第5話 吹き荒ぶもの-5

「第5話 吹き荒ぶもの-5」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

第5話 吹き荒ぶもの-5」(2011/03/21 (月) 14:33:41) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

死の気配を纏って、兄弟がサーラに迫る。 サーラが抱き締めた2人、メイは落下の時のショックで、勇吹は2人を庇って受けた深手から意識が無い。 もうサーラはその場を離れる事すら許されない。 「結局は我が退屈は続くか、実に嘆かわしいぞ」 ユーディスがサーラに手を伸ばす。 2人を固く抱き締めてサーラが目を閉じる。 「…なら、もう何も感じるな。永遠にな」 「!!!??」 突如ユーディスの真横に現れた人影は、渾身の拳をその頬に叩き込んだ。 大きく弧を描いて宙を舞い、床に叩き付けられてユーディスの身体が跳ねる。 「兄さんッッ!!!!」 悲鳴に近い声でフェルザーが叫んだ。 真紅の髪が風になびく。 月光に浮かび上がったのは力強い長髪の男のシルエットだ。 「…リュー」 声にわずかに涙の気配を滲ませて、サーラが男の名を呼んだ。 リューがサーラと、その腕の中の傷だらけの勇吹を見る。 「少し遅かったか」 呟いて倒れたユーディスの方をリューが向く。 「その男を任せる」 「…!」 ハッとサーラは顔を上げた。 リューの言うその男とはフェルザーの事だ。 そしてリューがそう言ったという事は、サーラは一撃で沈んだと思ったユーディスがまだ戦えるという事。 「俺は奴を相手する」 思った通り、リューは仰向けに転がっているユーディスから視線を外さずにそう言った。 一瞬だけリューが自分の右拳を見る。先程ユーディスの頬を殴り飛ばした拳。 インパクトの瞬間、拳に返ってきたのは肉を穿つ感触では無く、クッションを殴りつけたような奇妙な感触だった。 もう1つ気になったのは音。 インパクトの瞬間、殴り飛ばされた奴が地面に落ちる瞬間、そして転がる間…いずれもまったくの無音、一切の音がしなかったのだ。 (…恐らく無傷。久しくない強敵だ) そのリューの考えを裏付けるかの様に、ユーディスは唐突に立ち上がった。 まるで身体の運動の無い、重力に逆らったかのような奇妙な動きで跳ね起きる。 「ふー、ジェントルマンじゃないなぁ、リュー。紳士じゃないぞ。名乗ってから来い」 (どうやら…空気の流れを自在に操る能力を持つようだ) ユーディスの軽口に応じずに無言でリューが戦闘体勢を取った。 バロック兄弟は同時にフェンシングで使うような細身のサーベルを取り出した。 ユーディスはリューに向かって、フェルザーはサーラに向かって、鞘から抜き放った切っ先を向けて構える。 「さぁああてここからがショータイムだ!」 「我らバロック兄弟の恐ろしさ…鮮血と共に記憶に刻め」 薄暗い塔の中を、兄弟の声が交互に走った。 踏み込みから異様な速度で刺突が来る。 咄嗟にサーラは勇吹をその場に横たわらせると右へ走った。 初撃が空を切ったフェルザーは彼女の読み通り、倒れた勇吹には目もくれずに追ってくる。 必死にサーラは逃げる。フェルザーがそれを追う。 闇の中に幾筋もの銀光が走る。 サーラは全身に徐々に傷を増やしていく。 ぽたぽたと走るサーラの足元に血が滴る。 …そしてある程度の所まで逃走した所で、唐突にサーラが振り返った。 「…!」 警戒したフェルザーが足を止める。 真正面から停止した両者が向き合う。 どうやら観念したというわけでもないらしい。フェルザーが細剣を構え、切っ先をサーラへと向ける。 