とある世界の残酷歌劇 > 終幕 > 04

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無数の羽毛が舞い散る、まるで映画のワンシーンのような光景。 フィルムをそこだけ切り取ったように白の欠片が宙で静止していた。 それは異界の存在が本来あるべき姿だろうか。 普遍的な流れから取り残され、未元物質は世界に浮かぶ染みのように白のノイズを放つだけの存在となっていた。 まるで時間が停止したよう。 「確かに『未元物質』はこの世のどんな素粒子でもない、全く別世界のものかもしれない。  でもこれは、普通の物質に『未元物質』を混ぜて性質を変化させただけの99%が既存の物質。  たった1%ごときでこの世の常識っていう、いわば世界そのものなんかを破れるはずがないじゃない」 「だったら――!」 放たれた三度目の光撃は、矢張り御坂には届かなかった。 「またそれ? どうして私に効かないのか不思議?  自分のそれがどういうものなのかも分かってないの?  じゃあ教えてあげる。……単純な話、それが凄く常識的な素粒子だからよ」 御坂が『未元物質』に直接干渉できる理由は、たった一つ。 『未元物質』が素粒子としての体裁を保っていて。 そして、彼女に対しては致命的な欠点を持っているからに他ならない。 御坂はどうして垣根がそれに思い当たらないのかと不思議そうに首を傾げ。 「アンタのそれ――電荷があるじゃない」 一言、そう言った。 「電荷があるなら私の能力が効く。クーロン力が働く。  だから私は、アンタの『未元物質』に対抗できる。たったそれだけの話よ?」 それは素粒子の持つ性質の一つ。 酷く常識的な、単純な物理の問題だった。 素粒子が電荷を持っているなら帯電もするし、クーロンの法則に従い荷電粒子に干渉が生まれる。 何の変哲もない酷く簡単な物理。この世界の根本を構成する一要素の話。 そして御坂は電磁を統べる超能力者だ。 ただその身に雷電の属性を纏っているというだけで彼女の支配下にある。 世界を構成する最も小さい存在要素――素粒子。 万物の最小極点にすら御坂の力は干渉する。 即ち――彼女はこの世の条理そのものに干渉し得る、と。彼女はそう笑う。 物理法則を超越することが適わぬ未元物質は、彼女の属性を帯びざるを得なかった。 故にそれは致命的な弱点となる。 だが――と垣根は瞠目した。 「ふざけんなよテメェ!」 そんなことがあっていいはずがない、と。 けれど同時にそれ以外にないだろう、と。 矛盾した感情が衝動のままに吐かれる。 「それは――『超電磁砲』なんかじゃねぇだろう!」 予知めいた、ある種の確信。 彼女の紡いだ言葉は彼女の持ち得ないものだと垣根は覚る。 「それは――御坂美琴なんかじゃねぇ――!」 垣根は感情をそのままに、吐き出すように彼女に吼える。 「ええ、これは――私なんかじゃない――」 御坂は感情など綯い交ぜに、たおやかに彼に微笑する。 「その力は――」 「この力は――」 そして唱和するのは、皮肉にも二人にとって最も忌まわしい言葉。 抗えぬほど深い因果によって糾われた、単極しか存在しない禍福の鎖。 「「一方通行――――!」」 超能力者、第一位。 学園都市の頂点に君臨した最強最悪の能力者の冠する名だ。 ―――――――――――――――――――― 「なーに不思議がってんのかなー」 給水塔に腰掛けたフレンダは投げ出した足をぶらぶらと揺らしながら目を細める。 「結局、滝壺がどうしてあんな妙な能力を持つ破目になったのか。  『暗闇の五月計画』がどうして発足したのか、まさかアンタが分かってないはずないでしょうに」 能力者に別の能力者の演算パターンを埋め込み、能力そのものを改造する。 その計画には何も『一方通行』だけが用いられたわけではない。 「そもそもが、よ。結局あれは私の能力のせいで生まれた計画だもの。  他人の頭の中をフォーマットする私の能力があったからこそあの計画が立ち上げられた。  私の能力の本質は頭の中の統一化。ただ、もしそこで元の能力を残したままフォーマットだけ変換したらどうなると思う?……もちろんタダじゃ終わらないわ。  新しいフォーマットに合わせ演算パターンの最適化が行われ、能力は斜め上にぶっ飛んだものになる。  