浜面「そうかもな。でも完全に場馴れしちまう前ぐらいは、いいだろ」
男の方は、その会話でようやく自分の周りに敵がいることを悟った
「く、クソ、餓鬼どもが。こん、なとこぉ、ろで終わらねぇ…ぶっころし、て…る」
最期の力で腰から何か円柱の物を取り出し、自らの左腕に押し当てようとする
浜面「やめとけ」
そういって、筒のようなものの腕に向けられた側と腕の間に開いた手をかませた
意識が朦朧としている男は右手に伝わる筒に何かが当っている感触だけで、左腕に当ったものだと判断し、筒に付いたボタンを押した
浜面「痛ってぇ!?」
手の平に何かが刺さった感覚があった。慌てて筒ごと男の右手を払いのける
何かの薬剤を注入されたようだ。既に全てが浜面の手を通して体内へ入って行った
男の方は既に事切れていた
一体何を打ち込まれたのか分からない
麦野「阿呆ね、最後っ屁くらったの?」
絹旗「だから余計な事しなければ良いんですって言ったじゃないですか。超馬鹿です」
浜面「これってやっぱり毒かな?!マジやっべえ!!」
騒ぎまくる浜面を他所に、麦野が男が持っていた、恐らく注射器のようなものをとる
麦野「あーあ、毒だったとしてもこれじゃ手が打てないわね。なにも書いてないわ」
浜面「うっひょマジかよ? やばいってコレはマジで! 」
絹旗が近づき、額に手を当てる
絹旗「まだ発熱していませんね。異様にテンションが上がってるのもいつもの馬鹿面らしいですし、何を打たれたか分かりませんが早く病院に 行けば助かるかもしれませんよ」
浜面「わ、わかった! 病院だな?! 行ってくる!うおぉぉぉ…」
ものすごいダッシュで、彼は去って行った
(目標地点確認。着弾まで、およそ3分)
(このまま直接、武器供与予定地点に直接殴りこみますよ)
上条(え、さっきまで逆噴射とか言ってなかった?着弾まで3分って、着弾?!穏便な着陸は無いのかよ!?)
(ロケットみたいなものなんですから、着弾の表記で正しいでしょう?)
(ちゃんと逆噴射もします。ただ速度をゼロにするとは言っていないでしょう?)
上条(一種の詐欺じゃね、それ)
見る見るうちに第19学区が近づいてくる
(着地点、補足。逆噴射開始します)
(速度減速2000km/hを確認。今後も段階的速度減速を維持)
急な減速により、上条の視覚ではまるで自分が空中で静止したかのように見える
だが、ペースは遅くなるものの、徐々に目標の建物が近づいてくる
(目標は建物の二階、大広間。このままガラスをぶち破って入りますよ。用意は良いですか)
上条(用意も何も今聞いた!ふざけんな! )
しがみついていたゴミ箱から手を放し、役目を果たしたパイプとゴミ箱と上条がそれぞれ分離する
上条の影響下から離れたそれらは空気抵抗が一気に増大し、それらは後ろへ流されていく
左手を前に突き出して、それ以外の体は小さく丸めて衝撃に備えた
(ガラスに直撃します。物質対消滅、準備)
(発動)
防弾ガラスだったのか分からないが、有る程度の厚みがあったガラスをまず左手が触れる先から脆くなるように消滅させ、上条の減速と衝撃 吸収に回す
当然、結構な光と熱風が発生するが、熱は空気を膨張させて衝撃緩和に回してしまう。光は目立ってしまうがこの際無視だ
だが、それでも勢いを完全に殺すことはできず、大部屋に接地した上条は残った勢いで壁まで転がる
上条「…ぐぇ」
散々な目にあった上条の、今まで我慢に我慢を重ねた末に漏れた声だった
(早く立って下さい。体にそこまでの問題は無い筈ですよ)
さっと立ち上がり、周囲を見回す
上条(あれ、誰もいないぞ?)
