7月28日午前8時(日本時間)、ロンドンの聖ジョージ大聖堂英国では深夜0時を迎えているこの時間。イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会』の本拠地であるこの場所で、1人の男が激昂していた。「あの子が学園都市の手に堕ちただと!?」それに追随する形で、2メートル超の日本刀を持つ女も声を張り上げる。「一体どういう事ですか最大主教!」「……」対し非難の矛先を向けられた人物は、悠然とした態度を変えない。「答えてください最大主教! あの子が敵の手に堕ちる事は無いと言ったのはあなたじゃないですか!」「ステイルの言う通りです。あなたがそう言ったから我々はここで待機していたというのに、これでは話が違います!」男の名はステイル・マグヌス。ルーンを極め、炎を司る優れた実力を秘めた魔術師だ。そして女は神裂火織。七天七刀や鋼糸を自在に操り、白兵戦を得意とする『聖人』で、その強さは類を見ない。そんな実力者らを前にしても、最大主教ローラ・スチュアートは彼らに注意を欠片も向けていなかった。(これは如何な事なのかしらね)(魔術の知識を持たぬ科学サイドが、禁書目録の『自動書記(ヨハネのペン)』を打ち破るなど)(それだけではなし)(探知術式によりければ、すでに『首輪』もその効果を失いし後との事)(まずい。もしも奴らが魔道書を解析せしめることが出来るのであれば……)(世界のバランスが、大きく傾く……それも魔術サイドにとって悪い方へと)(其れを阻むためには、禁書目録を回収する必要がありけるのよ)だが、それには大きな問題が存在していた。まずは、魔道書の中身を知ろうとした者を自動的に排除する『自動書記』すら退けるほどの実力者が相手だと言う事。さらに、状況的には学園都市側が記憶喪失の少女を保護した事になっている事。彼女を取り戻すために大軍を送れば、当然学園都市と戦争する事になる。そしてその場合。助けた学園都市とそれを狙うイギリス清教、どちら側に非難が集中するかは想像に難くない。(何よりも問題になりけるのは……)そのインデックスが。対魔術師用の魔術師として、誰よりも特化している10万3千冊が――敵に回るかもしれないという事。彼女が自分に施された術式を知れば、イギリス清教を恨んで学園都市側についてもおかしくないのだ。何しろ彼女には過去の記憶は残っておらず、学園都市の人間に命を助けられたという事実だけがそこにあるのだから。(故に必要なのは、大軍による制圧ではなし。少数精鋭による電撃作戦であるわね)(一度禁書目録を回収さえしてしまえば、後はどうとでもなりたるのだから)ローラが出した結論は、つまりこう言う事だ。大勢の魔術師を送り込むには、時間がかかる。そしてその間に学園都市が迎撃準備を整えれば、魔術と科学の総力戦となるだろう。立場的に悪役となるイギリス清教が、時間の経過と共に不利になる総力戦に持ち込む意味は無い。ましてやインデックスがいる以上、時間をかければかけるだけこちらの情報は提供されていくことになる。ならば先ず、腕の立つ魔術師を相手の準備が整うより前に送り込む。それでインデックスを回収してしまえば、事を荒立てることなく全ては解決する。例え彼女を保護している人間を殺したところで、自分から魔術に関わろうとする人間がまっとうな人間のはずはない。「「最大主教!!」」極めて僅かな時間で、ローラはこの結論を出した。そして、ようやく何度も自分に呼びかける魔術師2人に目を向ける。「煩き事ね。そう何度も述べずとも、禁書目録に起きた事態は分かりているのだから」「じゃあ、さっさとどうするか言ってみろ!」「落ち着きてステイル。何よりも優先すべきは禁書目録の身柄の保護でしょう?」「……」「すぐに『必要悪の教会』の魔術師を派遣して、あの子を取り戻すという事ですね」ローラの言葉を聞いて落ち着いたのか、神裂が先ほどよりも冷静にそう言った。
「そうよー。このまま時間をかけたれば、禁書目録が“洗脳”されて我らに敵対するやもしれないのだから」「ならば、僕が行く! そんな卑怯な連中に、あの子を1分1秒でも預けておくわけにはいかない」そう言ってステイルが立ち去ろうとした直後。「相性を考えなきゃ。あなたの魔術は、拠点防衛に特化したルーンでしょう」「君は……!」ようやくその場に現れた4人目の魔術師が、彼を押しとどめた。「禁書目録の誘拐、ね。……実に愉快な話になってんじゃねーか」
