうを見ると黄泉川の携帯電話が音を上げていた。黄泉川は携帯電話のサブディスプレイで相手を確認すると、ニヤリと笑う。「アンタの担任からじゃん。多分アンタを心配してのことだろうけど」2つ折りの携帯電話を開け、黄泉川は電話に出る。「はい、黄泉川」『あっ…あのっ!黄泉川せんせー!ウチの上条ちゃんは…』声が高いためか、焦っていて大きいためか電話から声が漏れて上条にも聞こえる。「大丈夫じゃん。別にやましい事したわけじゃないし…」と、ここで黄泉川は黙って何かを考える。
電話から何か声が漏れるが、相手はもう落ち着いているためか上条は聞き取れない。ただ、この状況からして相手も困惑しているだろう。「月詠先生、話したいことがあるじゃん。この後、いつもの場所で」『え…えぇ!?あの、状況が少し』再び焦ったのか、声が鮮明に漏れていた。だが、黄泉川は電話を耳から離し通話を切る。黄泉川の行動に上条も怪訝な表情で見ていたが、黄泉川は上条に笑いかけながら。「前言撤回。今日は帰りが遅くなるじゃん」「はぁ?」突然の前言撤回と共に意味の分からないことを言い出す黄泉川に、上条は間抜けな顔でしか反応できなかった。「こんなのまだあったのか…」上条が黄泉川に連れて来られたのは、昭和の雰囲気漂う屋台、赤い提灯、頑固そうな親父、おでんと書かれたのれん。黄泉川愛穂御用達のおでん屋だった。「何してんのさ、早く席着くじゃん」屋台を見て呆然と立っている上条に、黄泉川は席に着きながら声を掛ける。「あ…あぁ、はい」「じゃ、親父。まぁいつもどおり適当に頼むよ」頑固そうな親父は無言のままカチャカチャと食器を準備し始める。しばらくして、おでんと一升瓶が出された。「ちょ、先生車じゃ…」「代理頼むじゃん。あぁ、アンタはどうしようか」「水で大丈夫です」コップとボトルに入ったミネラルウォーターが出される。「あの、黄泉川先生…さっきの電話で小萌先生に言ってたことは…」コップに入れた水を飲みながら上条は聞く。「んー?」黄泉川はおでんを頬張っているのですぐには答えてくれない。ハフハフと熱さを我慢しつつ、途切れ途切れに話す。「じき…に、あつっ…わかる、じゃん」答えになってない答えに、上条は納得しないながらも、自分も出されたおでんを食べようとする。
すると「黄泉川せんせー!」遠くから聞こえる幼い声。「ほらな」しばらくすると、学園都市七不思議とされる幼女先生がのれんを揺らさず登場した。「あれ?上条ちゃん!どうしてこんな所に?」「私が連れて来たじゃん。ホラさっさと座って」よいしょ、という可愛らしい掛け声。「今日は一体何事だったのですか?」小萌も黄泉川と同じように親父におでんを頼みながら首を傾げる。「ま、そのことで呼んだわけじゃん」「まさか…上条ちゃんが留年?でも先生はそんなこと聞いてないのです!」早くも涙目になる小萌。「違う違う。上条、自分から言うじゃん」
「え、いいんですか?」さっきあれほど周囲に知られるのを嫌っていたので、上条は少し驚いた。「月詠先生はアンタの担任。そうでも無い私が知ってるのに、一番近い先生が知らないのはおかしいじゃん」それに、と黄泉川は続け「こういう心配性な人がいれば、アンタ少しは無理しないじゃん?」「…」黙って考える上条を見て、小萌はオロオロする。「あの、上条ちゃん?そんなに言いにくいことなら、無理して先生に言う必要は無いのですよ?」「先生!」「はっ…はい!」まるでプロポーズを受けるかのごとく、背筋をピンと張る小萌。「俺、今日呼ばれたのは…」そこまで言って、上条はカウンター越しにいるおでん屋の親父を見た。親父は上条に目を合わせなかったものの、黙って小型ラジオを取り出し耳にイヤホンを挿し込んだ。イヤホンから音が漏れて聞こえたところで、上条はさっき貰ったIDカードを見せる。「アンチ…スキル?」小萌は不安そうに呟いた。「臨時ですが…アンチスキルになったんです」「…どうして、ですか?」小萌は下を向いたまま、机の上でキュッと小さな手を握りしめる。「上条ちゃんは…ただの生徒なのに…」「その経緯に関しては私から説明するじゃん」
