一方通行がお絵かきコーナーに押し込まれているころ、美琴はひとり化粧室の大きな鏡の前で顔に両手を当てていた。幾らか熱さは引いたものの依然として顔は赤い。大丈夫、あのプリクラを見ても当麻は何にも思わない。私はただ一人相撲してるだけ。頭を撫でてくれたのもいつもの考えなし!! そんなネガティブな事を考えて気を紛らせる。やってて少し悲しくなるが、大分落ち着いた。 ふぅ……と息を吐き深呼吸する。思わず逃げてきてしまったが、今頃佐天たちはプリクラに色々書いている頃だ。少し想像する。一体誰が書いているんだろうか。一番無難なのは佐天中心にみんなで。それなら外れる事は無いだろうし、かわいいものが出来あがるはずだ。しかしそれだといつも通りで面白みに欠ける。もし当麻と一方通行が書くんならどんなものが出来あがるのだろうか。当麻は、割と慣れてそうだが、一方通行が書くとしたら……「ぷはっ」 想像して思わず噴き出す。あの仏頂面がカワイイ文字でカワイイ事書いてたらどうしよう。ハートとか使ってたら、それはもう爆笑ものだ。「ま、あり得ないけどね」 顔が元に戻ったのを鏡で確認し、化粧室を出る。出てすぐに先ほどのプリクラの機械は見えるのだが、当麻と佐天はお絵かきコーナーから出ており、代わりに一方通行の姿が見えない。まさかと思いながら、二人に駆け寄る。お絵かきコーナーのカーテンの下からは見覚えのある男物の靴が見えていた。「一方通行は?」 「お前トイレ長かったなー。便秘か?」 取り敢えず当麻の頭を叩く。スパ――ンと、いい音が響いた。「一方通行さんなら今、奮闘中ですよ」「あ、マジでアイツが書いてるんだ」 これはかなり期待だ。無難には絶対まとまらない。美琴の口が思わず弛む。出来あがったのが変だったら思いっきり笑ってやろう。もし可愛く出来てたのならニヤニヤしながら茶化してやろう。そんな事を考えていると、お絵かきコーナーのカーテンが開き、一方通行が中から出てくる。「どうでした?」「どうもこうもねェよ。三下の言った通り適当だ。つーか時間足ンねェンだよ。三枚中二枚しか書けなかったぞ」 適当に書いたのに二枚しか終わらなかった。コイツ結構楽しんでやってたなと、美琴にはそれがまた可笑しい。歯の間から笑いが漏れる。「ンだよ」「な、なんでもない……フフッ」 一体どんな顔で書いてたんだろうか。これなら化粧室になどに逃げずに踏みとどまってれば良かった。そして写メ、もしくはムービーでその映像をおさめたかった。爆笑間違いなしだ。変な笑いのツボに入った美琴は無理やり口を閉じる。笑うのはもう少し、変なのが出来あがった後に。 カタンという音と共に受け取り口に出来あがったプリクラと用紙が落ちる。プリクラは裏返しで出てきたため、まだ中身は見れない。一方通行が二つを取り出す。「ン? なンだこの紙」 プリクラと一緒に出てきた紙には携帯電話で読み取るQRコードが記載されていた。「ソレ読みとったら携帯にプリクラの画像取り込めるんだよ。ま、会員しかダメなんだけどな」「私会員に入ってるんで後でメールでみんなに画像回しますよ」 佐天さんグッジョブ! これで一方通行作のオモシロ画像を永久保存できるわ! 笑いをこらえながら、美琴は佐天に向けて親指を立てた。いきなり親指を立てられた佐天は、訳も分からず首をかしげる。「で、こっちがプリクラだな。さっきも言ったけど三枚中二枚しか落書きしてねェから」 一方通行が手に持ったプリクラをひっくり返そうとする。すると当麻の手が伸びそれを静止させた。「なンだよ?」「どうせなら切り分けてからみんな一緒に見ようぜ。一方通行向こうで四等分に切ってきてくれよ」「それいいですね」
