第10話 神都の花嫁 -4

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神都の方々に火の手が上がっている。 喧騒と怒号、剣戟の音が交錯している。 各所で皇国軍と教団の兵が戦闘になっていた。襲撃を予見していた皇国軍は、速やかに民間人を退避させて教団の兵達を迎撃している。 その血煙と炎の中を、槍を持ち銀色の髪の男が歩いていた。 ボディを新調したばかりのゴルゴダだ。 彼は飢えていた。流血と戦いに。 自らの得た新たな力をぶつける相手を欲していた。 だが、現在彼の周りにはその望みを叶えてくれそうな相手は見当たらない。 「…雑魚ばっかじゃねえか。大物はどこだよ」 詰まらなそうに周囲を見回すゴルゴダ。 彼が槍を肩に担いで大きな口を開けて欠伸をしたその時、その背後から声を掛けてくるものがいた。 「今日は…良き日だよ」 耳に届いた涼やかな声に、ゴルゴダが振り返った。 最初に目に入ったものは、風に靡く淡い銀紫の長髪。 道士服を身に纏い、肩から船長服を羽織った長身の女性は静かにゴルゴダを見ていた。 「シルファナ・サジタリウスか…」 「だから、血の匂いのする輩は相応しくないな」 シルファナに言われて、ゴルゴダはハッと嘲笑して表情を歪めた。 「だったらお前もそうだな。ハイドラの殺し屋だったお前もな。…浴びてきた血の量は似たり寄ったりってトコだろう」 「その通り」 素直にシルファナが肯く。 「彼らは私にはいつも眩しすぎるよ。見つめていると自分は灼かれて消えてしまうのではないか、と…そんな錯覚を覚えて切ないね」 儚げに笑ってシルファナが言った。 そして彼女は前へ出る。 その腰に下げられた東洋風の儀礼用の長剣がカチャリと鳴った。 「…キミの様な闇を見ていた方が安心できるよ。つくづく私も『夜を往く者』(ナイトウォーカー)だ」 言葉は静かだが、シルファナがゴルゴダへ向けた殺気はまるで冷気の如く静かに周囲を満たし、足元から這い登ってくる。 「だけどね、それでも…私にはその輝きが尊い」 直視できずとも、手は届かなくとも、それは変わらずそこに在り続けなければいけないものだ…シルファナはそう思っている。 「守れるものなら守りたい。…疼くんだ、彼らを見ていると」 シルファナが自らの胸に右手を当てて目を閉じた。 「空っぽのはずのここがね、ズキズキと疼くんだよ」 「…甘ェよ」 吐き捨てるようにゴルゴダが言う。 ぶん、と槍を振るってその切っ先をシルファナへと向ける。 「ならオレが今からその輝きとやらを掻き消してやるぜ。ついでにその胸の疼きとやらも消してやろう…てめぇごとなァ!!!!」 叫んでゴルゴダがシルファナへ向かって槍を振り上げた。 「ありがとう…お陰で私にもやる事ができたよ」 シルファナが腰に下げた長剣の柄に手を掛けた。 「あの光には届かない私の手でも、闇の中でキミの足を引っ張る事くらいならできそうだ…!」 そして金色の長剣が鞘走る。 迫る赤黒の槍を迎え撃つ。 両者は互いの武器を激しくぶつけ合わせ、交わる視線には殺意の火花が散った。 自らの流した血の中に倒れ伏すカーラが微かに呻いた。 「…ん」 エウロペアがその様子を見下ろす。 「急所だけは避けていたか」 感心した様にそう言うと、エウロペアは悠然と左手を腰に当てた。 …いずれにせよ勝敗は決している。 最早、止めを刺すまでもあるまい。 覚めた目で見つめるエウロペアの視線の先で、カーラはがくがくと身を揺らしながら必死に立ち上がろうとしている。 「…ぐっ…ぁ…」 喉の奥から意図せずに苦悶の呻き声が漏れる。 それでも、自分は立ち上がらなければいけない。 誰にも荒らさせる訳にはいかない。誰にも汚させる訳にはいかない。 …ここは『彼女』の愛した国、『彼女』がカーラに遺した世界だから。 17歳の時に、2人は初めて直接顔を合わせた。 「…カーラ・キリウスと申します。