それから10ヵ月後――。「…………あ、美味しそうだな」東京某所。商店街の一角を歩く1人の少年の姿があった。八百屋「よう兄ちゃん! 今日もお買い得だよ! 買っていきなよ!」上条「マジっすか!?」かつて学園都市で暮らしていた無能力者の少年、上条当麻だった。八百屋「おう、マジも大マジよ!!」上条「う……でも……」八百屋「どうよ?」上条「こういう時につい、我が家の家計と相談してしまうのは、学園都市にいた頃の癖なのだろうか」財布の中身を確かめながら、消極的な口調で上条は独りごちる。八百屋「なーにブツブツ言ってんだ? 兄ちゃんと一緒に住んでる嬢ちゃん、今大変なんだろ?」上条「大変……と言われればそうなのかもしれないっすけど……」八百屋「じゃあ特別だ。このりんごとバナナ…あと桃もつけて2割引きだ」上条「マジっすか! なら頂きます!!」八百屋の誠意に感激するように上条は目を輝かせる。八百屋「おう。その代わり、嬢ちゃんを労わってやれよ?」上条「はい!!!」元気に返事をし、果物を受け取ると上条はその場を後にした。
美琴「ふふふん♪ ふふふん♪ ふんふんふーん♪」都内にある賃貸マンション。その一室から、1人の少女――御坂美琴の楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。美琴「さーてと。当麻もそろそろ帰ってくる頃ね」キッチンで手馴れた手つきで料理を作りながら、彼女は同棲している上条の帰りを待つ。美琴「夕飯も早く作り終えちゃわないと」そう言う美琴はとても幸せそうだった。学園都市から逃げ伸びてからまだ1年足らず。辛いことも苦しいことも絶えなかったが、美琴と上条はそれでも互いに協力して、共に数々の苦難を乗り越えてきたのであった。そして今、彼らは1つの幸せを手に入れていた。ガチャッ!上条「美琴! ただいま!」美琴「あ、お帰り~」と、そこへ帰宅した上条が現れた。美琴「どう? 大変だった?」上条「まあ大変っちゃ大変だけど、金は稼がないといけないからな。それに、大変と言っても魔術師や超能力者と戦うよりかは随分マシだし」美琴「うー……何だかごめんね。当麻にだけ苦労させちゃって」上条「バーカ。お前は今安静にしてなきゃダメだろうが。だからほら、これ」申し訳なさそうな反応をした美琴に、上条は手に持っていた袋を渡す。美琴「わぁ、果物だ。こんなにいっぱいどうしたの?」上条「八百屋の親父が特別にくれたんだ。夕食後に食おうぜ」美琴「そうなんだ。じゃあ、夕飯もうちょっとで出来るから待ってて」上条「了解~」返事をし、上条はリビングに向かうと床に腰掛けストーブの前で暖まり始めた。
上条「ふー…温まるぜ……」チラッ
美琴「ふふふん♪ ふふふん♪ ふんふんふーん♪」横目で美琴を窺う上条。今も彼女はこちらに背を向け上機嫌に料理を作っている。上条「……」ニヤリ美琴「ふんふんふ……きゃっ!!」突如、肩を震わせ小さな悲鳴を上げる美琴。上条「美琴~~」美琴「と、当麻!」上条「やっぱりこうして抱いてみると美琴がどれほど可愛いかがよく分かるなー」美琴「////////////」上条が料理中の美琴を後ろから抱き締めたのだ。美琴「ね、ねぇ……今ご飯作ってるんだから……そ、そういうことされちゃうと困るんだけど?////」上条「美琴の髪はいつも良い匂いがするなー」美琴「も、もう//////」当然、上条と美琴は未成年のため結婚はしていない。しかし、今の2人は誰が見ても新婚夫婦そのものだった。それほどこの1年で彼らの愛はより深まっていたのである。上条「おまけにスタイルも良いし」ナデナデ美琴「ひゃっ!//// ど、どこ触ってるの!?//////」恋人がいない人間にしてみればハンカチを噛みたくなるほど甘い雰囲気を醸しながら、その後も上条は美琴を抱き締めつつちょっかいをかけていた。
美琴「と、当麻ぁ……」が、さすがにいつまでもそうしている訳にもいかないと思ったのか、耐えかねた美琴が後ろを振り向いた。上条「…………」美琴「あ! ……んっ」と、上条は間髪入れず彼女の唇を塞ぐ。美琴「………当麻ぁ……ん」上条「美琴………」桃色の空気が2人の間に流れ出す。美琴「ん………」やがて離される2人の唇。美琴はトロンとした目で上条を見上げた。美琴「強引……」ムスッ上条「やっぱり可愛い。なぁ……久しぶりにしようぜ?」美琴「だぁめ」上条「チェー。付き合い始めた当初は毎日のようにしてたのに」美琴「ダメよ。今は出来ない。それは当麻も分かってるでしょ?」子供のように拗ねる上条を、美琴は諌める。上条「分かってる。冗談だよ。何たって今は……」中腰になり、上条は美琴のお腹を軽く撫でる。美琴「妊娠10ヶ月目だからね//////」恥ずかしそうに、美琴は自分のお腹を押さえながら言った。
夕食後。机を囲み一時の休息をとる上条と美琴の2人。上条「はー食った食った。美琴の飯はいつ食っても美味いからなぁ」美琴「もう、お世辞ばかり言って//// 恥ずかしいよ//////」彼らが暮らすこの部屋は、学園都市から脱出した際に一時的に身を寄せていたマンションとは異なり、更に学園都市から離れていた所にあった。本当は、2人とも実家に帰るか、もっと遠い場所に住みたかったのだが、そうすると学園都市との取引の関係上、色々と不都合があると『必要悪の教会(ネセサリウス)』から暗に言われたので、妥協として今の場所に落ち着いたのである。美琴「あ、また蹴ったみたい」上条「本当かよ? 最初は早産も予想されたんだけど……随分と元気でワンパクな赤ちゃんだ」美琴「誰かさんに似たのかもねー」しかし、彼らの心配も取り越し苦労に終わったのか、この1年、上条が魔術の事件で呼び出されることは多々あっても、学園都市に関する事件は一切起こらなかった。故に上条と美琴も今の生活には満更でもなく、寧ろ幸せに過ごしていたと言っていい。上条「でも妊娠が発覚した時はマジでビックリしたぜ」美琴「ふふ…そう?」上条「ああ、だってさ………」 ――美琴『生理が来ないんだけど……』―― ――上条『………………………え?』――上条「あんな風に、暗い表情で突然言われたから一瞬、頭の中真っ白になっちまったよ」美琴「でも後悔してないくせに」上条「まあな。だけど、美琴のお父さんに会いにいった時は思いっきり殴られたっけな」美琴「ああ、あれね」上条「だって3度目でようやく俺とまともに話してくれるようになったんだぜ」美琴「もうー父さんったらいつも私のことになると冗談が通じなくなるんだから」上条「でもまぁ、14歳で妊娠したら怒るのも当然か……」