めんどくせェとごちりながらも、一方通行は素直に鋏の置いてある台に向かった。もうそれだけで笑いのツボに入った美琴には面白い。「ほらよ」 四等分して、縦に細長くなったプリクラをちゃんと裏返しで三人に配る。もしかしたら一方通行も初落書きのお披露目が楽しみなのかもしれない。「よし、せーので見るぞ。……せーの!」 当麻の合図で一斉にプリクラをひっくり返す。一番上は美琴が帯電して、白い発光体になっている時のものだった。美琴の茶髪は不自然なほど金色に塗られていて、一方通行の手書きであろう吹き出しには『クリリンのことか――!!』と書き込まれてていた。「あははははははははっ!」 一方通行の全てがツボに入っている美琴は、自分が変な風に改造されたにも係わらず今まで堪えていた分もあわせて爆笑する。それを見た一方通行は満足そうに鼻を鳴らす。流石に笑いすぎだとは思うが、滑るよりは全然いい。「うーん。十点!」「じゃあ私は五十点ぐらいで」「うっせェな! 点数付けてンじゃねェよ! あと三下は低すぎンじゃねェのか!?」 ただ、佐天と当麻にはイマイチだったようで厳しい点数が返ってくる。世間は全てが上手くいくほど優しくはないのだ。「ていうか字、綺麗だな。ちょっと意外だわ」「そォか?自分じゃわかンねェな」 プリクラとは関係ない所で褒められる。悪い気はしない。ただもうちょっと高得点が欲しかった。「二つ目はこれですか。一方通行さんナイスチョイスです!」「つーか使えそうなのがコレぐらいしかなかったンだよ」 中段は当麻と美琴が抱き合っているシーンだった。これは何も書かれずに写真そのままだ。美琴は笑い過ぎでヒーヒー言っていたが、突然「うっ」と息を詰まらし静かになった。その目はプリクラに釘付けだ。
「なんかこうやって見るとめちゃくちゃ恥ずいな」 当麻の言葉に美琴は顔をあげる。確かにこれはかなり恥ずかしいが、ココで黙っていてはこの状態を肯定したようで尚の事恥ずかしい。美琴は半ばやけくそ気味に牙をむく。「は、恥ずかしいなんて言ってんじゃないわよ。アンタから抱きついて来たんだから!」「あれは一方通行が蹴ってきたから仕方なくだっての。それに今にも電気飛ばしそうだったし、実際俺が触らなきゃやばかっただろ?」「じゃあ触るだけで良かったじゃない! アンタ私をギュッてした! 頭も撫でた!」「それはお前が怒ってると思ったから落ち着かせようとしたんだろうが! ほら、ムツゴロウさんもテレビで良くやってるじゃん! ドウドウって!!」「アンタ、私を何だと思ってんのよ!?」「あーもー! ちょっとハグしたぐらいで騒ぎすぎだって!!」「ちょっとじゃないわよ! 結構強かったもん!!」「んな訳ないね! んな訳ないね!!」「二回も言うな!」「というかですね!? そもそも御坂が鳩尾当ててこなけりゃ……」「む――――ね――――!!」 また痴話喧嘩か……一方通行は呆れるが、その横で佐天はニヤニヤしていた。ところ構わずじゃれる二人を見て楽しんでいるのか、単純にじゃれる相手がいるのが羨ましいのか。 「ていうか後にしようぜ!? 今はプリクラだプリクラ!」 当麻が美琴の唇を親指と人指し指で挟んで強制的に黙らせる。このままじゃ埒が明かないし、なにより店に申し訳ない。当麻がソロリと周りを見渡すと結構な人数の客の目を引いていた。UFOキャッチーの陰からは店員が迷惑そうな顔でこちらを睨んでいる。 当麻が自分の唇の前に人差し指を立て、『静かに』とジェスチャーをする。美琴は口が動かせない分、頬を膨らませて抗議するが状況を察したのかすぐにコクリとうなずいた。
「さて、悪いな一方通行。早速続き見ようぜ」「お前らは一生じゃれてろ」「じゃれてないわよ!!」 大声を出した美琴の口を当麻が塞ぐ。またかよ……と店員が溜め息をついているのを見て、当麻は申し訳なさそうに頭を下げた。「私先に見ちゃいますよ? あっ最後のは結構書きこんでますね」「一番最初に書いたからな。ってかそれに時間くっちまったンだわ」 最後の一枚は当たり前だが最初に撮った唯一まともな写真だった。例の美琴がはっちゃけちゃったシーンである。それには四人に被らないように『ダブルデート』と今日の日付けが書かれている。四隅には星のスタンプが散りばめられていてカワイイ雰囲気を醸し出していた。さらに当麻・美琴、一方通行・佐天の間にはハートのスタンプが付け加えられている。「おー! やればできるじゃないか!! すごいプリクラっぽい! 百点!!」「完璧ですね! 私も百点です!」