「滝壺「私は、AIMストーカーだから」3」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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男「ふぅ……楽な仕事だったぜ……人目につくってのがネックだったが、同じ能力の『風紀委員』が来る前に終えられたからな」
『空間移動』の男は人気のないビルの屋上で公園を見下げて哂った。
外界ではいきなり男が児童を誘拐したことで軽い騒ぎになっている。
その児童は彼の両腕の中でぐったりとしていた。
男「……ま、いいか。とっとと指定の場所に運ぶとするか……これで助かるってんなら楽なもんだ」
ブン、と再び彼は虚空に消えた。
滝壺「道路渡って左、二つ向こうの交差点を右に曲がって一つめのビルの屋上」
上条と並走しながら淡々とそれを告げる。
ああ、と上条は信号が点滅し始めたのを確認して一気に横断歩道を駆け抜けた。
すぐさま左に曲がるが、
上条「っ……と、これはこっち行ったほうが早いか……?」
上条はここらの地理には詳しくない。
だから隣の滝壺を見ると、彼女は走りながらも器用に手に零した粉を舐めとって数秒おく。
滝壺「……うん。また移動した。ここから右に曲がって、四つ目の角を左」
上条にはどういう理論かはわからないが、彼女はこの粉を接種することで能力を使うらしい。
まぁ実際的には彼女の能力は観測という今年か聞いていないため、他の使用用途は全くわからない。
『能力追跡』。その名の通り、相手のAIM拡散力場を記憶し、その相手が生きている限り例え銀河の果てにいようと追跡が出来る能力。
しかし、それは正しく一番ポピュラーな使用法であって、他の使い方がある。
例えば。
相手のAIM拡散場――つまり、『自分だけの現実』を乱して能力の暴発や乗っ取りを狙ったり。
広がりから見極めて、攻撃を予測してみたり。
AIM拡散力場に対することならばエキスパート。彼女以上にそれについて知る者は少ないだろう。
だからこそ、観測できない上条に興味を持った。
本来ならそれが普通なのだが、特別の中にいればその普通が特別になるのだ。
実際には上条当麻はその特別の中でも一際『特別』な存在なのだが。
滝壺「はぁっ……はぁっ……」
十数分走ったところで、滝壺の動きが鈍り始めた。
普通に考えれば確かに鈍り始める距離を走ったのだが、それでも様子がおかしい。
上条は眉を顰め、彼女に心配するような口調で話しかける。
上条「……大丈夫か?すごい汗だけど……」
滝壺「……へいき」
いつもと変わらず、しかし僅かに力なく告げ、続ける。
滝壺「それより、動きが止まった。二、三回検索してみたけど、動かない」
上条「……どこだ?」
滝壺「……そこ。屋上」
滝壺が指さしたビルに上条は無言でうなずき、駆ける。
彼もそれなりの距離を走って疲れているはずなのに、そんなものを微塵も見せない。
滝壺(……危ない)
彼女は思う。
彼は無能力者だ。
今の状態から見て、体力はそこそこあるだろうし、腕っ節も人並みではあるのだろう。
しかし。
相手は『空間移動』だ。
まず、勝てない。レベル5でも不意打ちなら負けるかもしれない相手。
そんな能力者に無能力で挑むなど、愚の骨頂でしかない。
滝壺(止めないと)
止められるのは、あらゆる能力者に対してジョーカーな自分だけ。
体晶の使いすぎで結構疲労しているが、そんなこと関係ない。
滝壺は付近にあったエレベーターのボタンを押し、上条がやられていないことを願った。
上条は階段を二段飛ばしで駆け上がる。
許せない。
無力な子供を狙うのは勿論なことだが、それを簡単にやってのけるその精神が。
上条当麻は善人だ。
善人ぶっているのではなく、彼が感じ思い起こしたことが善人だと周りから認められているだけなのだが、善人だ。
だから彼は誘拐犯のしたことを、そして誘拐犯自信を許せない。
それが彼が彼である所以だから。
扉が迫る。
上条は登ってきた勢いのまま、ズバン!とドアを蹴り開いた。
男「っ、誰だ!?」
男がいた。
上条達が公園で見た男。
彼の足元には二人の子供が意識を失って倒れている。
外傷は見えないため、恐らくは気絶させただけなのだろう。
それでも上条はその事実に歯を噛み締める。
彼は一体、その子供たちを使って何をしようとしていたのだろうか。
