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姫神秋沙は、朝からグデングデンになっている上条当麻を見た。
不思議に思って話しかけようとすると、土御門元春と青髪ピアスが静止を促してきた。
それでも話しかけようとすると今度は吹寄制理が止めてきた。
やっと諦めずに話しかけると、上条はカッ!と魂が飛んでいた眼が開き、
上条「ギャ――――――![ピーーー]ッッッ!!」
思わずグーパンで殴ってしまった。
後ほど土御門に聞いた話によると、晩飯の量がすくなかったからインデックスが切れて、背に黒い羽が見えたのだという。
そのあと夜通し噛まれ続け、いまや誰が話しかけてもこんな状態らしい。
吹寄「全く、上条当麻は。先生が来る前に治さないと大変なことになるわよ」
青髪「それはそれでもいいんやないかなー、小萌せんせーの補修ならうれしいで?」
吹寄「そもそも補修自体がほめられるものではないでしょうがっ!!」
小萌「はーい野郎どもー子猫ちゃん達ー席についてくださーい」
しまった、と吹寄が顔を少しばかり歪ませたが、しぶしぶ席につく。
教卓に上がった小萌は可愛い(手のかかる)教え子、上条がつっぷしていることに気がついた。
全くもー、朝からねて仕方がありませんねーと言わんばかりにニコニコしていた小萌は当然のように話しかける。
小萌「かーみじょうちゃーん、ホームルーム始まりますよー?」
皆がヤバイ、と思ったときにはもう遅い。
上条は顔を上げて叫ぶ。
上条「この、[ピーーー]野郎ッッッッッ!!」
瞬間。
音が消えた。
神の力の『一掃』だとか、アックアの本気の一撃などの比ではない。
もっと恐ろしい何かが動き出す、まさに嵐の前の静けさのような。
上条「…………はっ!?あれ、ここ学校!?昨日の夕食辺りから記憶ないんだけど!?」
上条はようやくここで正気に返る。
が、周りの様子がおかしいことに気が付いた。
小萌「か~みじょ~うちゃ~ん?今なんていいましたですか~?」
即ち。
月詠小萌が怒りに震え満ちているということに。
上条「え、ええと……すいませんでした――――!?」
小萌「……一週間一人教室の掃除おねがいしますねー☆」
上条の土下座もむなしく。
不幸だ――――といういつもの絶叫が響き渡った。
麦野「うーん、今日のシャケ弁は昨日のシャケ弁より美味しい気がする」
いや、気のせいだろ、と浜面は心の中で突っ込む。
隣のフレンダは背もたれによしかかりながらサバカレーを口に含む。
フレンダ「あー、結局サバカレーシリーズにも飽きてきたわけよ……他にサバ入ってる奴知らない?」
浜面「知らねぇよ……つかサバカレーシリーズってどんなシリーズだよ……」
げんなりしつつも浜面は突っ込みを入れて今度は絹旗を見た。
彼女はいつも通りに映画のパンフレットを見ている。
その時、ちらりとこちらを見た。
浜面「……いや、もう誘うのはやめろよ?」
絹旗「前も超いいましたけど、同じ学生証を二人持っていたほうがバレにくいんです。ですので何か観たいのがあったらよろしくおねがいしますね」
浜面「……そうかよ」
また気分を落としつつ、最後に滝壺を見た。
いつもどおりどこを見てるかわからない……のかと思いきや、窓の外をじっと眺めていた。
まるで、何かを考えるように。
滝壺「………………?」
浜面「……なんかあったのか?」
滝壺「……ううん、別に」
絹旗「別にわざわざ突っ込むことも超ないんじゃないんですか?滝壺さんだって一端の女の子なんですから、悩みぐらいありますって」
割り込んできた絹旗にそういうお前は悩みなさそうだよな、と突っ込みかけて押しとどめる。
そんなことしたら今度こそ地獄を見そうだ。
それよりも不自然に絹旗が割り込んできたような気がした。
それについて浜面が突っ込もうとしたのに被せるように麦野は手を叩く。
麦野「今日は仕事の打ち合わせじゃなくてギャラの分け合い。ま、一応『アイテム』全体のものだから、滝壺にも少しだけあるから」
