とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 18

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「――それで、おしまい」 全てを語り終えた御坂は苦笑するようにはにかんだ。 「これって中々恥ずかしいわね。慣れない事はやるもんじゃないわ」 「――――――」 それに答える声は、ない。 彼女の眼前に力なくへたり込んだドレスの少女はぴくりとも動かなかった。 目を見開いたまま、瞬き一つせず、眼球の渇きを防ぐためか涙を滂沱と流しながらも身動き一つない。 その両眼に生の光はなく、彼女の瞳は周囲の光を反射しているだけの鏡でしかなかった。 御坂は暫く彼女の顔をじっと覗き込んでいた後、その頭を掴んでいた右手を離した。 「最後まで聞いてくれてありがと」 それから御坂は彼女に背を向けると、その指先でエレベーターの操作パネルのスイッチを押す。 ――――“R” ゆっくりとモーターが動き出し、連結したワイヤーが重い鉄の箱を暗い坑の底から上へ上へと引き上げる。 対し同等の質量を持つカウンターウェイトが奈落へと沈むように、下へ、下へと降ろされてゆく。 「ところでさ」 微かな振動を鼓膜と足裏で感じながら御坂は背を向けたまま彼女に再度言葉を投げた。 「アンタ、名前は? 私まだ聞いてないんだけど」 彼女がその答えを口にすることはなく、代わりに応えたのは酷く簡素な乾いた電子音。目的の階への到着を知らせる機械の声だった。 「……答えらんない、か。まぁそれもそっか」 ごとん、と重い響きを伴って鉄箱の扉が開く。 その先には暗い通路と瓦礫と化した扉、そして――無人の、戦闘と破壊の痕跡の色濃く残る屋上。 「ほらほら、手を繋ごうよ」 御坂は力なく垂れ下がった彼女の手を取り握ると、強引に引っ張った。 それに対し微塵も抵抗しない彼女はそのまま体勢を崩し、そして地球の引力に引かれるままに倒れ――。 ごとん、と鈍い音が響く。 例えるならばボーリングの球を投ずるときのあの独特の音。 重い何かが床面に落下するときのもの。 けれど御坂はそれに頓着する様子など一切なく、手を引くというただ一つの動作だけを実行する。 まるで壊れた機械人形が意思のないままに自動的に動くように。決められた手順のみを絶対の無感情をもって遂行するように。 ずる――ずる――と、弛緩し切った体は重く、それでも御坂は強引に引き摺っていく。 結果として全ての抵抗なく為すがままの彼女は御坂に引き摺られる事となる。 豪奢なドレスは埃と砂に塗れ、擦過によって無数の小さい傷が刻まれてゆく。 御坂はただ前方を向いたまま、引き摺られる少女には目もくれず、誰か――友人にでも語り掛けるような親しげで朗らかな声で問う。 「ねえ、歌は好き?」 ごり、と嫌な音が響く。 本来屋内と屋上とを繋ぐ扉があった場所、崩落した瓦礫の一つに引っかかった少女の体が大きなコンクリートの塊を押し、 同時に彼女の露出した白い腕、肩から少し先の場所に傷が生まれる。 石塊からほんの少し突き出した鋭利な角状の部分が彼女の肌に突き刺さり肉を抉り赤い傷を刻み付ける。 引き裂かれた肉の間からどろりと赤黒い血が溢れ滴る。 粘液質の光沢を帯びた赤い血は白い肌を流れ、腕と床との接触面へと落ちる。 そして引き摺られるたびに画布を絵筆が撫でるように床にその赤い顔料を擦り付け掠れた一本の線を引いてゆく。 「マザーグースって知ってるかな」 繋いだ御坂の右手。 一瞬、その周囲を光の蛇が絡み付くように踊り――同時に手を繋いでいたドレスの少女の体がびくりと痙攣する。 「有名どころだとやっぱりあれよね」 ぎしぎしと少女の体が捩れてゆく。 まるで何かに引っ掛かってしまっているのに無理に機械を動かすように。 ごりごりと『引っ掛かり』を削りながら本来の手順を全く無視して意思の無い機構は命令通りを施行する。 「あ――ア――――」 口の空隙から漏れる音は歯車の軋む音でしかない。 本来想定されていない動きを強要されたために起きる磨耗の響き。 しかし現在彼女を指揮するのは彼女で、この機構にどれだけ歪みが生じようとも痛くも痒くもない。 だから一片の容赦も慈悲も無く、もしかすると目的すらも無く命令のみを下知する。 「Ah――h――」 ドレスの少女はただの無感情に喉を震わせる。 泣くように。笑うように。――歌うように。 「h――a――――ha」 強引に身体を捻り起こし案山子のような態で御坂の隣に立ち上がった彼女は虚ろな双眸から透明な液体を滂沱と流しながらどこか祈りにも似た音色を奏でる。 壊れたスピーカーの吐き出すような声。 ノイズ混じりのそれは音を確かめるように緩やかに揺れた後、一つの高さで安定する。 「Ha――h――hum――」 繋いだ手が離れる。 立ち止まった御坂を背後に少女はドレスの裾を強い夜風に翻し緩慢な動きで平坦な屋上の舞台へと歩みを進め。 「わん、つー、すりー、ふぉー♪」 夜闇に紫電が幽かに閃き、軽快な手拍子は空気の爆ぜる音を伴って打ち鳴らされる。 そして――。 「――はンぷーてィだンぷーてィさっとンなーうォーる♪」 少女の口から歌が流れ出る。 ぎくしゃくとしたその動きとは裏腹に滑らかに紡がれるそれは、けれど韻を無視した妙なアクセントで。 そしてどこか子供じみた音色をしていた。 異国の童歌の調べを口ずさみながら彼女は仕掛け時計の人形のように直線的な動きで歩みを進める。 真っ直ぐに――屋上の端に向かって。 彼女の歩みの向かう先には簡素な鉄柵が敷かれている。 だが一箇所だけ外側へ巨大な力で捻じ切られ飴細工のようにぐにゃりと歪曲し引き千切られた空隙がある。 真新しい破壊の痕跡の先にはぽっかりと夜の闇が広がり、暗黒がそこに満ちていた。 「はンぷーてィだンぷーてィはっだーぐれーふぉーる♪」 その背中を御坂は数歩遅れて追いかける。 華やかなドレスとは対照的に地味な黒の学生服は闇に溶けるように輪郭を曖昧にし、 先を行く少女の影のように付かず離れず一定の距離を保ったままその後に続く。 「おーざきンぐずほーしーざンどーざーきンぐずめーン♪」 石舞台の階に立つ彼女の纏うドレスはを吹き上げる風にはためき翻り音を立てる。 それはまるで万雷の拍手のようで――。 そして。彼女の口から最後の節が奏でられるその直前に。    どうやったって元には戻せない 「couldn't put Humpty together again♪」 ――とん、と細い右手が少女の背を突き飛ばした。 &COLOR(red){↓} &COLOR(red){↓} &COLOR(red){↓} &COLOR(red){↓} &COLOR(red){↓} &COLOR(red){――――――かしゃん。} 「へえ。本当に卵が割れるみたいな音がするのね」 > > >              終幕 > >           『みさかみこと』 > 「それで結局、アンタは何がしたかった訳?」 「何も?」 「何よそれ。結局、訳分かんない……とも言えないか」 「当麻がいない世界なんてどうでもいいわよ」 「ああ、つまりアンタは――」 「幸福も不幸も、いらない」 ――私が欲しかったのは最初から一つだけ。        だから他の何もかも全部、いらない。 [[前へ>とある世界の残酷歌劇/幕前/17]]        [[次へ>とある世界の残酷歌劇/終幕/01]]

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