結局、どうして私が『アイテム』にいたのか。麦野だけじゃ単純に他の連中に対抗できなかったってのもあるけど、そういう経緯もある訳よ。  絹旗は『一方通行』のフォーマットが埋め込まれたけど、滝壺の『能力追跡』の元には私の『心理掌握』の形式が使われた。  だからあんなトンデモ能力になったのよ。『心理掌握』形式に耐えられるヤツなんてほとんどいなかったけど、あの子は見事に適応してみせた。  体晶の相性がいいのも当たり前じゃない。素体は別だけど、結局あれの精製方法も私から来てる訳なんだし」 つまり――今の御坂は――。 「『心理掌握』でミサカネットワークのログから解析した『一方通行』の演算パターンをカスタマイズして組み込んだ『超電磁砲』。  超能力者の奇数番台三人を複合した能力者……足りない地力の演算力はネットワーク経由で妹達に代理演算させて補う。  そのお陰で今や『超電磁砲』は『一方通行』とも互角の強度になっているって寸法か」 第七位はまぁ別格だけど、とフレンダは、眼下、給水塔に背を預けるように立つ金髪に肩を竦めた。 「何? 結局、アンタも見物?」 「そんなところだにゃー」 「物好きね」 返された言葉に適当に相槌を打つ。 二人の視線は交わされず、その先は宙を舞う双の超能力者へ向けられている。 「今日は青髪ピアスくんじゃないんだな」 笑いを堪えるような土御門の言葉にフレンダは向ける事なく苦笑を返す。 「結局、あんまりリソース裂きたくないんだけど……それともそっちの方が好み?」 「いーや」 ごん、と後頭部で給水塔を叩き、土御門は言う。 「最後くらいはなしでいいんじゃねーの」 「……せやね」 「その嘘くさい関西弁も」 「うっさい」 はは、と土御門は見たこともない級友の表情を想像して笑った。 失われたあの眩しい日々が戻ってくることはない。 三人は元より、残された二人もこれが最後となるだろう。 土御門にはそういう漠然とした予感があった。 きっと今日で全てが終わる。 二人の視線は決してお互いの方に向くことはない。 今、土御門に彼女の姿は生のままに認識できるだろう。 だからこそ、きっと見られたくないだろうと土御門は意図して彼女を視界から外した。 「そういえばな」 土御門は変わらず、いつもの平凡で退屈な教室での会話のような口調で言った。 「あの子らはちゃんと保護されたぜぃ」 「そ」 「おいおい。礼の一つくらいあってもいいんじゃねーのかにゃー」 素っ気ない少女の答えに土御門は冗談めかして言った。 こういうやりとりも最後になるだろうと心の片隅で思いながら。 「嘘。ありがと」 「おう。お安いご用だ」 だから、と土御門は笑う。 ――自分たちは酷く間違っている。 最初からそんなことは分かっている。だがどうしようもないのだ。 踏み出さずにはいられず、逸る足を止まることなどできはしない。 そして何より――過ちを自覚しながらもどこか望んでいる自分がいる。 だから諦観しながら関与する。 だから後悔しながら切望する。 だから墜落しながら疾走する。 「だから――杞憂することはない。好きにやれ」 「……うん」 掠れた声は震えているようで、けれど確かなものだった。 「ところでさ」 「んー?」 「……結局、そこで見物するのはいいけど、パンツ覗かないでよね。スカートなんだから」 「オマエがメイド服だったら考えるかにゃー」 ―――――――――――――――――――― 「な――――」 マンションの一室、窓に張り付くように手を押し当て、遠くに見える光景に黄泉川愛穂は絶句していた。 「何の冗談じゃんよ、これは――」 窓の外、彼女の視線の先にあるのは爆発と白雷、そして眩いの閃光の軌跡だ。 夜空の暗幕を切り裂くように光が描かれる。 きっととてつもない轟音が響いているのだろうが距離があるために僅かにしか届かない。 それが逆に妙なシュルレアリスムを生み出してしまっていて、白昼夢のような不確かさの中で黄泉川は遠くの光を見ていた。 「超能力者よ。あなた、ついこの間見たでしょう」 一方、ソファに座ったままの芳川桔梗はようやく冷めたコーヒーの入ったマグカップをゆっくりと傾ける。 ガラスに反射する彼女は、つまらない映画でも見るような視線を夜景へと送っていた。 