第20話 鮫の胎動-2

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「このグラタン美味しいねー」 「そうですね、しかしグラタンに限った話ではありません。エリスの料理はどれも美味しい。ここで暮らすようになってから食事が楽しみになりました」 DDとルクが食事を取りながらメニューを褒めていた。 いつもの通りの賑やかな食卓だと思ったのだが・・・・。 「? えりりん?」 反応が無いエリスをDDが覗き込む。 エリスがそれに気付いてハッとした。 「あ、うん・・・ありがとう。私ほら、おじさまや二人みたいに強くないから・・・・家事するしかないし・・・」 そう言って力無く笑う。 ・・・・・・・・・・・・・。 エリスはそんな事を考えていたのか。 何か言うべきだな、と口を開きかけた所・・・。 「んもーっ! かっわいいなぁえりりんは!!」 いきなりがばーっとDDがエリスの肩を抱いて頭をわしわし撫で回す。 「ちょ、ちょっと・・・・!」 「いいんだよーえりりんはそんな何でもしようとしなくても!役割があるんだし皆それぞれ!!暴れるのは私やルクの役目だからそれでいーのいーの!」 「・・・いや、私も暴れるだけの人材で終わるつもりはないのだけど・・・」 ルクがぼそぼそと抗議する。 ・・・・・・・・・・・・・。 力が欲しい、か・・・・。 仮面の道化師の夢を思い出す。 今より強くなりたい、とそういう気持ちはもう随分昔に失ってしまった。その時の自分の力量でどうにかならないシーンが無かったからだ。 かつて皇帝レイガルドと引き分けた時は、いつか強くなって勝ちたいとも思ったが、その気持ちは今のエリスのものとはズレがある気がする。 現状の自分の力ではどうしようもなく、何とかしてもっと上に行きたい・・・・そんな焦がれるような思いではなかった。 老いてからはこの島で何度かそう言う状況にも陥ったが、それは老いから来る衰えのせいであり諦めもあった。 いずれにせよ焦るのは良くない。自分のペースで行けばいい。その事だけはいつか伝えたいと思ったが、果たして私の言葉で彼女にそれを納得させる事ができるだろうか・・・・。 そして私もいつか、そんな思いに囚われる日が来るのだろうか・・・・。 ちょっと食べられないから離れなさい!といつものようにエリスが爆発した所でオフィスの戸にノックがあった。 皆黙る。この時間の客は珍しいな。 どうぞ、と声をかけると男が一人オフィスへ入ってきた。 見覚えのある男だ。確かエンリケの所で働いている彼の部下だな。元DDの所のクルーか。 夜分にすいません、と挨拶してから彼が話した内容とは・・・・。 ・・・・エンリケが過労で倒れたというものだった。 「だいたいねー、あいつ昔から一人であれこれ背負い込み過ぎるんだよね。遊びらしい遊びもしないしさ、どっかで発散しなっていつも言ってたのに」 DDがぶーぶー言いながら廊下を行く。 翌日、我々はエンリケが担ぎこまれたと言う病院に彼を見舞いに来ていた。 色々言いながらも心配なのだろう。DDはいつもより早足だった。 病室は・・・・あそこだな。 と、思ったその時エンリケの病室から一人の男が出てきた。 お大事にしてください、と頭を下げて扉を閉めている。 そしてこちらへ向いた。 「・・・!」 ・・・・・・・・・・・・・・。 視線が交錯する。 しかしそれも一瞬の事で、すぐに男は愛想良く微笑みを浮かべると会釈した。 「これはウィリアム先生。お目にかかれて光栄です」 君は?と問う。 「これは失礼しました。私はヴァーミリオン、冒険者集団『シャーク』の代表を務めております」 この男が、ヴァーミリオン・・・・シャークの頭か・・・・。 ふと気付く、ヴァーミリオンの右手の袖がひらひらと揺れている。・・・中身が無い。 「ああ、右腕は昔事故で・・・・」 私の視線に気付いたヴァーミリオンが言う。 う、何であれじろじろ見るのは失礼だったな。謝罪して頭を下げる。 「いえいえ、構いませんよ。目が行くのも仕方の無い事だと思っていますから」 穏やかに応対するヴァーミリオン。 あなたもエンリケの見舞いか? ええ、とヴァーミリオンがうなずく。 「同じこの町の為に何かできないかと色々やっている者同士、友好的な関係を築いていけたら、と思っていましてね」 この町の・・・・。シャークを組織したことかな? 「そうです。先生もご存知でしょう。私たちが彼らを取り纏めるようになってから彼らが起こす騒ぎはほとんどなくなりました。日陰者には日陰者のルールを与えてあげればいいんですよ。