9ヶ月前――。
突如、妊娠が発覚した美琴はそれを報告すべく、そして久しぶりの帰郷のため、上条と共に実家を訪れたのだった。ある程度、美琴が置かれた事情は両親も承知していたのだが、彼女の父親は妊娠報告を聞くやいなや上条を殴り飛ばした。旅掛「妊娠……?」美鈴「…………っ」御坂家にて。正面に座る美琴と上条の顔を見、美琴の両親である旅掛と美鈴は魂を抜かれたように呆然とした表情を見せた。上条「………………」美鈴「ほ、本当なの美琴ちゃん?」美琴「う……うん。もう1ヶ月で」旅掛「………」ユラリゆっくりと、そして拳を握りながら立ち上がる旅掛。美琴「……父さん?」ドゴォォォッ!!!!!!上条「ぶべぁっ!!!!????」ガシャーーーーン!!!!!!旅掛に殴られた上条が椅子から転げ落ち、盛大に後ろにぶっ倒れる。
美琴「きゃああああああ!!!! 当麻ああああ!!!!!!」美鈴「ちょっ、ちょっと!? あなた何やってるの!!??」旅掛「帰れ!!!!」上条「!?」激昂し、怒りに満ち満ちた顔を見せる旅掛。旅掛「二度とうちの娘に近付くんじゃない!!!」そんな旅掛を、頬を押さえつつ唖然と見上げる上条。美琴「ま、待って!!! こ、この人は……当麻は!!!」上条の側につき、必死に説得を試みようとする美琴。旅掛「帰れ!!!!」美鈴「あなた!」上条「………………」美琴「父さん……」だが、それも徒労に終わり、結局、上条と美琴は旅掛にまともに話を聞いてもらえるまでこの後2回も家に足を運ぶのだった。
虚空を見つめながら、上条は苦笑いを浮かべてその時の光景を思い出す。
上条「まあいきなり殴られたのはビビったな。恐ろしいオーラを放つあの時のお義父さんの前じゃ、そこらの魔術師や能力者も目じゃなかったよ」美琴「私も父さんがあんなに怒ったところ初めて見たから驚いたわ」上条「そりゃ親としては大切な娘がまだ10代で妊娠するのはショックだろうからな。無理もないだろうな」美琴「そうね。当麻が私を学園都市で助けてくれた、って必死に説明したらようやく分かってくれたけど」2人は、1つずつこれまでの軌跡を辿りながら会話に花を咲かせる。美琴「でも、今考えると良かったんじゃない?」上条「ああ、そうだな。だってお前とこうやって一緒にいることが出来るんだから」美琴「あ……む………ん」美琴の身体を引き寄せ、上条はその唇に自らの唇を触れ合わせる。上条「美琴……」美琴「当麻……」互いをひたすら求めるように、何度も繰り返し相手の唇を味わう2人。やがて1分ほど経ち、上条は美琴から顔を離した。上条「今日の美琴はイチゴ味かな? ちょっと甘い」美琴「バカ……//// 当麻だってレモン味のくせに//////」至近距離で彼らは甘い言葉を囁き合う。上条「そうやって照れるところがまた美琴は可愛いんだよなぁ」ナデナデ美琴「も、もう//////」上条「あれー? 美琴ちゃんは何膨れちゃってるのかなー? それじゃあまるで茹蛸みたいだぞ?」ニヤニヤ美琴「むー! 当麻ってばいつもそうやって私をからかうんだから……」上条「だって反応が面白いんだから仕方ないじゃん?」美琴「当麻の意地悪」ムスッ
上条「あちゃー意地悪って言われちまったよ」美琴「当麻なんて嫌い」プイッ上条「わっどうしよう美琴に嫌われちゃった頼む機嫌直してよー」ニヤニヤ美琴「知らない」上条「俺のこと嫌い?」美琴「嫌い」プイッ上条「嘘つけ」グイッ美琴「あ………ん」上条美琴「「――――――――」」美琴「ん…………」上条「……これでも嫌い?」美琴「…………あ……う……」キョロキョロアタフタ上条「嫌い?」美琴「うー………」上条「んー?」美琴「好き//////」上条「俺も美琴のこと好き」美琴「えへへ//////」上条美琴「「――――――――」」美琴「ん………」上条「今度はキャビア味」美琴「ウソ。食べたことないくせに」クスッ上条「それほど美琴の唇は極上って意味だよ」美琴「もう、バカ//////」
そこらのバカップルでさえ敵わないほどのキスを終え、落ち着くと美琴は表情を緩ませて言う。美琴「………でも、今になっても思うわ。こうやって当麻と一緒になれて良かったって」上条「ん? ああ、そうだな」上条は彼女の言葉に同意する。美琴「ええ」上条「何せ、美琴との愛の結晶がもうすぐ生まれるんだからな」言って上条は美琴のお腹に耳を近付ける。上条「おーい、早く生まれてこーい。父さんも母さんもお前の顔を見るのを楽しみにしてるんだからさー」美琴「………フフ」赤ん坊に話しかけるように、上条は声を掛ける。と、そんな彼の声に応えるように美琴のお腹の中から返事があった。上条「あ!」美琴「あ!」上条「今蹴ったな」美琴「蹴ったわね」嬉しそうに、笑みを浮かべ合う2人。上条「元気な赤ちゃんだ」美琴「そうね」上条「どんな子なのかな?」美琴「どんな子かしらね」上条「今から楽しみだ」美琴「ええ」彼らは今、幸せの最中にあった。
そして3日後の夜――。