「雷光……第三位、『超電磁砲』ね。  もう一方は、順当に行ってれば『未元物質』かしら。第二位」 「そんな事を言ってるんじゃないっ!」 黄泉川の怒声がリビングに響く。 「単なる能力者の喧嘩とかいう次元を超してるじゃんよ!  この距離でも分かるようなレベルなら、今、あの下では間違いなく……!」 「ええ。巻き込まれた運の悪い連中が死んでるでしょうね」 鬼気迫る剣幕で自分を睨みつける友人の吐露を、芳川はそよ風程度に聞き流した。 達観しているような、そもそも興味もないような彼女の様子に黄泉川は奥歯を噛み締める。 そして同時に、足早に芳川へと歩み寄り、そのまま力任せに胸倉を掴み上げた。 強引に身体を揺さぶられるが予想していた動きだ。 直前にマグカップはテーブルに置いた。被害はない。 「アンタは……! あの惨状を見て何も思わないじゃんかよ……!」 「心外ね。私だって教師を志してた時期もあったんだし、心を痛めてるわよ」 のうのうと平時と変わらぬ様子でそんな言葉を吐く。 どうして自分の口からはこんな冷めた言葉しか出ないのだろうと芳川は思い、気付く。 何という事もない。既に自分は諦めてしまっているのだ。 睨み付ける黄泉川に目を合わせようともせず、ぼんやりと遠くの稲光を眺める。 「でも私たちに何ができるの? まさか警備員が鎮圧する? 冗談じゃないわ。  あれは戦争よ。超能力者なんて、それは一つの国同士が戦ってるようなものよ。  そんなのを、精々が対テロ程度にしか対応できない連中がどれだけ集まっても何もできないわよ」 「――っ」 芳川の言葉は客観的な事実だ。 学園都市の警備員には戦争級の対抗手段もあるが――それは外国、外敵用のものだ。 内部、能力者を想定した鎮圧兵器ではあの二人は止められない。 もしもこの街にそれを止められる手段があるとすれば、ただ一つ。 「そうね……あの子なら止められるでしょうけれど」 虚空に向けられた呟きは届かない。 もう、全てが手遅れでしかない。 ―――――――――――――――――――― 「――なるほど。そういう事か、アレイスター。これで軌道修正って訳だ」 虚空に向けられた呟きは届かない。 「つまりこれは、何もかもが手遅れで、もォどうしようもないンだな」 ―――――――――――――――――――― [[前へ>とある世界の残酷歌劇/終幕/03]]        [[次へ>とある世界の残酷歌劇/終幕/05]]
無数の羽毛が舞い散る、まるで映画のワンシーンのような光景。 フィルムをそこだけ切り取ったように白の欠片が宙で静止していた。 それは異界の存在が本来あるべき姿だろうか。 普遍的な流れから取り残され、未元物質は世界に浮かぶ染みのように白のノイズを放つだけの存在となっていた。 まるで時間が停止したよう。 「確かに『未元物質』はこの世のどんな素粒子でもない、全く別世界のものかもしれない。  でもこれは、普通の物質に『未元物質』を混ぜて性質を変化させただけの99%が既存の物質。  たった1%ごときでこの世の常識っていう、いわば世界そのものなんかを破れるはずがないじゃない」 「だったら――!」 放たれた三度目の光撃は、矢張り御坂には届かなかった。 「またそれ? どうして私に効かないのか不思議?  自分のそれがどういうものなのかも分かってないの?  じゃあ教えてあげる。……単純な話、それが凄く常識的な素粒子だからよ」 御坂が『未元物質』に直接干渉できる理由は、たった一つ。 『未元物質』が素粒子としての体裁を保っていて。 そして、彼女に対しては致命的な欠点を持っているからに他ならない。 御坂はどうして垣根がそれに思い当たらないのかと不思議そうに首を傾げ。 「アンタのそれ――電荷があるじゃない」 一言、そう言った。 「電荷があるなら私の能力が効く。クーロン力が働く。  だから私は、アンタの『未元物質』に対抗できる。たったそれだけの話よ?」 それは素粒子の持つ性質の一つ。 酷く常識的な、単純な物理の問題だった。 素粒子が電荷を持っているなら帯電もするし、クーロンの法則に従い荷電粒子に干渉が生まれる。 何の変哲もない酷く簡単な物理。この世界の根本を構成する一要素の話。 そして御坂は電磁を統べる超能力者だ。 