第5話 緑の大地にて


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葉の間より漏れる陽光が心地よい。
そして耳に届く小鳥の囀りも眠気を誘う。
私は読みかけた本を閉じた。
しらずにずり落ちてきた愛用の丸いメガネの位置を直す。そして伸びをする。
この王宮庭園のすぐ脇に生えた楡の巨木の枝の上は私の特等席だ。
私は用事の無い午後はここで本を広げて過ごす事が多い。
・・・・しかし、この眠気に抗うのは難しい。
しばしの午睡を取る事にしましょう。
そう思ったその時、私の耳に聞きなれた声が飛び込んできた。
「・・・・王様! ジュピター様!」
枝から見下ろす。
眼下に少女がいる。
意思の強そうな大きな瞳と巻き毛が印象的な銀の鎧の女性。
・・・やあ、魂樹。君もどうですか?一眠り。
私は手を上げて彼女に声をかけた。
魂樹は眉間に人差し指を当ててふーっと大きなため息をついた。
「そんな事より王様、賢老会議の皆様が探してますよ。王はどこだって」
ほう。
首を捻る。
おかしいですね。定例の会議の日でもないのに彼らが私を探している等と。
「・・・・・今日は会議の日です」
・・・・・・・・・・・・・・。
ぽん、と膝を叩く。
そうだ。言われてみれば会議の日は今日でしたね。
慌てて枝から飛び降りようとしてふと考える。
・・・まあ、私がいてもいなくても何も変わりませんね。
今日は欠席とさせてもらいましょう。
「先週の会議もそう言ってお休みになったじゃないですか!!」
魂樹が怒った。いけませんね、この激しい気性は祖母と母親譲りですね。
魂樹・ナタリー・フォレスティア・・・・代々ペガサスナイトを輩出し続ける由緒正しきフォレスティア家の一人娘。
彼女の祖母と母親には、私も何度もスピアの柄でどつかれて流血したものです。

魂樹と二人で王宮の廊下を歩く。
そういえば思い当たる事がある。彼女は近くある使命を帯びて国外へと旅立つ身だ。
・・・・出発は、明日でしたね。
そう声をかける。はい、と彼女がこちらを見て頷いた。
イールフォルトの調子はどうですか?
と、彼女の愛馬の調子を問うてみる。
魂樹の表情がやや翳った。
「・・・イールは、連れて行けません。もう高齢ですから」
なるほど。イールフォルトは元々が彼女の母の愛馬だった。
確かにもう国外での長旅は辛い年齢でしょう。
では馬は?
「今日、マチルダ団長が白の森へ獲りに行っています。私は自分で行くって言ったんですけど・・・・」
うつむく魂樹。
マチルダが行ってくれましたか。
マチルダ・レン・アリューゼはエストニアの誇る天馬騎士団の団長にして、四将軍フォーリーヴズクローバーの筆頭だ。
うつむいていた魂樹が急にがばっと顔を上げた。
「でも、私不安なんです!! 先週もマチルダ団長がアイリーンの為に一頭捕獲してきたんですけど、あの子はどう見たって・・・・」
「あ、王様ー。やっほー! 魂樹先輩もやっほー!」
噂をすればなんとやら。
そこへ天馬騎士アイリーンが声をかけてくる。
ショートカットに大きな丸い瞳がトレードマークの新米天馬騎士だ。元気で明るい性格で皆に愛されている。
「見て下さい私のパンジャ!もうすっかり仲良しなんですよ!」
と、彼女は笑顔で自らの跨る『愛馬』の頭を撫でた。
パンジャは頭を撫でられると気持ちよさそうに長い鼻を振り上げてパオーンと鳴いた。
「ゾウじゃない!! アイリーン!! その子ゾウよ!ペガサスじゃないから!! あなたそれじゃゾウナイトじゃない!!!!」
魂樹が叫んだ。
「えー。そんな事ないよねーパンジャ。ペガサスだもんねー」
パンジャから降りたアイリーンが頬擦りすると、パンジャがバルルル、と鳴き声を上げた。
「・・・・ゾウよ・・・絶対ゾウだし・・・・」
ぶつぶつと魂樹が呟く。

