―――――土曜日、13:50―――――
「うわ、早いな!」上条さんがやって来た。私服を着ているので、何だか新鮮だ。うん、やっぱり格好いい!「遅いですよ~。女の子を待たせるなんて、デリカシーに欠けます!」お昼の二時、セブンスミストの前に集合。昨日の夜、メールで取り決めた内容。映画は夕方の部なので、それまで上条さんに買い物に付き合って貰う事にしていた。「10分前に来とけば問題ないと思ったのに……お前いつからここにいたんだ?」「あはは、どうでもいいじゃないですかそんな事~」まあ、上条さんが私を待たせないためには、あと50分は早く来る必要があったんだけどね。ずっと座ってたから腰が痛い……「それじゃ、そろそろ行きましょ!時間は待ってくれませんよ!」上条さんの手を取って走り出す。「そうだな。お、おい、引っ張るなよ」こうして、私達の初めてのデートは始まった。
………………………………
「わぁ~、あれ、可愛くないですか?」小さな熊のぬいぐるみを指差す私。「どれだ?……あのぬいぐるみか?うん……うん、そうだよな。女の子って普通、ああいうのが好きなんだよな。カエルとかないよな」何故か突然上条さんが頷きだした。「?……どうしたんですか?カエル?」「いや、知り合いにな、カエルに妙な執着を持ってる奴がいるんだよ」良く分からないけど、知り合いの女の子の趣味のことかな?「上条さん!」私は、ちょっと怒った声を出す。「は、はい?」上条さんがビックリしてこっちを見てくる。「デート中に、他の女の子の話題を出すのは御法度ですよ?」私は人差し指だけ伸ばした手を前に出し、片目を瞑ってそう言った。
「あ、す、すまん。……ていうか、え?これってデートなのか?」今度は私がビックリする番だった。「デートじゃなかったら何なんですか!?」「いや、薄々感付いてはいたんだけど……」まったく、これだから上条さんは。「もう。あ、今度はあっち行ってみましょう!」「わ、だから引っ張るなって!」女友達と来るときと違って、ずっとドキドキしてる。上条さんが隣に居るのを見る度に、にやけが止まらなくなる。あぁ、やっぱり私、上条さんのことが好きなんだな~、と再確認した。
「ふぅ~、沢山買っちゃいました!」楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもので、時刻は既に四時をまわっている。「上条さんはもうヘトヘトですよ」上条さんは肩をぐるぐる回しながら向かいの席に座った。荷物全部持って貰っちゃったし、ちょっと酷使しすぎたかも。私達は今、映画館前の喫茶店に休憩がてら立ち寄っている。
紅茶を飲みながら一服していると、ふいに上条さんが、あ、そうだ、と言って、袋をガサガサと探り出した。「ほら、これ」「え、これって……」目の前にポンッ、と置かれたのは、私が可愛いと言っていた、熊のぬいぐるみだった。私は一瞬何のことか分からずに、それと上条さんの間に目線をさまよわせる。すると、上条さんが照れ臭そうに、「お前それ、可愛いって言ってただろ?だからまぁ、何というか、プレゼントだ。いや、いらないならいいんだけど」と、言った。
「ほ、本当ですか!?すっっごく嬉しいです!!私、一生の宝物にしますね!」思わず私は人目もはばからず、小躍りを始めていた。そしてこの時、私の頭の中は完全に上条さん一色に、染まってしまった。大好き!上条さん!この気持はもう、抑えきれそうもない。(絶対に今日、告白しよう)私は再び、そう決意した。そして、丁度良い時間になったのを見計らい、私達は映画館へと向かった。
―――――映画館―――――