そこは何もない、だだっ広いだけの部屋だった
(おかしいですね。ここだと当りを付けていたんですが)
(まぁ、逆に助かりましたけどね。あの突入方法では唯の的でしたし。次からはもっと華麗にお願いします)
上条(次が無いことをひたすら祈るよ。で、どうもここじゃないみたいだが、他にあの大量の武器をスキルアウトに提供することが出来るような所って有るか?)
(次点としての場所ならここから200m北に行ったところにありますが、広さは不十分だと思われます)
(ここは次の日になるとなぜか倒壊、瓦礫も無くなるという徹底した隠ぺい具合でしたからね。次点の場所は最終日にようやく壊れたか、と言ったところです)
上条(どう考えても臭いのはこっちだな、その条件だと。ブラフにしても、それならここを残しておいた方が効果的だし 部屋の出入り口へ向かう)
上条(ここに居ても仕方が無い。次点の所とやらへ向かおうか。しかし、お前らの予測が外れるとは、やっぱりこれは時項改 変の誤差なのかな?)
(そうだとすると、怪しいです)
上条(怪しい?)
(時項改変について、あのアレイスターの言うことを真に受けるとするならば、誤差というものは無いんです)
(星を対消滅させたエネルギーによって、各時項の変更は可能になりました。しかし、それは可能になっただけであって、誰かが何か変化を起こそうとしない限り、起こり得ないハズ)
上条(ということは、俺が行きにビジネスクラスのシートに居たのは誰かが変えたってのか?)
(そうなりますね。あの場に居て、時間移動・改変の事実を知っているのは貴方と彼のみ)
(となると席の変更は彼が行ったことになります。これはあなたを楽させようとしてくれたのかもしれません)
(ですが、今回の武器供与は行為体が彼では無く、CIAとなります)
(CIAがあの状況を作り出してしまったのだから、CIAと彼が繋がっているとは考えにくい。寧ろ対立しているはず)
(もし仮に、前回の武器供与がここで行われていたとすると、CIAは場所を変えたことになる)
(すると、問題が見えてきます。ここを変える理由が見当たらないのです。変える理由があるとすれば)
((前回と同じでは、妨害されてしまうかもしれない、という考えを持ったから、という結論になります))
上条(だとするとなんだ、CIA側にもいるってのか、改変を起こそうとしていることを知っている奴が)
(無論、コレは彼の言った理論に基づいたものですし、教えられた理論が間違いで騙されてる可能性もあります)
(もっと言えば、バタフライ効果のようなもので、私たちには考えられない理由で変更されたのかもしれません。しかし)
上条(大丈夫。要は、気をつけろって事だな。分かったよ)
階段を下り、踊り場で向きを変える
その瞬間、銃弾が上条の左わき腹を掠った。着ていた衣類が裂ける
直撃を避けれたのは、少しだけ反応できたからである
(やっぱりですか)
上条(どうやら、さっき言ってた仮説が正しいかもしれないな)
場所を変更したのは、そこを襲おうとした人間、つまりCIAに対抗する人間を狙うためということだ
(逃げられましたね。気配がありません。相手は相当のやり手かもしれません)
慎重に残りの階段を下る 降り切り、廊下を確認したが気配は無かった
上条(完全に逃げられたか。いや、潜んでるのか)
(どちらにせよ、これは精神的に来ますね。相手にとってかなり有利な状況です)
(ですが、この様子だと、狙ってる敵は少数かもしれませんよ)
上条(だと良いがなぁ)
慎重に慎重を重ねて、正面玄関へ移動する
一番怖いのは横に広い玄関に部分へ繋がる、廊下と玄関の接合部分の角である。上条からは右にも左にも広がっているように見えた
角に差し掛かり、壁にへばり付いて覗き込む
右、クリア。左、…クリア
安堵の息を吐き、玄関へ一歩を踏み出した
((当麻、上です!))