姫巫女様にお仕えできる事は身に余る光栄にございます」 そう名乗って自分は深々と頭を下げた。 言葉だけの挨拶だ。目の前の人物については、もうこの歳になるまでにあらゆる感情を抱いてきて、今は半ば乾いた思いしかカーラの心中には残っていない。 目の前には、自分がこれから仕える白い巫女装束の黒髪の女性がいる。 神竜パーラムを奉じる巫女である女性。 …自分と同じ、17歳の女性だった。 「故あって仮面にて素顔を隠しております。戒律によるものですので、ご容赦を」 カーラが微笑む。 だが、目の前の女性は気付いてはいないだろう。 それは自嘲の微笑みだった。 『私の身体は呪印によってあなたと繋がっています。あなたの受けた傷が全て私の身に移るように』 そう、真実を告げたら目の前の女性はどう反応するのだろう。 それを思い浮かべて、カーラはその有り得ない妄想を哂ったのだ。 「よかったわ…あなたが新しい護衛で、カーラ」 彼女が微笑む。 「怖そうな男の人だったらどうしようって、そう思っていたの。…カレン・リア・ユーファリムです」 巫女カレンは名乗って優雅に一礼した。 やがてカレンは若く聡明な皇に見初められ、2人は結ばれて子を成した。 その頃にはカーラは黒の将へと抜擢されていた。 年齢、それに出自のはっきりしない者が将軍になる事は異例中の異例であったが、少なくとも当時既に皇国で剣でカーラに太刀打ちできる者は他に誰もいなかった。 「…姉さん」 ある時、カーラはそうカレンから声を掛けられた。 その時ほど、自分の顔を覆った仮面にカーラが感謝した事は無い。 きっと自分の表情は、動揺を隠し切れてはいなかったであろうから。 「突然何を?」 努めて冷静にカーラが返答する。 幼いメリルを胸に抱いたカレンはいつもの微笑で自分を見ている。 「姉さんなのでしょう? …ごめんなさい、私知っていたの。乳母に聞いた事があるわ。私には本当は一緒に産まれて来た姉さんがいるんだっていう事。…カーラが私の姉さんなのでしょう?」 微笑んではいるが、カレンの表情からはカーラも滅多に見た事の無い僅かな緊張が感じられた。 恐らく、彼女は彼女なりに決意してその言葉を発したのだろう。 …しかし、自分の返答は決まっている。そこに選択肢などありはしないのだ。 「戯れにもその様な事は口にするべきではない。皇妃様も良くご存知の筈だな。…巫女の血にあって双子は忌み子。穢れしものであると」 それが、古くからの習わしだった。 双子は陰と陽を表す。先に生まれてきた者は陰を、黄昏を背負ってこの世に生を受ける。 だから巫女の家では双子が生まれると、先に生まれた方はすぐに命を奪われるのだ。 …それが、仕来りだった。 「もしも皇妃様にその様な姉がいたとしても、とうに処分されこの世にはいないはず。…それが私である筈などない」 そう言って、それきりカーラは口を噤んだ。 言葉よりも強く拒絶の意を発して、カレンのそれ以上の言葉を止める。 カレンは何も言わなかったが、ただ悲しげにカーラを見ていた。 そしてその時のそのカレンの悲しい目は、長くわだかまりとなってカーラの胸の奥底に残った。 そしてそれから数年が過ぎ、カレンは病に倒れた。 それは死の病だった。 皇国中の医師が手を尽くしたが、誰にもどうする事もできなかった。 日一日とカレンは衰弱し、確実に死へと向かっていっていた。 ガチャリと音が鳴って、カレンの部屋の扉が開いた。 部屋の外に控えていたカーラが顔を上げる。 出てきたのはキャムデン宰相だった。 「皇妃様がお話があるそうだ。…入れ、カーラ」 そう言って入れ替わりにキャムデンが部屋の外へ出る。 すれ違う時にチラリとカーラがその顔を窺う。 …目元を赤くして涙を堪える宰相を、この時カーラは初めて見た。 部屋へ入ると、病床のカレンが自分を見る。 そしてカレンは微笑んだ。病に蝕まれた苦痛の中で、必死に笑顔をカーラへ向けた。 震える手を伸ばすカレン。 カーラがその手を取る。 