男「……なんだよ、脅かすなよ……『風紀委員』がもう嗅ぎつけてきたのかと思っただろ……」
上条「…………」
男「……何のようだ?隠れ家的なものできたなら、帰ったほうがいい。じゃなかったら俺が」
上条「お前」
男「……あん?」
上条「お前……その子たちに何をするつもりなんだ……?」
男は一瞬怪訝な顔をするが、すぐに合点がいったのか上条を鼻で嘲笑う。
男「はっ、なんだお前。まさかこのガキどもを助けるためにわざわざ追ってきたってのか?」
男「どうやって追ってきたのかは知らねぇが、まぁ無駄だな」
上条「……どういうことだ?」
男は無知な上条を嗤い、両手を広げて宣伝するように告げる。
男「学園都市だよ」
男「底からの依頼だ。この子供は学園都市の礎になる。どういうふうに使われるかはしらないがな」
男「俺も多分カメラとか、お前みたいな人に姿を見られてるが……場所も指定してきたからな。隠蔽はしてくれるだろ」
男「……で?お前はどうするんだ?」
男「ここで俺に襲いかかったとしても返り討ち、『風紀委員』や『警備員』に今から頼っても意味が無い」
男「さぁ、どう「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
上条は男を一刀両断する。
彼の言葉には刃があった。剣呑と暮らしているただの高校生には宿り得ない言の刃が。
上条「お前がどれだけ強かろうと、それが誰の依頼だろうと、そんなの関係ねぇ」
上条「そこに、危険なやつがいるんだ。助けすら求めれないやつがいるんだ。なら、お前を倒す理由はそれだけで十分」
拳を握り締める。
あらゆる絶望を、悲愴を、妄言を、悲劇を、絶対を――――
そして、『幻想』を打ち砕くその右手を。
上条「どんなことでも、お前が何かその子達に危害を加えようとしてるっていうんなら――」
上条当麻は叩きつける。
どんな無情な運命でも奇跡でもひっくり返す、初めの一言を。
上条「まずはその幻想をぶち殺す!」
静寂。
地上より遥か高いビルの上で二人の男が向きあう。
一触即発の状態。
先に動くのは、否、消えるのは。
上条「がっ……!?」
ガン、と一撃。
子供たちを置いて一瞬にして消えた彼は上条の頭に強烈な踵落としをくわえる。
そのまま地面に降り立った彼は怯んでいる敵を追撃にかかった。
男「本来なら俺がテメェの座標にテレポートすりゃいいだけだが、それじゃああまりにつまらないからなぁ!」
仰け反った上条の胸ぐらを掴み、引き寄せ、同時に自分の額をぶつける。
衝撃の連打に上条は一瞬だけ意識を手放すが、不幸中の幸いか痛みが彼の精神を引き戻す。
今何が起こっているかも理解しないまま、上条は右手を振るった。
まさしく時を同じくして、男も同じように拳をとばす。
奇しくもクロスカウンターの形。
互いに等しくダメージを受けた少年たちは数歩距離をとった。
上条「っつ……『空間移動』、か……遠距離からいたぶるような事をしないとこからみると、飛ばせるのは自分と、その触れているものってとこか……?」
男「……中々洞察力あんじゃねぇか」
上条に殴られた部分を男は手で拭った。
男「そうだよ、俺の『空間移動』は俺自身とその時触れているモノしか飛ばせない。だから格闘にしか頼らなくちゃいけないんだが……」
再び、彼は飛ぶ。
今度は上条の上ではなく、背後へと。
上条「――――っ!」
息が詰まる。
そのまま前に投げ出され、上条は無様にも転んだ。
男「まぁ基本的に能力とケンカの仕方さえわかってれば相手がアイツらみたいなイレギュラーじゃない限り負けないけどな」
あいつら?と上条は思考を巡らすが、この場に置いては全く関係がないために隅に追いやる。
何度か大きく咳をし、足腰や手に力を入れて立ち上がった。
上条(『空間移動』なら……触れさえすればいい)
白井黒子のように触れたものをどこかに移動するわけではない。
自分も伴ってなければ移動できない。そこに穴がある。
もしも白井のように触れただけで移動させるなら、早速上条に触れて移動させようと試みるだろう。しかし移動させることは出来ない。ここで上条は能力を消す能力を持っていると聡い人なら理解する。
しかし、自分も移動しなければならないとなれば相手をつかんで移動だなんて滅多にしようとは思わないだろう。
だから上条の右手に触れてはいけないと、気付けない。
上条(触れさえすれば――――!)