脳内に声が響き渡った。刹那、踏み出した右足で左足を払う
反時計周りに回転しつつ身を倒す。上には矢のようなものを持って、上条へ刺突を図る男が居た
体の回転に合わせ、矢のようなものを左手で払う
左手が敵の持つ矢の攻撃部分へ触れた瞬間、閃光が発生した
両者の中間に近い部分で対消滅により発生した光は、両者の視界を奪う
回転しながら倒れた上条は動きが出来ないが、攻撃側の動きは場馴れしたものだった
頭の中にあるこの場所の構造と自分の今の体勢を考えて、視界の無いままで瞬時に撤退したのだ
上条が視野を有る程度取り戻した時には攻撃者の姿は無かった
上条(助かった。敵は一人だったみたいだ)
(随分と洒落た武器で一撃離脱を狙ってくるような人間です。まともに相手をするには骨が折れたでしょうよ)
(こんなところで時間を取られていても仕方がありません。やり手の暗殺者は怖いですが、先へ進みましょう)
破壊された玄関から建物を出た
男は走っていた
原因は、自分に打たれたであろう、毒の為だ
とうの昔に完全下校時間を過ぎていたので、人が邪魔になることは無い
普段は人と車でごった返す道を車で爆走していた
車の中に居るのは、滝壺とフレンダだけである
フレ「ちょっと、いいの?あの二人置いてきちゃったわけだけど」
声をかけた先の人物は速度を維持することに精いっぱいで、彼女の声は届かないようだ
滝壺「大丈夫。今麦野に電話したけど、そんなに怒って無かったよ」
フレ「つまり有る程度は怒ってたのね。浜面や私がかけてたら違ったんだろうけど」
コレは明日が怖いんですけど、と思いながら、必死な浜面の方を見る
絆や繋がりの薄い暗部組織では有るが、この程度の問題なら許されるだろう。少なくとも、死なない程度には
第7学区の某病院に着いた
確かに、何の毒かわからない上、それが研究者によって打ち込まれたものならば、既存の治療しか原則できないようなその辺の病院では駄目かもしれない
この判断は、間違ってんはいない
フレ「んじゃぁ、行ってきなよ。私は滝壺と待っとくからさ」
滝壺「早く帰れるなら、連絡してね、はまづら。むぎの達を迎えに行けるかもしれないから」
浜面「了解行ってくる!!」
男は車から降りて、病院へ駆けだした
急患用の受付で事情を説明し、診療室に通される
蛙「君が来るとは珍しいね。最近あの子の調子は良いのかい?」
浜面「体晶を使わせてないからな。じゃなくて!今日は俺ですから!毒が」
蛙「ほぅ。毒かい。にしては随分元気そうだけど、いつ体の中に入ったんだい?」
浜面「だ、大体45分ぐらい?言いにくいけど、瀕死の研究者にうたれて… 」
蛙「ふむ……ということは、遅効性の毒や病原菌なのかな?そんな使いにくいものをその状況で使うとは思えないけど」
看護師を呼んだ
蛙「一応、血を採ってみよう。検査結果が出るのはスグだけど、少なくともそれが終わるまで待っておいてくれるかい?」
そう言って、彼は部屋を出た
看護師が手際よく浜面の血を採血していく
「はい、終わりましたよ。部屋の前の椅子で待っておいてくださいね」
言われて、退室した
部屋を出ると、滝壺が座って居た
滝壺「むぎのたちは、もう自分達で帰っちゃったって。フレンダは車の中で寝てるし、様子を見に来た」
浜面「うおぉぉ、次に会う時がめちゃくちゃ怖いな…。今、血採られて調べてもらってるところだ」
隣に座る。もちろん一人分開けてだが
滝壺がその開いたスペース上に身を乗り出して、浜面の額を触る
滝壺「熱は、まだ無いから、案外毒じゃないのかも」
浜面「だと良いんだけどな」
落ち着きがない浜面。まぁ、無理もないかもしれない。打たれたものが遅効性だった場合、いつ自分にその効果が現れるのか分からない
常にロシアンルーレットに参加しているような心境だろう
滝壺「大丈夫だよ」
そう言って、彼女は男の頭を自分の胸と腕で包む