麦野「そんなわけで、浜面。明細来てるだろうから送って」
浜面「おう」
ピピピ、と浜面は携帯を操作して四人にデータを転送する。
携帯がそれぞれの着信音を奏でると同時に彼自身もそのデータを開いた。
そこには。
やはりというか、なんというかバニー姿の女性が写っていた。
彼女たちはパタン!と携帯を閉めると心のシャッターを閉めて更に核シェルターにまでひきこもる。
浜面「いっ、いや待て、これは何かの間違いだ!誰かの陰謀だッ!!」
麦野「アンタを陰謀にはめてなんになるっていうのよバ浜面」
フレンダ「結局、浜面は初めの頃となんにも変わんないわけね」
絹旗「そのキモさも相変わらずですね。そんなのだから浜面は超浜面なんですよ。というかとことんバニー好きなんですね」
三人に爆撃を受けて浜面はよろよろと数歩よろめいた。
最後に滝壺のフォローを求めるが、滝壺は携帯をじっと見つめている。
そしてその口が開かれる。
滝壺「ねぇ、はまづら」
浜面「……な、なんだ?」
滝壺「男の人って、みんなバニー好きなのかな」
ガン!と彼の頭に衝撃が走る。
バニーが好きな人もそれなりにいるにはいるだろうが、多いとはいえないだろう。
だから遠まわしにバニー好きなんてキモイと言っているのかと思ったのだ。
今度こそ浜面はよろめくだけでなく、ファミレスだということも忘れて跪いた。
麦野「……ショックを受けるのは構わないんだけど、ちゃんとデータ送ってからにして頂戴」
浜面「うぅ……この組織で唯一の癒しが……ぬくもりが……」
絹旗「うわ、超キモイ」
辛辣な言葉すらも耳はいらず、浜面は今度こそメールを送る。
フレンダ「うわ、すくなっ」
それを見た瞬間フレンダが漏らす。
ギャラは全体の一割程度……滝壺よりも少々多いぐらいだった。
麦野「当たり前でしょ。今回ミスやらかしたんだから」
フレンダ「オシオキだけで済んだと思ってたのに……何この仕打……結局私、ダメな子なわけね……」
浜面「フレンダはまだいいだろ!?俺なんて、なんだよこれ、ゼロって!」
明細を見て見事復活を果たした浜面は麦野に詰め寄る。
その明細には明らかに、〇という数字が示されていた。
浜面「俺だってちゃんと運転手やってんだぜ……!?」
はぁ、と麦野はこれ見よがしに溜息を吐いて、
麦野「浜面。アンタは今回補導されて私の手を煩わせたんだからその手間賃よ。隠蔽代もかかって、マイナスになんなかっただけ感謝しなさい」
浜面「こんなのって……ねぇよ……諦めきれねぇよ…………!」
麦野「……ってことで大まかには私と絹旗が3,5、滝壺とフレンダが1、残りは下部組織って感じね」
浜面が再び沈んだのをスルーして麦野は告げ、パン、と一度手を叩いた。
麦野「んじゃ、今日は解散。あ、浜面会計よろしく」
麦野がそう告げた瞬間、ガタン!と立ち上がる音がする。
麦野も、フレンダも、絹旗も。沈んでいる浜面も思わずそちらを見遣った。
滝壺理后。
滝壺「……それじゃあ、また今度。きぬはた、よけてくれる?」
絹旗「あ、はい……さようなら、滝壺さん」
滝壺「さようなら」
そう短く言うと、滝壺は振り返りもせず店を出て行く。
絹旗はなんとなく事情を知っているが、麦野とフレンダは少しばかり怪訝に思った。
フレンダ「……そういえば、今日滝壺少し変だったわけよ」
麦野「……何かあったの?」
絹旗「いえ、超知りませんね」
しれっ、と嘘を言う絹旗は心の中で滝壺にエールを送った。
―――――――――――――――――――
土御門「カミやんも大変だにゃー」
上条「そういうなら手伝ってくれよ……」
土御門「お断りだぜい。そんなことしたら俺まで小萌先生の雷が落ちるからにゃー」
どうやら友達というのは無償で助け合ってこそではないらしい。ちなみに青髪は既に帰った。
はぁ、不幸だ、とまた溜息を漏らしつつ、上条は机を並べる。
土御門「でもまぁ、これだけで済んでよかったんじゃないかにゃー」
上条「どうしてだよ?」
土御門「本当なら一ヶ月補修……それも専門能力じゃないものをやらされてもおかしくないような気がしたし」