「……まァな」 結構考えながら書いたし、自信作でもあったから百点は単純に嬉しい。褒められる事に慣れてないためか、身体がムズムズする。本当なら拳を突き上げ「ヒャッホウ!!」と飛び跳ねたいがそんなキャラじゃない。結局表情は変えずに、いつも通りの声で受け答えた。 そんな照れ隠しをしている一方通行の横で、美琴は期待通りになったはずなのに茹でダコ状態だった。 * * * プリクラを撮った後、混雑を避けようと少し早目の昼食をとる事にした四人は地下街の一角にある飲食店街を散策していた。飲食店街には気軽に入れるファストフード店から学生には無縁そうな高級店まで軒を連ねている。
「どこ入ンだよ?」 昼食は一方通行の奢りとなっている。一方通行は「金は気にすンな」と言うが、真に受ける訳にもいかないので当麻と佐天は入る店を決め切れずにいた。「あそこで良くない? なんか空いてそうだし」 美琴が見ていたのは雑誌に何度も記載され今注目を浴びているレストランだった。ただ一般の学生には逆立ちしても払えない様な金額をブン取る超高級レストラン……らしい。らしい、というのは雑誌にランチやコースの料金は表記されず、なぜかネットにも上がらないため、試しに立ち寄った学生が手痛い目にあった。という噂からしか料金を推測出来ないからだ。「み、御坂いくら一方通行の奢りだからってそれはキツイだろ……」「そうですよっ、あそこはランチタイムでも一人前で諭吉さんが一人財布から飛び出すって噂のとこですよ!?」「それ程度ならどォって事ねェな。あそこ行くか?」 あの手の店は雑誌を彩るためだけのものだと思っていたのに、科学者や教員などの大人ならいざ知らず、学生には無縁な場所だと思っていたのに、まさかこんなに近くにその認識を覆すような人物がいたとは。これもLEVEL5の力なのかとただの学生二人は愕然とする。「や、やめときましょうっ! ほらっ格式高そうですし!」「ああ! 俺たちみたいな学生は門前払いだって!」「そォか?」「大丈夫でしょ」「いや、でも……」 佐天が目を凝らして暗い店内を観察すると、床には大理石の上に国際的な映画祭などで良く見る様な真っ赤な絨毯が敷かれており、天井からはいかにもなシャンデリアがいくつも下がっている。入口付近にはボーイが立っており席まで案内してくれるようだ。昼食には少し早い時間とはいえ、春休みなのに中には客が一組しかいない。学生っぽい美女四人と高級レストランには似つかわしくないジャージの男が一人。ボーイが運んで来たであろう大きな皿にはごく少量の食べ物しか乗っておらず、ソレを美味しそうに食べる美女たちの横で、ジャージの男はしきりに財布の中身を確認していた。見栄でも張って無理してしまったのだろうか。 中の様子を見て、自分には異次元の世界だと佐天は完全に気後れする。当麻は最初から逃げの一手だ。正直、あんな場所に入っても食事を楽しめない気がする。緊張のあまり味など分かりそうもない。
「うん! やっぱりやめましょう! あっそうだ! 私あそこが良いです! 有機野菜を使ってるハンバーガー屋さん!」「ナイスアイデアだな佐天さん! ちょうど俺もあそこのハンバーガー食べたかったんだ! なんせ一つ千五百円もするもんな! 一方通行ハンバーガー奢ってくれ!」「あっ、おィ」 返事も聞かず地下街の入り口付近にある有機野菜と国産和牛を使った、チェーン店と比べ少し値段が高めなハンバーガーショップを指差した。「そンなンでいいのかよ? あそこでもいいンだぞ?」「大丈夫です!」「ほら! 御坂もボーっとしてないで歩く!」 佐天は一方通行の、当麻は美琴の手を取って競歩なみのスピードで逃げるようにレストランから遠ざかる。世の中には身分相応という言葉があるのだ。自分達にはちょっと高めのハンバーガーで十分だ。と、佐天と当麻の考えは一致した。 高級レストランから逃げてきた四人(実際に逃げたのは二人)は現在ハンバーガーショップのテーブルを囲っている。自分で席まで運ぶチェーン店とは違い、ココは店員が席までハンバーガーを運んで来てくれるシステムらしい。「コレどうやって使うンだ?」「使い道は正直無いですよ。せいぜいケータイとかに貼り付けるぐらいですね。後は大切に保管って感じです。プリクラは撮って落書きを楽しむものですもん」「思い出にはなるけどな」 一方通行は先ほどのプリクラを手でいじっていた。ゲームセンターではどうでもいい様な態度をとってみたものの内心やっぱり気になる。