「…お願いが、あるの」 苦しい息の中でカレンが言う。 「仮面を…外して。素顔を見せて…カーラ」 「………・」 数瞬の葛藤の後に、カーラは自らの顔を覆う仮面に手を掛ける。 そしてゆっくりと、彼女は仮面を外した。 同じ顔をした2人が見詰め合う。 「…ああ…」 カレンの頬を涙が伝った。伸ばされた手がカーラの頬を撫でていく。 「ありがとう…カーラ…。今まで私の…影として生きてくれて…」 身を起こしていたカレンの背をカーラがゆっくりと抱く。 そして再び彼女をベッドへ横たえる。 「でも、もういいの…私が死んだら、どうかこれからは…自分の為に生きて…姉さん…」 微笑むカレンに、何も答える事ができずにカーラはただその手をぎゅっと握り締めた。 皇妃の部屋を出たカーラは、そのまま聖殿へ入った。 薄暗い夕刻の聖堂に響く靴音が止まる。 目の前には神竜パーラムの像がある。 純白の神像を、1人無言でカーラが見上げる。 先程、皇妃の部屋を出たカーラに、キャムデンが声を掛けていた。 「皇妃様は、御自身がお亡くなりになられた後、個人的に遺せるものは全てお前に遺したいとおっしゃっておられる」 穏やかに宰相が言う。 「…そして、お前を何事にも制約される事の無い望む人生を歩ませてやって欲しいともな。その事は神皇様も私も了承済みだ」 誰もいない聖堂で1人、カーラはその事を思い返す。 …自分の血を分けた妹。 ほんの少し人生がずれただけで、自分が歩む筈だった道を歩んできた女性。 憎いとも思ってきた相手だ。 …お前さえいなければ…そう考えた事も何度もあった。 「神竜よ…パーラムよ」 呟いて神像の前でカーラは両膝を屈した。 がっくりと肩を落とし、両手を床へ突いて項垂れる。 「…何故、私の背の呪いの印は…病には効果が…ないのだ…!!」 仮面の隙間から溢れた涙は止め処なく零れ落ちて床を濡らす。 嗚咽の声は何時までも止む事はなかった。 「…カレン…」 カーラは立ち上がった。 それだけで彼女の傷口からまた真っ赤な血が零れ落ちる。 ぐらりとよろめく。 しかし、倒れない。両の足を踏みしめて彼女が立つ。 ヒビの入っていた仮面が眉間から2つに割れて砕けた。 その左側が地に落ちる。 …左眼が外気に触れる。 「本当に立ち上がるとはな」 腰に当てていた手を下ろすと、エウロペアがカーラに立ちはだかる。 「だがその有様ではもう何もできまい。今楽にしてやるぞ」 頭上に上げたエウロペアの右手。 その指先にドラゴンクロウの赤い光が灯る。 「…私は死なない。死にはしない」 カーラが剣を構えた。 「終わりだ!!!!」 赤い光の帯が5本。 空を駆けてカーラへと迫る。 その光が先ほどと同様に彼女を刺し貫こうとしたその瞬間、カーラの姿が消えた。 「…!!!」 エウロペアが目を見開いた。 カーラは自らの眼前にいた。 死を呼ぶ赤い光を掻い潜り、エウロペアの至近に迫っていた。 「馬鹿な…!!!!」 「…はあッッッ!!!!!」 裂帛の気合と共に渾身の力で繰り出された剣先に、エウロペアは反応できなかった。 右肩に炸裂した剣は赤竜の肩を刺し貫いて背面へと抜けた。 「があああッッッ!!!! 何故だ…解せぬ!!!!!!」 血を吐きながらエウロペアが叫ぶ。 「その傷で…その深手で何故先程よりも迅いッ!!!!!! 何故先程よりも重いのだ!!!!!!」 「知りたいか…真竜…!!!」 先刻の傷口から血を迸らせながらカーラも叫んだ。 「…私の剣には…宿っているのだ…」 ぐりっと手元でカーラが剣を捻った。 ごき、と鈍い音を立ててエウロペアの肩の骨が折れる。 「私に託された…大切な想いがな!!!!!」 さらに押し込む。 体勢を低くしたカーラの額がエウロペアの胸にぶつかって止まる。 共に深手を負い、共に自らの流した血で真紅に染まる2つの影が重なり合った。 [[第10話 3>第10話 神都の花嫁 -3]]← →[[第10話 5>第10話 神都の花嫁 -5]]