美琴「うっ……ううっ……」上条「…………zzzzzz」2人が眠りについていた時だった。美琴「うーん……」上条「………ん?」それは唐突に訪れた。上条「…………美琴?」美琴「うう……ん。痛い……痛いよ」目を覚まし、隣に寝ていた美琴を訝しげな表情で見る上条。上条「お、おいどうした!?」美琴「うう……ん……」美琴を揺らす上条。一応、左半身を下にして横向きに寝ており体勢には問題はなかったが、彼女の顔からは大量の汗が流れていた。上条「まさか……」美琴「う……産まれる……」上条「!!!!!!!!!!」
病院――。
閉められる分娩室の扉。部屋の奥に消えていく美琴の姿。上条「美琴……」ついにこの時が訪れたのだ。出産の時が。上条「………………」今、上条に出来るのはただ待つことのみ。上条「……………………」スッ…彼はすぐ側にあったソファに腰掛けた。
それからどれほどの時間が経ったのか。上条「…………無事に産まれてくれ」上条は両手の上に顎を乗せ、物思いに耽っていた。何しろ人生初めての、子供が生まれるのだ。しかも彼は10代で父親になるのである。不安になるのも無理はなかった。上条「………にしても父親か」上条「………俺は、父さんと遊んだ記憶はほぼ失くしちゃってるけど……子供にしてみれば父親ってのはとても大切な存在なんだろうなあ……」上条は頭の中に、子供と遊ぶ自分の姿を思い描いてみる。上条「………なーんて、気が早すぎるかな。……いや、でもいずれはそうなるんだし。どんな子に成長するんだろ……」自然と、笑みが零れ落ちた。上条「とにかく今は、美琴と赤ん坊の無事を祈るだけだ」言って上条は分娩室の扉を見つめた。そして、1時間ほど後………。「おぎゃああああああああああああああ」上条「!!!!!!!!」扉の向こうから、1つの幼く、そして元気な声が聞こえてきた。上条「あ、あの泣き声は……」その泣き声を耳にし、上条は一瞬その場に立ち尽くした。上条「美琴!!!!」だが、逸る心を抑えられず、彼は駆け出していた。
上条「美琴…………」「おぎゃああ! おぎゃあああああ!!!」美琴「当麻…………」ニコッそこには、疲労しきった顔を見せながらも、笑みを浮かべる美琴が、そしてその胸に白い布で抱かれた赤ん坊が1人いて……上条「う……産まれたのか………」ボソッと、一瞬、頭に浮かんだ唯一の言葉を、上条は呟いた。そんな彼に担当医が声を掛ける。医師「10代での妊娠は、未熟児が生まれることも多いのですが……それも杞憂に終わったようです。とても元気なお子様ですよ」上条「………………」ヨロヨロと、肩の力が抜けたようにして、上条はベッドの上の美琴に近付いていった。上条「美琴………」美琴「当麻……ほら、私たちの……赤ちゃんだよ」グスッそう言って赤ん坊を見せる美琴の目尻には僅かに涙が溜まっていた。上条「良かった……本当に……良かった……」美琴「ほら、お父さん。抱いてあげなさいよ……」上条「お、おう……」美琴から上条に預けられる赤ん坊。上条「(重い………)」胸に生まれたばかりの赤ん坊を抱き、上条はその重さを全身で感じた。
美琴「どう? 元気な子でしょ?」上条「ああ、全くだ」上条と美琴は幸せそうに語る。美琴「名前は……どうするの?」上条「ん? ああ、それならもう決めてあるけど……どうかな?」2人がひとしきり天使のような赤ん坊の笑顔を堪能すると、やがて自然と名前の話題に移った。美琴「当麻が決めたのなら……何も不服はないわ。それで……何て名前なの?」上条「おお、聞き逃すなよ。この幸運な上条さん二世の名前は……」美琴「うん」上条は胸に抱いた赤ん坊を見、笑みを見せる。上条「上条麻琴だ」その名前を喜ぶように、赤ん坊が笑った――。
3ヵ月後――。
都内のマンションにて。「ふふふん♪ ふふふん♪ ふんふんふーん♪」昼時、買い物から帰宅する1人の若い……もとい若すぎる母と………「あぁい! あぁ! だぁ!!」「はいはい、もうお家に着きますからねー」………1人の赤ん坊の姿があった。管理人「おう、美琴ちゃん。今お帰りかい?」「あ、ただいまです。いつもお世話になってます」ペコリ「だぁー! だぁ!!」管理人「おおう、相変わらず元気なお子さんだ。ワシの孫を思い出すわい」「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです」「たぁー! あぁい!!」管理人「まだお前さんら若いんだ。困ったことがあったらワシでも家内でもいいから言いなさい。すぐに飛んでいくから」美琴「ありがとうございます!!!」麻琴「だぁーーーーーー!!!!!!」笑顔で、その若い母――美琴とその子供――麻琴は答えた。
階段を登る美琴。抱っこ紐で胸に赤ん坊を抱く彼女の姿は、その若さのためかあまりにも不釣り合いだ。美琴「今日はパパも早く帰ってくるらしいから、ご飯早く作っておこうねー」麻琴「ああい!!」一見すると、中学生ぐらいの少女が生まれたばかりの兄弟の世話をしているようにも見える。15歳と言う若さで出産したため、それも当然だったが美琴自身は後悔はしていなかった。麻琴「ああー! だぁ! たぁぁ!」何しろ、当の子供が父親と母親の長所を上手い具合で引き継いだのか、元気そのものと言っても良い程であったし、それに、周囲の人々も彼女たちに優しくしてくれるからだった。よって今の環境には、不安要素もなく、寧ろ美琴にとっては安心出来る状況だった。女の子「あー! 美琴姉ちゃんだー!!」母親「こら、階段で走るのはやめなさい」美琴「こんにちは」母親「ええ、こんにちは」挨拶をする美琴と近所の母親。女の子「赤ちゃん可愛いなー」プニプニ麻琴「あぁい!」ニコニコ母親と一緒にいた女の子は麻琴と遊んでいる。母親「どう、美琴ちゃん? 何か、困ったことはない?」美琴「大丈夫そうです。麻琴も私たちが思ってたよりとても元気みたいで」母親「フフ、そうみたいね」母親は、優しく微笑む。女の子「笑ってるー!」プニプニ麻琴「…クスクスクス」