ただその身に雷電の属性を纏っているというだけで彼女の支配下にある。 世界を構成する最も小さい存在要素――素粒子。 万物の最小極点にすら御坂の力は干渉する。 即ち――彼女はこの世の条理そのものに干渉し得る、と。彼女はそう笑う。 物理法則を超越することが適わぬ未元物質は、彼女の属性を帯びざるを得なかった。 故にそれは致命的な弱点となる。 だが――と垣根は瞠目した。 「ふざけんなよテメェ!」 そんなことがあっていいはずがない、と。 けれど同時にそれ以外にないだろう、と。 矛盾した感情が衝動のままに吐かれる。 「それは――『超電磁砲』なんかじゃねぇだろう!」 予知めいた、ある種の確信。 彼女の紡いだ言葉は彼女の持ち得ないものだと垣根は覚る。 「それは――御坂美琴なんかじゃねぇ――!」 垣根は感情をそのままに、吐き出すように彼女に吼える。 「ええ、これは――私なんかじゃない――」 御坂は感情など綯い交ぜに、たおやかに彼に微笑する。 「その力は――」 「この力は――」 そして唱和するのは、皮肉にも二人にとって最も忌まわしい言葉。 抗えぬほど深い因果によって糾われた、単極しか存在しない禍福の鎖。 「「一方通行――――!」」 超能力者、第一位。 学園都市の頂点に君臨した最強最悪の能力者の冠する名だ。 ―――――――――――――――――――― 「なーに不思議がってんのかなー」 給水塔に腰掛けたフレンダは投げ出した足をぶらぶらと揺らしながら目を細める。 「結局、滝壺がどうしてあんな妙な能力を持つ破目になったのか。  『暗闇の五月計画』がどうして発足したのか、まさかアンタが分かってないはずないでしょうに」 能力者に別の能力者の演算パターンを埋め込み、能力そのものを改造する。 その計画には何も『一方通行』だけが用いられたわけではない。 「そもそもが、よ。結局あれは私の能力のせいで生まれた計画だもの。  他人の頭の中をフォーマットする私の能力があったからこそあの計画が立ち上げられた。  私の能力の本質は頭の中の統一化。ただ、もしそこで元の能力を残したままフォーマットだけ変換したらどうなると思う?……もちろんタダじゃ終わらないわ。  新しいフォーマットに合わせ演算パターンの最適化が行われ、能力は斜め上にぶっ飛んだものになる。  結局、どうして私が『アイテム』にいたのか。麦野だけじゃ単純に他の連中に対抗できなかったってのもあるけど、そういう経緯もある訳よ。  絹旗は『一方通行』のフォーマットが埋め込まれたけど、滝壺の『能力追跡』の元には私の『心理掌握』の形式が使われた。  だからあんなトンデモ能力になったのよ。『心理掌握』形式に耐えられるヤツなんてほとんどいなかったけど、あの子は見事に適応してみせた。  体晶の相性がいいのも当たり前じゃない。素体は別だけど、結局あれの精製方法も私から来てる訳なんだし」 つまり――今の御坂は――。 「『心理掌握』でミサカネットワークのログから解析した『一方通行』の演算パターンをカスタマイズして組み込んだ『超電磁砲』。  超能力者の奇数番台三人を複合した能力者……足りない地力の演算力はネットワーク経由で妹達に代理演算させて補う。  そのお陰で今や『超電磁砲』は『一方通行』とも互角の強度になっているって寸法か」 第七位はまぁ別格だけど、とフレンダは、眼下、給水塔に背を預けるように立つ金髪に肩を竦めた。 「何? 結局、アンタも見物?」 「そんなところだにゃー」 「物好きね」 返された言葉に適当に相槌を打つ。 二人の視線は交わされず、その先は宙を舞う双の超能力者へ向けられている。 「今日は青髪ピアスくんじゃないんだな」 笑いを堪えるような土御門の言葉にフレンダは向ける事なく苦笑を返す。 「結局、あんまりリソース裂きたくないんだけど……それともそっちの方が好み?」 「いーや」 ごん、と後頭部で給水塔を叩き、土御門は言う。 「最後くらいはなしでいいんじゃねーの」 「……せやね」 「その嘘くさい関西弁も」 「うっさい」 はは、と土御門は見たこともない級友の表情を想像して笑った。 失われたあの眩しい日々が戻ってくることはない。 三人は元より、残された二人もこれが最後となるだろう。 土御門にはそういう漠然とした予感があった。 きっと今日で全てが終わる。 二人の視線は決してお互いの方に向くことはない。 今、土御門に彼女の姿は生のままに認識できるだろう。 だからこそ、きっと見られたくないだろうと土御門は意図して彼女を視界から外した。 「そういえばな」 土御門は変わらず、いつもの平凡で退屈な教室での会話のような口調で言った。 「あの子らはちゃんと保護されたぜぃ」 「そ」 「おいおい。礼の一つくらいあってもいいんじゃねーのかにゃー」 素っ気ない少女の答えに土御門は冗談めかして言った。 こういうやりとりも最後になるだろうと心の片隅で思いながら。 「嘘。ありがと」 「おう。お安いご用だ」 だから、と土御門は笑う。 ――自分たちは酷く間違っている。 最初からそんなことは分かっている。だがどうしようもないのだ。 踏み出さずにはいられず、逸る足を止まることなどできはしない。 そして何より――過ちを自覚しながらもどこか望んでいる自分がいる。 だから諦観しながら関与する。 だから後悔しながら切望する。 だから墜落しながら疾走する。 「だから――杞憂することはない。好きにやれ」 「……うん」 掠れた声は震えているようで、けれど確かなものだった。 「ところでさ」 「んー?」 「……結局、そこで見物するのはいいけど、パンツ覗かないでよね。スカートなんだから」 「オマエがメイド服だったら考えるかにゃー」 ―――――――――――――――――――― 「な――――」 マンションの一室、窓に張り付くように手を押し当て、遠くに見える光景に黄泉川愛穂は絶句していた。 「何の冗談じゃんよ、これは――」 窓の外、彼女の視線の先にあるのは爆発と白雷、そして眩いの閃光の軌跡だ。 夜空の暗幕を切り裂くように光が描かれる。 きっととてつもない轟音が響いているのだろうが距離があるために僅かにしか届かない。 それが逆に妙なシュルレアリスムを生み出してしまっていて、白昼夢のような不確かさの中で黄泉川は遠くの光を見ていた。 「超能力者よ。あなた、ついこの間見たでしょう」 一方、ソファに座ったままの芳川桔梗はようやく冷めたコーヒーの入ったマグカップをゆっくりと傾ける。 ガラスに反射する彼女は、つまらない映画でも見るような視線を夜景へと送っていた。 「雷光……第三位、『超電磁砲』ね。  もう一方は、順当に行ってれば『未元物質』かしら。第二位」 「そんな事を言ってるんじゃないっ!」 黄泉川の怒声がリビングに響く。 「単なる能力者の喧嘩とかいう次元を超してるじゃんよ!  この距離でも分かるようなレベルなら、今、あの下では間違いなく……!」 「ええ。巻き込まれた運の悪い連中が死んでるでしょうね」 鬼気迫る剣幕で自分を睨みつける友人の吐露を、芳川はそよ風程度に聞き流した。 達観しているような、そもそも興味もないような彼女の様子に黄泉川は奥歯を噛み締める。 そして同時に、足早に芳川へと歩み寄り、そのまま力任せに胸倉を掴み上げた。 強引に身体を揺さぶられるが予想していた動きだ。 直前にマグカップはテーブルに置いた。被害はない。 「アンタは……! あの惨状を見て何も思わないじゃんかよ……!」 「心外ね。私だって教師を志してた時期もあったんだし、心を痛めてるわよ」 のうのうと平時と変わらぬ様子でそんな言葉を吐く。 どうして自分の口からはこんな冷めた言葉しか出ないのだろうと芳川は思い、気付く。 何という事もない。既に自分は諦めてしまっているのだ。 睨み付ける黄泉川に目を合わせようともせず、ぼんやりと遠くの稲光を眺める。 「でも私たちに何ができるの? まさか警備員が鎮圧する? 冗談じゃないわ。  あれは戦争よ。超能力者なんて、それは一つの国同士が戦ってるようなものよ。  そんなのを、精々が対テロ程度にしか対応できない連中がどれだけ集まっても何もできないわよ」 「――っ」 芳川の言葉は客観的な事実だ。 学園都市の警備員には戦争級の対抗手段もあるが――それは外国、外敵用のものだ。 内部、能力者を想定した鎮圧兵器ではあの二人は止められない。 もしもこの街にそれを止められる手段があるとすれば、ただ一つ。 「そうね……あの子なら止められるでしょうけれど」 虚空に向けられた呟きは届かない。 