わかりやすいルールの形として『力』の強い友人達に協力してもらっているんです」 3人の部隊長たちの事だろう。 そこへシャークのメンバーと思われる男が小走りに駆け寄って来た。 「ああ、ビャクエン翁は見つかりましたか?」 そ、それが・・・。と男が口篭もる。 「見つけたには見つけたのですが、その・・・・ロビーの長椅子で熟睡しておられまして・・・。そのままでは目立ちますので外へ運び出しておきました」 ふぅ、とため息をついたヴァーミリオンが首を横に振った。 「やれやれ、昼間からまた呑んでいたのですか。我らが第二部隊長殿にも困ったものですね。わかりました。すぐ私が行きます。あなたもそこで待機していなさい」 男を先に行かせてからヴァーミリオンがこちらを向き直った。 「慌しくて申し訳ありません、先生。仲間が待っていますのでこれにて」 丁寧に頭を下げて言う。 「また、お会いする機会もあるでしょう」 そうしてようやく我々はエンリケを見舞った。 やや顔色が悪い様に見えるエンリケは病床からわざわざすいませんと我々に頭を下げた。 ちょっとした過労から来る貧血なのですぐよくなりますよ、と言う。 「いいからもうしっかり休んでなよ。こんな機会でもなきゃお前休まないじゃん」 DDがむくれている。 私は気になっていたヴァーミリオンの事を聞いてみる事にした。 彼は病室で何か特別な事を言っていったのだろうか? ああ、とエンリケがやや複雑な顔をする。 「彼には、もうアンカーの町がこれだけの規模になってしまっては我々だけの自治は難しいのではないか、とそう言ってきたのですよ」 む、まさか運営組織にシャークを組み込めと? 「いやいやまさか。・・・・・彼は四王会議に相談してみてはどうかと言っていました」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 意外な話で一瞬思考が停止してしまう。 まさか、ヴァーミリオンの口から四王会議の名前が出てくるとは・・・・。 四王会議とは、その名の通り大国4国の首長達による議会の事である。 現在、世界における最も巨大で力のある意思決定機関であり、四王会議の意向を無視できる国家はごく一部の特別な国を除いては存在しないと言える。 現在のシードラゴン島の不可侵を決めたのも四王会議だ。 それによって他国は表立ってこの島に干渉する事ができなくなった。 現在の四王とは 西方大陸南部の大国、ファーレンクーンツ共和国の大統領アレス、 国民の7割が獣人か半獣人という中央大陸の王国ツェンレンの獣王アレキサンダー、 南方大陸、大森林地帯にあるエルフの聖地エストニアの妖精王ジュピター、 そして我が祖国、現在世界で最も高度な文明レベルを誇る西方大陸北部の軍事大国ルーナ帝國の皇帝シュルト三世。 四王会議の庇護下に入るという事は取りも直さずその勢力に属する事になる。 そうなればこの町独特の雑多で自由な気風も失われてしまいそうで怖いな。 ただ、そこは我々が口を挟める所ではない。実際に苦労しているのは彼らなのだ。 ・・・・しかし何故ヴァーミリオンは四王会議の名前等出してきたのだろう・・・・。 大国の統治が始まれば真っ先に取締りを受けるのは自分達ではないのだろうか。 わからない・・・・。 「ホラ、入院で暇だろ?これ持ってきたよ。読んで時間潰しな」 DDがそう言ってハードカバーの分厚い本をエンリケに手渡している。 何々・・・・? 『リングと私とボンデージ』 ボンデージ和馬・著 うおっ出たボンデージ和馬!!!! 帯には「空前のベストセラー」って書いてある!!! ・・・・・・?・・・・・よく見たらその下に小さな文字で「に、なるといいな」って書いてある!!!!! 我々は挨拶をして病室を出た。 とりあえず大事無いという事で一安心だ。 病院を出て敷地内を門まで向かう我々に声をかける者があった。 「ホッ! こーりゃまた噂通りの伊達男よのおウィリアムや! ヒャッヒャッヒャッ!」 む、何者だ! 声のした方を見る。 すると敷地内の大木の枝から尻尾だけで逆さまにぶら下がった獣人の老人がこちらを見ている。 白猿の獣人だ。 ・・・・・あなたは? 「ホホッ! こりゃ自己紹介が遅れてすまんの! わしゃあビャクエン、鮫の第二部隊長よ!」 そう言って老人は腰から下げたヒョウタン型の容器をぐいっとあおるとまたヒャッヒャッヒャッと笑い声を上げたのだった。 [[第20話 1>第20話 鮫の胎動-1]]← →[[第20話 3>第20話 鮫の胎動-3]]

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