同時刻、『猟犬部隊』のとあるアジトインデックスが目を覚ました時、最初に見たのは隈を濃くした木山の顔だった。「起きたのかね? 体の調子は?」「えっと、おなかすいたかも」「……ふう」木山は疲れたように溜息をつくと、温かい肉まんをインデックスに差し出した。「食べるといい」「あなたは本当に良い人だね!」嬉しそうに肉まんを食べる彼女に、木山は困惑したような笑みを見せる。「私は悪人さ。それも救いようのないほどに」「とてもそうは見えないんだよ?」何も知らないインデックスの反応に、木山は返答できなかった。「……昨日はあまりにも色々な事がありすぎた、少し参ったな」突然留置場から木原によって連れ出され、猟犬部隊に所属する事になり、魔術という存在を知った――だけではない。直にその目で魔術を見て、感じ、命を脅かされたのだ。これまでの常識を嘲笑うかのような1日は、木山を心身ともに疲弊させていた。
(だが、本当に大変になるのはこれからだろう)(あの男は、一体どうするつもりだ……?)全ての原因をもたらした男、木原数多は今ここにいない。右手の怪我を治療するとともに、部隊の拡充を図るとの事だ。「魔術があれだけヤベェって分かった以上、『対魔術師用特別編成隊』の質を上げる必要がある」「それにおあつらえ向きの人間に心当たりがあるんで、ちょっと交渉してくるわ」「言っとくが時間はねぇぞ。俺らがあのガキを保護した以上、明日にでも回収のため“魔術師”が来るかもしれん」「それも、あのガキに細工を施したイギリス清教の連中がな」既に木原はローラの考えを予測しており、その迎撃対策に出かけている。そしてあわよくば、2人目の実験標本(まじゅつし)を手に入れる気なのだ。そんな中唯一戦闘要員ではない木山には、代わりに別の仕事が任されていた。つまり。「ところで、私の服はどこなのかな?」「……どこから説明しよう……」この何も知らないインデックスに、現状を分かりやすく教えることである。「まずは、君に仕掛けられていた妙なアザからかな?」その説明は、1時間以上にも渡った。
「回収には私が行く」「科学サイドの人間が魔術(わたしたち)の領域に踏み込んだらどうなるか、しっかり叩きこんでやるよ」優れた探索能力と、圧倒的な戦闘力。その両者を兼ね備えたゴーレム術式の使い手にして、誰よりも科学と魔術の住み分けを望む者。「……ねえ、エリス?」ゴスロリ服でその身を包む『必要悪の教会』所属魔術師、シェリー・クロムウェル。インデックス回収の為、イギリス清教は彼女の派遣を決定した。
7月28日午前9時、第7学区のとある病院この病院には、噂にすらならないほど完ぺきに隠蔽された診察室兼治療室がある。当然、そこで治療を受けるのはまともな人間ではない。今ここにいる男――学園都市の暗部組織『猟犬部隊』のトップ、木原数多ももちろんそうだ。医者である『冥土帰し』は、彼の顔を見て一瞬嫌な顔をしたものの、黙って彼を迎え入れた。治療も終盤に差し掛かると、ようやく医者が患者に話しかけ始める。「ふう。一体これは、どんな状況で付いた傷なんだい?」「……やっぱ気になるか」
「単に火傷しただけじゃこうはならない。見たことも無い状態だったんだ。だから原因を気にするのは当然だろう?」『冥土帰し』が、鋭い視線を彼に向ける。そこには普段の温和そうな雰囲気からは想像できないほど、力が込められていた。「まさか用心深い君が、実験の暴発を引き起こしたとかいうつもりじゃないだろうね?」「似たようなモンだなぁ」「……?」「ハハッ、ひょっとして俺も歳かなー」やばい、洒落にならねぇ。と木原は包帯を巻いた右手を天井へかざす。彼はこうして、大事な事はいつもはぐらかしてしまう。それでも『冥土帰し』が彼を拒否しないのには理由があった。「言っておくけどね。僕が君を追い出さないのは、あの男を止めてくれたからなんだよ?」「何度も言ったろーがよぉ。幻生のじーさんを捕縛したのは上からの指示。勝手にやりすぎて自滅しただけだ」「……まあ、そう言う事にしておくね?」