「ケータイに貼ってみます?」「俺がァ? なンか恥ずくねェか?」「なら私も貼ります。それなら大丈夫ですよ」「そォじゃなくてよォ」「じゃあ俺も貼ろっかな。御坂も貼るだろ?」「い、いや私は……」「貼らないんですか?」「……貼る…」「つーか俺貼るなンて言ってねェンだけど」「まーまー。皆貼るんだからさ」「一番下のでいいですよね?」「一番下ぁ!?」「ダメですか?」「……別に……いいけど」「あえてクリリンでもいいけどな」「おィ、やめろ」 店に鋏を借り、一方通行はブツブツ、美琴はゴニョゴニョ言いながら一方通行自信作の一番下のプリクラだけを切り分ける。佐天と美琴は電池パックの蓋の裏、当麻は携帯の裏側に貼るが、やっぱり一方通行は少しずれていた。「こンなンでいいのか?」「え? なんでそんなとこ?」「ダメか? どうせケータイいじる時はこっちしか見ねェンだしこっちのが良いと思ったンだけどよ」 一方通行はなぜか文字盤の空きスペースにプリクラを貼っていた。無理やり感は否めず、斜めに傾いている。「んー、有りっちゃ有りですかね」「て言うかアンタはなんで外から見えるとこに貼ってんのよ!」 変な所に貼った一方通行も、画面を開かない限りプリクラは見えない。佐天と美琴は言うに及ばず。しかし当麻だけは携帯を裏返しただけでプリクラが見える。つまり当麻が携帯をいじるたび、プリクラは周囲に晒される。街でも学校でも。美琴にとって、それは羞恥プレイに他ならない。らしくない自分の姿が映っているのだし、佐天はもう仕方ないとして他の知り合いに見られでもしたら恥ずかしすぎる。「見えなきゃ意味ないだろ」「見えちゃダメでしょ!」「お待たせいたしました」 またじゃれ合いが始まろうとした時、店員がハンバーガーを運んできた。その瞬間、美琴は素早く携帯をしまう。その姿を見て佐天は美琴のこれからの生活が少し心配になったのだった。「おぉーでっかいな」「これどうやって食えばいいンだよ」 運ばれてきたハンバーガーは普段食べているようなチェーン店とは比べ物にならないほどとてつもなく大きい。銀の装飾が施されたプレートに乗ったハンバーガーはパティだけでも二百グラムはありそうだし、この店自慢の有機野菜も惜しげもなく挟まれている。一応崩れないように串が刺さっているものの、かなり不安定だ。付け合わせのポテトフライも大きめに切られており、それだけで満腹になってしまいそうなほどだ。
「ハンバーガーはかぶりついてナンボですよ!」 串を抜き、佐天が大きく口を開けかぶりつく。佐天の口にはやはり大きすぎた様で上のバンズは無傷のままだ。「んー! おいしい!!」「おィ。鼻にソースついてンぞ」「どう……も…んあっ!」 一方通行に注意されグイっと鼻を拭う。スパイスの効いたソースが鼻に入ってしまいツーンと粘膜を刺激する。佐天は涙目で鼻をゴシゴシ擦るが、効果はないようだ。 「佐天さん無茶しすぎよ」 「肉汁すご……ふがっ!」 笑いながら美琴はナイフをフォークで一口大にハンバーガーを切っていた。その横では当麻が佐天と同じ状態になっている。一方通行は美琴を真似てハンバーガーを切っていた。美琴のよりかなり大きめに切ってはいるが。 擦り過ぎて鼻が赤くなっている佐天は苛立ちを乗せるようにフォークでポテトフライを突き刺し口に運ぶ。ポテトフライはサクサクと香ばしくジャガイモ本来の味がしっかり感じられた。「そうだ、一方通行さんと上条さんのアドレス教えてください。さっきのプリクラの画像送りますんで」 言われて二人は携帯を取り出し、操作する。当麻の指の間からはチラチラとプリクラが見え隠れしており、美琴にはやっぱりそれが気になる。 赤外線通信でアドレスを交換してすぐに佐天は三人にメールを送った。そして少しの間を持って三種類の着信音が鳴る。