「わぁ、夕方なのに、人、一杯いますね」「そうだな、結構有名な映画らしいし、仕方ないんじゃないか?」「チケットあって良かったです」空いている席に座って、映画が始まるのを待っていると、前の席に私と同い年くらいの娘と、上条さんより少し年上くらいの男性がやって来た。「何で私がA級映画なんて超見なくちゃならないんですか!私はC級映画を超見に来たんですよ!?」「だからお前はもっと素晴らしい映画を見るべきなんだよ!C級映画ばっか見て笑ってるからそんなひねくれた性格になるんだ!」「超うっさいです!」「おぐっ」うわぁ、女の子のパンチが男の人のお腹にめり込んだ。何だかケンカしてるみたい。もう少し静かにして欲しいなぁ。前の二人のケンカを眺めている内に、映画の予告が始まった。上条さん、この映画を選んだ意味、分かってくれるかな。前の二人は、映画が始まったらずっと静かにしていた。どうやらマナーはきちんと守るみたいだ。
――――――――――――
映画が終わって、私達は映画館を出た。思った以上に感動出来る内容で、まわりの殆どの人が涙している。かく言う私も、涙を堪えるので精一杯だ。上条さんも興奮気味に、感動した所、良かった所をしきりに列挙していた。
でも、肝心の部分には気付かなかったみたい。途中まで、私達と同じなんだよ?まぁ、もう分かってるんだけどね。上条さんには、ちゃんと口で言わなきゃ伝わらない、って事。帰り道で、全部話そう。何で私がこの映画を選んだのかを。何で私があなたと一緒に見たかったのかを。そして、こんなにもあなたのことが好きなんだ、ってこと。
でも、それは叶わなかった。
後ろから聞こえて来た言葉に、頭が真っ白になってしまったから。彼女に悪気があった訳ではないだろうけれど。私にはそれが、「まったく、超つまんなかったです。どうせあいつら超すぐに別れますよ」上条さんと私の事を言われているように、聞こえたから。
気付いたら私は、後ろの娘に怒鳴っていた。「そんなことない!!」って。端から見たら、たかが映画に熱くなってる痛い奴に見えただろうけど。私にはその言葉が、許せなかったから。上条さんとの出会いを、否定されたように感じたから。見ず知らずの娘は、ビックリしてこちらを見ている。「ご、ごめんなさい」私はそう言って、当てもなく走り出した。何故だか涙が、とめどなく溢れ出してきた。
デートだと気付いたのは途中からだったけど、デートは概ね成功したと言える。噴水の前に座っていた、大人っぽく着飾った佐天の姿を見てドキッとして。十分前に来たというのに、デリカシーがないと言われ。他の女の子の話をしてしまい、怒られたりもして。可愛いと言っていたぬいぐるみを買ってあげたら、凄く喜んでくれて。映画を見て、凄く感動した。そう、概ね、である。
余りにいきなりの出来事に、俺は完全に呆けていた。突然、佐天が後ろの娘を怒鳴りつけて、今にも泣き出しそうな顔で走り去ってしまったからだ。訳も分からず、俺は立ち尽くしていた。後ろの娘はビックリしながら俺に謝っている。「な、何かわかんないですけど、超、すいません」いや、俺にも何が何だか分からない。
二人してオロオロしていると、女の子の隣の男が話しかけてきた。「なぁ、あの娘の怒り方、尋常じゃなかったぞ?何か映画に思い入れでもあったのか?」映画に?いや、そんな話は聞いた事がない。「じゃあ、さっきのやつの内容、とか?」内容?確か不良に絡まれた女の子と、それを助けた男の子の話。「なぁ、お前らが出会ったのって、もしかして……」俺と佐天の出会い?ファミレスでの自己紹介?いや、違う。その前に…………っっっ!!!そこに思い至った瞬間、俺は佐天を追って走り出していた。俺は、バカだ。全てが繋がった。土御門の言葉。佐天がこの映画を選んだ理由。佐天が俺と来たがっていた理由。佐天が怒った理由。そして、疑問が確信へと変わっていく。しきりに俺に彼女がいるか聞いてきた。何故?毎朝、毎晩、メールを送って来た。何故?わざわざ学校まで、俺を迎えに来た。何故?それはつまり。「佐天は……俺の事が」気付いたら、笑ってしまうほど簡単な事だった。というより、何故今まで気付かなかったのか。