女の子「ねー、また今度遊びに行っていい? この子と遊びたいー!」無邪気な顔で、女の子は美琴に頼み込む。美琴「ええ、いいわよ。いつでもいらっしゃい」女の子「やったー!」母親「もうこの子ったら。ホント、ごめんなさいね。いつも家の子が世話になって」美琴「いえいえ、私も妹みたいな感じで楽しいから大丈夫ですよ」女の子「そうだよママー!」母親「分かったわ。それじゃ美琴ちゃん、何か困ったことがあったら言うのよ?」美琴「はい。お心遣いありがとうございます」母親「私はこれでも2回の出産を経験してるからね。いつでも気軽に相談してくれていいからね?」ニコッ美琴「ありがとうございます!」母親の言葉を聞き、美琴は元気良く返事をした。母親「それじゃ、またね」女の子「バイバーイ」美琴「バイバーイ」麻琴「あいぁーい!」
上条家――。
美琴「ふー、今日はいっぱい買っちゃった」麻琴「あぁい!」美琴「ふふ、麻琴も夕飯が楽しみ? でも普通のご飯を食べるにはまだちょっと早いかな?」麻琴「ブー」ムスッ美琴「もう、麻琴は本当食いしん坊さんね。ほら、今はちょっと休んでなさい」言って美琴は麻琴を優しくベビーベッドの上に寝かす。ピンポーン!と、その時だった。呼び鈴が鳴った。美琴「ん? 誰かしら? あの子はまだのはずだけど……」ガチャッ!美琴「はーい、どなた?」呼び鈴に応じ、ドアを開ける美琴。主婦「美琴ちゃん、こんにちは」美琴「あ、山田さん、こんにちは。どうしたんですか?」主婦「ええ、ちょっと差し入れをね」隣に住む主婦だった。美琴「わぁ、ありがとうございます。これ果物ですよね?」主婦「息子が送ってきたのよ。ちょっと主人と2人だけじゃ食べきれないから、と思って。どうかしら?」美琴「ありがとうございます。頂きます」喜ぶように、美琴は主婦から果物が詰まったバスケットを受け取る。主婦「若いし、色々と辛いことも多いと思うけど、頑張ってね。隣になったのも何かの縁だし、いつでも頼ってちょうだい」美琴「はい、いつも頼りにしてます!」主婦「ふふ。じゃ、またね。当麻くんに宜しく」美琴「はい、果物ありがとうございました!」
バタン!
ドアを閉め、美琴は鼻歌を口ずさみながら部屋に戻る。美琴「差し入れ貰っちゃった♪」バスケットを机の上に置くと、彼女はすぐにベビーベッドを覗き込んだ。美琴「麻琴~! 聞いて聞いて。隣の山田さんが果物くれたんだよー! それもとびっきり美味しそうなの!」麻琴「………………」美琴「……私さ、本当はあなたを産んだ時、不安も一杯あったんだ。これからちゃんとやっていけるのか、母親としてあなたを大事に育てていけるのか、って」神妙な顔になり、落ち着いた感じで美琴は麻琴に話しかける。美琴「………でも、当麻は頼りになるし、父さんと母さんも何だかんだいって援助してくれるし、このマンションの人たちもみんな優しいし……。本当、今ではとても幸せなの」麻琴「………………」美琴「……まだあなたが産まれてから3ヶ月しか経ってないし、これからもっと大変になっていくと思うけど、私、あなたを産んでとても良かったと思う」スッ…と美琴は、僅かに毛が生えてきたばかりの麻琴の頭に優しく触れる。美琴「生まれてきてくれてありがとうね、麻琴」ニコッ
麻琴「……………………」美琴「ん? えっ?」と、美琴は驚いたように麻琴の顔を見る。美琴「え? 寝てる?」麻琴「……………zzzzzz」麻琴は眠っていた。美琴「半目だし……」麻琴「……………zzzzzz」しかも半目で。美琴「な、何この子? 半目で眠ってるし」麻琴「…………zzzzzz……」ニヤニヤ美琴「しかも笑ってるし!」麻琴「…………zzzzzz……」ニヤニヤ美琴「我が子ながら、変な癖持ってるわね……」母親にそう言われているのも露知らず、麻琴は幸せそうに寝息を立てていた。
昼食後――。麻琴「ああい!!」美琴「うん、良い子良い子」ガラガラ昼寝から目覚めた麻琴を、ガラガラであやす美琴。彼女はとても愛しそうに娘を見つめていた。ピンポーン!とその時である。突如、呼び鈴の音が鳴った。美琴「あ、来たわね!」トタタタ急ぎ、美琴は玄関まで駆けていく。ガチャッ!美琴「はーい!」インデックス「久しぶりなんよ、みこと!」美琴「いらっしゃい!」扉を開けると、そこにはイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』のシスター、インデックスが笑顔で立っていた。
美琴「でも、本当、学園都市からの脱出の時には助けてもらったわね。インデックスには感謝してもし尽くせないわ」胸に麻琴を抱きながら、美琴は向かいに座ったインデックスに語りかける。インデックス「あれぐらいどうってことないんだよ。それに私はみこともとうまも死なせたくなかったし……あーん!」机の上に置かれた果物をムシャムシャと食べつつインデックスは答える。美琴「………でも、ごめんね?」インデックス「ムシャムシャ……ん? 何が?」美琴「だって……貴女だって、当麻のことが好きだったんでしょ?」インデックス「…………みこと」俯き、申し訳無さそうに小さな声で訊ねる美琴。そんな彼女を見たインデックスの手が、果物を掴む直前で止まる。美琴「………何だか、私が当麻を奪っちゃったみたいで………」インデックス「何言ってるのかな?」美琴「え?」インデックス「私は別に不満もないし、みことが謝る必要も無いんだよ。そもそもとうまは私の所有物じゃないんだし。寧ろ、とうまが選んだ女の子なんだから、それを応援してあげるのが、とうまの為にも、そしてみことのためだとも思うんだけど、違うかな?」美琴「インデックス……」美琴の予想とは裏腹に、インデックスは明るい感じで言う。が、だからこそ美琴は彼女に対しての申し訳ない気持ちが湧き上がるのだった。美琴「でも、貴女だって当麻のこと好きだったんでしょ?」インデックス「確かに、好きじゃなかった、って言ったら嘘になるのかな?」美琴「…………、」インデックス「でも、私はやっぱりみことが1番とうまに似合ってると思うよ?」美琴「………ほ、本当に?」オソルオソルインデックス「もっちろん! だってみことはこの世で唯一、とうまの不幸を掻き消すことが出来て、尚且つ“運命の女の子”なんだもん。それにとうまもみことといると幸せそうだからね!」
