第10話 神都の花嫁-1


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ロードリアス財団本部バベル・ザ・ドーヴァルト。
天を突く巨大な石造りの塔。
遺跡じみたその外観からはまったく想像がつかないが、内部は超近代設備であり、数千の職員達が働いている財団の心臓部である。
そのバベルの塔の一角に、現在この巨大組織を実質的に支配している男の生活する区画がある。
彼の名はピョートル。銀の髪に赤い瞳の男。
権謀術数に長け、東洋の魔術を使い、いかなる時でも扇子を手放さないこの妖しくも雅な中年男は、秘密結社『ユニオン』の幹部ラウンドテーブルの1人でもある。
彼はシードラゴン島の死闘で財団の総帥、ギャラガー・C・ロードリアスが命を落とした後、財団をほぼ手中に収めていた。
現在はロードリアス一族の者達が合議制で財団を取り纏めてはいるものの、それは表向きだけの事である。
全員、ギャラガーやその姪エトワールの様に力ある者ではなく、強大な血の力を持て余し自らの力に飲まれて破滅するであろう者か、或いはそもそもが血も薄れて大した力も持たない者だ。
彼らを傀儡とする事で、ピョートルは今財団を支配している。
そのピョートルの私室は、古い洋館の一室といった感じの広い部屋だった。
古めかしいウォールクロックが時を刻み、アンティーク調のテーブルと椅子が置かれ、サイドボードの上のレコードプレイヤーからはクラシックが流れている。
そんな中でこの部屋の主は、立って血の色をした液体を満たしたワイングラスを手にしていた。
「皇国にエウロペア、みる茶、ゴルゴダ…ウィリアム・バーンハルトを追うミューラー。そして、各々本拠地にて対敵を迎え撃つ形となるヴェルパールとビスマルク」
ピョートルが口を開く。自分以外、誰の姿もない室内で。
しかしその言葉は独り言には非ず。彼の言葉に耳を傾けている者は存在する。
「…このあたりで、1人2人欠けて頂けると、この先色々とやりやすいのですがねぇ」
そしてピョートルはゆっくりとグラスを傾けた。
上質のワインが喉へ落ちていく。
「…畏れながら」
ピョートルの背後に、不意にぼうっと翁面が浮かび上がる。
公私共にピョートルの参謀を務める、その側近中の側近、不知火である。
「この不知火めにお命じ下さりませ。必ずや御館様のご期待に沿いましょうぞ」
翁の面よりしわがれた声が室内に響く。
名乗りを上げた自らの忠臣に対し、振り向かずにピョートルはフッと笑った。
「ンフフフ…その必要はありません。円卓の者達の大半は各々の事情で生き急いでいる者ばかり。我らが何もせずとも、追々その数を減じていく事でしょう」
「…御意に」
それきり、不知火の声はしなくなり、面も気配も室内から消失する。
ピョートルはテーブルにワイングラスを置くと、右手を胸の高さまで上げて目の前で2,3度手を握っては開いてとくり返した。
「まだ6割といったところですかな。…つまり、今はまだ『その刻』ではないという事ですなぁ」
そう呟くピョートルの拳から青黒い蜃気楼の様なものがゆらりと立ち昇り、そして虚空へと消えていった。


浮遊大陸を治める巨大国家パーラドゥア皇国。
その首都であるパシュティリカは4層からなる巨大な多層都市であった。
そして今、その白い皇都は喧騒に包まれている。
都市の何処でも明るい楽曲が流れ、人々は笑顔で祝福の言葉を繰り返している。
神皇ユーミルの娘、皇姫メリルリアーナと、大都ダナン太守の息子であるアシュナーダの婚礼の儀が間近に迫っている為であった。
「いや~、パレードはいよいよ明日から始まるんですねぇ。楽しみですね!!」
将軍アレイオンの屋敷にて、テーブルを囲んでいる面々よりカルタスがそう声を上げて瞳を輝かせた。