やっと全てを理解した俺の中で、彼女への思いがどんどん膨らんで行く。「佐天」彼女の事が、とても愛しく思えた。「佐天!」ぬいぐるみを渡した時のあの屈託のない笑顔が、また見たいと思った。「佐天っ!!どこだ!?」もう彼女の姿は見えない。だけど、今もまだどこかで泣いているであろう彼女の事を考えると、俺には足を止めることなど出来るはずもなかった。
「……超、悪いことしちゃいました」「まったくだ。目当ての物が見えなかったからって」「超反省してますって……」「嫌味は俺だけに聞こえるように言えよな」「……超うるさいです、バカ面。元はと言えば、バカ面が、こっちを、見ようとか、超、言い出さ、なければ、こんな、ことには、超、ならなかった、んですっ」「俺のせいかよ!?」「……あー、……ハァ、ほら、涙拭け」「じりまぜん」
公園のベンチで、ぬいぐるみを抱えて丸くなっている佐天を見つけたのは、それから30分後の事だ。既に俺の足はパンパンになっており、もはや気力だけで走り続けていた。荒く息をし、足を引き摺りながら近付いていく俺。佐天はその音に気付いたのか、ピク、と体を動かし、顔を上げる。
その顔は、泣き腫らしてグシャグシャになっていた。俺を見据え、力無くニコ、と笑い、震える口で、話しかけてくる。
「ごめんなさい、ぬいぐるみ、ぐちゃぐちゃになっちゃいました」そんなもの、また幾らでも買ってやる。「あはは、私、気持ち悪いですよね。只の映画にあんなに熱くなっちゃって」そんなこと、思うはずがない。もう俺には全部、分かっているから。「せっかくのデートだったのに、私、台無しにしちゃってっ……でも、私っ、悔しくて、悲しくてっ……うぅ……」だから、もう、泣かないでくれ。
気付いたら俺は、佐天を抱きしめていた。「わああああああん」俺の胸で、佐天はまた、大声で泣き出す。その華奢な体は、夜の風に吹かれ、冷たくなっていた。その体を暖めるように、優しく、優しく、抱きしめる。彼女の全てを包み込むように、優しく。
彼女が泣き出してからどれくらいたっただろうか。ようやく落ち着いた佐天の隣に、俺は腰かけた。「ごめんな、気付いてやれなくて」「ううん、上条さんは、悪くないです」いや、どう考えてもまったく気付かなかった俺が悪いと思うんだが。「だって上条さんって、そういう人ですもん」何だと?ニカ、と笑いこちらを振り向く佐天。うん、いつもの佐天に戻って来た。元気で、年下のくせに憎たらしくて、だけど可愛い、俺の好きな女の子に。あはははは、と二人の笑い声が夜の公園にこだまする。
………………………………「もう、遅くなっちゃいましたね」時刻は既に、八時をまわっていた。「そろそろ、帰りましょうか。私、何だか疲れちゃった」まだ赤みの残る瞳を擦りながら、佐天は言った。「そうだな、……家まで送ってくよ」「大丈夫です。私、そこのアパートに住んでるんで」「それでも、だ」そう言って、上条と佐天は立ち上がる。そして、どちらからともなく手を繋いだ。二人とも、決してこの人を離すまい、と、心に誓いながら。
「それじゃ、おやすみなさい」玄関に着いた所で私は、ぱっ、と手を離し、言った。これ以上手を繋いでたら、ずっと一緒にいたくなっちゃいそうだったから。「ああ、おやすみ……っと、そうだ。これ」上条さんが取り出したのは、最近オープンした遊園地のチケットだった。
「今日の映画は佐天に誘って貰ったし、そのお返しってことで」二枚のうちの一枚を、私に差し出してくる。私に少しだけ、イタズラ心が芽生えた。「私なんかとより、友達と行った方が楽しいんじゃないですか?」フフッ、と私は笑う。上条さんは、一瞬呆気に取られたような顔をしたけれど、「お前と一緒に、行きたいんだ」って、言ってくれた。
こうして、上条さんと私の心がグッと近付いた初めてのデートは、笑顔と共に、幕を閉じたのだった。
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