美琴「………だけど当麻、今もよく『不幸だ不幸だ』って言ってるよ?……」それを聞き、インデックスはこれまでとは打って変わって、真面目な表情を浮かべた。インデックス「それは前も言ったと思うけど、とうまは1度、学園都市でみことと逃げてる時に『脱出後は一生分の不幸を与えてもらっていい』って口に出して宣言しちゃってるからね。本来ならみことの体質でとうまの不幸もほぼ全て打ち消せるはずなんだけど、そうならないのはその宣言の名残りだね。つまりはみことの体質でも打ち消せないほど莫大な不幸が今この時もとうまに襲い掛かってるってわけなんだよ」美琴「………………」インデックス「みことは、自他共に幸運を招く体質だけど、それも今は全てとうまの莫大な不幸を掻き消すために割かれてるんじゃないかな?」美琴「うー……そう言われても実感が無いし、よく分からないわ」インデックスの説明に、困ったように頭を抱える美琴。インデックス「まあ仮定を元にした話だしね。……とにかく、本当ならとうまは既に死んでいてもおかしくないんだけど、いまだそうならずに日常レベルの不幸で済んでるのはみことのお陰ってわけ。要するにみことがいなきゃとうまは今頃死んでるか、良くても五体不満足になってるんだよ」美琴「………私のお陰……」インデックス「うん。これは相当の奇跡なんだよ。だからみことも誇っていいんだよ?」美琴「………そっか」僅かに、美琴の顔に笑みが刻まれた。その事実を心から喜ぶように。インデックス「でもね。とうまをみことに託す上で1つだけ約束してほしいことがあるの」突如、インデックスは真剣な面持ちで美琴に視線を据え言った。美琴「え?」一瞬、彼女を見て美琴はうろたえた。と言うのも、インデックスは今、普段の彼女とは想像がつかないほど、凛とした空気を纏っていたからだ。それは、今まで美琴が、極少数だが目にしてきた魔術師たちと同じものだった。
美琴「な、何……?」オドオドインデックス「うん、お願いだからとうまを悲しませないでね」美琴「へ?」その言葉に、いささか美琴は拍子抜けを食らった。いや、彼女にしてみれば当然の願いなのだろうが。インデックス「さっきも言ったように、とうまはみことがいないとすぐに死んじゃう身。だからとうまと喧嘩して別れて離れ離れになっちゃうとか、お願いだからそんなことだけはやめて」一生のお願いをするように、インデックスは美琴に頼み込む。それほど彼女は心配だったのだろう。美琴「え? あ、うん……もちろんだけど……」断る理由もどこにもないので美琴は即答した。インデックス「そう。なら良かった」ニコッ美琴「!」再び、歳相応の空気を放ち、口元を緩めるインデックス。インデックス「私もみことなら安心してとうまを任せられるんだよ」それほど彼女は美琴のことを信頼しているのだろう。その心中に触れ、彼女の本音を知った美琴は今度は力強い声で答えていた。美琴「うん、任せて!」インデックス「フフフ」ニコッ美琴「ふふ」ニコッ笑みを浮かべ合う2人。今、彼女たちの間には、ただの『友情』では片付けられない絆が生まれていた。
美琴「で、インデックスの方は今、好きな人はいないの?」インデックス「へ? いるわけないじゃんそんなの」と、ここで彼女たちの会話はガールズトークへと移行していく。インデックス「あ、でも……」美琴「いるんだ?」インデックス「そういうわけでもないんだけど、最近よくコンビを組む魔術師がいてね……」美琴「何? 仲良いの?」インデックス「どうだろ? 何かつちみかどは『ロリコン』とか言ってたけど」美琴「え? ロリコン?」少し引いたような反応を見せる美琴。インデックス「まあ確かに、初めは私もそこまで深く付き合おうと思ってたわけじゃないんだけど、何かその人、何年も前から私のために色々と努力したりしてくれてたみたいで。……それを聞いて私もその人のことを無視出来なくなっちゃったんだよ」つまらなさそうに語るインデックス。しかし彼女は、別段、その人物を嫌がってるわけでもなさそうだった。寧ろ、雰囲気から察するに、ある程度好意を持っているようにも見える。美琴「じゃあ、ゆくゆくはその人と?」インデックス「さあ? そんなの知らないんだよ。だけど、よく考えたらその人もとうま並に私のために頑張ってくれてたみたいだし、見直したってのは本当」美琴「ふーん……」インデックス「そんなことより!」と、この話はここまで、と言いたげに話題を切り替えるインデックス。美琴「え? な、何?」インデックス「あのさみこと!」目をキラキラと輝かせて美琴に迫るインデックス。美琴「は、はい? どうしたのいきなり?」インデックス「その子、抱かせて!」美琴「えっ?」麻琴「だぁあ!」インデックスの視線の先には、美琴の胸で抱かれた麻琴の姿があった。