かつてチャイルドエラーを利用した、『能力体結晶』の投与実験が行われた。その実験を主導していたのが、木原数多の親戚である木原幻生だ。だが、彼は実験が失敗した直後に行方不明となっている――表向きは。実際には木原数多の指揮する『猟犬部隊』によって捕えられ、今もとある場所に監禁されているのだが、それを知る者はほとんどいない。ましてや、何故木原幻生ほどの人物が上層部に目を付けられるほどの失態を犯したのかなど、知る者はいない。……この木原数多以外は。故に『冥土帰し』は、幻生を止めた彼を自分の病院へ入れることも許しているのだ。もちろん、彼が善意で幻生を失脚させたわけではない事ぐらいは分かっている。何しろ彼は、性根の腐った悪党なのだから。それでも、結果として幻生による犠牲者はアレ以上増えなくなったという事実を、『冥土帰し』は忘れない。「あ、そうだ。1コ頼みがあるんだが」「ん? 幾ら借りがあるとはいえ、君の悪趣味な作戦に利用されるのは癪なんだけどね?」「これから一両日中に、重症の患者を連れてくる」『冥土帰し』の言葉を無視して、木原はそう断言した。「だからベッドを空けて、準備万端整えておかねーとヤバイかもなぁ」木原の言い方は、文法としては何かを頼む時のモノではない。だがそれでも、言わんとする事柄は理解できる。彼は、誰かを重症に陥らせると予告しているのだ。そして『冥土帰し』の知る限り、彼は言った事は必ず実現させる。「……」返事も聞かず立ち去った男の後ろ姿を見て、医者は力なく肩を落とした。
同時刻、『猟犬部隊』のとあるアジト木山から説明を受けて1時間。自分に施されていた術式を聞いたインデックスは、明らかに動揺していた。「『必要悪の教会』が、私の記憶を……」「状況から見て、間違いないだろう。君の喉にあるその――模様?も、そこの術式らしいじゃないか」「……うん。いざという時私を殺す為の……『首輪』だった」「私達がそれを無力化した以上、命の危険はもうないはずだ。安心したまえ」そう言いながら木山が9個目の肉まんを差し出すと、インデックスはゆっくりとパクついてきた。数秒で肉まんを飲み込むと、彼女は静かに会話の続きを始める。「でも覚醒めてた私と戦うなんて、命知らずもいいとこかも」「だろうね。正直、私は今も震えが止まらない」(あの男が彼女の服を使わなければ、間違いなくあの時全員死んでいたはずだ)(それほど圧倒的なあの光……学園都市の能力区分で言えば、間違いなくレベル5以上のチカラだった)(学園都市以外で開発された超能力、か)(あんな馬鹿げた能力と、本気でこれから戦うつもりなのか――あの男は)だが何よりも大切なチャイルドエラーの生徒は、人質に取られている。彼女らの居場所を知っているのは木原だけである以上、木山にドロップアウトは許されない。そんな事を知らないインデックスは、木山の憂鬱に気付かないまま話を続行した。「幾ら『歩く教会』でも、10万3千冊の魔道書にかかれば一溜まりも無いのに」「そのようだね、現に君の服は灰になってしまった訳だし」「本当に……自殺志願者だって、ここまで無茶はしないんだよ」(そんな可愛げのある存在なら、とっくに死んでくれていただろうに)木山が嘆息した通り、木原は自殺志願者の対極に位置している。わざわざ『歩く教会』を傍に置いていた事といい、特殊な飴を与えていた事といい、入念な準備をしていた。(ただ、それでもあの男が全てを予測できるはずはない)(真に恐ろしいのは、土壇場で怯まない精神力)(起こりうる状況の対策を施し、且つイレギュラーにも即応してみせる事こそが脅威なのだ)現在木山は、立場的には木原の部下という事になっている。だが、彼は将来的には倒さなくてはならない“敵”だ。その事を考えれば考えるほど、彼の恐ろしさが重しのように圧し掛かる。「それで、私をこの後どうするつもりなのかな?」「!」逆らう手段のない木山は、今は木原の指示に従うほかに道は無い。木山は彼の指示通りに、インデックスに『装備』を手渡した。「えっと……これは何なのかな?」「詳しい事は私も知らないが、『猟犬部隊』の装甲服らしい」ちゃんと君のサイズに合わせてあるそうだ、と木山は呟く。昨日行われた検査の時点で、すでに木原が発注していたらしい。