彼らは昼食の後の時間を談笑して過ごしていた。
「それはいいけど、あなたクシャミとかで山車とか吹き飛ばしそうだからあんまり間近で見物しない方がいいわよ」
そのカルタスとは対照的に、落ち着いた様子でクリームソーダのストローを咥えてベルが言う。
「はっはっは!! 心配はいりませんよ!! 警備隊の人たちからも、パレードの2km以内に私が近付いたら容赦なく射殺するって言われていますからね!!!」
何故か自慢げにそう言い放つと、カルタスは胸を反らした。
「それ大喜びで言う事じゃないと思うんですけど…」
エリスがそう言ってやや頬をヒクつかせた。
「…がっはっは!! 何だオマエ!! 結構可哀想な奴だったんだな!!! がっはっはっは!!!!」
全然気の毒そうに聞こえない言い方で叫ぶとグライマーがカルタスの肩をバンバンと叩いた。
そして叩かれたカルタスは芝生の庭の地面に深く突き刺さって土中へと消えていった。
「はいはいはい…ま~そうはしゃがないのオジさん達客なんだから。お行儀よくしてないとね」
スレイダーがそう皆を諭す。
しかしその言ってる本人は庭にビーチチェアとパラソルを出して、その上で水着にパーカーにサングラスという出で立ちで寛いでいたりするので説得力は0だった。
そこへ居間から庭へバルカンが顔を出す。
「良いではないか目出度き日の事だ。慎むべき時は慎み、楽しむ時は全力で楽しむ。それがプロレスラーと言うものだ」
「あなた枢機卿なんだから聖職者の立場で物言いなさいよ…。何でもう全力でプロレスラー視点なのよ」
呆れてそう言ってベルはため息をついた。
「そうだわ…私たちにも何かお手伝いできる事はないかしら」
思い付いた様にエリスがそう言って椅子から腰を浮かせた。
…ここに招かれて来てからというもの、エリスは客としてずっと扱われてきたので生来生真面目で働き者である彼女は落ち着かないのだ。
「気持ちは有難いが、そなたらは客人だ。のんびりしておればよい」
バルカンがそう言ってエリスを優しく制する。
「…おっまえ、相変わらずマジメだなぁ」
突然エリスの背後でそう声がすると、誰かが彼女の首に後ろから両手を回して負ぶさるように抱きついた。
エリスが思わずきゃっと悲鳴を上げる。
そのエリスの頬を、ふわりと広がった黒髪が撫でた。
視界に入る長い艶やかな黒髪に、鼻腔を微かにくすぐったミント系の香りに、エリスは覚えがあった。
「…ジュデッカ…さん?」
「『さん』はいらないな。よっ、久しぶり」
エリスの右肩に顎を乗せて、ジュデッカがニヤリと笑う。
「何か楽しそうな事始まるてって言うじゃないか。追いかけてきたぜ」
そう言うとジュデッカはヒョイとエリスから離れると、椅子ではなくテーブルに寄りかかるように浅く座る。
「あなたも式を見に来たのね」
ベルに言われて、ジュデッカは軽く笑うと肩を竦めて見せた。
「そのつもりなんだけどな。…どうもそれだけじゃ済まないかもしれないぜ」
「ふむ。どういう事かな?」
やや表情を真剣にしてバルカンが椅子の背もたれから背を離した。
小首を傾げたジュデッカは空を見る。
…その瞳には、常人が目にすることのできない精霊達が映っている。
「ザワついてるんだよ。この辺の精霊がさ。…間違いないね。近くに大物がいる」
クリームソーダを飲み切ったベルのストローがずずっと音を立てた。
そして彼女はストローから口を離すとジュデッカを見る。
「…『古精霊』ね」
「ご名答」
ジュデッカがニヤリと笑った。
「古精霊と、それを使役する奴が近くにいる。こいつは凄いぞ。…ただそこにいるだけで周囲の精霊が半ば従属状態にシフトして命令待ち待機状態になっちまってる。こりゃ私もそいつの近くじゃ精霊展開できないな」
「え、それって…」
まずいのでは、とそう言い掛けてエリスが言葉を詰まらせた。
精霊使いであるジュデッカは呼び出した精霊をその身に纏って強化するエレメンタルアーツの使い手である。
精霊の使えない状況では当然その戦闘力は大きく減じられる。
不安そうなエリスを見て、ジュデッカが目を細めた。
「心配はいらないぞ、エリス。どれだけ強い精霊使いだろうが、鉛玉を脳天にブチこんじまえばオダブツだろ」
腰の後ろのホルスターからリボルバーを抜いてくるくるとトリガーに指を掛けて回すジュデッカ。
「それに…」
スチャッと鮮やかにホルスターに銃身を戻してジュデッカがテーブルから離れる。
「私にも私の言う事しか聞かないじゃじゃ馬がついてるんでな」

空気中をヒラヒラと舞うものがあった。
それは七色に輝く、透き通った短剣の様な形状をした精霊だ。
短剣にすれば刃である部分がどうやら胴体と尾の様な部位であるらしく、そこをピコピコと振りながら空を飛んでいる。
光の精霊は神都2層の空を飛び、やがて一軒の大きな屋敷に吸い込まれるように入っていった。
そこは神都2層で大きく名の知れているさる豪商の屋敷である。
しかし、実の所その豪商とは『黒の教団』の信者であり、今その屋敷はゴルゴダに連れられて『ユニオン』より増援にやってきたみる茶とエウロペアの2人が滞在していた。
窓から入ってきた極光精霊(オーロラエレメンタル)が窓辺に立つみる茶の周囲にくるくると回りながら飛んだ。
「…ほう」
みる茶の口から感嘆の吐息が漏れる。
極光精霊はある報告を持って彼の元へと飛んできたのだ。
「鮮血精霊(ブラッドエレメンタル)の契約者が近くにいるのか…」
呟きながらみる茶は無意識に右肩を押さえていた。
先日、ロゼッタ諸島での戦闘の折にみる茶はブラッドエレメンタルの矢でその右肩を穿たれている。
もうキズも痛みも完全に消えてはいるものの、その事を彼は思い出していた。
「道理で精霊の集まりが今ひとつ悪いわけだね。…私の支配力に影響を及ぼせるほどの何者がいるのかと思ったが…なるほど、私と同じ古精霊を使役する者というのであれば納得だ」
「外部の者だな…」
ベッドで雑誌を広げて退屈そうに寝そべっていたエウロペアが、雑誌に視線を向けたままで言った。
「この国の連中は、『混じりもの』ばかりだ。竜の血は精霊と相性が悪い。この国にそれだけの精霊の使い手がいるとは思えん」
ふむ、とみる茶が小さく鼻で息を吐いた。
そこへコンコンと、ノックの音がすると扉が開く。
入ってきたのはターバンにローブ姿の目つきの鋭い鷲鼻に口髭の中年男だ。
この屋敷の主である。
「客人…婚礼の儀の襲撃の打ち合わせがある。参加して頂きたい」
そう言う主の口調と視線からは、2人に対する不審と不快が滲み出ている。
そもそもがこの男にしてみれば、2人を紹介したゴルゴダが既に「得体の知れない雇われ者」なのだ。
2人は不審者と言ってしまって差支えが無い。
だが、それでも2人を滞在させる事は教団の教主の命であり、男はそれを拒否する事などできようはずがなかった。
「…下らぬ。興味が無い。決まった事だけ伝えろ。興が乗ったなら当日その様に動いてやる事もあるかもしれん」
やはり雑誌から顔を上げずにそっけなくエウロペアが言い放つ。
主の顔にサッと朱がさした。
「キッ…キサマら!! 客人として手厚く持て成してやっておったが…ワシを虚仮にするつもりなら容赦はせんぞ!!!」
あくどい商売で一角の財をなした人物とはいえ、元来が粗暴で残忍な小者である。
逆上した主に応じ、部屋へと2人の男が入ってきた。
2人とも巨漢で筋肉に覆われた傷だらけの男だ。
「…オイ。ご主人様に黙って従え。でなけりゃ…」
男達が腰に下げた無数のスパイクの生えた金属製の棍棒を手に取った。
「痛い思いをしてもらう事になるぜぇ」
棍棒を手に凄む男達。
…しかし、相変わらずエウロペアは雑誌から顔をあげようとしない。
「聞いてんのか!! オイ!!!」
叫んで男の1人がエウロペアに手を伸ばす。
「…触るな、下衆が」
そこで初めてエウロペアは紙面から顔を上げると、男をギラリと睨み付けた。
「ンぶぇッッ…!!!」
目から…鼻、口、耳から鮮血を噴き出すと男たちはその場に両膝を突いて崩れ落ちる。
「む…いかん」
手を突いてエウロペアが上体を起こした。
そしてベッドの縁に座ってぽりぽりと頭を掻く。
見下ろす彼女の視線の先には、まるで土下座をする様に膝を屈してうつ伏せに絨毯に顔を鎮めている2人の男がいる。
その頭髪は、何があったのか先程までの黒色から全て白髪になってしまっていた。
「…な、何だ…一体何をした…」
主はその異様な状況にガクガクと震えて2,3歩後ずさった。
「悪いな。余りの程度の低さについ本気で殺気を当ててしまった。虫けら相手に些か大人げなかったな」
肩を竦めたエウロペアが嘆息する。やれやれ、と。
「こちらも醜態を見せた事だ。今回の件は不問としてやろう…運び出せ」
そう言ってエウロペアは部屋の外を顎でしゃくった。
ヒッと悲鳴を上げた主が慌てて男達2人を引き摺って部屋の外へ消えていく。
「失態だったな。無理やり付いて来たのだ。あれでゴルゴダに累が及ばぬといいのだが…」
「…別にいいんじゃないの? エウロペアいなかったら生首向こうに回収されてたかもしれないんだし、少しくらい迷惑掛けたって」
みる茶がどうでも良さそうにそう言う。
「…………」
エウロペアは視線を少しの間天井に留めるとみる茶を振り返り。
「…それもそうであったな」
と思い出した様に言った。
「オイ、勘弁しとけよお前ら」
戸口からそう声がすると、ガチャっとドアが開いてゴルゴダが入ってきた。
「何だ。居たのか、亡霊騎士(デュラハン)」
エウロペアがそちらを見る。
彼女が揶揄した通り、ゴルゴダは自らの首を小脇に抱えている。
「くっつけないの?それ」
みる茶がゴルゴダの小脇の首を見ながら言った。
「ああ、新しい身体がもう少しでできるんでな。今のこれは仮のボディだ。くっつけたってどうせすぐ外す事になるからよ。二度手間だ」
そして生首のゴルゴダは不敵に笑った。
「ドジ踏みはしたがな…。前回の負けは無駄じゃなかったぜ。得られたデータは全て新しいボディに反映してある。お陰で大幅にパワーアップできるってもんだ」
かっかっか、と上機嫌に笑い声を上げるゴルゴダをどうでも良さそうにエウロペアが横目で見る。
「まあその新しいボディとやらでお前は好きにしろ。みる茶はどうやら遊び相手を見つけたらしい。私は私で1人目星を付けた奴がいる。当日はそいつと遊ぶさ」
「ン? アンタの御眼鏡にかなうような奴がいたか…誰だよ」
興味深そうに尋ねるゴルゴダにエウロペアが首を横に振った。
「名は知らん。目元を仮面で覆った女だった」
ああ、とゴルゴダが納得した様に肯く。
「カーラか…そいつはこの国で最強の女だ。なるほど、奴なら確かにアンタの遊び相手も務まるかもなぁ」
ふむ、とエウロペアが唸る。
「…そう言えば、この国では妃は仮面で顔を隠す風習があるのか?」
「何?」
今度は逆にエウロペアがゴルゴダに問いを発した。
そのゴルゴダは問いの意味が良く解らず眉を顰める。
「そのカーラとやらだ。あれは、今回式を挙げる姫の母親であろう? 2人からは同じ血の気配がする」
「いや…有り得んぞ。皇妃は病没してる。それで神皇はあんな腑抜けになっちまったんだからよ」
ゴルゴダがそう説明する。
「そうか…まあ混じりものどもの事など私にはどうでもいい事ではあるがな」
そう言ってエウロペアは脇でみる茶が食べていた菓子の袋をサッと取り上げると、上を向いてザーッと一気に口へ流し込んだ。
そしてそれを見たみる茶は涙目でムスッと頬を膨らませたのだった。