どうやら無事届いたらしい。美琴の指は高速で動き、画像を携帯と外部メモリの両方に保存、さらにフォルダにロックを掛ける。勝手に携帯をいじるような友人はいないが、落とした時などの事を考えての事だ。あの恥ずかしいのは他人に見られたくない。本当なら三人にも同じ様にしてほしいが、佐天はまだしも当麻と一方通行は面倒くさいとか適当に理由を付けて拒否するだろうからこの際諦め、他の人に見られない事だけを願う。「この後どうするんだ?」 右手で携帯をいじる。当麻も画像の保存をしているのだろう。美琴のように外部メモリにまで保存して、さらにフォルダにロックを掛ける事まではしないが今日の記念として記録に残しておきたいのだ。「だれも行きたいとこが無いんならショッピングしない? ちょっと見たいのがあるのよね。あー、でも佐天さんこの前行ったばっかりなんだけ?」「全然いいですよ。ショッピングはいつ行っても楽しいですもん」 男子二人も賛成し、午後はショッピングをする事になった。美琴はあっち行ってー、こっち行ってーと頭の中で道順を組み立てる。時刻はちょうどお昼時。店の入り口には何時の間にか列が出来ていて飲食街は一気に活気づいたようだ。 佐天が美琴の計画に加わり話が弾んでいく。当麻と一方通行もちょくちょく加わりテーブルは飲食店街にシンクロするように賑わいでいく。 四人の傍にあるガラス窓の向こうでは腹を撫でてご機嫌な美女四人の後ろで、ジャージの男が空の財布を持って泣いていた。
* * *「重い……」「今更なに言ってンだよ。それなら最初に持ってやるとか言わなかったら良かったじゃねェか」「だってこんなに買うなんて思わなかったんですもの」 当麻の両手には大量の荷物がぶら下がっている。時折握り直すが、皮膚には買い物袋の紐の跡がくっきり残るほどだ。美琴の提案で午後はデパートでのショッピングとなったがかれこれ四時間、美琴と佐天は飽きもせずに商品を見て回っている。デートというよりは二人のお供となり下がった当麻と一方通行は一歩後ろを付いて回っていた。「見てください御坂さん! このニットワンピースめちゃくちゃカワイイですよ!」「えー……、でもちょっと丈が短すぎないかしら」 店頭に飾られたマネキンの前で美琴と佐天は立ち止った。黒を基調に濃い灰色と薄い灰色のボーダーが引かれていて、胸元はゆったりと空いている。この春の新作なのだろう、他の商品と比べ、大きめのポップが掲げられている。「こんなもんですよ。御坂さん綺麗な足してるんだから見せなきゃもったいないですって!」「そ、そんな事ないわよ。っていうか私には絶対似合わない気がする」 佐天と美琴がマネキンの置いてある店に入って行く。最初は女の子の洋服が置いてある店に入る事に抵抗があった当麻と一方通行だが今では自然に二人の後をついて行けるようになった。四時間前に持っていた恥ずかしさは、すでに麻痺して消え去ったようだ。「そんな事ありますって。ねぇ一方通行さん?」「あァそうだな。すげェどォでもいい」「カチンと来た。見てなさいよ一方通行、今から試着してくるから、私の美脚を目ん玉ひん剥いて拝みなさい」「あー、はィはィ」「ちょっと待って御坂。また買うとか言わないですよね? 上条さんの指はもう千切れそうですよ?」「大丈夫よ。次買う時は一方通行に持たせるから」「そっか。なら試着してこいよ」「ざけンな」 一方通行を無視して美琴は試着室に入る。ハンガーにコートを掛けているのだろう、試着室の中からカチャカチャと金属同士がが触れ合う音が聞こえてくる。そして布の擦れる音とジッパーが下りる音。カーテンの向こうから漏れる着替えの音はなんだかエロイ。今日だけで何度も聞いた音だが、ソレに中々慣れれない当麻は気恥しくなり試着室から目を反らす。「お前なンも買ってねェけどいいのか?」「一昨日、いっぱい買っちゃいまして。今月の生活費がヤバイんで今日はウィンドウショッピングに徹します」「ふーン」「御坂ー、着替え終わったかー?」「終わった……けど脱ぐからちょっと待ってて!」「なんで脱ぐんですか? 