もう、全てが手遅れでしかない。 ―――――――――――――――――――― 「――なるほど。そういう事か、アレイスター。これで軌道修正って訳だ」 虚空に向けられた呟きは届かない。 「つまりこれは、何もかもが手遅れで、もォどうしようもないンだな」 ―――――――――――――――――――― 「ふ――ざけんじゃないわよぉ――っ!!」 遠くに散る雷光に、麦野は叫ばずにはいられなかった。 彼女は走っていた。 必死の形相で夜の街を駆ける彼女は、まるで世界に取り残され泣いている子供のようだった。 暗部組織に属しているとはいえ年頃の少女だ。 外見には気を使うし自分のプロポーションの維持も並ならぬ努力が必要となる。 ファッションも、メイクも、疎かにはしていない。 ただ金を注ぎ込むだけでなくそれを存分に活用する術も身に付けている。 けれどそれが、今この時、どれだけ活きるというのだろうか。 邪魔なヒールをかなぐり捨て、裸足のまま夜の学園都市をひた走る。 普段の彼女からは考えられないほど無様に、まるで地べたを這いずるような様だった。 麦野自身は車の運転などできない。 無理に徴発しようにもタクシーどころか道を動く車は一つとしてない。 なら他の手段はといえば、交通網が整備された学園都市では自転車など絶滅危惧種だ。 最終下校時刻は過ぎている。電車も止まっている。 だから麦野は、己の力で走る他なかった。 運動は苦手ではない。 むしろ得意な部類だと言えるだろう。 体力や筋力は元より、瞬発力、持久力、反射能力、咄嗟の判断力。 どれを取っても同性同年代のアスリート選手と比べても引けを取らない。 暗部組織のリーダーとして培ってきた経験は彼女に充分なものをもたらしている。 格闘戦も得意だ。能力者を相手に大立ち回りも充分に演じられる身体能力を持っている。 だが麦野は顔を苦悶に歪めていた。 息をするたびに呼吸器系が熱を放ち、口の中には血の味が感じられる。 一歩を進めるごとに足に掛かる負担は鈍い痛みとなって身体を崩そうとする。 視界の色が失われているように見えるのは錯覚だろうか。 それとも単に闇に紛れた世界が単調にしか見えないせいだろうか。 横を過ぎる風景は幾ら走っても変わり映えしない。 無限の廻廊に閉じ込められていると言われても信じてしまうだろう。 けれど麦野は走る。 足を止めることなどできはしなかった。 「ばか、やろぉ――っ!」 だから代わりに、というように自然に口から叫びが漏れてしまう。 「アンタ、守るって言ったじゃない、絶対に賭けに勝つって言ったじゃない、垣根――!」 背後、彼女が駆けてきた方向には病院がある。 麦野がそこに辿り着いたのは惨劇に幕が下りてからだ。 滝壺と浜面は死に、絹旗は昏睡状態となっている。 もはや彼女が身を賭してまで必死に守ってきた『アイテム』は欠片も残っていない。 「っ――ぁあ――!」 街に人の気配はなく、世界に自分だけしかいないような錯覚を得ながら麦野は慟哭する。 足裏の痛みはとうに失せている。 感覚のない両脚に蓄積された疲労は鉄棒のように重く、一歩毎に自分の邪魔をする。 けれど足の動きを止める訳にはいかない。 一度止まってしまえばそのまま、動けなくなる気がした。 疲労はピークをとうに過ぎ、肉体的にも精神的にも限度を越えていた。 それでも足は止まらない。 何か、憑き物に急かされるかのように麦野は強引に手足を動かし走り続ける。 目的地は未だ遠く、遥か彼方の彼岸にすら見える。 空に光が閃く度に彼女の焦燥感は高まり、往かなければならないという強迫観念を呼び起こす。 辿り着けたからといって何ができるとも分からない。 けれど行かなければならない。 何故なら確信が麦野にはあった。 「最初から死ぬだなんて思っちゃいないわよ!」 どうしてもそんな事は起こらないと、そう確信していた。 だから今までずっと平気な顔をしていた。 心配はするだけ無駄だ。そう思っていた。 都合の悪い事からは耳を塞ぎ。認めたくない事実からは目を背け。 何も気付かない振りをして、不幸は全部自分で抱え込んでしまえばいいと思っていた。 それが何の根拠もない自信に繋がったのはどうしてだろうか。 「アンタが死ぬはずない! どんな事をしたって、アンタは死なないんだから!」 