その後、黄泉川から上条が臨時警備員として選ばれた経緯が話された。上層部からの命令であったこと。支部も含めて必死に抗議したこと。激情したあまり上条を殴ってしまったこと。中には上条に伝えられていないこともあった。そして、最後に黄泉川は上条を責任を持って護ることを約束した。小萌は話を聞いている間、ずっと俯いたままだった。
「そう…ですか…」話が終わり、しばらくの沈黙があったが小萌がそれを破った。「先生からは何も言うことは無いのです」顔を上げる小萌、いつもの笑顔を見せるがその目は潤んでいた。そんな小萌を見て、妙な罪悪感に駆られる二人。「確かにとても不安です。でも、上条ちゃんはいつも誰かを助けるために全力を尽くして、今回だってこうして立ち上がってくれました。それは先生にとっては凄く嬉しいことなのですよ」小萌はコップのお酒をぐい、と飲み。「いつも通り独りで突っ走っちゃうのなら、先生は止めていたかもしれません。でも…」目が潤んでいるのに気付いたのか、ごしごしと両手でこする。「今回は、黄泉川先生がいるので安心なのです!」ぐっと手に力を込めて、自分に言い聞かせるように言う小萌。それを見て、黄泉川は上条を全力で護らなければならないということを、改めて実感した。「黄泉川先生、ウチの上条ちゃんをよろしくお願いします」黄泉川に向き直り、丁寧に頭を下げる小萌。対する黄泉川は自信に溢れた笑みを漏らした。「まかせるじゃん。私だって、こんな生徒が持ちたかったんだ」「さ、それでは今日はお祝いってことで先生の奢りなのです!」「何言ってるじゃん。私だってお祝いするじゃんよ」がやがやと騒ぎ出す二人を見て上条は、自分は不幸とは言ってられないな、と思いながらコップに手を伸ばす。黄泉川が説明している間は水を飲む気が引けたので我慢していた。その結果、乾いた喉を潤すためにコップを一気に傾けたのだが。「あ、上条。そのコップは私の…」小萌との話に夢中になっていた黄泉川は、上条が自分のコップを取ったのに反応が遅れた。「ぶっ!」上条は口に入って初めて酒だと気付いたが、吹き出すのも汚いので必死に堪える。口に入った酒を徐々に喉に通していく、アルコールがキツイのか、喉元が焼けるように熱い。「お、案外いける口じゃん?」「教師兼アンチスキルが未成年者飲酒を公認でせうか!?」ぜぇぜぇと息を荒くしながら上条は叫ぶ。なんとか言ってくれよと小萌を見るが。
「うへぇ今日は無礼講なのですよ」既に潰れ始めていた。彼女の横には既に空になった一升瓶。「え、あのしんみりとした空気から何分経ちましたよ?明らか小萌先生コップで飲んでませんよね!なんとか言ってください!お願いします!」頭を抱える上条を尻目に、黄泉川は特に気にした様子もなく「親父、もう一本頼む」顔を青く(なった気がした。実際は赤い)する上条。親父は何の気兼ねも無く、黄泉川に一升瓶を手渡した。おい親父、未成年者の飲酒を黙認するっていうのなら、まずはそのふざけた幻想をさっそく警備員という立場を使ってぶち殺そうか、とか上条は考えながら親父を睨むが。親父のほうは、若い頃を思い出すわ、ちなみにコイツらの感性はわしが育てた。と目で語っていた。
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