ちなみにそれは『すけすけみるみる』や『コロンブスの卵』などといったものだ。
レベルどころか能力すらない上条には到底できっこない芸当。
上条「……そう、だな…………」
その未来図を予想したのか、上条はやはりこれでよかったと思う。
土御門「それよりもカミやん。財布は見つかったのか?」
上条「いんや、どこにも。『風紀委員』にも届けられてないってさ……不幸だ……」
土御門「まぁIDカードにはチップも埋め込まれてるし、頼めばすぐに見つかるはずだけどにゃー」
上条「上条さんの不幸からしたら恐らく戻ってきたときには中のお金全部なくなってると思いますハイ!」
上条は自分で言ってむなしくなり、掃いていた箒を支えにしてしゃがむ。
なんとなく、今の彼の雰囲気を受けるだけで不幸になる気がした。
土御門「じゃあ、今日も財布をさがすのかにゃー?」
上条「ああ……じゃなかったら、今度こそインデックスにクワレル……」
ぶるり、と上条は身震いをする。
昨日のことは真の恐怖に値する。いや、今朝の小萌も十分に恐ろしかったが。
土御門「……まぁ、カミやんが食われても俺がこころ苦しいし、舞夏に少し多く作ってくれるように打診しておくぜい」
上条「ああ……サンキュな」
ちりとりで塵をかき集め、ゴミ箱に捨てたら終了。
上条は作業を終えて背伸びする。ゴキゴキ!と不健康な音が教室の隅まで響く。
土御門「んじゃ、帰りましょうかー」
上条「おう」
男二人で学園都市の街道を歩く。
太陽は傾き、僅かに赤く染まったビルの影が彼らを覆った。
土御門「……ま、案外ひょっこり見つかったりするもんだぜい」
上条「不幸な上条さんに関してそれはないといいきれる」
土御門「それはどうかにゃー、例えば、IDカードが入ってたから、わざわざ『風紀委員』に届けないで自分から届けようとか思った人がいるかもしれないぜい」
可能性として有り得ない話ではないのだがIDカードからデータを読み込むには専用の機械が必要だ。
表面からわかる情報としては名前と番号のみ。それでさがすのはいくらなんでも無理がある。
……普通の人ならば。
唐突に土御門が立ち止まる。
上条も数歩遅れて立ち止まり、彼を見た。
土御門はいつもの通学路とは関係の無い、少し外れの方へと繋がる道を見ていた。
土御門「……カミやん、なんとなくこっちにありそうな気がするぜい」
上条「ん?……いや、ないと思うんだが」
土御門「いいからいいから。騙されたと思って行ってみようぜい」
土御門は上条の背後に素早く回りこんで彼の背を押して無理に反れようとする。
仕方がなしに抵抗をやめて上条もその道に入り込んだ。
段々と人気が少なくなり、音も無くなる。
カラスの鳴く声だけが閑静な森林に木霊した。
上条「……こんな人の少ない場所でも、ちゃんと道路が舗装されているのがすごい」
土御門「ま、学園都市だからにゃー多分殆ど未開の地はないんじゃないと思うぜい」
適当に話しながら進むと、少し広い広場のような場所に出た。
滑り台やブランコなど、子供の遊び場だ。日々の疲れを癒すには確かに丁度いいかもしれない。
……日も傾いているから、子供の声は全く聞こえなかったが。
そんな中、土御門は一つの方向に指を指した。
厳密には、そこにボーと無気力で座っている女の子へと。
土御門「……カミやん、アソコの女の子、姫神になんか似てるような気がするんだぜい」
上条「……あ」
上条は見た瞬間理解する。
昨日ナンパされていた、ピンクのジャージを来たダウナー系の少女。
そして一緒にジュースを飲んだ女の子。
滝壺理后が、そこにいた。
上条「ほんっとにありがとう!マジで助かった!!」
上条は土下座をする勢いで滝壺に頭を下げる。
それに対して滝壺は冷静に首を左右に振る。
滝壺「かみじょうには、私も助けてもらったから」
曰く、彼女は本当は放課後校門の前でボーとしていたらしい。
しかしながら上条は一人で掃除をしていたため、今の時間まで時間がかかった。
