とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 02

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数時間前。 祝日の街には突然の局地的な暴風が吹き荒れていた。 どのような経緯を辿りそこに至ったのかはさほど重要ではない。 とあるオープンカフェで風紀委員の少女に暴行というのも生易しいであろう危害を加えようとしていた垣根を制す者がいた。 そこから超能力者二人の戦いが始まった。ただそれだけ、ごく単純な切欠。 二人の超能力者。 序列第一位、『一方通行』と呼ばれる白い髪と白い肌、そして赤い目の少年。 同第二位、暗部組織『スクール』のリーダー、『未元物質』こと垣根帝督。 街を行く人々からすれば突然に天災が舞い降りたのと同じようなものだ。 個人の持てる能力の頂点、超能力者の双角の激突は極大の台風が二つ同時に出現したのに等しい。 人々はなす術もなくただ呆然と両者の戦いを見ているしかなかった。 夕日が沈んだ後の暗い空を舞い建物の壁面を蹴り飛ばし二人は街を駆ける。 それはまるで二機の小型戦闘機がダンスを踊るよう。 両者は爆音と破壊を撒き散らしながらビルの森を疾走する。 だが不思議な事に人的被害は皆無だった。 圧倒的な破壊がそこにあったにもかかわらず。 ビルは打ち壊され路面は捲れ上がり高架橋は崩れ落ち。 それでもなお一人の死者も、それどころか掠り傷でさえ負ったものはいない。 一方通行のあらゆる攻撃は垣根ただ一人に向けられ、他の人間には一切向けられていなかった。 片や垣根、彼の攻撃は一方通行ごと破壊を撒き散らすものだったが、それを他ならぬ一方通行自身が制していた。 一片残らず。二次、三次被害も全て含めて、一方通行は垣根のあらゆる暴力をその圧倒的な力で捻じ伏せる。 それがどれほど彼の負担になっていたかは本人のみぞ知るところだ。 もしかしたら赤子の手を捻るよりも簡単だったのかもしれないし、もしかしたら大きな負担となっていたのかもしれない。 だが一方通行、彼は余裕の表情を崩そうともせず黙々と全ての被害を封殺する。 垣根は間違いなく全力だった。それでも一方通行は、自身のみならず周囲全てに気を配り人的被害をゼロに抑える。 それほどまでに両者の間には圧倒的な実力差が存在した。 垣根もそれは自覚している。不本意ながら。 彼は第一位、自分は第二位。 番付は確かなもので、そう簡単に覆せるものではない。 真正面からの正攻法では万に一つも勝ち目はない。 あらゆる奇策を弄したところでこの圧倒的な実力差の前には何の意味もない。 覆せるという次元を超えている。這う虫が鷹に勝てるはずもない。単純に、世界はそういう風にできている。 だが唯一、彼にも弱点があるとすれば。 妹達と呼ばれる超能力者第三位のクローンの少女たち。 そしてその司令塔、検体番号二〇〇〇一号、通称『最終信号』。 一方通行は脳に重度の機能障害を負っている。 彼は一万に近い数の妹達が形成する情報伝達網、ミサカネットワークの補助なしには、能力の使用はおろか、歩く事も喋る事もままならない。 そのための『ピンセット』。 そのための麦野沈利。 一方通行の注意を彼自らが逸らし、その隙に『ピンセット』を使い麦野が『最終信号』を捕らえミサカネットワークを破壊する。 これが垣根の考えた唯一の勝利方程式。 一方通行の足止めは他ならぬ垣根、次席たる自分でなければできない。 だからこそ麦野を抱き込む必要があった。 麦野以外にいなかった。 まず前提条件として垣根や、そして一方通行と同位の超能力者でなければならない。 そうでなくては相手が一方通行というだけで尻込みしてしまう。 候補は限られている。 第三位、御坂美琴では論外。 彼女は一方通行に浅からぬ因縁を持っているが、だからといって他の誰かを傷つけられるような人物ではない。 『心理定規』の少女の力を使い強引に抱き込もうとしても電磁能力者の頂点に君臨する彼女には精神感応能力に耐性がある。 まして自分のクローンが相手。協力関係など築けるはずもない。 第七位、削板軍覇も同じく。 彼の能力は完全にブラックボックスに隠されているがその特性は唯一垣根には想像が付いた。 あれは自分と同じような、既存の物理法則の外にある力だ。常識が全く通用しない。 超能力者七名の内の最下位ではあるものの、直接的な戦闘能力となれば一方通行ですら凌駕するかもしれない最高の『原石』の少年。 能力とは裏腹にその性格は単純明快。弱きを助け強気を挫く、往年の漫画の主人公のようなものだ。童女を害する事などできるはずもない。 第五位、食蜂操祈。彼女ならどうだろうか。 彼女は生粋の引き篭もりだ。巣から一歩も出ようとしない。 常盤台中学に君臨する女王蜂。その姿を見た者は限られている。 何か用事があるというならどんな研究者であろうとも常盤台にある専用のサロンに呼びつけられるという。 何より情報が不足している上に相手は心理戦において無敵。彼女を口説き落とすよりも一方通行を直接倒す方が容易いかもしれない。 第六位にいたってはその能力はおろか名も、性別すらも不明。 そもそも存在しているのかすら怪しい。欠番同然の扱いを受けていたとしてもおかしくない。 だから第四位、麦野沈利だった。 垣根と同じく学園都市の暗部に身を置き、殺人に躊躇する事もない。 彼女の事は多少なりとも知っている。『アイテム』発足の経緯も、それ以前も。 そして幸か不幸か垣根は麦野の懐柔に成功した。 前提条件は揃い、第二位の少年は学園都市の頂点に君臨する覇王に挑戦する。 その実――戦いの本当の場は麦野ただ一人に掛かっていたのだが。 夜天を駆けながら垣根はあらゆる手段を用い全力での直接突破を試みる。 そうでもしないと足止めにすらならない。一分でも、一秒でも長く一方通行を引きつけておく必要がある。 麦野の動きに気取られてはならない。二人の華々しい烈舞の影で動くもう一人の超能力者こそが切り札。 彼女が『最終信号』を見つけ出しミサカネットワークを破壊すれば必ず大きな隙が生じる。そこにしか勝機はない。 そして麦野は垣根の予定通りに、一方通行に気取られる事もなく『最終信号』――ミサカ二〇〇〇一号、『打ち止め』を発見、拿捕。 麦野は打ち止めに大量の薬物――能力体結晶を強引に投与する。 能力を暴走させられた打ち止めは彼女を基点とするミサカネットワーク全体に莫大な負荷を掛け、一時的に機能停止に陥れてしまう。 そしてあの瞬間が訪れる。 ミサカネットワークから切断され全ての補助演算が停止した一方通行に数十秒の意識の空白が生まれる。 当然ながらその間、彼は垣根に対し何もする事ができなかった。 結果として、彼以外の無能力者の少年が少女を一人救う事になる。 それこそが最大の不幸だったのかもしれない。 気が付いた時には全てが終わっていた。 御坂美琴がとあるホテルで目を覚ました頃、一方通行はとあるマンションの一室にいた。 夜空から降り注ぐ月光は締め切ったカーテンに遮られ、照明も点けられていない部屋の中は暗かった。 一方通行は部屋の片隅に置かれたベッドの上で、一言も発する事なく、ただじっと動かなかった。 腕の中に打ち止めの残骸を抱いて。 一方通行の顔は打ち止めの背に押し付けられていて分からない。 そんな彼の抱く打ち止めは、両足を投げ出しているもののベッドの上に行儀よく腰掛けている。 けれど彼女のその目は――虚空を映す目は何も見ていない。 黒水晶のような目の中にカーテンの隙間から差し込んだ月光の光の帯を反射して、ただそれだけだった。 動かない。 けれど僅かに吐息が聞こえる。 胸が上下し、呼吸している。 小さな心臓が脈打つ感覚を感じる。 死体ではない。生きている。 まだ。 それだけが一方通行の寄る辺だった。 打ち止めの身体はもう残骸と呼べるものと成り果ててはいたが、それでも彼女はまだ生きていた。 ベッドの脇には携帯電話だったものの破片が散らばっている。 十時頃まではひっきりなしに鳴り続けていたものだ。 黄泉川愛穂からの着信だった。 日付が変わる頃、叩き折った。 もう彼女たちと会う事はないだろう。 会ったところで何ができる。何を言える。 何も出来やしない。何も言えるはずがない。 絶対に守ると誓った相手を守れなかった。 力不足ではなく、経験不足。 最強の能力に胡坐を掻いてきた代償だった。 身の程知らずと笑われても当然だ。 誰も彼もと欲張らず、彼女だけを常に見続けていたらこんな結末にはならなかった。 だが、幸か不幸か、打ち止めはまだ生きている。 だからもう他は全て捨てる。 全てを見捨てて、彼は打ち止めだけを常に見て、彼女だけを守る。 他がどうなろうが知った事はない。たとえ世界が滅び去ろうとも彼女だけは守る。 無双の能力はもう使えないが、それがどうした。 一方通行はまだ生きている。思考はまだ生きている。 学園都市最高の頭脳はたった一人の少女を生かすためだけに用いられる。 ミサカネットワークは復旧している。 一方通行の思考が戻った事からもそれは明らかだ。 けれど以前のようにとはいかない。 ミサカネットワークに核は存在しないものの、打ち止めが擬似的な中心となっていた事は確かだ。 その彼女が廃人化するまで能力を暴走させたのだ。ミサカネットワークはもはや砂上の楼閣も同然の脆さしか残っていない。 そんなもので一方通行の能力演算などできはしない。 使おうと思えば強引に発動させる事もできるだろう。 だが彼が一歩歩くたびに妹達の誰かが死ぬような、そういう代償付きのものとなった。 彼はもう『一方通行』ではない。 二度と能力を揮えない、ただの少年へと成り下がった。 けれど能力を使わずに打ち止めを守る手段なら幾らでもある。 以前のようにとは行かないが。 だからこそ打ち止めは生かされているのだろう。 彼女は一方通行に対する足枷だ。彼女が生きている限り一方通行は無茶な行動を取れない。 彼は垣根と一つだけ取引をした。 垣根は一方通行を、打ち止めを、もう害するような事はしない。 それどころか彼らを狙う何者かが現れたとしたらそれを阻止する。 何もしなくていい。 ただこの部屋の片隅でずっと、打ち止めの事だけを考えていればいい。 幸いな事に金なら幾らでもある。 暗部に堕ちる切欠となった莫大な借金は垣根により全て支払われている。 もう打ち止め以外に何も彼を束縛するものはない。 暗い部屋で能力を失った元第一位の少年は小さく呟き続ける。 「大丈夫……大丈夫だ……」 それは打ち止めに対するものなのか。 それとも自分に対するものなのか。 「大丈夫だ……」 祈るように、言い聞かせるように繰り返す。 「オマエは俺が守るから……」 答えは、ない。 それでも彼は言葉を繰り返し繰り返し、何度でも言う。 大丈夫だと。 心配するなと。 それが否と頭の奥底では理解しているものの彼は同じ言葉を呟くしかできない。 これは緩慢な死だ。心中にも近い逃避でしかない。 あらゆる外界を遮断し、たった一人の物言わぬ少女だけを見て。 それが分からぬほど彼は愚かではない。 けれどそれに縋ってしまう程度には愚かだった。いや、この時点において最も賢かったともいえるかもしれない。 この後、学園都市にて開かれる残酷劇から退避していたのだから。 ただ、まだ彼が勘違いしている事があるとすれば二点。 一つは、垣根帝督は決して一方通行に伍する実力を持ち合わせていない事。 そしてもう一つ。本当に逃避するのであれば、学園都市という檻から逃れるべきだった。 もっとも――ミサカネットワークは全世界に張り巡らされ、その影響下を脱する事など不可能に等しいのだが。 「大丈夫――大丈夫だ――」 壊れたレコードのように繰り返し呟かれる言葉に、答えはない。 彼の言葉はただ一方通行に、部屋に暗く立ち籠める静寂に溶けてゆく。 ―――――――――――――――――――― [[前へ>とある世界の残酷歌劇/幕前/01]]        [[次へ>とある世界の残酷歌劇/幕前/03]]

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