男「ぼやっとすんなよ。もうちょっと踊ろうぜ」
ブンッ、と目の前に飛翔した男はキックを繰り出す。
反射的に胸部に腕を構え、それを防ぐことに成功はするもののビリビリと腕が振動する。
それを無視して一歩踏み出し、右手を振るうがそれが届くより早く男は掻き消える。
手が空を切った直後、背中にドロップキックが直撃した。
上条「く、――――っ!」
転んで数秒ロスするのは痛い。
前向きに態勢を崩しながらも、上条は前と後ろを入れ替えてギリギリで踏ん張る。
男「あー……なんていうか、努力は認める。普通なら戦意喪失してもおかしくねぇからな」
男は呆れたように頭を掻きつつ、言う。
男「でもさ……手応えないわ、お前」
ヒュン、と消えて。
次の瞬間には上条の腹部に拳が食い込んでいた。
上条「ぐっ……」
上条は距離を取るように飛び退き、しかし殴られた部分を押さえたまま膝をつく。
彼の顔色は真っ青に染まっている。
人体には、幾つかの急所がある。
顎の先、人中、半規管、後頭部、男性ならば股間。
上条が食らったのは、鳩尾。へその少し上ぐらいにある狙われやすい部分。
脳震盪や半規管に衝撃を食らった時とは違って気力で頑張ろうと思えば動けるだろうが、それでも激痛だ。
男「とっとと去れ。じゃなかったら……殺すぞ?」
それは、脅しではない。
上条は苦痛に顔を歪ませながらも男を見上げた。
その瞳には冷酷なまでの意志が伴っている。
上条「……くそ…………」
守れない。
そうだ、と実感した。
子供たちは未だに気絶していて、動く気配はない。
しかし、動いていたからどうだというのか。
そんな希望に頼っている時点で、上条は既に負けている。
上条「くそ…………!」
激痛と、そして救えない自分の不甲斐なさに苛まれ、上条は顔を酷く顰め、
そこに。
滝壺「かみじょうっ!」
――最後の希望が辿り着いた。
上条「滝……壺」
上条は声で振り返り、唇を噛みしめる。
滝壺理后は女の子だ。『超電磁砲』などの例外ならまだしも、普通の少女は非力に他ならない。
だから上条は彼女が辿り着く前に決着をつけたかったわけだ。
今となっては叶わなかった幻想で、負けそうになっている状態での最後の希望というわけだが。
それでも上条はその希望に頼りたくはなかった。
男「ちっ……次から次へと増えやがって」
男は面倒くせぇという言葉を飲み込んだ。
上条相手に速攻決着をつけなかったのは自分の落ち度で、二人になった事態は自分が招いたものだからだ。
それに、滅多な自分が負けそうな能力者は頭に叩き込んである。自分の記憶では彼女はそれに該当しない。
この少年少女相手に負ける気はしない。子供たちを取りに来る前に終わらせればいいのだ、何ら問題はない。
しかし、滝壺はそんな考えなど関係ないとでも言うように上条に駆け寄って心配そうに顔をのぞき込んだ。
滝壺「かみじょう、大丈夫?」
上条「滝壺……下がれ、あぶねぇから……」
肩に優しくかかった手を掴みながら上条はゆっくりと立ち上がり、庇うようにして男と向きあう。
滝壺の能力は知っている。
『能力追跡』、相手のAIM拡散力場から場所を特定して追いかける能力。
そもそも彼女がいなければここまで辿りつくことなど到底不可能だっただろう。
だからここからは自分の仕事だ。
全部が全部、相手に頼ってしまうわけにはいかないのだから。
上条「すぐに終わらせる……滝壺はあの子供たちを連れて逃げてくれ……」
幾撃もくらい、フラフラになっている上条は背に向けて放つ。
滝壺は見えないと分かっていても、首を横に降った。
滝壺「……駄目だよ、かみじょう」
滝壺「かみじょうはもうボロボロになってまで、私が来るまでの時間を稼いでくれた」
滝壺「これ以上動いたら、もっとボロボロになっちゃう。……だから、今度は私の番」
滝壺に、上条は前から警戒心を失わずにちらりと後ろを見て言う。
上条「待てよ……お前の能力は相手を追跡する能力で、直接的な攻撃力はないだろ……?」
上条「だったら、基本的に滝壺より丈夫な俺がやるべきだ。まだ、いける」
そういう上条の足は僅かに揺れている。
背に二発、腹、しかも鳩尾に一撃。初撃においては頭にだ。ダメージが蓄積していない方がおかしい。
それでもたち、闘士を見せるのは今までくぐり抜けてきた修羅場の賜物か。
男「……で、どうなの?」
そんな二人の対話をつまらなさそうに眺める男は言う。
男「どっちが先に、沈むの?」
それは、あまりに冷静で。
上条は息を飲んでその一歩を踏み出そうとし。
滝壺はその時に揺れた手を掴みとり、引っ張って自分が立ち上がると同時に上条を自分の後ろへと追いやった。
上条「んなっ」
バランスを崩し、後ろに転びそうになる上条は滝壺がこちらをみていることに気付く。
滝壺「大丈夫」
少女は淡く笑う。
その言葉を彼に浸透させるように。
滝壺「私は大能力者だから。かみじょうを、あの子達をきっと救ってみせる」
それを聞くと同時。
滝壺の後ろに男が出現する。
上条に背を向けた状態で。
ドッ、とローキックで滝壺を吹き飛ばした。
上条はそれに怒りを覚える。
傷つけられたから。
子供たちを攫うという業だけでなく、無関係のものに手をあげたという行為に。
上条は前へと飛ぶ。
態勢が崩れることなど気にしない。ただ、前へ、前へ!