だから一度他のところでのんびりしてから行こうとしてたところに彼が現れた、ということだった。
果たして土御門の勘は当たっていたというわけだ。
その土御門は『おじゃまみたいだから俺は退散するぜい』と微笑をたたえたまま去っていった。
上条は滝壺の横に座って安心したように息を吐いた。
上条「……それにしても、どうしてわざわざ届けに来たんだ?『風紀委員』に渡せばよかっただろ」
滝壺「私は直接データ見ることができるから。それじゃあなかったら、学校もわからなかった」
そっか、と上条は半分すごいんだなーと思いつつ言う。
よく良く考えてみると、すごい以前に個人情報を見られてしまうのだからそれについ敵旗艦を覚えるべきだが。
滝壺「それに、」
続け、彼女は横の上条に視線を移す。
その瞳には穏やかながらも彼を観察するような様子があった。
滝壺「かみじょうに、少し興味があるから」
どき、とした。
仮にも滝壺は可愛い少女だ。年は幾つかは知らないが、まぁ同年齢ぐらいだろう。
そんな女の子から興味ある、といわれてどきりとしないはずがない。
上条当麻も、一端の男子高校生なのだ。
一陣の風が二人の間を駆け抜ける。
上条「あ、え、えっと……どんなところに?」
しどろもどろになりながら問いかける。
うん、と一度滝壺は頷く。
滝壺「かみじょうに」
彼女は簡潔に、先ほどと同じようにそう答える。
上条の思考は明後日に一瞬だけ飛んだ。
彼女の言っている意味がよく理解できなかったからだ。
上条のどこどこが、なになにが、或いは言っていたことが、とかそういうのならわかりやすい。それについて答えればいいだけなのだから。
上条「えーっと……それはどういう意味でせう、姫?」
滝壺「……私は姫じゃない」
上条「そこはいいの!はいはい、さっさと答える!」
滝壺は?と頭に浮かべ、少々俄然としないながらも口を開いた。
滝壺「かみじょう自身に。全部」
それは、捉え方を間違えたら告白のようにも受け取ることが出来たかもしれない。
だが上条はそれはないと否定する。
彼女のようなタイプはあまり見ないが、それでも一目惚れなどをするタイプではないだろう。
上条「だから、どういう意味なんだよ、えっと、あー……」
再び問いただそうとして、ここでようやく気付いた。
彼女の名前を知らない。
上条の様子を見て滝壺もようやく気づいたらしく、驚いたように手で口元を押さえた。
表情の変化が些細だからあまりそうは見えないが。
滝壺「ごめんなさい。こっちが名前知っていたから、教えた気になってた」
前髪が微かに揺れる。
どうやら頭を下げたらしい。
上条的には名前の事よりも届けてもらったことのありがたみの方が大きいので、そんなことで頭を下げられても困ったりする。
だから激しく顔の前で手を振った。
上条「いやいやいや、そんなこと全然気にしないって!」
滝壺「……そう?」
滝壺は軽く上目遣いで上条を見た。ちなみに彼女は全くこれっぽっちも計算などしていない。
それでもやはり上目遣いというのは効果抜群なようで、上条も少し視線を逸らしながら続ける。
上条「ああ。今から教えてくれれば、そんなのなんも関係ないからな」
滝壺「ありがとう、かみじょう」
言い、彼女は淡く微笑を顔に貼りつける。
その顔をみて、上条は思わず自分の顔が赤くなるのがわかった。
どうしてだろう、なんてことない愛想笑いのはずなのに。そんなことを思っている間に彼女の表情は元のそれへと戻る。
滝壺「それじゃ、改めて。私は滝壺理后。名前の感じは、理科の理に、皇后の后で理后」
上条「なんだか賢そうな名前だな……じゃあ俺の名前は……って、知ってるんだっけ」
上条がそういうと滝壺は首を振る。
滝壺「私は一方的に知っただけだから、かみじょうにも自己紹介して欲しい」
上条「……そっか。じゃ、こっちも改めて。上条当麻だ。当たるに麻で当麻。よろしくな滝壺」
滝壺「うん、よろしく」
上条が軽く差し出した手に滝壺もゆっくりと手を伸ばす。
彼女の手が上条に触れた瞬間、少しばかりひやり、とした。
上条(…………?冷たい?)
