仁科「で、お前は何が欲しい?」上条「………………」正面に座る仁科がニヤついた顔を見せ訊ねてくる。あまり気味の良いものでもなかったが、上条は今死んだばかりの髭男が直前までに座っていた来客用の椅子に腰掛けた。黒服「こっちだ。しっかり持て」黒服「おう」視界の端には、開かれた扉から髭男の死体を運んでいく2人の黒服の姿が見えた。仁科「ああ、あれ? つまりはそういうこと。俺たちは金も払って契約書にサインした奴にはちゃんと必要なものを提供するが……ルールを破った奴には容赦しない」得意げに仁科は語る。仁科「これが俺たちの世界だ」上条「………あの人は……ただ逃げたかっただけなのに……」扉の向こうに消えていく髭男の死体を見て上条は同情するように呟く。仁科「ガキが知ったかぶってんじゃねぇ。それ相応の覚悟をしてもらわないと、こっちだって助けてやれねぇんだよ」上条「………………」上条は横目で窺っていた仁科に顔を戻す。仁科「死んだ奴のことは忘れろ。次はお前の番だ。お前はどういう事情でここに来て、一体全体何が欲しい?」髭男のことなど既に意識の外だったのか、仁科はもう仕事モードになっていた。そんな彼の顔を見て、一瞬躊躇を見せた上条だったが、今更こんなところで引き返すことも出来なかった。上条「とある1人の女の子と一緒に訳あって逃亡してる。出来るのなら俺とその子の替えの服をそれぞれ一着ずつ、後は学園都市から『外』に確実に逃げられるルートを教えてほしい」仁科「ほほう! 憎いねこの色男! 駆け落ちでもしてんのか!?」上条「………………」上条の話を聞き、仁科がちゃかしてきた。
帽子で顔を隠しているが、間違いなく監視カメラに映ったその部屋にいるのは美琴だった。もう1人、同じ部屋に誰かいるようだがその顔には見覚えがあった。上条「あの女は……」仁科「くひひ……」ついさっきまで、仁科の隣に座っていた『綾子』と呼ばれた若い女だった。上条「!!!」不意に、映像の中の美琴が顔を上げたかと思うと、画面越しに上条と目が合った。無論、向こうはこっちのことなど見えていないが、上条はそれで確信した。間違いない――確かに彼女は美琴だ。上条「お前っ!!」ギロリ、と上条が仁科を睨む。警戒した黒服が懐に手を伸ばす。仁科「まあ落ち着けって」上条「ふざけるな!!! どうしてあいつが映っているんだ!!??」上条は激昂するが、仁科は相変わらずニヤニヤと笑っているだけだった。仁科「なんだ、あれがお前の女だったのか。いやな、店の前でウロウロしてたガキがいるってもんだから、部下が見にいったのよ。そしたらあのガキ、いきなり部下を蹴り飛ばして怪我負わせやがったらしくてよ。だからまあ、責任とってもらうためにちょっと連れてきたんだよ」上条「違う!! どうせお前らの部下が無理矢理御坂を連れていこうとしたんだろ!!?? そうに決まってる!! お前……俺がここにいる間に、自分の部下を使って御坂を探させてたな!? あらかたさっき部屋の外に出てたのも御坂の姿を確認するためだろ!!!」仁科「俺は部下からの報告をそのまま伝えただけだが?」上条「教えろ!! 御坂はどこにいる!?」血気迫った顔で訊ねる上条。対して仁科はこの状況を楽しむように答えた。仁科「さあ?」
上条「御坂はどこにいる!?」仁科「さあ?」仁科の胸倉を掴み、上条は血走った目で問い詰める。黒服の男たちが拳銃を向けてきたが上条は気にしていなかった。上条「言え!!」上条が知りたいのはただ1つ。美琴の居場所だ。仁科「そこまで大事なら自分で探してみればいいんじゃないか?」上条「………っ」バッ仁科「おっと……」仁科から手を離す上条。扉に近付いた上条は目の前に立っていた黒服に叫ぶ。上条「どけ!!」言われ、黒服は道を開ける。上条「御坂!!!!」そして上条は目にも止まらぬ速さで部屋を出て行った。黒服「宜しかったのですか?」黒服が上条の背中を見送り訊ねてきた。仁科「いいんだよ。こうした方が面白い」仁科はニヤニヤと笑ってそう答えた。
