スクールの隠れ家『滞空回線』の情報を入手してからわずかに2日後、大きな進展をもたらす情報を心理掌握は持っていた。「…『ピンセット』?」「そ。正式名称は『超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータ』っていうんだけど」「そいつを使えば…」「ええ。素粒子すら掴み取るこの装置なら、ナノデバイスを簡単に採取できる」「良く調べたな、情報はどこからだ?」「私の派閥に新しく入ったコの父親が、素粒子工学研究所の所長だったの」「新しい発明品です、って嬉々として紹介してくれたわ」「はー、さすがは常盤台のお嬢様たちだ。持ってるコネが違うな」「まあ、お褒めにあずかり光栄ですわー。…でも一つ問題があるの」「問題?」「ピンセットがある素粒子工学研究所の警備は相当厳しいのよ」そう言いながら心理掌握は垣根に研究所の資料を渡した。渡された資料を素早く読み終えた垣根は、一つの点に気がついてニヤリと笑う。「確かに警備は厳重だが、ほとんどが私設警備の連中だ。ならやりようはあるな」「どういうこと?」「そういう連中は、緊急時には召集要員として動くことになってんだよ」「別口で騒ぎを起こして、わざと召集させちゃうわけ?」「そのとおり。…この場合、VIPの襲撃が最も効果的だな」「VIP…もしかして…?」「ああ。学園都市統括理事会のメンバーなんかピッタリじゃねえか?」その後しばらく作戦会議をした結果、最も警備の手薄な『親船最中』を狙撃手に狙わせる、という事になった。「よし、さらっと確認するぜ」「まず狙撃手が親船を狙う。結果はともかくそれによって手薄になった研究所に、残る俺ら3人で突入」「で、ピンセットを奪って『滞空回線』を解析、結果を見て第2プランへ移行するってわけね」「…厳しい」無表情でそう口にしたのは、奇妙なゴーグルを頭部に付けた少年だ。彼も一応スクールの正規要員であるのだが、少々影が薄い。「大丈夫よ。どーせヤバイ相手は帝督が引き受けてくれるしねー」「都合良くかわいこぶるんじゃねーぞ《心理定規》?」「まさかそんな。《未元物質》の活躍を期待してるだけですよー」「ちっ」「…大丈夫かな」ゴーグル少年のつぶやきは、2人のレベル5に届かずに終わった。
親船最中狙撃ポイントスクール正規要員の狙撃手は、標的がこの狩場に来るのを今か今かと待ち続けていた。親船を狙う理由を正確には理解していないが、それはいつもの事だった。リーダーの垣根帝督の指示通りにしていれば、こうして獲物が供給されるのだから文句など無い。(そろそろ、来るころ合いだな…)だが、今日は“いつも”とは違う事が起きる。彼は後ろからとある女に声をかけられた。「いたいた、スナイパーのクソったれってーのは君の事かにゃーん?」「誰だキサマ!?」急いで懐から拳銃を取り出すが、そこに真っ白な光線が突き刺さり、腕ごと焼いていった。「ギャアアアア…!?」「『原子崩し』って名前ぐらい知ってるでしょ?」「む、麦野沈利だと…第4位がなんでここに!?」「あなたたちスクールが、理事会の暗殺を超企んでるって事で、依頼があったんですよ」さらに『窒素装甲』の絹旗も、麦野の後ろから現れた。