「君は、あの修道服が発信機になっていると言ったね。当然それが壊れた事も伝わるのだろう?」「……うん」「おまけに『首輪』が外れた以上、すぐにでも魔術師が派遣されてくるはずだ」「――と、あの男が言っていた」「あまたが?」「ああ。だからそれに備えてコレを着てもらう」「……重くて暑そうなんだよ」「我慢してくれ。流石に君の服のような馬鹿げた防御力はないが、それでも銃弾やナイフの刃を防ぐ程度なら問題ない」「うー……」不満げに唸るインデックスだが、それでも現実は変わらない。「あの男は、君を魔術師から守るためにある決定を上に認めさせた」「?」「対魔術師用のアドバイザーとして、君を『猟犬部隊』のメンバーに迎え入れたんだ」「え、えー!」「落ち着いてくれ。私も無理やり参加させられているが、今逆らうのは得策とは言えない」「けど……!」「何故ならあの男は容赦がないからだ。初対面の君をあっさり撃ち殺そうとしただろう」「……」「例え逃げたとしても、あの男からは逃げきれない」「……!」「君が今まで逃亡できたのは、相手が魔術師だったからだ。だが『猟犬部隊』はそうじゃない」「……」「魔術以外ではただの少女に過ぎない君を、捕まえるのに10分も必要としないだろうね」「――だから“利用”したまえ」それまでとは声色の違う提案に、俯いていたインデックスが姿勢を起こした。「魔術師からも猟犬部隊からも追われている以上、どちらかに就いて様子見をすればいい」「その点この学園都市は、魔術師から身を隠すのに最適だ」「……うん」再び伏せたインデックスの頭を、木山が不器用そうに撫でる。「いずれ必ずチャンスは来る。それまでは我々を盾にするといいさ」「……そんな事を言ってくれるなんて、やっぱりあなたは良い人だね」「もう一度だけ言っておくが、私は善人じゃない」「――良い人間が、こんなところに来るはずはないのだから」結局インデックスは、木山の提案を受け入れて『猟犬部隊』に正式に加わる事になった。
7月28日午後2時、学園都市統括理事会――『報告は受けている』――『けど、アレにそこまでの戦力を持たせるのは危険ではありませんこと?』――『仕方あるまい。現状、外部能力者の迎撃は彼以外不適格だ』――『木原一族の天才児、か。結果を残しているならそのまま使い潰せばいいじゃろう』――『……面倒はキライ……』――『そうは言うが、警備員(アンチスキル)を使う訳にも行かねーんだろ?』――『では彼の申請通り『猟犬部隊』と『………』を統合しますか?』――『ああ、そうしよう』――『そうですね。既に先手を取ったのはわたくし達です、このまま彼に任せて様子見でいいのでは?』――『異議なし』――『異議なし』――『異議なし』――『異議なし』――『異議なし』――『ここに統括理事会の合議が成立。『猟犬部隊』リーダー木原数多には了承の旨を伝えましょう』――『しかし面倒よね。もう何十年も“統括理事長がいない”とはいえ、面倒な合議制を取らなくてはいけないなんて』
7月29日午前10時10分、学園都市第6『門(ゲート)』管理室今さらの話だが、学園都市は周囲を高さ5メートル・厚さ3メートルの壁で囲まれている。普段はバスや電車も遮断されているので、飛行機で来るか徒歩で『門』を通過する以外に入る方法は無い。その『門』を監視している警備員(アンチスキル)15名が、全員負傷して血まみれになっていた。中には明らかに重症だと思われる状態の人もいる。「こちらナンシー、侵入者の映像を入手しました」だがそれらの惨状を目にしながら、救助に当たらないどころか怪我人を足蹴にしている人間がいた。木原数多の指示を受けた『猟犬部隊』が、“敵”の情報を手に入れる為に管理室のデータを強奪に来たのだ。事件が発生してから数分で現場に現れるというスピードは、並大抵のものではない。『よっし、とっとと俺らの方へ回せ』「了解」木原の声に顔をしかめながらも、ナンシーが手早く記録を送信する。その間マイクが、残された情報から侵入者の移動経路の割り出しにかかっていた。「……妙だな」「何が?」マイクの訝しげな声に、ナンシーが眉をひそめる。「情報によれば、侵入者は第7学区の駅前大通りへ向かったようだ」「は!?」「ここを派手に破壊していった事といい、侵入者にしては動きが“目立ちすぎる”」「何考えているのかしら?」「……とりあえず、あの人に報告はしておく」