『風』を乗せて加速する剣撃。これにサーラの反応は追いつかない。 (両脚の腱を断ち、せめて動けなくしておくか) 視線でそれを悟らせずに、脳裏でフェルザーが攻撃箇所を踵と定める。 サーラのスピードはもう把握している。 両脚を殺して無力化する。…それは、造作も無い事の筈だった。 「あなたたち兄弟は…」 ふいにサーラが口を開く。真っ直ぐにフェルザーを見て。 「私の大事な友達をさらって、大事な仲間を傷付けた。だから許せない。」 怒りに燃えて、されど憎しみに歪む事無くサーラが静かに猛る。 「…許せないから何だと言うのだ」 無感情にフェルザーが言う。 「今から私が、あなたを倒す!!」 サーラの宣言に、嘲笑は無く、ただ一瞬目を閉じるフェルザー。 「バカめ、できもしない事を」 そして神速の踏み込みがサーラの間合いを侵略した。 繰り出された刺突を、跳躍でかわすサーラ。 (愚かな! 跳ぶのは下策!!) 上への攻撃を放つ為に斜め下に剣を引くフェルザー。 「…!!!!」 その目が見開かれる。頭上の彼女はフェルザーの予測を超えた動きをしていた。 跳んだ瞬間、身体を回転させたサーラは天井に両脚を突いて逆様にフェルザーを見下ろしていた。 そのまま天井を蹴ってサーラがフェルザーに襲い掛かる。 迎撃の為に上に突きを放つフェルザー。 空中で細剣とサーラのショートソードが交差する。 不意を突いた分、サーラの攻撃に鋭さが勝った。フェルザーは肩口を切り裂かれ、自身の突きは空を切った。 「…おのれ!! だが一度しか通じぬ奇策!!!」 見下ろしてフェルザーが驚愕に一瞬固まる。 その場に着地した筈のサーラがいない。 壁を蹴る音が真横から聞こえたと思った瞬間、攻撃はその方角から来た。 「くそっ!!!!」 相手を視認するより早く剣を振るうフェルザー。 着地したサーラはその勢いのままに即座に壁に跳んでいた。そしてその壁を蹴り攻撃に転じる。 そしてまた交差する両者の攻撃。傷付いたのはフェルザー。 『発条仕掛けの舞姫』(スプリンガルド)…サーラの奥の手。 縦横無尽に跳ね回りながら加速する攻撃。屋根とある程度の広さのある場所はサーラが最も得意とするバトルフィールドだ。 既にフェルザーはサーラの動きを完全に目で追えなくなった。 (回避はできない…ならば!!!) フェルザーが動きを止めた。 「…!!」 斜め後ろからのサーラの攻撃がまともに炸裂する。 その瞬間、サーラは腕に伝わった異様な感触に顔を顰めた。 先程、リューに不意打ちを受けた時にユーディスが使ったものと同じ空気の盾…その見えないクッションでフェルザーはサーラの攻撃を止めたのだ。 そして動きを止められ、サーラが無防備になった今こそがフェルザーの狙った瞬間。 反撃の刃がフェルザーの手の中で煌く。 しかしその時、フェルザーの耳に届いたのはサーラの絶望と苦悶の呻きでは無く 「さようなら…フェルザー・バロック」 静かな別れの一言だった。 サーラの右腕に聖紋が浮かび上がる。皮肉にも彼らの組織の創設者がヒントを与えた部分的聖紋解放。 紋様から放たれた光は槍となり、空気の盾ごとフェルザーを刺し貫いて空へと消えていった。 胴を穿たれ、開いた風穴から向こうの景色を覗かせてフェルザーがたたらを踏んだ。 「…に、兄さ…ん…」 最後にそう呟くとフェルザーの瞳は光を失い、彼は自らの作った血の海の中に倒れ伏した。 フェルザーの最期はリューとユーディスからも見えていた。 「…フェルザー…!!!」 ガラン、とユーディスの手からサーベルが床に落ちる。 「フェルザーッッッ!!!!」 交戦中のリューに目もくれずに倒れたフェルザーにユーディスが駆け寄る。 そして両膝を突いて弟を抱き起こすユーディス。 