しかしすぐに人の温もりが伝わってきて、気のせいか?と思い直す。
上条「……それで滝壺。俺の全部って……何が気になるんだ?」
滝壺「簡単に言えば、『自分だけの現実』。それが解析できればその人の全てがわかるから」
能力者である以上持っている『自分だけの現実』。
その人の根幹にあるもの、信念、或いは信条。はたまた心の支え。
解析すれば確かにそれがわかる。
上条「……よくわかんねーけど、そういうのって病院にある機械とか必要なんじゃないのか?」
滝壺「ううん。私自身がその機械の役割を果たすから、大丈夫なの」
普通は、と小さく付け足す。
上条はなんだかすごいトンデモスキル持ってんだなーと感心する。
上条「……なら、それで俺の『自分だけの現実』ってやつを解析すればいいんじゃないか?」
滝壺「私は『能力追跡』だから」
上条「エーアイ……なんだって?」
滝壺「AIMストーカー。私はAIM拡散力場がないと、それを観測できないの」
上条「そっか……そういえば俺って無能力者だからなぁ……」
それに対しても滝壺はううん、と首を振った。
滝壺「……無能力者でも、AIM拡散力場がないっていうのはありえない。だって、眼に見えないだけで何かしらの能力には目覚めているはずだから」
上条「……ん?ってことは、俺は能力自体がないってことになるけど……」
それはない、と上条は確信している。
異能の力ならば何でも打ち消す右手、『幻想殺し』がそれを証明してくれる。
滝壺は少し興奮しているように上条に詰め寄った。
滝壺「それが有り得ないこと。だから、かみじょうを知りたい。今までこんな人いなかったから、かみじょうを――――」
言いかけ。
ピリリリリリ――――と大気が振動した。
けたたましい飾りのない着信音を奏でるのは上条の携帯ではない。
今まさに上条に近づいていた滝壺の携帯だ。
滝壺「……ごめんね、かみじょう。ちょっと待ってて」
そう言ってピッ、と通話ボタンを押す。
うん。うん。わかった。とそれだけ答え、彼女は通話を切る。
僅か十数秒の出来事だった。
ふぅ、と滝壺は小さく溜息を吐いて、隣に座る彼に申し訳なさそうに向き直る。
滝壺「ごめんなさい。急な用事が入ったから……」
上条「いや、いいっていいって、そんなかしこまらなくても。ほら、もう空も赤一色だし、俺もそろそろ帰らなきゃって思ってたしな」
謝罪を重ねる滝壺に上条はさりげなくフォローを入れる。
そんな上条の言葉を聞いて滝壺はほっ、と胸をなで下ろす。
滝壺「……出来れば、話の続きをしたい。連絡先、教えてくれる?」
上条「……ああ、いいぞ」
上条もさっ、と携帯を差し出すと、ものの数秒で連絡先の交換が終わる。
それを受け取って中身を確かめた後、滝壺は携帯を大事そうに胸に抱えた。
滝壺「……それじゃあね、かみじょう。ばいばい」
上条「ああ、またな」
うん、と滝壺は頷いて立ち上がる。
ちらり、と上条を見て、数歩歩いてまたちらり、と上条を見る。
上条が手を振ると、少し恥ずかしそうに、しかしうれしそうに滝壺も小さく手を振り替えしてくれた。
その後は振り返らず、滝壺はゆっくりと公園から出て行った。
そしてそのまま公園には上条だけが残り、彼は首を傾げながら彼女を想う。
上条「滝壺か……不思議な娘……なのか?」
誰も聞かないそれは一人言として、紅い空に消えた。
絹旗「――ふっ!」
ドゴン!と彼女が振るった拳がコンクリートに当たると同時、そこはクレーター状に凹む。
それを真横にうけた男は力なく崩れた。
どうやら直撃したと思い気絶したらしい。
全部が終わった後、滝壺は一人の男が持っていた銀のアタッシュケースを拾う。
滝壺「……これ?」
麦野「そうみたいね。んじゃ、ウチらの仕事はここまでってわけで」
そう言うと麦野はコキコキ、と首を鳴らした。
フレンダ「……結局、四人も集まる必要なかったわけよ」
実質的な戦闘にはまるで参加しなかったフレンダが言う。
彼女の基本的な戦術は爆弾など。それが真に生かされるのは迎撃時。