静かな部屋の中、インデックスは美琴から譲り受けた麻琴を自分の胸に抱く。インデックス「うわぁ、可愛いんだよ」美琴「ふふ、でしょ?」インデックス「まさかみことととうまがその歳で子供つくるとは思わなかったんだよ」美琴「ははは、よく言われるわ」インデックス「でも本当、天使みたいで可愛いんだよ。ほら、今も笑ってるんだよ」柔らかい表情で、麻琴を見つめるインデックス。麻琴「………」クスクス麻琴も満更ではないようだった。インデックス「♪~~~~」美琴「!」と、そこでインデックスが何かの歌を歌い始めた。麻琴「……」クスクスインデックス「~~~~♪」美琴「………」インデックス「♪~~~~♪~~~」歌詞を聞くに、外国語らしい。もしかしたらイギリスの子守唄でも歌ってるのかもしれない。
美琴「(麻琴があんなに安心しきった顔を……)」麻琴「……」クスクスインデックス「♪~~~」何らかの魔術的要素でも含んでいるのか、その歌声は美琴にとってもとても心地良く気分が落ち着いてくるものだった。美琴「(良い歌ね……)」麻琴「……」ニコニコインデックス「~~~~♪」胸の中に麻琴を抱き、優しく子守唄を唄うインデックスのその姿は、まさにシスターそのもの、あるいは聖母のようだった。美琴「……………………」目を閉じ、歌声に聞き入る美琴。麻琴「……」ニコニコインデックス「♪~~♪~~~」しばらくの間、インデックスの優しい子守唄が、静かに流れ続けていた。
夕方――。
美琴「そろそろ当麻も帰ってくる頃かな?」時計を見、呟く美琴。インデックスは既に帰った後だった。美琴「………今日はインデックスに会えてよかったわね」1時間ほど前――。インデックス「じゃ、私はこれで帰るんだよ」靴を履き、インデックスは玄関前で美琴にそう告げる。美琴「一人で帰るの?」インデックス「ううん。すぐ近くまで護衛の魔術師が迎えに来てくれてるから」美琴「……ああ、例のインデックスにご執心の彼ね」麻琴「………」スースーニヤニヤと面白がるように言う美琴。彼女の胸には、インデックスの子守唄が心地良かったのか、グッスリと眠っている麻琴が抱かれている。インデックス「だから、別にそんなんじゃないってばー」美琴「ふふふ、冗談冗談」インデックス「みこともあまり人をからかえる立場じゃないと思うけど?」美琴「あら、どういう意味かしら?」インデックス「とうまと人前でイチャついたり、他人に思わず惚気話してそうな感じだけど?」今度は仕返しと言わんばかりにインデックスがニヤつく。
美琴「な、ななななななな!!?? そ、そそそそそんなわけないでしょ!!//////」インデックス「冗談冗談!」美琴「ぐぅ~……やられたわ」インデックス「フフッ、まあ、とにかく」美琴「?」インデックス「まことのこと大切にしてあげてね」言ってインデックスは麻琴に目を向ける。麻琴「……」スースーインデックス「さっき、この子に唄ってあげたのは、赤ちゃんがスクスクと元気に成長するのを願った、一種のまじないみたいな子守唄なんだよ」美琴「え?」インデックス「私が自ら歌ってあげたから、かなり効果はあると思うんだよ」美琴「………インデックス」美琴は、僅かながら感動を覚える。そこまでしてでも、インデックスは麻琴の幸せを願ってくれているのだ。インデックス「だから……この子と………」麻琴の頭を優しく撫でるインデックス。次いで彼女はそのまま上を向き、美琴に視線を据えた。インデックス「とうまをお願い」ニコッ美琴「………………」インデックス「………………」しばしの間、呆然とインデックスの顔を見返す美琴。美琴「クスッ……」インデックス「?」美琴「もっちろん!!」インデックス「任せたんだよ!!」元気良く、美琴は宣言をする。これ以上の心配は無用と思ったのか、インデックスは『また遊びに来るんだよ』と言葉を残すとやがて帰っていった。
美琴「………………」そんなことがあったのがつい1時間前だったか。その時のことを思い出し、美琴は笑みを零す。美琴「ありがとねインデックス……」ボソッと、今は遠くにいるインデックスに感謝の言葉を呟く美琴。美琴「よーし、これからも頑張るぞおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」そう叫びながら、美琴は天井に届くように、思いっきり右腕を振り上げた。上条「何を頑張るんだ?」ガチャッ美琴「えっ」上条「えっ」美琴「………………」上条「………………」この家の主人にして、麻琴の父親でもある上条のご帰宅だった。思わず美琴は、直前の姿勢のまま、固まってしまった。
上条と美琴が住むマンションからしばし歩いた場所にあるデパート。今、上条一家はそこに来ていた。美琴「今日はインデックスが遊びに来てくれたのよ」上条「ああ、そういやそんなこと言ってたな」麻琴を乗せたベビーカーを押す美琴と、その隣を歩く上条。上条「どうだったあいつ? 元気してたか?」美琴「ええ。麻琴をあやしてもらったりと色々と世話になったわ」上条「そうかぁ、あいつらしいな」至って普通の会話をしている彼らだったが、通路を歩くと、かなりの頻度で周囲の客からチラ見されることが多かった。が、それも当然の反応で、上条と美琴ほど若い男女が赤ん坊を連れていたら無理も無かった。美琴「あ、このオムツ安くなってるわよ。買っておきましょう」上条「………………」ベビー用品が売っているエリアで、オムツを手に取る美琴。美琴「ん? いや、待って……こっちのセットの方がお得かも」上条「………………」一児の母親らしくオムツを選ぶ美琴。そんな彼女とは対称に、上条は先程から別のフロアらしき場所をボーッと眺めている。美琴「ねぇ麻琴、どっちがいい?」麻琴「あぁー!」美琴「そうね、安いほうがいいわよね」上条「……………………」美琴「……? 何当麻さっきから? ボーッとしちゃって」と、上条の様子に気付いた美琴が訝しげな顔で訊ねた。