同時刻、『猟犬部隊』のとあるアジト部下の報告を聞いた木原は、『獲物』の映像を見ながら黙り込んだ。学園都市に侵入者が現れたのは午前10ジャスト。それからわずか2分も経たないうちに、彼の元には様々な報告が寄せられていた。もちろんそれは『猟犬部隊』のリーダーとして、多くの権限が彼に与えられているからでもある。だがそれだけではない。そもそも警備員のような公的組織から情報を素早く入手できるなら、わざわざ今部下を派遣してなどいないのだから。にもかかわらず、情報の伝達が極めて早く行われた理由は1つ。(……野郎、どういうつもりだ……?)(マイクの言う通り、侵入にしては動きがデカ過ぎる)その破壊活動があまりにも凄まじく、目立ってしまったからに他ならない。(即座に魔術師を送り込んでくるのは予想通りだが……これじゃ意味が無ェ)(連中の最優先事項は、あのガキを至急回収する事)(学園都市(おれら)と戦争する事が目的じゃねぇはずだ)(じゃあ、何でこうも挑発的にブチかました?)(どうして人通りの多い所へ向かっている?)隣にいる木山も、相手の行動の真意を掴みかねているのか唸るばかり。(考えられるのは……)(テメェの能力に、絶対の自信があるからこその蛮勇か――)(――囮!)(派手な破壊行動で俺らの目を引きつけて、その隙に隠密行動に長けた別の人材がガキを回収する)(可能性としてはこれが最も高いな)そこまで思い至った木原は、さらに熟考する。敵はゴスロリドレスを身に纏い、笑いながら警備員を粉砕する魔術師。この場合、手駒をどう配置すべきだろうか。(アレが囮だとしても、戦闘力を見る限り放置できるレベルじゃねぇしなあ)(つーかあの能力は何だ……?)(映像を見たところ、『念動力』を利用した地形操作のようだが)あの女魔術師は、自由に地面を操っているように見える。学園都市を守る警備員が、まるで相手にもされていない。(正面から戦った場合、『猟犬部隊』の手持ち装備だと……ちっとばかし厳しいな)『猟犬部隊』の武装は、拳銃、サブマシンガン、ショットガン、さらに各種爆薬と言ったところだ。他にも携行型対戦車ミサイル等の兵器も用意できるが、数は少ない。地面を自由に隆起させるあの魔術師には通用しない、と木原は予測した。(『六枚羽』を使用出来りゃいいんだが、ケチくせぇ上が拒否るだろーしなぁ)『六枚羽』とは、学園都市最新鋭の無人攻撃ヘリである。一機で250億円もするので、おいそれと使用許可を貰えるものではない。(残る手段は……あー、最悪だぜ)(いきなり“この手”を使う羽目になるとは思わなかったが……)(『猟犬部隊』をガキの護衛に回す必要がある以上、仕方ねェ)極めて珍しい事に、木原はうんざりとした顔を浮かべた。そしてマイクとナンシーに一旦帰還するように指示を出すと、待機所にいた部下全員にこう告げる。「良く聞け。あのゴスロリ女は囮の可能性が高い」「まさか他に侵入者が?」「あくまで可能性だ、黙ってろ馬鹿」口をはさんだデニスに舌打ちをして、木原が話を続ける。「しかも映像を分析した限り、テメェらの武器じゃ相手にならない」「だからアレは“相手が出来る”ヤツらに任せる事にした」「え、それって……?」新しい戦力の補充が認められたのだろうか。ヴェーラがそう思って問いかけるが、木原はこの場では教えなかった。「こっちの話だ。昨日のうちに、上の許可は取り付けたからよ」「とりあえずテメェらのやる事は、恐らく既に侵入したであろう本命の魔術師に、あのガキを奪われないようにする事だけ」「えらく簡単な話だろ? 分かったら武装整えて警戒してやがれ」「り、了解!」木原の殺気を感じたデニスとヴェーラが、慌てて武器の点検を開始する。その様子を眺めながら、木原はとある人物へ連絡を取った。「……俺だ」『……………!』「うるせェな、殺すぞ?」『……、……!?』「はー? データは送ったろーが」『………………』「そーそー。接触するポイントを後で送れ」『………………』「死にたくなけりゃ頑張って働くんだなぁ、モルモット?」『……………!』ブチィ、と鋭い音がして電話が一方的に切れる。電話相手がキレて、自分の携帯を握りつぶしたらしい。