ラテールの神~ENDLESSTomorrow~第4話

シンヤは常々思っていた。
日本は種アンチに占拠されている。
もちろんそんな事実はない。
かつて左翼と呼ばれる急進主義者たちは自分らより右側にいる者たちを中道・保守の区別なく右翼と呼んだ。それと同様に、信者の視点からすれば信仰対象への僅かの苦言も、信仰対象に好意や興味を抱かぬのも、全てひとからげにアンチ行為なのだった。
実はそれはアンチ行為なのではなくそれどころか元信者たちによる反省会を兼ねてさえいるのだが、己を省みるという視点を幼い頃に排泄物と共に下水に流してしまったシンヤには理解出来ない事実に違いなかった。
先日親に叱られた。心外もはなはだしかった。恋人に逢いに行っていただけなのに? 
父は見たこともない光を目に浮かべていた。何が恋人だ、桜木さんのお母さんは恋人でも友人でもないと言っていたぞ。それ以前にな、お前の行動は知人以前の問題だ。言うなればお前は痴人だ。痴れ人と書くんだ。痴呆の人間。漢字で書いてみろ。
シンヤは押し黙っている。そもそも漢字を書くことに何の意味も見出せない少年なのだ。PCのワープロ機能なら簡単に「返還」出来る。
父は一笑に付した。父さんは別に漢検一級を取れと言ってる訳じゃない。そんなことは出来るはずもないからな。だがいつもいつもテストのていたらくはどうなんだ? 特に漢字なんか、小学生で習う字ですら間違えているじゃないか。そんなことだから「一般常識に欠ける」と通信簿に書かれるんだ。父さんは情けなくて涙が出るぞ。お前の兄さんも成績はそんなに良くなかった。だが頑張った。頑張って勉強して大学にまで行った。お前にそこまで努力する根気があるのか?
シンヤは押し黙っている。父は続ける。そこまではシンヤが後々苦労することだからまぁいい。学校をサボることだってお前が後悔すべきことだ。財布から金をくすねるのも百歩譲っていいとしよう。だが、桜木さんちに迷惑をかけたのは言い訳できるのか。人様にだけは迷惑をかけるなと、子供の頃から言い聞かせたはずだ。シンヤ! 話を聞いてるのか!
頬を張られる。思い切り。シンヤは泣き出す。父は溜め息を吐く。
それ以降のことは覚えていない。夜の八時に始まった説教は5時間にも及び、やっと説教が済んでトイレに立ち上がったものの、長く正座を組んでいた足が帯び続ける名状しがたい感覚に、もう一度シンヤは惨めに泣いた。
泣きながら便座に座り、シンヤは確信を抱いた。
――親父は種アンチだ。
母も種アンチだ。教師も種アンチだ。荒川も種アンチだ。菜月も種アンチだ。クリスティーネも種アンチだ。担任教師も種アンチだ。クラスメイト全員種アンチだ。学校の関係者全てが種アンチだ。
自分を取り巻く全てが種アンチだ。
もちろんそんな事実はない。
――ただ一人を除いて。
桜木華音。

ある日シンヤは決行した。シンヤからすればそれはヒメマルカツオブシムシの如きなけなしの勇気を、残りの人生と前世の分と、更に並行世界のあらゆるハヤブチシンヤからかき集めるに等しい行動だった。
華音に告白するのだ。
繁華街、塾に行く途中の華音を発見する。幸いにも、一人。あの忌まわしいオプションはいない。シンヤは華音の道をさえぎるように前に出た。華音の表情にとまどいと怯えの表情が浮かぶのを無視して、シンヤは言った。
「こっ」
「……こ?」
オウム返しに華音が言う。華音にまじまじと見つめられ、恥ずかしいやらみっともないやらでシンヤの顔色が白から黒、黒から赤、赤から黄色へ変じて人面アルス・マグナ・フルヴァンの様相を呈した。
このまま繰り返せば黄金を生みなおかつHN通り神にもなれたはずだが、それ以前に緊張と羞恥と対人恐怖のあまり肛門から黄金色のものがちょびっと生まれかけていて、なおかつ死にそうだったのでシンヤは一旦顔をうつむけて呼吸を整えた。深呼吸、深呼吸。
落ち着け、シンヤ。何か方法があるはずだ。何か方法が――シンヤの思考はいつも通り迷走を始めた。
「は、ハヤブチ君?」
声をかけられたとき、シンヤの身体はとっさに反応した。カエルのように跳ね、カエルのようにorzの姿勢を採る。
――即ちジャンピング土下座。
「え、えええええええええええ??????!!」
華音は叫んだ。意味が分からない。怖い。
時は夕暮れ、場所は繁華街。人の波は徐々に密度を増し、比例して視線が二人の中学生に突き刺さる。羞恥心も客観視点も排泄物と共に下水に流し去ったシンヤには痛くも痒くもないが、思春期の乙女の中でも割と多感で内気な部類に入る華音には拷問に等しい。
シンヤは自分でも信じがたいほどの反射速度で立ち上がる。立ち上がり、華音の腕を掴む。びくっと華音が反応する。
「――ちょっと付き合えよ」

……こうして「付き合ってください」という一語は、シンヤの脳髄と声帯のフィルターを通して、全く違う意味を持ったのだった。

つづく


  • 乙ですwwwやはりこれはいいものだwwww -- 名無しさん (2010-09-02 23:27:27)
  • 表現上手いなあw昆虫がお好きなようで。きっとラテの言う種アンチって、仮面ライダーカブトのワームのように人間に擬態してる未知の生物なんだろうぜw種アンチじゃなくてアンチ基地外なのにw -- 名無しさん (2010-09-02 23:30:30)
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最終更新:2010年09月02日 23:30