「おい…起きろよ、弟よ。なあ…フェルザー…」 ユーディスの目から大粒の涙が零れ落ちる。 滴る涙が腕の中の弟を塗らす。 「なぁ、嘘だろフェルザー!! 私たちは2人で1人だ…!! ずっと一緒にやってくんじゃなかったのかよぉぉぉ!!!!!」 弟の亡骸を抱きしめたままユーディスが慟哭する。 その空気を震わすような嘆きの声は、思わず敵対者であるサーラすら同情を感じてしまう程だった。 戦意を喪失した…と、そう錯覚してしまった。 ゆらりとユーディスが立ち上がる。 「あ~…」 そして後ろ頭をゆっくり掻いた。 もう涙は乾いてしまっている。表情も先程まで動揺、人を食った薄笑いが戻っている。 「…え?」 その変わり様にサーラが呆気に取られる。 「失礼、取り乱してしまった。…さて続きといこうか、リュー」 そう言うとユーディスがリューの方へ歩いて戻っていった。 そのユーディスをリューが無言で迎える。 (ほんの一瞬で精神状態を戻した) リューがユーディスを見る瞳が僅かに細められる。 先程の慟哭も涙も本物。しかしユーディスは即座にメンタルコンディションを戦時に戻したのだ。 (読み間違えていた。容姿も一緒、能力も一緒…そして戦闘力も何もかもが一緒の双子だと思っていた。『実際は容姿以外の部分は何一つ一緒ではなかった』…奴は全てをセーブして自分のスタイルを捨てた上で弟に合わせていた) その証拠に、最早抑える必要無しとユーディスは自身のオーラを解放していた。 感じるプレッシャーがみるみる増大していく。 「全てを弟に合わせていたか」 リューも構えを戻しながら言う。 「そうとも、理解ある兄だからな。…だが、もうその必要も無くなってしまったよ」 両手を上げて拳を構え、さらに片方の膝を上げる独特の構えを取るユーディス。 (…しかも、本来のスタイルは格闘か) ゆっくりと身体を上下させ、リズムを取るユーディス。 「…シッ!!!!!!」 中段…わき腹の辺りを狙って鋭い蹴りが来る。 (速い! だが、かわせる…!!?…) リューの血が一瞬で冷えた。わき腹を狙っていたユーディスの蹴りは途中でその軌道を変えてハイキックになった。 「…っ」 ユーディスの靴先がリューのこめかみをかすめていく。数本の髪の毛が散る。 「お、私の『大蛇蹴』(ボア・シュート)をかわすのか。流石だなぁ、リュー」 感心してユーディスが笑った。 (蹴りの軌道を途中で変えた。まるで鞭の様にしなる独特の蹴足だ。そして…) 肩から指先にかけて、こめかみをかすられた側の右手に痺れを感じる。 (かすられてこれか…。直撃されれば一撃で狩られかねない) フーッと呼気を吐いてリューが構えを直す。 そして今の一撃からリューは本来のユーディスの実力をある程度分析できた。 (速度…マキャベリーに匹敵、パワー…リチャードもしくは大龍峰に匹敵…) ググッとリューの拳に力が篭る。 (その実力、少なく見積もって俺より上) 張り詰めた空気の中で、じわりとお互いが相手に向かって距離を詰める。 互いの間合いが接触するまで後数歩。 まず蹴りを放てば届く距離にお互いが到達する。 今度はユーディスは蹴ってこなかった。 リューも動かない。 互いに仕掛けないまま更に距離が詰まる。 拳の間合いへと。 「…ああ…」 見つめるサーラが、我知らず声を発していた。 極限まで張り詰めた究極の緊張の中、遂に両者が互いの拳の間合いへと相手を迎え入れた。 [[第5話 4>第5話 吹き荒ぶもの-4]]← →[[第5話 6>第5話 吹き荒ぶもの-6]] ----

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: