8月22日(午前2時00分)第7学区のとある病院 とある病室フルチューニングが意識を取り戻した時、既に時間は深夜を過ぎていた。痛む体を無理やり起こして辺りを見回す。そしてどうやらここは病院らしい、と判断を下した時。「…目が覚めましたね、とミサカは声をかけます」「!」唐突に自分と同じ声が聞こえてきたので、フルチューニングはビクリと反応した。暗くて見えづらいが、足元の方に妹達の1人がいるのが分かった。
「殺される前に、1つ聞きたいのですが」「?」「レイが意識を失う直前、天草式のみんなの声が聞こえた気がするのです。…見かけませんでしたか?」「天草式?…ひょっとしてあのクワガタみたいな奇妙な髪色の男と、その仲間達の事ですか、とミサカは確認します」フルチューニングはコクリと頷いた。(やっぱり、みんなもここに来ていたのですね)(なのに、ここに妹達がいると言う事は、もしかして…)(まさか、まさか、殺され…)一瞬で、フルチューニングの脳裏に最悪の結末が描かれた。「彼らなら今廊下で仮眠をとったり、思い思いの事をしていますが、とミサカは率直に告げます」「…え」
「それと、あなたは何か勘違いをしています、とミサカは溜息をつきます」「勘違い?」「ミサカはあなたを殺すつもりはありません、とミサカは少々あきれて誤解を解きます」「どういう事ですか?」「…ミサカの検体番号は10032号です。つまり、今日の実験に使われた個体です、とミサカは事実を明らかにします」「どうしてあなたが…実験の結果殺される予定だったはずでは?」「その実験が中止になりました、とミサカも未だ信じられない事をお知らせします」その言葉を聞いて、フルチューニングは思わず力が抜けてしまった。「中止…何があったのですか?」「あなたと同じように、実験を止めようとある人が来て…」そこで一旦言葉を区切る御坂妹。まるで大切なものを自分の中だけに隠しておきたいような、そんな子供っぽい逡巡をして――「このミサカの為に、命懸けであの第1位『一方通行』を倒し、計画を中止させました、とミサカは正直に語ります」
「そんなことが…」信じられない奇跡を目の当たりにしたかのように、2人とも無言になった。いや、確かにそれは奇跡的とも言っていい出来事である。なにせあの『最強』は、世界で最も強い超能力者なのだから。(一体、誰がそんなことを成し遂げたのでしょうか?)(誰が、救われないはずの妹達を救ってくれたのでしょうか?)ほんの僅かな時間。静寂がこの病室を包んでいたが、コンコン、というノックが時間を動かした。「では、ミサカは研究施設へ一旦戻る事にします、とミサカは空気を読める事を証明します」「あ、そういえばあなたと戦ったミサカ達から伝言です」「伝言…なんですか?」
「『高レベルとはいえ、廃棄された素人相手に大人げない事をしました。ごめんなさい』」「な……」あまりの言葉に、カチンときて無言になるフルチューニング。「『悔しかったら、またいつでも相手になります。まあ、ミサカ達が負ける事はありえませんが』」「『ミサカ達にも、死ねない理由が出来ましたから』」「…」「と、ミサカは一字一句正確に伝えます」「…」「まあ、ただ単に“長女”ともう一度会いたいという意味でしょう、とミサカは事実を暴きます」「長女…」「「妹達」最初の個体なのですから、長女で合っていますよね、とミサカは告げて部屋を後にします」ぎこちない笑顔を浮かべて立ち去る御坂妹と入れ替わるように、建宮と五和が病室に入ってきた。
「建宮さん、五和さんも…」「おー、大事に至らなくて良かったのよなー」「心配しましたよレイちゃん!」ヒシ、と抱きついてくる五和の背中に手を回しながら、フルチューニングは質問した。「レイが気絶した後、何があったのですか?」「ソレが俺にも良く分からんのよ」「しばらく私たちとあのクローンの子たちが睨みあっていたんですけど」「突然『風車を回します!』ってみんないなくなっちゃって…」どうやら、五和も事情を把握していないらしい。「で、とりあえずお前さんを病院に連れてきた訳よな」「その後しばらくしたらさっきの子が来て、『もう戦う事はありません』って」
事情はよく分からないが、どうも天草式と妹達が戦う前に実験が中止に追いやられたらしい。誰も死ななくて良かった、とフルチューニングは安堵して…重大な疑問に気が付いた。「ところでどうして、みんながここにいたのですか?」あー、それは…と言葉を濁しつつ、諦めたように建宮が回答する。「五和がおまえさんに渡したお守りは、一種の護符になっていたのよ」「ゴフ?」「おまえさんが危ない状況になると我らにそれを教えてくれる、発信器のようなものよな」「結局、レイちゃんが心配だったのでみんなで近くまで来ていたんですよ」2人の言葉に、フルチューニングは呆気にとられた。
(なんだかんだ言って、みんなはずっと傍にいたのですか)(レイがやられたのを知って、あんなカッコ付けた登場をしたのですね)(まったく…あれ?)「…建宮さん、確かあなたはまだお仕事の途中だったのでは?」ギックウ!と反応する建宮を、ジト目で睨むフルチューニング。あはははー、と誤魔化し笑いをする教皇代理(今一番偉い人)。結局、建宮が降参してゴメンナサイすることで、この話題は片づけられた。「とりあえず、ここのお医者さんは優秀だから、明日には退院できるって話ですよ」「だから我らも一泊して、明日全員で帰る事にしようと思うのよ。ちょうど新しい拠点に行くころ合いだしな」「…分かりました」その後、五和が仮眠をとるため病室を後にし、フルチューニングは建宮と2人きりになった。
(何も、聞いてこないのですね)不思議な事に、建宮は今回の事件について何も聞こうとしなかった。(レイと同じクローンが他にもいて、しかも戦っていたというのに、どうしてでしょう)「あの」「言っておくが、俺から聞く事は何もないのよ」「…」「お前さんが、誰かを助けるために手を伸ばした」「それだけ知っていれば、十分なのよな」どこまでも優しく、労わるような心地よい空気。けれども、フルチューニングは自分の手をギュッと握りしめた。「…ダメなんです」建宮が、目だけ動かしてその独白に耳を傾ける。
「レイは、何も出来なかったんです」「あの子を助けたかった、救いたかったのに!」「レイは、役立たずでしかありません」「…」自分を言葉で傷つけるフルチューニングを見て、それでも建宮は返事をしない。「だから、お願いがあります“教皇代理”」「!」「レイに、戦い方を教えてください」「もう役立たずは嫌です。このまま倒れたままなのは嫌です!」「レイは、助ける力が欲しいです!」歯を食いしばり、瞳を揺らして絶叫するフルチューニング。建宮はしばらく無言だったが、やがて笑顔を浮かべて“あるモノ”をフルチューニングに放り投げた。
「これは…?」「我ら天草式十字凄教が使う、『蜘蛛の糸』と呼ばれる鋼糸なのよな」「お前さんなら、きっと誰よりもうまく扱えるようになる」「しかもそれは、“通電性”が高い特別製なのよ」「あ…」渡された鋼糸を、フルチューニングは大切そうに抱き込んだ。(もしかしたら、この人は待っていてくれたのかもしれない)(無様に負けた自分が、それでも立ち上がろうとするのを)「とは言え、それ以外にも覚えるべき魔術、戦術は山ほどあるが…」「レイは優秀ですから、きっちりこなして見せます!」「…それはそれで、イロイロ問題なのよなー」「?」
天草式十字凄教の中でも、フルチューニングを戦闘に参加させるかどうかは議論されていた。大能力者(レベル4)が戦力となってくれれば、もちろん嬉しい。だが、当然ながらこの無垢な女の子を自分たちの都合で戦士にしてしまう訳にはいかない。みんなが悩んでいる時、建宮は厳然と告げた。このまま自分たちと一緒に行動すれば、いつかレイを戦いに巻き込むことになる、と。ならば、レイと別れる覚悟、またはレイを戦わせる覚悟が必要になる、と。彼らプロの魔術師は知っていたから。戦場は、戦う意思のない人間が生き残れるほど甘くは無いことを。自分たちの実力では、レイを守りきることが難しいことを。当初は、その事実をハッキリ説明してレイ自身にどうするか選ばせようと思っていたのだが…(まさかレイの方から、戦う事を選ぶとはなー)(やると決めた以上、本当に戦う術を叩きこむことになる)(…対馬や諫早あたりが知ったら、やっぱり怒ると思うのよな…)明日のみんなの反応を考えて、ちょっとだけ憂鬱になる現教皇代理であった。
8月22日(午前10時00分)第7学区のとある病院退院手続きを終了し、ようやく拠点へ向けて出発しようとした天草式は、建宮が来るのを待っていた。その建宮は、今もカエル顔の医者とレイの体調について話し合っている。「だから、クローンとはいえ他の「妹達」と違って調整の必要はないね」「そもそも基本コンセプトが異なっているから、当然と言えば当然なんだけどね」「…良く分かりませんが、このまま素直に退院ってことで大丈夫なのよな?」「そういう事だね。ただ、もし何かあったらすぐに僕の所へ連れてきてほしい」「ちゃんと覚えておくのよな。じゃ、どうもお世話になりました」笑顔で握手を交わし、走り去る男の姿を見て、カエル顔の医者は表情を曇らせた。
(確かに、あの子は「妹達」と違って細胞の成長速度に異常は無い)(あの子を作った研究者が、出来る限りの対処を施したみたいだね)(そう…)(あの子の体が抱える問題は“そんなレベル”じゃない)(能力補佐の為、体中に得体の知れない部品が取り付けられている)(しかも脳の中には、僕にも手を出せないマイクロチップが埋め込まれている…)(間違いなく、アレイスターの仕業だね)(すでに彼女は、いつ“壊れて”もおかしくはない)(…それでも、何とかするのが医者(ボク)の仕事なんだ)カエル顔の医者は、新たな決意を胸に病院へ戻って行った。
同時刻、窓の無いビル闇に包まれたその空間で、『人間』アレイスターは1人佇んでいた。彼が見つめる先にはモニターがあり、天草式のメンバーをリアルタイムで映している。「おい、これで良いんだな?」突然、案内人のテレポートで出現した土御門元春がアレイスターに詰めよった。「…ああ、ご苦労だったね」「一体、どんな理由があったのか教えてもらおうか?」「ふむ。理由とは?」「なぜ廃棄処分されたクローンを、天草式とつるませたのかって事だ」そう。天草式十字凄教にフルチューニングの売買をリークしたのは、土御門であった。「大したことではないよ」「では理由を聞かせろ」
アレイスターは、何でもない事のように淡々と告げた。「あの検体番号00000号は、特殊なチップを脳に埋め込んである」「チップ?なんの?」「能力者が、魔術を使えるようになるチップだ」「なんだと!」土御門は驚いて声を上げた。彼自身もそうであるように、能力開発を受けた人間は魔術を行使できない。能力者は『回路』が異なるので、無理に魔術を使うと体が爆砕する危険すらあるのだ。「とはいえ、検体番号00000号以外には使用できないものだがね」「どういう意味だ?」「あのチップを使うには、ミサカネットワークが必要不可欠。この意味が分かるか?」「…確か同一脳波による並列型ネットワークだったな」「そうだ。あのチップはそれを利用した変圧器みたいなものでね」「魔力の流れを、ミサカネットワークを通じて強引に適合させることが出来る代物だ」
「しかも各個体が受ける影響は、極めて軽微で無視できるレベルだと予測されている」「まあ結果、検体番号00000号自身はミサカネットワークに接続できない状態らしいが、大したことではない」本当にどうでもよさそうに答えるアレイスターに、土御門は嫌悪感を隠そうともしない。「だから、魔術結社と接触させたかったのか?」「そんなところだ」「だが、“何故”天草式を選んだ?」「一応魔術師とはいえ、本場イギリスの『必要悪の教会』のような連中とは趣が異なるぞ?」「さて、ね。気になるなら予想してみたまえ」アレイスターは、土御門の苛立ちをどこか楽しげに眺めつつ呟いた。「私としては、コレに大して重きは置いていないのだよ。…プランとは関係の無い話だからな」
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