見せてくださいよっ」 佐天が頭だけ試着室のカーテンに突っ込む。その時少しだけ翻ったカーテンの隙間から美琴の雪のように白い足がチラリと覗いた。一方通行は首のない佐天を見てボーっとしているが当麻はそうもいかない。チラリズムとは、男の友で天敵なのだ。今美琴が来ている服と同じものを着せられているマネキンは、マネキンのくせになんだかエロイ。ゆったりとしている胸元に大きく突き出しているものがそう思わせるのか、やけに短い丈がそう思わせるのか。当麻の頭の中ではマネキンと美琴を合体させた煩悩が膨らんでいく。「ほらー、やっぱり似合いますよ」「そんな事ないってばっ! なんか胸元ダルダルだしやっぱり丈は短いし……」「何いってるんですか。制服のスカートもそのくらいにしてるじゃないですか」「せ、制服の時は中に短パン履いてるから大丈夫なの! やっぱダメ! 脱ぐ! もう脱ぐ!!」「まぁまぁ。それじゃ、お披露目ー」「ち、ちょっと佐天さんっ!」 美琴の制止もお構いなしにカーテンを引く。当麻と一方通行に普段は着ない様な服を着ているのを見られたのが恥ずかしいのか、美琴は身を縮込ませてモジモジしていた。「……」「……」「な、……なんか言いなさいよ」 短い裾から伸びる足は白く、肌はきめ細かく、露出している太ももは光るようだ。ゆったりとした胸元はサイズが大きいのか美琴が華奢なのか、鎖骨が丸見えになっている。顔はほんのり赤く染まっていてそれがまたイジラシイ。普段より何倍も女の子っぽく見える美琴を前に、当麻は少し戸惑う。 カワイイ。凄く似合っている。素直にそう思えた。いつも自分をおっかけ回しては即死の電撃を飛ばし、街の不良どもも一蹴する学園都市の第三位、最強の電撃使いの御坂美琴はココにはいない。目の前に居るのは、ただのカワイイ女の子だ。「いや、えーっとだな……」 美琴の荷物を手にぶら下げたまま対面する。何か言えと言われても、困る。なんて言っていいのか分からない。素直にカワイイと言えばいいのだろうが、なぜか言えない。さっきまでの二人の空気と違う事に、佐天も戸惑う。予定では当麻が普通に「カワイイ」と言って美琴が照れて、いつも通りじゃれ合いが始まるとばかり思ってたのに。 そんな変な空気の中、一方通行が口を開いた。「お前、それ中にちゃんと下着着てンの? 裸にしか見えねェンだけど。それともそういう服なのか?」 爆弾投下。「あー、そう言われたらそんな気も……」 さっきまで純粋にカワイイとしか思えなかった服装も、そんな事を言われるとそう見えてくるから不思議だ。可愛かった服も、今はもうエロイ。「なんか痴女って感じ?」 当麻は核爆弾投下。照れ隠しが、異常なまでに下手なのだ。 美琴の顔はみるみるウチに赤く染まって行く。今日はよく笑い、よく照れて、そしてよく怒る日だ。
「なんて事考えるのよ! この変態どもがぁぁあぁぁ!! 着てるわよ!! ちゃんと下着着てるわよぉおぉぉぉぉお!!」 ブーツを当麻と一方通行に全力で投げつけて試着室に戻りカーテンを乱暴に閉める。一方通行は片手でブーツを受け止めるが、両手が荷物で塞がっている当麻は顔面でブーツの硬いソールを受け止める形になった。 カーテンの向こうからは「だあぁああぁぁぁ! ばかあぁぁぁぁああぁぁ もうやだあぁあぁあぁぁぁあ!!」と美琴の怒号が響く。一刻も早くココから離れたいのだろう。ガチャガチャと乱暴にハンガーを扱う音も聞こえる。ニットワンピースに着替える時の何倍ものスピードで元の服に着替えた美琴は、レールが壊れそうなほどの勢いでカーテンを開け、大股で店を出て行った。「御坂さーん」美琴の後を佐天が小走りで追う。当麻は美琴が去り際に押しつけたニットワンピースを頭から被ったままソレを見送る。「どォすンだあれ。お前のせいだろ」「何言ってんだよ。最初に裸とか言いだしたのお前じゃないか」 重い荷物を一度床に置き、ニットワンピースを畳む。まだ少し美琴の体温が残っているのかほんのり温かい。「はァ……どォ考えてもお前に言われたからじゃねェか」「えっ? 俺そんなに御坂に嫌われてんの? それはちょっとショックなんだけど」 コイツは本気で言っているんだろうか。今日一日一緒に行動しただけの自分でもなんとなくはわかるのに。佐天だって分かってるから色々茶化してたのに。当の本人だけが分かってないなんて、流石の一方通行も美琴が哀れになる。「はァ……」ともう一つ溜め息を重ね、一方通行は佐天たちが出て行った方向に歩き出す。「どっちにしろあのまま放っとくのはダメだろ。なンとかしろよ」「あっ、おい待てって」 当麻の言う事など聞かずに一方通行は店を出て行った。女性物の洋品店には大量の美琴の荷物と当麻だけが残される。