するとそこへ、件の天馬騎士マチルダがやってきた。
「あ~いた~。魂樹ちゃ~ん、ただいまぁ~・・・・・・はぅ!」
駆け寄ってくる途中で転んだ。
「も~やだ~。あら、私のメガネどこ~? 私メガネがないともう何も見えなくて・・・・」
慌ててガサガサと周囲を掻き回すマチルダ。
「もう!団長! 何やってるんですか!!」
魂樹もしゃがみ込んで周囲を捜索する。
・・・・メガネ? 駆け寄ってくる前からかけてなかったような・・・?
「あ~・・・・今日コンタクトにしたんだったわ~」
ぽん、と両手を合わせてマチルダが立ち上がった。
「ちょっと!! 何ですかそれ!!!!」
「や~ん、魂樹ちゃん怒っちゃダメよ? 魂樹ちゃんだってこれから栄養をとっていけばちゃんとメロンさんに育ちますからね」
マチルダのセリフに合わせて彼女の立派な胸がぶるんと揺れた。
「んがあ!! そんな話はしてねえ!!!!!!!」
そして魂樹はキレた。
「・・・・そ、そんな事より団長・・・私の新しい天馬・・・・」
ぜいぜいと荒い息をつきながら魂樹が言う。
マチルダがぽん、と両手を合わせた。
「あ、そうそう。ちゃんと連れて来ましたよ~。ちょっと庭園まで連れてこれなかったから門の所に待たせてあるの。行ってあげてくれる?きっと気に入ってくれると思うわ~」
「も、門・・・・?」
目をしぱしぱさせて魂樹が庭園のゲートの方へと歩いていった。
そして数分して、
「ぎゃあああああああああ!!!!!!何じゃこりゃああああ!!!!!!!!!!!!」
と、宮殿を震わせる絶叫が響き渡ったのだった。

「な、何なの白の森って・・・聖域じゃなかったの・・・・なんであんなものが生息してるの・・・・」
30分後。私の執務室にて、魂樹はまだ虚ろな目をしてぶつぶつと呟いている。
何か余程ショックなものを見たらしい。
マチルダはそんな魂樹に「はい、魂樹ちゃんあ~ん」と言いながらケーキを侍従が持ってきたケーキを食べさせていた。
私の今の仕事はそんな彼女達に、アンカーの町の代表エンリケ氏へとしたためた親書を手渡す事だった。
さて・・・・どう書きましょうか。失礼の無いようにしなくてはね。
ペンを走らせる。
・・・ここに、親書を私の信頼する四葉の3名に・・・・。
「あ、違いますよ~。王様、四葉は2名です」
マチルダが言う。
・・・・・ん?
書面から顔を上げる。
2名? シードラゴン島へ赴くのは君たち2人と四葉のパルテリース将軍のはずでは?
「パルテリースは行けなくなっちゃったんです」
マチルダのセリフを魂樹が続ける。
「先週の賢老会議で長老様方が反対されたんですよ。『そんな世界のはずれの島での任務に四葉が3人も行くなんてもってのほかだ!』って」
なんと・・・・。私が自主的欠席をしている間にそんな事が。
すると、島へは君たち2名で行けと?
共和国は三銃士を全員送り込んだと聞く。何かあった際に2人では厳しい。
するとマチルダと魂樹は顔を見合わせると、首を横に振った。
そして何ともいえない複雑な表情で
「3人目に、ジュデッカ・クラウドを連れて行けと言われました」
そう言ったのだった。

冷気が足元から這い上がってくる。
私は地下牢へと続く螺旋階段をマチルダと魂樹の2人を伴って下っている。
この先の牢に、ジュデッカ・クラウドが収容されている。
「・・・・私は反対です。彼女は確かにとても強いけど・・・・でも危険な人ですから・・・」
うつむき加減に魂樹がそう呟いた。
そして我々は目的の牢へと付く。
魔術が施され、厳重に閉ざされた三枚の扉を順に開錠していく。
三枚目の扉が開け放たれると、薄暗い独房の部屋に光がさした。
奥の人影が顔を上げる。
美しい黒い長髪が揺れる。冷たい光を放つ瞳の女性エルフ。
手足を戒める枷についた鎖がジャラジャラと鳴った。
「こんな地の底までわざわざいらっしゃるとは、この『味方殺しの』呪われたジュデッカめにどのようなご用件でしょうかね?」
丁寧な口調。でもその言葉には嘲笑が含まれている。
久しぶりですね、ジュデッカ。あなたに仕事があります。ここから出てもらいますよ。
彼女の手足の枷を魔術を使って外す。
開放された彼女は力一杯伸びをすると手足をふるふると振った。
「・・・それで、敬愛する我が王よ。今度は誰を殺しましょうか?」
そう言って彼女は私を見ると、優しく微笑んだ。

~妖精王ジュピター回顧録より~