第7学区のとある病院 とある病室その病室にベッドは存在しない。代わりに、巨大な培養器が部屋の中央で稼働している。その中で死んだように眠るフルチューニングを、シェリーが無言で見つめていた。「……」やがて培養器の中のフルチューニングが、ゆっくりと目を開けた。「やっと起きたか。この装置やら何やらは良く分からないけど、私の声は聞こえてるのよね?」「…?」自分の状況すら把握できないフルチューニングは混乱するが、とりあえずシェリーの声は聞こえるので頷いた。その頷きを見てとると、シェリーはゆっくりと説明を始めた。――フルチューニングの置かれた状況と、これからの事を。
第7学区のとある病院 待合室「ハッキリ言おう。もうあの子に能力を使わせてはいけないね」カエル顔の医者の言葉に、建宮は呼吸すら出来なくなる。あの時海辺で気絶した建宮は、シェリーと一緒にこの学園都市まで連れてこられていた。そしてようやく意識を取り戻した時には、すでにフルチューニングが培養器で治療中だったのだ。だから慌ててフルチューニングの容体を確認すると、突然こんな事を言われた。「どういう意味…なのよな?」建宮は混乱するばかりである。だが、そんな建宮にカエル顔の医者は冷静に説明した。「あの子が試作型クローンだと言うのはもう知っているね?」「あ、ああ。…本人から聞いた」「その製造目的は、人工的にレベル5と呼ばれる超能力者を作り出すことだ」「……」
「ところが、試作されたあの子は精々レベル3程度の能力しか持っていなかった」「……」「どうにか能力を強化しようとして、研究者はあの子に能力補佐用の部品をあちこちに取り付けたらしい」「……クッ」「その甲斐あって、あの子の能力はレベル4まで上昇…」「が、あまりに不自然な強化は当然あの子の体をズタズタにした」「……そんな、ことが…!」「あの子には、検体番号00000号というナンバー以外にも、『フルチューニング』というコードネームが存在している」「文字通り、『フルチューニング(限界まで改造)』されたという意味を持つ、悪趣味な名前がね」カエル顔の医者の言葉に、建宮はギリギリと歯を食いしばる。
「そんな綱渡りをしていたあの子から、強引に部品を奪ったらどうなるか予測が付くだろう?」「…ギリギリ保っていたバランスを大きく崩し、機能停止するのは時間の問題だ」「しかも、その製造者である科学者は行方不明だ」「結論を言えば、これ以上能力を使うならあの子は後3日も生きられない」「…!」「このまま大人しく培養器で調整を続けるなら、半年は持たせられる」「半年!?」次々に語られる衝撃的な言葉に、遂に建宮はカエル顔の医者へ掴みかかった。「レイの自由を奪っても、それでも半年後には死ぬって言う事か!?」「そうだ」「……レイ…」建宮の全身から力が抜けて、その場にへなへなと座り込む。「話は終わっていないよ。何のために僕ら医者がいると思っているんだい?」その言葉に、建宮が思わず上を向いた。「その半年以内に、必ず延命方法を見つけ出してみせる」「あの子は僕の患者だ。見捨てはしない」その言葉は希望と決意に満ちていた。――あるいは。このままフルチューニングが半年間調整を受けたのなら。もしかしたら彼女は、カエル顔の医者の手で完璧に治療を施されて延命できたかもしれない。だが、そうはならなかった。
第7学区のとある病院 とある病室建宮が受けた説明と全く同じ事を、フルチューニングはシェリーから説明された。「…つまり、今後レイはみんなと一緒に過ごす事は出来ないのですか?」「医者の話だと、大体半年はな。…当然魔術の使用も禁止って事になるわね」「そうですか」「…オイ、何で“笑って”るんだよ?」シェリーが訝しげに疑問を口にする。それに対し、フルチューニングは笑みを浮かべたまま答えた。「初めて師匠に会った時にも言いましたが、レイは元々実験用のクローンです」「そもそも存在しないはずのこの命を、惜しいと思った事は一度もありません」「それなのに、たった半年我慢すればレイは生きてまだみんなの役に立てる」「これほど嬉しい事はありません」その言葉に、シェリーは目を丸くした。