急にそんな事をされて、思わず言葉を失う
暫く抱かれたあと、そのまま膝の上に頭を置かれて、目線と目線が交差する
滝壺「今日は、お疲れ様。結果が出るまでで良いから、休んでて」
浜面「あ、え…?」
少女の方も恥ずかしかったのか、浜面の目を手で覆う。しかしそれには強く力を込めているようには感じなかった
彼女が自分の不安を察してくれたのだろう。そう思うと、取り乱していたのが少し恥ずかしく思えた
そんなことを思っていると、彼の意識は途切れだし、寝息を立て始める
それにつられて、少女の方も意識がまどろみだした
すこしして、診療室の扉が開いた。なかから年配の男が顔を出す
蛙「おーい、結果がでt……ハァ、やれやれ」
その光景を見て、目をつぶり深い息を吐いた
蛙「君、ちょっと手伝ってくれるかい?」
そばに居た看護師を呼びとめる。運ぶように指示を出し、運び先はと聞かれると、
蛙「今日は、いつもの少年の病室は空いていたよね」
いつもの少年は19学区に群がっていたスキルアウトの人波に隠れながら、第二の予想武器供与ポイントへ向かっていた
それほど多くの人がいるわけでもないが、完全下校時刻を過ぎて、かつ平時はほとんど人が居ないこの学区で、これだけの若者がいるのは明らかに異常だった
上条(あの建物なんだよな?)
(ええ、間違いありません。ここからでも出入してるのが分かるでしょう?)
上条(本当に?)
(はい。何か問題でも? )
上条(いや、本当に武器供与されているなら、特にその武器が旧ソ連で大量生産された自動小銃なら、なんで数少ない出てくる連中は特に何も持っていないんだ?)
確かに、建物から出てくる若者には、AK-47を隠し持つような仕草も、隠し持てる物も持っていないものばかりだった
(わかりません。行ってみないことには判断はできませんね)
不安は増える
上条(このまま、あの人口密度の中へ入っていいものかな?)
上条の頭に浮かぶのは、先程自分を襲った者
少なくとも、尋常じゃない身のこなしと、急襲するという技能においては、危険な存在
その存在を放置して、暗殺してくださいと言わんばかりに人が密集している所へ行ってもいいものだろうか?そのように考えるのは自然だ
(では、裏口から行きますか?)
上条(いや、この状況で裏口から行くのは、誰でも考える方法だ。だから、罠のような物が張ってあってもおかしくない)
(同意です。逆にあれだけ人が密集している玄関口ならば、罠は張れません)
上条(やっぱりこのまま紛れていくしかない、か)
近づいてみてわかったが、群れている彼らは列を成そうとしていない。我先に、といった感じで、逆に収拾がつかなくなり非効率な感じがした
(そういえば、疑問があるのですが)
上条(なんだ?)
(今日、この学区で武器の供与があると考えるのはあの逆さ吊りの男も同じのはずです。ならばなぜ、部隊などを派遣していない のでしょうか?)
上条(そうだな。俺が思うには、またさっきの仮説に関係するけど、アイツも分からないんじゃないのか?)
(というと、今日この学区で何が起きるのかということですか?)
上条(そ。敵もアイツも前回の結果を知っていて、さらにお互いが、お互い前回のことを知ってるということを、知ってると仮定すると、ここで何をして、どんな防御体勢が整えるのか分からないだろ?だったら)
(まずは敵の動きを見て、身内の裏切り者を粛正する方が先、というわけですね。ではここへ部隊が送られていない分は)
(内部の裏切、あの理事を始めとした人間が粛清されている、ということでしょうか。確かにあの理事は死んでいるようですし、間違ってはないでしょう)
そう言って、左手がポケットの携帯を取り出す。ニュースの欄には学園都市理事、死体で発見、というテロップが見えた
間違ってはいない。その通りだ。確信は取れない
上条(しっかし、進まねえなぁ。こいつら協調性とかないのかよ?)
(あったら、スキルアウトなんてやって無いのでは?これは偏見かもしれないですが)
そうだなーと思い、列らしきものから人波をかき分けて強引に入る
途中でいかつい兄ちゃんに何度も睨まれたが、気にしない
何とかして地下に降り、この現場が一体何なのか、なぜここまで人がごった返してえいるのかが分かった
ノイジーでクレイジーな音楽が鳴り響く。前方の舞台の上では各自楽器を演奏しながら、パフォーマンスを披露していた
地面に何かの紙が落ちている
『~都市に住まう隠者よ賢者たれ~Chained Magi of the City ゲリラライブ!なんとあのAnGEL DowNも参戦?!スキルアウトよ…』汚れで読めない
上条(これかよ!?確かに広い空間では有るけどさ!)
(そうみたいですね。道理でそういう風体の人間が多い訳です)
(コレでは、部隊によって制圧する必要は無いでしょう。さぁ、ノって無いと浮きますよ)
親指と人差し指と小指を立てた手を挙げ、周りに合わせて適当に叫ぶ
上条(おい!他にこの地区には無いのか?!武器渡せるような所は?!)
(答えは、NOです。いやぁ、やられましたー)
(ゲリラライブなら仕方ないです。ヒャッハー )
上条(ヒャッハーじゃねえよ?!コレじゃわざわざあんな方法で帰る必要は無かったんじゃねえか)
(おかしいですね。出発前にはこんなイベントがあるなんて…)
(途中で抜けるのは止めておきましょう。途中で何が有ってもおかしくは無いですから)
(一応、後ろに下がって壁を背にしましょう。彼に狙われるかもしれないですからね、フォーゥ)
こうなっては仕方がない。楽しんでいるような雰囲気を作って、上条は1時間あまりそこで動かなかった
上条がそろそろ演技にもぐったりしてきたころ、舞台上のギターボーカルが語りかける
「今日はァ!オマエたち良く来てくれたァ!最高のパァフォーマンスをォ、見せれたと思うぜェ!」
白髪では有るが一方通行ではない。ガタイが違う※本当に違います
「こうやってお前らがァッ、ノッてくれたから、サイコーの気分だったぜェ!だからァ今日はテメェ等にィ、プレゼント だァ!」
「受け取れェ!! 出口でェ!俺たちのォロゴが入ったピックをォ配ってるからァ!ズェッタィィ!貰ってくれよなァ!アヂュー! 」
そう言って、バンドグループは楽器ごと消えた。流石学園都市だぜ、と誰も不思議には思わなかった
上条にはキャーとかウォォオとか、指笛の音などであまりよくは聞こえなかったが、何かを配っている事だけは分かった
出口の方では、唯でさえ協調性の無い連中が、グッズがもらえる為になおの事詰まり、中々人が掃けなかった
最後の方まで残るつもりだった上条にとっては、良いカモフラージュとなる
人が少なくなってくると、掏ったサングラスで心ばかりの変装をする
特に何もなかった。普通のライブハウスが、普通に撤収されていく
(……何もないですね。私たちも帰りましょう)
上条(あい。無駄に疲れた気がしてならないけど、帰ろう)
時間がたっただけあって、わりとすんなり出ることが出来、一階の狭い出入り口でもピックを貰うことが出来た
首や手首に巻けるように長く細いチェーンが付いている
左手で受け取り、ロゴを見る。逆三角に矢のようなマークが三本。そのままポケットに突っ込んだ
そしてそのままの足で、自らの部屋へと戻った
目を覚ました浜面に見えたのは、少女の顔だった
目をつぶって、寝息を立てている。その息が、すこし浜面のほほを刺激する。それぐらいの近さだった
声を挙げて飛び上がりそうな自分を何とか殺し、そっと身を起こす
それは無論、彼女を起こさないようにする最大の配慮であり、彼にできる精いっぱいの甲斐性だろう
体をそっと布団からだし、立ち上がる
彼女の方は起きる兆しもなく、上手くベッドから出ることが出来た
時間は7時30分ぐらい。深夜まで動いていて低血圧の人間ならまだ寝ていたい時間帯ではある
音を立てずに、そっと部屋を出る
扉を開けてトイレへ。尿意を掃うためである
蛙「おはよう。昨晩はお楽しみだったかい?」
浜面「うおっ、い、いたんですかい。お、はようございます。あと、何もしてねえですよ!?」
蛙「朝からずいぶん元気だね。うらやましいよ。昨晩は二人とも疲れているように見えたから、空いている病室で寝かせておいたんだけど、いらぬ世話だったかな」
浜面「いや、助かったけど、何も同じベッドにしなくても」
蛙「ありゃ、君たちそういう仲じゃなかったの?部屋の空きが足りなくてね、そうさせてもらったんだが」
浜面「いやぁ、そういう仲というか、まだそんな段階じゃないというか…。あ、そう言えばまだ結果聞いてないんスけど」
蛙「そうだね。じゃあ、こっちへ来てくれるかい」
手でこっちへ、と誘われる。そのまま診療室についた
蛙「はい、コレ」
書類を手渡される。アルファベッドがひたすらつづられており、何が書いてあるのか分からない
浜面「なんスか、コレ?」
蛙「結果だよ。主に毒とか病原体について調べたものの奴のね」
目を細めてみるが、negativeがひたすら羅列されている
蛙「書いてある通り、既知の毒や病原体は無かったよ。DNAに照らし合わせてみたけど、概ね血液は君の自然状態を示している」
浜面が医師の方を見る
蛙「つまり、遺伝子上は君の体に問題は無いってことさ。念の為、今の君を身に来たわけだけど、元気そうだったしね」
そう言って、健康な男児の股間をチラとみる
蛙「ま、元気なのは違う原因かもしれないけどね。なんにせよ正常なのは良いことだ」
既に毎朝のそれは鎮まっていたが、なんと言うか気恥ずかしい
浜面「じゃ、じゃあ、今日は滝壺が起き次第帰ってもいい、ですかね」
浜面の発言を無視するように、医師の口が開いた
蛙「遺伝子上は、正常だ。と僕は言った。この意味は分かるかい?」
これで終わりだと思っていた浜面は、急に顔から笑顔を無くした医師を怪訝な目で見る
蛙「君もこの学園都市の一住人だ。つまり、最低限の個人情報は都市が管理している」
蛙「その中にはね、遺伝子情報も含まれているんだ。そしてコレが今まで都市が持っていたもの。コレが昨晩の君、つまり今の君のものだ」
浜面がさっきまで持っていた書類の中から、二つの紙を出す。無論浜面には分からない
蛙「君は、人間の染色体の数を知っているかい?」
それぐらいは浜面も知っている
浜面「2n=46、だったかな?」
蛙「その通り。いくら強力な能力者であっても誰かのクローンであっても、2n=46に差異は無い。中身はかなり異なるけど ね。でも問題はそこじゃないんだ」
コレ、といい、浜面に二枚目の紙を見せる
蛙「2n=46が人間の定義の一つならば、君は、一体何なんだろうね」
書いてある数字は2n=36000280313424
浜面「うひょ、何だ、これ。いち、じゅう、ひゃく…36兆?!なんだこりゃ、数字バグってる!? 」
蛙「僕もそう思ったさ。何度か計算と検査をやり直したけど、結果は同じ。2n=46までの遺伝子情報は概ね、前の君のものと適合しているけど、2n=47以降に関わる部分は2n=46以内も変わっていた」