神都の方々に火の手が上がっている。 喧騒と怒号、剣戟の音が交錯している。 各所で皇国軍と教団の兵が戦闘になっていた。襲撃を予見していた皇国軍は、速やかに民間人を退避させて教団の兵達を迎撃している。 その血煙と炎の中を、槍を持ち銀色の髪の男が歩いていた。 ボディを新調したばかりのゴルゴダだ。 彼は飢えていた。流血と戦いに。 自らの得た新たな力をぶつける相手を欲していた。 だが、現在彼の周りにはその望みを叶えてくれそうな相手は見当たらない。 「…雑魚ばっかじゃねえか。大物はどこだよ」 詰まらなそうに周囲を見回すゴルゴダ。 彼が槍を肩に担いで大きな口を開けて欠伸をしたその時、その背後から声を掛けてくるものがいた。 「今日は…良き日だよ」 耳に届いた涼やかな声に、ゴルゴダが振り返った。 最初に目に入ったものは、風に靡く淡い銀紫の長髪。 道士服を身に纏い、肩から船長服を羽織った長身の女性は静かにゴルゴダを見ていた。 「シルファナ・サジタリウスか…」 「だから、血の匂いのする輩は相応しくないな」 シルファナに言われて、ゴルゴダはハッと嘲笑して表情を歪めた。 「だったらお前もそうだな。ハイドラの殺し屋だったお前もな。…浴びてきた血の量は似たり寄ったりってトコだろう」 「その通り」 素直にシルファナが肯く。 「彼らは私にはいつも眩しすぎるよ。見つめていると自分は灼かれて消えてしまうのではないか、と…そんな錯覚を覚えて切ないね」 儚げに笑ってシルファナが言った。 そして彼女は前へ出る。 その腰に下げられた東洋風の儀礼用の長剣がカチャリと鳴った。 「…キミの様な闇を見ていた方が安心できるよ。つくづく私も『夜を往く者』(ナイトウォーカー)だ」 言葉は静かだが、シルファナがゴルゴダへ向けた殺気はまるで冷気の如く静かに周囲を満たし、足元から這い登ってくる。 「だけどね、それでも…私にはその輝きが尊い」 直視できずとも、手は届かなくとも、それは変わらずそこに在り続けなければいけないものだ…シルファナはそう思っている。 「守れるものなら守りたい。…疼くんだ、彼らを見ていると」 シルファナが自らの胸に右手を当てて目を閉じた。 「空っぽのはずのここがね、ズキズキと疼くんだよ」 「…甘ェよ」 吐き捨てるようにゴルゴダが言う。 ぶん、と槍を振るってその切っ先をシルファナへと向ける。 「ならオレが今からその輝きとやらを掻き消してやるぜ。ついでにその胸の疼きとやらも消してやろう…てめぇごとなァ!!!!」 叫んでゴルゴダがシルファナへ向かって槍を振り上げた。 「ありがとう…お陰で私にもやる事ができたよ」 シルファナが腰に下げた長剣の柄に手を掛けた。 「あの光には届かない私の手でも、闇の中でキミの足を引っ張る事くらいならできそうだ…!」 そして金色の長剣が鞘走る。 迫る赤黒の槍を迎え撃つ。 両者は互いの武器を激しくぶつけ合わせ、交わる視線には殺意の火花が散った。 自らの流した血の中に倒れ伏すカーラが微かに呻いた。 「…ん」 エウロペアがその様子を見下ろす。 「急所だけは避けていたか」 感心した様にそう言うと、エウロペアは悠然と左手を腰に当てた。 …いずれにせよ勝敗は決している。 最早、止めを刺すまでもあるまい。 覚めた目で見つめるエウロペアの視線の先で、カーラはがくがくと身を揺らしながら必死に立ち上がろうとしている。 「…ぐっ…ぁ…」 喉の奥から意図せずに苦悶の呻き声が漏れる。 それでも、自分は立ち上がらなければいけない。 誰にも荒らさせる訳にはいかない。誰にも汚させる訳にはいかない。 …ここは『彼女』の愛した国、『彼女』がカーラに遺した世界だから。 17歳の時に、2人は初めて直接顔を合わせた。 「…カーラ・キリウスと申します。姫巫女様にお仕えできる事は身に余る光栄にございます」 そう名乗って自分は深々と頭を下げた。 言葉だけの挨拶だ。