美琴「きゃっ!!」ドサッ床に転倒する美琴。奇しくも彼女は、上条がたった今発見したばかりの人だかりの中心にいた。美琴「ううっ……あっ!」「もう1回立とうよ」グイッ床でよろめく美琴を、1人の不良が無理矢理立ち上がらせ背後から彼女の両腕を掴む。美琴「や、やめて……」「ほら、パース!!」美琴「きゃっ!」「ナイパス!!」不良が美琴を勢い良く離すと、向かいで待機していたまた別の不良が彼女を受け止めた。「顔見せてみんなの前で自己紹介したらどう?」美琴「は、離し……あっ!」「そっち行ったぞ!」再び勢いをつけて美琴を手放す不良。そして、その先で彼女を受け止めるまた別の不良。「へいへいへい!」美琴「やめっ……」「ナイパス! おら、今度はこっちだ!」美琴「痛いっ」「キャァッチ! おらよ!」美琴「もう止めてよ……」不良たちは、まるでボールを投げ合うように美琴の華奢な身体を弄ぶ。そして彼女が不良たちに受け止められる度に、野次馬から歓声が上がるのだった。
ゴリラブタ「まさか君があの御坂美琴とは思わなかったよ~ん ハァハァ」美琴「黙れ!」ゴリラブタ「あ~怖い怖い。ハァハァ」ゴリラブタの美琴の腕を掴む力が強まる。ゴリラブタ「駄目だよ、おイタなんてしちゃ。取り敢えずこれからも悪さをしないように今ここでお仕置きしちゃおっか~ ハァハァ」ワキワキとゴリラブタが美琴の身体の前で不気味に指を動かす。美琴「くっ……」ゴリラブタ「な~? みんなもこの子にお仕置きしたほうがいいと思うよな~? ハァハァ」「そうだそうだ!!」「やれやれ!!」「俺たちよりクズな人間がどうなろうが知ったこっちゃないぜ!!」口々に叫ぶ野次馬たち。それを聞き、頷くゴリラブタ。ゴリラブタ「全会一致。じゃ、いただきま~す!!」ゴリラブタの太い手が美琴の身体に近付く。美琴「…………っ」上条「御坂!!!!」美琴「!!??」と、その時だった。上条「御坂!!!」彼女の名を呼ぶ声がどこからともなく聞こえた。
仁科「あれは……」上条「離れろ!!!!」髪もボサボサになり、服もヨレヨレとなった姿で上条は野次馬たちにその物体を向ける。その手に握られているもの。それは………上条「近付くと撃つぞ!!!」先程上条が仁科から貰い受けた拳銃だった。仁科「………………」野次馬たちが後ずさり、どよめきが起こる。上条「!?」と、上条は野次馬を掻き分け拳銃を手にした黒服たちが近付いてくる姿を視界に捉えた。上条「こっちに来るんじゃない!!!」綾子「ひっ!」咄嗟に上条は、野次馬の中に綾子を見つけ、彼女の身体を引き寄せるとそのこめかみに拳銃をつきつけた。仁科「あの野郎……」それを見た仁科の顔に怒りの表情が浮かぶ。
上条「ドアを開けてくれ」美琴「分かった」ガチャッ…言われ、美琴はドアを開ける。美琴「開けたよ」上条「店を出たら一気に走るぞ」美琴「うん……」上条「よし」と、そこで上条は仁科に向かって叫んでいた。上条「俺たちを助けてくれたことだけは感謝してる!!」仁科「………………」上条「それだけはありがとう!!」仁科「………………」仁科から返事は返ってこなかったが、これ以上この場に留まっていても何の得もなかったので、上条はこれで店を出ることにした。上条「………………」上条と美琴はゆっくりと外に出る。上条「走れ!!」美琴「うん!」店を出たと同時、全速力で走り始める上条と美琴。2人は暗くなった夜道を突っ切る。上条「………………」そんな中、上条は1度後ろを振り返った。『DAMON'S NEST』の看板が禍々しく光を放つのが遠くに見えた。
パシン!綾子「きゃぁっ!!」頬を平手打ちされ、綾子は冷たい床に転がった。仁科「ったく……間抜けにもあんなクソガキに人質に取られてんじゃねぇよ!!」綾子「だ、だって……」仁科「うっせぇ!!」綾子「ひっ」上条と美琴が店を去ってから約15分後。一通り騒ぎも静まり、店内は何事もなかったように再び活動を始めていた。つい先程、上条が拳銃をぶっ放したと言うのに、客たちはそんなことも既に忘れているのか、ホールで踊っている。仁科「恥かかせやがって……」そんな中、仁科は綾子を叱責していた。理由は、不覚にも上条に人質として取られたことだった。綾子「あ、あた……あたし……」頬を抑えながら綾子はびくびくと仁科を見上げる。仁科「次はねぇからな?」綾子「………………」もう罰は終わり、と言いたげに仁科は顔を背けた。仁科「分かったら上の部屋で休んで来い」綾子「…………あ、うん………」ヨロヨロと立ち上がり、仁科の顔を一瞥すると綾子はその場から離れていった。若い男「宜しかったのですか?」仁科「あん?」と、そこへタイミングを見計らったように1人の男が近付いてきた。上条が店へ来た時に話しかけたボーイ姿の店員だった。仁科「あれでも俺の女なんだ。そうきついことは言えねぇ」若い男「いえ、そうではなく……」
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