上条「え? あ? は? な、何!?」我に返ったのか、あたふたしながら反応する上条。美琴「いや、それはこっちが聞きたいんだけど……何ボーッとしてんのよさっきから?」上条「そ、そう? そんなに俺ボーッとしてた?」美琴「してたけど……あっちのフロアに何かあるの?」チラッ上条「い、いや? 何でもねぇよ!! うん、何でもない!!」美琴「………………」明らかに上条の様子はおかしかったが、いつものことだろうと思い美琴は気にしないことにした。美琴「ま、いいわ。それよりあんたも父親なら父親らしくちゃんと選んでよね?」上条「え? あ、ああ……もちろんだ」美琴「じゃあ、次の所行こっか」麻琴「だぁー!」上から覗き込むようにして、ベビーカーの中の麻琴に語りかける美琴。上条「……………………」そんな彼女の姿を、上条は何かを深く考え込むように後ろからジーッと見ていた。
夜・上条宅――。
テレビ『こちらのカップルは和風結婚を選んだようで……』上条「………………」ボーッ美琴「明日は週末だから、母さんが来るわね」麻琴「あぁー!」夕食後、上条たちは机の前に座って一家の団欒タイムを過ごしていた。美琴「麻琴も楽しみでしょ? お祖母ちゃんに会うの」麻琴「あぁー! だぁ!」美琴「………にしても、うちの母さんがお祖母ちゃんとかやっぱり違和感ありまくりよね……。ただでさえ私の姉に間違われることがあるってのに……」上条「………………」ボーッ美琴「以前も『私この歳でお祖母ちゃんって呼ばれるとは思わなかったわヨヨヨでも麻琴ちゃんが可愛いから許しちゃう♪』とか何とか訳分からんこと言ってたような……」麻琴「むうー」美琴「!」上条「………………」ボーッ美琴「当麻?」ふと、美琴は隣で口を開けてテレビを見つめている上条に気付いた。上条「………………」美琴「当麻」上条「……………………」美琴「当麻!!」上条「え? あ? はい、何でしょうか美琴さん!!!」美琴の声にようやく気付いたのか、上条は肩を大きくビクつかせると驚いたような顔を美琴に見せてきた。美琴「何でしょうか、じゃないわよ。最近あんたやけにボーッとしてない?」麻琴「オーッ」
上条「そ、そうか? き、気のせいじゃないか?」
美琴「…………何かやけに怪しいのよね。ここ1ヶ月、仕事に行く時間も増えてる気がするし。……まさかあんた………」目を細め、問い詰めるように上条に接近する美琴。美琴「浮気してないでしょうね?」上条「は、はあ!? 浮気!? 何でそうなるんだよ!?」美琴「だってあんた、学園都市にいた頃からよく色んな女の子と仲良くしてたじゃない。十分すぎる理由があんのよ」若干、ムスッとしつつ美琴は愚痴るように言う。上条「んな訳ねーだろ。俺にはお前も、そしてこいつもいるってのに」麻琴「あぁー」美琴の胸から麻琴を抱き上げる上条。上条「そんな恋人も娘も不幸にするようなこと、上条さんはしませんのことよ?」上条は、麻琴の両脇を手で持ち、頭上に掲げる。上条「自分の分身とも言える大事な子供を泣かすようなことはしないって。………な?」ニコッと上条は麻琴に向けて笑みを見せる。麻琴「だぁー!」それに答えるように麻琴も笑った。美琴「……本当? 信じていいの?」上条「当たり前だろ? それに仮に俺が浮気なんかしてたら、俺は今頃死んでるよ。お前は常に俺に降りかかってる莫大な不幸を打ち消してるんだからさ。そんな真似してたら俺は今ここでお前と話してなんかいられないよ」美琴「た、確かに……」上条「お前が俺にとって、この世で1番大事な女性であることには変わらない。これは嘘偽りじゃなくて真実だ。それにさ……」グイッ美琴「あ……」美琴の肩を引き寄せる上条。美琴「ん………」そのまま上条は美琴にキスをした。上条美琴「「――――――――」」数秒の沈黙の後、2人は唇を離す。
美琴「バカ……//////」上条「こんな可愛い美琴ちゃんを、俺が自ら手放すわけないだろ?」至近距離で見つめつつ、2人は甘い言葉を囁き合う。上条「そろそろ2人目でも作っておくか?」美琴「………それは……まだ早いよ……」上条「冗談だよ。今の俺にはお前と麻琴さえいれば十分……」美琴「私も……」言って、再び唇を近付ける2人。と、その時だった。美琴「……ん? ちょっと待って」上条「! 何だ?」直前で顔を止める美琴。美琴「……何か臭わない?」上条「え? ウソ? マジで? 俺歯磨きしたばっかなのに!?」思わず上条は美琴から顔を離す。美琴「いや、そうじゃなくて……」上条「ま、まさか………」2人はそのまま、麻琴に視線を向ける。麻琴「ああぁー!!」ニコニコババッと、急ぎ抱いていた麻琴を床に寝かせてオムツを外す上条。上条美琴「!!!!????」美琴「こ、これはっ……!」上条「レベル5の『超脱糞砲(シットガン)』だったか………」麻琴「………」ケラケラケラあまりの臭いに顔をしかめる2人。そんな両親の様子がおかしいのか、麻琴は愉快に微笑む。思わずこれには、上条と美琴も苦笑いを浮かべ合うしかなかった。
上条「にしてもこの子の不意打ちのウンチにはいまだ慣れないな」美琴「臭いも強烈だしね」クスッ麻琴のオムツを代え終え、一息つく上条と美琴。麻琴「………」ンゴキュンゴキュ今、麻琴は美琴から授乳を受けている最中だった。上条「この野郎、俺たちの苦労も知らずに美琴のおっぱい飲みやがって。俺だってしばらく飲んでないのに」美琴「当麻。子供の前で何言ってるの?」上条「おっと、冗談だって」美琴「ったく……」上条「にしてもこの子もワンパクでやんちゃだな」必死になって美琴の胸にすがりつく麻琴を、どこか満更でもないように見つめながら上条は呟く。美琴「まったく、誰に似たのやら?」上条「お前だろ」美琴「あんたでしょ?」恐らくは2人の性格の強い部分を受け継いだと思われる。本人もそれを知ってか知らずか、まだ0歳だと言うのに日頃から元気いっぱいな行動が目立った。上条「将来、どんな子になるんだろうな」美琴「きっと、あんたに似ておせっかいで無茶で話を聞かないようになるんじゃない?」上条「いやいや、どちらかと言うとお前みたいになりふり構わず他の子に勝負仕掛けるようになるんじゃねぇか?」美琴「もう、何よそれ」当人の意思など無関係に、上条と美琴は麻琴の将来を予想し合って親馬鹿ぶりを発揮する。上条「どちらにしろ、将来が楽しみだ」美琴「そうね。ビッグになるのは間違いないかもね」麻琴「………」ンゴキュンゴキュ上条「麻琴、お前は生まれるべくして俺たちの間に生まれてきたんだからな」美琴に寄り添い、麻琴を覗き込む上条。美琴も同様に顔を下に向け麻琴を見つめた。