「御坂さーん、出て来て下さいよー」 困った事になった。女性用化粧室の個室から美琴が出てこない。それも多分自分のせいで。調子に乗り過ぎてしまったと佐天は反省する。自分が当麻と美琴がじゃれるのを見たいがために無理やりカーテンを開けてしまわなかったら、美琴は痴女呼ばわりされる事も個室に立て篭もる事もなかったのに。「あなたは完全に包囲されてますよー」 いつも通りを装っているが、気が気でない。自分のせいで楽しい今日が終わってしまったらどうしよう。なにより当麻と美琴の間に軋轢が生まれてしまったらどうしよう。胸が押しつぶされるような不安に襲われる。「どうせ……だもん……」「え?」 個室から聞きとるのも難しいほど小さい声が漏れる。思わず佐天は聞き返してしまった。「どうせ私、痴女だもん!! だから痴女は痴女らしく痴女便所で痴女痴女してるもん!!だから痴女じゃない佐天さんは痴女たる私のいる痴女個室から離れときなさいよぉぉおぉぉ!!」「ちょっ! 御坂さん落ち着いてください! 痴女とか発言しちゃダメですよっ!!」「もォ――――!!!痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女痴女!!私はヤリマンだぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁ!!!!」 いくら化粧室に人影が無いからといってもこれはマズイ。学園都市有数のお嬢様学校である常盤台中学のしかもエースが……というより女の子が三十六の痴女連発に、一発のヤリマン発言。聞く人が聞いたらとんでもない事になる。誰も聞いてなくても、とんでもない。 喉が千切れるほどの魂の咆哮の後、化粧室にはまた静寂が流れる。佐天はもーと、手をワタワタ振る事しか出来なかった。「佐天さーん。ちょっといいかな」 化粧室の入り口から、今回の騒動の主役である当麻の声が聞こえてくる。ちなみに主犯は佐天、補佐は一方通行。詰まる所、全員悪い。「すみません……私のせいで……」 なによりも、佐天はまず謝った。完全に自分一人のせいだと思っているようだ。「別に佐天さんのせいじゃないだろ。俺の痴女発言のせいだし、一方通行の裸発言のせいでもあるし」「いや、お前の痴女発言のせいだな。アイツお前ンこと好きみたいだし」「へ?」「あっ」「一方通行さん……」 つい口がすべったと一方通行はバツの悪い顔をする。本人が気付く前に言ってしまうなんて。これでは流石の当麻の理解出来るだろう。「スマン」と一方通行は心の中で美琴に謝罪を入れる。「なに言ってんだお前。御坂が俺の事好きな訳ないだろ。好きな奴に致死の電撃飛ばす奴なんていねぇよ。せいぜいヒマつぶしの玩具だろ」 当麻は真顔でそんな事を言う。本当に気付いていないのか、照れ隠しなのか、一方通行には分からない。分からないがなんとなく前者な気がする。「ドンマイ」と一方通行は心の中で美琴にエールを送った。佐天は何か可哀想なものを見る目で当麻を見ている。「今、中にだれかいる?」 そんな二人を気にする事もなく当麻は一方通行に美琴の荷物を預ける。一つだけ、小さな紙袋は残して。「いえ、今は御坂さんしかいませんけど……」「そっか。なら誰も入ってこない様に二人で見張っててくれ」「上条さん?」 それだけ言い残し、当麻はなんの躊躇もなく化粧室に入って行く。いきなりの行動に佐天も一方通行も動けない。「御坂ー、どこだー?」「なによ」 一番奥の個室から低い声で返事が返ってくる。