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身構えるサーラ。
リューは直立の姿勢のままだ。
その2人の周囲に、無数の人影が浮かび上がる。
「・・・っ」
サーラが険しい表情を浮かべる。
自分たちを取り囲んだ者達の禍々しい姿にだ。
周囲に現れた者達は全員同じ格好をしていた。黒いマントに身を覆って鳥の頭蓋骨の様な仮面を着けている。
そして手にしているのは黒い三日月の様に湾曲した刃を持つ短刀。
彼らは音もなく、しかし肌に感じられるほどの強い殺意を持って包囲を狭めてくる。
そして、
「来るぞ」
というリューの言葉を合図にしたかの様に一斉に2人に襲い掛かってきた。
夜の闇の中を殺意が踊る。
それを観る者も無く、また讃える者も無く死の輪舞曲が続く。
拳が、そして蹴りが・・・無言のままに繰り出すリューの攻撃は全て的確に相手の急所へ飲み込まれる。
肉を穿ち、骨を断つ音だけが響く中、仮面の兵達は次々に地に倒れて動かなくなる。
そして彼は、倒れたそれらに何がしかの意識を向けることも無く、また次の標的へと向き直る。
断続的に響く銃声はサーラのものだ。
彼女の射撃もリューの攻撃同様に一切の無駄が無い。
射出される小指の先程の弾丸は確実に仮面の兵を無力化していく。
程なくして2人は全ての仮面兵を地へ這わせた。
「神父クラスの使い手はいないようだな。奴らも牽制のつもりか」
倒れた仮面兵達を見下ろしてリューが言う。
「・・・この人たちが、ヴェルパール公爵の・・・?」
眉を顰めてサーラがリューを見る。
リューは、そうだと肯いた。
「奴らの組織の最下級の兵隊達だ。秘薬と秘術で肉体を強化している。同時に感情を大幅に抑制する措置もされているという話だ」
まるで道具扱いではないか、とサーラは下唇を噛んだ。
彼らが望んだのか、それとも強制的にそうされたのかはわからないが・・・。
「組織・・・って言いましたよね」
憤りを押し殺してサーラは問いを続ける。
「どんな組織なんですか・・・? 何が目的でこんな事をするんですか」
その問いに対し、リューは答えを口にする前にわずかに間を空けた。
それが言うべき事を整理しての事か、答えるべきを躊躇っての事かはサーラにはわからなかった。
「奴らは古代よりの魔術の秘儀を伝える知識の守り手たる秘密結社だ。『ユニオン』と呼ばれている。その発祥は諸説あり定かではないが、いずれにせよ気の遠くなるような旧い時代より存在している組織である事だけは確かだ」
「『ユニオン』・・・」
サーラにとっては初めて聞く名だった。
「奴らの活動は大体の場合は古代の知識や遺産の収集とその管理だ。だが時代によってはこうして表社会に密かに干渉して来る事がある。・・・そして今回の干渉は過去にない程悪質で活発だ」
無言のままのサーラにリューが言葉を続ける。
「デュラン神父の蘇りの秘術・・・あれもユニオンからもたらされたものだろう」
そしてリューは腕を組み、サーラを見下ろした。
「お前は知らずに奴らとの戦いに巻き込まれた。・・・だが、まだ選択の余地が残されている」
「・・・?」
サーラが背の高いリューを不思議そうに見上げる。
「選ぶがいい、サーラ・エルシュラーハ。この地に残って奴らと戦い続けるのか、お前を守ってくれるお前の組織の本拠地へと帰るのかを」
リューが静かに言う。
しかしその言葉はまるで雷鳴の様にサーラの身を打った。
「・・・そ、そんな事・・・」
サーラが喘ぐ様に言う。その声は掠れている。
「そんな事、私が決められない。・・・だって、私は協会に所属する身で・・・」
「お前がそれを決めるのだ。お前は自分で選ばなければならない」
決して強い調子ではなく、しかし厳格にサーラの言葉を遮るとリューは懐から一通の封筒を取り出した。
「天河悠陽から、お前への手紙を預かっている」
「!! ・・・会長が!? どうしてあなたに・・・」
驚いてサーラが目を丸くする。リューは協会の最大の敵対組織、ロードリアス財団の人間だったのに。