目の前の人物については、もうこの歳になるまでにあらゆる感情を抱いてきて、今は半ば乾いた思いしかカーラの心中には残っていない。 目の前には、自分がこれから仕える白い巫女装束の黒髪の女性がいる。 神竜パーラムを奉じる巫女である女性。 …自分と同じ、17歳の女性だった。 「故あって仮面にて素顔を隠しております。戒律によるものですので、ご容赦を」 カーラが微笑む。 だが、目の前の女性は気付いてはいないだろう。 それは自嘲の微笑みだった。 『私の身体は呪印によってあなたと繋がっています。あなたの受けた傷が全て私の身に移るように』 そう、真実を告げたら目の前の女性はどう反応するのだろう。 それを思い浮かべて、カーラはその有り得ない妄想を哂ったのだ。 「よかったわ…あなたが新しい護衛で、カーラ」 彼女が微笑む。 「怖そうな男の人だったらどうしようって、そう思っていたの。…カレン・リア・ユーファリムです」 巫女カレンは名乗って優雅に一礼した。 やがてカレンは若く聡明な皇に見初められ、2人は結ばれて子を成した。 その頃にはカーラは黒の将へと抜擢されていた。 年齢、それに出自のはっきりしない者が将軍になる事は異例中の異例であったが、少なくとも当時既に皇国で剣でカーラに太刀打ちできる者は他に誰もいなかった。 「…姉さん」 ある時、カーラはそうカレンから声を掛けられた。 その時ほど、自分の顔を覆った仮面にカーラが感謝した事は無い。 きっと自分の表情は、動揺を隠し切れてはいなかったであろうから。 「突然何を?」 努めて冷静にカーラが返答する。 幼いメリルを胸に抱いたカレンはいつもの微笑で自分を見ている。 「姉さんなのでしょう? …ごめんなさい、私知っていたの。乳母に聞いた事があるわ。私には本当は一緒に産まれて来た姉さんがいるんだっていう事。…カーラが私の姉さんなのでしょう?」 微笑んではいるが、カレンの表情からはカーラも滅多に見た事の無い僅かな緊張が感じられた。 恐らく、彼女は彼女なりに決意してその言葉を発したのだろう。 …しかし、自分の返答は決まっている。そこに選択肢などありはしないのだ。 「戯れにもその様な事は口にするべきではない。皇妃様も良くご存知の筈だな。…巫女の血にあって双子は忌み子。穢れしものであると」 それが、古くからの習わしだった。 双子は陰と陽を表す。先に生まれてきた者は陰を、黄昏を背負ってこの世に生を受ける。 だから巫女の家では双子が生まれると、先に生まれた方はすぐに命を奪われるのだ。 …それが、仕来りだった。 「もしも皇妃様にその様な姉がいたとしても、とうに処分されこの世にはいないはず。…それが私である筈などない」 そう言って、それきりカーラは口を噤んだ。 言葉よりも強く拒絶の意を発して、カレンのそれ以上の言葉を止める。 カレンは何も言わなかったが、ただ悲しげにカーラを見ていた。 そしてその時のそのカレンの悲しい目は、長くわだかまりとなってカーラの胸の奥底に残った。 そしてそれから数年が過ぎ、カレンは病に倒れた。 それは死の病だった。 皇国中の医師が手を尽くしたが、誰にもどうする事もできなかった。 日一日とカレンは衰弱し、確実に死へと向かっていっていた。 ガチャリと音が鳴って、カレンの部屋の扉が開いた。 部屋の外に控えていたカーラが顔を上げる。 出てきたのはキャムデン宰相だった。 「皇妃様がお話があるそうだ。…入れ、カーラ」 そう言って入れ替わりにキャムデンが部屋の外へ出る。 すれ違う時にチラリとカーラがその顔を窺う。 …目元を赤くして涙を堪える宰相を、この時カーラは初めて見た。 部屋へ入ると、病床のカレンが自分を見る。 そしてカレンは微笑んだ。病に蝕まれた苦痛の中で、必死に笑顔をカーラへ向けた。 震える手を伸ばすカレン。 カーラがその手を取る。 「…お願いが、あるの」 苦しい息の中でカレンが言う。 「仮面を…外して。