しかし今回のような遊撃戦になると意外に出番は少ない。いや、それでもそれなりに体術の心得はあるわけだが。
触れただけで制圧できる絹旗と第四位の麦野がいればそれは殆ど意味はない。
そんなフレンダの声に麦野から声が飛ぶ。
麦野「んなこといったって、今回はマジに緊急収集じゃないの。他の暗部組織も全部可動中って話よ」
麦野「そんな中私たちだけ逃がしたらたまったもんじゃないわ。だから予測の自体があった時のために皆を呼んだってこと」
麦野「……昨日逃がしたあとも後片付けは面倒だったしね」
絹旗「昨日のはそんなに面倒だったんですか……それは超災難でしたね」
麦野「そーよ。……思い出したらまたムカツイてきた」
フレンダ「え、もしかして私もう一度オシオキなわけ?」
麦野「……そーね、それもいいかもね」
フレンダは藪を啄いたら蛇が出たと、麦野の発言に慄く。
麦野「……冗談よ。昨日は昨日で済ませたんだから。それよりもとっとと帰るわよ。また運転手が補導されてちゃたまったもんじゃない」
やれやれと言わんばかりに麦野は首を振る。
皆それに続き、滝壺もアタッシュケースを抱いて追う。
しかし絹旗は滝壺が並ぶまで待ち、そのアタッシュケースの取手をつかんで彼女から引き離した。
絹旗「私が超持ちますよ。滝壺さんには途中でお呼出してしまいましたからね」
滝壺「いい、気にしない」
絹旗「いいですから。早く行きましょう」
滝壺は絹旗と後二回ほど押し問答を繰り返し、それで諦める。
結局今日は呼び出されるだけ呼び出され、何の役目もなく終わったから荷物ぐらいは持とうと思っていたのだ。
表の通りから程良く離れた場所に止まっていた車に四人は乗り込み、それは静かに発進する。
浜面「……で、今日の仕事ってなんだったんだ?」
浜面は運転手の方から後ろの三人と、助手席に座る麦野に話しかける。
麦野「あー、データを盗もうとしてた奴の粛清」
ズバン、とねとジェスチャーで麦野は軽く説明する。
実はものすごく残酷なことを言っているのに、彼女たちにはこれが普通だから誰も気にしない。
勿論、運転手の浜面も。
麦野「浜面もデータ盗んだら、知り合いのよしみとして私が殺してあげるから」
浜面「普通に殺すのかよ……」
麦野「当たり前のことに何いってんだか」
浜面は溜息さえつかない。
麦野の言っていることは恐らく真実だから。
もしも自分が裏切るような真似をしたら真っ先に始末しにくるのがこの女だと彼は確信していた。
浜面(……こえぇな、麦野沈利……出来れば一生敵に回したくないもんだ)
彼は心の中でつぶやいて、ハンドルをきった。
裏に続く道はいつの間にか抜け、表のビルが立ち並ぶ道路に出る。
白い光を放つ街灯がそれを実感させた。
ふぅ、と一度息を吐いて、浜面はバックミラーで後ろの三人を見た。
そこで一人の少女が目に留まる。
浜面「……滝壺が携帯いじってるなんて珍しいな」
彼は意外そうにそういい、後部座席の真ん中に座るフレンダも声をあげた。
フレンダ「あ、それ私も気になってた。滝壺はゲームするタイプじゃないし、かと言ってメールする友達も……いるの?」
滝壺「うん。最近出来た」
フレンダ「へぇ、そうなんだ……でも結局、滝壺ってそんなに人とかかわらないタイプじゃなかったっけ?どうやって交換したの?」
絹旗「……別に超気にすることないんじゃないですか?滝壺さんにだって滝壺さんのコミュニティがあるでしょう」
フレンダ「いや、まぁそんなんだけどさ」
フレンダの追求に絹旗がフォローを入れて、フレンダは矛を収める。
しかし気になって仕方がないという面持ちだ。
麦野も浜面と同じくバックミラーで三人を、特に滝壺を見る。
携帯の光に照らされるその顔は僅かながら赤くなっているようにも見えた。
たったそれだけの情報で麦野は回答に辿りつく。
麦野「……男、か」
ぼそ、と呟いたそれは狭い車内で当然のことながら全員の耳に入る。
絹旗は僅かに顔を強ばらせ、フレンダは驚きに目を開く。