背を向けている男へと右腕を振るう。
丁度振り向いた胸に当たる。そうわかったときには既に上条の腹部にカウンターのように膝が食い込んでいた。
上条「がっ……!」
男「全く、うぜぇんだよ」
男はその上条に止めを刺そうと、再び、飛ぶ。
否。
飛ぼうと、した。
男「は……?」
飛べない。
能力自体が発動しない。
さっきまではそんなことはなかった。だから、先程の女が何かをしたのか!?と驚きに塗れつつ少女の方を見る。
しかし、その彼女自身も地に手をつきながら目を見開いてこちらを見ている。
上条「つかまえたぜ」
その少年の声は、とても近く、しかし酷く遠くに聞こえた。
右手は膝蹴りを腹部に食らったとしても、その胸ぐらをつかんで離していなかった。
つかまえた。
男はその言葉の意味を、数秒遅れて知る。
それ以上に言葉など必要なかった。
次の瞬間。
上条の頭突きが無防備な相手の額に激突する。
一撃だけでは終わらない。
それまでの仕返し、とでもいうように掴んでいた右手を引いては撃ち、引いては撃つ。
まともな思考回路が与えられないまま一方的に男は何度も何度も上条に攻撃を加えられた。
やがて、血が出始める頃。
勝負は決する。
上条「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
上条は右手からゆっくりと力を抜いた。
すると男は糸の切れた人形のように、受身も取らずにドサッ、と地面に伏す。
少年の額からも血が滴っているが、それは彼自身のものではなく攻撃を与えた相手のものだ。
しかしながら彼自身も何度も頭をぶつけているため、目が虚ろになっていた。
上条「滝、壺……大丈夫か?」
そんな中、彼はゆっくりと目を動かし、少女を確認して話しかける。
滝壺「え……う、うん。大丈夫」
上条「そっか」
上条は笑った。
心底安心したというように。
そのまま、前触れもなく彼もふらりと横に倒れる。
滝壺「かみじょう!」
気を失う前に少女の声を聞いた。
が、上条の意識を押しとどめるまでには至らない。
そのまま太陽の元で意識が反転する。
気がつくと、目の前がピンク色だった。
……厳密にはピンク色のそれが視界の半分を埋めていて、残りは心配そうに見る二つの目が覗いていたのだが。
滝壺「……気がついた?」
彼女は上条が目を開けたのを確認して問いかける。
目が開いているのだから覚醒はしているのだと思うのだが、一応念のため。
そこで上条は自分がようやくどんな状況に置かれているのかを理解した。
慌てて起き上がろうとするが、途中で無理に頭を押さえつけられて元の場所へと戻る。
上条「……あのー、滝壺さん?」
滝壺「なに?」
上条「どうしてわたくし上条めはあなた様の膝の上に頭をおいているのでせうか?」
滝壺「それは、かみじょうが気絶していたから」
上条「さいで……気がついたからもう起き上がってもいいかと思うのですが、いかがでしょう」
滝壺「だめ」
即答で言われ、上条は仕方無しにそのまま空を見上げる。
背中の感触からすると、移動はしていないらしい。広がる空も只管に広い。
上条「……さっきのヤツら、どうしたんだ?」
滝壺「知り合いに連絡してそれ経由で『警備員』に届けてもらった。私たちが直接やると聴取とかで時間くいそうだったから」