素顔を見せて…カーラ」 「………」 数瞬の葛藤の後に、カーラは自らの顔を覆う仮面に手を掛ける。 そしてゆっくりと、彼女は仮面を外した。 同じ顔をした2人が見詰め合う。 「…ああ…」 カレンの頬を涙が伝った。伸ばされた手がカーラの頬を撫でていく。 「ありがとう…カーラ…。今まで私の…影として生きてくれて…」 身を起こしていたカレンの背をカーラがゆっくりと抱く。 そして再び彼女をベッドへ横たえる。 「でも、もういいの…私が死んだら、どうかこれからは…自分の為に生きて…姉さん…」 微笑むカレンに、何も答える事ができずにカーラはただその手をぎゅっと握り締めた。 皇妃の部屋を出たカーラは、そのまま聖殿へ入った。 薄暗い夕刻の聖堂に響く靴音が止まる。 目の前には神竜パーラムの像がある。 純白の神像を、1人無言でカーラが見上げる。 先程、皇妃の部屋を出たカーラに、キャムデンが声を掛けていた。 「皇妃様は、御自身がお亡くなりになられた後、個人的に遺せるものは全てお前に遺したいとおっしゃっておられる」 穏やかに宰相が言う。 「…そして、お前を何事にも制約される事の無い望む人生を歩ませてやって欲しいともな。その事は神皇様も私も了承済みだ」 誰もいない聖堂で1人、カーラはその事を思い返す。 …自分の血を分けた妹。 ほんの少し人生がずれただけで、自分が歩む筈だった道を歩んできた女性。 憎いとも思ってきた相手だ。 …お前さえいなければ…そう考えた事も何度もあった。 「神竜よ…パーラムよ」 呟いて神像の前でカーラは両膝を屈した。 がっくりと肩を落とし、両手を床へ突いて項垂れる。 「…何故、私の背の呪いの印は…病には効果が…ないのだ…!!」 仮面の隙間から溢れた涙は止め処なく零れ落ちて床を濡らす。 嗚咽の声は何時までも止む事はなかった。 「…カレン…」 カーラは立ち上がった。 それだけで彼女の傷口からまた真っ赤な血が零れ落ちる。 ぐらりとよろめく。 しかし、倒れない。両の足を踏みしめて彼女が立つ。 ヒビの入っていた仮面が眉間から2つに割れて砕けた。 その左側が地に落ちる。 …左眼が外気に触れる。 「本当に立ち上がるとはな」 腰に当てていた手を下ろすと、エウロペアがカーラに立ちはだかる。 「だがその有様ではもう何もできまい。今楽にしてやるぞ」 頭上に上げたエウロペアの右手。 その指先にドラゴンクロウの赤い光が灯る。 「…私は死なない。死にはしない」 カーラが剣を構えた。 「終わりだ!!!!」 赤い光の帯が5本。 空を駆けてカーラへと迫る。 その光が先ほどと同様に彼女を刺し貫こうとしたその瞬間、カーラの姿が消えた。 「…!!!」 エウロペアが目を見開いた。 カーラは自らの眼前にいた。 死を呼ぶ赤い光を掻い潜り、エウロペアの至近に迫っていた。 「馬鹿な…!!!!」 「…はあッッッ!!!!!」 裂帛の気合と共に渾身の力で繰り出された剣先に、エウロペアは反応できなかった。 右肩に炸裂した剣は赤竜の肩を刺し貫いて背面へと抜けた。 「があああッッッ!!!! 何故だ…解せぬ!!!!!!」 血を吐きながらエウロペアが叫ぶ。 「その傷で…その深手で何故先程よりも迅いッ!!!!!! 何故先程よりも重いのだ!!!!!!」 「知りたいか…真竜…!!!」 先刻の傷口から血を迸らせながらカーラも叫んだ。 「…私の剣には…宿っているのだ…」 ぐりっと手元でカーラが剣を捻った。 ごき、と鈍い音を立ててエウロペアの肩の骨が折れる。 「私に託された…大切な想いがな!!!!!」 さらに押し込む。 体勢を低くしたカーラの額がエウロペアの胸にぶつかって止まる。 共に深手を負い、共に自らの流した血で真紅に染まる2つの影が重なり合った。 [[第10話 3>第10話 神都の花嫁 -3]]← →[[第10話 5>第10話 神都の花嫁 -5]]

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