顔なんか見なくても、その声だけで怒っているのはわかる。当麻は美琴がいる個室の前まで行くと一つ深呼吸をした。「さっきはゴメン。痴女とか言っちゃって」「……」 少し待ったが、美琴からは何の返事もない。当麻はそのまま話を続けた。「お前が可愛くてビックリしちゃったんだ。なんというか……上手く言えないけど何時も見慣れてる服とは違ったから新鮮だったし、でも凄く似合ってた。お前恥ずかしがってたろ? 身体縮込ませてモジモジしてさ、顔もちょっと赤くなってて。俺はそんなお前が可愛いって思ったんだ。一人の女の子として。だから初めて見るお前に緊張しちゃって訳わかんなくなっちゃったみたいな。正直照れ隠しですよ、アレは。だけど、俺がお前を傷付けた事は変わわない。怒って当然だとも思う」 当麻の独白が続く。いつしか、個室の壁を挟んで美琴は当麻と向き合っていた。ゴウンッと換気扇が音を立てて回り始める。いつもは気にするようなものでもないのに、こんな時は耳障りな程大きな音だと美琴は感じた。「でも……」 換気扇の音を消すように当麻の声が鼓膜を揺さぶる。さっきまで自分は怒っていたのに、この声を聞くと何故だか安心する。嫌いで、好きな声。「俺はお前と仲直りしたい。もっと一緒に居たい。いろんなとこに行って、いろんなもの見て笑いたい。だから……」 個室の上の隙間に向かって当麻は唯一持って入った紙袋を放り投げた。突然現れた紙袋に驚きながらも、美琴はなんとかキャッチする。「なに? 仲直りしたいから物で釣ろうっての?」「そういうつもりじゃないけど、そう取って貰っても構わない。俺は、お前と仲直りしたいだけだから」 美琴が紙袋を開ける。そこにはさっきまで自分が着ていたニットワンピースが入っていた。
「こんなもの貰ってもどうせ私痴女になるだけだし……」「似合ってたよ。今なら照れずに言える。凄い似合ってた」「……これ、皆の前で着るのは恥ずかしいし……」「なら俺の前でだけ着てくれればいい」「……」「今度二人でどっか遊びに行こう。仲直りのしるしに」「電撃飛ばすかも知れないわよ?」「何を今更って感じですよ」「荷物いっぱい持たせちゃうかも……」「今日で慣れたよ」「また……ケンカになっちゃうかも…………」「ケンカしたらまた仲直りしたらいいさ」 美琴は何も言わない。当麻も何も聞かない。化粧室には妙な沈黙が流れ、換気扇の音だけが、静かに響く。「ちょっと待ってなさい」「ん?」 美琴はそれだけ言うと、後はなにも言わなかった。代わりに個室からはガサゴソと紙袋をいじるような音がかすかに聞こえてくる。
「き、今日は特別よ! あ、あああアンタが見たいって言ったんだからねっ!」 ズバン! と勢いよく個室のドアが開かれる。中にはニットワンピースを着た美琴が、やはりモジモジしながら立っていた。顔は、最初に着た時よりもさらに赤い。恥ずかしさからか少し長めに作られている腕の袖をギュッと手で握りしめている。「うん、やっぱり可愛いよ。似合ってる」「ど、どうも……」 ソレを聞いて満足したのか、美琴はニットワンピースの上からコートを羽織った。元々着ていた服は、紙袋の中に詰め込んである。「うーん」「な、なによ! あんまジロジロ見んじゃないわよ! えろいっ!!」「コート着たら痴女っぷリがちょっと上がったんじゃないか?」「あ?」 美琴の全身が青白く強く光る。それはプリクラを取った時に見たものよりも、初めて会った時、学園都市を停電に追いやったときに見たものよりも力強く、殺意の籠った閃光だった。「えっ! あっ! 違うぞ御坂!! そうじゃない! そう言う意味じゃないですよ!?」 必死に言い訳するが、もう遅い。「死ねやぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああぁぁ!!!!!!」「落ち着いてぇぇぇええぇぇぇぇぇえええぇぇぇえ!!!!!!」 化粧室の入り口から、目映い閃光が吹き出しデパートの全ての電球が破裂した。
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