浜面も動揺し、僅かにハンドル操作を誤った。
フレンダ「え、マジ!?男!?」
滝壺「……男の子。だけど、友達」
バレてしまっては仕方がない、と滝壺はフレンダや麦野の反応を肯定しつつ、それでいて皆が期待することを否定する。
そういった話に食いつくのは何も女子だけでなく、男子も多少は気になる。
浜面「……ってことは、昼間速攻でいなくなったのも?」
滝壺「……うん。彼に会いにいってた」
ほー、と浜面は意外そうな声をあげた。
なんとなく滝壺が友達とは言ったものの、人に対して積極的になるとは思っていなかったからだ。
それじゃあ今日悪いことしちゃったのかなーとフレンダはさりげなく思う。
そんな滝壺に質問いく中、麦野は絹旗に言及する。
麦野「絹旗。アンタ、知ってたでしょ?」
絹旗「なんの話ですか?私も超初耳でしたけど、滝壺さんも一端の女性ですしそうでもおかしくはないと思いますよ」
そのさらりと受け流す彼女の返答に、麦野は苛立を覚えた。
自分にしか聞こえない程度でチッ、と舌打ちをする。
麦野(……ま、こっちはいいか……別に。それよりも問題は……)
渦中の滝壺理后の方。
そう考えて、麦野は釘を打つべく彼女の名前を呼んだ。
麦野「……滝壺。一応って言っておくけど、」
滝壺「わかってる」
しかし滝壺は麦野の発言を遮って言う。
ぱちん、と携帯電話を閉じて、外を眺めつつもう一度繰り返す。
滝壺「わかってる」
それは、どこか憂いや諦めを孕んだ声で。
今日も『アイテム』は学園都市の闇を駆ける――――
―――――――――――――――――――
『今日はごめんね。いきなり用事入っちゃって』
『あの時も言ったけど、別にいいって。それより用事はもう済んだのか?』
『うん。結局私が行ってもあまり関係なかったけど。
それより、明日は開いてる?今日のことの続きを話したいから』
『明日?これはまた急だな』
『だめ?』
『……ええい、わかった!上条さんが一肌脱ぎましょう!
何時にどこで集合する?』
『それじゃあ、場所は――――』
「……お前には明日、一つ仕事をしてもらう。成功したら命は助けてやってもいい」
「あァ?オマエ何勝手に決めてンだよ。こんなクズ、とっとと殺しちまえば済むことだろォが」
「俺には俺で、組織とは別な仕事がある。上の奴直々のな」
「上、か……チッ、尻尾振って機嫌取りか、めんどくせェ」
「そう言うな、一方通行。お前にはあまり関係のないことだ。それに、こいつを使う許可も貰ってる」
「……さっさと言え、か。そんなに助かりたいのか?まぁいい、仕事は簡単だ。一つの場所で一つの事件を起こしてくれればいい」
「その場所は――――」
昼ごろ、上条は街中を歩いていた。
理由はただひとつ、昨夜来たメールで待ち合わせたからだ。
上条「えっと……ここらへんだよな」
待ち合わせは第七学区とは言っても、それなりに広い。
上条がよく行く場所といえば、朝の登下校時に通る場所とか、稀に服とか買いに街に出る程度のものだ。
よくもまぁ、そのたびに不幸に巻き込まれているとは思う。
話を戻そう。
そんな上条当麻でも、その広い第七学区を網羅しているわけではない。
寧ろわからないところの方が多いくらいだ。
待ち合わせ場所も、またその一つ。
上条「……ここの公園か?」
昼間ということもあり、子供もそれなりに多い。
その公園の砂場では自分の背丈の倍はあろうかという城を作っていたり、またブランコや滑り台で和気藹々と遊んでいた。
そこを見渡すと、また見慣れたジャージ姿が目に映る。
上条「……よっ、滝壺。待ったか?」
滝壺「私もいま来たところ。とりあえず、おはよう」
上条「ああ、おはよう……ってかもう昼な気がするけどな」
時計台の下で棒立ちだった滝壺に近づき、挨拶を交わす。
そして上条も彼女の見ている光景を見る。
数秒前とさして変わらず、彼らは、彼女らは遊んでいた。
滝壺「……いいな」
滝壺がぼそりと漏らした。
上条は上条なりにそれの意味を分析し、彼女に問いかける。