それから自分の頭をガシガシと掻きむしり…やがてフッと吹き出した。「妙なところでポジティブだな、この馬鹿」「ムッ…何故レイは馬鹿にされたのですか?」あーあー、もう良い。とシェリーは手を振って一方的に話を終わらせた。「とりあえず、私は英国へ戻る。いつまでも学園都市にはいられないしね」「そうですか」「また半年後に、魔術の講義はしてやるよ」「よろしくお願いします…あ」そこでフルチューニングは、ふと気付いたお願いを口にする。「でも師匠の使う術式の、理論体系ぐらいは半年の間に覚えきりたいので、教本だけはください」「意外なところでちゃっかりしてるのね」かつてシェリーが使っていた、もうボロボロのカバラ魔術の理論書だけは部屋に置いて行ってもらう事にした。こうして、“2人”の魔術師は互いに分かれた。シェリーが退室し完全に無音になった部屋で、フルチューニングは1人で笑う。ただしその笑みは、今まで彼女が浮かべた笑みとは全く異なるものだった。(…嘘と言うのは、思ったよりも簡単なのですね)(ごめんなさい、師匠)(レイの命を惜しいと思った事は、たったの一度もありません)(…だからこそ、役立たずのまま半年も待つ事は我慢できそうにないんです)(いざとなれば、いつでも戦えるようにしなければ…!)(あのローマ正教が、これで引き下がるとは思えませんから)その通りだった。目まぐるしく進む事態は、フルチューニングを再び戦場へと駆り立てる。この決意のわずか2日後、9月30日。ローマ正教の最暗部『神の右席』の1人、前方のヴェントが学園都市へ侵入。全面的な攻撃を開始することになる。
9月29日、第7学区のとある病院 とある病室その前方のヴェントが来襲する日の前日。培養器で調整されながらも魔術理論を覚えていたフルチューニングに、珍しい人物がお見舞いにやってくる。シェリー以外では建宮がお見舞いに来ただけであったので、フルチューニングは驚いた。「あー、ようやく会えたねーってミサカはミサカは感動して走り寄ってみたり!」「病院で走るンじゃねェよ、クソガキ」「あなたたちは…!」いや、そうでなくてもフルチューニングが絶句するのは仕方のない事かもしれない。なぜなら、そこに現れた見舞客は――。元気いっぱいに培養器に飛びついた打ち止めと、それを煩わしそうに注意する一方通行の2人だったからだ。
第7学区のとある病院 とある病室目の前で騒ぐ打ち止めに、フルチューニングはため息交じりに声をかけた。「…初めまして、ですね」「そうだねー!ってミサカはミサカは初めて会ったあなたに手を振ってみる!」「……」会話終了。フルチューニングは打ち止めをマジマジと見つめなおした。(あの時、教会で私に話しかけてきたのは間違いなくこの子でしょうが…)そもそも同じタイプのクローンが量産されたはずなのに、何故この子は他の『妹達』より幼いのだろう。疑問を口にすると、一方通行が説明してくれた。曰く、打ち止めは『妹達』の上位個体である。研究者が反乱防止用に特別に造り、いざという時にはミサカネットワークを通じて他のクローン全てを掌握する事が出来る…らしい。その生きたキーボードを管理しやすいように、あえて彼女は幼く未成熟な状態にされているとの事だった。「つかよォ、このガキが行きたいって言うからこンなトコまで付いてきたが…お前は一体何なンだ?」「…この子から聞いていないのですか?」「聞いてねェンだ。はぐらかされたからな」今度はフルチューニングが説明する番。一方通行と打ち止めは、最後まで黙って耳を傾ける。ただしフルチューニングは、天草式十字凄教を含む魔術関係の出来事については詳細を語らなかった。説明するのが大変だし、多分理解してもらえないと思ったからだ。おまけにあの時フルチューニングと繋がったはずの打ち止めは、何故かすでに天草式の事だけは忘れている。(まあ、それならそれで好都合なのですが…)(記憶封鎖…何者かによって“調整”されたのでしょうかね?)(この子に魔術の事を知られると、マズイ人間…)(レイが魔術を使えるようにした張本人と、そいつが同一人物かもしれない…と言うのは、考えすぎでしょうか)そうフルチューニングが考えていると、今まで黙っていた一方通行が話しかけてきた。