「よし、たった今話は付けた」どう見てもそんな雰囲気ではなかったのだが、木原の中では伝達は終了したとみなされた。「アイツは無能だが、あのゴスロリ女の相手程度なら出来んだろ」「あ。ヴェーラ、あのガキを連れてこい」「了解」隣の部屋でTVに夢中になっていたインデックスを、木原が呼んだ。お気に入りのアニメを邪魔されて不機嫌な彼女だったが、木原の冷たい目が反抗を封じてしまう。「早速、テメェを狙った魔術師サマが現れたぜ?」「……」「装甲服を着ろ。こっからは殺し合いだ」「……あの服暑いんだもん」「はぁ?」「それにキツイし」「嘘吐くんじゃねぇよ、キツイって言うほど胸も尻も出てねーだろ」その瞬間、ギラン!と目を輝かせたインデックスが、木原に噛みつこうと飛びかかった。だが当然のように彼は身をかわし、代わりに後ろにいたデニスが頭を噛まれて悲鳴を上げる。「ぎゃああああ!?」「何で避けちゃうのさバカバカバカバカ!!!!!」「避けられたって分かってるなら俺を噛むなぁ!」昨日から何回かインデックスは木原に噛みつこうとしているが、何故か毎回噛まれるのはデニスの役目になっている。「クソ煩ぇ。言う事聞くか死ぬかの二択だ、選べクソガキ」「……うー、分かった」結局インデックスは、サイズを合わせているにも拘らず、妙にブカブカに見える装甲服を装着する。「大体、あまたにはデリカシーが……」インデックスの文句は、そこで途切れた。何故なら、床に有り得ないモノを見つけたからだ。彼女の視線を追った木原も、それまでの退屈そうな表情を一変させた。「こりゃあ目玉、か?」答えは、この場にいない人間から齎される。『――――見ぃつっけた』この場にいる誰とも違う、退廃的な女性の声。怯えて武器を構えるデニス達をしり目に、木原は声の主を瞬時に看破した。「学園都市に侵入した、ゴスロリ女か」『おや、もう情報が流れているのね』「んー? あれだけ暴れりゃ当然だろーがよぉ?」『うふ。うふふ。それにしては、あなたは随分余裕なのね』「……」『けどまあ、禁書目録の所在は掴めたし……』その声に含まれた嗜虐的な響きを感じて、当のインデックスが口をはさんだ。「土より出でる人の虚像――そのカバラの術式からすると、あなたも『必要悪の教会』の魔術師だね?」「アレンジの仕方がそっくりだもん」『ふー。どうやら“洗脳”されて敵に回ったって言うのは確かな様ね』「何言って……」女性の声が、一気に暴力的な色を帯びる。「チッ、間抜けども撤収の準備!」気がつけば、目玉の数が数え切れないほど増えていた。その1つを踏みつぶしながら、木原は部下を連れてアジトを後にする。(あのゴスロリ女、探査能力も保有していたのか!)(作戦を変える必要があるな)彼は高速で打開策を考案しながら、ヴェーラ達に指示を出した。「テメェらはそのガキ連れて32番へ移動しろ」「はい!」「途中でマイク達と合流。到着したらシェルターの障壁降ろして待機な」「しかし、あの侵入者の能力を見る限り、障壁が役に立つとは――」「ウゼェ」デニスの出しゃばった意見を聞いて、木原は彼の顔面に右ストレートをゴッキィ!と叩きこんだ。「言われたとおりに動け、クズが」「も、申し訳ありません」「アレの方は気にしなくていい。他に侵入したかも知れねぇ敵に気ぃ配れって言ってんだ、分かるかー?」「……了解」そのままデニスとヴェーラは、インデックスを連れてワゴン車で出発した。彼らとは反対方向に向かう木原に、唯一残った木山が声をかける。「何故私や貴様は乗らないんだ?」「俺と木山ちゃんはこっち」木山に目を向ける事も無く、彼は持っていたキーを放り投げた。「2人でドライブデートしよーか。あ、運転はヨロシク」「これは、私の車の!」「そーそー。木山ちゃんのランボルギーニここに持ってきてあるから」「何時の間に……!?」「おーいおい。運転技術も一流だってとっくに知ってるし。ホラ急げよ!」助手席に木原が乗り込むと、猛スピードで車が発進した。『フン、下らない。あれで逃げたつもりなのかしらね』『――追いな、エリス』『パーティはこれからでしょう、愚かな科学者さん?』
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