記憶の中にある顔に向かって、麦野は独り叫ぶ。 それを見てからどれだけも経っていないはずなのに、日に焼けた写真のような色褪せを感じてしまう。 きっと眩しいと、そう思えた笑顔が。 その笑顔がどうしてだろうか、酷く不吉なものに思えて――。 「そこにいるんでしょ、フレンダ――!!」 ―――――――――――――――――――― 垣根と御坂の戦いは、互いの決め手を失い拮抗状態となっていた。 垣根の『未元物質』は御坂の電磁に捕らわれ届かない。 御坂の『超電磁砲』もまた垣根の未元物質の前に阻まれる。 しかし両者とも攻め手を失った訳ではない。 学園都市の夜空を翔ける超能力者の交錯は白兵戦へと縺れ込んだ。 「おおぉおおおぉぉおおおお――!!」 垣根の気勢と共に振るわれるのは手に持つ白剣だ。 病的なまでの白。 それは世界から色を削り取った後に残る空白の欠落だった。 この世のどんな物質でさえも到達不可能な机上の産物でしかない真白。 それをそのまま具現化したような剣を手に垣根は宙を踊る。 色の正体は明白。この世の条理を無視する『未元物質』の真の形だ。 能力の本質、この世のありとあらゆる常識に囚われない異界の法則を抽出した異分子である。 故にあらゆる干渉は阻まれ、光すらも全反射されるがための白。 この世のあらゆる事象ごと世界を断ち切るその力は振るわれる度に白の軌跡を残し、残滓が羽毛の形となって桜吹雪のように散り消える。 剣に切っ先はなく、完璧な直線でのみ構成され見ようによってはただの細長い板でしかない形状は英国の慈悲の剣を思わせる。 翼を背に、夜天を飛翔するその姿はまるで聖戦の天使。 世の罪を断罪する絵画に描かれる神兵のままだった。 「なるほど、真打ち登場ってとこかしら。あらゆる物理干渉を拒絶する純粋な未元物質か」 「さすがに理解が早いな、優等生。その調子でもう少し年上への気の使い方も察してほしいんだが」 「お生憎様。私が気を使う相手は一人だけよ――!」 対する御坂の手には黒の剣。 無数の砂鉄が電磁力で編まれた、いわば物理法則の塊。 能力によって強引に結合された漆黒は彼女の意のままに形を変え、同時に比類なき強度を持っている。 電磁によって導かれた不定形の塊を振るう動きは本来意味のないものだ。 ただ『そうした方が力をイメージしやすい』というだけであり、その証拠に剣は常に形状を最適なものとして変化させ続けている。 彼女の足場となるのは周囲を旋廻する機械群だ。 砲弾を失ったとはいえその存在は御坂の武器となる。 時に地となり、時に道となり、そして時に盾となるそれらはどれだけ撃墜されようとも一向に数が減る気配すらない。 金属塊の包囲網を足場に、装甲を靴裏で踏み蹴り、電磁の腕で身体を引き寄せ、戦場を縦横無尽に飛び回る。 「でもそれが限界射程って訳ね。アンタの身体からいいとこ一メートルくらい。  雷や弾丸は止められるけど、私自身には届かない。だからアンタは私を殺せない――!」 「それはテメェもだろぉが。物理法則遮断を前に何ができるって言うんだよ――!」 叫び、垣根は翼で空を打ち白剣を振るう。 その度に鈴を幾重にも重ねたような音が響き空間が罅割れ羽毛が舞い散る。 彼の動きは常人の反応を凌駕している。 身体能力は明らかに人としての速度を超越している。しかし当然だろう。彼には人の常識は通用しない。 速さと飛翔の正体は他ならぬ『未元物質』だ。 相克し合う運動ベクトルの片方を遮断することで反発を生み無負担での高速戦闘を可能にしている。 至近距離からの神速の斬撃は必殺のものとなる。常軌を逸した異界の業はこの世の全てを切り取る魔剣だ。 「超次元干渉遮断。多分『空間移動』でも干渉不可能かな」 「正解だよ。あらゆる時空の全てを断ち切るこの未元物質は時間干渉すら切り捨てる。  一方通行相手には領域が足りなくて無意味になるから使わなかったがテメェになら、なぁ、充分だろぉがよ!」 白刃が世界を断ち切り、次元界面ごと両断された駆動鎧が両端の翼によってそれぞれがあらぬ方向へ暴飛し、爆発四散する。 しかし生まれた金属片は御坂の電磁界に取り込まれ再び飛翔を得る。 「アンタが私に対抗できるように、私もアンタに対抗できる。  常識が通用しない? 馬鹿言うんじゃないわよ。そんなのアンタだけの思い込みに過ぎないんだから!」 多重発生した電磁誘導のレールにより金属片が垣根に向かって撃ち出される。 爆発で飛び散ったそれぞれが彼を中心とした放射状の軌跡を描き中心部へと投射された。 「だから効かねぇっつってんだろぉが!」 白剣を切り払うと同時に切断された空間から無数の羽毛が溢れ出る。 それらは垣根の前に瞬間で広がると打ち出された砲弾を残らず受け止め込められた力を全て消失させた。 そして弾丸となった金属片は緩やかに落下する。 御坂は地球の重力に引かれる金属群へと意識を伸ばし、再度の投射を用意する。 「――」 が、速度は変わらず落下が継続される。 待ち受ける電磁の網をすり抜け御坂の意思を無視して地上へと落ちていった。 「……未元物質の混ぜ込みで干渉方式を書き換えた、かな?」 「さっすがぁ。ご明察だよ」 落下する金属片たちは電磁干渉を受け付けなくなっていた。 未元物質との衝突の際に異界の素粒子と融合され法則性を書き換えられた弾丸はもはや御坂に従いはしない。 「リサイクルもいいけどな、意固地にやると貧乏臭い――ぜっ!」 魔速による迫撃を、またしても御坂は避けた。 電磁場のゆらぎを捕らえる彼女の眼は最速の反応を持つ。 条理を無視する『未元物質』の挙動は空間に隠しようもない破壊を生み、それらは全て光速で知覚される。 人の反応速度の限界は彼女の能力によって補われている。神経系を伝達される電気信号は全て彼女の制御下だ。 脳の演算処理は刹那で行われ反射と等速の行動を可能にしていた。 「物持ちはいい方なのよ」 唐竹割りに迫る未元物質の剣を真横への高速スライドで躱し、同時に右手を基点に展開していた電磁鉄剣が伸びる。 その一粒一粒が『超電磁砲』の威力と速度を纏った刺突もまた知覚を彼方に置き去りにする狂速だ。 一瞬、電磁波に誘発された砂鉄の高速振動により耳鳴りのような甲高い音が生まれ、直後の雷鳴に掻き消された。 鉄鎖の伝導を利用し僅かに先行して放たれる雷撃が空気を割り裂き真空を生み大気摩擦を失わせる。 電気抵抗により灼熱を纏った黒の剣は錐の如く垣根の喉を狙い貫かんとする。 超高速の磁鉄の進撃にしかし垣根は対抗する。 彼もまた素粒子を操る能力者だ。 戦場全体を包むように舞う未元物質は御坂のものと同等の反応速度を彼に与える。 干渉できず干渉されない、無そのものという第三の未元物質。 その様を知覚できるのはこの世でただ一人、垣根だけだ。 伝達速度は物理法則にすら縛られない。 この世の最速である絶対光速すらも凌駕して、完全なゼロ秒で垣根は黒剣の突撃に抗する。 迎撃は矢張り未元物質、手にした白剣だ。 刺突を合わせる動きで伸びる黒を中心から破断する。 左右に割られ霧散した砂鉄は風に巻かれる。 「コイツは単なる絶縁体じゃねぇ。  今、電磁誘導の法則そのものをぶった切った」 「…………」 風に乗り飛散した砂鉄は、今度は再度の干渉が効く。 無数の砂鉄と直接干渉によって御坂と連結接続された不定形の剣に対し防壁は通用しない。 直接迎撃を行わなければ最初の数粒を無力化したところで回りこまれる。 精密な挙動により羽毛の隙間を縫うことも可能だっただろう。 だから直接的に、砂鉄剣を連結していた電磁干渉そのものを異界の法則で上書き無力化した。 「この剣に触れた瞬間にテメェの能力そのものが絶ち切られるぜ」 とん、と軽い音を立て、御坂は宙を舞う駆動鎧の一つに着地する。 唐突な停止に垣根は眉を顰めた。 彼女は上空の強い風に纏う黒衣をはためかせながら僅かに俯く。 小さな震えは寒さからだろうか。右手で左の腕を身に寄せるように抱く。 左の手はずっと、上着のポケットに入れたままだ。 そして。 「あぁ――」 と息を吐いた。 それは歓喜と悲嘆と憤怒と嫉妬の混ざったような、混沌とした感情の吐露だった。 そしてこの時始めて、笑み以外の顔が垣根に向けられる。 「そういう、こと、やっちゃうんだ」 直後、彼女の言葉を掻き消すように。 周囲の全てが光に包まれた。 [[前へ>とある世界の残酷歌劇/終幕/03]]        [[次へ>とある世界の残酷歌劇/終幕/05]]

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