「…で、どんな目的でこの暗殺を仕組んだ訳?」「グ、ウウウ…悪いが、俺は…リーダーの…言うとおりに…してるだけで…」「じゃあ、もう良いわ」ザン、ともう一度光線が飛び、狙撃手の首ごと焼き落とした。「…良いんですか、動機が超不明のままですが?」「どーせ何か吐く前に自殺しちゃうわよ、こいつも暗部なんだし」首の無くなった死体を見ながら、麦野は冷たく思考を働かせる。(スクール…最近妙な動きをしてたとは思ってたが…)(正規要員を出してまで、何を計画している?)(何故、大して旨みのない親船を狙った?)結論が出る前に、麦野の携帯から電子音が鳴り出した。「はい。切るわ」『いきなり!?まったくこいつときたらー!話を聞けー!』「…なによ、言われたお仕事はたった今終了したわ」『あ、ほんと?』「これがスクールへの警告になるし、もう親船最中の狙撃はないでしょ」『よしよし、オッケーオッケー。これで上にうまい事報告できそうね』「じゃあ、これで今回の件は完遂したから報酬とかヨロシク」『分かってるわよー!…で、殺したスクールのメンバーは狙撃手だけ?』「他には下っ端すら確認できなかったけど?」『ちっ…この辺で全員死ねばいいのに』「…あんたスクール嫌いなの?」『まーね。嫌いも嫌い、大っ嫌いよ。…じゃ、御苦労さん』ピッ「まあいいか。絹旗、帰りましょう」「そうですね。今からなら見たい映画に超間に合いますし」報告を終えた麦野達は、後始末を下部組織に任せてその場から姿を消した。
素粒子工学研究所近くの待機場スクールの3人は、監視員からの連絡を受けて全員苦い顔をした。「…狙撃手がアイテムに殺された、か」「とりあえず、ここは一旦隠れ家に戻るべきね、帝督」「ムカつくがしょうがねえな。作戦の立て直しだ」そう結論を出した3人はすぐに、用意してある車に乗り込むと、一路隠れ家まで退却する。「新しいスナイパーを、すぐに補充しないといけないわねー」「…伝手があるのか?」垣根の質問に対する答えは、念話で帰ってきた。『あるにはあるんだけど、《心理定規》としては頼めないの』「つまり?」『人材派遣(マネジメント)よ。アイツなら多分スナイパーも用意する。けど…』『アイツは私の依頼で心理定規をホテルに呼びこんだの』「そのお前が、心理定規として依頼をするわけにはいかないって事か」『そーいうことよ。でもアイツは紹介者がいないと取引してくれないし…』2人が悩んでいると、助手席にいた連絡員が話しかけてきた。「リーダー、『ブロック』と名乗る男から連絡が入ってきました。取り次ぎますか?」「おう」連絡員から渡された携帯から、野太い男の声が聞こえてきた。『俺は『ブロック』のリーダー、佐久と言う。『スクール』だな?』「…ああ。わざわざ連絡を取ろうなんざ、どういうつもりだ?」『これには盗聴対策が施されている。単刀直入に言おう。俺たちはこの学園都市を潰すつもりだ』「へえ」『お前たちもそのつもりなのだろう?』「だったら?」『協力しようとは言わんが、タイミングを合わせればより混乱が大きくなり成功率は増えるはずだ』「なるほど?」『今は〇九三〇事件やアビニョン侵攻で、駆動鎧の犬共は身動きが満足にとれない』「絶好のチャンス、てか?」『そうだ。良ければ必要なものも援助しよう。例えば腕の立つ紹介屋なんかどうだ?』「…分かった。その成果によるが、共闘作戦といこう」『よし。ではすぐに紹介屋から連絡をさせる』「ああ、楽しみにしてるからな」通話を終えた垣根は、携帯をポイ、と投げ返して話し合いを始めた。「『ブロック』が私たちになんの用?」「聞いて驚け、連中も学園都市に喧嘩を売るつもりらしい」「まさか、嘘でしょ?」「大マジだ。何を計画してるかは知らないが、事を起こすタイミングを合わせようと言ってきた」「…信用出来ないんだけど」「当たり前だ。多分奴らは同じ目的の俺たちを陽動に使う気だ」「で、どうするの?」「決まってる。俺たち“が”奴らを陽動に使う」「…運が向いてきたかもしれねえな」スクールはその日のうちに人材派遣と契約を交わし、砂皿というスナイパーが新たに補充されることになった。――こうして、学園都市の裏で蠢く暗部組織がそれぞれの思惑で暗躍を始める事になる。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: