第10話 アンカー 夕暮れ時


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黄昏時は逢魔が時。人が魔に逢う時間帯だ。
その時もちょうど夕暮れ時、鮮やかな夕日の赤とどこかで鳴いているひぐらしの声が物悲しくも印象的に記憶に残る日の事だった。

表が騒がしい。
慌しく人の走る音と喧騒が聞こえる。
何事であろうか。宿の外へと出てみる。
目の前を怪我人を乗せた担架が走っていった。事故があったのだろうか。
喧騒の方角へ行ってみる。どうやら裏通りの方だ。
人ごみができている。そこからちょっと離れた所に見知った後姿があった。
うぐいす隊長だ。声をかけてみる。
「お、やーやーどもども」
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独特のおどけた調子で挨拶する藍色の陣羽織にヒゲの男。
うぐいす隊隊長・天城雅秋・・・・もっともこの名前で彼が呼ばれる事はほとんど無く、専ら皆は隊長かうぐいすさんと彼を呼ぶ。
地面には血の流れた後がある。天城隊長に何があったのか聞いてみる。
「ケンカっスよケンカ。ただ1人が光りモン抜いてバッサリいきやがった」
その質問に答えたのは、人ごみをかき分けるように出てきたジンパチだった。
「やれやれだぜまったく。最近どーも町にガラの悪い連中が増えてきやがってこっちゃ仕事が増えてしょうがねぇ」
ジンパチの言う通り、ここしばらくで町には冒険者かゴロツキかわからんようなのが増えてきた気がする。
今回の規模ほどのものではないがいざこざも日常的に起こりつつある。
「まー何があっても皆様の安全はこのうぐいす隊がお守りしますよ!」
天城隊長が胸を張る。・・・・って言ってもこの人仕事サボってる所を副長に見つかって引きずられていくとこしか見た事ないのだが。
「今年で契約切れるんで更新断られないように必死なんスよ」
ジンパチが解説してくれる。ずいっとアップになった天城隊長にがっしり両手を握られる。
「そーなのよ!先生からも是非皆さんに言っておいてちょーだい!皆様のうぐいす隊!皆様の為のうぐいす隊でございます!!」
必死だなぁ。隊長はここが気に入ったのか。
「やーだって気候はいいし、お酒美味しいしおねーちゃんキレイだしでもうサイコー。オジさんここに永住する事に決めたよ! ・・・・・って・・・・・」
隊長が一瞬で青ざめる。背後からの鬼気に気がついたらしい。
「それでは皆様に愛される部隊目指して隊長にも率先して仕事をしてもらいましょうか」
背後から手を伸ばした南雲副長が隊長の耳をぐいっと引っ張って引きずっていく。
「まったく仕事は山ほど残っているのにどこへ行ったのかと思えば! 現場は隊士の役目でしょう!」
「ぎゃあああ!! へるぷみー!!」
ああ、やっぱり最後は引きずられて退場した。
わかりやすい人であった。

人ごみもパラパラと散り始める。
するとその向こう側にまた見知った顔を見つける。
髪の毛にちらほら白いものが混じり始めた穏やかそうな風貌の男性。
アンカーの実質的なトップ、エンリケ・ラディオンである。
皆からは町長さんと呼ばれる。最も公にそういう役職があるわけではない。エンリケは自分では代表と名乗っている。
元はレディ・ダイヤモンドダストの船団の副団長だった男だ。
率先して皆を引っ張っていくタイプではないが、落ち着いていて調和を第一に考える実直な男であった。
そしてそのエンリケの隣にいるのは・・・・・。
「鳴江漂水!」
エリスが警戒モードに入る。まあヒョウスイのせい(?)ででろーん2匹飼う羽目になったからなエリス。
「何にせよ、町の人間に被害が無かったのが不幸中の幸いだ」
ふーっとエンリケが重い息を吐いた。
「・・・・何だか老けましたねぇエンリケ副団長殿」
ヒョウスイがおどけて笑った。
「お前は変わらないな鳴江。あれから10年も経つのに・・・・本当にあの頃と変わらん」
「そうですかねぇ。最近はもうめっきり疲れやすくなったし、40の声も聞こえ始めりゃくたびれてもくるってモンですわ」
・・・・40近い? 確かに見えない。20台後半でも通用しそうだ。
「んじゃ自分はこれで・・・・。エンリケさんもちっと休んで遊んだ方がいいっすよ。人生楽しまねーと」
はは、とエンリケがヒョウスイの言葉に苦笑した。

「お。よーうお二人さん」
ヒョウスイが我々に気がついた。相変わらずのゆるい調子で挨拶してくる。
片手を上げてそれに応じる。エリスはがるるるるとヒョウスイを威嚇していた。
「おーい何だよ何だよ。仲良くしようぜ」
ヒョウスイが肩をすくめる。
「お黙りなさい! 貴方のせいで私は自室で首長いの2匹も飼う事になっちゃったんですからね!餌代も馬鹿にならないし何だか懐かれちゃって今更返すとか野に放つとかもできなくなっちゃったし!!」
まあ1匹は自分のせいなんだけどな。
「いいじゃねーの。可愛がってやんなよ」
「むー馬鹿にして! 勝負しなさい鳴江漂水! 何ならここででも・・・・」
おいおい、うぐいす隊の仕事増やす気か。慌ててエリスを止める。
「キミらは本当にバトル好きだよなぁ・・・」
ヒョウスイが斜め上の空を見上げてふーっと長く息を吐いた。彼の言う「キミら」とは恐らく我々2人を指した言葉ではあるまい。
もっと広い意味のような気がする。
「・・・・団長もそうだったぜ」
団長・・・・レディ・ダイヤモンドダストか。
「そうそう。弱冠18歳、史上最年少にして龍皇大武祭で優勝。その賞金で船団を作って世界の海を股に駆けて貿易事業を開始。誰もが知ってて憧れた常に時代の最先端を駆け続けた女」
龍皇大武祭とはさる国家の主催する武術の祭典である。目玉はトーナメントで優勝者には小国の国家予算にも匹敵する莫大な賞金が出る事から世界中から猛者が集まる。
「荒事とか大好きでよ。海賊出た時なんか生き生きしてたぜ」
いかなる感慨があるのか・・・その時のヒョウスイの表情からはどのような感情も読み取れなかった。
「・・・・けど、オレは嫌いだね、バトルなんてよ。いてーし、くたびれるし、ロクなもんじゃねーよ」
大げさに肩をすくめて見せるヒョウスイ。
「平和が一番さ。違うかい?」
その通りだ、とうなずく。
だが、お前からは血の匂いがするのだよヒョウスイ。何故だかな、お前を見ていると不吉の予感がするのだ。
「まあこいつをやるから機嫌直しなよお嬢ちゃん」
ヒョウスイが荷物をごそごそと漁る。
「何ですか、物で釣ろうとしたって私は・・・・」
言いかけたエリスにヒョウスイがどさっとでろーんを抱かせた。
「増やすなよ!!!!!!!!!!!」
夕暮れのアンカーにエリスの怒号が響き渡ったのであった。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~