学園都市のとある置き去り(チャイルドエラー)の初等教育施設。音楽の授業中、ダイナミックな動きでカスタネットを叩く児童を教師が褒める。
「唯ちゃんはカスタネットお上手ね~……あら?」
教師は目を疑った。唯と呼ばれた少女がカスタネットを叩くたび、音符が具現化してふわっと浮いてくるのだ。教師が音符に触れてみると、ぷにっとした感触があった。幻ではない。音符はしばらくするとスーッと消えていった。
「ゆ、唯ちゃん、これどうやって出しているの?」
「えーっ、わかんないよ。でもたのしいよ!」
「……もしかして、能力に目覚めたのかしら?」
後日、教師は唯にさまざまな楽器を弾かせてみた。いずれの場合も、唯が楽しんで演奏していると音符が現れる。その中でも、ギターを特に気に入ったようなので、教師は唯にそのギターを与えることにした。
それから唯は家でギターの練習を続け、みるみる上達していく。今日は友達と妹の前でお披露目だ。
「みてみて~、うい、のどかちゃん! じゃかじゃん♪」
ギターからカラフルな音符がたくさん飛び出す。初めのころに比べ、音符の量とバリエーションは格段に増している。
「おねえちゃん、すごいよ!」
「すごいわ、唯。どうやってるの?」
「ん~、よくわかんないけど、たのしいとででくるんだよ!」
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一方、この不思議な能力は身体検査(システムスキャン)ではエラーとなり、正しく測定できなかった。精密な測定のため、放課後に研究所に通う日々が続く。しかし、いかなる測定法をもってしてもその本質をつかむことはできなかった。
「はい唯ちゃん、お疲れ様。今日は終わりだよ」
と、研究者の男性が優しく告げる。
「はーい、さようなら!」
バタン、と扉が閉じるのを確認すると、研究者の優しい笑顔が消え、同僚の男に粗暴な口調で話しかけ始める。
「おい、どうするあのガキ。このままじゃいつまでたっても能力を解明できねえぞ」
「おそらく原石だろうね。もっと突っ込んだ人体実験でもしないかぎり、今のぬるっちい実験じゃわかりっこないさ」
「だがどうする? 置き去りとはいえ、一応まともな施設に入ってんだ。障害が残ったりしたら問題になるぞ」
「……仕方ないな、強行手段に出るか」
ある朝、ギターを背負って登校中の唯の前に研究者が現れた。
「おはよう、唯ちゃん」
「あ、けんきゅうじょのおじさん!」
「ちょっと、来てくれるかな? 急遽確認したいことがあるんだ」
「え、でもがっこうが……え?」
研究者の表情がいつもの優しい笑顔から引きつった醜い笑顔に変わっていき、それに気づいた唯は恐怖を覚える。
「いいんだよ、唯ちゃん……もう学校には通わなくていいから」
研究者が一歩、また一歩と迫ってくる。
「い……いや! こないで! だ、だれかたすけむぐっ」
唯が逃げ出そうとするが、すぐさま麻酔薬を嗅がされ、意識を失った。
「これでよし、と。 へへへ、このガキはここで誘拐されたんだ、あくまで俺らとは別の単独犯によって、な」
研究者たちは、唯が誘拐事件によって行方不明になったことにし、研究所に唯を監禁することで非道な人体実験を行おうとしていた。
研究所のとある部屋に運び込まれた唯が目を覚ますと、すでに頭には無数の測定器が取り付けられていた。目の前には愛用のギターも置かれている。
「……ここは、どこ?」
唯があたりを見回していると、部屋に取り付けられているスピーカーから音声が響く。
『おっ、起きやがったか。さあ、さっさとギターを弾け。実験を始めんぞ』
ガラス越しに、隣の部屋に研究者が見える。がらりと態度が変わった研究者を見て、先ほどの恐怖が呼び起こされる。
「い、いや! やめてよ……おうちにかえして!」
『うだうだ言ってねえでさっさとしやがれ!』
「うう……ひっく……うい……のどかちゃん……たすけてよぉ」
『チッ……』