上条「子供とか好きなのか?」
滝壺「違うよ、そういう意味じゃないの」
そして話は切れる。
空高くをヘリコプターが飛び、付近の電工テレビ画面では天気予報がやっていた。
上条に滝壺の心理は計り知れない。
当然、という人もいるかもしれない。
なぜなら彼女と出会ってからまだ数日しか経過していないのだから。
しかし、上条はそんな言い訳の上に胡座をかきたくはなかった。
だから彼は彼女の言ったことの意味を聴こうと口を開く。
上条「……なぁ、滝壺?」
滝壺「……なに?」
彼女は視線をそらさない。それは暗に拒否を示していた。
上条は思う。まだ早い、と。
もっと、もっと親しくなってからでは話してはもらえないだろう、と。
果たして彼はまた別の事に対して口開く。
上条「早速なんだけど、昨日の続き……聞いてもいいか?」
滝壺「……うん。いいよ」
滝壺は緩い顔を上条に向ける。
滝壺「まず……能力者は全員微弱ながらも『自分だけの現実』を持ってる。だからAIM拡散力場が生まれる。それはわかる?」
上条「ああ。つまりあれだろ。自分が『電気を出せる現実』を持ってればその『電気を発するための力場』が生じるってことだよな?」
滝壺「そう。それは今も言ったとおり、能力者なら例え無能力者だろうと持っているもの」
けれど、と滝壺は紡ぎ、それに対して上条がつなげる。
上条「俺にはそのAIM拡散力場がなかった、と……」
滝壺「……うん」
数秒の沈黙。
口を開くのは知識が足りない上条ではなく、勿論滝壺の方だった。
滝壺「私の能力はAIM拡散力場を観測する能力」
上条「……ああ、それは昨日聞いた気がする」
滝壺「だから、それを感じられないかみじょうに興味がある」
なるほどな、と改めて上条は思った。
つまりは知的好奇心。
自分の知らないことに対して興味をもつのは人として当然の反応とも言える。
それも、自分の根底に関わるものだとすれば尚更。
いつの間にか滝壺は顔だけでなく体全体をこちらに向けて、詰め寄っていた。
滝壺「だから、かみじょう。私と、付き合って欲しい」
上条は、構わない、と思った。
できる事ならば彼女が隠していることも知りたいし、彼女の力になってあげたい。
……けれど、それよりも滝壺理后の知りたいことの理由にもっと早く答えてあげられるかもしれない。
上条「……あのー、少しいいですか滝壺さん?」
滝壺「どうしたの?」
上条「えーっと……俺の能力についての話なんだけど…………実は俺、」
刹那。
癇癪玉のような悲鳴が響き渡る。
弾けたように彼らはその中心を見ると、子供が高校生ぐらいの男に手を引っ張られていた。
その男のもう片方の腕には女の子が一人抱えられている。
男「テメェもこいっ!」
子供「やだやだ!放してっ!!」
男の目が細まる。
上条がやばい、と思い、駆け出したときには既に遅かった。
一瞬にして、フッ、と男と子供達が目の前から消失する。
上条「なん――――ッ!?」
誘拐。
すぐに理解できた。
学園都市は非道だ。上条当麻は『妹達』の件でそれをよく理解している。
きっと、今から『風紀委員』や『警備員』に連絡しても捕まらない可能性が高い。
追わないと。彼はすぐにそう判断する。
上条(今の瞬間移動を見るに、相手は『空間移動』……ルートがわからねぇ!)
上条「くそっ!」
上条は力任せに地面を殴ろうと拳を振り下ろす。
が、しかし。
それは地面に衝突する直前にて止められる。
滝壺「大丈夫」
滝壺は呟く。
その言葉に確たる芯を込めて。
今までになかった響きに、上条はゆっくりと顔を上げて、滝壺の顔を見た。
上条「滝……壺?」
滝壺「大丈夫」
繰り返す。
そこにある顔は、先程までの眠たそうな表情ではない。
瞳に光があり、声もはっきりしている。
まるで、こちらこそが正常な、本当の滝壺理后であるというように。
彼女は機械的に、そして上条に希望を与えるように、告げる。
滝壺「私は、AIMストーカーだから」
追跡が、始まる。