「『絶対能力進化計画』じゃなく、『量産型能力者計画』の試作型…ね」「1万人もぶっ殺した俺が言うのもなンだがよォ、全くもって数奇な人生歩ンでンじゃねェかオイ」自嘲気味に呟く一方通行。「挙句天井に捨てられて、たまたま拾ってくれた善人の連中と一緒に暮らしてたら、外国の戦闘に巻き込まれて大怪我とはなァ」「確かに結構壮絶かも…ってミサカはミサカはあなたに同意してみる!」ここにきてようやく、フルチューニングは最も重大な疑問に気が付いた。殺される者と殺す者。実験が中止になったとはいえ、何故標的と狩人が一緒にいるのだろうか?この質問には、打ち止めがキラキラとした笑顔で答えてくれた。打ち止めが興奮気味に、一方通行がウイルスから助けてくれた時の事を説明する。(まさか一方通行が、命懸けであの子を救ってくれたなんて…!)(しかもその所為で失った演算能力を失い、ミサカネットワークで補助しているとは)何となく照れ臭いのか、一方通行は打ち止めに背を向けて関係無いかのように装っている。(一方通行もまた、救われぬ者に救いの手を差し出した人間)(打ち止めの保護者として、これ以上適切な人はいないのでしょう)フルチューニングは“長女”として、この“末っ子”を任せられる人がいる事に嬉しくなった。(彼女はミサカネットワークの管理者として、狙われるかもしれませんしね)(…ミサカネットワーク…)(……ネットワーク?)心残りも無くなり、喜んでいたフルチューニングの胸に一つの違和感が訪れた。彼女はポツリと一方通行に問いかける。「便利ですよね…ミサカネットワークは」「…あン?」「1万人の能力者を自由に管理し、学園都市第一位のあなたの演算能力すら補えるネットワーク」(それに…恐らくはレイが魔術を使えるのも、そのネットワークのおかげ)「しかもそのアンテナたる『妹達』は、世界中に拡散されました」「何が言いてェンだ?」「このネットワーク…あまりにも優秀すぎませんか?」「なに…」
「これでは、ミサカネットワークの構築を目的にして『妹達』が造られたと言われても、なんら不思議ではありません…!」「おい少し落ち着けよ。そンな言い方だと、まるで…」「はい。根拠も理屈も有りませんが」フルチューニングが、培養器越しに一方通行の目をしっかりと見て言い放った。「レイが造られた後凍結された『妹達』が、再び製造されたのは“一方通行をレベル6にする”為では無く…」「世界中で繋がった『ミサカネットワーク』を手に入れる為かもしれねェって事か」「そうです。馬鹿げた理論の飛躍だと言う事は承知していますが…」「確かにあまりにも吹っ飛ンだ話だなァ」そう言う一方通行の目は、言葉と裏腹にひどく真剣な色を帯びていた。「打ち止めを、守ってください」「え、え?ってミサカはミサカは軽く混乱中…」「いずれにせよ、ネットワークを唯一管理出来るこの子は、これからも確実に狙われることになるはずです」その時、面会時間の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。「……チッ」その音に軽く舌打ちをすると、一方通行は打ち止めを引っ掴んで歩き出す。一方通行がこの部屋を出る直前、フルチューニングの耳に一言だけ声が届いた。「言われるまでもねえンだよ」「――このガキは、必ず守って見せる」この言葉を最後に、一方通行は2度と這い上がれない闇の底へ落ちる事になる。何故ならば。フルチューニングの願いも空しく、翌日打ち止めは木原数多率いる『猟犬部隊』に狙われたからだ。そして彼女を守るため、一方通行は死闘を繰り広げ――深く傷つきながらも勝利する。だがその代償は、あまりにも大きかった。学園都市の暗部組織『グループ』の一員として、上層部の首輪に繋がれたのだ。それでも一方通行は闇の象徴『グループ』で戦い続ける。その胸に自らが抱いた決意を、必ず守るために。
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