痺れをきらした研究者が扉を乱暴に開け、唯のいる部屋へと入ってきた。
「このガキ……痛い目に遭わないとわかんねえみたいだな……」
その手には、スタンガンが握られている。
「さあ……おとなしくしな」
「こ、こないで…… おねがいギー太、たすけてぇぇっ!!!」
恐怖で混乱した唯は、叫びながらギターを思いっきりかき鳴らす。すると、ギターからどす黒いオーラが噴出し始めた。
「な、なんだと!?」
「こないでこないでこないでぇぇぇっ!!!」
唯が連続でギターを弾くと、ギターから無数の黒い光弾が発射される。光弾は着弾すると同時に爆発し、壁に穴を開け、ガラスを粉々に割り、研究資材を大破させた。部屋の中がけたたましい騒音に包まれる。
「ぐはあ……!」
光弾を腹に受けた研究者は、内臓に致命傷を負い、その場で絶命した。
「何事だ!?」
爆発音を聞きつけた他の研究員たちが集まってくる。研究員たちは、めちゃくちゃに破壊された実験室と、倒れている同僚を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「な……こいつ、こんなに強力な能力を隠してやがったのか……捕まえるぞ!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!」
再び唯が激しくギターをかき鳴らすと、今度はあらゆる方向に黒いレーザーが発射される。レーザーはいとも簡単に壁、天井、床を、そして数名の研究員を貫いた。
「くそっ……対能力者用の装備を持って来い!」
研究員たちが一旦退く。その隙に、唯は壁に空いた小さな穴から外へと逃げ出した。
「はあ、はあ……おうちに、かえらなきゃ」
しかし、周りの光景に見覚えがない。どうやら、いつも通っているところとは別の研究所に連れてこられたようだ。
「ここは…どこ!?」
そうこうしてるうちに、研究所の壁が爆破され、駆動鎧(パワードスーツ)に身を包んだ研究員たちが外へと出てくる。
「見つけたぞ……待ちやがれ!」
「ひっ……!」
唯は道もわからないまま、ギターを弾きながらがむしゃらに駆け出す。後方へと発射される光弾が、研究者たちの進路を妨害する。
「くそっ、てこずらせやがって!」
唯は建物の隙間の細い道へと駆け込んだ。そこは駆動鎧が一体ぎりぎり通れる程度の幅であり、唯が発射した光弾が建物の壁を破壊し、瓦礫が進路を塞いだ。
「ちっ……そう遠くまでは逃げられまい、回り込んで探せ!」
駆動鎧たちは思い思いの方向へと四散していった。
「ここ……どこ……もうあるけない……」
薄暗い路地裏にて、疲れ果てた唯が壁にもたれかかって座っている。
「うい……ぐすん」
唯が絶望しかけたそのとき、物陰から一人の少年が現れた。
「お前、いい能力もってんな。見させてもらったぜ」
「だれ……?」
「あの研究者の連中とは関係ないから安心しな。 なあ、奴らはもうこのあたり一帯を取り囲んでる。お前が見つかるのも時間の問題だ。 捕まったら、酷い人体実験の日々が待っている。死んじゃうかもなぁ?」
「そこで、だ。俺たちの仲間にならないか? 俺たちは強い。仲間になってくれたら、あいつらを蹴散らしてやる。 それに、俺たちはお前を実験台にしたりはしない。ただお前のその能力で、俺たちの仕事の手伝いをしてほしいんだ」
少年はわざと恐怖を煽るような言葉を使い、唯を追い詰め、仲間になるように誘導する。この少年は学園都市の暗部に身を置く者であり、唯の持つ能力を利用しようとしていた。
「どうだ?」
少年が手を差し伸べる。決して触れてはいけない、魔の手。しかし、憔悴しきった唯に考える力は残されていなかった。
「おねがい……たすけて」
唯がその手をつかむ。かくして、唯は一度入ったら二度と戻って来れない世界へと足を踏み入れた。
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