「詳しく語る気は無いが、彼女には1つ借りがあった。その事もあり、俺は神父の件が片付いてその背後に『ユニオン』の影を確認した時に彼女へ連絡を取った。早くお前の身柄を引き上げろと」
「・・・!」
リューは相変わらずの感情を感じさせない声で言葉を続ける。
「それに対する返答は、真実を伝えた上でどうするのかをお前自身に選ばせて欲しいとの事だ」
・・・だから、リューは自分を急に劇場に連れて行ったのだ。
腕を組んだままのリューが目を閉じる。
「断っておくが・・・この先留まって戦うつもりならば俺の助力は期待するな。先日の一件では俺の選んだ神父を殺す手段にお前の存在が不可欠だった為に手を組んだが、この先もお前が戦いを続けるつもりならそれはお前の勝手だ。俺がこれ以上お前に手を貸す理由は無い」
「・・・・・・・・・・・」
冷たいリューの言葉。しかし、それは当然の事だ。
元々、神父の件で2人が手を組んだ事の方が異常な事だったのだから。
「・・・残るわ、リュー」
サーラが呟く。リューが目を開ける。
「私はこの街へ残る。残って彼らと戦うわ」
「正気か、サーラ・エルシュラーハ」
無感情にリューが言う。相変わらずの鉄面皮のままで。
「残れば、この先お前が遭遇する連中は神父など比べ物にならん程の力を持つ者ばかりだぞ」
「わかってる」
サーラは肯いた。その瞳をリューが見る。
・・・どうやら、自棄になっているわけでもなさそうだ。
「私ね・・・リュー、両親を悪霊に殺されてるの」
サーラが語り出す。無言でリューはその言葉に耳を傾ける。
「それで孤児になって、協会の孤児院に引き取られて、退魔師としての修行を積んだわ。父と母を奪った悪霊が憎くて・・・奴らを倒せる力が欲しかった・・・」
自身の古い心の傷を覗き込む。
サーラがぎゅっと拳を握り締める。
「でも・・・今はそれだけじゃないの。私の様に、理不尽な暴力で大切な人を奪われてしまう人を1人でも減らしたい」
『ユニオン』があの神父の様な存在を増やし、この街に死を振りまくのなら・・・自分は背を向ける訳にはいかないとサーラは思う。
「だからここで逃げ出したら、私はもう戦う理由を無くしてしまう」
「そうか」
感想も無く、ただの一言。
あくまでもリューはリューらしく、サーラの決意に返答する。
「お前の決定を聞き届けた。天河悠陽から受けた俺の仕事はこれで終わりだ」
そう言って、リューは手にした封筒をサーラに手渡した。
サーラがその封筒を開封し、中の手紙を広げる。
その文面は短く、簡潔だった。
『あなたの決定と戦いに幸運を。そして沢山の良き出会いがありますように。私の大事な(ここで『娘』という言葉が乱暴にペンでぐしゃぐしゃと消してある)妹、サーラへ。 悠陽』
「悠陽さま・・・」
サーラの瞳からぽろっと涙が零れる。
手紙を読み終えるのを待つ気は無いらしく、リューはサーラに背を向けると歩き始めた。
その背にサーラが声をかける。
「リュー・・・またね」
足を止めず、また返答も無く、リューは夜の闇の中に姿を消した。
ファーレンクーンツ共和国、首都エイデンシティの銃士隊本部は深夜になってもまだ、どのフロアにも明かりが灯ったままだった。
基本的に彼らは24時間体制で勤務している。
いかなる不測の事態にも対応できる様に。
オフィスでは今も数名がデスクに向かい、書類に目を通している。
そこにルノーが顔を出した。
「・・・エリックは? 仮眠室にはいなかったんだけど。アイツ帰ったん?」
「参謀ならコーヒー買いに行ったぞ。むしろお前少しあいつに寝ろつってやれ。体壊されでもしたらかなわん」
自分の机から書類を手にしたカミュがそうルノーに言った。
ピコーン、とルノーの頭に猫耳が生えるとダッシュで去る。
「・・・おごってもらう気か」
それまで無言だったシグナルが呟いた。
「おごってもらう気だ」
それにカミュが応える。
そんな彼らの近くで応接用のソファにアイマスクを付けた大龍峰が横たわりズゴゴゴといびきをかいていた。
エリックにジュース代を出させようというルノーの目論見は外れ、既に自販機のある休憩場にはエリックの姿は無かった。