蛙「なんの嫌がらせかと思ったよ。遺伝子の圧縮なんて初めて見たしね。ここの技術レベルじゃなければ、ただの染色体異常だろうとして見つからなかっただろうけど。n=25以降のものは全て圧縮されているんだよ。そしてn=24は解凍部門だ」
蛙「解凍されたものも、一つ一つの塩基対数も2億に近くてね。とてもじゃないがここの技術水準でも一朝一夕に君の全ては分からない。元のデータもないし、比較できるものも手元にないんだから、絶望的と言ってもいいね」
蛙「その上性質の悪いことに、遺伝子上にダミー情報も多い。研究者泣かせだよ」
君は ひとしきり話しきり、ふぅ、と息を吐く
浜面「え、えっと、つまり結論として俺はどうなったんだ?」
蛙「簡単に言おう。分からない。それだけだよ。状況的には謎の病原体に蝕まれているのと、さほど変化は無いね」
蛙「恐らく、君が死ぬ様な事になっても高レベルの医療は受けられないものと思っておいた方がいい。特に、放射線を使うものなんかは要注意だ。どうなるかわからない」
浜面「要するに、分からないことだらけってこと、か。オチオチ怪我もできないし、どうしてこうなったんだろうなぁ」
蛙「ま、今はとりあえず元気だから、いいとしようじゃないか。検査入院してもいいが、どうする?」
その時、コツコツ、と扉が鳴る。どうぞ、と言うと、開き、看護師が居た。傍らには滝壺
滝壺「あ、はまづら、いた」
少女が微笑んだ。それだけで、返事が決まる
浜面「このまま退院します」
蛙「そうかい。まぁ、何かあったら全力は尽くすけど、気をつけるんだよ」
医者の返事を聞いて、振り向き、少女の手を取って、部屋を出た
滝壺「なにか、あったの?気をつけろとか…」
浜面「麦野とかに虐められない様に、ってさ。大丈夫。なんでもない」
なんとなく、滝壺の方が見られなかった
禁書「やってらんないんだよ! 」
叫ぶ声が寮内に木霊する。そしてカチャカチャと食器とナイフやフォークが当る音が同様に響く
深夜だというのにこの少女はひたすら食していた
アニェーゼ「それで、なんかわかったんですか?」
やれやれという感じに言った少女へ、暴食中の少女が睨む
禁書「なにもなんだよ!私の知識云々いぜんの問題なんだよ!」
そしてすぐに食卓へ顔を向けて食事を再開する
オルソラ「騎士の皆さんが非常に気を立てていましてね、介入を繰り返されて思うように進まないのです」
オルソラの方をみて、食事中の少女が数回頷いた
ルチア「それで明日も朝から召集が」
禁書「そうなんだよ!…でも多分、何もわからないんじゃないかな」
神裂「というと、時間がどれだけあっても、という意味ですか」
禁書「うん。本当に魔術なのかどうかすらわからないんだよ。具体的な影響もなにもでてないし」
シェリー「騎士連中には影響大みたいね」
シェリーがからかうように笑った
アニ「影響も出てない現状ならなんも問題ねえと思うんですがね。これで何か被害が出たら」
ひたすら食事をしている少女を除いて、全員の表情が暗む。笑っていたシェリーですら真面目な顔をした
フランスの方で、大規模な動きがあったという報告が入って来ていたのだ
海峡を挟んで、軍事的な対立悪化が考えられた。つまり、戦火を交える可能性があるのだ
とくに、あの魔術らしきものが大陸のものと分かった場合は、先制攻撃に出るかも知れない
それ以外にも不穏な情報が、今までにとあるルートより伝わり、蓄積しているのだ
今、全ては、解析にかかっているのだが、この様子では攻撃を主張している連中に押し切られるだろう
緊迫した状態であった