その知り合いというのは『アイテム』の下部組織なわけだが、それを知らない上条はなるほど、と感心した。
ということは子供たちも無事、というわけだ。
上条「……まぁ、多少痛い思いしただけの価値はあったってことだな」
滝壺「うん。……かっこよかったよ」
そう言うと滝壺は上条の頬を伝い、頭を撫でる。
子供扱いかよ、と彼は思ったが、不思議と悪い気はしなかった。
滝壺「ところで」
上条「ん?」
滝壺「一瞬、あの男のAIM拡散力場が消えたんだけど……何かしたの?」
滝壺の驚いていた原因はそれだった。
上条に能力は見当たらなく、その上で特に特別なことをしないで相手の能力を封じたのだから。
上条は頭をポリポリとかきつつ、申し訳なさそうにいう。
上条「あー……そういえばさ、公園でも言おうとしてたんだけど」
滝壺「?」
上条「俺の右手は『幻想殺し』って言いまして……異能の力なら超電磁砲だろうがオカルトだろうがなんでも打ち消す能力が宿っていまして」
上条「拡散力場がないっていうのは、きっとこの能力が打ち消す性質を持ってるからじゃないのでしょうか?」
沈黙。
上条的には何も悪いことはいっていないのだが、こんな空気になるとなんとなくそんな気分になる。
対応に困り、そろそろ起き上がろうとしたところで滝壺は不意に上条の手を握った。
びくっ、と一瞬震えた上条を気にせず、そのままふにふにと確かめるように手を探る。
上条「た、滝壺?」
滝壺「……本当」
彼女の表情は揺るがず、しかし確かに驚いたように言った。
滝壺「かみじょうの手を掴んでると、私も能力が使えない」
上条「だろ?つまり、これが俺の能力の正体。……開発じゃなくて天然で、その上身体測定でも測定できてないからレベル0扱いなんだけどな」
滝壺「………………」
それを聞いても、相も変わらず彼女は上条の手を揉むように小さな女の子というような手を動かす。
しかし、それをしている彼女の心は此処にあらず、別のことを考えていた。
即ち、上条の能力について。
滝壺(でも……AIM拡散力場はどんな能力においても等しく発されるもの)
滝壺(かみじょうの能力が例え『能力を消す能力』なら、かみじょうからは『AIM拡散力場を消すAIM拡散力場』が出ているはず)
滝壺(それなのにない…………?)
先程も言ったとおり、彼女はAIM拡散力場についてはエキスパートだ。
それについてはそれの集合体である風斬氷華と同等と考えてもいいだろう。
だからこそ、彼女は困惑している。
能力があるのにそれの余波がないというその状況。
彼は自分が開発じゃなくて天然――つまり生まれつき、原石だと言った。
例えば、同じく原石『吸血殺し』の姫神秋沙がいる。彼女には『吸血鬼を呼び寄せてしまう匂い』がしているらしい。
それは本人の意志は介入せず、意図せずして。まさしく、AIM――無自覚の拡散力場。
つまり、原石だからという理由はないことについて当てはまらないのだ。
滝壺(それなら)
AIM拡散力場がないというなら、なんだというのか。
それは能力が本当にない無能力者である。
しかしそうでないことはあの『空間移動』との戦い、そして自分が触れて確認している。
能力があるのに、AIM拡散力場がない。
相反する二つの特徴。
滝壺(それなら)
滝壺理后は考える。
滝壺(『幻想殺し』は能力ではない――――?)