それならそれで、彼女にはエリックの行き先に心当たりがある。
「・・・よっ、相棒」
その背に声をかける。
エリックが振り向く。
そこは本部の屋上だ。
「どうしました、ルノー」
「いや・・・リーダーが少し寝ろってよ」
フェンスに寄りかかるエリックの隣にルノーが立った。
「ちゃんと自分の体力はわかっていますから大丈夫ですよ。過労で倒れるような真似はしませんから」
「そのギリギリまで働こうって姿勢がそもそも問題だっつーの」
やれやれ、とルノーがため息をついた。
「・・・ようやく、事態の輪郭が見え初めてきましたからね。今はのんびりもしていられませんよ」
エリックの言葉に、ルノーがハッと彼の方を見る。
「何か・・・わかったのか!」
エリックが静かに、しかしはっきりと肯く。
「ええ。陸軍のビスマルク大佐ですが・・・どうやらある組織との接触が・・・!!!・・・」
ふいに、強い違和感が2人を包んだ。
見慣れた周囲の風景がぐにゃりと歪んで、丸で熱した飴の様にドロドロに溶けていく。
「チッ・・・何だ・・・!!」
ルノーが刀を抜き放つ。
溶け落ちた本部屋上の風景の下から現れたのは、ゴツゴツとした岩ばかりの風景だった。
いや、岩ばかりではない。
周囲には無数のマグマ溜まりがあり、周囲には噴火口らしきものもいくつか見える。
凄まじい熱気に瞬く間に2人は全身から汗を噴き出した。
「・・・『絶対世界』」
エリックが呟く。
「その通りだ。エリック・シュタイナー銃士」
「!!」
2人が同時に声のした方を見た。
灼熱の中に男が1人立っている。
体格のいいブロンドの軍人。
陸軍大佐、レオンハルト・ビスマルク。
「・・・噂をすれば、ですか」
グローブを装備したエリックが身構えた。
「ここは俺の世界・・・『フレイムヘブン』 銃士どもなぞ取るに足らんが・・・お前だけは別格だ、エリック銃士。この場で消えてもらうぞ」
腕を組んだままのビスマルクの背後で、2つの火口が轟音と共に炎の柱を噴き上げた。
「灼熱の雨に焼かれて消えろ・・・!!」
マグマの雨が周囲に降り注ぐ。
その中をエリックとルノーが必死に駆ける。
・・・本体を叩かなければ・・・。
2人は炎の雨の中を、ビスマルク目指して走った。
「フン・・・」
ビスマルクが向かって来る2人に嘲笑を浮かべた。
「マグマをその身に受けずとも、この灼熱地獄の中で本来の力を発揮できる人間なぞおらんよ。キサマらに勝ち目はない」
「・・・そいつぁどうかな!! 口ヒゲ野郎!!!」
突如背後から聞こえた声に、ビスマルクが咄嗟に振り返る。
そこには、『空蝉』で空間を跳躍したルノーがいた。
「何・・!!!?」
驚愕の表情を浮かべるビスマルクを、袈裟懸けにルノーが斬る。
「!!!!!」
手応えが無い。今度はルノーが驚愕の表情を浮かべる番だった。
「マグマと炎を操るだけではなく、その高熱により現れる蜃気楼をも操るのが俺の能力だ、ルーシー銃士」
背後からの声にルノーが振り返るより早く、その胴を重たい蹴りが打ち抜いた。
「がふッ!!!!」
岩場に蹴り飛ばされたルノーが転がった。
「・・・ルノー!!!」
叫んで駆け寄ろうとするエリックを、立ち上がろうとするルノーが見る。
「エリック!!!!! 後ろだッッ!!!!!!」
振り絞るように絶叫するルノー。
彼女は見ていた。自分に駆け寄ろうとする相棒の背後、その影の中から音も無く立ち上がる仮面の怪人の姿を。
「・・・う・・・」
エリックが呻いた。
「エリック・・・」
ルノーが呆然とする。
エリックの・・・胸の真ん中から刃の切っ先が覗いている。
瞬く間にシャツの胸が真紅に染まっていく。
エリックの背後に出現したテラーは、手にした短刀を彼の背に深々と突き立てた。
刃は狙いを過たずにエリックの心臓を通過し、胸へと抜けていた。
「さらばだ・・・銃士隊の頭脳よ」
ニヤリと笑って言うビスマルクの眼前で、ゆっくりとエリックが崩れ大地に倒れ伏した。
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