上条「俺が……美琴も、麻琴も守ってやるから、安心しろ」美琴「元気に育ってね。それが、私たちの1番の願いよ」麻琴「………」ンギョキュンゴキュ2人の言葉が嬉しかったのか、それともただ母乳が美味しかったのか。どちらかは分からなかったが、麻琴はとても幸せそうにしていた。が、事実、この2人の子供として生まれてきた麻琴は、とても恵まれていたのかもしれない。上条「あ……」美琴「ん?」と、そこで何かを思い出したのか顔を上げる上条。上条「そういや明日、お義母さん来るんだよな?」美琴「そうだけど?」上条「お菓子用意してるか? 確か切らしてたろ」美琴「あ、それなら今日隣の山田さんがくれた果物が………って、あれは全部インデックスが食べちゃったんだっけ。2日分はあったはずなのに……」上条「ったく、あいつらしいな。じゃ、ちょっとコンビニでも行って買ってくるよ」そう言って上条は立ち上がり、財布の中身を確認する。美琴「今から? 別にそこまで気を回す必要無いわよ?」上条「いやなに念のためだよ」美琴「そう。なら分かったわ」上条「じゃ、ちょっくら行ってくるわ。すぐ戻ってくるから」玄関のドアを開けながら、上条は振り向きざまに、美琴にそう告げる。美琴「了解~」バタン!美琴が返事をすると、上条は出て行った。
それからしばらくして。授乳も終わり美琴は麻琴を胸の中で抱き直していた。
美琴「あんたもよく飲むわね。こっちはただでさえ小さい胸に悩んでるってのに……」麻琴「……」ケラケラ美琴「こやつ、もしやわざとか? 私が胸の大きさで悩んでるのを知っててわざとやってるのか?」麻琴「……」クスクス美琴「はぁ……あんたらしいわね」美琴「…………でも………」口元に笑みを刻み、美琴は麻琴の柔らかい頬をプニッと押す。美琴「私の胸の大小なんて、あんたの天使みたいな笑顔の前じゃどうってことないわね」麻琴「……」クスクス美琴「一丁前に笑っちゃって。だけど……今からでも思うわ。私、本当にあんたのママになれて良かったって……」麻琴「……」クスクス美琴「当麻は優しいし、あんたは可愛いし……もう、これ以上の文句は無いって言えるほど最高よ?」麻琴「あぁー!」美琴「これからも宜しくね、麻琴」母親らしい笑顔で、美琴は麻琴を強く抱き締める。数々の苦労を経験し、これまでに多くのものを失った美琴だったが、今、彼女は間違いなく幸せの絶頂にあった――。
ドオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!突如鳴り響く轟音。ガシャァァァァァァァン!!!!!!そして室内に飛散する硝子の破片。コオオオオオ………外から流れ込んだ寒風が、温もりに満ち溢れていた部屋を一気に冷やし尽くす。硝子の破片でも当たったのか、電球は切れ、辺りは唐突に暗闇と化した。そんな中………
美琴「…………くっ」美琴は生きていた。胸の中に、麻琴を守るように抱いて。美琴「………麻琴、大丈夫!?」麻琴「うああああああああああああん!!!!!!」怪我は無さそうだったが、麻琴は突然の事態に怯え、泣き叫んでいた。美琴「良かった……」2人が助かったのは、咄嗟に身の危険を察知した美琴が机を楯にして床に伏せていたからだった。かつて学園都市でレベル5の第3位として君臨していた時に培った直感が、彼女に素早く行動を起こさせ、結果母子の身は守られることになったのだ。美琴「誰!!!???」暗闇の中、美琴は風が流れ込んでくる方向に威嚇の視線を向ける。美琴「そこにいるのは分かってるわよ!!」彼女は気付いていたのだ。これが、何者かによる奇襲だということが。ザッ!と言う音を立て、何者かが部屋に侵入する音が響く。パキッ…次いで、硝子の破片を踏みしめる音。確実に侵入者は、美琴たちの元に近付きつつあった。美琴「………姿を、現しなさい!!!!」吼える美琴。麻琴「あああああああああああああ!!!!!!!!」泣きじゃくる麻琴。
その状況を目の前にし、歩みを止めた侵入者は口元を不気味に歪めながら一言発した。「久しぶりじゃねェか、『超電磁砲(レールガン)』?」美琴「!!!!!!!!!!」ゾワッ、と美琴の全身に鳥肌が立った。美琴「(こ、この声は………)」麻琴「あああああああああああ!!!!!!」ただならぬ殺気に勘付いたのか、麻琴の泣き声がより一層大きくなった。美琴「………っ」間違いない。今の声。この殺気。美琴は知っていた。覚えていた。その強大までに恐ろしすぎる怪物の存在を。その余りにも無慈悲な力を。一方通行「よォ……オマエの全てを破壊しにきたぜ」暗闇からその姿を現し、ニヤリと歪んだ笑みを見せる白い悪魔。美琴「………アクセラ………レータ……っ!」その幸せを破壊し尽くすべく現れた最強の敵。その空気に呑まれるように、天国は一転、地獄と化す。美琴は、母親として我が子の命を守り切れるのか。が、一方通行を前に、その可能性はほぼ皆無と言ってもおかしくはなかった――。
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