考え、打ち消す。
超能力でないというなら、なんなのか。
彼女が学園都市――科学サイドだけでなく、もう一つのサイドについても精通していたならばこう考えただろう。
魔術、と。
魔術サイドに聖人という存在がある。
世界に二十人といない、神の子に性質が似た人のことだ。
それは超人的な力をもつが、絶対的に能力ではない。そう断言できる。
そして。
今世界に二十人と言ったが、世界に一つしかない『幻想殺し』は果たして、どれほどの意味があるのだろうか。
神様の奇跡すら殺す『右手』。
『右』という言葉自体にも特別な意味があるのだが、彼女はそれを知らない。
だから追求したい。知りたい。これの正体がなんなのか。
滝壺「……やっぱり、気になる」
上条「へ?」
ぽつり、と滝壺は漏らし、上条はそれに目ざとく反応する。
それに対して滝壺は何も慌てず、ようやく上条の手を解放した。
滝壺「かみじょうの能力がどこから来たのか」
上条「……っても、俺のこれはさっき言ったとおり生まれつきだしなぁ」
滝壺「うん。だから、調べる」
滝壺は一拍おき、蒼い空を見上げた。
滝壺「かみじょうのそれは右手に宿っているのか、かみじょうに宿っているのか」
滝壺「前者ならそれはどうして右手だけなのか」
滝壺「後者ならそれはかみじょうの『自分だけの現実』と直結しているのか、そうでないのか」
滝壺「疑問は疑問を呼ぶ。好奇心は謎を生み出す」
滝壺「私はかみじょうを知りたい。ううん、能力だけじゃなくて、かみじょう自身も。それは、さっきと何も変わってない」
滝壺「……だから、もう一度聴く」
彼女は、再び膝の上の上条を見る。
首をほんの小さく傾げて、まるで親に許しを乞う幼児のように。
滝壺「私と、付き合って欲しい」
淡々というものだから、上条はついその言葉に頷きそうになった。
いや、実際頷いても構わない。
上条自身もこの右手がどんなものなのか多少は気になっていた。今まで何もしなかったのはそうする必要性がなかったからだ。
例え『幻想殺し』があってもなくても上条当麻は上条当麻。それは記憶を失う前後で何ら変わらない彼が証明している。
だからこの申し出も必要ないといえば必要ない。
上条(――だけど)
滝壺理后。
見ていてなんだか危なっかしい少女。
上条当麻には、この申し出を断ると二度と彼女に会えなくなり、そして致命的な何かを見逃してしまうような気がした。
だから上条当麻は。
自分になんら利益にならないと知っていても。
上条「ああ、いいぞ」
それに、応えるのだった。
滝壺は僅かに顔を綻ばせる。
確実に言える。それは彼女なりの笑顔だ。
滝壺「ありがとう、かみじょう。これからよろしく」
上条「ああ、よろしくな滝壺」
ふわり、と彼らの間を風が吹き抜ける。
滝壺はくすぐったそうに、また照れたように目を瞑った。
……彼女は、まだ知らない。
今まで興味のあることなどそれほどになかったから、知らない。
この心に小さく生えた芽が、どんな意味を持つかということに、まだ気づかない。
アレイスター「……ふむ、ようやく第一段階が終了か」
『人間』、アレイスターはほくそ笑む。
多少の遅れはあるものの、無事にその計画――いや、プランといったほうがいいだろう、プランが進み始めたからだ。
……しかし、こうして他の人間に対して自分から命をくださねばならないということは甚だしい。
アレイスター「……『禁書目録』、か」
彼のプランにその存在というのはあまり左右されない。
だがイレギュラー分子として利用し、プランの進行を早めることはできる。
彼女は『禁書目録』、新しく創りだされた魔術でもない限りどんな魔術でも正体を看破する魔術のエキスパートだ。
アレイスター「彼女だけなら、『幻想殺し』もその正体に気がつかなかっただろうが」
それも道理。
なぜならそもそも上条は自分の能力を『超能力』であり『魔術』でないと始めから思っているから。
そこで、超能力の正体について詳しい存在が必要だったのだ。
アレイスター「『能力追跡』……彼女が証明すれば、『幻想殺し』は嫌でも正体に近づかざるを得ない」
滝壺理后と出会ったのは、ただの偶然。
だがアレイスター・クロウリーはその偶然で長い時間を掛けて完成するはずのプランを短くしてきた。
アレイスター「……『幻想殺し』の少年が記憶を失っていなければこんな苦労をせずともよかったのだろうか」
『人間』が開くのはとある夏休みの一日。とあるカエル顔の名医が務めている病室のワンシーン。
『滞空回線』……彼がこの街で物事を見逃すのはめったに無い。
だから上条当麻が記憶を失っていることも、見逃してはいない。
……記憶を失う前の上条当麻が『幻想殺し』の正体に気づいていたのかは、今となっては不明だ。だから『人間』も憶測を投げることしか出来ない。
アレイスター「まぁ……過ぎ去ったことなどどうでもいいな」
『人間』はあっさりとそれを投げ捨て、そして考えを移行させる。
今は『禁書目録』と『能力追跡』が『幻想殺し』にどんな結果を齎すか、ということだ。
アレイスター「……さて、『幻想殺し』は一体何を証明するのか……それを見せてもらおうではないか」
アレイスター・クロウリーは微かに、笑った。